おしらせ

2020/08/10

レンズフィルターの歪みを矯正するバイスツールを使ってみた!

新型コロナウィルスの流行による外出自粛が続いていますが、こういう時は家に籠ってレンズのメンテナンスをする機会が多くなります。今回は以前から気になっていたフィルター枠の変形補修ツールを入手し、効果を試してみることにしました。変形したフィルター枠というのは、こういう状態の部位のことです。



過去に落下したりぶつけたりなどで先端部に大きな力が加わりグニャグニャと変形していますが、ラジオペンチでは真円の状態に戻すのは困難でしょう。そこで手に入れたのが下の写真に示すNEEWERのPRO LENS REPAIR TOOL(メード・イン・チャイナ)で、アマゾンでは3000円代(送料込)の値段で購入できます。「レンズ、バイスツール」というキーワードで検索してみてください。


さっそく効果をみてみましょう。
よくみると先端部の出っ張りにネジ山が彫り込まれていますので、これをレンズのフィルター枠のネジ山にはめます。
続いてバイスツールのハンドルを回し、徐々にテンションをかけて、内側に凹んだ歪みを広げるように矯正します。
テンションはかけすぎないよう注意してください。テンションをかけながら回すのではありません。少しテンションをかけたらテンションを解除、歪んだ場所だけでなく、その周辺部、別の場所にも弱い力でテンションをかけます。この操作をフィルター枠の全周に渡って均一に繰り返します。




歪みのある場所のみにテンションをかけるのではなく、フィルター枠の円周全体に渡って矯正してゆくのが修理のポイントです。徐々に歪みが消え、歪んだ部分が綺麗な真円に戻っています。

大きなテンションは要りません。弱く均一な力で、時間をかけて地道に取り組むのが綺麗に仕上げるコツです。不器用だったり気が短かったりすると、難しいかもしれません。作業は自己責任。使い方はメーカーまでお願います。
 
はげたペイント部は自動車修理用のタッチペンで目立たなくしました。最後はフードやレンズ保護フィルターが問題なく装着できる程まで回復しました。

2020/05/31

Auto Chinon MCM Multi-coated Macro 55mm f1.7 vs Auto-Alpa Macro 50mm f1.7



part 3(1回戦E組)
高速マクロレンズの頂上対決
Auto Chinon MCM Macro vs Auto-Alpa Macro
「似た者同士」という言葉が実にシックリとくるレンズの組み合わせが今回紹介するオート・チノン・マクロ(Auto CHINON MCM MACRO)55mm F1.7とオート・アルパ(Auto-ALPA)50mm F1.7で、どちらもF1.7の明るさを誇るハイスペックなマクロ撮影用レンズです。文献[1-2]にはAuto-ALPAがCHINONから供給を受けたと記されており、事実なら同門対決ということになりますが、実際にはもう少し複雑な背景があります。ともあれ、今回はマクロレンズ対決を楽しんでください。

Auto CHINON MCM 55mm F1.7は1977年にチノン株式会社が富岡光学からOEM供給を受けて発売した製品で、M42スクリューマウントの一眼レフカメラCHINON CE-3 MEMOTRONに搭載する交換レンズとして登場しました[3]。構成図は手に入りませんでしたが、設計はガウスタイプの前群の貼り合わせを外した拡張ガウスタイプ(5群6枚)と呼ばれる構成で、球面収差の膨らみを抑えることで一定水準の画質を実現しています。F1.7クラスの標準レンズとしては最もオーソドックスな設計構成です。
対するAuto-ALPAは高級カメラブランドのアルパで知られるスイスのピニオン社による監修のもと、1976年にコシナが製造しチノンから供給された拡張ガウスタイプ(CHINON MCMと同じ5群6枚)標準レンズです[4]。この製品はM42スクリューマウントの一眼レフカメラALPA Si2000(チノン製)に搭載する交換レンズとして登場しました[1]。実は外観や仕様が全く同じコシナ製チノンブランドのCHINON MACRO MULTI COATED 50mm F1.7という製品も存在し、Auto-ALPAとは銘板のみを挿げ替えた双子の製品のようです。コシナと富岡光学の関係がチノンとALPAを巻き込んでグチャグチャに絡み合っており、様々な憶測と誤解を生んでいます。まぁこの時代の日本の中堅光学メーカーにはよくある混沌とした状況ですが。
Auto ALPA 1.7/50の構成図(トレーススケッチ)

 
参考文献・資料
[1]  ALPA 50 Jahre anders als andere: ALPA Swiss controlにスイスコントロールのもと、日本のチノンと富岡からカメラやレンズのOEM供給をうけた経緯が記されています
[2] アルパブック―スイス製精密一眼レフアルパのすべて (クラシックカメラ選書)1995年
[3] マウント部のスイッチカバー(メクラと呼ぶらしい)に3方向からの固定用のイモネジがあるため、富岡光学製です。この検証法の詳細は「出品者のひとりごと: AUTO CHINON MCM」を参考にしています
[4] 内部に「直進キー用ガイド」があり富岡光学の製品ではありません。内部構造はコシナ製チノンブランドと同一です。「出品者のひとりごと:CHINON MACRO MULTI COATED(M42)」を参考にしています

入手の経緯
Chinon MCM MACROは知人が所有している個体をお借りしました。レンズのコンディションはとてもよく、ガラスに軽い拭き傷がある程度です。中古市場には最近、全く出てこなくなり、ヤフオクでもここ半年間で1本も出ていません。10年ほど前に買おうと思った時がありましたが、当時の相場は3万円弱で流通量も今よりは多かったと記憶しています。現在はもっと高い値が付くのではないでしょうか。
続いてAUTO-ALPAは2020年3月にeBayにて英国の古物商から250ドル+送料で落札しました。オークションの記載では「Very good condition」と説明されていました。このレンズのeBayでの相場は500ドル程度でしたので、安く手に入りラッキーと大喜びしていたのですが、届いたレンズには前玉のコーティングにごく小さなスポット状のカビ跡が2か所ありました。写真への影響は全く問題にならないレベルですので、これで良しとしました。




 
撮影テスト
これは一般論ですが、解像力(分解能)に偏重した画質設計ではフレアが発生しコントラストが低下気味になります。逆にコントラストに偏重しすぎるとヌケのよい画質になりますが、解像力が落ち、被写体表面の質感表現が失われてしまいます。両者は言わばトレードオフの関係にあり、メーカーによるチューニングがレンズの性格を決めています。シャープな像を得るには解像力とコントラストを高い水準でバランスさせる必要があり、うまくゆけば解像感に富む素晴らしい描写力のレンズができるとされています。今回取り上げる2本のレンズはどうなのでしょう。
両レンズとも開放からフレアの少ない高性能なレンズです。マクロ撮影に順応させただけのことはあり、背後のボケは中遠方でやや硬く、マクロ域までくると収差変動で適度な柔らかさに変わります。ボケはよく似ており、後ボケ内の点光源の輪郭は光強度分布まで含め、そっくりです。
 
Auto CHINON MCM Macro 55mm F1.7
CHINON MCM @F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰) 背後のボケ味はマクロ仕様のレンズらしく少し硬めで、玉ボケの輪郭部に光の輪っか(火面)ができています。ヌケはとてもいい
CHINON MCM @ F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰 iso 2400) 


CHINON MCM @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 



 
Auto ALPA Macro 50mm F1.7

ALPA @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) こちらは色滲みが全く出ません。近接撮影に強い印象です

ALPA @ F4 sony A7R2(WB:日陰)



ALPA @ F1.7(開放) sony A7R2(WN:日陰) 遠方撮影ではChinonよりも柔らかく少し軟調気味です。近接を優先させ、かなり過剰補正にしたのか、これくらいの距離だと少しフレアが入ります。かなりストライクかも


  
画質の比較
遠方撮影時でのコントラストはCHINONの方が高く、発色も鮮やかなうえ濃厚です。ALPAはハレーション(迷い光)に由来するコントラストの低下がみられ、発色も青紫にコケる傾向があります。充分に深いフードをつけるなど、しっかりとしたハレ切り対策が必要です。ただし、滲みを伴うわけではありませんので解像感はCHINONと大差はありません。解像力は1段絞ったあたりでALPAの方がよく、CHINONよりも過剰補正が強いのでしょう。一方で近接撮影時になると遠方時とは少し様子が変わります。
CHINONは被写体の輪郭部が滲んで色付く色収差が目立つようになり、より近接域になるほど滲みが大きくなるとともに、ピント面全体でも少しフレア感が出てきます。この影響が描写の評価にかなり効いてしまい、解像感(シャープネス)はALPAよりも悪くなります。ALPAの方は近接撮影時でも色収差がよく補正されており、滲みやフレアは少なく、そのぶんシャープネスやヌケは一歩抜き出ています。ただし、一段絞れば両レンズのシャープネスはほぼ同等になります。
ポートレートから遠方を撮影する場合、コントラストはCHINON、シャープネスは同等かCHINONの方が僅かに上ですが、近接撮影になるとコントラストとシャープネスでALPAに軍配があがります。今回はマクロ撮影を売りにしたレンズであることを重視し、近接域で有利なALPAに軍配を挙げるべきかと思います。

さて、では評価結果を具体的に見てみましょう。2本のレンズの性能に顕著な差が見られたのは近接撮影時です。被写体はいつもの木馬で、ピントは目ではなく、質感の出やすい顎の表面の色が変色しているあたりとしました。絞りは開放、シャッタースピードとISO感度を固定し、三脚を立ててセルフタイマーを用いて撮影を行っています。

 
写真の赤枠を拡大したのが下の写真で、左がCHINON MCM MACRO、右がALPA MACROです。写真をクリックすると更に拡大表示ができます。
  


シャープネス(解像感)は明らかにALPAの方が高いうえ、コントラストも良く、スッキリとしたヌケの良い描写です。CHINONは色収差が大きめでフレアも出ています。背後のボケの拡散も大きいなどから判断すると、この距離で既に球面収差等が大きくアンダーに転じているように見えます。 

両レンズの活躍したフィルム撮影の時代では、色滲みは大きな問題にはなりませんでした。フィルム撮影による画質評価であるならばCHINON MCMが勝利した可能性も十分に考えられます。また、マクロ撮影用レンズの場合は絞った際に最高の画質が得られるよう過剰補正タイプにチューニングされている可能性もありますので、開放で評価した今回のテストは一つの切り口を与えたにすぎません。まぁ、CHINON MCMの場合は近接テストで既に補正がアンダーになっていたので、絞っても解像力の向上は限定的でALPAを追い抜くことは考えにくいと思います。

富岡光学がコシナに敗北するなんて信じられませんが、何度やっても結果は同じです。個体差なのではないかという意見もあるでしょうが、この意見は採用できません。CHINON MCMについてはショップでみつけた別の個体との比較をおこなっており、私が手に入れた個体との間に描写力の明らかな差は認められませんでした。
マクロスイターで名を馳せたピニオン社は本レンズを登場させるにあたり「スイス・コントロール」を宣伝文句に掲げていました。ピニオン社が当時のコシナにどのような技術供与をしたのか、とても興味がわいてきます。