おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2018/09/29

KMZ PO61(RO61) 28mm F2.5 KONVAS-1M OCT-18 mount




レニングラード生まれ、クラスノゴルスク育ちの
35mmシネマムービー用レンズ  PART 9
高性能なシネマ用準広角レンズ
クラスノゴルスク機械工場 PO61(RO61) 28mm F2.5
1950年代はまだF2クラスの明るい広角レンズを実現するには技術的に困難な時代でした。同時代の代表的な広角シネマ用レンズにテーラー・ホブソン社のSpeed Panchro(スピードパンクロ)25mmF2がありますが、開放ではコマ収差に由来するフレアが多く発生し、とても柔らかく軟調な開放描写でした。ロシアでも1946年前後とかなり早い時期にレニングラードのKINOOPTIKAファクトリーでPO13-1  28mm F2が試作されましたが、ついに普及版が出ることはありませんでした。本レンズの場合には口径比をF2.5に抑え、焦点距離を28mmとすることで、開放でもシャープな画質が得られるよう絶妙な落しどころで設計されてます。しかし、そうは言ってもやはり本品はシネマ用レンズですから、開放絞り値を他のレンズと同じF2に揃えることがフィルムのロールスピードを一定に保つ観点からみても重要であったと思います。
レンズが市場供給されたのは1950年代中頃からで、当初はモスクワのKMZが製造したブラックカラーのモデルとレニングラードのLENKINAPファクトリー(LOMOの前身組織の一つ)が製造したシルバーカラーのモデルの2種類が存在しました。後者は1960年代に鏡胴がブラックカラーとなります。POシリーズの多くは1960年前後(LENKINAP/LOOMP時代)に改良されLOMOのOKCシリーズへと姿を変えてゆきます。PO61も最終的にはOKC(OKS)1-28-1 28mm F2.5へとモデルチェンジを果たしますが、改良モデルの登場はだいぶ遅く、LOMOの時代(1965年~)に入ってもしばらくはPO61として市場供給が続きました。PO61の製造は1970年までで、開放絞り値をF2まで明るくした上位モデル(OKC4-28-1)が登場すると同時にGOIのカタログから削除されています。
eBayなどの市場では下の写真に示すような4種類のバージョンを目にすることができます。いずれも35mm映画用カメラのKONVAS-1Mとその後継モデルに供給された交換レンズで、一番左は1950年代半ばから1960年代にかけてモスクワのクラスノゴルスク機械工場(KMZ)で製造された個体です。残る右側3本はレニングラードで製造されたLOMO(ロモ)系列の個体で、時代毎にメーカー名こそ異なりますがPO61-5という名称から同じ工場で製造された個体であることがわかります。じつは、LENKINAP製にはPO61-1、PO61-2、PO61-5の3種類の個体が存在します。途中で製造工場(or 生産ライン)が変わったのでしょうか。
PO61の各バージョン。一番左は1950年代半ばから1960年代にかけて、モスクワのクラスノゴルスク機械工場(KMZ)で製造された個体、2番目は後にGOMZなどと合併しLOOMPおよびLOMOの一部となるLENKINAPファクトリーが1950年代半ばから1960年代初頭にかけて製造した個体、3番目はLOMOの前身団体である LOOMP(レニングラード光学器械工業企業体連合 )が1962年から1965年に製造した個体、一番右はそれ以降の時代にLOMOが製造した個体です。他にもeBbayでLENKINAP製(1955年製)のPO61-2を確認しています








PO61の構成図(Catalog Objectiv 1970 (GOI)からトレーススケッチした見取り図)構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプ
重量(実測)108g, 最短撮影距離(規格) 1m, 絞り羽 8枚, 絞り F2.5(T3)-F22, 35mm映画用カメラKONVAS-1M用, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ,  





入手の経緯
コンディションに問題のない個体ならeBayで150~200ドル(送料別)程度の値で入手できます。私は2018年8月にレンズを専門に扱うロシアのセラーから145ドル+送料15ドル(合計160ドル)で購入しました。オークションの記載は「新品同様:映画用カメラのカンバス35mmに供給されたレンズ。全く未使用のとても素晴らしいコンディション」とのこと。レンズは豊富に流通しており100ドル以下でも見つかりますが、いずれもコンディションには問題があります。状態のよいものが直ぐに欲しいなら200ドル用意する必要があります。
 
デジタルミラーレス機で使用するには 
レンズのマウントは映画用カメラのカンバス前期型に採用されていたOCT-18マウントです。eBayではOCT-18をライカMやソニーEなどに変換するためマウントアダプターが市販されており、レンズをデジタルミラーレス機で使用することができます。アダプターは5000円~10000円程度の値段で入手できます。ただし、OCT-18はスピゴットマウントと呼ばれる少し厄介な機構を持つマウント規格なので、市販のアダプターとはいえ、よほど良くできたものでない限り、ピント合わせに少し不便を感じるかもしれません。ピント合わせはレンズ本体のヘリコイドに頼らず、外部の補助ヘリコイドに頼るのがオススメの使い方です。アダプターを使いレンズをいったんライカMマウントに変換してから、補助ヘリコイド付のライカM→ミラーレス機アダプターを使ってデジタルミラーレス機に搭載するのがよいでしょう。簡単な改造ができる人なら、マグロエクステンションリングとステップアップリングを組み合わせれば、ライカMマウントに難なく変換(改造)できると思います。  




撮影テスト
PO61は35mmシネマフォーマットのレンズですので、APS-C機で使用するのが最も相性の良い組み合わせです。この場合、35mm判換算で焦点距離42mm相当の準広角レンズとなり、スナップ撮影には大変使いやすい画角です。写真の中央は開放からたいへんシャープで、スッキリとヌケがよく、コントラストも良好なうえ、1~2段絞るとカリカリの描写になります。これとは対照的に四隅ではフレアが目立ちますので、メインの被写体を四隅に配置する場合には少し絞る必要があります。中央と四隅でシャープネスに大きな差のあるレンズです。
背後のボケに乱れはなく、素直で穏やかなボケ味で、グルグルボケとは一切無縁です。逆光には比較的強く、太陽を入れてもハレーシヨンは少な目で、ゴーストはほぼ出ず、発色が濁ることもありません。
 
今回の撮影地は晩夏の寂しさ漂う昭和記念公園です。
 
F4 WB:日陰
F4 WB:日陰











F4 WB:日陰


POシリーズも今回でPART 9まできました。次回の最終回はpo59を取り上げます。

2018/09/12

KMZ Industar-22 50cm F3.5 (Leica L mount)




エルマーの仮面をかぶったロシアン・テッサーで
素朴な写りを堪能する
KMZ INDUSTAR-22 50mm F3.5(Leica-L mount)
テッサータイプと言わば、かつては「鷲(わし)の目」などと呼ばれ、シャープなレンズの象徴みたいな扱いをうけてきた時期もありました。でも、それは大昔の話で、現代のレンズの基準からみればごく平凡なシャープネスでしかありません。むしろ、古い時代のテッサータイプの写りには軟らかく素朴な印象を受けることが多くあります。かく言う私もテッサータイプは古いものが大好きで、古いとは言ってもテッサー誕生の20世紀初頭までさかのぼるわけではなく、1940年代後半から1950年代辺りの製品です。この頃のテッサータイプのレンズにはトーンのつなぎ目を感じさせない軟らかい描写のものが多くみられます。また、製品によっては新種ガラスが導入され描写性能の大幅な向上を果たしていますが、新種ガラスが経年とともに茶色く色付いてしまう「ブラウニング現象」のため、結果としていい味を出してくれます。序文が長くなりましたが、今回は1940年代末からロシア版コピーライカのFEDに搭載され活躍したテッサータイプのインダスター22(INDUSTAR-22)というレンズを紹介してみたいと思います。

レンズの誕生は1945年でロシアのレンズ設計士M.D.Moltsevという人物が光学系を設計、試作レンズが作られました[1,2]。Moltosevは後のJupiterシリーズの再設計でも知られるようになる人物で、1948年からはKMZ光学設計局の局長に就任しています[1]。レンズの市場供給が始まったのは1948年でレンズはモスクワのクラスノゴルスク機械工場(KMZ)の393番プラントで生産されました[3]。初期のモデルはガラス面にコーティングのないノンコート仕様でしたが、1949年には薄いブルー系のコーティング(初期のP コーティング)が施されたモデルが登場しています。1949年から1950年にかけて一時はカザン光学機械工場(KOMZ)も生産に乗り出していますが、市場で見かける製品個体の数はごく僅かです[1]。レンズの外観がライツのエルマーにそっくりなため、エルマーのコピー製品と呼ばれることもありますが、光学系の形態はエルマーよりもテッサーに近いものとなっています。



このレンズにはライカの名玉エルマーに採用されていた「沈胴式」とよばれる機構が採用されています。撮影を行うとき以外は上の写真のようにレンズがカメラの内部に引っ込んでコンパクトになり、撮影時には下の写真のように引き出して使うのです。古い沈胴式レンズは憧れでしたので、デジカメにマウントすると、「どう、マニアみたいでしょ?」とばかりに、ちょっと得意気な顔ができます。


☆★カメラへのマウント時の注意点★☆


マウントアダプター経由でデジタル一眼カメラに搭載する場合、沈胴には十分に注意してください。SONYのA7(初代機)では沈胴時にレンズの鏡胴がボディ内部と干渉するようです。他の機種でも干渉の恐れがあります。沈胴させたままシャッターを切るとシャッター幕が破損する可能性もあります。沈胴させる場合には事前に十分に調べ、十分に注意してください。

重量(実測)106.7g, 絞り羽 8枚, F2.3-F16, 最短撮影距離(規定)1.2m, ライカL39マウント, フィルター径 23mm





INDUSTAR-22の構成図:文献[4]に掲載されているものをトレーススケッチした見取り図です。左が被写体側で右がカメラの側となっています。設計構成は3群4枚の典型的なテッサータイプです


入手の経緯
2018年2月にeBayを介してロシアのカメラ屋から45ドルの即決価格で入手しました。オークションの記載は「ガラスはクリーンで傷、チリ、汚れなどはない。エクセレント+++コンディションだ」とのこと。同じセラーが5~6本レンズを出しており、コンディションなどの記載はどれも同じでしたので、写真で一番まともそうにみえるものをチョイス。届いた品はフロントガラスに拭き傷1本と製造時由来の気泡がガラス内に1個ありましたが、良好なコンディションでした。
レンズはネットオークションで豊富に流通しており、中古店にも豊富にあります。沢山あるなかから、いかにして状態の良いものを選び出すかがポイントです。eBayでの相場は送料込みの総額で45ドル(約5000円)くらい、国内ではヤフオク!にて7500円前後の売値でした。
 
参考文献
[1] ZENIT Home page: http://www.zenitcamera.com
[2] Soviet Cams.com: http://www.sovietcams.com/index.php?553745048
[3] КАТАЛОГ фотообъективов завода № 393 (The catalog of photographic lenses of the plant № 393) 1949年
[4] Catalog Objectiv 1963 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog

撮影テスト
重厚かつ落ち着いた発色で、少しくすんだようにも見えます。軟調なのかと言えばそうなのですが、あっさり感はなく、味わい深い画作りができます。階調はシャドーに向かってなだらかに変化しており、トーンがとても丁寧に出ています。画質は開放から実用的で、スッキリとヌケがよく、中心から四隅までの広い範囲で乱れることのない均一な画質を維持しています。ボケも四隅まで乱れることはなく、とても安定感のあるレンズだとおもいます。
後になって気づいた事ですが、私が手に入れた製品個体はシリアル番号から1980年に製造されたもののようで、古いテッサーを紹介したいという本記事の趣旨には合いません。まぁ、設計は古いままなので問題ないでしょうが、はたしてどんなもんでしょう。作例どうぞ。開放でも十分な画質なので全部開放です。

2018年9月 漢字練習

F3.5(開放)sonyA7R2(WB:日光 )



F3.5(開放)sonyA7R2(WB:日光 )


F3.5(開放)sonyA7R2(WB:日光 )

F3.5(開放)sonyA7R2(WB:日光 )

F3.5(開放)sonyA7R2(WB:日光 )



F3.5(開放) sony A7R2(WB:日光)




F3.5(開放) sony A7R2(WB:日光)



F3.5(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F3.5(開放) sony A7R2(WB:日光)