おしらせ


2013/12/04

Voigtländer SKOPAREX 35mm F3.4 (DKL)


銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART3: SKOPAREX 35mm F3.4
軽量でコンパクトなレトロフォーカス型広角レンズ 
Skoparex(スコパレクス)はVoigtländer (フォクトレンダー)社が1956年に発売した一眼レフカメラ用のレトロフォーカス型広角レンズである。当初はレンジファインダーカメラのVitessa-T (旧式デッケルマウント)に搭載する交換レンズとしてSkoparet (スコパレット)の名で供給されていたが、1959年にデッケルマウントが新規格にマイナーチェンジされたのを機にSkoparexへと改称され、同社初の一眼レフカメラであるBessamatic(ベッサマティック)の交換レンズとして供給されるようになった。新旧のデッケルマウントに互換性はないことから、レンズ名が変更されたのは規格の変更によるユーザーの混乱を回避するためであったと考えられる。SkoparetからSkoparexへの改称ルールはVoigtländer社の他のレンズブランドにも一様に当てはまり、Vitessa-T用の交換レンズはそれぞれDynaret →Dynalex、Super-Dynaret →Super-Dynalex、Color-Skopar →Color-Skopar Xと置き換えられている。Bessamatic用のレンズだと思い込みVitessa-T用レンズを持ち出しても互換性はないので、使用することはおろかマウントすらできないのである。
Skoparexという名称から容易に連想できることだが、このレンズは同社テッサー・タイプのSkoparブランド(下図・上段)から派生したモデルであり、Color-Skoparの前方に凹レンズを据えレトロフォーカス化したProminent用Skoparon(スコパロン) 35mm F3.5(下図・左)を直接の先祖としている。Prominent(プロミネント)はミラーの可動部を持たないレンジファインダー機のため、一眼レフ的な発想からすれば本来はレンズをレトロフォーカス化する必要のないカメラである。しかし、マウント部にSyncro-Compur(シンクロ・コンパー)シャッターを組み込むという独特の構造のため、バックフォーカスを従来のレンジファインダー機よりも長く設定しなければならなかった。SkoparonはProminent固有の構造的な制限から生まれた変則的なレトロフォーカス型レンズなのである。その後、このレンズはVitessa-T用の交換レンズとして再設計され、バックフォーカスを更に伸張させたSkoparet /Skoparex F3.4へと発展している。SkoparetとSkoparonが兄弟の関係なのか親子の関係なのかについては記録がないのでわからない。
Skoparexの設計(下図・右)はテッサー型レンズ(黄色のエレメント)の前方に凹レンズ(緑のエレメント)と凸レンズ(赤のエレメント)を追加したもので、有名な元祖レトロフォーカスのAngenieux Type R1 2.5/35と同一構成である。Angenieux R1では開放でモヤモヤとしたコマの発生がみられコントラストは低下気味で発色も淡白であったが、Skoparexは口径比をF3.4と控え目に設定しているため、コマの発生は少なく、シャープでよく写るレンズとなっている。このクラスのレンズとしては極めてコンパクトかつ軽量で、重量は僅か167gしかない。
Voigtländer社のレトロフォーカス型広角レンズは1949年に登場したColor-Skopar 3.5/50(図・上段)を起点に生み出されている。1953年になるとColor-Skoparの前部に凹レンズ(緑色)を据えたProminent用レトロフォーカス型広角レンズのSkoparon 3.5/35(図・下段左)が設計され(1954年登場)、2年後の1956年には将来の一眼レフカメラ時代を念頭に据えたSkoparet/ Skoparex 3.4/35(図・下段右)が誕生している









重量:167g, 製造年:1960-1969年製造, 製造数:6万本強(Voigtlander社のデッケルレンズとしてはCoolor-Skoparに次いで2番目に多く生産されたブランドである),構成:5群6枚, 絞り羽 5枚, フィルター径 40.5mm, 最短撮影距離 1m(後期型は0.4mに短縮されている), 開放絞り値 F3.4, 焦点距離 35mm, 前玉が前方に出っ張っているので保護フィルターの装着をおすすめする




レンズは1960年から1969年まの9年間で6万本強もの数が生産され、この間に仕様変更を伴うマイナーチェンジが何度か繰り返されている。初期のモデルではColor-SkoparやTele-Artonと同様、マウント部にフォクトレンダー機では使用されるはずのない距離計連動用のカムがついていた。これは先行発売されていたデッケルマウントのレンジファインダー機Kodak Retina IIIs(1958年登場)に対抗するカメラをフォクトレンダーが計画していたためと考えられている。最短撮影距離は1mと長く、近接撮影が不得意なレンジファインダー機の都合に配慮した製品仕様となっていた。しかし、間もなくカメラ業界はレンジファインダー機の時代から一眼レフカメラの時代へと急速にシフトし、フォクトレンダーの新型レンジファインダー機は実現しなかった。これに応じるように後期のモデルでは不要となったカム構造が段階的に省かれ、最短撮影距離も0.4mまで短縮されている。また、鏡胴側面のグリップリング(ギザギザ)が幅の広いタイプに変更され、カメラへの脱着が容易になった。
 
入手の経緯
今回レンズの紹介で使用したSkoparexはデッケルレンズ愛好家のdymaさんからお借りした個体だ。dymaさんと私は鎌倉の杉本寺で偶然出会った仲である。Nikon FマウントのデジイチにTopcor(旧型)をつけ撮影していたので、普通の人でないことは直ぐにわかった。レンズの方は絞りの調子が悪く開放から2段までしか絞ることができなかったが、ガラスの状態は良く、テスト用の個体としては十分なものであった。Skoparexはデッケルレンズの中でもeBayでの流通量が比較的多いモデルなので、探すのには苦労しないであろう。現在は200-250ドル程度で取引されている。ヤフオクでの流通量は多くない。




撮影テスト
デジタル撮影  SONY A7 (AWB), Nikon D3(AWB)
銀塩撮影 Fujicolor C200(ネガ), SP400(ネガ)

最初期の製造ロットは内面反射光の問題が深刻で階調描写力が奮わなかったが、幾度かのマイナーチェンジを経て改良され、描写性能は飛躍的に向上したようである[文献1]。私が入手した個体はシリアル番号6756XXXで、1965年頃に生産された比較的後期のタイプである。
実際にレンズを手に取って使用してみると、解像力やコントラストなど基本性能は開放から良好で、ヌケや発色もよい。ピント部は開放からスッキリと写り、コマによる滲みは開放絞りの時に四隅で僅かに検出できる程度である。逆光撮影には弱く、ゴーストが出やすいことに加え、撮影条件がさらに厳しいと軽度のフレアも発生する。しかし、フレアが重症化することはなく、発色が著しく淡くなったり濁ったりということはなかった。歪みは僅かに樽型である。口径比がF3.4と控えめなので大きなボケ量は期待できないが、ボケは穏やかで安定感があり、2線ボケやグルグルボケなどの乱れは検出できなかった。以下、作例。
F8, 銀塩撮影(Fujicolor SP400 ネガ) : ご覧の通りにコントラストは良好で発色も鮮やか。Color-Skoparほど階調描写は硬くない
F5.6, 銀塩撮影(Fujicolor C200 ネガ): 右側の船のマストに注目すると、少し樽型に歪曲していることがわかる。気になる程ではない
F3.4, Sony A7 digital(AWB): 今度はデジタル撮影。逆光撮影時になるとゴーストが出やすく、発生したゴーストを中心にスペシューム光線のようなフレア(内面反射由来)が放射状に飛び出している。ただし、白濁するほどフレアが重症化することはない。2段絞ればフレアは消滅する

F3.4(開放), Nikon D3 digital (AWB): コマは初期のレトロフォーカス型広角レンズが抱えていた持病のようなものであるが、Skoparexの場合はよく補正されており、四隅で若干滲む程度である
F8, Nikon D3 digital(AWB): 深い被写界深度と適度に広い画角をもつ焦点距離35mmのレンズならではの構図だ。ちなみにここは浅草寺。100円入れて棒みくじをひき、棒の先端に記された番号をよんで引き出しから三椏紙[みつまたし](みくじの紙)を取り出すルールとなっている。娘は何と大吉を引いていた


F5.6, Nikon D3 digital(AWB): 軒先に人でもいれば、とても良い作例になっていた
F8, Nikon D3 digital(AWB): 絞れば四隅まで高解像だ(娘も5歳。大きくなりました。各方面から祝福のメールをいただき感謝しております)
F3.4(開放), Sony A7 digital(AWB): 絞りは開放だがピント部は四隅まで優れた画質である。控えめな開放F値のためボケ量は小さいが安定感のある穏やかなボケ具合である 



デッケルレンズの最大の悩みは最短撮影距離が長く、被写体に寄れない事である。とくにSkoparexのような広角系レンズでは被写界深度が深くボケ量が控えめとなるため、被写体に寄れないことは表現力におけるハンデとなっていた。このようなハンデはレンジファインダー機用レンズにも共通する悩みである。しかし、ショートフランジのフルサイズ・ミラーレス機やヘリコイドアダプターの登場が事態を一変させた。最短撮影距離を強制的に短くできるという新たな道が開けたのである。テクノロジーの変遷が半世紀も前に製造されたオールドレンズの資産価値を向上させるという、とても興味深い事例を我々は目の当たりにしている。

参考文献1 クラシックカメラ専科39 特集モダンクラシック・レンズ編 朝日ソノラマ P33

2013/11/20

Schneider-Kreuznach Retina-Tele-Arton 85mm F4 (DKL)





銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART2Retina-Tele-Arton 85mm F4
四隅まで高画質な
Xenotarタイプの中望遠レンズ
Schneider(シュナイダー)社もまたデッケルレンズに力を注いでいたメーカーであり、その徹底ぶりは同社が誇る主力ブランドのほぼ全てをラインナップ展開していたほどである。主にレチナ・デッケル機の交換レンズとして広角レンズのCurtagon(クルタゴン)、標準レンズのXenar(クセナー)とXenon(クセノン)、中望遠レンズのTele-Arton(テレ・アートン)、望遠レンズのTele-Xenar(テレ・クセナー)を生産していた。今回取り上げるデッケル特集の2本目は同社がTele-Xenarの上位ブランドとして1957年から1971年まで生産し、中望遠レンズの中核に据えてていたTele-Arton 85mm F4である。このレンズは口径比がF4と控えめで最短撮影距離が1.8mと長いため人気はなく、WEB上にも写真作例は少ない。中古市場では手ごろな価格で取引されているレンズである。ところが使ってみると驚いたことに実にシャープな写りなのである。知れば知るほどこのレンズの正体に興味がわいてきたので構成図を探してみたところ、下の図のようなものが見つかった。何と4群5枚のXenotar (クセノタール)である。Xenotarと言えば高解像で硬階調、切れ味の鋭い描写を特徴とし、中大判カメラ向けに供給された同社が誇るプロフェッショナル用レンズとして知られている。中古市場では現在も500-1200ドル程度と高値で取引される高級ブランドであるが、対するTele-Artonはデッケルレンズ自体が全体的に安値で取引されることもあり、僅か100ドルから150ドルで手に入る。Xenotarのシャープな写りを手軽に楽しむことができる穴場的なレンズと言えるのではないだろうか。
Tele-arton F4/F5.5の光学系(左が前方で右がカメラ側):Australian Photography Nov. 1967に掲載されていた図をトレーススケッチした。レンズの構成は4群5枚の望遠Xenotar型であり、普通のXenotarよりも前後群の間隔が広い。このタイプのレンズ構成は望遠レンズによくある糸巻き状の歪曲を後群の正の空気レンズで効果的に補正できるという優れた長所がある。一方で焦点距離(望遠比)を大きくとると球面収差の短波長成分のみがオーバーコレクション側に大きくなる短所がある(「レンズ設計のすべて」辻定彦著参照)。シュナイダーの望遠レンズ(焦点距離135mmと200mmの2種)がTele-XenarブランドがらTele-Artonブランドに置き換わらなかったのには、こうした性質を憂慮したためではないかと考えられる。なお、Tele-Artonには大判用(6x9や5x4)に供給された口径比F5.5、焦点距離180 /240 /279 /360mmのモデルも存在する。こちらは登場が35mm判よりも少しはやく、180mmF5.5のモデルが1955年から登場している。また、リンホフ用に1968年8月から供給された180mmF4のモデルは例外的に3群6枚構成である
Tele-Artonは旧西ドイツのBraun(ブラウン)社から発売されたレンジファインダーカメラSuper Colorette II (1956-1959製造)の交換レンズとして1957年に登場し、その後、Kodak社のレンジファインダーカメラRetina IIIS (Bessamatic互換)が1958年に採用した新規格のデッケルマウントにも対応している。1962年にはRobot用に90mmF4のモデルが108本、Edixa用(M42マウント)に85mmF4のモデルが100本造られ、更に1967年にはデッケルマウントの90mm F4も登場している。WEB上では各所で90mmのモデルが85mmのモデルの後継品であるとする見解を目にするが、この解釈はどうも間違いのようである。90mmの登場後も85mmのモデルの生産は続き、シュナイダーの製造台帳では1971年に生産された85mmの個体を確認することができるからである。そこで台帳上にて90mmF4のモデルのルーツを追うと、同社が1954年に僅か5本だけ試作したLongar-Xenotar 90mm F4という試作品に辿り着く。この記録は90mmのモデルが85mmのモデルよりも早く開発されていたことを意味しており、Tele-ArtonがXenotarをルーツとするレンズであることを裏付ける証拠にもなっている。設計者はギュンター・クレムト(Günther Klemt )であろう。

入手の経緯
本品は2013年9月にeBayを介し米国の古物商から即決価格166ドル(120ドル+送料30ドル+関税等仲介手数料16ドル)で落札購入した。オークションの解説は「西ドイツ製のTele-Arton。硝子に傷やカビ、汚れ、その他の悪い部分はない。フォーカスはスムーズで絞り羽の開閉はスムーズだ。鏡胴には軽度な傷があるが依然として新品に近いコンディションである。純正ケース、箱、ステッカー、マニュアル(1959年印刷)がつく」とのこと。状態はよさそうである。届いた品には後玉のコーティングに極軽い拭き傷があったものの、実写には影響の無いレベルである。eBayでの相場は100-150ドル程度であろう。
重量(実測)130g, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 6ft(1.8m), フィルター径(専用バヨネット式), 4群5枚Xenotar型, Kodak-Retina(DKL)マウント。EOS5D/6D系では無限遠近くを撮影する際にミラー干渉する。マウント部の溝はレンズファインダー機に対応するための距離計連動カムである。初期のデッケルレンズにはこのカムが多くみられるが、フォクトレンダー製レンジファインダー機の製造計画が進まず消滅している




撮影テスト
前エントリーで取り上げたテッサータイプのColor-Skoparとは発色の傾向が全く異なることが一目瞭然でわかるはずだ。Color-Skoparはテーマを選ばずにどんなシーンでも万人受けする写りであるのに対し、Tele-Artonはシュナイダーらしい青みの強い発色を特徴とする上級者向けのレンズである。使い方次第では美しく幻想的な写真効果が得られるが、使い方を誤ると重々しい病的な雰囲気に呑み込まれてしまうので、このレンズを用いる際にはテーマを慎重に選ぶ必要がある。明らかに普通の写りではないので、ツボに填るとオールドレンズの底力(奥深さ)を体感できるはずだ。例えば明け方や日没間際の低照度な条件でハイキーな写真を撮ると、この世のものとは思えない素晴らしい写真が撮れる。反対にアンダー気味に撮ると重苦しい雰囲気が増すが、こうした性質を廃墟など無機質なものを撮る際に積極的に活用するという手もある。開放から解像力、コントラストなどの基本性能がずば抜けて高く、硬質感の高い鋭くシャープ階調描写はクセノタール型レンズならではの特徴である。ピント部は四隅まで高画質で、控えめな開放F値のためボケは概ね安定している。ボケ味がクリーミーになるという事前情報を得ていたが、どうもよくわからなかった。

撮影条件
フィルム撮影: カラーネガフィルム Fujicolor SuperPremium 400  1本分を使用
デジタル撮影: EOS 6D(遠方撮影時にミラー干渉が起こるのでミラーアップモードで撮影)

今回は事情があり、このレンズと長く付き合うことができなかった。2013年9月22日の午後に京都で開催されたレイノカイのお散歩撮影会で撮った8枚の作例をお見せする。

F5.6, フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): シャドー部がクールトーン気味の発色になるのはシュナイダーレンズの特徴だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): 開放でも画質には安定感があり、四隅まで高解像でボケも素直だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): この距離でグルグルボケが出ないのは口径比が控えめであるおかげだろう



F5.6, EOS 6D(AWB): こんどはデジタル撮影。フィルム撮影の時と同様にクールトン気味な発色傾向が得られている
F5.6, EOS 6D(AWB): 近接撮影でも画質は良好である。 デジタルカメラには不得意な紫の発色だが淡白になならず忠実な色再現である

F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):ハイライト部のまわにのモヤモヤ感は出ていない。開放からキッチリと写るレンズだ
F5.6(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):緑が黄色に転びやすいのはシュナイダーのレンズによく見られる傾向だ







F5.6, EOS 6D(AWB)::再びデジタル撮影。ご覧と通りに優れた解像力である