赤いコニカと緑のロッコール 前編
繊細な開放描写を楽しむことができる
小西六の六枚玉
KONICA HEXANON AR 57mm F1.4(Konica AR mount)
F1.4の明るさを僅か6枚のレンズ構成で成立させたKONICA (コニカ)のHEXANON(ヘキサノン)。それを可能にするために用いられた技術が「過剰補正」です。これは収差の補正を過剰にかけることで特に球面収差の増大を抑え、解像力だけでもどうにか維持しようとしたもので、言ってしまえば強い薬を使って見た目には健康そうにみせる対処療法的な技術です。少し絞ったところで最高水準の画質が得られますが、この方法に頼ると反動で開放ではフレアの滲みが出ますし、コントラストも低下、ポートレート域では背後のボケがザワザワと煩くなるなど副作用が生じます。6枚玉でF1.4の明るさを実現した大口径レンズともなれば更なる劇薬を使いますので、収差が大好物のオールドレンズファンが声高々に狂喜する瞬間が目に浮かびます。
この種の大口径レンズが通常の7枚や8枚ではなく6枚で生み出された背景には製造コストを安く抑えたいというメーカーの思惑がありました。メーカーが市場でシェアを勝ち取るにはレンズを他社の競合製品より1円でも安く市場供給する必要があったのです。
ヘキサノンのレンズの構成は下図に示すようなガウスタイプを基本とする5群6枚の拡張ガウスタイプで、前群に空気間隔を設けることで中間絞りで膨らむ球面収差(輪帯球面収差)を抑え、解像力の維持とボケ味の改善に取り組んでいます。ただし、F1.4の明るさでこれを実現しているため、曲率の大きな屈折面からは大きな収差が発生します。このレンズなら、かなり期待ができそうです。
HEXANON AR 57mm F1.4は1965年12月の歳末商戦で発売されたKONICAの新型一眼レフカメラAutorexに搭載する交換レンズとして登場しました。このモデルから同社の一眼レフカメラは先代のKONICA Fマウントに代わる新規格のKONICA ARマウントを採用しています。レンズは初期のプリセット絞りのモデル、EE機能に対応した前期モデル、AEロックボタンを搭載した後期モデルの3つのバージョンに大別されます。どのモデルもレンズのガラス表面には赤褐色かアンバー色のいずれかのコーティングが蒸着されており、独特の光彩を放つ強い印象を受けます。バージョンごとにコーティング色の配置が少しずつ異なり、後期モデルの方が赤褐色のエレメントの配分が多くなります。
初期のモデルはAutorexの発売に合わせて登場したプリセット絞りのバージョンで、自動絞りには未対応でした。間もなく自動絞り(EE機能)に対応した前期モデルが登場、一眼レフカメラのKONICA FTA(1968年登場)などに供給されます。EE(Electric Eye)機能とは被写体の明るさに応じて絞りとシャッタースピードをカメラが自動で判断する機能です。この機能を使う場合、レンズの側では絞り値を絞り冠上のEEの位置に合わせておき、カメラに絞り値の選択を委ねます。その後、絞り冠上にEE機能のロックボタンが装備された後期型が登場、一眼レフカメラAutoreflex T3(1973年登場)とAcom-1用(1976年登場)に供給されます。1979年にKonica FS-1と後継レンズのHexanon AR 50mm F1.4が発売され、供給終了となっています。カラーバリエーションは前期型と後期型にツートン(シルバー/ブラック)とブラックの2種類がありました。ブラックカラーのモデルは流通量が少なく、特に前期型のブラックはあまり見ることがありません。
前期型(ツートン)フィルター径 55mm, 重量(実測) 280g, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4-F16, 絞り羽 6枚構成, 設計構成 5群6枚拡張ガウスタイプ, コニカARマウント |
前期型(ブラック)フィルター径 55mm, 重量(実測) 276g, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4-F16, 絞り羽 6枚構成, 設計構成 5群6枚拡張ガウスタイプ, コニカARマウント |
後期型(ツートン) フィルター径 55mm, 重量(実測)278g, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4-F16, 絞り羽 6枚構成, 設計構成 5群6枚拡張ガウスタイプ, コニカARマウント |
後期型(ブラック) フィルター径 55mm, 重量(実測)278g, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4-F16, 絞り羽 6枚構成, 設計構成 5群6枚拡張ガウスタイプ, コニカARマウント |
★入手の経緯
中古市場にはやや数は少ないものの、常時流通しているレンズです。ヤフオクでの取引相場はコンディションにもよりますが7000~12000円辺りでしょう。ショップではもう少し上の値段設定です。私は2020年9月に前期型の個体を7000円(+送料)で入手しました。オークションの記載は「カビやクモリのない美品。撮影に影響のないレベルでのホコリやチリの混入はある」とのこと。届いたレンズには中玉にピンポイントでカビが発生しておりヘリコイドはかなり重めでしたので、自分でオーバーホールしました。カビの方は清掃で綺麗になり、カビ跡も残らず良好な状態となっています。
続く後期型のモデルは2020年10月にヤフオクで8500円+送料で落札購入しました。オークションの記載は「チリやホコリはあるがカビやクモリはない。ヘリコイドは重め」とのこと。届いたレンズは絞りを挟むガラス面に少しクモリがありホコリも多めでしたが、拭いたところ綺麗になりました。
後期型のブラックモデルは2020年10月にヤフオクで即決価格7480円+送料で落札購入しました。オークションの記載は「超美品。綺麗な光学です!。カビやクモリはなく、程よい視認性です」とのこと。このセラーは自分でオーバーホールができるようですので有難いです。届いたレンズはガラスがたいへん綺麗、ヘリコイドはグリスが交換されており動きはスムーズで、素晴らしいコンディションでした。
発売から50年以上が経過しているレンズですので、カビやホコリが混入している個体、ヘリコイドが重くグリス交換が必要な個体か数多く流通しています。少し値段が高くても、オーバーホールされている個体を狙うことをオススメします。
なお、2020年12月2日から2021年1月4日まで新宿マルイ本店8階のオールドレンズフェスPreview2021で開催されるTORUNOの体験・即売会(土・日限定)にオーバーホールされた個体が10本程度出品される予定です。
★撮影テスト
オールドレンズらしい繊細な開放描写を持ち味とするレンズです。開放ではピント部を薄い滲みが覆う柔らかい味付けですが、解像力は高く、薄いベールの中に緻密な像を宿したような線の細い描写を楽しむ事ができます。繊細な開放描写を実現するにはF2でピント合わせをおこない、それから絞りを開けて撮影します。いったんフレアを排除したうえでピントを合わせたい部分(ピントの山)に、しっかりと芯をつくっておくのです。発色は開放でも予想に反し鮮やかで、コントラストもフレアが多いわりに良好、使いやすいレンズだと思います。露出を少しオーバーに振ったくらいでは白ぽくなることはなく、ある程度の逆光に耐えてくれます。この種のレンズは開放からF2までの描写性能の立ち上がりが大きく、絞りが良く効くところも大きな特徴で、マニアの言葉を借りるなら「一粒で二度おいしい」などと評されることがあります。少し絞れば滲みは消え、すっきりとしたヌケの良い描写で解像力やコントラストも更に向上、高性能なレンズとなります。
背後のボケは開放でポートレート域を撮る際にザワザワとしますが、2線ボケに至らないのは、このレンズの長所だと思います。グルグルボケや放射ボケについても、よく抑えられています。反対に前ボケはモヤモヤしたフレア(滲み)がたっぷりと入り、被写体前方側のピントの外れた部分では柔らかい像が得られます。前ボケが大きく滲むのは過剰補正レンズならではのものですが、これを見越し、バストアップ位の撮影距離にてピントを意図的に少し後ろ側にずらすと、被写体をフンワリとしたベールで包み込むことができます。歪みは微かに樽型ですが、ほぼ感知できないレベルでした。
今回の試写はオールドレンズ女子部所属の本多さんにも手伝ってもらいました。
前期型@F1.4(開放)+ SONY A7III photo by Masako Honda |
前期型@F1.4(開放) + SONY A7III photo by Masako Honda |
前期型@F1.4(開放)+SONY A7R2(WB:日光) photo by spiral |
後期型@F1.4(開放) +SONY A7R2(WB:日陰)photo by spiral |
後期型@F1.4(開放) +SONY A7R2(WB:日陰) photo by spiral |
後期型@F2.8 +SONY A7R2(WB:日陰)photo by spiral |
後期型@1.4(開放) +SONY A7R2(WB:日陰) photo by spiral |
後期型@F1.4(開放)+SONY A7R2(WB:日陰) photo by spiral |
同じ場面にて前期型と後期型の撮り比べもしています。後期型はコーティングに改良が加えられており、コントラストの向上が見られるはずですが、実写による比較からは違いがよく判りませんでした。