おしらせ


2015/12/18

Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6(Fujica X-mount)*



Xフジノンの明るいノンガウス part 2
F1.6に到達した孤高のクセノタールタイプ
Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6
クセノタール型レンズと言えばF2.8あたりまでが明るさの限界であると考えられてきたが、このレンズは例外的に明るく、なんとF1.6を実現している。構成図を下に示した[文献1]。恐らくこのタイプの製品の中では世界で最も明るいレンズなのであろう。富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が1970年代から1980年代にかけて生産したFujinonおよびX-Fujinon 55mm F1.6である。
クセノタールの構成で明るいレンズを実現するには、画角特性に目をつむり後群側の負のメニスカスレンズ(下図の右側から2番目のレンズ)を分厚く設計することが良いとされている[文献2]。このようなアプローチでF2前後の明るさを実現したレンズには英国のレイ(Wray)社が1944年に開発したユニライト(Unilite)がある。ところが今回取り上げるフジノンの場合には比較的薄いメニスカスを採用しながら、更にもう一段明るい驚異的な口径比に到達しているのだ。どういうマジックを使ったのか詳細まではわからないが、フジの高い技術力あってのレンズであることは間違いはない。

X-Fujinon 55mm F1.6の光学系(文献1からの見取り図):左が前方で右がカメラの側である。構成は4群5枚のクセノタール型。テッサーよりも解像力が高く、ダブルガウスよりも画角特性が優れフレア量が少ない分シャープなのが特徴である。明るいレンズを実現するために前群の正のレンズエレメントがたいへん分厚く設計されている。この種のレンズ構成としては1950年代に登場したビオメタール(Biometar)  F2.8 (ZeissのH.ツエルナー設計) とクセノタール(Xenotar)  F2.8/F3.5 (SchneiderのG.クレムト設計)が有名である

F1.6という奇妙な開放F値は想像を掻き立てられる興味深いスペックである。当初はF1.4を目指していたものの目標まであと一歩のところで届かず、志半ばにして開発を終えたかのようなメッセージを感じるのである。きっと、F1.5であれば焦点移動の許容幅に免じて押し通してしまうことも十分に可能だったはずであろう。しかし、それでは自分達の無念の思いを自ら書き消してしまうようなもの。そう考えたフジの開発者は一切の気の迷いもなく名板に口径比F1.6を刻んだのであろう(←いつものアホな妄想)。
 
富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が一眼レフカメラの生産に乗り出したのは1970年のフジカSTシリーズの発売からである。同社はこのシリーズに搭載する単焦点レンズを広角16mmから望遠1000mmまで20タイプも揃えており、標準レンズだけでも45mmから55mmまで何と7タイプも供給していた。レンズ構成もエルノスター型、ユニライト型、ガウス型、クセノタール型、プリモプラン型、反転ユニライト型、ゾナー型など多種多様で、何でも揃うフジカレンズのラインナップはマニア達を狂喜させる闇鍋のような状況になっていた。フジカSTシリーズは1979年まで生産され、1980年からは新型カメラのフジカAX/STXシリーズが登場、それまでM42マウントで供給されていた交換レンズ群(闇鍋)は一部のモデルが刷新されたのみで、ほぼ同じラインナップのまま新しいマウント規格(フジカXマウント)のX-Fujinonシリーズへと移行している。

重量(公式) 275g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.6-F16, 構成 4群5枚クセノタール型, 1970年にM42マウントの旧モデルFujinon 55mm F1.6(フジカSTシリーズ用)として初登場し、1980年のX-Fujinonへの移行後も生産が継続された。海外ではPORST名でも市場供給されている。対応マウントはSTシリーズ用に供給されたM42マウント(1970-1979年)とFujica AX/STXシリーズ用に供給されたFujica Xマウント (1980-1985年)の2種, M42マウントの前期型はモノコート仕様で同後期型とfujica Xマウントの後継モデルはマルチコート仕様(EBCコーティング)となっている





 
★参考文献
  • 文献1: Baris S.Bille WEB page, "X-FUJINON" 2015年秋までは閲覧できたが現在は閉鎖中となっている。フジカレンズの情報が完全に網羅され素晴らしい情報量を誇っていた。現在はキャッシュ検索のみにヒットする。
  • 文献2: 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄を探る」 辻定彦著
入手の経緯
レンズは2015年5月にドイツ版eBayを介し写真機材専門セラーのアラログラウンジさんから即決価格71ユーロ+送料7ユーロ(合計約10000円)で購入した。商品の解説は「グッドコンディションで使用感は殆どない。クモリ、傷はない。ホコリの混入はあるが撮影には影響ない。絞りに油シミはなく開閉は的確でスムーズ」とのこと。届いたレンズは極僅かなホコリの混入がある程度で、美品といっても過言ではない良好な状態であった。
このレンズはどういうわけか最近になって海外での相場が急騰しており、米国版eBayでの取引額は30000円前後を推移している。3年前は5000円~7000円程度で取引されていたレンズだが、フルサイズミラーレス機の登場によりフランジバックの問題が解消されると、中古相場は5倍程度にまで跳ね上がっている。ただし、日本やドイツなど一部の国は流行の波に乗り遅れていたため、最近まで驚くほどの安値で売られていた。私がレンズを探していた2015年春の段階で米国版ebayでの相場は2万5千円程度まで上昇しており、日本のヤフオクでは既にレンズが品薄状態になっていた。一方、ドイツ版eBayにはまだ豊富に流通しており6000円から10000円程度の即決価格で手に入れることができた。現在はドイツ版eBayでも品薄状態が続いている。
なお、入手の際にはダブルガウス型のX-Fujinon 50mm F1.6と混同しやすいのでご注意を。こちらの相場価格はこれまでどうりの安値で推移しているので、慌ててポチる人が後を経たないようである。
 
撮影テスト
クセノタールの構成でF1.6の明るさは衝撃的であると言わざるを得ないが、かなり背伸びをした製品であることを忘れてはならない。おおむねよく写るレンズではあるが、開放で最短撮影距離(0.45m)で撮る場合には画質的にかなりの破綻がある。この場合、ピント部は激しいコマフレアに包まれモヤモヤとソフトな描写傾向になる。コントラストは低く、四隅では顕著な解像力の低下がみられる。前ボケが硬いので収差変動がおこったようで、球面収差が補正不足のようである。ソフトな描写傾向を求める場合は別として、通常は絞って使う必要があるだろう。一方、被写体から少し距離を置くと画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えているのではないか思う程の急激な変貌ぶりである。被写体まで0.6~0.8m程度距離をとれば開放でも実用的なレベルの画質となる。ポートレート域になるとコマフレアはだいぶ収まり、四隅の画質にはかなりの改善傾向がみられる。F2.8程度まで絞ればスッキリとヌケのよいシャープな像が得られ、四隅まで充分な解像力となる。背後のボケはやや硬めだがフレアに覆われているためか煩いほどではない。シュナイダーのクセノタールでは若干見られたグルグルボケであるが、本レンズの場合には距離によらず全く発生しなかった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード
Photo 1, F4 sony A7(AWB): 中心部の解像力は良いものの最短撮影距離では四隅の画質が破綻気味になる。(こちら)に示すとおり開放ではコマフレアが多く、更に厳しいことに

Photo 2, F2.8 sony A7(AWB): 少し被写体から離れれば画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えたのではないかと思うほどの変貌ぶりである。開放では(こちら)に示すようにコマフレアが残存し、発色は依然として淡白である
Photo 3, F1.6(開放) sony A7(AWB): 開放でもポートレート域ならば、このとおり画質的には問題ない

Photo 4, F2.8 sony A7(AWB):やはりクセノタール型はF2.8辺りからが安定感を感じる


















Photo 5, F5.6 sony A7(AWB): 


Photo 6, F2.8 sony A7(AWB): 
Photo 7, F4 sony A7(AWB): このくらい絞れば四隅まで十分な画質だ

Photo 8, F1.6(開放) sony A7(AWB): 
































2015/12/11

Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F2.2(Fujica X-mount)*









Xフジノンの明るいノンガウス part1
バブルボケの出るお値打ちレンズ
Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F2.2
オールドレンズの分野では2~3年前から世界的に流行しているバブルボケであるが、火付け役となったメイヤー社のトリオプラン(Trioplan)100mmは中古市場の相場がついに10万円を超え、流行前の10倍の価格にまで跳ね上がってしまった。入門者には手を出し難い高嶺の花である。しかし、バブルボケの性質自体は何も特別なことではなく、程度の差こそあれ古いトリプレット系レンズやその発展形態のエルノスター系レンズなどに普遍的にみられる描写傾向なので、探せばトリオプランのようなレンズは案外どこにでもある。ポイントは後ボケの硬いレンズである。10万円も出す必要はないので1本紹介しよう。富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が一眼レフカメラFujica AX/STXシリーズの交換レンズとして生産したX-Fujinon 55mm F2.2である。このレンズは1970年代に市場供給されたM42マウント(旧モデル)の後継製品として1980年に登場し、80年代半ばまで生産されていた。マウント規格はAX/STXシリーズへの移行に合わせて登場したフジカXマウント(2012年登場のフジXマウントとは互換性がない)である。設計構成は下図に示すような4群4枚のUNAR型で、事実なら20世紀初頭に姿を消した非常に珍しい設計構成ということになる。中古市場での流通量はとても多く、ヤフオクでは2000円から3000円程度で取引されているお値打ちレンズだ。Fujica AX用のマウントアダプターがやや高価なので、安く済ませたいならM42マウントの旧モデルでも設計は同一なので十分であると思う。ただし、M42マウントのモデルにはマウント部にプラスティックの小さなツメがありアダプターと干渉するので、棒やすりで削り落とす必要がある。また、初期のモデルはシングルコーティングなので、コントラストが高く発色の鮮やかな描写に拘るのであればEBCコーティング(マルチコーティング)が施されたM42マウントの後期モデルかFujica Xマウントの後継モデルを選択するのがよい。

X-Fujinon 55mm F2.2の構成図(文献1からのトレーススケッチ)。上が前玉、下がカメラ側である。設計構成はは4群4枚のUNAR(ウナー)型



参考文献
  • 文献1: Baris S.Bille WEB page, "X-FUJINON" 2015年秋までは閲覧できたが現在は閉鎖中となっている。フジカレンズの情報が完全に網羅され素晴らしい情報量を誇っていた。現在はキャッシュ検索のみにヒットする。

入手の経緯
このレンズはヤフオクを介し大阪の個人出品者から入手した。若干のクモリがあるとのことでキャップと保護フィルターがオマケでついていた。商品は開始価格500円でスタートし3人が入札、結局1300円+送料で私のものとなった。届いたレンズを清掃してみたところクモリの原因は汚れとカビの除去跡であった。カビ跡はコーティングの腐食なので除去できないが、清掃により実写に影響のないレベルまでクリアになったのでブログで紹介することにした。現在のヤフオクでの相場は2000円から3000円程度である。中古市場には大量に流通しており、じっくり探せばもっと安く手に入るかもしれない。フジカの廉価版キットレンズだったため、カメラとセットで売られていることも多い。
 
重量(実測) 130g, 絞り羽根 5枚構成, フィルター径 49mm, 画角 42°, 絞り値 F2.2-F16, 最短撮影距離 0.6m, 構成 4群4枚(UNAR型), 対応マウントはSTシリーズ用に供給されたM42マウント(1970-1979年)とFujica AX/STXシリーズ用に供給されたFujica Xマウント(1980-1985年)の2種, M42マウントの前期型はモノコートで同後期型とfujica Xマウントの後継モデルはマルチコート(EBCコーティング)となっている
撮影テスト
撮影していてとても楽しめるレンズである。開放で僅かに発生するフレアがしっとり感を演出し、とても雰囲気のある撮影結果になる。シャープネスやコントラストはそれほど悪くはなく、適度な解像感が維持されている。もちろん絞ればフレアは無くなりスッキリとヌケの良い描写でコントラストも一層向上する。発色は癖などなく色乗りもよい。開放では背後のボケが非常に硬く、ザワザワと強い主張を示し2線ボケ傾向もみられる。バブルボケがかなりハッキリと発生するので、うまく利用すれば幻想的な面白い写真になるであろう。反対に前ボケはフレアにつつまれ柔らかい拡散を示す。像面湾曲が良好に補正されているようでピント部は均一性が高い。ボケはよく整っており非点収差に由来する背後のグルグルボケは全く目立たないレベルである。オールドレンズの入門者のみならず、素直で大人しいレンズでは満足できないという上級者にもオススメのとても楽しいレンズである。以下に示すのはすべて開放での作例だ。

F2.2(開放), Sony A7(AWB): しっとり感があり、とても魅力的な開放描写だ。背後のボケがザワザワと主張したがっている。ハレーションが出やすいにもかかわらず開放からシャープネスは高くコントラストも十分。解像力も良好だ




F2.2(開放), Sony A7(AWB, ISO2500): やはり、こうなった。バブルボケの出るレンズであることがわかる。しかも、かなりしっかりと出るようだ。こうなったら・・・


F2.2(開放), Sony A7(AWB): 最短撮影距離で逆光にさらしレンズに無理をさせるまでのこと!。無理をさせればさせるほど、レンズは底力を見せるようになる


F4, Sony A7R2 (AWB) 















F2.2(開放), Sony A7R2 (WB:曇天)

F2.2(開放), Sony A7R2 (AWB)