おしらせ


2011/06/30

A.Schacht Ulm M-Travenar R 50mm F2.8(M42)
シャハト マクロ・トラベナー




クールトーンな西独のレンズ達 1:
トラベナーを持って旅に出よう
西独クールトーン軍団の高倍率マクロレンズ

旧西独メーカーのレンズにはクールトーンな発色を持ち味とするものが数多く存在する。その一つが、今回の紹介するSchacht(シャハト)社の生産したレンズだ。同社はCarl Zeiss, Ica AG, Zeiss-Ikon, Steinheilなどを転々と移籍したAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物が1948年頃にドイツのミュンヘンに設立した中堅光学機器メーカーである。このメーカーのレンズの描写には、Schneider(シュナイダー)やRodenstock(ローデンストック)のレンズと同様に青に転ぶ傾向があり、温調(ウォームトーン)な発色特性を持つオールド・ツァイスやフォクトレンダー、シュタインハイルらとは対極的な立場を築いている。ツァイスのレンズに慣れ親しんできた人がいきなりこの種のレンズを用いてみたところ、クールな独特の発色にはまり込んでしまったというケースをよく耳にする。私もそんな体験をした一人で、SchneiderのEdixa-XenonやRodenstockのHeligonを熱愛する西独クールトーン軍団のファンである。Schachtのレンズにも同様の性質がある事を知ったのはごく最近のことだ。人の肌に青みが乗ると、良い意味では美しく妖艶、悪い意味では冷たく血色の悪い表情となる。また、曇天時や日没間際等の低照度な条件下では、コンクリートなどのハイライト部が青に引っ張られて変色し、無機的に表現される。廃墟の寂れた雰囲気を強調するにはピッタリのカラートーンだが、薄気味悪いとか気持ち悪いなどと評されることがある。こうした性質を嫌ってツァイスに戻ってゆく写真家も多くいるほどだ。しかし、クールトーン軍団の良さには、その先がある。暗がりの中に一本のローソクが入ると、急にその周りだけが美しく栄え始め、深いシャドー部の青みと、炎から放たれる淡白な黄色の美しさが一体となり、全体として素晴らしい演出効果を創り出すことがあるのだ。一方、晴天時の屋外撮影など高照度の条件では描写が急変し、水を得た魚のように写るもの全てが生き生きと鮮やかに写し出されるようになる。芝生や樹木などが青々と栄え清涼感を纏って表現される。本当に同じレンズで撮っているのだろうかと首をかしげたくなる豹変ぶりで、使っていて実に楽しい類のレンズなのである。本ブログで過去に紹介したクールトーン軍団のメンバーにはSchneider Edixa-Xenon 1.9/50, Curtagon 2.8/35; Rodenstock Heligon 1.9/50, Eurygon 2.8/30; Schacht Travelon 1.8/50などがある。他にもSchneiderのPA-CurtagonやXenotar、Rodenstock Rotelarも軍団の仲間であるという情報を掴んでいる。Schacht社はSchneider社からレンズの生産を委託されるなど深い協力関係があったと言われている(「世界のM42マウントレンズ」写真工業7月号)。同社のレンズのガラス硝材やコーティングがSchneider社の規格に準拠していた可能性も充分に考えられる。もしそうだとすれば、Schneider製レンズの持つ描写特性がA.Schacht社のレンズに受け継がれていたとしても何ら不思議なことではない。85mmのTravenarは鏡胴のデザインが一部のシュナイダー製品や子会社ISCOの製品にそっくりだ。なお、A.Schacht社は1970年までレンズを生産していたが、その後はSchneider社に吸収され消滅している
 今回、私が入手したのはA.Schacht社が1963年に製造したM-Travenar R 2.8/50というマクロ撮影専用レンズだ。本品の特徴は非常にコンパクトな鏡胴でありながら、高い撮影倍率を実現しているところにある。花や虫などを大きくとらえる近接撮影はもとより、普通のスナップ撮影や風景撮りにも支障なく活用でき、マルチの用途に一本で対応できる便利なレンズといえる。
シャハトのチラシより抜粋。構成図が示されている
重量(実測)336g, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22(プリセット機構), 最大撮影倍率 1:1(等倍), 焦点距離 50mm, 最短撮影距離 0.08m, レンズ構成 3群4枚(テッサー型), 絞り羽数 12枚, 後玉のミラー干渉については、銀塩カメラのEOS kissで無限遠まで問題無く仕様できた。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である
このレンズはヘリコイドリングの回転に応じ、鏡胴がマウント側と前玉側の双方向に同時に伸びる構造を持つ。ヘリコイドを全て繰り出すと全長はほぼ倍になり、撮影倍率は何と等倍にまで達する。前玉がフィルター枠よりもかなり奥まったところにあるためフードを装着する必要がない。トラベナーをもって旅に出よう。(^o^;)


レンズヘッド(左)がヘリコイドユニット(右)から奪着できる構造
になっている。マウント部と同様にM42のネジで結合している

ヘリコイドユニットから光学系を外し他社のM42レンズ(Curtagon)を
マウントしてみた。マクロチューブ撮影のみに対応できる
M-Travenarはヘリコイドの先端からレンズユニットが外れる仕組みになっている。この構造は本レンズのEXAKTAマウント仕様の製品によく見られるが、M42マウント仕様の製品では比較的珍しいようである。ヘリコイドユニットの先端は再びM42マウントになっており、その先にベローズレンズやM42マウントレンズなどをマウントすることが可能である。ベローズレンズがゼブラ柄のヘリコイドを纏いドレスアップされるのだ。
 
★入手ルート
本品は2010年12月にeBayを介し、米国ロサンゼルスの中古カメラ業者から即決価格100ドル(送料込みの総額は115ドル)というあり得ない価格にて落札購入した。商品の解説には「エクセレントコンディション。外観は僅かにスレがあるが、素晴らしい状態。ガラスはグッドで、ペイントはナイス。マウント部はパーフェクト。絞り羽根に油は回っておらず、しっかり開閉する。フォーカスは適確」とある。ちなみにM42マウントの場合、本品のeBayでの相場は300㌦程度、国内中古店でも4万円以上で売られている。写真を見る限り、外観は合格。ガラスを「グッド」と紹介している点が気になったが、激安価格だったので駄目もとで購入することにした。届いた商品はガラス表面のコーティングにヤケ(経年劣化)が出ていたものの、クモリ、カビ、傷のない実用レベルの状態と、実にラッキーな買い物であった。
 
★撮影テスト
テッサータイプのマクロレンズと言えばハイコントラストで押しまくるカリカリで鋭い描写の製品を想像するが、本品はこうした典型にはまらない緩やかな階調変化を特徴とする一味違った印象だ。球面収差も厳しく抑え込んでおらず、近接撮影においては滲みを伴うソフトな描写を楽しむことができる。なかなか表現力のあるレンズだ。ピント部の解像力は平凡だがボケは柔らかく拡散し、良い意味でマクロレンズ特有の結像の硬さが見られない。色乗りはテッサータイプらしく良好で、しっかり出るものの色飽和には至らない。同社のTravelonほど顕著ではないが、やはりこのレンズも発色がやや青みがかる傾向がある。ただし、明らかに青に変色するというわけではなく、このレンズで撮っていると「何か違う!」という感覚を覚え、それを追及してゆくと最後は青に転ぶ性質へと到達するのだ。この性質は光学系の構成枚数が多いほど顕著になるようで、同じA.Schacht製レンズでもダブルガウス型レンズ(6枚玉)のTravelonの方がはっきりしている。一方、テッサー型レンズ(4枚玉)となる本品の発色は比較的ニュートラルな方である。では、青に転ぶとは具体的にどういう事なのか列記してみよう。
  • 黄色の発色がやや淡白になることがある。実写ではバナナの黄色がレモン色になったり、日光のあたる場所の温調な薄黄色が白っぽくなってしまう。ご存じかもしれないが、黄色と青は補色の関係にあり、両者がバランスすると白になる(単色混合では緑)。
  • 元々白っぽい色が青白くなる。人の肌やコンクリートなどが青みを帯びて表現される。この傾向は室内など低照度の条件になるほど顕著にあらわれる印象だ。
  • 紫の色乗りが妙によく、コッテリとする。赤の色乗りが良好かつ安定な事に加え、青が強いためであろう。本稿で赤紫色の花の作例を示している。
  • 青の強弱が日光照度に対して不安定に変化する。草木の葉の色が青に引っ張られて黄緑に転んだり青緑に転んだりとコロコロ色彩が変わり美しい。高照度下では緑の鮮やかさにハッとさせられる事がある。
F5.6, NEX-5 ISO1600, 近接では解像力が足りずにソフトな像となる。まさにこんな風に、薄い青のベールが一枚被ったようになる

F5.6, ISO400, sony NEX-5: 肌の色が白あるいは青白くなり、顔色が悪く見える。テッサータイプにしてはコントラストは強くなく、明暗の変化が緩やかで心地よい

F5.6 NEX-5 digital:シャドー部の白が青っぽく変色し綺麗だ
F5.6 NEX-5 digital: 吹雪の雪景色の中での一枚。フレアのためかやや白っぽくなっている



F2.8, NEX-5  ISO200, NEX-5:  こちらも地面のコンクリートや背景の樹木にさわやかな青が出ている。地面には陽が当たり、本来はもっと黄色がかった温調な色である

F8, ISO1600, Sony NEX-5(晴天): 今度は晴天下での撮影。まるで新緑のように、発色が鮮やかになっている。最大倍率では小型蝶もこの位に大きく写る
F8, ISO400,sony NEX-5(晴天): 晴天時の撮影では緑が生き生きと栄えている。こちらも等倍撮影


F5.6, ISO1600,Sony NEX-5: 赤紫の色乗りは良く、ややコッテリ気味


F2.8, sony NEX-5: 近接撮影でなくともボケは柔らかく綺麗。球面収差を厳しく抑え込んでいないためだろう。骨を振り回す無邪気な娘
Schneiderのレンズにおいて見出されている個性豊かな青の発色は「シュナイダー・ブルー」と呼ばれることがある。それは、単に青が強いという性質を言い表しているのではなく、ある特徴をもって表れる青に対してつれられた表現である。オールドレンズの描写に備わった現代のレンズにはない「味」を明確に示している。わたしも感覚的にしか理解していないが、敢えて言葉にするならば、「さわやかな青」とか「まろやかな青」といった表現が近いのではないかと思っている。1番目の花の作例と4番目の作例中にある地面のコンクリート色がそうした表現に近い。こういう表現が増えてゆけば、オールドレンズに対する価値認識も今よりずっと向上するに違いないのだが・・・。ちなみに、この表現を提唱したのは私ではない。
★撮影機材
Sony NEX-5 + M-Travenar 2.8/50
私にとってオールドレンズを巡る旅の大きな目的は、描写に不安定な要素を抱えながらも、何か条件が揃うと突出した個性を示す「化け玉」に出会うことである。西独クールトーン軍団は、そうした豹変系レンズが存在する可能性をそっと教えてくれる大切な存在なのである。


9 件のコメント:

  1. こんにちは(^^)
    M42レンズの中でも私的にはSchneiderのレンズは今ひとつピンと来なかったんですが、色味が青に転ぶクールトーン軍団ですか~。え?ツァイスのレンズに慣れ親しんできた人がはまる?これはかなりアブナイですねー。いやいや豹変系レンズ恐るべし。(笑)
    M-Travenar R 2.8/50のレンズユニットはヘリコイドの先端から外れるんですね。これも初めて知りました。

    それにしても最後の写真、骨を振り回す無邪気なお嬢さん、大きくなってからこれ見たらひっくり返るかも。うはは…。

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  2. 魔術師さん

    こんばんはクールトーン軍団の3社。中でも一番、青転びの
    特徴がはっきりしていたのは、
    Rodenstockのレンズ(Heligon, Eurygon)でした。
    ただし、このメーカーのレンズは暗部が青かぶりになるほど
    特徴が出すぎており、使いこなすには慣れが要ります。
    そのぶん、はまると思いきり強い特徴がでます。

    シュナイダーとシャハトの青転びはローデンほどの癖ではないものの、ほぼ同レベルです。

    >M-Travenar R 2.8/50のレンズユニットはヘリコイド
    >の先端から外れるんですね。これも初めて知りました。

    M42で外れるものは珍しいそうです。


    >それにしても最後の写真、骨を振り回す無邪気な
    >お嬢さん、大きくなってからこれ見たらひっくり
    >返るかも

    シュールな作例ですしね~♪♪

    じつは昨日、ロシアの大手業者から
    CZJのゾナー 2/85を落札しました。
    シリアル番号から戦中に製造された
    モデルとなります。Tコーティングが施されていました。
    私の初ゾナーです。魔術師さんは銘玉ゾナー、お持ちで
    しょうか?

    じつはこれ、なかなか興味深い個体で何とM42マウント
    なのです。ハチゴー・ゾナー(F2のもの)としては唯一、
    一眼レフで使用できるモデルということになります
    (コシナが現行で出している6群6枚はゾナー名ですので
    ゾナーではありませんので・・・)
    どうも、ロシアが接収し、老舗光学機器メーカーのKMZ
    がM42に改造したレア中のレアの製品だそうです。
    有名なJupitar-9のコピー元になった個体
    ではないかと今調べているところで、
    いまから楽しみです♪♪
    ではでは

    PS
    今週末は大阪で写真撮ってます。

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  3. 前エントリー(MIR-20M)を公開直後、長く続いて来たZENITのMIR-20公式ページが閉鎖されてしまった・・・・。いよいよ私も危ないか・・・。

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  4. Rodenstockのレンズちょっと探してみましたがなかなかないですね。
    ところで
    >CZJのゾナー 2/85を落札?
    >KMZがM42に改造したレア中のレア?
    >Jupitar-9のコピー元になった個体?
    うはは、なんかすごいことになってきてますなあ。(^o^)
    もしそのレンズがホントにその個体なら、何とロマン溢れる話でしょう!調査結果楽しみにしてますね~。
    あ、私はゾナーを一本も持っていません。安いMCゾナー135mm3.5に手を出しかけたこともあったんですが、明るいオリンピア・ゾナーが気になって……。(笑)


    >ZENITのMIR-20公式ページが閉鎖
    うーむ。あちらから見られてたんじゃ?(笑)

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  5. 魔術師さん
    こんにちは♪♪

    > Rodenstockのレンズちょっと探してみましたが
    > なかなかないですね。

    そうですね。あんまり作例がありませんが、Heligonでしたら、こちらにあります。
    http://spiral-m42.blogspot.com/2010/10/rodenstock-heligon-50mmf19-m42-rev2.html

    まさに、青被りレンズです。


    >もしそのレンズがホントにその個体なら、何と
    >ロマン溢れる話でしょう!調査結果楽しみにし
    >てますね~。

    萌え萌えです。

    >明るいオリンピア・ゾナーが気になって


    ひゃー。あのバズーカレンズですかぁ。
    確かに気になる存在ですが、存在感ありすぎて、
    周りから、そんなんもってどこ行くの?
    なんて言われそうですね(笑)。

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  6. オリンピア・ゾナーもバズーカレンズですが、恐れることはありません。
    以前私が所有していたCANON EF100-400mm F4.5-5.6L IS USMは俗に「ガンダムレンズ」と呼ばれておりました。で、今使っているシグマ APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSMはどう見てもロケットランチャー。さらにCANON EF600mm F4L IS USMとかEF800mm F5.6L IS USMに至ってはもう…。(笑)

    あ、200mmクラスで私が気になってるオールドバズーカレンズはオリンピア・ゾナーともう一本、CANON EF200mm F1.8L USMです。どちらも買えませんけど、ね。(^^;)

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  7. こんばんは魔術師さん

    ガンダムレンズ!・・・あの白くてデカイのですね。

    ロケットランチャー!・・・画像検索みてビックリでした。ぐひひひひ・・・がぜん、興味湧いてきました。

    ミラーレンズはコンパクトでよさそうですが、画質面でのデメリットが多いのでしょうかね?

    壁紙となった水しぶきのコースターの写真があまりに印象的でしたので。魔術師さんの作例は
    いい刺激になっています。

    本日は夏バテでヘロヘロです。どこにも撮影に出かけられません。熱射病には気を付けてくださいね~。

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  8. It is a nice vintage macro lens but sharpness doesn't match modern macro lens, and personally I prefer steinheil macro...

    Anyway, nice article!

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    1. Hello Clark

      You may also prefer volna 9 more than industar 61L/Z. Thair relationship is similar in optical construction.

      削除

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