おしらせ


2012/03/08

Schneider-Kreuznach Xenotar 80mm F2.8
(Compur/Prontar Shutter lens #0 and #1)



1953年(昭和28年)秋、東京大学の小穴純教授は日本光学(現Nikon)のエンジニア渡辺良一氏とともに、前年に発売されたSchneider-Kreuznach(シュナイダー・クロイツナッハ)社の新型レンズXenotar(クセノタール)がマイクロ・フィルミングの用途(新聞や書籍を35mmフィルムに縮写する用途)に適しているかどうかを調べる製品試験に当たっていた。二人はF8に絞ったレンズの描写性能を特殊な装置を用いて分析していた。分析結果を目の前にした二人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。Xenotarのとんでもない性能に驚愕していたのである。「このレンズは私が今まで調べたどのレンズよりも優秀だ」。小穴教授はそう言いながら渡辺氏の顔を覗き込むと、渡辺氏は苦笑し、「困ったレンズがでてきたものです」とつぶやいた。


翌年4月、小穴教授は東大の研究室に日本の主要な光学関係者を十数名招き、Xenotarの公開テストを実施した。比較用に国産の銘玉を数本揃え、開発したばかりの試験投影器を用いて、F2.8の開放絞りにおけるレンズの解像力を披露したのである。この試験器は画面中央部から周辺部まで、解像力の画角特性を詳細に検証できるというものであった。テストが始まると見学者達の間にどよめきが沸き起こった。Xenotarはこの公開テストでも国内の最高峰のレンズ達を全く寄せ付けない圧倒的な解像力を示し、その場に居合わせたエンジニア達にドイツレンズの底力を見せつけたのである[注1]。関係者達を震撼させたこの出来事は、後に「クセノタール・ショック(Xenotar SHOCK)」と呼ばれ語り継がれることになる。  


四隅までビシッと写る驚異の5枚玉

PART4: 銘玉XENOTAR(クセノタール/クセノター

前群にガウス、後群にトポゴンの構成を配し、奇跡的にも両レンズの長所を引き出すことに成功した優良混血児をXenotar/Biometar型レンズと呼ぶ。この型のレンズ設計は戦前からCarl Zeissによる特許が存在していたが、製品化され広く知られるようになったのは戦後になってからである。他のレンズ構成では得がたい優れた性能を示したことから一気に流行りだし、東西ドイツをはじめ各国の光学機器メーカーがこぞって同型製品を開発した。この種のレンズに備わった優れた画角特性(周辺画質)と解像力の高さは当時のダブルガウス型レンズの性能を遥かに凌ぎ、テッサーも遠く及ばないと称賛された程である。均一なピント部の画質に加え、広角から望遠まであらゆる画角設計に対応できる万能性、マクロ撮影への優れた適性、一眼レフカメラにも問題なく適合するなど多くの長所が見出され、テッサー、ゾナー、ガウスなど優れた先輩達がしのぎを削る中で大きな存在感を誇示している。

[注1]・・・当時の国産最高峰レンズ(75mm F3.5)の解像力は中心部で1mmあたり80線の微細ストライプを識別できるレベルに到達していた。また、ガウス型レンズについては当時ようやく中央部40線程度の解像力であった。これに対し、XenotarはF2.8という一段分大きな口径比であるにも関わらず、デビュー早々に中央部で180線/mm、周辺部でさえ50線/mmを超える驚異的な解像力をたたき出していた。
左はGaussタイプのBiotar F2, 中央はXenotar F2.8, 右はTopogon F6.3。Xenotarはガウスタイプの前群(緑の着色)とTopogonの後群(赤)を組み合わせたハイブリットレンズである
シリーズ4回目はドイツのSchneiderが1951年から35年以上もの長期に渡り生産していたXenotarである。ドイツ語ではクセノタール、英語ではクセノターと読む。レンズ名の由来は原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosである。このブランドは同社が中・大判カメラ用レンズの主力製品として力を入れ、Rolleiflex用に加え、Linhof-Technika用やSpeed Graphic用にSynchro-Compur/Pronter SVSシャッターモデルなどを生産、少なくとも9種類(75mm F3.5、80mm F2.8、80mmF2、100mm F2.8、100mm F4、105mm F2.8、135mm F3.5、150mm F2.8、210mm F2.8)を市場供給していた。レンズを設計したのは戦後のSchneider社でチーフデザイナーの座についたGünther Klemt(クレムト)で、Xenotar F2.8とF3.5の特許をそれぞれ1952年と1954年に西ドイツ、それらの翌年には米国でも出願している(US Pat.2683398/US Pat.2831395)。Xenotar F2.8は1952年から量産が始まり、はじめは焦点距離80mmの製品が二眼レフカメラのRolleiflex用に市場供給された。また、1956年には廉価版のXenotar 75mm F3.5も追加供給されている。KlemtはXenotarの他にもSuper Angulonを設計(1957年)、また公式な特許記録は見つからないがKodak Retina用に開発された戦後型のXenonシリーズ(Xenon/Curtar Xenon/Longer Xenon)についても彼が手がけた可能性が高いと言われている(A Lens Collector's Vade Mecum参照)。
今回入手した3本のXenotar 80mm f2.8はシュナイダー社が中判カメラ向けの交換レンズとして供給した大口径中望遠レンズである。この内の2本はフォーカルブレーン・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1958年に製造された銀鏡胴モデル(0番シャッター準拠)と1970年に製造された黒鏡胴モデル(1番シャッター準拠)、残る1本はレンズ・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1961年に製造されたシャッターユニット搭載モデル(Synchro-Compur 0番シャッター)となっている。製品のシリアル番号からシュナイダーの製造台帳を辿ると、銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2種についてはPRONTER SVSシャターに準拠した製品と記録されている。しかし、入手したシャッター搭載モデルには上位のコンパーシャッターが付いているため、製造台帳の記録は厳密ではないようだ。レンズは口径比だけでみるとF2.8とややおとなしい印象を受けるが、焦点距離が80mmある事を見逃してはならない。50mmの標準レンズ換算にするとF1.75相当とかなりの大口径レンズであり、その分だけボケが大きく表現力は高い。3本のレンズのうち比較的初期に生産された銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2本には中玉の多くにアンバー色のコーティングが用いられている。アンバーコーティングの導入はXenotarで使用された重金属入りの高級硝材がシアン系の光を透過させにくい性質を持つことに対応するもので、これによるカラーバランスの偏りを補正するために必要な措置であった。一方、1970年に製造された黒鏡胴モデルではアンバーコーティングの多くがマゼンダコーティングに置き換えられている。こうしたコーティングの変遷はシュナイダーの製品に限らず、ツァイスやロシア系レンズにも多く見られる傾向であり、個々のレンズの発色特性に大きく関係している。感触としてはアンバーコーティングを多用した古いレンズの方が青転びや黄色被りなどの発生が顕著で描写が安定しないものの、意外性に富み味わい深い発色が得られている。硝材の進歩とともにシアン光の透過率が向上し、これに合わせてコーティング色も変わっていったのであろう。初期の2本のXenotarがカラーバランスにやや不安定な性質を抱えているのに対し、黒鏡胴モデルはカラーバランスが常に安定しており優等生。オールドレンズ・フリークにおすすめしたいのは、もちろん初期の2本だ。
Xenotarには現代のガウス型レンズのような画面中央部の突出した解像力はないが、そのかわりに四隅まで解像力の落ちない優れた画角特性が備わっている。こういうのを均一性の高い画質とい呼ぶらしい。インターネット上にはXenotarで撮影した作例が数多く公開されている。その中には妙な迫力を感じるものが少なくない。その多くに共通する構図はメインの被写体をアップで撮るというものであり、ハッとするほどシャープな被写体が四隅いっぱいの大きさで広がり、背景のボケが生み出す立体感とともに、言葉にはできない圧倒的な迫力を生み出している。母親のTopogonから受け継いだ端正で高均一な描写特性と、父親のGaussから受け継いだ立体感に富む表現力を高水準で両立させた混血児Xenotarならではの描写表現といえるだろう。
 
Großes Fabrikationsbuch,
Schneider-Kreuznach band I-II,
Hartmut Thiele 2008
プロトタイプの登場
Xenotarは1951年に最初の試作レンズが造られた。Schneider社の生産台帳によると、その第一号は1951年8月に登場した4本のマスターレンズで、焦点距離は80mm、開放絞りはF2.8であった。このモデルは翌年から二眼レフカメラのRolleiflex用として量産が始まっている。続く1951年10月には105mm F2.8のマスターレンズが3本、11月には50mm F2.8が4本、翌1952年1月には150mm F2.8が16本、1952年4月には40mm F2.8のRobot用が5本、翌1953年1月には60mm F2.8が4本試作されている。1953年10月になると105mm F2.8の量産が開始され、続いて1954年2月には75mm F3.5のプロトタイプが4本、1955年5月には85mm F2.8が3本と135mm F3.5が4本試作されている。1956年8月になると75mm F3.5の量産が開始され、Rolleiflex用として市場供給されている。さらに、翌1957年3月には105mm F3のマスターレンズが4本試作されている。全てフォローしきれていないが、他には100mm F2.8や210mm F2.8、100mm F4なども市場供給されていた。また、Roleiflex 6000シリーズ用には80mm F2まで大口径化されたXenotarも販売されていた。しかし、こちらは5群7枚構成であり旧来のXenotar /Biometarタイプではない。なお、上記の試作品のうち40mm, 50mm, 60mm, 85mm, 105mm(F3)の5つのモデルは市場供給されていない。これらの情報はSchneider社の生産台帳(右の写真)に掲載されている。全ての情報を拾いきるのは大変な作業。私は途中で放棄し、おやつに走った。

 
入手の経緯
2011年夏、欧米の金融不安により円の為替レートは空前の1ドル78円まで上昇し、eBayでお買い物をするチャンスが到来していた。シンクロコンパーシャッターのXenotarは同年7月にeBayを介して米国カリフォルニアのSouthside Cameraから510ドルで落札購入した。送料込みの総額は総額542ドルである。この店は最近店舗を閉じeBayでのオンライン取引のみに移行したとのことだ。
Xenotar 80mm F2.8(Compur model): Synchro-Compur-P #0(M32.5マウント), S/N:73*****(1961年に製造された210ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 10枚, 絞り値 F2.8-F22( 手動絞り機構), 重量(実測)204g, レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, シャッターユニットは高級なSynchro-Compur 5枚羽シャッターで最高速度は何と1/500秒と高性能だ




オークションの解説は、「ガラスには全く問題がなく、クモリ、傷、カビ、バルサム切れ、吹き傷またはクリーニングマークはない。ほこりは少しある。絞り羽根は綺麗。シャッターは正常・精確に作動する。写真を細部まで注意深く確認してくれ。コンディションはVery Fine。8.9/10ポイント(この業者はMINTが9ポイントでオールドストックが10ポイントとの表記)。」とのこと。写真を見る限り外観は綺麗で合格で、硝子表面の状態もよさそうである。届いた商品には解説どうりにホコリのようなものがあり、中玉に1箇所、針の先でつついたレベルのコーティング剥離か気泡のようなものがあった。おそらく商品の評価を9ポイントにしなかったのはこの部分を考慮したのであろう。早速、メンテ業者に持ち込み清掃をお願いした。ところが2週間後に清掃からもどると、メンテ業者からショッキングな宣告をされた。ホコリかと思っていたものは実は薄いクモリであるというのだ。返品しようにも手を加えてしまったのでどうしようもない。トホホ・・・。仕方なく山崎光学写真レンズ研究所に持ち込み本格的に修理することとなった。思わぬ出費である。山崎さんにお世話になるのは、これで通算4回目だ。
     続いて黒鏡胴モデル(Black model)は2011年10月にeBayを介し米国アトランタのクオリティカメラ(取引件数10000万件弱、ポジティブフィードバック99.8%)から落札購入した。オークションは499ドルの価格でスタートしたが、私以外に入札があったのは1件のみで難なく競り落とせた。送料込みの総額は534ドルである。
Xenotar 80mm F2.8(Black model): Compur #1(M39マウント/ネジピッチ0.75mm), 重量(実測)184g, S/N:115***** (1970年に製造された157ロットの中の1本), フィルター径 49mm, 絞り羽 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), 光学系構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 絞り指標の数字が天地反転しており、引き伸ばし用レンズのようにも見えるが、シュナイダー製レンズにはExaktaマウント用レンズにしろLinhof-Technika用レンズにしろ、理由はわからないが、一般撮影用レンズにおいて表記が反転しているものを多く見かける。レンズは米国の中古市場に多く出回っているので、おそらくフォーカルブレーンシャッターを持つフォールディングカメラ(Baby Speed Graphic等)に搭載され使用されていたのであろう
商品の解説は「状態の良い伝説のクセノタール。ローライフレックスに搭載されているものと同じだ。多くの人はクセノタールがツァイスのプラナーよりも優れていると信じている。ガラスは美しく、非常にクリアで、カビ、拭き傷、クモリ、コーティングの劣化等は無い。19枚の絞り羽根は綺麗でスムーズかつパーフェクトに作動し美しいボケを形成する。1970年に生産された1本で、非常にレアなタイプである。シュナイダーのオリジナル前後キャップがつく。コレクションにピッタリだ。」とのこと。レンズは落札から1週間後に届いた。小包を開け取り出すと、何と後玉に黒い何かでなすりつけられた様な跡がある。それが傷なのか付着物なのか判らなかったが、当然ながらの返品である。業者に返品の連絡をとる際、マクロ撮影した後玉の写真を見せたところ、「ショックだ。このレンズはあなたに発送する前に何人かが閲覧した。その際についた傷なのかもしれない。本当にすまない。送り返してくれ。返金する。」と返事が来た。「このレンズはなかなか手に入らない品だ。私も非常にショックだ。」と私からも返した。1週間後、返送したレンズを受け取った業者から再び連絡があり「私たちのメンテ業者に清掃を依頼したところ、後玉に傷のように見えた個所は粘着性の固形物が不着していただけで、丁寧にクリーニングしたところ完全に除去できた。除去跡はなく大変きれいだ。完全に改善したので望むなら無料で再送する。」と返してきた。こうして、このレンズは太平洋を1往復半し再び私の手に帰った。もちろん後玉の粘着物は綺麗に取り除かれクリーニングマークすらなく、すっかり綺麗になっていた。
最後の銀鏡胴モデル(Silver Model)は2011年11月に米国ラスベガスの古物商がeBayにジャンク品として出品していたもを激安価格で入手した。出品タイトルには「Schneiderのレンズ」とあるだけで、Xenotarとは一言も記していない。掲載されている写真を拡大し目を凝らしてみると、フィルター枠には確かにXenotarと書いてある。オークションの解説は「素人なので、詳しいことはわからない。国内(米国)のみへの発送」とあるだけなので、出品者に日本への発送を交渉しOKのサインをもらっておいた。高価なレンズであることに出品者はおろか誰も気づかなかったようで、他の入札も無いまま開始価格で私のものとなった。10日後に届いた商品を見てビックリ仰天。これで本当に中判カメラ用なのかと目を疑いたくなるほどメチャクチャ小さいのである。ここまで鏡胴が細くできたのは絞り羽の構成枚数が19枚と非常に多かったためであろう。
Xenotar 80mm F2.8(Silver model): Compur #0(M32.5マウント), S/N:56*****(1958年に製造された98ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 重量(実測) 240g
このレンズは前玉の外表面に重度のヤケがあり、後群にも1カ所だけカビ跡があったため山崎光学写真レンズ研究所で大修理をうけることとなった。修理を依頼するために山崎光学を訪ねた際、山崎さんと少しお話をする機会が得られた。何故かそこでズミクロンの話題になったのだが、その途端に山崎さんと意気投合し、そこから30分もの間、ズミクロンの設計に関するディープな特別講義をマンツーマンで受けてしまった。山崎さんのお話はご自身の思想や豊かな経験に基づく魅力溢れる内容で、何を尋ねても意味のある返答が帰ってくる。しかも、語りっぷりが見事なのだ。こんな講義をタダで受けられるなんて、こりゃラッキー。山崎さんからはレンズに関する貴重な資料のコピーを手土産にと持たされ、その日はいろいろ収穫のある一日であった。さて、修理から戻ったXenotarであるが、前玉は研磨と再コーティングで改善し、後玉のカビ跡も特製のカビ取り剤を用いて見事に改善、実力を引き出せるレベルを取り戻していた。
XenotarはRolleiFlex用に市場供給されたものが多く、単体で中古市場に出てくることは少ない。今回手に入れた3本のレンズともeBayでの相場は500~750ドル程度である。ただし、Linhof-Technika用のXenotarだけは大判用のためであろうか、相場価格が少し高く、1000~1500ドルで取引されている。また、今回は入手しなかったのだが、ガラス面にマルチコーティング処理が施されたExakta66用(ペンタコンシックスマウント)とRoleiflex 6000シリーズ用のモデル(80mm F2.8)もあり、中古相場は前者が800~1100ドル、後者は1200~1500ドル程度となっている。
 
M42ヘリコイドユニットへの搭載
シャッター用レンズは一般にヘリコイド(光学部の繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには改造が必要となる。一番簡単な改造は、別途単品で用意したM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。


M39-M42アダプターリング(赤の矢印)を介してヘリコイドユニットにマウントしたものが右側の完成品。このアダプターリングはeBayで5ドル程度(送料込)で売られている
黒鏡胴モデルはマウント部がコンパー1番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM39スクリューネジ(ネジピッチ0.75mm)となっており、M39-M42変換リング(写真の赤矢印)を介してヘリコイドユニットへと装着することができる。ただし、一般的なM39マウントとはネジピッチが異なるため、変換リングをねじ込むことができるのは7割程度の位置までである。かなり強引な装着法ではあるが、しっかりとはまるので、強度的には問題ない印象だ。一方、銀鏡胴モデルとシンクロコンパーモデルの2種はマウントネジが0番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM32.5のスクリューネジとなっており、そのままではヘリコイドユニットに装着できない。いろいろ試行錯誤した結果、レンズに付属しているボード装着用リングを用いてM42マウント化できることがわかった。下の写真のようにM39-M42変換リングをレンズのマウント部と装着用リングの間に挟んで固定するのである。都合良く変換リングの内枠に装着用リングがピッタリとはまり動かない。Yes We Can!
 

ただし、この方法による改造はマウント部の耐久性に若干の不安が残るので、心配ならば改造店などに持ち込み、きちんと改造してもらった方が良い。私にはこれで充分だ。
こうして、大がかりな改造もなく3本のレンズをM42ヘリコイドユニットへと装着することができた。ちなみに私が入手したヘリコイドユニットは最近発売されたばかりの中国製の高伸張タイプで、eBayでは常時売られているアイテムだ。フォーカスはややオーバーインフ気味になるものの、スペーサーをはめて調整すればピッタリ無限遠点に合わせることもできる。また、M42-Nikonアダプターを介してNikonの一眼レフカメラに装着する場合にも、補正レンズなしで無限遠のフォーカスを拾うことができる。フルサイズ機でもミラー干渉はない。ちなみにRolleiflex用のXenotarはレンズを取り出した後にシャッターを分解し取り除く必要があり、改造の難易度はやや高そうである(thanks to adequate information from Mr Kitaguni)。
Sony A7への装着例。ミラーレス機で使用する場合にはヘリコイド鏡胴の側面での反射がハレーションを引き起こす可能性があるため、対策には万全を期すのがよい。写真のように一回り太いM52-M42ヘリコイドを用いたり、ステップダウンリングでイメージサークルを必要最低限の大きさにトリミングしておくと効果的である



Bronica-M42マウントアダプターを介してXenotarをBronica S2にマウントした。80mmのXenotarではレンズをカメラの内部に沈胴させるなど特別なことをしない限り無限遠のフォーカスを拾うことはできない。ここではマクロ域の撮影結果のみをお見せする

撮影テスト
Xenotarは高解像で硬諧調な設計理念を徹底的に追及したレンズである。解像力では銘玉Summicronと肩を並べ、キレのある描写は現代のレンズと比べても全く見劣りしない高い水準にある。コントラストはモノコート時代のレンズということで決して高くはないが、暗部には驚くほど締まりがあり、硬質感のある鋭い階調表現は鷲の目と呼ばれたテッサーを彷彿させる。キレと鋭さの相乗効果を意味するシャープネス(解像力×諧調の鋭さ)は極めて高いレベルに達している。大口径レンズにしては光学系のバランスが比較的良く、高分散・低屈折率の高級硝材がふんだんに使われていることもあり、非点収差が良好に補正されている。このため、ピント部は四隅までビシッとシャープで像面湾曲も殆どない。アウトフォーカス部もグルグルボケや放射ボケは極僅かに発生するレベルまで抑えられている。どういう原理かは知らないが、このレンズにはコマフレアが殆ど出ずヌケが良い。コマフレアの特効薬と言えば、真っ先に思い浮かぶのは空気レンズである。ある本ではXenotarがズバリ空気レンズの効果を取り入れていると解説している。しかし、光学系図の一体どこに空気レンズがあるのか私には一見しただけでは判断できない。球面収差の補正は開放絞りからスッキリとシャープに写る完全補正型である(ただし完璧な完全補正レンズは存在しないので、厳密には僅かに過剰補正になっている)。開放からみられるフォーカス部のキレをうまく生かせば、後ボケとの相乗効果により、狙った被写体だけをフッと浮かび上がらせ立体的に見せることができる。ピント部の細かいところに目を運ぶと、大抵のオールドレンズではモヤモヤとソフトな像になるが、Xenotarでは質感がキッチリと保たれ、髪の毛の1本1本、衣服に付着した糸くずなど細部に至るまでギッシリと高密度に描ききっている。ただし、階調表現は鋭く硬質感が漂うため、女性のポートレートなど柔らかさが求められるケースには向かず、男性のゴツゴツとした肌や建築物、ブツ撮りなど細部の質感が求められるケースに適している。後ボケは硬いが完全補正型のためか目障りな乱れ方にはならない。注目すべきは近接撮影時のボケ味であり、ガウス型レンズとは異質の独特なボケ方を示す。ガウス型レンズでは像の輪郭が拡散するように柔らかく、なだらかにボケるが、Xenotarでは像が崩れずに形を保ちながらユラユラとゆらめくように見えるのだ。ちょうど水面から浅い水底を眺るときのような光景だ。発色はやや青が強く、シュナイダー製レンズに特有のクールトーン調である。この性質は前期型の2本(シルバーモデルとシャッター搭載モデル)において特に顕著に表れるようで、シャドー部、夕刻など低照度の条件下、逆光撮影などでは青みが特に増す。この種の青は肌の色再現に素晴らしい効果を生むときもあれば、血色の無い冷たい色となることもある。官能的な表現、病的な美しさなどに通じており、玄人受けする発色特性といえるだろう。また、ときどき黄色被りを起こすこともあり描写には不安定な面白さがある。後期型の黒鏡胴モデルは発色が比較的安定しており前期モデルの2製品よりも色再現性は高い。
Xenotarの描写設計には万人受けする柔らかな階調を徹底排除したある種の潔さ、あれもこれもと欲張らず一つの特徴を究極まで高めた強くたくましい根性を感じる。戦後のドイツの光学産業が持てる技術の粋を集め造り上げた傑作レンズの一つであることに違いはない。
 
中判銀塩撮影
camrea: Bronica S2, film: Fujifilm Pro160NS and Kodak Portra 400
 
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:条件の厳しいマクロ域での撮影にもかかわらず、ピント部・背後ともに安定感のある写りである
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:銀塩ネガ・フィルムとの愛称はとても良く、やや青みののった上品な発色となっている
F2.8(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:開放から全く隙の無い写りだ
F8(銀塩), Kodak Portra 400(6x6)+Bronica S2:近接域に限定した撮影なので収差変動の結果からボケ味はどの作例でも柔らかいが、ポートレート域ではもう少しザワザワするものと思われる
35mm版カメラ
銀塩ファイル無撮影 camera: Pentax MX/MZ-3, film: Fujifilm Superior 200 and SuperPremium400, Kodak Pro XL100

デジタル撮影 camera: Nikon D3, Sony A7
 
F5.6 Black model,銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) :  こういう具合に被写体をアップで撮影するのがオススメだ。本当はパパイヤ鈴木さんのようなアフロヘアの人物を撮りたかった

F4, シャッター搭載モデル(compur-shutter model), Nikon D3 digital, AWB: こんどはデジタル撮影。現代のレンズによくあるコテコテとした発色に浸っていると、時々こういうあっさりとした発色に心地よい感触を覚える。解像力も十分で一段絞るだけで衣類の質感やホコリなどが細部までしっかりと描写されている。被写体は義妹と婆ちゃん



F8, シャッター搭載モデル(Comppur shutter model), 銀塩撮影(Fujifilm SuperPremium 400, Pentax MZ-3): レンズはモノコート仕様なのでコントラストは決して高くないが、それでも暗部が浮き上がることなく、シャドー部に向かって階調がストンと落ちてゆく傾向がある。曇天時の撮影ではシュナイダー製レンズらしいクールトーンな発色となっている
F8, silver-model, 銀塩撮影(Kodak Pro XL100)  このとおり隅々までバキバキの解像力だ。この作例では発色が少し黄色に転んでいる

F8, Sony A7(AWB), ロマネスコというローマのカリフラワ種で味はブロッコリーに近い

F8, Black model, sony A7(AWB): シュナイダーのレンズは青黄色系統のバランスが他のメーカーのレンズに比べ転びやすいのが特徴で、光の当たり方で発色が大分違って見える





F5.6, Xenotar Black Model 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) 黒潰れは避けられているが、やはりシャドー部に向かって階調がストンと落ちる感じだ
左 F2.8(開放)/右 F5.6, silver model,  銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) このレンズは収差の補正が完全補正型であり、ご覧の通り開放絞りからトップギアが入っている。開放でもピント部には充分な解像力があり、暗部には締まりがある
F2.8(開放) Black model, sony A7(AWB), 開放でのショットも一枚入れておく。やはりボケに特徴がある

F2.8, Black model, Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影時のボケには大きな特徴があり、アウトフォーカス部の像が形を崩すことなくユラユラと見える。これもXenotarらしい描写表現である。点光源が青っぽくなるのは、このレンズにはよくあること。作例は人面果実

クセノタールらしさを表現するキーワードはズバリ「色」「ボケ味」だ!
Xenotarがいかにシャープなレンズと言えども、コンピュータで設計された現代のレンズを基準に考えれば平凡なものである。このレンズの価値は失われてしまったのであろうか。
そんな事は無い。デビュー当初は圧倒的なシャープネスで中判界に君臨していたが、年を重ねるうちに他のオールドレンズ同様、味のある発色特性で勝負のできる「変化球」を身につけた。今更こんな切り出し方をするのも変な展開であるが、このレンズの描写の真の特徴は「色」なのではないだろうか。オールドレンズらしい味のある発色特性を備え、ここまでシャープに写る製品が、現代のレンズも含め他にあるだろうか。少し描写の傾向は異なるが、ズミクロンはそれに近い系統なのであろう。近接撮影でのユラユラとしたボケ味もXenotarならではの特徴であり、ガウス型レンズ全盛の現代では得ることのできない描写表現の一つといえるだろう。そして、何よりも大切なのは、このレンズが日本の光学機器メーカーを驚愕させ、日本のカメラ産業は世界一だなどと浮かれる技術者達の鼻をへし折った「銘玉」であるということだ。私にはこれだけ揃えば切り札としては充分。性能では表しきれない計り知れないものを背負い、ユーザーに揺るぎない自信を与えてくれるオールドレンズ・クセノタール。写真の良し悪しを左右するのはレンズではなく人なのだと、最後にそっと教えてくれる素晴らしいレンズなのだ。

2012/01/27

Arsenal Vega-12B 90mm F2.8 (P6 mount) ベガ12B



 
四隅までバリッと写る驚異の5枚玉
PART3: ARSENAL VEGA-12B 90mm F2.8
BIOMETAR/XENOTAR型レンズは旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaと緊密な関係にあったロシア(旧ソビエト連邦)でも生産された。シリーズ第3回は老舗光学機器メーカーのARSENALが中判カメラ向けに生産したVega-12B 90mm F2.8である。ロシアで本格的なBiometar型レンズが造られたのは1970年頃からと意外に遅かった。それ以前にもVega-1(1957年試作)やVega-3(1964年発売)など近い構成を持つレンズは造られていたが、輸出先の西側諸国で1950年代前期に開示されたXenotar特許がロシア国外にレンズを輸出する際の障壁となったことから、ロシア政府はBiometar型レンズの開発プランを先送りしていたようである。ロシア製Biometar型レンズは1960年代末に引き伸ばし用のVEGA-5UとVEGA-6Uが開発されたのを皮切りに、特許の期限が切れる1970年代初頭からバリエーションを急激に増やし、一般カメラ用レンズはもとよりムービーカメラ用レンズや引き伸ばし用レンズ、ビューレンズにまで裾野を広げている。

左側は1957年にロシア政府の直轄光学研究所であるGOI(Gosudarstvennyy Optical Instituteによって試作されたVegaシリーズ初期の試作品Vega-1 5.2cm F2.8の光学系断面図である。GOIのカタログに掲載されているスケッチをトレースした。前群の構成がBiometar / Xenotar 型レンズ(右)とは明らかに異なっており、見方によっては変形トポゴンタイプと表現することもできる。右側はVega-12b 90mm F2.8の光学系。ロシアでは Biometar / Xenotar型レンズとその変形版レンズに対して慣例的にVEGAの共通シリーズ名が付与される。レンズ名の由来は七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaである
今回手にするVega-12B 90mm F2.8は中判カメラのKIEV-6C/60用レンズとして1971年頃から生産されたBiometar/Xenotar型レンズである。ロシアンレンズの中でも描写には高い評価があり、知る人ぞ知る隠れ銘玉と評されている。Kiev-6CはCarl Zeiss Jenaの中判カメラPentacon Sixのロシア版コピーである事から、レンズは明らかにZeissのBiometar 80mmを意識した製品のようである。興味深いのは、このレンズが90mmという変わった焦点距離を採用している点であり、旧東ドイツのZeiss Jena1949年に試作した6本のBiometar 90mm F2.8(プロトタイプ版を思い起こさせる。戦後のロシアではCarl Zeissブランドのデッドコピーが数多く生み出されたことから、VEGA-12BはBiometarのプロトタイプをベースに設計されたコピーレンズなのではないかという考えに至るのは極自然な発想である。しかし、この筋書きには一つだけ不可解な点が残る。次の構成図を見て欲しい。
Vega-12BはXenotarのように絞りを挟んで同心円状に丸みを帯びたダルマのような形状でありBiometarとは明らかに異なる光学系である。このような形状は広角部の画質(画角特性)を重視する際に有効があり、非点収差の補正効果を高める働きがある

左からBiometar、Vega-12B、Xenotarである。Vega-12Bの光学系はBiometarよりも前群の構成レンズが薄く造られており、貼り合わせ面が平坦、全体的にダルマのような丸みのある形状であり、明らかにBiometarよりもXenotarに近い特徴を持つ。全く想像でしかないが次のようなストーリーが繰り広げられたと考えることができる。
  旧東ドイツでは工業製品の開発がロシア政府の厳重な管理下に置かれていた。それらの多くが兵器の開発につながるからである。Zeiss Jenaの光学製品も例外ではなく、カメラやレンズの設計資料はロシア政府の直轄光学研究所であるGOIの手に渡り、GOIはこの資料をもとにZeissブランドのコピー製品を試作、自国の光学機器メーカーに技術供与していた。1957年にGOIが行ったVega-1 5.2cm F2.8の開発も、前の年の1956年にZeiss Jenaが同じ焦点距離を持つBiometar 50mm F2.8の試作品を開発した事に連動している。Biometar 90mm F2.8やPentacon sixの開発資料も1950年代にはGOIの手に渡っていたはずである。ロシアではカメラやレンズの開発と西側マーケットへの輸出は外貨獲得の有効手段として重要視されていたため、本来ならば間もなくPentacon sixとBiometar 90mm F2.8のロシア版コピー製品が登場するはずであった。ところが製品の開発計画を狂わせる出来事が起こった。1950年代初頭、西側諸国でSchneider社がXenotarの国際特許を開示したのである。特許の内容は戦後の混乱で特許申請が遅れていたBiometarの設計に極めて近いものであったため、これが認可されたことはロシアのGOIにとって想定外の事件だったのであろう[注1]。自国の力が及ぶ東独ZeissのBiomtar特許だけならば第二次世界大戦の賠償問題に託けてどうにでもできたが[注2]、Xenotar特許は西独メーカーが保有する権利のため、ロシア政府が国外へレンズを輸出する際には国際法律上、どうあがいてもシュナイダー社に対しライセンス料を支払う義務が生じたのだ。こうしてロシアにおけるカメラとレンズの開発は1950年代にいったんは計画されたものの、XenotarやBiometarの国際特許が期限切れとなる1970年代初頭まで凍結されることになった。
 さて、15年の歳月が経ち開発計画がいよいよ再開となる頃、Xenotarの描写力に対する世間の評判はただ事ではなく、それは高性能なBiometarをも凌駕していた。そこで、ロシアのGOIは新型レンズVega-12Bの設計の模範をBiometarからXenotarへと変更したのである。そして、90mmという焦点距離だけがBiometar計画の面影として残った。つまり、ロシアは1970年代になってからXenotarに恋してしまい、許嫁のBiometarとの関係を捨て、浮気に走ったのではないかと言いたいのである。このシナリオは深読みのしすぎであろうか。

注1・・・Biometarは1949年に開発されているが、米国での特許取得が実現したのはそれから10年も後の1959年である。東独メーカーの自由な企業活動には一定の制限があったようである。

注2・・・実際、戦後に東独Zeissが生んだFlektogon 35mmのケースでは、西側諸国のメーカーがこのレンズに相当する特許を保有していなかったため、何の障害も無くコピーされMir-1となった。
フィルター径 58mm, 絞り羽の構成枚数 6枚, 絞り機構は自動絞り, 重量(実測) 372g, 最短撮影距離 0.6m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 4群5枚, ペンタコンシックスマウント(Kiev-6C/60)とKiev-88マウントの2種のマウント規格に対応している



後期型(左)は絞り羽の色がシルバー、前期型(右)はブロンズゴールドである
レンズの入手
eBayにはロシアやウクライナのディーラーがロシア製中古レンズを大量に出品しており、検索すれば大抵の製品はヒットする。Vega-12Bも常時出品されているので、じっくり時間をかけて探せば状態の良い品に巡り合うことができる。購入時の注意点として伝えておきたいのは製品の状態に対する格付けだ。ロシア製品を扱うディーラーの多くは商品の最上位の格付けに「NEW」の表記を使う習慣がある。MINT(新品同様の中古)の上に更にもう一つ上位の格付けを設けているのだ。中古品が基本のオールドレンズにNEWの表記を用いるのも変な気がするが、この格付けは本来、中古市場に大量に残存している80~90年代に生産されたロシア製品のオールドストック(販売歴のない古い在庫品)に対して用いられていた。しかし、最近では新品に近い中古品(いわゆるMINT状態の中古品)に対してもNEWの格付けを用いるケースが多くなっている。ロシア製レンズの輸入経験が豊富な知人によると、NEWの格付けを最高位に置く業者の場合、MINTやEXCELLENTの品質基準は一般の基準よりも低いケースが目立つという。MINT状態なので安心して購入したものの品質の低さにがっかりするケースがロシア製品には多いというのだ。ロシア製レンズを購入する場合には出品者の取引履歴や出品中の他の商品に対する記載を事前によく分析しておく必用がありそうだ。また、これは特殊な事情を背景に持つロシア製品に限った傾向なのでドイツ製品などに当てはまるものではない。
 さて、今回入手したVega-12BはeBayを介し、2011年8月にウクライナの中古レンズ業者から110ドル+送料の即決価格で落札購入した。商品の解説は「MINTコンディションのレンズ。ガラスはクリアで傷、ホコリ、カビ、クモリはなく、絞り羽根に油染みはない。鏡胴には傷やダメージは無い。レンズはPENTAX K20で実写テスト済み」とのこと。写真を見る限り状態はかなり良さそうに見えたが、MINTの上にNEWの格付けを置くセラーなので油断はできない。届いたレンズは少々のホコリの混入と拭き傷が2本あった。実用派の私には充分な状態であるが、やはり本来あるべきMINT CONDTIONではなかった。この一段階低い品質基準を「ロシアンMINT」と格付けしたい気分にさせられた。本品のeBayにおける相場は100-120ドル程度であろう。
 
撮影テスト
Vega-12Bは開放絞りからカッチリとシャープに写るレンズであり、柔らかさを残すBiometarとは描写設計がだいぶ異なっている。1段絞るとシャープな領域は画像中央部から四隅へ広がり、2段絞るあたりからは後ボケとの相乗効果によって、狙った被写体が浮き上がり立体的に見えるようになる。階調表現が鋭く硬質感が漂う描写のため、女性のポートレートなど柔らかさが求められるケースよりも男性の撮影や建造物、ブツ撮りなどの撮影に適している。もともと近接撮影に強く、最短撮影距離は僅か0.6mと短いので、花や虫などの接写にも対応できる万能性を有する。硬派な写りを好むユーザーの期待に確実に応えてくれる頼もしいレンズだ。後ボケは硬く、ザワザワと乱れることもあるが目障りな程にはならない。むしろこの硬さは絵画的な効果を生むので、積極的に利用すると面白い写真が撮れる。色再現は癖もなく忠実で、フレア対策がキッチリとできていれば色のりは良好だ。ただし、逆光撮影に弱く発色が淡くなるため、不要な光をしっかりとブロックする必要がある。屋外撮影時にはフードの装着が必須である。
 
フィルム(銀塩)撮影
CAMERA: EOS Kiss (スーパーの中古品売り場で1050円にて入手)
HOOD: minolta metal hood(80mmからの焦点距離に対応)
FILM: Kodak Super Gold 400/ EuroPrint 100
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) Biometar/Xenotar型レンズの長所を引き出すならば、四隅まで使い被写体を大きく撮るのがおすすめだ
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) 夕日をうけ発色が黄色みを帯びている
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) 2段絞れば周辺部もたいへんシャープな画質だ
F8 銀塩撮影(Kodak SG400, 露出は1段アンダー補正)
F11 銀塩撮影(Kodak SG400)  硬いボケの良さは像が崩れないことである。絵画のような美しいボケとなる
F8 銀塩撮影(Kodak SG400)
F2.8 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味)

デジタル撮影
Camera: Nikon D3
Hood: minolta metal hood(80mm規格)

F2.8 Nikon D3 digital(AWB): 中央部は絞り開放から高解像だ。ボケは硬いが目障りな程でもない。色のりはとても良い印象だ
 
F4 Nikon D3 digital(AWB): 1段絞れば高解像領域は周辺部(足下のあたり)にまで広がる。ジュースがそんなにうまいのか
F5.6 Nikon D3 digital AWB: 2段絞ると狙った被写体がフッと浮き上がり立体的に見える
F4 Nikon D3 digital AWB ISO 2000: 後ボケの硬さが油絵のような特殊効果を生みだす。像の輪郭が崩れない硬いボケならではの写真効果だ。世間にはフワッと溶けるような柔らかいボケを好む人が多いがこういうボケも悪くない


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