おしらせ


2011/08/03

ZOOMAR München Macro Zoomar 50-125mm F4 (M42)







ズームレンズの発明者Back博士の開発した
世界初のマクロ撮影用ズームレンズ
 ZOOMAR(ズーマー)社はオーストリア出身のDr F.G.Back(バック博士)という人物が1940年代半ばに創設した米国ニューヨークに拠点を置く光学機器メーカーである。バック博士は1946年に世界初のズームレンズとなるZOOMAR 2.9/17-53(16mmのシネカメラ用)を発明した人物として知られている。1959年にはスチルカメラ用にZoomar 2.8/36-82を開発し(こちらも世界初)、Voigtlanderのブランド名でOEM供給した。写真用語として定着したズームレンズの「ズーム」は彼が創設したZOOMAR社の社名から来た派生語である。同社はレンズの生産を委託していたミュンヘンのKilfitt(キルフィット)社を1968年に買収し、1971年までレンズの生産を継続した。
 今回紹介する一本はZOOMAR社のBack博士が設計し、ミュンヘンのkilfitt工場で1960年代後半に生産されたMACRO ZOOMAR 50-125mm F4である。設計があまりにも高度なため、製品化は到底困難とされていたマクロ撮影用ズームレンズを世界で初めて実現した銘玉であり、史上初のマクロレンズとズームレンズをそれぞれ世に送り出したドイツkilfitt社と米国Zoomar社が手を組んで生み出した意欲作である。レンズの構成は不明だがコンピュータ設計による複雑な光学系を持ち、光を通すとかなりの数の構成レンズを内蔵していることがわかる。最大撮影倍率は125mmの望遠撮影時で0.5倍に達する。被写体からレンズ先端までの距離(ワーキングディスタンス)を長くとることができるので、カメラを三脚に固定したまま、あらゆる撮影シーンに対応することができる。対応マウントはM42に加え、少なくともNikon, EXAKTA, Leica-Rを確認できる。レンズの外観に対する第一印象は、まるでコケシ・・・。ズームができる黒コケシだ!。美しいラインを持つ鏡胴形状やピントリングと絞りリングの側面についたゴムのヒダ、黒地の金属鏡胴をとりまくシルバーの太いラインなど個性的なデザインが目を引く。鏡胴の前方にはスライド式の金属フードがビルトインされており、たいへん凝った造りだ。
★F.G.Back博士
 Dr Frank Gerhard Back(バック博士)は1902年8月25日にオーストリアのウィーンに生まれ、ウィーン工科大学で工学修士(1925年)と理学博士(1931年)の学位を取得した。卒業後はウィーンで自営のコンサルティングエンジニアとして7年間働き、1938年9月から1年弱をフランスで過ごした後に米国へと移住している。ニューヨークではエンジニアとして数社を巡り渡り、1944年にResearch and Development Laboratoryという名の会社を設立している。その数年後にZOOMAR社を設立、同社の社長兼技術顧問に就いた。博士が現在のズームレンズの原形となる画期的なアイデアを考案したのは1946年のことである。
 Back博士は単なる技術者ではなく、科学者としての精神を持ち合わせていた。彼は20世紀最高の科学者Dr. Albert Einstein(アルバート・アインシュタイン博士)と深い親交があり、アインシュタイン博士の相対性理論が予言する重力レンズ効果の決定的な証拠を1955年の皆既日蝕中の天体観測によって捉えようと試みたのである。Back博士は太陽の重力によって引き起こされる星の光の光学的歪を写真に収めるため、観測用の特別なZOOMARレンズを開発し、1年がかりの準備期間を経た後にフィリピン諸島へと旅立った。このあたりの詳細はBack博士の1955年の著書「HAS THE EARTH A RING AROUND IT?」に詳しく記されている。残念なことに観測の2か月前、バック博士がフィリピン滞在中にアインシュタイン博士は他界している。
 Back博士は生涯を通じて光デバイス機器やズームレンズ技術に関する幾つかの重要な発明を行い、光学機器産業や写真産業の分野に大きな功績を残した。また天文、医療、産業、軍需など関連分野の発展にも寄与し、英国王立写真協会、映画テレビ技術者協会、米軍技術者協会などから名誉ある賞を受賞している。博士は1970年にZOOMAR社を退き、1983年7月にカリフォルニア州サンディエゴで死去している。

★入手の経緯

 本レンズは2011年2月にドイツのクラシックカメラ専門業者Photo Arsenalのオンラインショップから購入した。商品の解説ページに記されていたランクはAB(near mint)で、軽度の使用感はあるが状態の良い完動品とのこと。商品はドイツからの空輸され、購入手続きを経てからたったの3日で私の手元に届いた。クレイジーな速さである。このレンズは生産本数が僅か1000本と稀少性が高いため、eBayでは1000ドルを超える値で売り出されていることも珍しくない。僅かなホコリの混入はあったが、ガラスに拭き傷やカビ等の問題はなく状態は良好、たいへんラッキーなショッピングであった。

フィルター径 52mm, 絞り羽根 7枚, 重量(実測) 615g,焦点距離 50-125mm,最大撮影倍率 1:2(125mmの望遠時に0.5倍で最大となる) 絞り値 F4-F32,絞り機構 自動/手動切り替え式, 鏡胴の中央部にはZoomar社のロゴである。Zの文字の中央部にkilfittのマークが記されているフィルタ枠に記されたメーカー名もKilfittではなくZoomar Münchenとなっているので、 この個体が製造された時期は1968年~1971年頃だったに違いない。ズーマー社の社名でもありレンズ名でもあるZoomarは、ズームレンズの語源にもなっていりが、元来はブーンという音を表す擬声音で飛行機が急角度で上昇する意味
本体にビルトインされているスライド式フード
★撮影テスト
 収差を徹底して抑え込み解像力を高めたマクロ撮影用レンズと、全ての焦点距離で画質を均一に安定させる高度な補正機能を備えたズームレンズ。これら2種のレンズの設計を「攻め」と「守り」に例えるならば、マクロ撮影用ズームレンズを実現するとは、1本で攻守の双方に秀でた万能レンズを生みだすようなものである。それがいかに困難な開発であるのかは私のような一般ユーザにも容易に想像することができる。この種のレンズを製品化する事など1960年代には到底困難とされていたに違いない。それを実現可能にしたのはコンピュータによる設計技法の進歩とガラス硝材の高性能化である。こうした機運の到来によって1960年代後半に生みだされた世界初のマクロ撮影用ズームレンズが今回紹介するMACRO ZOOMARというわけだ。
 MACRO ZOOMARの描写力を卑しくも単焦点マクロレンズやズームレンズと比べ、良いだの悪いだのと厳しく評価することに大した意味はない。本レンズの長所はそれ以外のところにあるからである。以下にレンズの描写について気づいた点を列記しておく。
  • 開放絞りにおける解像力は高くない。望遠側では甘くソフトな像になり、高倍率撮影を行うと被写体の輪郭部に薄らとハロが発生することがある。マクロ撮影を行う場合は絞って使うことが前提のようだ。
  • フィルム撮影では問題視されることのなかった色収差(軸上色収差)が、デジタル撮影では顕著に表れる。被写体の輪郭部が色づいて見える事がある。
  • ボケ味は悪くない。2線ボケやグルグルボケによって背景の像が乱れることはない。
  • 発色は癖もなくノーマルだが、開放絞り付近で黄色に転び温調なカラートーンになることがある。
  • 階調表現はなだらかで良好。真夏日の条件下でも暗部は良く粘り、黒潰れが回避される。
  • 姉妹品のVoigtlander Zoomar 2.8/36-82mmは画像端部で像が流れるが、本レンズではこの点が改善されている。
 以下、順を追ってフィルム撮影とデジタル撮影による作例を示す。もちろん無修正・無加工だ。

★フィルム撮影
Canon EOS kiss + M42-EOSアダプター
F11 銀塩撮影 FujiColor Super Premium 400: 真夏日の高照度な条件下においても暗部がよく粘り、階調表現が焦げ付くことはなかった
F8 銀塩撮影 Euro Print 400(イタリア製): このフィルムを用いた作例の多くでノイズが顕著に出てしまった。マクロ撮影では手ぶれ防止のために高感度フィルムを用いるケースが多くなるのでフィルム選びは重要
★デジタル撮影
Nikon D3 + M42-Nikonアダプター(補正レンズの無い薄型タイプ)
フランジバックの規格によりNikonでは無限遠のピントを拾うことはできないが、5m先程度までなら合焦は可能なので実用的にはこれで充分だ
左はF4で右はF8。Nikon D3(AWB, ISO1250), 焦点距離 75mm: 開放絞りでは結像が甘い
F5.6, Focal Length 50mm(上段)/125mm(下段), Nikon D3(AWB, ISO800)  :この通りにボケ味は悪くない。この作例では発色が黄色に転び、実際よりも温調カラートーンになっている。トマトなのに人参みたい
F11 Nikon D3 digital(AWB,ISO800):  焦点距離50mmの広角側では、このくらいの最大撮影倍率となる。花びらの輪郭に色収差がはっきりと見える

 MACRO ZOOMARを皮切りにマクロズームレンズが次々と登場したことで、ズームレンズの持つ利便性をマクロ撮影の分野でも享受できるようになった。焦点距離が固定されてしまう単焦点レンズを用いた撮影では、画角調整の必要が生じる際の対応を三脚の位置決めからやり直さなくてはならないが、ズームレンズではこの過程が省略されるため、微調整を速やかに終えることができる。このレンズはプロ向けに造られたのであろう。

2011/07/13

Schneider-Kreuznach Jsogon (Isogon) アイソゴン 40mm F4.5(M42) Rev.2







クールトーンな西独のレンズ達 2:
シュナイダー・ファンにも知る人は少ない
小さなヴィンテージレンズ

今回はいよいよ「シュナイダー・ブルー」の発色特性で知られるSchneider-Kreuznach社のレンズが登場だ。青に特徴のあるこの種の発色特性を好まない人は恐らくこんな体験をしたのであろう。「シュナイダーのレンズをカメラにつけて森林に分け入り風景を撮る。すると、撮影結果の中の草木の緑が、どうもいつもとは違う発色であることに気付く。光の当たる部分は黄緑に転び影の部分は青緑になるなど緑の発色に連続性が無く、照度に応じて色彩が不安定にコロコロと変化するのだ。あまり気にせずに撮影を続けると、今度は木々の隙間の奥深くにあるシャドー部がどうもおかしく見えてくる。やや青味がかったようにも見え、薄暗い辺りに何かあるような気味悪い感覚に陥るのだ。もう風景撮りはいやだと人を撮影することに。すると、今度は肌が青白く美しい死体のように血色感がない。背景もろとも、まるで映像の中のテレビ画面を見ているような感覚になり・・・。ひゃ~、こんなレンズもういやだ!」とまぁ、こんなふうになるわけだ。しかし、使い方を心得れば良い部分もいっぱいあるので、第2弾では、そこらあたりを伝えたい。
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今回再び紹介するJsogon(アイソゴン[注1])はドイツのSchneider(シュナイダー)社が1950年代初頭に生産した一眼レフカメラ用の準広角レンズである。生産総数は僅か725本であり、1950年9月29日に最初の製造ロット125本の一部、もしくは全てがM42マウントとして生産された。残る600本は全てExaktaマウントとして生産されている。入手した個体は希少価値の非常に高い初期ロット125本の中の1本である。Exaktaマウント用のJsogonは本ブログで過去に取り上げているが、残念ながらその時の個体にはガラスに薄らとクモリが入っていたため、100%の描写性能を紹介することができなかった。今回のJsogonは状態がよく、本来備わっている実力を紹介できる。
Jsogonの光学系は4群4枚の珍しいDialyt型で、対称な設計構成ならではの高い平面性が得られる点を長所にしている[文献1]。JsogonはTessar 40mmに次ぐ一眼レフ用広角レンズの第二号といわれている。面白そうなレンズだ。
レンズの鏡胴は真鍮ベースのクロームメッキ仕上げで造りが非常によい。鏡胴のメッキに傷の入った部分からは地金の真鍮ゴールドが露出し、これがたまらなく良い味をだしている。前玉がフィルター枠よりもだいぶ奥まったところに位置しているので、鏡筒がフードとしての役割を兼ねているようだ(このレンズにはフィルター用のネジ切りが無い)。40mmという焦点距離はAPS-Cセンサーで使用してもフルサイズ機や銀塩カメラで使用しても標準レンズに近い使いやすい画角が得られ万能だ。本ブログで過去に扱ったJsogonとは鏡胴のデザインが少し事なり、本品の方が全長が少し短く、重量も100g弱軽いなど軽量でコンパクトにできている。何か差別化する理由でもあったのであろうか。

[注1] JSOGONとかいてアイソゴンと読むそうだ。ドイツ語では単語の先頭にあるJとIの読みが入れ替わることがあり、例えばエキザクタで有名なイハゲー社はJHAGEEと記される。

文献[1] Photographic Optics, by Arthur Cox.( 1979 Spanish edition )

★入手の経緯
2011年6月にドイツ版eBayを介して個人の出品者から送料込みの総額165.5ユーロで購入した。商品出品時の解説は「シュナイダー・クロイツナッハ社が製造したM42マウントの品。レンズは経年にしてはとてもよい状態だ。絞りはグッド。ピントリングの回転もグッド。ガラスもグッド。少しホコリがあるようだ。キャップが付属する」とのこと。この出品者はビックリするようなレアなレンズをポツリ・ポツリと出す人物なので個人的にマークしている。たぶん大物コレクターではないかと勝手に想像している。商品は初め175ユーロ+送料5.5ユーロで発売されていたが、値切り交渉を受け付けていたので、160ユーロでどうかと交渉したところ、私の物になった。1週間後に出品者から届いた個体には解説どうりに軽度のホコリの混入が見られたが、この程度なら描写には全く影響はない。今回は良い買い物であったと思う。
本品は珍しいレンズなのでEXAKTA版でも相場価格はやや高く、米国版eBayではケビンカメラがプライスリーダーとなり400ドル~500ドル程度で出品している。このJsogonにM42マウントの個体がある事を今回の出品で初めて知ったので目にした瞬間は驚いた。シュナイダーの製造台帳で確認を取ると、Jsogonの生産が始まった1950年9月の最初の製造ロット(125本)の中の1本であることがわかった。マウント規格の表記が空欄になっているので、この時にM42を含む複数のマウント規格の個体が試作的に生産されたのではないだろうか。

絞り値 F4.5-F22, 手動絞り, 焦点距離 40mm, フィルター径 ねじ切り無し, 最短撮影距離 0.5m, 絞り羽枚数 8枚, 重量(実測) 180g, 光学系は4群4枚Dyalyt型[1]。本品にはM42マウントとExaktaマウントの2種が存在する

★撮影テスト
このレンズには、味のある優れた描写力が備わっている事がわかった。解像力はあまり高くないため拡大すると像の甘さが出るもののバリッと鋭く張りのある撮影結果が得られる。ボケ味は硬めで背景にゴチャゴチャしたものが入ると距離によってはザワザワ煩くなるが大きく乱れることは無い。F4.5という控えめな設計が功を奏したのか周辺画質の低下が目立つことはなく、開放撮影時においても像の流れや歪みが気になることはなかった。シュナイダーらしく冒険のない手堅い描写設計といえる。注目の発色特性については色温度が高くクールトーンな仕上がりとなる。黄色がレモン色、レモン色が白、白が青白く変色する様子が確認できる。また、照度に応じて緑が黄緑や青緑にコロコロ不安定に変色し、撮り方次第でとても面白い作例になる。暗部が青みを帯びる傾向が強く、他のシュナイダー製レンズと比較しても、Jsogonは青転びの特性をかなり強く示すレンズのようだ。以下、作例。
★銀塩撮影(Pentax MZ-3 + Euro Print 100)

F5.6 銀塩撮影(EuroPrint100): 日光のあたる部分で竹林の葉の緑の色が黄緑に転び、まるで燃え盛る炎のように見える。このレンズの特性をうまくいかせた作例だ。竹林の奥のあたりを見てほしい。森林のシャドー部が薄気味悪いとは、こういうことなのだ。だが、涼しげにも見える

F8 銀塩撮影(EuroPrint100): あれれ凄いな!夕日の逆光で黄色を補色してみたが、結構いい味だすレンズではないか!光の滲みかたといい、石畳の雰囲気といい、奥の樹木の発色など・・・素晴らしい。もしかして、このレンズは久々の大当たりであろうか・・・。
上段・下段ともF4.5 銀塩撮影(EuroPrint100): 袖口から肩にかけての質感が素晴らしい。描写はかなり鋭くボケ味は硬めのようだが大きな乱れはない。周辺画質の低下も少ない
F8  銀塩撮影(EuroPrint100): 最短撮影距離は0.5cm弱なので近接撮影も難無くこなす。ハイライトの飛び方がとてもいい。やはり表現力の豊かなレンズだ


F11  銀塩撮影(EuroPrint100): 変な色が出たケース(その1)。こちらも逆光撮影だがシャドー部が真っ青だ!根元のあたりに青緑の深みがしっかり残り穂の部分と好対照。ある種のメリハリを生んでいる

撮影条件が夏の晴天日だったのでコントラストが高く、フィルム撮影ではシャドー部の黒潰れが顕著に出てしまった。こういうコンディションではデジタルカメラの方が有利だ。 以下はデジタル撮影による作例。

★デジタル撮影(Sony NEX-5 digital, AWB)

F4.5 NEX-5 digital(AWB): 玉ボケが青(水色)に変色している。緑の発色が照度に応じて黄緑や青緑へとコロコロと変化し綺麗だ
F5.6  NEX-5 digital(AWB): デジタル撮影の柔らかな階調表現では明確に識別できる。やはりこのレンズは絞りを開けたときの解像力があまり高くない。ボケ味は硬いが大きな乱れもなく良好だ
F8  NEX-5 digital(AWB): 絞るとスッキリと写りシャープだ。左下の影の部分が青に転んでいる

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Jsogonは味のある描写で勝負するタイプのレンズといえるだろう。理由は分からないが、デジタル撮影よりもフィルム撮影の方が表現力が滲み出ているように感じた。しっかりと自己主張をする優れたレンズのようだ。