おしらせ


2016/01/27

VEB Pentacon MC Prakticar 50mm F2.4 (PB)*

ペンタコン人民公社(VEB Pentacon)は1959年にドレスデンの5つのカメラメーカーが合併して誕生した旧東ドイツの国営企業である[文献1]。当初はカメラ&キノヴェルケ・ドレスデン人民公社という長い企業名であったが、1964年に改称しペンタコンとなった。設立時に合流したカメラメーカーにはツァイス・イコン社(ツァイスのカメラ部門)が含まれており、同社が1950年代に西側諸国に輸出した一眼レフカメラのブランド名Pentacon(ペンタプリズム付きコンタックスの意)を後に企業名として使うようになった。1968年にはレンズメーカーのメイヤー・オプティック(Meyer Optik)を吸収することでレンズの生産部門を獲得し、以後はドイツ統一後の1991年まで、カール・ツァイス人民公社(VEB Carl Zeiss Jena)とともに東ドイツ製レンズの主要な供給元となっている。本ブログでは数回にわたりペンタコン人民公社が生産した3本の標準レンズPrakticar 2.4/50, Pentaflex 2.8/50, Pentacon 1.8/50を取り上げる。どれもコストパフォーマンスが抜群に良いうえ描写には特徴があるので、これからオールドレンズを始めようと意気込んでいる方にはピッタリのレンズであろう。

東ドイツのペンタコンブランド PART1
エルノスターの末裔
シャープで立体感のある描写が魅力
VEB Pentacon Prakticar 50mm F2.4
同じトリプレットからの発展レンズ(4枚玉)でも前の特集で取り上げたフジノン(X-Fujinon  F2.2)とは異なる描写傾向をみせるのがペンタコン人民公社のプラクチカール(Prakticar) F2.4である。フジノンでは四隅まで安定感のある描写が特徴であったが、本レンズの場合には中心解像力が高く立体感に富むのが特徴で、フジノンでは出せなかった非点収差由来のグルグルボケが本レンズの場合には見られる。フジノンではややしっとり感のある開放描写を特徴としていのに対し、本レンズの場合は開放からシャープでヌケがよく、発色もコッテリとしている。四隅の画質がやや妖しく、高画質な中心部とのギャップが立体感に富む描写を実現している。同じ4枚構成である両レンズの描写傾向にここまで明確な違いがみられるのは、とても興味深い事である。
このレンズはソーシャルネットMFlensesのメンバーから情報をもらい興味を持つようになった。さっそく過去の文献を調べたところ、古い技術資料の中に設計図の一部を発見し確認をとることができた[文献2]。レンズの設計構成は1920年代にエルネマン(Ernemann) 社のベルテレ(L. Bertele)とクルーグハルト(A. Klughardt)が考案したエルノスターの基本形(下図)である。ペンタコン人民公社は設立時にツァイス・イコンもろともエルネマンを取り込んでいるので、プラクチカールF2.4はメイヤーの製造ラインから送り出されたにせよ、エルノスターの血統を受け継ぐ末裔と考えても間違いではない。レンズは1968年にMeyer-Optik社の3人のレンズ設計士Hubert Ulbrich、Wolfgang Hecking、およびWolfgangGrögerらによって設計されている[文献3]。
ところで、かつてエルネマン社の本社社屋であったドレスデンのエルネマン・タワーは後にペンタコン人民公社の本社社屋になっており、ペンタコンの社標(ロゴマーク)にはエルネマンタワーをモチーフとした絵が描かれている。エルネマンを呑み込んだペンタコンなので、よく調べれば今回のレンズに限らずエルネマンとの接点が他にもいろいろと見出せるのかもしれない。 
Pentacon MC Prakticar 50mm F2.4の構成図([文献2]からのトレーススケッチ)。左が前方の被写体側で右がカメラの側となっている。構成は4群4枚のエルノスター基本型で、1920年代にエルネマン社のレンズ設計士ベルテレ(L. Bertele)とクルーグハルト(A. Klughardt)がトリプレットの第1レンズと第2レンズの間に正のアプラナテックレンズを1枚加え、明るさを稼いで完成させたErnostar 100mm F2をべースとしている
入手の経緯
今回手にしたレンズは2014年1月に横浜の改造レンズ工房NOCTOから9450円で購入した。僅かにホコリの混入があるとのことで美品の状態であった。米国版eBayやヤフオクではあまり取引されていないレンズだが、ドイツ版eBayには大量に流通しており価格もこなれている。オーストリアのライカショップでは元箱付のオールドストック(新品同様)が60ユーロ+送料30ユーロで3本販売されていた。中古品の場合はドイツ版ebayで40~50ユーロ(+送料20ユーロ)程度が相場のようである。
最短撮影距離 0.6m, フィルター径 49mm, 重量 160g, 絞り羽 6枚構成, 絞り F2.4-F16, コーティングはマルチコート, 構成 4群4枚エルノスター型, マウント形状 プラクチカB(PBマウント), 設計は1968年[3], 製造期間 1979-1991年, 製造所 Kombinat VEB Pentacon Dresden


参考文献
  • [1] 東ドイツカメラの全貌 (朝日ソノラマ)
  • [2] BILD UND TON 1/1986(Scientific Journal of visual and auditory media "Entwicklungstendenzen der fotografischen Optik" Dipl.-Ing. Wolf-Dieter Prenzel, KDT
  • [3] GDR Pat. no70(Aug.1968), および後年提出されたオーストリア特許
撮影テスト
開放から中心解像力が高く、シャープで高コントラストなレンズである。少し絞ると階調描写は更に鋭くなりカリッとしてくる。ピント部は距離を問わずスッキリとしていてヌケがよく、フレアや滲みはほとんど見られない。四隅に向かって解像力が急激に落ち画質が妖しくなるため、中心部とのギャップが立体感に富んだ画作りを可能にする。このあたりは明るく画角の広いレンズによく見られる像面湾曲の影響であろう。F4あたりまで絞ればピントの合う被写界深度が広くなるので四隅まで均一に写るようになる。背後のボケは像が硬めでポートレート域をとる場合にはザワザワと煩く、2線ボケ傾向もみられるが、こうした性質を利用しバブルボケを狙うことも本レンズならば可能である。反対に前ボケは柔らかく、大きく滲みながら綺麗に拡散する。グルグルボケは開放時に近接域からポートレート域を撮影する際に発生し、1~2段絞れば全く目立たないレベルとなる。発色は癖などなく鮮やかで、ややコッテリ気味だ。逆光にさらし多少無理をさせても一定水準以上の結果をだしてくれる頼もしいレンズである。
F2.4(開放), sony A7(AWB):ピントは窓に写る遠方の木にとったので窓枠にはピントがあっていない。前ボケはフレアにつつまれ柔らかく綺麗。品のある繊細なボケ味である

F2.4(開放), sony A7(AWB): 中心解像力は高い。一方で四隅に向かって収差が急激に増し立体感に富んだ描写となる






F5.6, sony A7(AWB): 絞れば非の打ちどころのない優れた描写である。ボケは適度に柔らかく四隅まで安定感があり、ピント部も四隅までシャープでヌケがよく解像力も十分である
F2.4(開放), sony A7(AWB): 発色は癖などなくコッテリと鮮やか
F4, Sony A7(AWB): コントラストは高い
F2.4(開放), sony A7(AWB):背後のボケにかなり特徴がある。開放ではグルグルボケも出る

F4, sony A7(AWB): とてもシャープに写るレンズだ
F8, sony A7(AWB): 遠方撮影でも滲みやフレアが出ることはなく、スッキリとヌケがよい







F2.4(開放), Sony A7(AWB):続いてポートレート域。ボケはやや硬い。四隅が少しグルグルしている



2015/12/19

Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9 (Fujica X-mount)*










Xフジノンの明るいノンガウス part 3(最終回)
これにて結成!フジノンのノンガウス3兄弟
Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9
フジカ交換レンズ群の著しい特徴はコストを徹底して抑えるストイックなまでの開発姿勢がレンズのバリエーションに多様性を生み出している点である。レンズ構成はバラエティに富み、エルノスター型、クセノタール型、プリモプラン型、ゾナー型、ガウス型など何でもありのパフォーマンス空間が展開されていた。今回はその中から少し珍しい反転ユニライト型の設計構成を採用したX-Fujinon 50mm F1.9を取り上げる。この種の設計を広めたのは1960年代に中判カメラの標準レンズとして活躍したリンホフ版プラナー(G.ランゲ設計)である。本ブログでも過去にグラフレックス用に供給された同一構成のプラナーを取り上げているが、線の細い繊細な開放描写を特徴としていた。今回取り上げるフジノンは、このレンズにインスパイアされた製品であると考えられる。
レンズの設計はダブルガウスの前群側のはり合わせレンズを分厚い1枚のメニスカスレンズに置き換えた5群5枚の形態である(下図)。構成枚数がダブルガウスより1枚少ないうえ、後群のバルサム接合部が空気層に置き換えられているので、製造コストを抑えるには有効な設計であった。各エレメントを肉厚につくることで屈折力を稼ぎ、この種のレンズ構成としては異例のF1.9の明るさに到達している。このレンズは1970年代にM42マウントのフジカSTシリーズ用レンズとして登場し、X-Fujinonシリーズへの移行後(1980年~)も生産が継続された。
X-Fujinon 50mm F1.9の構成図。構成は5群5枚の反転ユニライト型(空気層入り)である。標準レンズでこのくらいの明るさを想定するなら通常は6枚構成によるダブルガウスを採用するのが定石であるが、本品は僅か5枚の構成でガウスタイプと同等の明るさF1.9を成立させている。接合面を全く持たないことも製造コストの圧縮には有利で、チープな製品を実現することにおいても高い技術力を投入することができた日本製品ならではの独自色を感じる  
入手の経緯
このレンズは2015年4月にヤフオクを介して東京の個人出品者から落札した。オークションの記述は「フジカAXシリーズのレンズ。状態は良好で奇麗。キャップはついていない」とのこと。スタート価格3000円、即決価格5000円で売り出されていたが、自分以外に入札はなく、開始価格3000円で私のものとなった。実に人気のないモデルである。届いたレンズは僅かなホコリと前玉にコーティングレベルのクリーニングマークが2~3本あるのみで、実用十分の状態であった。キットレンズとしての供給がメインだったのでカメラとセットで売られていることも多い。
Xフジノンのフランジバックは43.5mmとデジタル一眼レフカメラで用いるには短すぎるため、現代のカメラで使用する場合にはマウントアダプターを介してミラーレス機で用いることになる。どうしてもデジタル一眼レフカメラで用いたいならば、やや流通量は少ないがM42マウントの旧モデルを探すとよい。フジカXマウント用のアダプターがやや高価なので、アダプターを含めたトータルコストを考えると、M42マウントのモデルを選択した方が懐には優しい。
重量 150g, フィルター径 49mm, 絞り値 F1.9-F16, 絞り羽根 5枚構成,  最短撮影距離 0.6m, 構成 5群5枚(空気層入りの反転ユニライト型), 対応マウントはフジカXマウントとM42マウント, レンズは海外でPORSTブランドでも市販されていた




撮影テスト
開放ではピント部を僅かなフレアが覆いシャドー部の階調が浮き気味になるなど、オールドレンズにはよくある、いい場面もみられる。コントラストは低下気味となるが、これはXフジノンの明るい標準レンズに共通する性質なので、おそらく背後の硬いボケ味をフレアで覆い目立たなくするための意図的な描写設計なのであろう。フレアを抑えクッキリとしたシャープな像を求めるには一段以上絞って撮る必要がある。ポートレート撮影では背後のボケがザワザワと煩くなる事があるが、少し絞れば安定する。なお、グルグルボケや放射ボケは、このレンズに関しては全く出ない。発色はノーマルでシアン系の色乗りが力強く出るあたりは現代的な写りである。解像力は良好だが80年代のレンズとしてはごく平凡なレベルだ。
正直なところ大暴れの描写を求めていた私としては期待外れのレンズであったが、自分がレンズの描写に求める価値観やレンズとの相性がハッキリわかったので、それだけでも一つの収穫であった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード使用
Photo 1, F1.9(開放) sony A7(AWB): 開放では極僅かにフレアが発生するが、これに独特の青みがかった発色が相まって肌が綺麗にみえる。解像力は高いしヌケもよい。絶妙なフレアレベルだ

Photo 2, F1.9(開放) sony A7(AWB): このくらいの距離では背後のボケが硬めでザワザワとうるさくなる。本レンズも含め5枚玉のレンズにはボケの硬いものが多い。ピント部の画質は四隅まで良好なレベルである






Photo 3, F1.9(開放) Sony A7(AWB): 厳しい逆光にさらしてみたが、空の色がちゃんと出た。ハレーション(ベーリンググレア)は出るがゴーストはでにくいようだ

Photo 4, F4 sony A7(AWB): これくらいが最短撮影距離。もう少し寄れるとよいのだが・・・

Photo 5, F4 sony A7(AWB): ハイライト部がもうちょい粘るといいのだが…ちなみにグラフレックス版プラナーはもっと粘った


 
今回の特集「Xフジノンの明るいノンガウス」ではガウスタイプのレンズとは異なる描写を求め、3本の明るい標準レンズを取り上げました。この中で私が一番気に入ったのは、皆さんご察しのことかもしれませんが、1本目の55mm F2.2です。理由は使っていて一番ワクワクしたレンズだからです。3本のレンズに共通する性質はレンズの構成枚数がガウスタイプよりも少ないことと、ボケ味が硬いことです。ボケ味が硬いのは球面収差の補正パラメータが不足しているからで、これは構成枚数が少ないことと密接に関係しています。補正パラメータの不足を収差の過剰補正で強引に処理していますので、その副作用としてボケの輪郭部に火面と呼ばれる光の集積部が生じ、ボケ味が硬くなるのです。この傾向が最も強かったのが4枚玉の55mm F2.2でした。バブルボケはオールドレンズに特有の描写特性であることを、改めて強調しておきたいと思います。