東ドイツのペンタコンブランド PART 5
コストパフォーマンスの高い
ペンタコンブランドの中核レンズ
Pentacon Auto 50mm F1.8 (M42 mount)前期型/後期型
オールドレンズの入門者に最適なレンズを話題にする際に必ず登場するのが、旧東ドイツのペンタコン人民公社(VEB PENTACON)が生産した高速標準レンズのペンタコン(Pentacon) 50mm F1.8である。開放では微かに滲む柔らかい描写になり、絞れば現代のレンズのようにシャープでスッキリとした写りとなるため、あらゆる場面でオールラウンドに用いることのできる万能なレンズとして知られている。最短撮影距離は0.33mとたいへん短く、スナップでのマクロ撮影にも充分に対応できる。ロシア製レンズすら寄せ付けない圧倒的なコストパフォーマンスと美味しいところを詰め込んだ欲張りな製品仕様のため、ビギナーにはモテモテ、マニアからは羨望の眼差しと容赦のない厳しいコメントが絶えない。低価格帯オールドレンズの中では台風の目と言っても過言ではないスター性のあるレンズである。
レンズのルーツは旧東ドイツのメイヤー・オプティック(Meyer-Optik)が1960年代から1970年代初頭にかけて生産したダブルガウス型レンズのオレストン(Oreston)50mm F1.8である。メイヤー・オプティックは1968年にペンタコン人民公社へと合流し、1971年から自社の全てのブランドを人民公社のブランド(Pentacon / Prakticar / Pentaflex)で供給するようになった。前期型はオレストンと全く同一のデザインのまま名板のみをすげ替えたもので、ごく初期の製品には「PENTACON ORESTON」と記された過渡的な個体もみられる。レンズは一眼レフカメラのプラクチカLシリーズ(M42スクリューマウント)に搭載する製品として登場し、ガラスにはシングルコーティングが施された。1979年になるとマルチコーティングに対応した後期型が登場、M42マウントのプラクチカLシリーズに加えバヨネットマウントのプラクチカBシリーズにも対応している。前期型と後期型の描写傾向には大きな差はないので、光学設計は一貫して同じものが用いられていたと思われる。プラクチカLシリーズ後期型は一部の個体がレヴューノン(REVUENON)の名でも市場供給されていた。
レンズは中古市場で今も豊富に取引されており、ドイツ本国での価格は30ユーロから(日本では8000円前後から)と大変こなれている。F2をきる明るさとコストパフォーマンスの高さから、ペンタコンブランドの普及価格帯の中で中核的な製品に位置づけられていた。
左はPentacon auto 50mm F1.8(シリーズL)、右はPentacon Prakticar 50mm F1.8(シリーズB) の構成図。文献[2][3]からのトレーススケッチである。上が前方で下がカメラの側という配置である。両レンズはおそらく同一の設計であろう。構成は4群6枚のスタンダードなダブルガウス型である。後群側の張り合わせ面に曲率がないのは製造コストを抑えるためであろう |
★参考文献
- [1] 東ドイツカメラの全貌 (朝日ソノラマ)
- [2] BILD UND TON 1/1986(Scientific Journal of visual and auditory media "Entwicklungstendenzen der fotografischen Optik" Dipl.-Ing. Wolf-Dieter Prenzel, KDT
- [3] OBJETIVOS para cameras reflex, VEB Carl Zeiss Jena DDR and Kombinat VEB Pentacon Dresden レンズカタログ
★入手の経緯
Pentacon MC 50mm F1.8(前期型 / Early model)
このモデルはヤフオクでも流通しており、価格は中古並品で8000円、状態の良い個体は8000-12000円程度で手に入れることができる。もちろんドイツ版eBayなどを経由し本国から輸入する方が、これよりも安い価格で入手できる。本品は2016年2月にドイツ版eBayを介し個人出品者から約5400円(35ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。オークションの記述は「2インチのレンズでキャップとフードが付属する。スーパーショットが撮れるトップレンズだ。状態は外観、機能ともとても良好である。光学系はオーバーホール済みで傷、カビ、クモリ等ない。100%オリジナルである」とのこと。前期型の本レンズのほうが後期型よりも個体数は少なく、若干高値で取引される傾向がある。届いた品は光学系がほぼ新品同様で、鏡胴にも僅かにスレがある程度の美品であった。
マルチコーティング化がはかられた後期型の初期のモデルで、流通量はペンタコンシリーズのなかで最も少ない。ヤフオクでの相場は中古並品が7000~8000円、状態の良い個体では10000円程度である。本品は2016年6月にドイツ版eBayを介し、ハンブルグの大手カメラ店アナログ・ラウンジから約4500円(30ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。商品の解説は「完全に動作する。良好なコンディションで使用感は少ない」とのこと。届いたレンズはホコリの混入がやや多目にみられたが、絞りの側から軽く清掃したらマトモなレベルになった。光学系はバラしていないので、ピントの精度等に影響は出ていない。
Pentacon MC 50mm F1.8(後期型バージョン2/Late model ver. 2)
このモデルはeBayやヤフオクで豊富に流通しており、価格は中古並品で7000~8000円、状態の良い個体でも10000円程度で手に入る。本品は2016年3月にドイツ版eBayを介し、ハンブルグの大手カメラ店アナログ・ラウンジから約5500円(30ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。商品の解説は「完全に動作する。良好なコンディションで使用感は少ない」とのこと。このセラーは商品の在庫が豊富で、レンズ名を検索をかけると常時20~30本の在庫がヒットする。記述の精度は怪しいが、同時配送の場合にはリクエストに応じ送料を1本分にしてくれるサービス精神のあるセラーだ。14日間の返品規定もあるので安心して購入することができた。届いたレンズはガラス、鏡胴ともたいへん綺麗であった。
★撮影テスト
前期モデルも後期モデルも描写傾向は概ね似ており、開放でのホンワリとした柔らかい描写は細部の質感よりも雰囲気を優先させたい場面での撮影に効果がある。また、1段絞るとキレのよい階調描写、高いコントラスト、コッテリとした色のりへと変わる。被写体を細部の質感に至るまで力強くシャープに描き切ることができ、準マクロ域での撮影にも充分な画質を提供できる。安いのにとてもよく写るレンズである。ただし、解像力は可もなく不可もなくで、一部の高級レンズの開放描写にみられる線の細い繊細な描写までを期待することはできない。このあたりは廉価レンズ相応の性能であると受けとめざるをえない。背後のボケはポートレート域でやや硬く、距離によっては2線ボケが出たりザワザワと騒がしくなることもあるが、近接域では柔らかく綺麗に拡散している。反対に前ボケはポートレートでも柔らかい。グルグルボケはポートレート域で背後に僅かにみられるものの顕著に出ることはない。前期型と後期型はどちらも絞り羽が6枚構成であるが、絞ったときの羽根の形状が異なり、前期型は角ばった六角形になるのに対し後期型は丸みを帯びた六角形になる。このため背後のボケ玉の形状には若干の差が見られた。
★APS-C mode(SONY A7)による作例
レンズのイメージサークルはフルサイズフォーマットに準拠した設計になっているが、このレンズを用いる大多数がエントリーユーザーからミドルレンジユーザーであることを考えると、APS-C機やM4/3機での作例を提示することにも一定の意味がある。まずはSONY A7をAPS-Cクロップモードに設定して撮影した結果を提示する。レンズ本来の35mm判の画角よりも狭い範囲の領域を撮影することになるので、画面の四隅で発生する諸収差の影響が緩和され、グルグルボケは完全に目立たないレベルとなる。
後期型(Late model)@F1.8(開放) Sony A7(APS-C mode, AWB): いきなりコレには驚いた。実力のあるレンズであることは間違いない |
前期型(Early model)@F1.8(開放), Sony A7(APS-C mode, AWB): 今度は厳しい逆光にさらし、表現力にどれだけの幅があるのかを確認してみる。結果はこのとおりで、美しいハレーションがたっぷり出ているにも関わらず発色が濁るなどの破綻はない。ある程度までなら厳しい逆光にも耐えてくれる頼もしいレンズである |
前期型(Early model)@F4, sony A7(APS-C mode, WB:太陽光): コントラスト、発色、ピント部の質感表現など申し分のない高い描写性能だ。APS-Cフォーマットならグルグルボケはほぼ出ないと判断してよさそうである |
後期型(Early model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB): 近接域でも安定感のある描写性能である。参考までにこちらには絞り(F1.8/F2.8/F4)ごとの画質変化を示した。開放では柔らかく、階調もやや軟調気味で発色は僅かに淡い |
後期型(Late model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB):この場面での開放F1.8での作例をこちらに掲示した。1段絞ってからの高いシャープネスはこのレンズの大きな特徴と言えるだろう。前ボケは基本的に柔らかく拡散している |
後期型(Late model)@F4, Sony A7(APS-C mode, AWB): トーンもなだらかで、とてもいい |
後期型(Late model)@F1.8(開放), sony A7(APS-C mode, AWB): 開放では衣服が薄っすらとしたフレア(コマフレア)に覆われ、素晴らしい質感表現である。一方、背後のボケは硬くザワザワとしており2線ボケ傾向に陥ることがわかる。球面収差が過剰気味に補正されているレンズの典型的な描写傾向である |
後期型(Late model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB): 1段絞るだけでフレアは消え、ピント部はスッキリとヌケがよくシャープな描写になる。2線ボケもだいぶ収まっている |
★FF mode(SONY A7)による作例
続いてフルサイズフォーマットでの撮影結果を示そう。同じ撮影画角で写真を撮る場合にはFFモードの方が被写体に一歩近づくことができるので、ボケ量はAPS-C機の時よりも絞りに換算して約1段分大きくなる。広い包括画角をカバーするので写真の四隅には収差の効果(影響)がみられるようになる。
後期型(Late model)@f2.8, sony A7(Full size mode,AWB): フルサイズ機で使用する場合、ポートレート域では僅かにグルグルボケが出始める。それにしても、こんなポーズをとるようになったのは、この後に出てくるモデルさんの影響か・・・ |
後期型(Early model)@F2.8, Sony A7(Full size mode, WB:電球): F2.8まで絞ればシャープで、現代のレンズに近い高水準な描写性能である。解像力は可もなく不可もなくで十分なレベルである |
前期型(Early model)@F1.8(開放), Sony A7(Full-size mode, AWB): 前ボケは柔らかく滲んでいる。開放からパキッとシャープに写る現代的なレンズでは、こういう印象的な写真にはならない。過剰補正レンズは前ボケにフレアが出るのが特徴だ |
★前期型と後期型の描写比較
最後に前期型と後期型の描写比較の結果を提示する。開放での滲みは極僅かに前期型の方が強い。これに関連するためか或いはコーティングの性能の差によるのかは判断できないが、開放でのコントラストは後期型の方が少し高く、前期型に比べ暗部が僅かに引き締まる。ただし、ピント部中央や四隅の解像力など結像性能全般には差が見られなかった。絞り羽の形状が前期型は角ばった六角形になるのに対し後期型は丸みを帯びた六角形になる。このため、ボケ玉の形状には僅かな差が見られた。
ひとつ前の写真の中央部を拡大したもの。開放では両レンズとも僅かに滲みがみられるが1段絞れば収まる。右上のボケ玉の輪郭には火面とよばれる光の集積部がみられる。ザワザワとした硬いボケになる原因はコレである。両レンズは絞り羽の形が若干異なる。中段・右上のボケ玉を見てもらうとわかりやすいが、前期型と後期型ではボケ玉の形状に僅かな差が見られた |
SONY A7(APS-C mode, AWB):左列は前期型、右列は後期型を用いている。上段はF1.8(開放)、中段はF2.8、下段はF4で撮影した。やはり、両モデルの描写傾向はたいへんよく似ており、開放で柔らかく、1段絞るとヌケがよくスッキリとした描写になる |
こちらには上の比較写真を更に大きなサイズで掲示した。