おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
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2014/11/25

Steinheil Culminar 85mm F2.8











ライトトーンの美しい階調描写が魅力
Steinheil Culminar 85mm F2.8
Culminar(クルミナー) 85mm F2.8はオーストリアの数学者J.M.Petzval(ペッツバール)が19世紀半ばに設計したOrthoscope(オルソスコープ)を祖とするポートレート撮影用レンズである[文献1]。Petzvalはレンズの設計に対する数学的理論の裏付けがまだ十分ではなかった時代に史上初めて収差理論をレンズの開発に導入した人物で、2本のレンズを世に送り出している。このうちの1本はVoigtlander(フォクトレンダー)社から1840年に発売されたPetzval式人像鏡玉で、当時まだF14程度がやっとだった写真用レンズの明るさをいきなりF3.4まで高めた歴史的銘玉である。Petzval式人像鏡玉は近年Lomographyから復刻版が発売され話題を集めた。一方、兄弟レンズのOrthoscopeが世に出るのはこれよりも少し後のことで、風景撮影に適したF8の広角レンズが1858年にVoigtlander社から発売されている。Orthoscopeにはやや大きい糸巻状の歪曲があり非点収差も大きいなど広角レンズとして用いるには四隅の画質に課題を残していたが、後群全体が弱い負のパワーを持ちテレフォト性を備えていたため、Steinheil(シュタインハイル)による1881年の修正を経ることで中望遠レンズとしての新たな活路が見いだされた[文献2,3]。このレンズはAntiplanet(アンチプラネット)と呼ばれるようになり、今回紹介するCulminarの原型となっている[文献4,5]。

Orthoscope(左)とAntiplanet(中央)の光学系は[文献2], Culminar(右)の光学系は[文献4]からトレーススケッチした。いずれも構成は3群4枚である


Culminar 85mm F2.8は1948年にSteinheil社製のカメラCasca IIの交換レンズとして登場した。ところが、Casca IIの売れ行きは全く不振だったため、後に対応マウントをライカM39(L39), M42, Exaktaにも広げ交換レンズ単体としても売られるようになった。このうちライカM39マウントのモデルは軽量で求めやすい価格帯にある位置づけが消費者層のニーズをとらえ、売れ筋商品として成功を収めた。今もeBayなどの中古市場に流通する製品個体はM39マウントのモデルが中心である。Leica用の中望遠レンズを供給するサードパーティ製品の市場において、Steinheilのブランド力に対抗できるライバルがいなかったのも成功の要因だったのであろう。
 
文献1:写真レンズのすべて 辻定彦
文献2:Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens
文献3:Adolph Steinheil,  Pat. US241438 
文献4:Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION
文献5:「無一居」さん ブログコラム
 
入手の経緯
本品は2012年3月にeBayを介し中古カメラの売買を専門とするローマのセラー(ポジティブフィードバック100%)から落札購入した。これより少し前に他のセラーからM42マウントのモデルが出品されていたため私も入札したが、400ドルオーバーで他者の手にわたっていった。このレンズにはライカスクリューマウントのモデルも存在し、eBayでは350-400ドル程度で売買さている。今回のモデルはEXAKTAマウントなので少しは求めやすい価格になるのではと予想、スマートフォンの自動入札ソフトで最大入札額を301㌦に設定しスナイプ入札を試みた。商品の解説は「素晴らしい状態の完全動作品。EXAKTAでもテスト済み。フォーカスはスムーズで絞りの動きも良い。外観は僅かに使用感があるものの良好。硝子は素晴らしい状態(工場出荷状態に近い)で、カビ、クモリ、汚れ、その他何一つ問題はない。オリジナルレザーキャップとプラスティックケースがつく」とのこと。文面をそのまま信じるなら滅多に出ない素晴らしい状態であり争奪戦になるのではと予想していた。しかし、蓋をあけてみると205.5ドルで呆気なく落札、送料込みでも総額234.5ドルであった。国内での相場は不明だが2013年10月にヤフオクで出品された際は中古並レベルの品が21000円で落札されていた。届いた品は前玉に僅かな拭き傷があり絞り羽根に少し油染みが出ていた。オークションの解説がやや誇張気味だったのか、あるいは検査力の低いセラーに当たってしまったようだ。ただし、ガラスが傷みやすく傷の多い本レンズとしてはとても良好な状態であった。

重量(実測) 200g, 絞り羽 16枚, フィルター径 36.5mm, 最短撮影距離 1m, F2.8-F32, 光学系 3群4枚アンチプラネット型(テッサーを前後逆向きに据えたような構成), 対応マウント M39(L39), EXAKTA, M42, Casca II(本品はEXAKTA), レンズ名の由来はラテン語の「頂上」を意味するCulmen(「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著より)



撮影テスト
Culminarはオールドレンズらしいゆるい写りを存分に堪能できるレンズである。コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならなず、あっさりとした軽い印象の写りが特徴である。そのぶん階調は豊富で濃淡の変化を丁寧に表現できるので、空や雲の繊細でダイナミックなトーンを見事にとらえることができる。解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られずボケも安定している。ポートレート域では後ボケが硬めになり距離によっては2線ボケ傾向にもなるが、反対に前ボケは柔らかくフワッと拡散する。逆光には弱くハレーションがたいへん出やすいものの、ゴーストはあまりみられず発色が濁ることも少ないため、均一で美しい性質の良いハレーションである。これを写真効果として活かさない手はない。開放で逆光気味に構え露出オーバーで撮影すると淡泊で軽い仕上がりとなり、写真全体のイメージも明るく優しいものになる。美しいライトトーンの画はまるで白昼夢のようである。
このレンズにはダブルガウスやトリプレット、クセノターのようなゾクッとするような解像力もなければ破綻の見え隠れするような危うさもない、いわゆる「線の太い描写」の典型だが、テッサーのような鋭い写りにはならなず、穏やかで安定感のある写りを特徴としている。強いていればゾナーをかなり軟調にしたような性格と言ったらいいだろうか。ガラスの傷んでいる製品個体が多く描写性能については一部で酷評もみられるが、状態の良いものを探し当てれば味わい深い素晴らしい写りであることがわかる。軟調描写が好きな人にはたまらないレンズであろう。

撮影機材: Camera: Sony A7 + Metal Lens hood + Exakta-Emount adapter
F4, sony A7(AWB): コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならない。逆光でもシャドーが粘ってくれる
F2.8(開放), sony A7(AWB): 解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られず、ボケも安定している

F2.8(開放), sony A7(AWB): 空の微妙なトーンをダイナミックに捉えることができるのは軟調レンズならではの長所である
F2.8(開放), Sony A7(コントラスト調整): 開放では少し後ボケが硬めになる


F2.8(開放), sony A7(AWB), +2EV(露出高め):  ひとつ前の写真と同じ場所にて逆光に構え、露出オーバーで撮影した。もう、夢の世界だ

F2.8(開放), sony A7(AWB): 前ボケの拡散も綺麗







2014/11/21

【続】Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3 撮影テストPart 2(大判撮影編)

 
Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3
Lens Test by LARGE FORMAT CAMERA
前エントリー(こちら)ではDoppel-Protar 128mm F6.3の撮影テストに中判カメラ(ネガ120フィルム)とデジタルカメラ(フルサイズ機)を用いたが、今回はいよいよ大判カメラによる撮影テストである。レンズは推奨イメージフォーマットが4x5インチの大判シートフィルム相当となっており、この規格で用いると35mm判換算でF1.76/35mm程度の明るい広角レンズとなる。メーカーの推奨する規格に準拠することで、レンズの潜在力を最大限に引き出すことができる。
 
撮影テスト(続編)
撮影機材
CAMERA: 大判カメラ
FILM: Fujicolor 160N(4x5判カラーネガ)
露出計:Sekonic Studio Delux L-398
Film Scan: EPSON GT-9700F
 
このレンズを中判カメラや35mm判カメラで使用した際はコントラストが低く、あっさりとした発色傾向であったが、大判カメラになるとコントラストが幾らか向上し発色にもレンズ本来の力強さがみられるようになる。また、開放で線の細い写りとなるのも大判撮影におけるこのレンズの特徴で、背後にフレアを伴いつつピント部は高解像で四隅までの画質の均一性も高い。柔らかさの中に芯のある繊細な写りが堪能できる。
逆光に対する弱さは相変わらずである。曇天時には発色が淡くなり、空が入るとハレーションも簡単に出る。これは主にガラス同士あるいはガラスと空気の境界部における迷い光(内面反射光)の発生が原因である。ただし、ゴーストが出たり不均一な塊(フレア塊)になることは少なく、薄いベールで1枚覆ったような均一で美しいハレーションである。発色は濁らずにクリアな状態を維持しているので、写真効果として積極的に活用することができる。
ボケは基本的に安定している。被写体までの距離によっては四隅で僅かに像が流れることがあるが、グルグルボケまで発展することはない。前ボケは柔らかく綺麗に拡散しており、反対に後ボケは像がフレアにつつまれソフトな印象が維持されている。コントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くならない。

絞り: F6.3(開放), Lens:Doppel-Protar 128mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F:中判撮影の時にも感じたことだが、やはりハレーションが綺麗なのはこのレンズの大きな特徴である。前ボケは柔らかく綺麗に拡散している。反対に後ボケはやや硬いが、フレアにつつまれているのでソフトな印象を損ねることはない。解像力は開放から充分である。気になるほどでもないがアウトフォーカス部の周辺域で像が僅かに流れている
絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 6.3/128, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F, 上下を少しトリミングしている: 軟調系レンズなので、こういうシーンには強く、トーン描写が丁寧で暗部も潰れない。四隅の減光は装着しているフードが少し深すぎたせいかもしれない。この場所は有名な撮影スポットであるが、誰が撮っても同じような写真にしかならない難易度の高い場所でもある。決死の覚悟で人をいれることにした。中央にいるのは私だ

絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 124mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F: 広角レンズならではのパースペクティブ(遠近感)もよく出ており、迫力がある。突然真っ白いドレスを着た女性が横切ったので、コレはチャンスと思い急いでシャッターを切った