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2014/02/23

Voigtländer SEPTON 50mm F2(DKL)



銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART 5: SEPTON 50mm F2
被写体をダイナミックに捉える美しいトーン
ゼプトンの歌声が聞こえるか
Septon(ゼプトン)は旧西ドイツのVoigtlander(フォクトレンダー)社が最高級カメラのUltramatic(ウルトラマチック)に搭載したF2の明るさを持つ準大口径レンズである。写りが良いため1960年の登場直後からたちまち評判となり、1967年までの7年間に約52000本が製造されている。レンズ名の由来は数字の7を意味するラテン語のSeptemであり、光学設計が7枚の構成であることを主張したネーミングである。コーティング技術が今ほど進歩していない1960年代初頭の製品で7枚玉と言えば、本来は一段明るいF1.4のレンズにみられる構成である。一方、SeptonのようなF2クラスの7枚玉はまだ少なく、ライツの高級ブランドに一部みられる程度で、当時は6枚構成のオーソドックスなプラナー型やゾナー型が主流であった。レンズの構成枚数を増やせば収差の補正パラメータが増えワンランク上の結像性能を実現できるが、空気と硝子の境界面が増えるため内面反射光が蓄積しやすく、階調や発色が不安定になりやすいという代償を背負うことになる。合理的な判段を下すならば製造コストのかからない6枚玉であろう。事実、大方のメーカーはF2級レンズを6枚構成で登場させている。これをチャンスと見たフォクトレンダーは社運を賭けたハイスピード・スタンダードレンズに7枚構成を採用する大勝負を仕掛けたのである。この種の選択はハイリスク・ハイリターンを狙うものであり、代償として失うものこそ多いが、タイミングさえ合えば得られる成果には時として何倍もの価値がつくことがある。Septonは時代の一歩先をゆく前衛的なレンズとして登場、6枚玉のダブルガウスタイプにもテッサータイプにも真似のできない写りは、その後「音まで写しとる素晴らしいレンズ」と絶賛され、日本では伝説となるのである。
重量(実測) : 250g , 光学系の構成: 5群7枚ゼプトン型, 絞り羽: 5枚, フィルター径: 52mm, 最短撮影距離: 0.9m(後期型は0.6m), 製造年: 1960-1967年, 製造本数:52000本弱、デッケルマウント(Bessamatic/Ultramatic用マウント)








Septonの製品コンセプトは7枚構成で得た余力を大口径化に費やすのではなく、描写力の向上に充てていることである。発展期のガウス型レンズに共通してみられるモヤモヤとしたコマフレア(サジタルコマフレア)を徹底して低減させ、開放からスッキリとヌケの良い写りを実現した先駆的なレンズなのである。設計は下図のような5群7枚構成で、旧来からのダブルガウス型レンズに大きく湾曲した負の凹メニスカスレンズ(青のエレメント)を内部に組み込んだ独特な形態である。これがコマフレアを抑制するために生み出された合理的な設計であることは、以下の推論から理解できる。
 
Septonの光学系のトレーススケッチ。左が被写体側で右がカメラ側。構成は5群7枚のゼプトン型で旧来からのダブルガウス型レンズに大きく湾曲した負の凹メニスカスレンズ(青のエレメント)を組み込んだ独特な設計形態である。なお、この凹メニスカスで収差の補正とレトロフォーカス効果を同時に実現しており、50mmの焦点距離を維持したまま一眼レフカメラに適合できるようになっている。凹メニスカスを最前部に据えると普通のレトロフォーカスとなるが、Septonの場合には軸上光線が高い位置を通る最前部に凸レンズを据えることで正のパワーを稼ぎ、明るいレンズを実現している。絞りの手前にある凹レンズ(赤のエレメント)が絞りを挟んだ向かい側の凹レンズよりもフラットな形状でありることに、このレンズの設計の秘密が隠れている
 
スッキリとクリアに写るSeptonの描写力はモヤモヤとしたコマフレアを効果的に封じることで実現している。コマフレアは対称型のレンズに生じやすく、ダブルガウス型レンズはその典型である。コマが多く発生するとコントラストが低下しシャープネスを損ねることになる。Tronnier(トロニエ)が1934年に設計したXenon F2はこの性質を逆手に取り、前群のはり合せを外してコマを低減させた。すなわち、コマを抑える一つの方法は前後群の対称性を破ることにある。Septonの設計も対称設計のダブルガウス型レンズがベースとなっているが、上図に示すように前後群の対称性が凹メニスカスの導入によって大きく崩れている。
コマを抑えるもう一つの方法は絞りの手前側にある凹レンズ(図の赤のエレメント)の曲がり具合を緩めることである[伊藤宏1951/Canon 50mm F1.8]。構成図を見ると、この凹レンズのカーブが後群側の凹レンズに比べ遥かに緩やかになっている様子が確認できる。この部分を緩めた結果、球面収差とペッツバール和の変動が起こるが、これらを新たに追加した凹メニスカス(青のエレメント)によって低減させるのである。凹メニスカスの導入が負のパワーを補強しペッツバール和の変動を抑えると同時に、レトロフォーカス効果を生み出し、50mmの焦点距離を保ちながら一眼レフカメラへの適合をサポートするのである。凹メニスカスが「くの字型」に大きく湾曲していることを見逃してはならない。この湾曲により直ぐ後ろの第3レンズとの間に凸形状の空気レンズができており、この部分には球面収差の膨らみをたたく作用がある。新たに導入した7枚目の凹メニスカスが一石二鳥、いや一石四鳥の効果をあげ、コマフレアを合理的に封じているのである。
なお、Septonと同一構成のレンズとしては他にもHasselblad用Planar CF 80mm F2.8(1983)、Rollei SL66用Planar 80mm F2.8(1966)、Rolleiflex 6008 integral Planar 80mm F2.8(1993)などがあり、いずれも定評のあるレンズである。

Septonは1960年に登場後、生産の終了する1967年までの7年間で52000本弱が市場供給されている。これはColor-Skopar(20万本弱)、Skoparex(6万本強)に次ぎ同社のデッケルレンズとしては3番目に多い製造本数である。しかし、残念なことに現在の中古市場に出回っている製品の多くにはバルサム切れ(レンズのはり合せ面に塗布した接着材が劣化し接着面が剥離する現象)が発生し、バルサムの交換修理が必要となっている。バルサム切れが頻発する原因についてフォクトレンダー製品にお詳しい浅草の早田さんは、製造時に人工バルサムの混合比を間違える人為的なミスがあったと述べている。

入手の経緯
今回紹介する製品個体は2012年5月に米国の写真関連業者からeBayを経由し落札購入した。米国内への配送のみに対応すると宣言していたので、事前に連絡を取り日本への上陸許可を得ておいた。私の経験上、配送先を限定している場合には競売相手が減り、安く手に入る可能性があるので狙い目である。商品の状態はMINT(美品)で前後のキャップと保護フィルターが付属しているとの解説である。このレンズはバルサムの剥離した個体が非常に多くコーティングも傷みやすいため、中古市場に出回っている個体の多くがメンテを必要としている。出品者に事前に質問し、バルサム剥離が無いこととコーティングの状態が良いことを確認しておいた。オークションは1ドルスタートで始まり8人が応札、アンドロイドアプリの自動入札ソフトを用いて最大420ドル、締切時刻の7秒前にスナイプ入札するよう設定し放置したところ、翌朝に386ドルで落札されていた。送料+輸入税の41ドルを含めると購入総額は417ドルなので、相場価格よりやや安くてに入れることができた。現在のヤフオクでの相場はバルサム切れなど問題を抱えている品が30000~35000円程度、状態の良い品は45000~55000円程度(eBayでは400-500ドル程度)である。このレンズの中古相場は緩やかに上昇しているようだ。

撮影テスト
Septonの特徴は7枚構成で得た余力を大口径化に費やすのではなく、描写力の安定と向上に充てていることである。発展期のガウス型レンズに共通してみられるモヤモヤとしたコマフレア(サジタルコマフレア)を徹底して低減させ、開放からスッキリとヌケの良い写りを実現した先駆的なレンズなのである。階調描写はコンディションに左右されやすく明らかに軟調であるが、中間部の階調は驚くほど豊富に出ており、フワフワとしたグラディエーションの出方はその場の雰囲気を繊細かつ大きく捉えるのに適している。7枚玉ならではの軟らかく美しいトーンとテッサー同等のクリアな描写力を融合させた異次元の写りに、このレンズが世間から高く評価されてきた理由を感じ取ることが出る。発色は渋く、温調気味で、コンディションによっては赤みを帯びる傾向がある。開放ではこの傾向が特に増すが、絞れば少しはノーマルになる。後ボケには概ね安定感があり、中距離で周辺部の像が僅かに流れるものの、激しいグルグルボケには発展しない。この時代のダブルガウス系レンズにしては比較的穏やかな後ボケといえるだろう。反対に前ボケは中距離でグルグルボケが顕著に目立つことがある。このレンズはコマフレアが殆んど発生しないため、ダブルガウス系統のレンズにしては背景のボケ味がやや硬い印象をうける。おそらくアウトフォーカス部にコマフレアをやや残存させたほうがブワッと拡散し、柔らかく美しいボケに見えるのであろう。開放では四隅に若干の周辺光量落ちがみられるが一段絞れば均一化する。以下作例。

撮影環境: SONY A7,  M42-Nex Camera Mount, M42 Helicoid Tube, 52mm径Metal Hood
F2(開放) Sony A7(AWB):  開放では被写体前方にグルグルボケが発生するので、こういう面白い使い方ができる。発色は渋く温調気味である。やや赤みを帯びる傾向もみられる。シャドー部が潰れず穏やかな階調描写である



F4, SONY A7(AWB):  近接でも解像力はまぁまぁ高くコマも良く補正されている

F2(開放), SONY A7(AWB): 再び開放。これくらいのディテール再現性があれば解像力としては十分と言えるのではないだろうか。中距離では背景に極弱いグルグルボケが出るので、このようなストーリー性のある場面では演出効果の一翼を担っている
F2.8, SONY A7(AWB):  なだらかで美しい階調描写とテッサー同等のヌケの良さを融合させたSeptonならではの空気感である。ヘリコイドアダプターを用いてレンズの最短撮影距離(規格)よりも近接側で撮影している。モヤモヤ感はなく画質に破綻はない。接写側の余力はまだありそうな感触だ









F4, SONY A7(AWB): 近接撮影の場合、後ボケは穏やかで安定感がある。実は私は洞窟探検家で、これはホンモノの人骨。洞穴が風葬に使われている場合もあり、こういう場面に出くわす。こちらに示すように時々語り合い、「生前はどんな人だったのだろうか・・・」などと、想像しながら静かな時間をすごす
F2, SONY A7(AWB): コンディションに左右されやすく、曇天時はコントラストが低下ぎみで発色も渋いが、晴天になるとコントラストが急に良くなり色のりも鮮やかである





 
SEPTON x Fujifilm GFX 100S
レンズを中判イメージセンサーを搭載したFujifilmのGFXシリーズで使用した場合は、遠方撮影時に写真の四隅が僅かにケラれます。
 
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日陰 F.S: C.C.)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, F.S: C.C.)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)


2013/12/04

Voigtländer SKOPAREX 35mm F3.4 (DKL)


銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART3: SKOPAREX 35mm F3.4
軽量でコンパクトなレトロフォーカス型広角レンズ 
Skoparex(スコパレクス)はVoigtländer (フォクトレンダー)社が1956年に発売した一眼レフカメラ用のレトロフォーカス型広角レンズである。当初はレンジファインダーカメラのVitessa-T (旧式デッケルマウント)に搭載する交換レンズとしてSkoparet (スコパレット)の名で供給されていたが、1959年にデッケルマウントが新規格にマイナーチェンジされたのを機にSkoparexへと改称され、同社初の一眼レフカメラであるBessamatic(ベッサマティック)の交換レンズとして供給されるようになった。新旧のデッケルマウントに互換性はないことから、レンズ名が変更されたのは規格の変更によるユーザーの混乱を回避するためであったと考えられる。SkoparetからSkoparexへの改称ルールはVoigtländer社の他のレンズブランドにも一様に当てはまり、Vitessa-T用の交換レンズはそれぞれDynaret →Dynalex、Super-Dynaret →Super-Dynalex、Color-Skopar →Color-Skopar Xと置き換えられている。Bessamatic用のレンズだと思い込みVitessa-T用レンズを持ち出しても互換性はないので、使用することはおろかマウントすらできないのである。
Skoparexという名称から容易に連想できることだが、このレンズは同社テッサー・タイプのSkoparブランド(下図・上段)から派生したモデルであり、Color-Skoparの前方に凹レンズを据えレトロフォーカス化したProminent用Skoparon(スコパロン) 35mm F3.5(下図・左)を直接の先祖としている。Prominent(プロミネント)はミラーの可動部を持たないレンジファインダー機のため、一眼レフ的な発想からすれば本来はレンズをレトロフォーカス化する必要のないカメラである。しかし、マウント部にSyncro-Compur(シンクロ・コンパー)シャッターを組み込むという独特の構造のため、バックフォーカスを従来のレンジファインダー機よりも長く設定しなければならなかった。SkoparonはProminent固有の構造的な制限から生まれた変則的なレトロフォーカス型レンズなのである。その後、このレンズはVitessa-T用の交換レンズとして再設計され、バックフォーカスを更に伸張させたSkoparet /Skoparex F3.4へと発展している。SkoparetとSkoparonが兄弟の関係なのか親子の関係なのかについては記録がないのでわからない。
Skoparexの設計(下図・右)はテッサー型レンズ(黄色のエレメント)の前方に凹レンズ(緑のエレメント)と凸レンズ(赤のエレメント)を追加したもので、有名な元祖レトロフォーカスのAngenieux Type R1 2.5/35と同一構成である。Angenieux R1では開放でモヤモヤとしたコマの発生がみられコントラストは低下気味で発色も淡白であったが、Skoparexは口径比をF3.4と控え目に設定しているため、コマの発生は少なく、シャープでよく写るレンズとなっている。このクラスのレンズとしては極めてコンパクトかつ軽量で、重量は僅か167gしかない。
Voigtländer社のレトロフォーカス型広角レンズは1949年に登場したColor-Skopar 3.5/50(図・上段)を起点に生み出されている。1953年になるとColor-Skoparの前部に凹レンズ(緑色)を据えたProminent用レトロフォーカス型広角レンズのSkoparon 3.5/35(図・下段左)が設計され(1954年登場)、2年後の1956年には将来の一眼レフカメラ時代を念頭に据えたSkoparet/ Skoparex 3.4/35(図・下段右)が誕生している









重量:167g, 製造年:1960-1969年製造, 製造数:6万本強(Voigtlander社のデッケルレンズとしてはCoolor-Skoparに次いで2番目に多く生産されたブランドである),構成:5群6枚, 絞り羽 5枚, フィルター径 40.5mm, 最短撮影距離 1m(後期型は0.4mに短縮されている), 開放絞り値 F3.4, 焦点距離 35mm, 前玉が前方に出っ張っているので保護フィルターの装着をおすすめする




レンズは1960年から1969年まの9年間で6万本強もの数が生産され、この間に仕様変更を伴うマイナーチェンジが何度か繰り返されている。初期のモデルではColor-SkoparやTele-Artonと同様、マウント部にフォクトレンダー機では使用されるはずのない距離計連動用のカムがついていた。これは先行発売されていたデッケルマウントのレンジファインダー機Kodak Retina IIIs(1958年登場)に対抗するカメラをフォクトレンダーが計画していたためと考えられている。最短撮影距離は1mと長く、近接撮影が不得意なレンジファインダー機の都合に配慮した製品仕様となっていた。しかし、間もなくカメラ業界はレンジファインダー機の時代から一眼レフカメラの時代へと急速にシフトし、フォクトレンダーの新型レンジファインダー機は実現しなかった。これに応じるように後期のモデルでは不要となったカム構造が段階的に省かれ、最短撮影距離も0.4mまで短縮されている。また、鏡胴側面のグリップリング(ギザギザ)が幅の広いタイプに変更され、カメラへの脱着が容易になった。
 
入手の経緯
今回レンズの紹介で使用したSkoparexはデッケルレンズ愛好家のdymaさんからお借りした個体だ。dymaさんと私は鎌倉の杉本寺で偶然出会った仲である。Nikon FマウントのデジイチにTopcor(旧型)をつけ撮影していたので、普通の人でないことは直ぐにわかった。レンズの方は絞りの調子が悪く開放から2段までしか絞ることができなかったが、ガラスの状態は良く、テスト用の個体としては十分なものであった。Skoparexはデッケルレンズの中でもeBayでの流通量が比較的多いモデルなので、探すのには苦労しないであろう。現在は200-250ドル程度で取引されている。ヤフオクでの流通量は多くない。




撮影テスト
デジタル撮影  SONY A7 (AWB), Nikon D3(AWB)
銀塩撮影 Fujicolor C200(ネガ), SP400(ネガ)

最初期の製造ロットは内面反射光の問題が深刻で階調描写力が奮わなかったが、幾度かのマイナーチェンジを経て改良され、描写性能は飛躍的に向上したようである[文献1]。私が入手した個体はシリアル番号6756XXXで、1965年頃に生産された比較的後期のタイプである。
実際にレンズを手に取って使用してみると、解像力やコントラストなど基本性能は開放から良好で、ヌケや発色もよい。ピント部は開放からスッキリと写り、コマによる滲みは開放絞りの時に四隅で僅かに検出できる程度である。逆光撮影には弱く、ゴーストが出やすいことに加え、撮影条件がさらに厳しいと軽度のフレアも発生する。しかし、フレアが重症化することはなく、発色が著しく淡くなったり濁ったりということはなかった。歪みは僅かに樽型である。口径比がF3.4と控えめなので大きなボケ量は期待できないが、ボケは穏やかで安定感があり、2線ボケやグルグルボケなどの乱れは検出できなかった。以下、作例。
F8, 銀塩撮影(Fujicolor SP400 ネガ) : ご覧の通りにコントラストは良好で発色も鮮やか。Color-Skoparほど階調描写は硬くない
F5.6, 銀塩撮影(Fujicolor C200 ネガ): 右側の船のマストに注目すると、少し樽型に歪曲していることがわかる。気になる程ではない
F3.4, Sony A7 digital(AWB): 今度はデジタル撮影。逆光撮影時になるとゴーストが出やすく、発生したゴーストを中心にスペシューム光線のようなフレア(内面反射由来)が放射状に飛び出している。ただし、白濁するほどフレアが重症化することはない。2段絞ればフレアは消滅する

F3.4(開放), Nikon D3 digital (AWB): コマは初期のレトロフォーカス型広角レンズが抱えていた持病のようなものであるが、Skoparexの場合はよく補正されており、四隅で若干滲む程度である
F8, Nikon D3 digital(AWB): 深い被写界深度と適度に広い画角をもつ焦点距離35mmのレンズならではの構図だ。ちなみにここは浅草寺。100円入れて棒みくじをひき、棒の先端に記された番号をよんで引き出しから三椏紙[みつまたし](みくじの紙)を取り出すルールとなっている。娘は何と大吉を引いていた


F5.6, Nikon D3 digital(AWB): 軒先に人でもいれば、とても良い作例になっていた
F8, Nikon D3 digital(AWB): 絞れば四隅まで高解像だ(娘も5歳。大きくなりました。各方面から祝福のメールをいただき感謝しております)
F3.4(開放), Sony A7 digital(AWB): 絞りは開放だがピント部は四隅まで優れた画質である。控えめな開放F値のためボケ量は小さいが安定感のある穏やかなボケ具合である 



デッケルレンズの最大の悩みは最短撮影距離が長く、被写体に寄れない事である。とくにSkoparexのような広角系レンズでは被写界深度が深くボケ量が控えめとなるため、被写体に寄れないことは表現力におけるハンデとなっていた。このようなハンデはレンジファインダー機用レンズにも共通する悩みである。しかし、ショートフランジのフルサイズ・ミラーレス機やヘリコイドアダプターの登場が事態を一変させた。最短撮影距離を強制的に短くできるという新たな道が開けたのである。テクノロジーの変遷が半世紀も前に製造されたオールドレンズの資産価値を向上させるという、とても興味深い事例を我々は目の当たりにしている。

参考文献1 クラシックカメラ専科39 特集モダンクラシック・レンズ編 朝日ソノラマ P33

2013/11/04

Voigtländer COLOR-SKOPAR X 50mm F2.8(DKL)




銘玉の宝庫Deckelマウントのレンズ達
PART1: COLOR-SKOPAR X
フォクトレンダー・デッケル機のエントリーレンズ
「なぜならレンズがとても良いから」。1756年に創業した世界最古のカメラメーカーVoigtländer(フォクトレンダー)社がカメラの宣伝に用いたキャッチコピーには自社の高性能なカメラについてではなく、レンズの素晴らしい性能を称える文句が使われた。Color-Skopar(カラー・スコパー)は同社が戦後に生産した多くのカメラに標準搭載され、写りが良いことで世間から高い評価を得ていたテッサータイプの標準レンズである。レンズを設計したのはNoktonやUltronなどの銘玉を設計した人物として知られるA.W.Tronnier(トロニエ博士)で1949年と1954年にそれぞれF3.5とF2.8のモデルを世に送り出している(文献2)。トロニエ博士は戦前のSchneider社に在籍していた頃に同じTessar型レンズのXenarを開発した経験があり、Color-SkoparにはXenarの開発で培ったノウハウが生かされている。一般にColor-SkoparはXenarよりも更に硬階調でシャープ、高発色なレンズと評されることが多く、鋭い階調性能と高いコントラストを持ち味とするTessar型レンズの長所が最大限に引き出されていると考えてよい。技巧性に富むVoigtländer社のマニアックなカメラに相応しい尖がった性格のレンズである。
重量(実測) 138g, 最短撮影距離 1m, 絞り羽 5枚, 3群4枚テッサー型, フィルター径 40.5mm, 製造年:1959-1967年(DKLマウント),製造本数 20万本弱(DKLレンズのみカウント), EOS5D/6D系に搭載する場合もミラー干渉は起こらない。このレンズはビハインドシャッター方式のカメラに搭載するレンズであり絞りリングは標準装備されていない。マウント側についている黄色マークは、このレンズがウルトラマチックで使用する際にカメラ本体に開放F値を伝える細工がしてあることを意味している。このマークがついている製品ロットは後期型の比較的新しい個体である






Skoparブランドが初めて世に登場したのは1926年である。最初のモデルはTessar型ではなく前後群をひっくり返した珍しい構成の反転Tessar型(あるいはアンチプラネット型とも言う)で口径比はF4.5であった。この種の構成を持つレンズにはSteinheil社のCulminar 85mmF2.8がある。Tessarタイプのレンズに比べやや軟調で発色もあっさりとしており、シャープネスでは一歩及ばなかった。直ぐに設計が見直され、翌1927年にTessarタイプへと構成が変更されている。その後、1930年代後半に口径比がF3.5まで明るくなり、初代Vito(1939-1949)などの35mm判小型カメラに搭載されるようになっている。1949年にはTronnier博士の再設計によりカラー撮影にも対応したColor-Skopar F3.5に置き換えられ、モデルチェンジを間近に控えたVitoの最終ロットに搭載された。1953年にはF2.8の更に明るいモデルもProminent用として登場し、F3.5のモデルとともに後継カメラのVito Bなどに標準搭載されている。なお、Color-SkoparはVoigtländer社が最も多く製造したブランドであり、デッケルマウント用は1959年から1967年までに20万本弱もの数が生産されていた。現在でも中古市場に数多くの製品個体が流通しており相場は安値で安定している。ちなみに同社で2番目に多く製造されたデッケルレンズはSkoparexで製造本数は6万本強、3番目はSepton(ゼプトン)で製造本数は5万2千本弱である。
Color-Skopar F2.8の構成図(左が前で右がカメラ側)。Vitessa T用として文献1のP112に引用掲載されていたものをトレーススケッチした。構成は3群4枚のTessar型で、第1レンズに厚みがあるのが特徴である
デッケル機は絞りの開閉をカメラの側でコントロールする仕組みになっている。デッケルレンズは絞りリングが省略されており、マウント部の近くに絞り羽根を制御するためのブラケットが突き出ているのみである(上の写真)。このブラケットを矢印の方向にスライドさせることで絞りを開閉させることができる。デッケルレンズ用のマウントアダプターにはブラケットをスライドさせるための制御ピンがついており、アダプターに内蔵された絞りリングとブラケットが制御ピンを介して連動できるようになっている
デッケルレンズ用のマウントアダプター。絞りリング(赤矢印)を回すと制御ピン(青矢印)が連動して動き、レンズのブラケットを引っ掛けながらスライドさせることができる
デッケル-M42マウントアダプターをレンズに装着したところ。装着時はアダプター側の固定ピン(赤矢印)をレンズのマウント部にある窪みにはめロックする。解除するには手前のレバーを青矢印の方向に押せばよい
コードXの謎を追う
レンズの銘板に誇らしげに刻まれたXのアルファベット。このコードは何を意味しているのだろうか。Color-Skopar Xに興味を持つきっかけは、そうした些細なところからであった。ちなみにSkoparというレンズ名はギリシャ語で「見る、観察する」を意味するSkopeoを由来としている。末尾に「X」のつく固有名詞と言えば、トヨタ自動車の「マークX」や「MAC OS X」などがあり、これらは通産10作目の製品ということを意味している。他にも「ミスターX」や「惑星X」「Xデー」「プロジェクトX(NHKのTV番組)」などがあり、これらには未知であるという意味が込められている。おそらく方程式の変数Xあたりが由来なのであろう。しかし、COLOR-SKOPARの場合は、これらのどれにも該当しない。レンズの場合にはこの種のアルファベットがガラス面に蒸着されたコーティングを意味する場合もあり、Zeiss製レンズのT(Transparent)コーティングやMeyer製レンズ等のVVergütung)コーティングなどがその典型である。また、Kodak社のレンジファインダー機Retina IICの交換レンズ(コンバージョンレンズ)にはCのイニシャルが記されている。レンズに関して言えば直ぐに思い当たるのはこんなところであるが、「X」なんてのは今まで聞いたことがない。イニシャルだと仮定してもXで始まる単語なんてそう多くはない。しばらくこのコードの謎に考えを巡らせ知人を巻き込みながら盛り上がっていたのだが、浅草のハヤタさんが答えを持っていた。このレンズはSyncro Compur X(シンクロコンパーX)というシャッターに搭載するためのレンズなのである。Compur Xシャッターはフラッシュにシンクロできる機構を内蔵しており、シャッターが降りるとX接点を介して信号が放たれフラッシュが発光する仕組を持っていた。ただし、レンズ自体にはこの機構に応じるための細工が何一つ無いとのことで、わざわざ銘板にXを明記した意図についてはハヤタさんも首を傾げていた。
最後にここからは全くの想像だが、Spiral説を述べてみたい。レンズが造られた当時のVoigtländer社にはProminentマウント(1954年~)、Vitessa-T(旧デッケル)マウント(1956年~)、Bessamatic/Ultramatic(新デッケル)マウント(1959年~)の3種のマウント規格が存在し、混乱が避けられない状況であった。そこで、Prominent用に供給された交換レンズがSkoparon, Ultron, Nokton, Color-Skopar, Dynaron, Super-Dynaronなど末尾が"ON"でほぼ統一されていたのに乗じ、1956年に登場するBitessa-Tの交換レンズでは末尾を"T"で統一することにして混乱を避けた。Skoparet, Dynaret, Super-Dynaletなどである。ただし、Color-Skoparだけは戦前から供給されていたブランド名なのでルールから外れてしまったのである。Prominent用レンズと間違えVitessa-T用レンズを持ち出すという混乱はやはり起こった。そこで、新しいデッケルマウントの規格であるBessamatic/Ultramatic用レンズ(1959年~)では末尾を"X"で統一するルールが徹底された。Skoparex, Dynarex, Super-Dynarexなどである。ところがColor-Skoparの末尾にXを付けると、今度はSkoparexとの識別ミスが起こるため、仕方なくColor-Skopar Xとしたのである。ちなみにSepton、Skopagon、Color-LantharはBessamatic/Ultramatic用レンズから新たに導入された名称なので、この手の混乱を避けることができた。もし、次の新しいマウント規格が出ていたら、Septon Xとでもするつもりだったのであろうか。

参考資料
  • 文献1:「ぼくらのクラシックカメラ探検隊:フォクトレンダー 第2版」Office Heliar 1996年初版、2000年3月改定版発行
  • 文献2:Color-Skoparの米国特許:US-Patent 2.573.511
レンジファインダー機に対応するため設けられた距離計連動用のカム。手元のレンズの中ではColor-Skopar XとTele-artonにこの機構を確認することができる。このカムは初期のデッケルレンズに多く見られるが、やがてデッケルマウントのレンジファインダー機がなくなり不要になたっため消滅している
入手の経緯
本品は2012年夏にeBay(UK版)を介してイギリスのコレクターから70ドル+配送料15ドルの合計85ドルで落札し入手した。このセラーはコレクションの整理と言いながら他にもいろいろなレンズを出品していた。コレクターであれば検査の精度については下手な業者よりもマトモなケースが多い。レンズはEX+++コンディションとのことである。1週間後に届いたレンズは写りに影響の無いレベルのホコリの混入があったが、ガラス自体は傷の無い綺麗な状態を維持しており問題なしの品であった。eBayでの相場は60~80ドル程度と求めやすい価格である。中古市場に多く出回っているレンズなので、じっくり待って状態の良い品を購入するとよいであろう。

撮影テスト
四隅まで破綻無くクッキリと鮮やかに写す。Color-Skoparの描き出す画にはTessarタイプのレンズならではの特徴がよくあらわれている。軟らかいトーンによるドラマチックな演出効果を期待することはできないが、代わりに鋭くシャープな階調描写で被写体を力強く鮮やかに表現できるのが、このレンズの本領である。収差はよく補正されており開放でもハロやコマに由来するフレアは殆んどみられないことから、スッキリとヌケのよい写りで、ややコッテリ感のある高彩度な発色である。コントラストは高く、特にハイライト域の階調が豊富で、白がクリアに写るところがとても印象的に感じる。一方、シャドーの階調は硬めで、ネガフィルムを用いた撮影では暗部にむかってグラデーションがストンと急激に落ちる傾向が顕著にみられた。こういうのをカリカリの描写と呼ぶらしい。ただし、デジタルカメラで使う場合にはトーンが幾らか持ち直し丁寧に表現されているようで、フィルム撮影の時よりも暗部が持ち上がり、なだらかな階調変化をとりもどしている。解像力自体は平凡で、鋭い階調描写による見た目の解像感は高いもののディテールの再現性は高くない。この様子はピクセル等倍まで拡大表示するとベタッとした絵になっていることからもよくわかる。優れた設計者の手で生み出されているとはいえTessarタイプはどう転んでもTessarタイプ。鳶が鷹を生むようなことはない。ただし、ピント部の画質の均一性は高く、四隅で解像力不足を感じることは無かった。ボケは概ね安定しているが距離によっては像が四隅で少し流れる傾向がみられる。口径比F2.8のテッサー型レンズとしてはこの程度の像の流れは普通のレベルであろう。ボケ味は若干硬めで僅かに2線ボケが出ることもある。TessarタイプのレンズにとってF2.8は安定した描写力を維持できる設計限界ギリギリのラインであるが、Color-Skoparの描写力は開放から概ね安定しており、どの撮影条件においても大きく転ぶことがない。値段が安い割に優れた描写力を持つレンズではないだろうか。

F4, 銀塩(ネガFjicolor S400):  クッキリと鮮やかで高彩度な発色である。階調描写は硬く鋭い。ヌケのよいクリアな描写である
F2.8 銀塩(ネガFujicolor S400): 開放でもハイライト部からハロやコマが出ずコントラストは高い。このレンズは濁りのない発色のためか白がとても綺麗に写る。やはりダブルガウス型レンズのようなフワフワとした軟らかいトーンを期待することはできないが、被写体を力強く鮮やかに表現することができるのは、この種の硬く鋭い描写を持ち味とするレンズならではの性質である
F2.8(開放), EOS 6D(AWB): 今度はデジタル撮影。ピーカンの晴天下だが、シャドー部が潰れず階調には適度な軟らかさが残っている。距離によっては四隅でアウトフォーカス部の像が僅かに流れるがグルグルボケには至らない。ピント部は四隅まで高画質である。ボケはやや硬めで、奥の手すりには2線ボケの傾向が出ている。F2.8の口径比を持つテッサータイプのレンズとしては、かなり優秀な描写力だ