おしらせ


2011/07/13

Schneider-Kreuznach Jsogon (Isogon) アイソゴン 40mm F4.5(M42) Rev.2







クールトーンな西独のレンズ達 2:
シュナイダー・ファンにも知る人は少ない
小さなヴィンテージレンズ

今回はいよいよ「シュナイダー・ブルー」の発色特性で知られるSchneider-Kreuznach社のレンズが登場だ。青に特徴のあるこの種の発色特性を好まない人は恐らくこんな体験をしたのであろう。「シュナイダーのレンズをカメラにつけて森林に分け入り風景を撮る。すると、撮影結果の中の草木の緑が、どうもいつもとは違う発色であることに気付く。光の当たる部分は黄緑に転び影の部分は青緑になるなど緑の発色に連続性が無く、照度に応じて色彩が不安定にコロコロと変化するのだ。あまり気にせずに撮影を続けると、今度は木々の隙間の奥深くにあるシャドー部がどうもおかしく見えてくる。やや青味がかったようにも見え、薄暗い辺りに何かあるような気味悪い感覚に陥るのだ。もう風景撮りはいやだと人を撮影することに。すると、今度は肌が青白く美しい死体のように血色感がない。背景もろとも、まるで映像の中のテレビ画面を見ているような感覚になり・・・。ひゃ~、こんなレンズもういやだ!」とまぁ、こんなふうになるわけだ。しかし、使い方を心得れば良い部分もいっぱいあるので、第2弾では、そこらあたりを伝えたい。
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今回再び紹介するJsogon(アイソゴン[注1])はドイツのSchneider(シュナイダー)社が1950年代初頭に生産した一眼レフカメラ用の準広角レンズである。生産総数は僅か725本であり、1950年9月29日に最初の製造ロット125本の一部、もしくは全てがM42マウントとして生産された。残る600本は全てExaktaマウントとして生産されている。入手した個体は希少価値の非常に高い初期ロット125本の中の1本である。Exaktaマウント用のJsogonは本ブログで過去に取り上げているが、残念ながらその時の個体にはガラスに薄らとクモリが入っていたため、100%の描写性能を紹介することができなかった。今回のJsogonは状態がよく、本来備わっている実力を紹介できる。
Jsogonの光学系は4群4枚の珍しいDialyt型で、対称な設計構成ならではの高い平面性が得られる点を長所にしている[文献1]。JsogonはTessar 40mmに次ぐ一眼レフ用広角レンズの第二号といわれている。面白そうなレンズだ。
レンズの鏡胴は真鍮ベースのクロームメッキ仕上げで造りが非常によい。鏡胴のメッキに傷の入った部分からは地金の真鍮ゴールドが露出し、これがたまらなく良い味をだしている。前玉がフィルター枠よりもだいぶ奥まったところに位置しているので、鏡筒がフードとしての役割を兼ねているようだ(このレンズにはフィルター用のネジ切りが無い)。40mmという焦点距離はAPS-Cセンサーで使用してもフルサイズ機や銀塩カメラで使用しても標準レンズに近い使いやすい画角が得られ万能だ。本ブログで過去に扱ったJsogonとは鏡胴のデザインが少し事なり、本品の方が全長が少し短く、重量も100g弱軽いなど軽量でコンパクトにできている。何か差別化する理由でもあったのであろうか。

[注1] JSOGONとかいてアイソゴンと読むそうだ。ドイツ語では単語の先頭にあるJとIの読みが入れ替わることがあり、例えばエキザクタで有名なイハゲー社はJHAGEEと記される。

文献[1] Photographic Optics, by Arthur Cox.( 1979 Spanish edition )

★入手の経緯
2011年6月にドイツ版eBayを介して個人の出品者から送料込みの総額165.5ユーロで購入した。商品出品時の解説は「シュナイダー・クロイツナッハ社が製造したM42マウントの品。レンズは経年にしてはとてもよい状態だ。絞りはグッド。ピントリングの回転もグッド。ガラスもグッド。少しホコリがあるようだ。キャップが付属する」とのこと。この出品者はビックリするようなレアなレンズをポツリ・ポツリと出す人物なので個人的にマークしている。たぶん大物コレクターではないかと勝手に想像している。商品は初め175ユーロ+送料5.5ユーロで発売されていたが、値切り交渉を受け付けていたので、160ユーロでどうかと交渉したところ、私の物になった。1週間後に出品者から届いた個体には解説どうりに軽度のホコリの混入が見られたが、この程度なら描写には全く影響はない。今回は良い買い物であったと思う。
本品は珍しいレンズなのでEXAKTA版でも相場価格はやや高く、米国版eBayではケビンカメラがプライスリーダーとなり400ドル~500ドル程度で出品している。このJsogonにM42マウントの個体がある事を今回の出品で初めて知ったので目にした瞬間は驚いた。シュナイダーの製造台帳で確認を取ると、Jsogonの生産が始まった1950年9月の最初の製造ロット(125本)の中の1本であることがわかった。マウント規格の表記が空欄になっているので、この時にM42を含む複数のマウント規格の個体が試作的に生産されたのではないだろうか。

絞り値 F4.5-F22, 手動絞り, 焦点距離 40mm, フィルター径 ねじ切り無し, 最短撮影距離 0.5m, 絞り羽枚数 8枚, 重量(実測) 180g, 光学系は4群4枚Dyalyt型[1]。本品にはM42マウントとExaktaマウントの2種が存在する

★撮影テスト
このレンズには、味のある優れた描写力が備わっている事がわかった。解像力はあまり高くないため拡大すると像の甘さが出るもののバリッと鋭く張りのある撮影結果が得られる。ボケ味は硬めで背景にゴチャゴチャしたものが入ると距離によってはザワザワ煩くなるが大きく乱れることは無い。F4.5という控えめな設計が功を奏したのか周辺画質の低下が目立つことはなく、開放撮影時においても像の流れや歪みが気になることはなかった。シュナイダーらしく冒険のない手堅い描写設計といえる。注目の発色特性については色温度が高くクールトーンな仕上がりとなる。黄色がレモン色、レモン色が白、白が青白く変色する様子が確認できる。また、照度に応じて緑が黄緑や青緑にコロコロ不安定に変色し、撮り方次第でとても面白い作例になる。暗部が青みを帯びる傾向が強く、他のシュナイダー製レンズと比較しても、Jsogonは青転びの特性をかなり強く示すレンズのようだ。以下、作例。
★銀塩撮影(Pentax MZ-3 + Euro Print 100)

F5.6 銀塩撮影(EuroPrint100): 日光のあたる部分で竹林の葉の緑の色が黄緑に転び、まるで燃え盛る炎のように見える。このレンズの特性をうまくいかせた作例だ。竹林の奥のあたりを見てほしい。森林のシャドー部が薄気味悪いとは、こういうことなのだ。だが、涼しげにも見える

F8 銀塩撮影(EuroPrint100): あれれ凄いな!夕日の逆光で黄色を補色してみたが、結構いい味だすレンズではないか!光の滲みかたといい、石畳の雰囲気といい、奥の樹木の発色など・・・素晴らしい。もしかして、このレンズは久々の大当たりであろうか・・・。
上段・下段ともF4.5 銀塩撮影(EuroPrint100): 袖口から肩にかけての質感が素晴らしい。描写はかなり鋭くボケ味は硬めのようだが大きな乱れはない。周辺画質の低下も少ない
F8  銀塩撮影(EuroPrint100): 最短撮影距離は0.5cm弱なので近接撮影も難無くこなす。ハイライトの飛び方がとてもいい。やはり表現力の豊かなレンズだ


F11  銀塩撮影(EuroPrint100): 変な色が出たケース(その1)。こちらも逆光撮影だがシャドー部が真っ青だ!根元のあたりに青緑の深みがしっかり残り穂の部分と好対照。ある種のメリハリを生んでいる

撮影条件が夏の晴天日だったのでコントラストが高く、フィルム撮影ではシャドー部の黒潰れが顕著に出てしまった。こういうコンディションではデジタルカメラの方が有利だ。 以下はデジタル撮影による作例。

★デジタル撮影(Sony NEX-5 digital, AWB)

F4.5 NEX-5 digital(AWB): 玉ボケが青(水色)に変色している。緑の発色が照度に応じて黄緑や青緑へとコロコロと変化し綺麗だ
F5.6  NEX-5 digital(AWB): デジタル撮影の柔らかな階調表現では明確に識別できる。やはりこのレンズは絞りを開けたときの解像力があまり高くない。ボケ味は硬いが大きな乱れもなく良好だ
F8  NEX-5 digital(AWB): 絞るとスッキリと写りシャープだ。左下の影の部分が青に転んでいる

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Jsogonは味のある描写で勝負するタイプのレンズといえるだろう。理由は分からないが、デジタル撮影よりもフィルム撮影の方が表現力が滲み出ているように感じた。しっかりと自己主張をする優れたレンズのようだ。

2011/07/06

Wollensak-Dumont CRO Oscillo-Amaton 75mm F1.9(modified M42)


米国生まれのUFOレンズを
狭いラボから外の世界へ解き放つ

Wollensak Optical Company(ウォーレンサック社)は1972年まで存在していた米国ロチェスターの総合映像機器メーカーだ。大判カメラ用レンズ、シネマ用レンズ、プロジェクター用レンズに加え、工業用、軍事用、核実験記録用にレンズを供給していた。他にもテープレコーダーや双眼鏡の製造で知られる。古くはボシュロム社で絞り機構付きシャッターを設計していた機械工のAndrew Wollensakが、Union Brewing Companyの元社長S.Rauberの支援を得て1899年に創業したRauber and Wallensak社を起源としている。その2年後にRauberが死去したため、社名をWallensak Optical Companyへと変更した。翌1902年にはカメラ用シャッターに加えレンズの生産も開始、1905年にはRochester Lens Companyを買収するなど事業を拡大していった。会社としての最盛期は1950年代であり、この頃の従業員数は千人を超えた。ベル研究所が発明したプリズム回転式ハイスピードカメラの原理を採用し、1秒間に10000フレームの撮影を実現したWollensak FASTAXはハイスピードカメラの草分け的存在として人々の記憶に残る映像アーカイブを数多く残している。同社は後にリビア・カメラ社や3M社など幾つかのメーカーに買収され、1972年に企業活動を停止している。Wollensak社が生産したレンズのブランド名にはAmaton, Optar, Raptar, Verito, Velostigmatなどがあり、米国のムービーカメラブランドには同社のVelostigmatが多く採用された。また、Raptarは同社の最上級ブランドに位置付けられており、軍や研究所に納入された工業用レンズに多く見られる。

左がOscillo-Amaton 1.9/75(改造済)で右がOscillo-Raptar 1.9/75。両者は鏡胴長や前玉/後玉径が異なる。フランジバックはOscillo-Amatonの方が長くNikonの一眼レフカメラにも適合するほどだが、Oscillo-Raptarはかなり短いため一眼レフカメラには適合しない
私が今回入手したのは同社がDUMONT社のCROというオシロスコープの出力波形を記録するために供給したOSCILLO-AMATONというレンズである。第一印象はまるでUFO。紐でつるせば特殊撮影にも使えそうな独特の外観だ。このレンズには同社のAlphaxという名の機械式シャッターが内蔵されており、独特な外観を生みだす一因となっている。このシャッターを生かせば何とデジタル一眼カメラで多重露光を楽しむことができるというオマケつきだ。シャッター部まわりの造りは実に素晴らしく、工業用レンズということもあり、製造コストはかなり高かったのであろう。光学系は4群6枚のダブルガウス型で、オシロスコープの記録レンズにしておくにはもったいない75mmの焦点距離とF1.9の大きな口径比を実現している。イメージサークルは近接域で中判6x6cmフォーマットをカバーし遠方では四隅がケラれるとのこと。遠方を撮るなら6x4.5cmまたは35mm判フルサイズフォーマットで用いるのがよいだろう。よぉ~し、こうなったら私が狭い実験室から風通しの良い草原に連れ出してあげよう・・・。しかし、いきなりの問題が発生。このレンズはマウント規格が特殊なため、このままでは普通のカメラで使用することができない。

★M42マウントへの改造
幸いにもこのレンズはバックフォーカスとフランジバックが長く、Nikonを含む大半の一眼レフカメラに補正レンズ無しでも適合する事がわかった。後群側のレンズ鏡胴をグラインダーで研磨すると別途購入したM52-M42ヘリコイドユニットにピッタリと収まるので、このままエポキシ合体!!!。見事にM42マウント化してしまった。しかも、後玉の出っ張りがないので、フルサイズセンサー機でもミラー干渉の心配がいらない。せっかくだからNikonのフルサイズセンサー機で使うことにした。

フィルター径 48mm, 絞り値 F1.9--F16, 絞り羽根 15枚, 重量(ヘリコイドユニットを含む改造後の実測) 438g, シャッター速度は1s-1/100sに加えTとBモードがある。写真は光学系をばらした様子で4群6枚ダブルガウス型レンズ(1+2+2+1= 6elements/ 4groups)となっている。前方の左から2番目と4番目は張り合わせレンズである。左から3番目にある後玉ユニットの鏡胴部金属面をグラインダーで研磨しM42ヘリコイドユニットにすっぽりと収まるよう改造している

★入手の経緯
本品は2011年5月にeBayを介して米国ニュージャージーの中古カメラ業者から105ドルの即決価格(総額140ドル)で落札購入した。オークションの記述は「珍しい名のレンズだ。ガラスはクリーン、シャッターは全スピードで正確に動作する。クリーニングマークがあるがイメージクオリティには影響ない」とのこと。届いた商品は一見綺麗であったが、強い光をあててガラスを観察するとコーティングに薄い拭き傷がパラパラとあった。レンズ本体に加え改造用ヘリコイドユニットの新品が86㌦かかったので火遊びにしては想定外の出費である。えーい、なるようになれ!

★撮影テスト
OSCILLO-AMATONは本来、オシロスコープの波形を記録するために造られたレンズなので、一般撮影用レンズとは設計理念が異なる。この種のレンズに求められる描写力とは解像力が高く、像面の湾曲や歪曲がしっかり補正されているといった程度であろう。ところが実際に使ってみると、色乗りが良く、階調変化が丁寧に表現されるなど、なかなか良く写るレンズであることがわかってきた。まず色のりであるが、黄色や赤などの原色が濃く表現され、時には気持ち良いくらいスカッと、あるいは時に気持ち悪いくらいに高彩度になる事がある。諧調表現は丁寧で暗部に向かってなだらかに落ちてゆくのが好印象であった。ボケ味については距離によってゴワゴワと、やや滑らかさを欠いた硬めの像になるが、二線ボケやグルグルボケが顕著に表れることはなく概ね穏やかである。解像力は予想どうり高く、輪郭部の線が細く引き締まり、狙った被写体がフッと浮き上がるような像が得られる。近接撮影では結像がやや甘くなるが、中遠距離に対しては開放絞りから高いシャープネスが得られる。屋外での使用時、とくに曇り空のコンディションではコントラストの低下が顕著なのでフードは必須となる。外観も迫力満点だし、面白いレンズを発掘することができた。
F1.9?, F2.8?? Nikon D3 コントラストは良好で色のりも良い。
もうすぐ七夕です。娘はパンダに会えますようにとお願いをした
F2.8 Sony NEX-5 digital  少し絞るだけでビシッとこんな調子。近接撮影時でも細部まできっちり解像する。花の発色がしっかり出た感じで、とても濃厚だ。ときどき色飽和もある

F4 Nikon D3 digital: こちらも解像力が高く、緻密な描写である


F4 コントラストは現代のレンズに比べれば平凡だが、オールドレンズとしては悪くない。諧調変化もなだらかで黒潰れも回避されている。背景にジャギーが見えるのはアウトフォーカス部に網戸が入っているため
★撮影機材
カメラ本体 

Nikon D3+ M42-Nikon adapter(補正レンズ無し)
Sony NEX-5+ M42-NEX adapter
UFOレンズの姉妹品Oscillo-Raptar。
こちらの方が後群の鏡胴が太く、
フランジバックとバックフォーカスが
短いので改造の難易度は高い。
このままでは、死蔵レンズになって
しまう。どうしましょ
今回は勢い余って上位ブランドの姉妹品Oscillo-Raptar(オシロ・ラプター)まで購入してしまった。こうなったらUFOレンズ第二弾でOscillo-Raptarの改造にも挑戦したるわい!ちなみに、こちらの方が改造の難易度は高い。悶々・・・・。



2011/06/30

A.Schacht Ulm M-Travenar R 50mm F2.8(M42)
シャハト マクロ・トラベナー

ベルテレが設計した

テッサータイプのマクロレンズ

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8

A.Schacht社は1948年に旧西ドイツのミュンヘンにて創業、1954年にはウルム市に移転して企業活動を継続した光学メーカーです。創業者のアルベルト・シャハト(Albert Schacht)は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikonなどでオペレータ・マネージャーとして在籍していた人物で、1939年からはSteinheilに移籍してテクニカル・ディレクターに就くなど、キャリアとしてはエンジニアではなく経営側の人物でした。同社のレンズ設計は全て外注で、シャハトがZeiss在籍時代から親交のあったルードビッヒ・ベルテレの手によるものです。ベルテレはERNOSTAR、SONNAR、BIOGONなどを開発した名設計者ですが、戦後はスイスのチューリッヒにあるWild Heerbrugg Companyに在籍しています。

A.Schacht社は1967年にそれまで同社にネジなどの部品を供給していたConstantin Rauch screw factoryに買収され、さらに同社の光学部門は間もなく光学メーカーのWill Wetzlar社に売却されています。なお、シャハト自身は1960年に引退していますが、A.Schachtブランドのレンズは1970年まで製造が続けられました。

今回ご紹介するM-Travenar 50mm F2.8は同社が1960年代に市場供給したマクロ撮影用レンズです。このレンズは等倍まで寄れる超高倍率が売りで、ヘリコイドを目一杯まで繰り出すと、なんと鏡胴は元の長さの倍にもなります。同社のレンズは全てベルテレが設計したわけですが、設計構成はベルテレとは縁の遠いテッサータイプです。ゾナーを作ったベルテレがテッサータイプを作ると、一体どんな味付けになるのでしょう。とても興味深いレンズである事に違いありません。

A.Schacht M-Travenar 2.8/50の構成図(カタログからのトレーススケッチ)。設計構成は3群4枚のテッサータイプで、前・後群に正の肉厚レンズの用いて屈折力を稼ぎF2.8を実現している

テッサータイプのレンズ構成自体は1947-1948年にH. Zollner (ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって、球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた事で成熟の域に達しており、口径比F2.8でも無理のない画質が実現できるようになったのは戦後のZeiss数学部(レンズ設計部門)の最も大きな成功の一つと称えられています。A.Schacht社に新しいレンズ設計を提供するにあたり、ベルテレは新種ガラスのノウハウを導入していたに違いありません。

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8( minolta MDマウン): 重量(実測)356g, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22(プリセット機構), 最大撮影倍率 1:1(等倍), 最短撮影距離 0.08m, レンズ構成 3群4枚(テッサー型), 絞り羽数 12枚, レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である































入手の経緯

A.Schachtのレンズはベルテレによる設計であることが広まり、近年値上がり傾向が続いています。eBayでのレンズの相場は250~300ドルあたりですが、安く手に入れるための私の狙い目はアメリカ人で、ビックリするほど安い即決価格で出品している事が度々あります。米国ではA.Schachtのレンズに対する認識や評価があまり進んでいないのかもしれませんね。国内ではショップ価格が35000円~45000円あたりのようです。今回の私の個体は海外の得意先から出品前の製品を購入しました。珍しいミノルタMDマウントでしたが、市場に数多く流通しているのはEXAKTAやM42、ライカLマウントです。

撮影テスト

ポートレート域ではいかにもテッサータイプらしいシャープで線の太い像ですが、近接撮影時では微かに柔らかい雰囲気のある画になります。コントラストや発色は距離に寄らず良好です。滲みは距離に寄らずよく抑えられており、等倍の最短撮影距離でも充分な解像感が得られます。ここはゾナーを設計したベルテレの設計力の高さを感じます。さすがにテッサータイプなのでガウスやトリプレットのような高解像な画は吐きませんが、フィルムで使用するには、このくらいの解像力があれば十分なのでしょう。ボケはポートレート域で微かにグルっと回ります。テッサーには軽い焦点移動があり、開放でピントを合わせても絞り込んだ際にピントが狂ってしまう問題がありますが、さすがに高倍率のマクロ域で撮影する場合は、絞ってピント合わせをしますので、問題なし。

F5.6 sony NEX-5(AWB)

F2.8(開放) SONY NEX-5(AWB)

F8 SONY NEX-5(AWB)


























続いて我が家のコワモテアイドルであるサンタロボの魅力にトコトン迫ってみました。怖いですよ。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) まずは絞りを変えながらのテストショットです。開放でも滲みなどは出ず、スッキリとしたヌケのよい写りで、発色も良いみたい。十分にシャープな画質が撮れています


F8 sony A7R2(WB:日陰) 十分に絞りましたが、中心部の解像力、改造感はあまり変わらない感じがします。開放からの画質の変化は小さく、安定感のある描写です。


F8 sony A7R2(WB:日陰) 絞り込んだまま、かなり寄ってみました。ここから先は絞り込んでとるのが基本ですので、開放でのショットは省略します。この距離でも十分な画質で近距離収差変動はよく抑えられている感じです。トナカイ君との相性もバッチリで仲良く撮れています。さらに近づいてみましょう
F8 sony A7R2(WB:日陰)ここからはコワモテ君の単独ショットで本領発揮です。彼の魅力は接近時に引き立てられます。写真のほうは思ったほど滲まず、適度な柔らかさのまま解像感も十分に維持されており、想定以上の良い画質を維持しています。近距離収差変動はよく抑えられている感じで、これぐらいの柔らかさなら雰囲気重視の物撮りにおいて普段使ってもいい気がします
F8 sony A7R2(WB:日陰)いよいよ最短撮影距離(等倍)まで来ました。コワモテ君の迫力もMAXです。微かな柔らかさを残しつつも十分な解像感が得られており、コントラストと発色は十分に良好なレベルです。等倍でも十分に使えるレンズのようで、雰囲気重視を想定しているなら物撮りで十分に使えるレンズだと思います













 

続いてはポートレート撮影での写真です。モデルはいつもお世話になっている彩夏子さん。ボーイッシュにイメチェンした彩夏子さんを初めて撮らせていただきましたが、とても新鮮でした。

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F5.6  sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

2011/06/11

KMZ MC MIR-20M 20mm F3.5(M42) and Carl Zeiss Jena Flektogon 20mm F4(M42)


MIR-20シリーズの最後継品であるMC MIR-20M(M42マウント)
上段右奥のゼブラ柄のレンズはCarl Zeiss Jena Flektogon 4/20

カールツァイスとロシアの模倣レンズ群団3
ロシアへと渡った怪獣フレクトゴンの隠し子!?

例えるなら、太く短い胴体と巨大な目を持つ異形の姿。広い守備範囲で獲物を探しながら、被写体に僅か16cmのところまで接近し、その大きな目で睨みつける怪獣フレクトゴン。こんなレンズはこの世に2本と存在しないだろう。そう思っていたら、実はロシアにもう一匹いたのである。それが今回紹介するMC MIR-20Mだ。
MIR-20シリーズはロシアの複数のメーカー(GOI, ARSENAL, KMZなど)によって1970年代初頭から生産されている焦点距離20mmの超広角レンズである。最初期のモデルはロシア政府が直轄する光学研究所のGOI(Government Optical Institute)によって生み出されが、直ぐにARESNALやKMZなど老舗メーカーが生産を引き継いだ。1990年にはガラス面にマルチコーティング処理を施した最後継モデルのMC MIR-20M(およびPentax-KマウントのMC MIR-20K)がKMZから発売されている。また、ARSENALからもMC MIR-20HというNikon Fマウント仕様のレンズが発売されている。光学系そのものには初期のモデルからの改良はなく、何と40年もの間、同一の設計を維持したまま、今も生産が続いている現役レンズである。
FlektogonとMIR-20の構成図。
手持ち資料からトレースした。
こうして見るとMIR-20の設計は
新旧Flektogonの進化における
過渡的な形態であることが明ら
かにわかる
MIR-20の生い立ちには謎が多い。ZENIT社の公式ホームページには、このレンズがGOIに属する3名の技士(Volosov, Hmelnikova and Shamanina)により1968年に設計されたと記録されている。レンズの設計は集団でおこなうという作業ではなく、通常は1名ないし多くても2名で取り組む事が多い。設計者の数として3名はやや多いように思える。MIR-20の口径比はF3.5、最短撮影距離は18cmであり、これらはMIR-20が登場する時期を挟んで前期型から後期型へとモデルチェンジを遂げるFlektogonの、言わば過渡的な設計仕様にあたる。レンズが設計された1968年といえば、東独ツァイスのFlektogon 4/20(1963年登場のゼブラ柄モデル)が世界的に大ヒットしていた時期であり、MIR-20は当時のFlektogonをコピーしたレンズであると言われている。しかし、光学系の構造はだいぶ異なり、MIR-20はむしろ後年に登場するMC Flektogon 2.8/20(1976年登場)に近い構造を持っているのである。ZENIT社の公式ホームページでは、MIR-20の設計がMC Flektogon 2.8/20の基本設計になったのだという不可解な記述を目にすることができる。ツァイスがMIR-20を手本にする事などありえないが、あり得ないという事を抜きにすれば、時系列的にも設計構造的にも、この記述には矛盾が見当たらない。ZENIT社の独自見解にはやや大げさな誇張表現が含まれていたと仮定し、この辺りには何か深いわけがありそうに思える。MIR-20の開発にあたり、GOIと東独ツァイスとの間には何らかのコラボレーションがあったのではないだろうか。これらの事実から自然に浮かび上がるシナリオは次のようなものである。
1960年代半ば、ロシア政府は自国産レンズのラインナップに20mmの超広角レンズ(Flektogonのコピー)を加えるため、政府の直轄機関であるGOIから3名の技士を東独ツァイスの研究所に送り込み、新型フレクトゴンの開発に関わらせた。ツァイスから設計開発のノウハウを得るためである。技士の人数が3名と多いのは技術供与の継承を確実にするためである(技士が病死したり西側諸国に亡命されては困る)。3名の技士は東独ツァイスの研究所にて新型Flektogonの開発方針を知らされる。それは、口径比性能を現行のF4よりも更に向上させるというものであった。そして、1968年にFlektogon開発チームの客員メンバーとして自らの手でF3.5の口径比性能を持つ試作レンズを開発し、設計技法を自国に持ち帰った。こうして生まれたのがMIR-20であるというストーリーだ。東独ツァイスはその後も新型Flektogonの改良を進め、1970年代に口径比性能をF2.8まで高めたMC Flektogon 2.8/20を世に送り出している。ロシアのGOIにしてみれば、MIR-20よりも後に登場したMC Flektogonは、開発過程の延長上にあるMIR-20の正統な後継製品という見解になるのである。さて、このシナリオは深読みのしすぎであろうか。

KMZ製MC MIR-20M: 最短撮影距離 18cm, 絞り値 F3.5-F16, 重量(実測)370g, 絞り機構 自動/手動の切り替え式, 絞り羽根は6枚構成, 光学系の構成は8群9枚, 1996年の新品価格は240ルーブル。マウント部からは絞り機構を制御する連動ピンが出ている。M42マウントでカラーはブラックのみ
今回私が入手したのは、MIR-20シリーズの最後継品であるKMZ製MC MIR-20Mである。MCという頭文字からわかるように、ガラス面にはマルチコーティング処理が施されている。デザインには特徴があり、オフロードタイヤ風の鏡胴や異様に盛り上がった前玉のガラスなど、ゼブラ柄のフレクトゴンにも全く引けを取らない強い存在感を放っている。絞り機構はオートとマニュアルの切り替え方式であり、鏡胴側面のスイッチで制御している。前玉が大きく、フィルターを装着することができないので、このレンズにはフィルター枠にネジ切りが設けられていない。その代わりに前玉外周部にはビルトイン式の花形フードがついている。これがたまらなくかっこいい。

★入手経路
本品は2010年8月にLatviaの中古カメラ業者から送料込みの即決価格199ドルで落札購入した。商品のコンディションはEXC+++とあり、フロント・リアキャップが付くとのこと。詳細な記述はなかったが、この業者の他の商品を比較すると、EXC+++の評価はかなり高いランクに位置づけられていることがわかったので購入を決めた。写真ではフィルター枠が若干曲がっているようにも見えたので事前にメイルで問い合わせたところ曲がってはいないとのことであった。届いたレンズはMINT級の素晴らしい状態で満足なショッピングであった。本品は現在も新品が250㌦+送料で購入できる。eBayでの中古相場価格は状態の良いものが200ドル程度、ヤフオクでは2万円前後であろうか。後玉部に純正のカラーフィルターやUVフィルターが装着できるらしく、これらが付属した状態で売られていることもある。購入時にはフロントキャップが付属している品を選ぶことをおすすめしたい。
★撮影テスト
広角レンズは被写界深度が深いからボケ味とは無縁だと思ったていたら大間違いだ。このレンズは最短撮影距離が18cmとマクロレンズ並みに短く、被写体の直ぐ近くまで接近してもフォーカスが合うので、背景は大きくボケる。超広角でありながらボケ味を存分に堪能できる貴重なレンズといえる。もちろん、被写界深度の深さを利用したパンフォーカス撮影も可能だ。
  • 画像中央部の解像力は開放絞りから高く、充分に実用的なレベルである。
  • また、この種の超広角レンズによくある歪曲(真っ直ぐなものが曲がって見える)も20mmのレンズとは思えないレベルまで良く補正されている。
  • 周辺光量の低下は殆どない。
  • 開放絞りで近接撮影を行うと四隅が放射状に流れることがある。また背後にグルグルボケがみられる事もある。
  • 超広角レンズに特有のパースペクティブ効果(近いものは大きく遠いものは小さくみえる遠近効果)が強く働き、撮影ポジションによっては画像端部が隅に向かって傾いて見えることがある。
  • マルチコーティングの甲斐あってコントラストは高く、メリハリの効いた鋭い描写となる。ただし、フィルム撮影では暗部の階調表現に粘りが無く、絞って撮影した場合は階調変化が暗部に向かってストンと急激に落ちてしまう。まるで焦げた目玉焼きのようにカリカリとした硬い階調表現になる。デジタル撮影の場合は、撮像センサーが暗部の階調表現に強いので、このような事はなく、なだらかな階調変化が可能だ。
  • 色の乗り具合はたいへん良好。ただし、銀塩撮影では赤が色飽和を起こす傾向が目に付いた(デジタル撮影では問題なし)。
  • 面白い事に、銀塩撮影の時よりもデジタル撮影の時の方が、フワッと柔らかいボケ味が得られるようだ(理屈もないので全く気のせいかもしれないが・・・)。
総合的な印象は悪くない。設計は古いものの描写力は高く、極めて広い画角を大きな破たんもなく実現している優れたレンズだ。以下、銀塩撮影とデジタル撮影の作例を順番に示す(もちろん無修正・無加工)。

銀塩撮影
F8(FujiColor SP400)  このレンズは被写界深度が深く、パンフォーカス撮影がとても得意
F8(FujiColor SP400) コントラストが高く階調表現は硬めだ

F3.5(FujiColor SP400) 赤がコッテリと出てしまい色飽和気味となっている

F8 銀塩(Uxi Super 200)  このとうりにパースペクティブ効果が強く働き、遠近感が誇張気味だ。今度も逆光撮影だがゴーストやフレアは出ていない。コントラストは高く、暗部には締りがあるが、階調変化はなだらかさに欠け、暗部に向かってストンと落ちてしまう。茶色いポールはほぼ真っ直ぐであり、歪みはきっちり補正されている

F4 銀塩 (FujiColor SP400) 斜め方向に撮ると途端にパースペクティブの効果で画像端部の像が四隅に向かって傾いてしまう。窓枠が隅に向かって傾き、ティーカップも楕円形に変形している。ルンルン♪

F3.5 銀塩 (FujiColor S400) 開放絞りで近接撮影を行うと四隅の像が放射状に流れる
このレンズはコントラストが高く、階調変化が硬くなりすぎてしまうようだ。はじめから軟調な性質のフィルムを用いる方がよさそうだ。

デジタル撮影 Sony NEX-5 digital (AWB)

F4 NEX-5 digital, AWB: 広角レンズなので被写界深度は深いものの、このレンズは最短撮影距離が極めて短く、被写体の直ぐ近くまで接近してもピントが合うので、背景は大きくボケる。ちなみにボケ味はこのとうりに素直だ。デジタル撮影の方が銀塩撮影の時よりも階調変化が丁寧なうえに、ボケ味がフワッと柔らかい事に気付く。この現象はアンジェニューでも確認できるが、原理はよくわからない
F2.8 NEX-5 digital(AWB) 花とその子供たち(←異種の花じゃんよ)
背景がこれくらいの距離になると、このレンズでもグルグルボケが出る

本レンズに関しては銀塩撮影よりもデジタル撮影の方が、暗部の階調変化がなだらで好印象であった。350~500ドルもする中古のFLEKTOGON 20mmを狙っている方。是非とも本品も候補に挙げてみてはいかがでしょうか。250ドルで新品が買えますよ。

歪曲収差をチェック
マンションの壁面を銀塩カメラで撮影したところ、外側に膨らむ樽型歪曲収差をハッキリと確認することができた。私は他にも焦点距離の短い現代のレンズを2本(Nikkor 2.8/20やPentax DA 2.8/14)所持しているが、20mmの超広角レンズともなれば、この程度の歪曲は必ず出る。むしろ、この程度で済んでいるMIR-20の描写を評価したい。


★撮影機材
銀塩撮影 Pentax MZ-3 + Fujicolor Super Premium 400
デジタル撮影 sony NEX-5

実のところ、私は初めMC FLEKTOGON 2.8/20を買おうと思っていた。ゼブラ柄のFLEKTOGONを所持しているので、撮り比べがしたかったのだ。しかし、デザインにインパクトのあるMIR-20Mが目にとまり、気が付いたら本品を手にしていた(浮気といえば確かにそうだ)。後になって「そういや、俺、MCフレクトゴンじゃなかったんだっけ???」と気づいた始末。そんな縁で今回はロシア政府に絡んだ推理で楽しんでしまった。KGBのエージェントが我が家にやって来たら、どうしよう・・・。皆さんサヨウナラ。