おしらせ


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2010/03/29

Steinheil MACRO-QUINON 55mm/F1.9 (M42)
シュタインハイル マクログィノン(マクロキノン)



シュタインハイル社といえば19世紀のドイツ写真工業の中でひときわ大きな存在感をみせたミュンヘンに拠点を置く光学機器メーカーです[1]。創業は1855年と古く、物理学者のカール・アウグスト・フォン・シュタインハイル(Carl August von Steinheil, 1801-1870)という人物が息子のフーゴ・アドルフ・シュタインハイル(Hugo Adolph Steinheil, 1832-1893)とミュンヘンに会社を設立し事業をスタートさせたのが始まりです。息子のアドルフは光学と天文学を専門とする技術者であるとともに、収差研究の第一人者ザイデルの友人でもありました。こうした好条件から彼はレンズの設計法を早い段階で手中に収め、天体観測用の望遠鏡や顕微鏡など計測科学の分野に数多くの光学製品を供給します。アドルフがザイデルの協力のもと1866年に開発した写真用レンズのアプラナートは史上初めて4大収差を補正した画期的なレンズでした。レンズの設計から製造まで一貫生産のできるシュタインハイル社は、19世紀のドイツ光学産業の中で名実ともに大きな存在感を示すようになります。

散り際の鮮やかさ、
シュタインハイル最後の輝き
Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9(Rev.2)
アドルフの没後から70年の歳月を経た1960年代、カメラの潮流はレンジファインダー機から一眼レフカメラへと大きく転換しようとしていました。シュタインハイル社のレンズ製造本数は戦後の復興景気の波に乗り1955年に年産25万本の大台でピークを迎えますが、ここから僅か5年の間に年産8万本まで落ち込んでいました。会社の存続をかけ経営戦略の見直しを迫られていた同社は、当時の一眼レフカメラの急速な普及がマクロ撮影用レンズの分野に大きな商機をもたらすと予想し、経営を立て直すための大勝負に打って出ます。1963年に同社はフラッグシップであるQuinシリーズの全ラインナップ(広角35mmから望遠135mmまで4製品)にマクロ機能を強化した別バージョンを展開[2]、これから巻き起こるであろうブームの到来に社運をかけたのです。しかも、レンズは2段ヘリコイドを組み込んだ超高倍率で、性能面でも他社の追随を許さない特別仕様になっていました。当時は勿論ですが、今に至るまでマクロ撮影用レンズをここまでアグレッシブに取りそろえたメーカーは他にはありませんでした。しかし、同社が供給した高価なマクロレンズに対する市場の反応は鈍く、マクロ撮影のブームも大きなものにはなりませんでした。1966年に同社のレンズ生産量(年産)は一時1万本を大きく下回る戦後最低水準まで落ち込みます。その後1970年まで1万本強の水準に回復しますが、同社は深刻な経営難に陥ります[1]。
今回再び紹介するのはドイツの老舗光学機器メーカーのシュタインハイル社が1963年に発売したマクロ撮影専用レンズのマクロ・ヴィノン(MACRO-Quinon)55mm F1.9です[2]。同社のマクロQuinシリーズには本レンズ以外にMacro-Quinaron 35mm, Macro-Quinar 100mm, Macro-teke-Quinar 135mmなどがあり、これらは同じ焦点距離を持つポートレート用のQuinシリーズと並行して市場供給されました。レンズ名の由来はラテン語の「5つの」を意味するQuinarius(ドイツ語のQuin)です。レンズの構成枚数にかけた名称ならばQuinarとMacro-Quinarは確かに5枚玉ですが、本レンズは6枚玉なのでつじつまが合いません。もしかしたら「ザイデルの5収差」にかけているのかもしれません。レンズの設計構成は下図に示すような4群6枚のガウスタイプで、ポートレート用のAuto-Quinon 55mm F1.9と同一構成のまま近接域で最高の性能が出せるよう、撮影距離に対する収差変動を予め考慮に入れた過剰気味の収差設計になっていました。鏡胴の造りは見事としか言い様のない素晴らしいレベルです。老舗光学メーカーの根性が入ったレンズといえます。
Steinheil Macro-Quinonの構成図:文献[2]に掲載されているものをトレーススケッチした見取り図。設計構成は4群6枚のガウスタイプ。前群と後群のサイズに大きな差がある
レンズの特徴はマクロレンズとしては極めて明るい口径比F1.9を実現していること、そして最大撮影倍率が1.4倍もあることです。ここまで高い撮影倍率を実現させるには、ヘリコドによる繰り出し量がかなり大きなものとなり、普通に考えれば困難ですが、シュタインハイル社は2段ヘリコイドという機械的にかなり凝った仕掛けをもつ新しい機構を導入することで、技術的なハードルを乗り越えています。下の写真にはヘリコイドを繰り出したときの様子を段階的に提示しました。一段目のヘリコイドを目一杯まで繰り出したのが左の写真ですが、ここまでくると内部でロックが外れ、二段目のヘリコイドが繰り出せるようになります。二段目のヘリコイドを見一杯まで繰り出したのが右の写真ですが、この状態で撮影倍率は1.4倍に達しています。光学系をこれだけ繰り出した状態でも偏芯を起こさず光学性能を一定水準に保てるわけですから、レンズの製造工程には非常に高い工作精度や精密な組み立て、品質管理が要求されたに違いありません。マクロ・ヴィノンは当時の技術の粋を集めて作られた最高のマクロ撮影用レンズだったのです。

参考文献
[1]STEINHEIL MUNCHNER OPTIK MIT TRADITION
[2]公式カタログ:MACRO OBJECTIVE für EXAKTA, STEINHEIL OPTIK (1966)

左は1段目のヘリコイドを目いっぱい繰り出した状態です。このとき内部でロックがはずれ2段目のヘリコイドが出せるようになります。2段目を目いっぱい出した状態(右)で撮影倍率は1.4に達しています




入手の経緯
本品は2009年の11月にeBayを介して米国LAのカメラ業者から僅か375㌦の即決価格(送料込みの総額は400㌦)にて落札購入しました。出品者は誤ってレンズ名をマクロ・テレキナーと記して販売していたのです。しかも、レンズは希少価値の極めて高いM42マウント版です。中古市場に出回っている製品個体は殆どがEXAKTAマウントのモデルですから、M42マウントを実際に目にするのはこの時が初めてでした。これはラッキーと思い二度と訪れないチャンスを逃がすまいと「即決購入(Buy it now)」のボタンを押したところ「あなたがこの商品のページを表示している間に誰か他のバイヤーが購入しようとしている。その購入者は現在、価格交渉中なので早く支払った人のものになる(和訳)」とeBayのエージェントが緊急性を示してきました。一刻を争う事態なので、即決価格で落札しサッサと支払ってしまいました。購入当時の国内相場はexaktaマウントのモデルで10万円、eBayでは700㌦前後です。M42マウント用ともなればもっと高いでしょう。商品の解説は「長い間人気のマクロテレキナー。カビなし、へこみ傷もなし。僅かにチリが混入しているが清掃すれば除去は容易だ。レンズは凄く凄く良い状態で8.5/10ポイント。フードと純正キャップ、ケースが付く」とのこと。解説文で「凄く」を連呼していたので出品者の商品に対する自信を感じました。しかし、届いた品は傷やクモリなど大きな問題こそないものの、レンズ内にチリやゴミの混入が激しく、ホコリまみれの空き家みたいに酷い状態。清掃しなければ撮影はできないため、自宅近くの専門店に持ち込んでオーバーホールしてもらうことになったのでした。
オーバーホールから帰ってきたレンズはクリーンでクリアな状態に蘇りました。レンズを綺麗にして初めて分かったことですが、前玉の中央に点状の小さな打撲傷がみつかりました。レンズというものは清掃して綺麗になると、逆に様々な粗が見えるようになります。もちろん、写りには全く関係のないものです。
このレンズは6年間所持し、ブログ用の作例を撮った後に手放しました。私はコレクターではありませんので、ブログで使用したレンズは基本的に手放します。今所持しているレンズを絶滅させブログをやめるつもりです。レンズはeBayにて入手額400ドルのスタート価格で出品しましたが入札が殺到、途中で「いくらなら売るつもりだ?」とか、「1000ドルで売ってくれないか」など直接交渉のオファーが絶えない大変な人気ぶりでしたが、最後は1300ドルの高値で落札され、次のオーナーの元に旅立ちました。
重量(実測)494g, マウント形状 M42, フィルター径 54mm, 最大撮影倍率1.4倍(ワーキングディスタンス:4cm), 絞り羽 5枚, 絞り値 F1.9-F22, 光学系 4群6枚ダブルガウス型, 2段ヘリコイド仕様, M42, Exakta, Nikon Fマウントが存在する。シリアル番号から1965年前後に製造された製品であることがわかる


 
シュタインハイルのマクロシリーズ純正フード。2段構成になっており、1段目で35mmのQuinaron, 2段で55mmのQuinonに対応する。フィルター径(内径)は54mmの特殊な規格である

撮影テスト
マクロ撮影用レンズとは言っても口径比がこれだけ明るければポートレート用にも使用できるし、風景撮影にも対応できる広い画角をもっています。画質はやはり近接域でも十分に安定しており、開放からスッキリとヌケがよく解像力やコントラストは十分です。遠方撮影時にもフレアは出ず、とてもよく写るレンズです。
背後のボケはマクロ撮影に特化したことによる反動のため、ポートレート域で硬く、ザワザワと形をとどめた特徴のあるボケ味になっています。一方でターゲットとなる近接域では柔らかい綺麗な拡散に変わります。前ボケは距離によらず柔らかく、きれいに拡散しています。発色はとてもよく、現代のデジカメで用いても色鮮やかな写真が撮れます。さすがに、手持ちで近接域を開放F1.9で狙うのは被写界深度が薄すぎるため困難です。近接撮影の場合は三脚を立てて使うことになります。
F5.6, sony A7(AWB) これは、素晴らしくよく写るレンズである



F5.6, sony A7(AWB) 発色は良好だ




F5.6, eos kiss x3(AWB)三脚使用 : これだけ寄ってこの解像力はたいしたもの。フローティング機構のない古典的なマクロレンズとは言え、性能の高さには驚かされる



F5.6, sony A7(AWB)





F8, eos kiss x3 (AWB) 解像力、コントラストは十分






F5.6, sony A7(AWB)


続けて銀塩撮影による結果

F8, 銀塩撮影(Fujifilm C200カラーネガ)

F4, 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400カラーネガ)






F4, 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): 
F5.6,銀塩撮影(Kodak Ultramax 400)
F1.9(開放), 銀塩撮影(Kodak UltraMax 400)
F4, 銀塩撮影(Rollei Retro80S モノクロネガ)
F4, 銀塩撮影(Rollei Retro80S モノクロネガ)

過去の古いバージョンの記事(Rev.1)はこちらのアーカイブに移動しました。できれば、もうみないでください。

2010/02/04

Steinheil München CULMIGON 35mm/F4.5
シュタインハイル・ミュンヘン クルミゴン


独特の設計だからこそできたこのサイズ。
コンパクトな広角レンズを探すと最後はクルミゴンに辿りつく
 
こんなに小さな一眼レフ用広角レンズはちょっと見当たらない。ドイツ・ミュンヘンの老舗光学機器メーカー、シュタインハイル社が1956年に製造したクルミゴンである。光学系はシュタインハイルが得意とする3枚構成のトリプレット型を原型とし、最前面に凹レンズを1枚置いて包括角度を広げ、4群4枚構成でレトロフォーカス化したユニークな設計であり、正レンズと負レンズが2枚づつとなるため光学系のバランスが良い。レトロフォーカス化に便乗し、同時に高画質化も実現してしまうという優れたレンズ構成である。アルミ素材の鏡胴に加え、口径を小さく抑えた設計により重量わずか130gの超小型・軽量ボディを実現した。APS-Cセンサーを搭載したデジタル一眼レフカメラが全盛の今、使いやすい35mmの焦点距離を持つ本品への注目度は高い。なお、レンズ名の由来はラテン語の「頂上」を意味するCulmenで、広角レンズなのでこれにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせCulmigonとした。
 
★入手の経緯
 本品は2009年12月にeBayを通じて米国ワシントンの業者から送料込みの80㌦で落札購入した。eBayでの落札相場は80-130㌦くらいだろう。解説には「マウント部にハゲ。フォーカスリングに小さな傷。フォーカスリングの回転はスムーズだが少し重い。絞りリングの回転は快調だが、絞り羽には若干オイル染みがある。ガラスはクリーンでクリア。キャップがつく。」とある。後日手元に届いた現物の全てを的確に物語っていた。

フィルター径:40.5mm, 重量:130g, 光学系:4群4枚, 焦点距離:35mm, 絞り値:F4.5-F22, 最短撮影距離: 0.5m。本品はプリセット絞りである。絞りリングには各指標においてクリック感がなく、絞り羽根は実質的に無段階で開閉する

★描写テスト
クルミゴンの設計には割り切りの良さを感じる。開放絞り値がF4.5とやや暗めの仕様だが、元の原型がシンプルなトリプレット構造であることや、ボケ味を出し難い広角レンズであることなどを考えると、無暗に大口径化するよりもコンパクト性を重視するほうが製品としての特色が出しやすい。そう考えると、描写のチューニングも自然とシャープネスを優先するものになる。本レンズの特徴は下記の通りだ。

●画像中央部は絞り開放からシャープに結像する。
●周辺部は湾曲収差の影響で、結像はボケ気味である。
●発色は薄くて淡い。暗部が浮き気味になりコントラストは明らかに低い。
●二線ボケやグルグルボケは出ていない。ボケ味は硬め。
●ガラス面は単層コートティングなので逆光に弱くフレアが発生しやすい。フードは必須だ。

以下、作例を示す。

F4.5 この通り中央部は絞り開放からシャープだが周辺部の結像は像面湾曲の影響でボケ気味

 
F4.5 コントラストは低く発色は淡白。アウトフォーカス部では輪郭に沿ってエッジがシャープに立ち上がっている。ボケ味は硬く騒がしい

F5.6 下方の芝生の結像がガサガサと煩さく像がタルのように歪み縮まっているようにみえる。歪曲収差が出ているようだ?

 
F8 これくらい絞っておけば周辺部まですっきりと高画質だ。いいレンズではないか

★撮影環境: Steinheil CULMIGON + EOS kiss x3 + マミヤ2眼レフ用HOOD(42mm径)

 

 シュタインハイル社製のレンズには特色のある品が多い。第二次世界大戦による工場の被害さえなければ、戦後のシュタインハイルは名実ともにライカやツァイス、シュナイダーと並びドイツを代表する規模のメーカーとなっていたのだろう。中小企業という劣勢の立場、伝統ある老舗メーカーとしての誇りがシュタインハイルの製品を魅力あるものにしたのだろう。


2009/10/26

Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8

Steinheil Auto-D seriesにはM42マウント用の他に何とNikon-Fマウント用が存在する
 
ニコンマウントを採用したオールドレンズ界の異端児
 私がM42マウント用のレンズにこだわるのは、この規格がマウントアダプターを介してpentax, Canon, Sony(minolta), Contax, Olympus・・・など多くのカメラで使用できるからだ。ところでM42マウントと同じように多くの種類のカメラで使用することのできるマウント規格が存在する。ニコンFマウントだ。ドイツの老舗光学機器メーカー・シュタインハイル社は1961年に通称"Auto-D-Quinシリーズ"と呼ばれる製品を発売し、ニコンFマウントにも対応させた。
 シュタインハイルといえばドイツのミュンヘンを拠点とし、戦前はツァイスと肩を並べるほどの大規模メーカーであった。しかし、戦災の被害により2000人以上いた従業員は800人以下に減るなど事業規模が大幅に縮小してしまう。戦後はローデンストックと連携し、西ドイツのカールツァイスの再建に協力した。
 今回入手したのは、戦後のシュタインハイル社が製造したQuinシリーズの中の、広角レトロフォーカス型レンズAuto-D-Quinaronだ。このレンズの特徴は最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影が可能なことである。極めてよく似た特徴を備えたレンズに、旧東ドイツのツァイス・イエナが製造したフレクトゴン35/2.8があり、Auto-D-Quinaronはこのレンズを意識した対向商品だったと思われる。大きなゼブラ柄のストライプと、バズーカのような迫力のある鏡胴が格好良い。姉妹品として標準レンズのAuto-D-Quinon(55mm)、望遠で100mmと135mmのAuto-D-Quinarが存在し、さらにマクロ撮影に特化した別のラインナップ、Makro-Quinaron/Quinon/Quinarも存在する。Quinシリーズに対する同社の意気込みは相当なものだ。極めてレアなようだがMacro-S-QuinシリーズなんてのもeBayで売られていた。こちらの詳細は不明だ。なお、初期のモデルはシルバー・クローム鏡胴であったが、1965年のモデルチェンジで誕生したAuto-Dシリーズからはゼブラ柄デザインになった。

フィルター径49mm 重量220g 最短撮影距離20cm レンズ構成は5群7枚 Nikon Fマウントを象徴するカニ爪が出ている
ヘリコイドリングをまわし前玉をいっぱいまで出した状態(右)と収めた状態(左)。本品は最短撮影距離が僅か20cmでありマクロレンズのような接写撮影が可能である
 
銘板に刻まれたAuto-Dの頭文字"D"は絞り(Diaphragm)のことで、マルチコーティングを意味するわけではない。対応マウントはエグザクタ、M42(希少)、そしてニコンFマウント(極めて希少)である。レア物好きの私が入手したのは、もちろんNikon-Fマウント用だ。
  
入手の経緯
Auto-D-Quinシリーズは135mm/F3.5のTele-Quinarを除いて、どのモデルも希少性が高く、手に入れるのは難しい。中でもTele-Quinar 100mmの入手は絶望的であろう。本品は2009年10月5日に米国イリノイ州オレアノの中古カメラ業者がeBayに出品していたものだ。340㌦の即決価格で落札し、送料込みの総額375㌦(約3.4万円)で入手した。商品の解説には

 [1] 光学系の状態はVERY GOODで傷やカビはない
 [2] コーティングはパーフェクトに見える
 [3] 硝子はクリアーだが、気泡が1~2個ある
 [4] ピントリングと絞りリングはパーフェクトに作動する
 [5] 鏡胴には多少使用感がある。ペイントは100%大丈夫
 
とあった。流通量が少ないため、中古相場が幾らなのかハッキリとはわからない。ニコンFマウント用とM42マウント用はエグザクタマウント用よりも高額で取引されている。
 さて、10日後に商品が届き恐る恐る検査をした。すると前玉のコーティングにスポット状の剥離が2箇所見つかった。業者はこれを気泡と解説していたのである・・・。なんだか嫌な予感がした。他にはヘリコイドの回転が極めて硬く、レンズ内にはチリがパラパラと見られた。描写への影響はギリギリセーフだが清掃が必要であった。光学系の状態を「パーフェクト」ではなく「Very good」と表現していたことにもっと早く気づくべきだった(シクシク)。続けてニコンのカメラにつけて撮影してみたところ、嫌な予感が的中し重大な欠陥が判明した。絞り連動レバーがレンズに内臓されているスプリングの力だけでは下がらないのである。絞り羽根が閉じるのは開放からf3.5までで、これ以上絞りリングをまわしても羽根が出てこない。恐らく羽根がオイルで汚れており、これが抵抗になって羽根の開閉を困難にしているのだ。前玉の銘板内に誇らしげに記されたAuto-D表記が褪せて見えた。さらに無限遠点への合焦が困難であり、指標を無限遠点のマークにあわせても焦点が合うのはせいぜい10~20m先までであった。業者にこれらの問題点を伝え返品を要請したところ、修理代を払うので日本で修理してくれないかと提案してきた。しかし、オークションの解説写真に比べると、届いた実物はずいぶんと使用感があり品質に落差を感じていたので(そのことは業者には述べずに)返品することに。業者には週末に返送すると伝え、2-3日の間このレンズの描写力を堪能した。
 
試写テスト
本品に対する前評判を文献上やWEBサイト上で探し回ったが、描写に関する情報は極めて少なかった。姉妹品のAuto-D-Quinon(55mm)については、あちこちのWEBサイトで優れた描写力に対する高い評価を目にする。本レポートが有意義な情報源になれば幸いだ。なお、前述のように私が入手したAuto-D-Quinaronは欠陥品であるため、テスト撮影は絞り値がF2.8とF3.5の場合のみで行った。 

  • 鮮やかで癖の少ない素直な発色が特徴。どの色も忠実に再現されるが、色飽和を起こすことが度々あるとのユーザー報告を目にした。金属などのメタリック色の描写が素晴らしいとの定評がある。
  • 収差が充分に補正されており端部に至るまで均質な結像が得られている。結像が流れたり、グルグル回ることなどはない
  • 最短撮影距離が20cmと短くマクロ的な撮影を楽しめる
  • 接写撮影時に背景のボケが煩くなることがあり、球面収差の補正が不充分である。最短距離20cmは少し無理な設計であったのかもしれない。ツァイス・フレクトゴン35mm(ゼブラ)に対抗するための焦りだろうか?
  • 上と同じ理由により近接撮影時のシャープネスはさほど高くない。、柔らかい描写が本レンズの特徴といえる
  • フレアは同時代のフレクトゴン35よりも出にくいとのユーザー報告があるが真偽は不明
かなり優秀なレンズに思える。本製品はフレクトゴン35よりも遅れて発売された。中古市場の流通量の少なさから考えると、発売当時はあまり売れなかったと思われる。

F2.8 横浜・みなと未来 いい色が出ている。遠景撮影時のシャープネスは高くないが、遠景の場合には開放絞りでも実用的なレベルだ

F2.8 東戸塚西武:こちらも絞り開放で遠景を撮影した。シャープネスは充分
F3.5 横浜みなと未来:定評のあるメタリック色の描写は実物よりも渋めになる。重厚感がひきたつ

F2.8 色の再現性はこの時代のレンズにしては優秀。近接撮影時におけるボケは煩く、乱れ方は独特。下段の写真は上段の写真の中央に向かって接近し20cmの最短距離で撮影したもの。近景では結像がやや甘い。見てのとおり柔らかい描写だ

F2.8 横浜・関内:いろいろな距離で撮影したが非点収差はよく補正されておりグルグルボケは殆ど出ない


F2.8 周辺部まで均質で良好な結像が得られている。モノコートなので逆光に弱く、木のあたりにフレアが出ている

F2.8 難しい紫の発色だが実物よりも若干淡い程度で良く再現できている。このレンズは青系の色が極僅かに淡くなる傾向があるので、そのためであろう。
F3.5 コスモスのピンクはよく出ているが色が飽和気味だ
F3.5 次は黄色。こちらもしっかりした発色で再現性も高い

撮影環境
Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8(Nikon F) + Nikon D3 + Hakuba rubber hood
重くてデカイD3の迫力にも負けない存在感のあるデザインが魅力だ

もう少し時間に余裕があれば、フレクトゴン35とのガチンコ勝負など面白い企画が立てられたのだが、非常に残念だ。いい勝負をしたかもしれない。本品は米国の出品者の元に返品された。ところで、ちゃんと返金してくれるのだろうか。

2009/07/28

Steinheil München Cassarit 50mm/F2.8


こんなに小さいカッサリート
無骨なデザインが魅力
シュタインハイル社の極小レンズ

 じつは私の頭には物欲センサーが生えている。時にこれが私を支配し、家族には内緒で夜な夜な新しいクラシックレンズを調達してしまう。困ったセンサーだ。まぁそんなことはどうでもよいのだが、 私がクラシックレンズを選ぶ際の決め手は(1)デザインがレトロでオシャレであること。(2)描写に個性や味があること。(3)できれば希少性が高いこと・・・である。ちゃんと写るならベンチマーク的な描写性能は二の次なのだ。そんなわけで、今回はシュタインハイル社のカッサリートである。レンズ名の由来は創業者のC.A.Steinheilの頭文字(C+A+S)を由来としている。
 シュタイハイル社は1855年に物理学者シュタインハイルが設立した西ドイツ・ミュンヘンの光学機器メーカーである。日本ではあまり馴染が薄いメーカーだが、ドイツではイスコ、シャハト、ローデンストックとともに中堅名門メーカーの一角を担っている。今回とりあげるカッサリートは開放F値が2.8とスペック的には地味であるが、コンパクトな鏡胴と迫力のある大きなゼブラ柄のデザインが魅力の50mm標準レンズである。レンズの構成は収差(サイデルの5収差)を十分に補正するために必要な最低限の3群3枚で、トリプレットとよばれる設計である。トリプレットはシンプルな構造による画質面での優位性と製造面での低コストを両立させた的を得た設計といえる。本品はM42マウントであるが、他にマクロカッサリットという名のExaktaマウントが存在する。
 私にとっての極小レンズはルードビッヒ・メリター50/2.9とエンナ・リサゴン35mm/2.5に次ぐ3本目である。口径の小さなレンズは癖玉が多いというイメージが頭に焼き付いて離れないが、はたしてカッサリートはどうなんだろう。
小さなEOS Kiss x3がまるで大きなカメラのように見えてしまう。重量:127g(実測) 最短撮影距離:80cm 焦点距離/解放絞り値:50mm/F2.8 レンジファインダーカメラによくある40.5mmのフィルター径を持つ。本品はM42マウント仕様

入手の経緯
このレンズはeBayなど海外のオークションにはめったに出品されない。しかし、何故かヤフオクには度々出品されている。本品は2009年6月にヤフオクで5000円の値をつけていた。過去に13500円で落札されていたので、この値段は魅力的であった。他に入札者が1名いたが、いつものように入札締め切り15秒前に8000円を投じ、5750円で競り落とした。
 
ピン押しタイプのマウントアダプターには要注意
 カッサリートには鏡胴の側面に「自動絞り(ピン連動)/手動絞り」の切り替えスイッチがついている。この機能がくせもので、使い方次第では故障の原因となる。今のマウントアダプターには改良が施され、ピン押しタイプのものが多く出回っている。これを用いて、常時ピンを押しこんだ状態のまま先の切り替えスイッチを使用すると、レンズの内部で切替スイッチの状態を絞り羽に伝えるレバーが、絞り羽の上に設けられたストッパーから外れてしまう。その結果、絞り込みができなくなってしまう(いわゆる故障)。こうなった場合には、以下の4つのステップを踏んで機能を回復させてやる必要がある。
  1. 鏡胴についているレリーズチューブの取り付け部を外し、中の制御棒を引き抜いておく。取り付け部はねじ込み式になっているので、マイナスドライバーで簡単に外れる。
  2. マウント部近くのゼブラリングについている3本のねじ止めをマイクロドライバーを使って外す。
  3. 撤去したゼブララリング内の鏡筒の側面に空いた穴にマイクロドライバーを突っ込み、絞り羽上のストッパーを引っ掛けて動かし、絞りが閉じた状態にする。
  4. スイッチの動力を伝えるレバーをマイナスドライバーで立ち上げ、先ほどのストッパーにはめる。あとは逆の手続きで状態を元に戻して修復終わり。
トラブルを避けるためにも、ピン押しタイプのマウントアダプターは使用しないほうが無難だ。
試写テスト
カッサリートの描写性能についてまとめると、
  • ボケは自然で綺麗。グルグルボケや2線ボケは出ない。
  • 晴天下に屋外で使うとコントラストがかなり低下する。
  • 晴天下では紫と緑がだいぶ淡くなる。
  • 鮮やかでもなく渋くもなく平凡。
発色に関して言えば本品は間違いなく癖玉だ。しかし、それはフィルム写真の時代の話。幸いボケは綺麗なので、デジタル一眼レフ本体の補色・補正機能が本領を発揮する。本品はそこそこ使えるレンズに変身するだろう。
★撮影環境: Steinheil Cassarit 50mm/F2.8( M42 mount) + EOS Kiss x3
昼間・晴天下での撮影結果
カメラ側の補正なしで使用した。撮影後の画像補正も行っていない。コントラストが低く暗部に締まりがない。葉の色は本来はもっと濃い緑色であるが淡くなってしまった。これ以降の写真も補正なしのまま f8

本来は濃い紫色なのだがだいぶ淡くなってしった。現物とは全く異なる色だ f5.6
中遠景の撮影結果。屋根のハイライト部が完全に白飛びしてしまった。フレアが出ている。レンズの性能的に、このような高コントラストの構図をカバーしきるにはかなり無理がある。 f8

ボケ味は自然で綺麗だ。グルグルボケは出ていない。カメラ本体で補色を行い紫が出るように補正した。まだ若干淡いもののデジタル一眼の補正機能の強力さを確認できた f5.6
 
夕方から夜にかけて、又は室内での撮影結果
フレアが出にくい条件下ではコントラストの向上が期待できる

夜のカッサリートはコントラストが向上しボケも上々

無駄な光が減るため、夜の緑は濃くしっかりと出る。昼間の描写とはまるで別物だ f4


霧の夜。雰囲気が良く出せた  f5.6
ボケ味のテスト。二線ボケは出ていない。きれいだ! f2.8
トンカツ屋の店主。ハイライト部の階調表現も良好  f4

日没直後の空 f2.8
★撮影環境(オマケ): Steinheil Cassarit 50mm/F2.8( M42 mount) + PENTAX MZ-3 + リバーサル-ISO100

周辺画像の乱れをチェックするため銀塩カメラで何枚か撮影した。
絞っていれば、周辺画像は良好だ。静岡県伊東市・松月院 f8


絞り開放では右側周辺にリングボケが発生した。やはり乱れているなぁ 伊東市・松月院 f2.8
        静岡県伊東市・いな葉と東海館 f8 

私にとって、極小レンズは癖玉の代名詞だった。ルードビッヒ・メリター50mm/2.9はコントラストが低すぎてフォトレタッチでも救いようの無いレベル。エンナ・リサゴンは赤や紫が淡くなり、カメラ本体の補正機能とフォトレタッチでリカバーできるもののボケが癖気味。カッサリートはどうかというと、発色についてはカメラの補正で何とかなるレベルであった。なによりもボケが綺麗なので、もしかしたら使えるレンズなのかもしれない。カメラのセッティングを極め、今後もう少し詳しくテストしてみたい。