おしらせ


2011/03/10

トロニエの魔鏡1:銘玉の源流
Schneider-Kreuznach Xenon 50mm/F2

上のスケッチはXenonの設計を発表した
1925年当時のA.W.Tronnier。天才っぽい
雰囲気を漂わせ、何かを掴み取ろうとす
るかのような野心的な形相だ。とても
23歳とは思えない。メモを手に煙草をふ
かしながら何やら考え事をしている。目の
隈がひどく、Xenonの設計に過剰なまで
の情熱を費やしていたことがうかがえる。
の後退も年齢の割には早いように
見える
Goerz, Schneider, Voigtländer, 米国Farrand Opticalに籍を置き、写真用レンズの設計者として数多くの銘玉を世に送り出したAlbrecht-Wilhelm Tronnier[トロニエ博士](1902-1982)。レンズ設計の分野では収差を徹底的に取り除く事が良しとされてきたそれまでの基本的な考え方に疑問を抱き、収差を生かし、時には積極的に利用するという逆転の発想によって比類ないレンズを世に送り出してきた。独特な設計思想から生みだされた彼のレンズの描写には妙な迫力、写真の域をこえたリアリティがあり、周辺画質をやや犠牲にしてまで実現した中央部の描写には生命感が宿るとさえいわれている。20世紀最高のレンズ設計者と称えらながらも、自らの著書、技術者としての理念などは伝わっていない。レンズのブランド名とは対照に、それを設計した技士の名が世に出ることは当時から殆ど無かった。人々がTronnierの比類無い功績に気付きはじめたのは、おそらく彼がフォクトレンダーを引退した後、しばらくたってからの事だったに違いない。米国へ移住後も歴史の表舞台に姿を見せることはあまり多くなかった。Tronnierの技術者としての理念や思想を知るには、残された個性豊かなレンズ群と対話し、それらに託された博士からのメッセージを汲取る以外に方法はないのだ。本ブログでは数回のシリーズに分け、Tronnier博士が手掛けたガウス型標準レンズを紹介する。博士の設計思想に触れるとともに、彼の設計したレンズの特異な描写力とその秘密にも迫っていきたい。

今回紹介する一本はTronnierがSchneider在籍時の1934年に開発したXenon (クセノン) 50mm F2である。このレンズは彼が1920年代半ばから手掛る初期の作品であり、Planarの光学系が持つ対称構造を緩やかに崩した非対称な設計を特徴としている。古典的な対称ガウス型(4群6枚プラナー型)からの脱却は当時の最先端の試みとして、後に銘玉と呼ばれるULTRON(ウルトロン)やNOKTON (ノクトン)などの代表作を生みだす源流となった。




再設計によって1935年に5群6枚で登場したXenon 50mmF2。今回入手したのはRetina用Xenon(写真・上段 Sony A7にマウント)とExakta用Xenonの交換レンズ(Eos Kissにマウント)である。このレンズは古典的なPlanar型レンズが持つ張り合わせ構造の前群側をはがした派生物として生み出された。Xenonの開発で確立されたこの種の構造はTronnierが大口径レンズを設計する際の基本形となった

1920年代前半、Xenonの開発に取り組むTronnierはドイツのSchneider社に籍を置く若い技士だった。レンズの設計者として、まだ駆け出しだった彼に課されたのは、ZEISSの Paul Rudolphが1896年に設計したPlanarを改良し、更に優れたレンズを発明することだった。彼がまず注目したのは1920年に英国Taylor-Hobson社のH.W.Leeが発明したOpicである。OpicはPlanarの対称構造を緩やかに崩すという着想から生み出されたレンズであり、旧来の対称ガウス型の設計に比べて球面収差、色収差、像面湾曲収差を良好に補正できるという優れた性質を備えていた。Tronnierは1925年にまずOpicと同等の4群6枚の光学系を持つXenon F2を開発(German Patent #DE439556)、1934年の改良では対称性を更に崩し前群の張り合わせまでをも分離させた5群6枚の2代目Xenonを開発し、この光学系がOpicの長所を引き継ぎながらコマフレアと像面湾曲の同時補正を可能にする優れた設計であることを示したのだ(US.Patent #2627204-#2627205)張り合わせ面の分離は設計に自由度を与え、収差の高度なコントロールを可能にする。トロニエの設計した2代目xenonは像面の平坦性を保ちながら中間画角から周辺画角にかけて発生するコマフレアを抑え、ヌケの良さとコントラスト性能を向上。また、非点分離が従来の対称ガウス型レンズよりも小さく、旧来の設計がピント部の四隅にかかえていた弱点を見事に緩和したのであった。しかし、当時は今とは違いコンピュータによる設計を人の手作業でこなしていた時代。光学系の構造が1群増えるだけでも設計者がチューニングに費やす負担は、はかり知れないほど増大したのである。
光学系の変遷: 左から対称ガウス型のPlanar(1896, Rudolph)、非対称ガウス型のOpic(1920, Lee)とXenon(1925, Tronnier), 変形ガウス型の2代目Xenon(1934/発売は1935年頃, Tronier)。2代目Xenonは第2群の凸レンズと第3群の凹レンズが分離しており、コマ収差の補正が強化されている


Xenonは1930年から一般カメラ用レンズとして供給されるようになった。最初はNagel社のPupilleというカメラに細々と供給されていたが、1931年にNagel社が米国Kodak社に買収されドイツコダックになったのを機に、1934年からは新製品のKodak Retinaシリーズに対しても供給されるようになった。Xenonの生産量はRetina/Retina IIの大ヒットに牽引されて1934年半ばから急増している。また、この頃からExakta用レンズも供給するようになり、レンズ単体の魅力で勝負する交換レンズ市場に打って出ている。当時のライバルはZeissのBiotarと英国Dallmeyer社のSuper Sixである。高度な設計技術により生みだされたXenonはライバル達が抱えていたフレアの問題やグルグルボケの症状が殆ど表れず、ピント部四隅での画質低下の少ない、当時としては大変優秀なレンズであった。おそらくトロニエは収差を徹底的にキャンセルする光学計算を日夜繰り返し、膨大な労力を費やしていたのであろう。しかし、そうした力みは当時まだ殆ど意識される事の無かったアウトフォーカス部の画質(ボケ味)に想定外の影響を生みだしてしまった。Xenonの撮影結果には収差の過剰な補正による強い2線ボケが発生し、先に述べたライバル達からの優位性は殆ど薄れてしまったのである。光学系の構成が複雑でハレーションを生みやすいという弱点もあり、交換レンズ市場ではOpicと同等の設計を持つBiotarに押され、Biotarより2~3割安く売られていたにもかかわらず、シェアを全く伸ばすことができなかったのだ[注1]。当時の写真家たちはXenonよりもBiotarをより高く評価したのである。XenonはBiotar(Opic型)の光学系を起点にTronnierが改良を重ねて完成させたレンズであり、この敗北は設計者Tronnierにとって相当に屈辱的な出来事であったに違いない。戦前のXenonは固定装着用レンズまで含めた総数で見れば、Biotarよりも多く売られた。しかし、それはRetinaの爆発的なヒットによるものであり、Retinaの牽引なしにはありえなかったことを先の敗北は決定的に意味していたのだ。 若い設計技士Tronnierはこの敗北から何を学んだのであろうか。Xenonはトロニエが正攻法で開発し育ててきた初期の代表作であり、設計者人生の原点とも言えるレンズだ。「写真は標準レンズに始まり標準レンズに終わる」なんて格言をよく耳にする。写真に関わる人々にとって標準レンズは基本であり到達点でもあるという意味だが、それは設計者にとっても同じことであろう。Xenonによる苦い体験はTronnierの設計哲学に少なからず影響を与えていたに違いない。そして、いつの頃からか彼は収差を徹底的に封じるというスタイルを改めることになったのである。

注1・・・Xenonは1925年に4群6枚の構成で開発され、翌26年3月にプロトタイプとなるマスターレンズが造られた。20年代後半は製版用など特殊用途向けに若干数が製造されるだけであったが、1934年半ばにはKodak Retinaシリーズ向けに5群6枚構成へと設計が改良され大量生産されるようになった。生産本数だけで見れば戦前に造られたダブルガウス型レンズとしては、最も多く市場供給されたブランドになる。これに対し、交換レンズ市場でのXenonは影の薄い存在であった。たとえばExakta(35mm)用に造られたXenonはライバルのBiotarより2~3割安価に売られていたが、戦前のBiotarの出荷量が5600本強であるのに対しXenonは1300本弱と奮わず、戦後の復興期である1945-1949年にはBiotarが25000本強も出荷されているのに対しXenonは僅か320本であった。高級なナハト・エキザクタの交換レンズ市場においても、XenonはBiotarより安く売られたが、総出荷数はBiotar 80mm/F2が1880本であるのに対しXenon 80mm/F2は僅か27本であった。XenonはKodak Retina用に供給されたものが大半であり、他社との販売競争を繰り広げた交換レンズ市場での需要はあまり高くはなかった(Schneider-Kreuznach band I-III, Hartmut Thiele 2009と、Fabrikationsbuch Photooptik II, Carl Zeiss Jena 1927-1991を参考)。

Xenon 50mm F2(Exaktaマウント用): 重量約190g, 構成 5群6枚(変形ガウス型), フィルター径29.5mm, 絞り値F2-F16, 最短撮影距離約75cm, 絞り羽15枚, 絞り機構は手動。第二次世界大戦前の初期のロットにはガラス面にコーティングが無く、戦後(あるいは戦時中)からの適用となったようだ。本品は1949年に製造された200個体のうちの1本で、ガラス面にはブルーのコーティングが蒸着されている。レンズ名の由来は原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosと言われている
Xenon 5cm F2(Retina用): 重量(実測)80g, 構成は5群6枚(変形ガウス型), フィルター径 29.5mm, 絞り羽 10枚, 絞り F2-F16, マウントネジ径 25mm, シャッター シンクロ・コンパー(1/500s), 本品は1939年の製造個体で薄いコーティングが施されている
 
入手の経緯
Exakta用Xenonは2011年1月にeBayを介して米国カリフォルニアの中古カメラ業者サウスサイドカメラから169㌦の即決価格(送料込の総額は202㌦(1.7万円))で落札購入した。商品の状態はFine conditionで「チリ、カビ、バルサム切れはない。僅かな傷がある。絞り羽根にオイルは回っておらず、しっかり開閉する。鏡胴にはややスレがある。写真を見てくれ」とのこと。Exaktaマウント用のXenonはややレアなレンズであり、状態の良いものはeBayでもなかなか出てこない。届いた商品には確かに前玉に拭き傷が少々あったが、実写には影響の無いレベルでありクモリもなかった。本品にはクモリ玉がたいへん多いので経年を考えた場合の保存状態としては上々。eBayでの落札相場は150-200ドル程度であろう。
Retina-Xenonは知人からブログで使ってくれと頂いた品である。もともとはKodakのレンズ固定式カメラRetina Ⅱ/Ⅲに搭載されていたレンズのためレンズ単体で売られていることはない。いろいろなパーツを組み合わせM42ヘリコイドチューブに搭載しミラーレス機で使用することにした。前玉表面に拭き傷と軽いヤケが見られたが実写には影響のないレベルであった。

撮影テスト
ピント部は解像力が良好で、戦前のガウス型レンズとしてはコマも良好に補正されている。シャープでスッキリとヌケの良い描写である。ただし、ピント面を重視しすぎた過剰な球面収差の補正により背後のボケが硬くなり、開放では2線ボケが顕著に表れる。この場合、コマを少し残存させ背後の2線ボケを覆うことで柔らかいボケ味にするという手段もあるが、若い時代のトロニエのレンズからは収差を利用するというよりも徹底して補正しているという正攻法の設計理念が伝わってくる。開放ではグルグルボケがやや出るものの戦前のガウス型レンズとしてはかなり良好に補正されている。空気境界面が多い設計仕様のた厳しい逆光ではゴーストやハレーションが出る。以下作例
Exakta Xenon @F2(開放),  銀塩撮影(Uxi super100):ヌケがよくピント面は周辺部に至るまでとてもシャープである。コマ収差、非点収差を有効に抑えながら像面湾曲もよく補正されている。開放絞りで撮影すると、ご覧のように距離によっては2線ボケがかなり目立つ結果となる。解像力を重視し球面収差を過剰補正したことによる副作用といえるだろう
Exakta Xenon @F2(開放), 銀塩撮影(UXi super100): グルグルボケは最も激しくてもこんなものでBiotarよりも良好である。前玉のキズのせいか少しハレーションがでた
Exakta Xenon @F8, 銀塩撮影(Uxi super100):絞ればコントラストは高く、シャープだ。味わいのある温調(黄色)気味の発色になっている
Retina-Xenon @F5.6+Sony A7(AWB): こんどはデジタル撮影。マクロ域でも写りはシャープだ
Retna-Xenon @F4+ Sony A7(AWB)  コーティングが入っているとはいえ古い時代のもの。厳しい逆光ではゴーストやハレーションはさけられない
Retina-Xenon @ F2(開放) + Sony A7(AWB): 近接撮影では収差変動のため球面収差がアンダーに変化しボケ味は柔らかい拡散となる
Retina-Xenon @F5.6+Sony A7(AWB):


2代目Xenonによって確立された高度な設計(変形ガウス型レンズ)はコーティング技術やガラス硝材の進歩に援護され、後のSummicron-R (50/2)や新型Planar、現代の日本製レンズにも数多く採用されている。Tronnierは時代の遥か先を行く先駆的な設計を考案していたのだ。開発当時の周辺技術がそれを支える程まで成熟していなかったのは大変不運な事である。なお、1960年代に造られた後継モデルのXenon 50mm/F1.9はBiotarと同じ古典的なPlanar/Opicタイプの設計に退行してしまった[注2]。一方、2代目Xenonの設計は歴代のXenonの中でも異質な存在であり、Ultronタイプと呼ばれることがある。

注2・・・ここで述べているのはXenonの後継品の性能が退化したという意味ではない。ガラス硝材が進歩すれば、わざわざ光学系の設計自体を複雑化させなくとも、同等な性能のレンズを実現させる事が可能だからだ。光学設計による描写力の改善を外科治療に例えるならば、硝材の進歩による描写力の改善は内科治療みたいな関係となる。私自身、後継モデルの大ファンだ。
 
Xenonは若く純粋な技士Tronnierが従来の設計思想を踏襲しながら正攻法で開発したレンズだ。ライバルBiotarが採用したOpic型の設計を高度化し心血を注いで完成させたレンズは、交換レンズ市場におけるBiotarとの勝負に完敗してしまった。世の多くの写真家たちはXenonよりもBiotarの魅力に軍配を上げたのである。苦労して新設計を発明した事に一体どれほどの意義があったか・・・。Tronnierは虚しさのあまり、恐らくこの時にグレちゃったのであろう。そして彼はフォクトレンダー社への移籍後、事も有ろうにXenonの光学系をベースに据えた魔鏡Ultronの設計に着手するのである。

2011/02/17

Carl Zeiss Jena TESSAR 50mm/F2.8 and Carl Zeiss Oberkochen TESSAR 50mm/F2.8

時代が引き裂いた2本のZEISS TESSAR(4枚玉)。その名の由来はギリシャ語4を意味するテッサレスとされている。左奥は東ドイツ産で右手前は西ドイツ産だ
かつて利権を争った東西ツァイスがテッサーで対決
 「おのれ。貴様、何者だ!」「お前こそ何者だ!」 

Carl Zeissは第二次世界大戦後のドイツの東西分断によって東ドイツの人民公社Carl Zeiss Jenaと西ドイツのZeiss Opton(現Carl Zeiss)社に分裂し、1990年に西側ツァイスが東側を吸収するまでの間、2社による独立した企業活動を展開していた。今回取り上げるTESSAR(テッサー)はSONNAR(ゾナー)と並び、戦前からのツァイスを代表する主力ブランドであり、分裂後も東西両社から後継品が次々と生み出されていた。
M42マウントのTESSARが登場したのは戦後の1940年代末頃からである。東側のZeiss JenaがPractika(1948年~)やCONTAX S(1949年~)などの一眼レフカメラに搭載する交換レンズを供給し、50mm/F2.8はモデルチェンジを6回も繰り返した。なお、Exaktaマウント用(50mm/F2.8)は戦前の1936年から登場している。

★東独TESSAR(M42マウント)のモデルチェンジと製品概要
登場時期、デザイン、バリエーション、スタンプマークなど
●1948年 アルミ鏡胴 40mm/F4.5,50mm/F2.8(T)
●1949年 アルミ鏡胴 50mm/F3.5
●1950年代前期 アルミ鏡胴 40mm/F4.5, 50mm/F2.8(T /1Q) 12枚羽
●1950年代中期 アルミ鏡胴 50mm/F2.8 (1Q) 8枚羽
●1960年代初頭 黒鏡胴(ローレット部に合皮) 50mm/F2.8(1Q)
●1960年代後期 ゼブラ柄鏡胴 50mm/F2.8 8枚羽
●1970年代前期 黒鏡胴 50mm/F2.8 DDR(東独製)が明記
●1970年代中期 黒鏡胴 50mm/F2.8 DDR 6枚羽
●1978年 50mm/F4 200本のみの生産 詳細不明

一方、1960年代半ばに起こったPENTAX SP(旭光学/1964年発売)の世界的な大ヒットなどによりM42マウントレンズの需要が増すと、1966年から1972年にかけて西側のZeissもM42マウントのTESSARを発売した。同一マウントで同一仕様(50mm/F2.8)の2種のTESSARが東西のツァイスで生産され、それらが市場に共存するという異様な事態に至っている。「おのれ。貴様、何者だ!」「お前こそ何者だ!」。
今回私が入手したのは東西両社が1970年代に生産した最後継モデルとなる2本のTESSARである。製品仕様だけを見れば東独TESSAR(以下ではJena Tessarと略称)の方が重量は20%も軽量く、最小絞りはF22までと1段分深く、最短撮影距離は10cm短いなど西独TESSAR(Oberkochen Tessarと略称)よりも優れている印象を抱くかもしれない。しかし、写真用レンズの価値や優劣はそれだけで決まるものではない。東と西の「パラレルワールド」に分かれたTESSARブランドが、やや異なる世界でどのように成長していったのか、以下では描写における2本のレンズの差異を見出してみたい。
CARL ZEISS JENA DDR TESSAR (写真左側): 東独製, 重量(実測) 168g絞り羽 5枚, 最短撮影距離 0.35m, 絞リ値 F2.8--F22, コーティング色はブルー焦点距離 50mm, フィルター直径 49mm, 本品はM42マウント, 自動/手動絞り製造ナンバー407927(1975年頃製造)

Carl Zeiss (Oberkochen) Tessar (写真右側): 西独製, 重量(実測) 212g絞り羽 5枚,最短撮影距離 0.45m, 絞り値 F2.8--F16, 焦点距離 50mm, コーティング色はパープル, M42マウント, 製造ナンバー7343329なので、フォクトレンダーの台帳と照合すると1970年製造ということになる。M42マウント, ULTRON同様にフィルター部がねじ込み式ではなくバヨネットタイプなので純正フードやフィルターしかつかない。本品はZeiss Ikon社の一眼レフカメラであるIcarex 35S TM用の交換レンズとして供給された
TESSARはPLANARを開発したカールツァイス社45歳の技士Paul Rudolph(パウル・ルドルフ)と、彼についた24歳の助手で後にBIOTESSARを開発するErnst Wandersleb(エルンスト・ヴァンデルスレブ)によって1903年に生みだされた3群4枚の単焦点レンズだ。ルドルフが1890年に開発した2群4枚のProtar(プロター)の後群部と、プロターを基に1899年に開発した4群4枚のUnar(ウナー)の前群部を組み合わせることで発明された。Unarから来た凸形状の空気間隔が球面収差の補正に有効に働き、解像力の向上に貢献している。凹凸レンズの構成枚数比が2:2と光学系のバランスが非常に良く、ペッツバール和を小さく抑えられることから、像面湾曲と非点収差の補正が有利に働き、優れた周辺画質を実現している。Proterから来た後群の貼り合わせによって色収差の補正もできる。ただし、テッサーの後群の貼り合わせには元来、分散が同じで高い屈折率差のある硝材が用いられていたようで、色消しのためではなくペッツバール和を抑制するためのものであったことが、テッサー初期型に対する分析から解明されている。シンプルな設計によって全ての収差が合理的かつ良好に補正できたことからTESSARの人気は非常に高く、1920年にツァイスの特許が切れると各レンズメーカーからコピーレンズが次々と造られるようになった。Leitz Elmar, Schneider Xenar, Lzos Industar-61, Kilfitt Makro-Kilar, Schacht Travenar, Isco Westar, Kmz Industar 50, Agfa Solinar, Rodenstock Ysar, Kodak Ektar, Leidolf Lordnar, Meyer Primotarなど例を挙げだしたらきりがない。Tessarタイプの光学系を持つレンズのブランド名には、語尾に"-AR"がつくという共通ルールがあるようだ。なお、東独Zeiss Jenaの機関誌Jena Revew(1984/2)によると、戦後に登場したCarl Zeiss JenaのTessar F2.8はBiometarやFlektogonの設計者として知られるハリー・ツェルナーにより1947年から1948年にかけて再設計されたとのことである。ツェルナーは同社のW.メルテが戦前の1931年に設計したTessar F2.8を再設計し新種硝材を導入、コマ収差と球面収差を大幅に向上させることに成功している。
   TESSARはレンズの構成枚数が少なく内面反射光が内部に蓄積しにくい設計により、メリハリのきいたハイコントラストな描写が得られるという長所を持つ。一方で同時にそれは、このレンズの短所にもなっている。撮影シーンによってはコントラストが高くなりすぎてしまい、その反動で中間階調が奮わないのだ。こうした事情からモノクロ写真の分野では古いテッサーを好む写真家が数多くいるらしく、古いものほど階調表現がなだらかで質感に富んだ好ましい描写を示すのだという。また、同じ理由からなのかツァイスは1970年代中期にflektogonやbiometar, pancolar,sonnarなどすべてのモデルを黒鏡胴化した新しいラインナップの中で、テッサーに対してのみ反射防止膜のマルチコート化を見送っている。今となっては設計こそ古い光学系だが、シンプルでコンパクトな利点を生かし、最近でもWEBカメラやコンパクトカメラ、携帯電話搭載用のデジタルカメラなどにテッサー型レンズが採用されている。2002年には現在のCarl ZeissからTESSAR誕生100周年記念モデル(45mm/F2.8でCONTAX/RTS用)が限定生産された。

★入手の経緯
東独製のJena Tessarは2010年9月にeBayを介して英国の中古カメラ販売業者から70㌦の即決価格にて落札購入した。オーバーホール済みのMINT(新品同様)状態という触れ込みで販売していた品だ。送料込みの総額は107㌦(9100円位)もしたので、総額で換算すれば国内で美品を買う際の相場価格と同じになってしまった。ちなみにeBayでの通常の相場は60~80㌦程度であろう。届いた商品はオークションの記述どうりのMINT品であった。
続く西独製のOberkochen Tessarは2011年1月にeBayを介してポーランドの大手中古カメラ販売業者のフォトホビーから落札購入した。レンズの状態はmint-と簡素なものであり、写真を見る限り光学系は綺麗、外観には大きな問題もなく、まずまずの品であった。商品ははじめ160㌦の即決価格にて販売されていたが、値切り交渉を受け付けていたので130㌦での購入を提案したところ、即私のものになった。なお、送料が40㌦と高かったので総額は170㌦もした。東独Jena Tessarに比べると西独Oberkochen Tessarは生産されていた当時の世評が低く、あまり売れていなかったと言われている。中古市場での流通量が少なく、現在はJena Tessarよりも高値で取引されている。届いた商品には光学系に軽微な拭き傷が1本、鏡胴側面のレバーにも不調があった。まぁフォトホビーなんでしょうがないかと妥協した。

★TESSARの画づくり
今回は2本のTESSARに描写面での差異を見出すことを主眼としている。TESSARの描写力については他のブログや書物など多くの場所で語られているので、本ブログで述べるまでのことではないが、比較実験の前に軽くおさらいしておく。
TESSARはレンズの構成枚数が少なく内面反射が蓄積しにくいという設計により、メリハリのきいた極めてコントラストの高い(鋭い)描写が得られるという長所を持つ。解像力(緻密さ)はそこそこ高いので、シャープなイメージを求める際には好都合なレンズといえるだろう。また、バランスの良い光学系の構造が功を奏し、非点収差が生まれにくいため、グルグルボケ(サジタルコマフレア)を心配することなく像面湾曲をガッチリと補正できる。端部まで均一な優れた画質が得られ、クッキリ鮮やかな色とともに癖のない優れた画質を実現できる。切れ味のよい硬質な描写から「鷲の目」などと呼ばれていたことも過去にあった。しかし、それは同時にこのレンズの短所にもなっている。撮影シーンによってはコントラストが高くなりすぎてしまい、その反動で中間階調が奮わないのだ(黒つぶれ注意!)。また、設計的に大口径化が難しいこともあり表現力が今一歩足りないというのがこの種のレンズに対する大方の見方であろう。人の顔に例えるならば10代の若者がたまに見せる、やや表情に乏しい端正な顔立ちといたところか。万人受けする優れた描写力を揶揄し、「よく写って当たり前」などと冷たく酷評されることがしばしばある。
 
Jena Tessar(F5.6)による作例。銀塩Fujicolor S400: 鋭い描写だ。TESSARには現代のレンズにも引けをとらない優れた描写力が備わっている
Jena Tessar @ F4:sony NEX-5 digital(AWB) :こんどはデジカメによる撮影結果。色のりは大変良い
Oberkochen Tessar@F2.8 銀塩撮影(Fujicolor Pro800Z): テッサーはボケが硬いといわれているが、これが階調描写の硬さによるのか、テッサー特有の結像によるのか。たいへん関心のあるテーマだ
Oberkochen Tessar(F11)によるデジタルカメラsony NEX-5 digital(AWB)での作例。日差しの強い晴天下で撮影すると、このようにシャドー部が黒潰れしやすい。いかにもテッサーらしい描写だ

★描写の比較
2本のレンズはほぼ同じ設計なので極めて良く似た撮影結果になるのは当然のことでろう。しかし、仮にレンズの光学系の設計が合同であるとしても、コーティングやガラス硝材(屈折率)が異なれば色味や階調表現、解像力などに差が出る余地はあるはずだ。2本を撮り比べる意味はある。以下に比較例を示す。

Sony NEX-5 digital(AWB) 開放絞り(F2.8)における両レンズの比較。両者の緻密さや解像感に大差はない。収差の補正に余裕がないためか、近接撮影ではアウトフォーカス部の結像がザワザワと煩くなる。両者のボケ味は乱れ方も含めてそっくりだ。階調表現は硬めで影の部分は暗部に向かってストンと落ちる傾向が出ている。両レンズの発色は良く似ており、背景の土の色や芋の皮の表面色に目を向けるとJena Tessarの方が赤みや黄みが強く温調で、Oberkochen Tessarの方が僅かに白っぽい発色であることに気付く。ただし、これらの差は極僅かだ

F5.6 sony NEX-5 digital(AWB) 今度は人工光での発色の比較だ中央ポスターの岡本太郎氏の顔を拡大したのが下の写真となる

顔色や柱の色はJena Tessarのほうが明らかに黄色みが強い。ちなみにCMYK数値のY(イエロー)成分で見ると、柱の付近はJena Tessarが87/100前後であるのに対し、Oberkochen Tessarでは80/100前後、顔の額の色はJena Tessarが46/100前後であるのに対し、Oberkochen Tessarは38/100前後となり、やはりJena Tessarのほうが黄味が強い


F2.8  Sony NEX-5 digital(AWB) 周辺部の口径蝕も良く似ている。芝生の色はJena tessarのほうが極僅かに黄味が強い。ちなみに手前の物体・・・うんちではございません

2本のレンズを撮り比べた結果からは残念ながら大きな差異が得られなかった。レベル曲線は全輝度域でほぼ一致し、階調表現は極めて良く似ていた。ボケ味やシャープネスにも大差はなかった。色味についてはJena Tessarの方が僅かに黄味が強くなる傾向があるが、それ以外については期待していた程の明確な差が出ず、ちょっとガッカリした。

★撮影機材
カメラ本体:
デジタル Sony NEX-5 / 銀塩 Pentax MZ-3
フード:
CZ TESSAR・・・フォクトレンダー純正S56ラバーフード
CZJ DDR TESSAR・・・Pentacon metal hood 49mm径



西独ツァイスからはレンジファインダー用に供給したもっと古いモデルのテッサー(Zeiss-Opton製)がある。一方、東独産Tessarは本モデルよりも発色が更に温調で黄味が増してくる。古いTESSARで比較実験をやり直せば、東西の製品間にもっと大きな差を見出せるのかもしれない。

2011/01/26

Lomography DIANA+ 20mm Fisheye and 38mm Super-wide, and adapter with build-in aperture

lomographic fantasy!

トイ・レンズの奏でるプラスティックのファンタジー!
DIANA+用交換レンズを絞り羽内蔵アダプターにマウントして遊ぶ
 今回はオーストリアに生まれウィーンに拠点を置くLomographic Society(ロモグラフィー社)が販売するトイカメラのDIANA+(ダイアナ・プラス)に装着する2種の交換レンズ、20mm Fish-eyeと38mm Super-wideを取り上げる。このカメラの起源は香港のグレートウォール・プラスティック・カンパニーが生産していた伝説のトイカメラ「DIANA」である。米国のスーパーマーケットにて僅か50セントで入手できたDIANAは多くの写真家や芸術家によって、その類い稀な描写力が見出され、1960年代から1970年代に数多くの創造的な写真作品を生み出していた。このカメラにマウントされていたプラスティック素材のレンズからは泡沫のように色彩溢れ、時に薄汚れ、幻覚にも似た素晴らしい写真効果が得られたのだ。DIANAはHOLGAの元祖とも言われており、トイカメラの先駆的な存在とされている。最近再び巻き起こったトイカメラブームの波に乗り、2007年にLomography社が復刻モデルのDIANA+を発売、4種類の交換レンズ群(焦点距離20mm/ 38mm/ 55mm/ 110mm)とともに現代に甦らせた。また、これら交換レンズ群をNIKONとCANON(EOS)に装着するためのマウントアダプター(SLR Adapter)も発売され、トイカメラならではの素晴らしい描写をデジタル一眼カメラでも楽しめるようになった。


DIANA+用SLR Adapter (Lomography社製) CANON-EOS用(左)とNIKON-F用(右)が市販されている。市販価格は両方ともたったの1260円だ

 
左: Diana+ 38mm Super-wide; 焦点距離38mm 最短撮影距離 約1m 重量(実測)42g
右: Diana+ 20mm Fisheye; 焦点距離20mm 最短撮影距離 約0.3m 重量(実測)49g
本品にはフィルターを装着するためのネジきりがなく、絞り機構も付いていない

  このレンズはヘリコイドの繰り出し機構こそあるものの、絞り羽が内蔵されておらず、カメラマンによる高度な描写コントロールはこれまで不可能であった。ところが最近になって香港のKipon社から絞り羽を内蔵した全く新しい類いのマウントアダプターが発売され、このレンズに絞り羽の開閉機構を補う事が可能になった。Kipon社から発売されたのはCANON EOSのレンズをsony NEX、またはマイクロフォーサーズ規格のカメラに装着するため2種のアダプターだ。DIANA+ → EOS →NEXと2つのアダプターでブリッジすれば、ハロや周辺光量などの絶妙なコントロールを可能とする本レンズの新しい撮影スタイルが生まれるのだ。


 
絞り羽内蔵アダプター
 下の写真は最近マニアの間で話題が沸騰している絞り羽内蔵マウントアダプター(KIPON社製)だ。側面には制御ダイヤルがついており、絞り羽根を2段毎のステップ間隔で開閉させることができる。
私が入手したのは香港Kipon社製絞り羽内蔵マウントアダプター「EOS-NEX A」で、キャノンEOSマウント用レンズをSONY NEXにマウントするというもの。現在、eBayやヤフオクで入手できる。eBayでの価格は送料込みで120㌦程度であった。他にもEOSのレンズをマイクロフォーサーズ機にマウントする同種のアダプターが発売されている

DIANA+ →EOSアダプターと EOS→ NEXアダプターを併用し、DIANA+用レンズをSony NEX-5にマウントするところ

  ある日突然、このアダプターをDIANA+用交換レンズに用いるというアイデアを思いつき、さっそく実践してみることにした。DIANA+用レンズのイメージサークルは元々6×6の中判カメラに対応した広い規格だ。35mm判以下の一眼カメラに装着した場合には画像周辺部が写らないので、トイカメラの象徴的な描写である周辺減光の効果は失われてしまう。しかし、本アダプターを用いれば深く絞る際に四隅がケラれて周辺部の減光効果が蘇る。さらには減光具合の微妙なコントロールも可能になり、表現の自由度が増すというオマケまで付いてくる。ナイスフォロー!
 
★入手の経緯
  DIANA+用交換レンズとマウントアダプターはこちらのロモグラフィー・ジャパンのWEBサイトで通信販売されている。2011年1月に私が購入した時点での販売価格は20mm Fisheyeが5040円、38mm Super-wideが4620円、これらをEOSまたはNIKONにマウントするアダプターが、それぞれ1260円であった。同製品は国内の一部の写真店やデパートでも購入できる。知り合いの写真屋いわく、ロモグラフィー社の製品はどこも店でも取り扱えるわけでなく、同社の厳格な審査をパスした店のみ仕入れることができるとのこと。厳しい価格統制がおこなわ、安売りは厳禁。新品を安く購入することは不可能らしい。何と店に置く値札までロモグラフィー・ジャパンが用意するという徹底ぶりだ。

★撮影テスト
  DIANA+用交換レンズ群はソフトでゆる~い描写、高い彩度、ドリーミーなイメージを宣伝文句にしている。早速レンズをデジタルカメラにマウントし、ライブニューによるピントを合わせを試みた。ところが困ったことに、どんなに目を凝らしてもピントの芯が掴めない。どうやらこのレンズは目測で距離を決め、ヘリコイドリングに記された指標のみでピントを合わせを行うようだ。
 
★20mm Fisheyeと38mm Super-wideの画質比較★
 下の写真は今回入手した2本のレンズを同じ被写体に対して撮り比べたものだ。2本のレンズは全く異なる性格を示している。ご覧のように20mm Fisheyeはシャープで風景撮りに向いている。対する38mm Super-wideは球面収差を生かしたソフトフォーカス気味の描写が特徴で、ハイライト部に美しいハロを纏いドリーミーな撮影効果が生まれている。人物を撮るのに向いていそうだ。以下では個々のレンズの描写力について、もう少し詳しく踏み込んでみる。

デジタルカメラ (sony NEX-5, AWB)による作例。上段は20mm Fisheyeで下段は38mm Super-wideによる撮影結果だ


DIANA+ 20mm Fisheye
 20mm FisheyeはDIANA+用レンズ群の中でもシャープネスとカラー彩度が特に高く、画像周辺部に歪みと色滲みを生じさせるのを特徴としている。同シリーズの中では最も「まとも」に写る製品と言われている。こういう噂話を耳にしてしまうと、トイレンズとしてはいまいち面白味に欠けるという印象を抱いてしまう。しかし、そうした先入観はこのレンズが真価を発揮するにつれて、いつの間にか消し飛んでしまった。以下作例。
20mm Fisheye / NIKON D3 digital(AWB): こちらは絞り開放での撮影結果。このとうりに解像力(緻密さ)は低いが、ごく普通に写る。最短撮影距離が0.3mと短いので、花などの近接撮影も可能だ。フルサイズセンサー機で用いると、周辺部にフィシュアイレンズ特有の歪みが生じる

20mm Fisheye, digital / sony NEX-5 digital(AWB):こちらはAPS-Cセンサー機での撮影結果だ。画像中央部しか写らないので、歪みはほぼ無くなってしまう。こういう作例ではトイカメラらしさが全く表れない。しかし、次の作例をご覧いただきたい。

DIANA+ 20mm Fisheye / sony NEX-5 digital (AWB):曇り空の夕刻における作例だ。光量が少ないと性格がガラッと変わり、薄汚れた雰囲気のある描写を示すようになる。どうやらこのレンズの真価を引き出すには光量を落とし、シンプルで絵画的な被写体をターゲットにするのがコツのうだ。ソフトな結像がボケ味に似た効果を生み、背景の樹木の描写に独特な雰囲気を与えている。なお、本作例では絞り羽内蔵アダプターを用いて画周辺部をやや減光させている

DIANA+ 20mm Fisheye / sony NEX-5 digital(AWB):絞り内蔵アダプターを用いて深く絞り込むと、日中でも減光され、先の作例と同様に薄汚れたアートな空間が生みだされる。実に面白いレンズだ
このレンズが真価を発揮するには少しばかりコツを要することがわかった。光量の少ない条件下において、絵画的な被写体をターゲットにすると独特な描写を示すようになる。絞り羽で周辺部を減光させると雰囲気が更に増すであろう。

★20mm Fisheyeと絞り羽内蔵アダプター★
 絞り内蔵アダプターを用いた被写界深度の制御が本レンズにおいて、どれほど有効に機能するのか調べてみた。下の写真は絞り開放による撮影結果(上段)と適度に絞った状態における撮影結果(下段)だ。瓦のあたりにピントを合わせているが、ご覧のとうりに絞ってみてもアウトフォーカス部の鮮明さに明確な変化は見出せない。被写界深度が極めて深く、パンフォーカス気味に設計されたレンズなのだろう。
20mm Fisheye / sont NEX-5 digital(AWB):上段 絞り開放, 下段 絞り込んだ結果

38mm super-wide
  先の作例にもあるように、こちらのレンズではソフトフォーカス効果が強く働き、ポワーンと甘い雰囲気が漂っている。また、ハイライト部にハロが発生し、その輪郭が薄い光のオーラを纏う。カラー彩度が高くジューシーな色ノリとなり、いかにもトイカメラらしい表現が可能である。

DIANA+ 38mm Super-wide / NIKON D3(AWB):噂どうりにソフトで甘く、高彩度な描写が得られる。気のせいか、このプラスティックレンズを介すると写るものまでプラスティックに見えてくる。面白いレンズだ

DIANA+ 38mm Super-wide / NIKON D3 (AWB):このソフトな描写は人を撮ることに特化していると言い切っても良さそうだ
DIANA+ 38mm Super-wide /sony NEX-5 digital(AWB):こちらは屋外での撮影結果(SPIRALの近影)である。ハイライト部のハロがやや強く出過ぎている印象だ。こういうケースは絞って撮った方がよい。絞り羽内蔵アダプターの出番か!?

★38mm Supe-wideと絞り羽内蔵アダプター★

38mm Super-wide / sony NEX-5 digital(AWB):上段 絞り開放, 下段 絞り込んだ結果
 上の画像は絞り羽内蔵アダプターを用いて撮影した結果だ。上段は絞り開放によるもので、下段は深く絞り込んだ場合の撮影結果となる。右側の椅子の輪郭部や背景のビール瓶の箱に注目すると、絞った撮影結果の方がハロの滲みが薄く、結像も緻密になっていることがわかる。20mmFisheyeと比べるとこちらのレンズの方が絞り羽内蔵アダプターの効果は、より顕著にみえる



2011/01/13

PORST TELE 135mm/F1.8 MC AUTO E (M42)


1977年登場、日本製レンズの優れた性能を印象付けた
超大口径望遠レンズ

  PORSTはドイツ・バイエルン州で創業した通信販売チェーン大手のPhoto PORST社がPorst Flexという名の一眼レフカメラに装着するレンズとして販売した製品ブランドだ。同社は製品の自社開発や生産を行うことはなく、他の製造メーカーからOEM調達した製品をチェーン店にて通信販売する形態をとっていた。PORSTブランドにはCOSINAやSIGMAなど日本のレンズメーカーがOEM供給した製品が多い。一部の製品には富岡光学が供給していたとの噂もある。
今回入手したPORST 135mm/F1.8は1977-1982年代に東京都練馬区にあった三竹光学が製造しOEM供給した日本製の高速中望遠レンズである。開放絞り値がF1.8と明るく、極めて大きなボケ味を楽しむことができる。製品が発売された当時は標準レンズでさえ、F1.8よりも明るいものはまだ珍しい時代であった。135mmの中望遠レンズをF1.8で実現した本品の登場は多くのカメラマンの度肝を抜いたに違いない。
鏡胴は金属製でズシリと重く、フィルター径は何と82mmもある。ガラス面に施された光の反射防止膜はマルチコーティング(Plura-Coat)である。対応マウントはM42に加えPENTAX-Kが用意されていた。中身の同じ姉妹ブランドにはSpiratone, Computar, Kenlock, Formula 5, Eyemik, Apollo, Accura, Varo, Vivitar, Weltblickなどもある。何種類もの覆面を被り、世界中にOEM供給されていた八方美人だ。構成は安定感のある穏やかなボケ味を特徴としているゾナー型(4群5枚)である。
絞り表示:F1.8-F16、最短撮影距離1.7m、フィルター径82mm
光の反射防止膜はマルチコーティング 重量は787g
鏡胴にはオート/マニュアルの切換えスイッチがある。後玉径が大きいため、マウ
ントネジの凸部がたいへん薄く造られている。絞り制御ピンが凸ネジの頂上のギ
リギリの幅から何とか突き出している格好だ。こういう精巧な造りを見ると、思わ
ずドキッとしてしまう(←先端恐怖症という意味ではございません)
★入手の経緯
 本品は2010年10月にドイツ版eBayを介して、ドイツの中古カメラ専門業者から179ユーロの即決価格で落札購入した。オークションの記述に日本までの配送方法の指定がなかったので、45ユーロもするDHLを避け、出品者にはドイツポスト(17ユーロ)での配送をリクエストした。支払総額は送料込でたったの196ユーロ(約2.2万円)であった。本品のeBay相場は300ユーロ程度、国内でも4万円はする高級品だ。この業者のオークションの説明は簡素で、「グッド」だの「TOP」だのと独自の評価が付けられていた。本品には「TOP」との評価があり、写真を見る限り状態は良さそうだったので迷わず購入に踏み切った。届いた品は前玉の表面に軽度のクリーニングマークがパラパラあったが、実用品としては問題のないレベル。特価で購入したのだから良い買い物であった。

★撮影テスト
大口径なレンズになると、一般的には開放絞りでの結像が球面収差の増大でフワフワ、階調表現も軟化しポワーンと眠たく解像感のない結果になってしまうのがよくあるパターンだ。しかし、そこは望遠レンズ。無理の無い設計が可能であり、F1.8の標準レンズと比較しても、より高いイメージクオリティが期待できる。実際に使ってみると、開放絞りでもピントの芯はしっかり出るし、案外スッキリと写る。拡大表示に耐えるほどの解像力は無いが、ピント合わせを丁寧におこなえば開放絞りでも何とか実用的なシャープネスを得ることができる。距離によって僅かにグルグルボケが出ることはあるものの、1段絞れば素直なボケ味となる。晴天下で撮影すると開放絞り付近ではハイライト部に何やら薄らとハロが纏わりつくので、不都合ならば2段以上(F4よりも深く)絞ったほうがよい。コントラストは向上し球面収差も大人しくなるので、シャープネスは拡大表示にも耐えうる高いレベルになるだろう。ボケ味は思っていた以上に滑らかで、2線ボケが気になることはない。色ののり具合はとてもよく、濃厚とまではいかないが、緑や衣服の色をビビットに再現できる。デジタルカメラ(Sony NEX-5)と銀塩カメラ(PRO800Z/Uxi-200)の双方で撮影テストを行ったところ、デジタルカメラの方が色の再現力が高く、暗い場所を撮影する際にも安定していた。これに対し、フィルム撮影は暗い場所でカラーバランスが不安定化し、緑がかってしまうことがあった。階調表現については光量の多い条件下や、露出補正をプラス調整する必要がある際に大きな差があらわれた。フィルム撮影の結果は暗部から明部に至るまで階調が広く分散しているのに対し、デジタルカメラでは階調表現がシャドー域に向かって引っ張られる傾向があった。
一般にデジタル撮影はフィルム撮影に比べ、シャドー部の階調表現に強く、黒つ潰れが起こりにくい。反対にハイライト部の階調表現が苦手で、白トビが起こりやすい。デジタルカメラの露出調整にはこのあたりの優劣を意識した高度なアルゴリズムが組まれているのかもしれない。
F1.8 銀塩(Super Uxi-200) ボケ味はたいへん滑らかだ

F1.8 銀塩(Super Uxi-200) ガサガサした被写体をアウトフォーカス部に置き収差によるボケ味の乱れ具合を調べてみた。僅かにグルグルボケが出るているが乱れは少ない。衣服や背景の緑など色がよく乗っている
 
F8 銀塩(Super Uxi-200) 暗所におけるスローシャッターでの撮影結果。黄色っぽいのは光源の色による影響。ここまで絞ると大変シャープだ。背景の周囲暗部が少し青っぽいのは、光量不足による低照度相反則不軌の影響で、露出補正を更にマイナス側にかけた別ショットでは、カラーバランスが更に激しく乱れてしまった。この木像は閻魔大王の従者で、三途の川を渡る亡者から罪の軽重によって衣服を剥ぎ取ったという地獄の役人、奪衣婆(だつえば)だ
F1.8 銀塩(Pro800z) フィルムをフジカラーのPRO800Zに変えてみた。PRO800Zはシャドーがストンと落ちることを特徴とするフィルムであり、階調変化のエッジがきいた解像感の高い描写が得られる。上の撮影結果も硬調で、シャドー部の黒潰れが顕著だ
F2.8 digital(NEX-5; AWB) こちらはデジタル撮影の結果。銀塩撮影とくらべなんか画造りが違うことに気付くであろう。この差異について、以下でもう少し詳しく踏み込んでみる

F1.8 左:digital(NEX-5; AWB)/右: 銀塩(Uxi Super 200)
被写体に白の要素が多いので、通常は露出補正をややプラス側に調整しなければならないところだ。しかし、ここはあえてカメラ任せにオートで撮影してみた。すると、フィルム撮影よりもデジタル撮影の方が輝度分布が暗部に引っ張られ、まるでデジカメが白トビを回避したがっているかのように過剰反応を示した

F2.8 上段 digital(NEX-5; AWB) /下段 銀塩(Uxi Super 200):こちらは屋外での撮影結果の比較だ。Uxi super-200のフィルム特性なのかやや黄色みが強い。光量の多い条件になると、デジタルカメラによる撮影結果のほうが階調表現がシャドー側に引っ張られている
 
F1.8 上段 digital(NEX-5; AWB) /下段 銀塩(Pro800z):発色についてはデジタル撮影の方がカラーバランスが安定しており、色再現性が高い。上段のデジタル撮影の結果内にある一番右のガチャガチャ箱の白いプラスティック部に注目して欲しい。下段の銀塩撮影の結果では、これが緑色に変色している

F1.8 左 digital(NEX-5; AWB) /右 銀塩(Fujicolor Pro800z):今度は屋外。夕方の日陰(光量の少ない条件下)での撮影結果だ。やはり銀塩撮影の結果の方が緑がかった発色となり、カラーバランスが安定しない

F1.8 digital (NEX-5; AWB) APS-Cフォーマットのデジカメで使用する場合、最短撮影距離ではこれくらいの撮影倍率になる
F2.8 NEX-5 digital(AWB)
今回の撮影テストではF1.8の開放絞りでの撮影を意識してみた。ピント面は思った以上にシャープでボケも素直、実用的な画質である。

★撮影機材
銀塩 : PENTAX MZ-3 + PORST Tele 135/1.8 MC + FujiColor Pro800Z / Uxi super 200 +自作フード(ボール紙+ゴムでパッチン)

digital : sony NEX-5 + PORST Tele 135/1.8 MC  + 自作フード