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2019/04/30

FUTURA FREIBURG BR. Frilon 50mm F1.5 (Futura-S M34 screw)



















フンワリ、ボンヤリ、でもシッカリ写るレンズはオールドレンズ女子の強い味方。ならば、フトゥーラ社のフリロンは、まさにそういう類のレンズです。このレンズの魅力溢れる写りに惑わされるマニアが後を絶ちません。
 
特集:女子力向上レンズ PART 2
っぱりFUTURAはフツーじゃないら!
FUTURA (FREIBURG BR.) FRILON 50mm F1.5 
Futura Kamerawerk(フトゥーラ・カメラ)は第二次世界大戦中にドイツ空軍に従事しカメラや光学機器の製造に携わったフリッツ・クーネルト(Fritz Kuhnert)という人物がドイツのフライブルクに設立したカメラメーカーです[文献1]Fritz Kuhnert1942年にフリッツ・クーネルト光学研究所(Optische Anstalt Fritz Kuhnert)を設立しフライブルクに工場を建てますが、この工場は2年後の194410月に連合軍の爆撃で大破してしまいます。戦後はグンデルフィンゲン郊外に新工場を建て、1947年にEfka 24という24x24mmフォーマットのビューファインダーカメラを発表、続けて上位機種のFuturaレンジファインダーカメラを開発し、1950年の第一回フォトキナで発表しています。しかし、その直後に会社は営難に陥り身売りします。新工場再建の負債が重くのしかかったのか、はたまた新製品の開発コストが予想以上に大きかったのかもしれません。会社の買収を名乗り出たのはハンブルクに拠点を置く船舶会社のオーナーで、有限会社Futura Kamerawerk (以後はFuturaと略称する)を再スタートさせ、この機にFritzは経営から身を引きます。Futura1950年から1957年までの間に4種類の35mmのレンズ交換式レンジファインダーカメラ(Futura, Futura P, Futura S, Futura SIII)を発売、主に米国への輸出用として市場供給されました。交換レンズのラインナップは大変充実しており、Ampligon 4.5/35, Futar 3.5/45, Frilon 1.5/50, Evar 2/50, Elor 2.8/50, Frilon 1.5/70, Tele Futar 3.8/75, Tele Elor 3.8/90, Tele Elor 5.6/90に加えSchneider Xenar 2.8/45が用意されました。レンズ名の幾つかはKuhnert一家の家族の名前を由来にしており、Elor 50 2.8は妻EleonoreEvarPetarは彼の子供達EvaPeterから来ています。Elorは無理のない明るさと端正で堅実な写りが特徴のテッサータイプのレンズですが、おそらくEleonoreの人柄もそうであったのではないかと思われます。Fritz自身の人柄がどうだったのかは今回紹介するFrilonを見れば容易に想像できることですが、かなり自由奔放で独特な人だったのでしょう。口径比がF1.5と明るいうえ希少性も高いため(要するにあまり売れなかった)、現在の中古市場では高額で取引されています。カメラやレンズの生産は1957年頃まで続いていたそうです。
Futura Frilonの光学系:[文献2]に掲載されている構成図をトレーススケッチした見取り図です。設計は4群6枚のゾナー型で、文献[5]の図99で記された空気レンズ付き簡易Sonnar型とよく似た設計となっている。左が被写体側で右がカメラの側


 
Futuraのレンズを設計したのはシュナイダー社の設計士Werner Giesbrecht ( ベルナール・ギーゼブレヒト ) という人物です。ただし、レンズはSchneiderブランドのXenarを除き全てがFuturaの自社工場で生産されました。レンズの設計構成は上図に示すような4群6枚のゾナータイプです[文献2]。普通のゾナーでは第2群が3枚のはり合わせで、中間エレメントが屈折率の低いガラスとなっているところを、このレンズでは空気層に置き換えています[文献4,5]。この設計構成はコシナから出ている現行のC SONNARにもみられます[文献6]。ただし、コーティングの性能が発展途上だった1950年代に空気とガラスの境界面を増やしてまでこの設計構成を導入したのは、単にコストを抑えるためです。しかし、この方が設計の自由度が高い分だけ解像力は良好なので、オールドレンズ的な価値観で再評価するならば、この方がかえって面白いレンズであろうかとおもいます。
 
参考文献
[1]  フライブルグ市公式ホームページ:A short chapter in the history of Freiburg: The Camera Industry
[2]  35mm判オールドレンズの最高峰「50mm f1.5」岡田祐二・上野由日路 著 2018年
[3]  Futura Objective, Futura GMBH  Futura公式冊子
[4]  Marco Cavina's Page;"ZEISS TIPO SONNAR ED IL GENIALE FILO CONDUTTORE CHE COLLEGA TUTTE LE VERSIONI DEL CAPOLAVORO DI LUDWIG BERTELE"
[5] 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄を探る」辻定彦著 電波新聞社, P69下段
[6]  COSINAホームページ: C SONNAR T* 50mm F1.5  
 
入手の経緯
レンズは201710月にヤフオクで手に入れました。カメラ本体(FUTURA-S)とセットで70000円のスタート価格で登場し、6人が応札、最終的には自分が100010円で落札しています。オークションの記載は「希少レンズFRILON 50mm f1.5が付いたFUTURA-S。レンズはFuturaにしては非常に状態が良い。カメラの他に純正のケースが付属する。カビや曇り、バルサム切れは見られず、埃の混入が数個と気泡が2、3個あるのみ」とのこと。届いたレンズは前玉のコーティング表面に同社のレンズ特有の薄い線キズが見られたものの、良好な状態でした。同社のレンズはコーティングが極めて弱く、拭いただけで全て拭き傷となって残っています。中古市場でみかけるFUTURA製レンズは全てこうなので、コレクション目的の方には同社のレンズはお勧めできません。
 
FUTURA FRILON 50mm F1/5:  絞り値 F1.5-F11, マウント規格 Futura M34 mount, 設計 4群6枚ゾナー型(エア・ゾナー型),  絞り羽 15枚 


 
 
デジタルカメラへのマウント
FUTURAのレンズは全てM34スクリューネジです。レンズをミラーレス機にマウントするためのアダプターも存在し、eBayで入手可能です。ただし、値段はちょっと高めなので、私はステップダウンリングを用いてレンズのマウント部を34mmから42mmに変換し、M42ヘリコイド(17-31mm)に搭載、末端にM42-Sony Eスリムアダプターを装着してSONY A7シリーズのミラーレス機で用いることにしました。


撮影テスト
開放では薄いフレアがピント部表面を覆い、ハイライト部には微かな滲みが発生、写真全体がしっとりとした柔らかい雰囲気につつまれます。ただし、ピントの合っている部分はしっかりと解像しており、柔らかさの中に緻密さを宿す、いわゆる線の細い繊細な描写となります。光にとても敏感なレンズなので逆光になるとハレーションが顕著に発生しますが、発色が濁ったり淡白になることはなく依然としてコントロールは可能。美しい印象的な写真が撮れます。ボケは安定しており、グルグルボケや放射ボケが目立つことはありません。時々、ピント部前後のボケが形をとどめながらゴワゴワと面白い形になることがあります。オールドレンズの良さが詰まった素晴らしいレンズだと思います。
 
F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日光) 



F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日光) 
F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日陰)

F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日陰) 







F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日光) 縦の構図2枚をシンメトリー合成しています
F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日光) 

F1.5(開放)  sony A7R2(WB:日光) 


2018/07/08

KMZ Jupiter-9 85mm F2 for Cinema(AKS-4M mount)


Jupiter-9 85mm F2+sony A7R2 with Recoilハイグリップカスタムケース



20世紀を代表する明るいレンズと言えば、真っ先に思い浮かぶのはガウスタイプとゾナータイプです。両者はレンズの設計構成のみならず描写の性格も大きく異なり、設計構成が描写の方向性を決定づける一大要因であることを私たちに教えてくれます。ガウスタイプの特徴がキレのあるフォーカス、線が細く繊細で緻密なピント部、破綻気味のボケであるのに対し、線が太く力強いピント部、安定感のある端正で優雅なボケを提供できるゾナータイプは、ガウスタイプとは異なる性格の持ち主でした。今回はロシア製ゾナー型レンズの鉄板、ジュピター・ナインをご紹介します。
 
クラスノゴルスク育ちの
35mmシネマムービー用レンズ  PART 5
レンズ選びはセンス!
シネ・ジュピターはいかがですか
クラスノゴルスク機械工場(KMZ) JUPITER-9 85mm F2 for AKS-4M cinema movie camera

カールツァイスの名玉SONNAR 8.5cm F2のクローンコピーとして誕生し、美しい描写、豪華な設計、高いコストパブォーマンスから今も絶大な人気を誇るジュピター9(Jupiter-9/ ユピテル9)。ただし、今回取り上げるのは、ただのJupiter-9ではありません。シネマ用に設計された特別仕様のモデルで、カールツァイスのアリフレックス版ゾナーやコンタレックス版ゾナーと同格のプロフェッショナル向けに供給された製品です。
ご存知かもしれませんが、ゾナーとはカール・ツァイスのレンズ設計士ルードビッヒ・ベルテレが戦前に設計した大口径レンズの銘玉です。日本やロシアでは戦後にゾナーを手本とする同一構成のレンズがたくさん作られ、ロシアではこの種のレンズがジュピター(ユピテル)の製品名で市場供給されました。ジュピターは1948年に既に登場しており、モスクワのクラスノゴルスク機械工場(KMZ)の393番プラントにて、はじめはZK(Sonnar Krasnogorsk)というコードネームで開発されました。このモデルの製造には第二次世界大戦の戦後賠償としてロシアがドイツ国内から持ち出したガラス硝材が使われ、ツァイスのイエーナ工場から召喚されたマイスター達の指導のもとで製造されました。ZKはレンズの血肉であるガラスまでもがオリジナルと同一の、いわゆるクローン・ゾナーだったのです。その後、ドイツ産ガラスの枯渇にともなう措置として、ロシアの国産硝材に切り替えるための再設計が行われ、現在のジュピターシリーズの原型が開発されました。ジュピターシリーズを設計したのは1948年にKMZ光学設計局の局長に就任したM.D.Moltsevというレンズ設計士で、Moltsevはジュピターシリーズの他にもテッサータイプのIndustar-22を設計した人物として知られています。

Jupiter-9の構成図。左は今回のシネマ用モデルで右はスチル撮影用に設計されたよくあるモデル。シネマ用の方が構成面の曲率が緩いため、高性能なガラス硝材が用いられているのでしょう




ジュピター9は1950年にKMZから登場し、まずはLeicaスクリュー互換のZorki(ゾルキー)マウントと旧Contaxマウント互換のKiev(キエフ)マウントの2種のマウント規格で市場供給されました。翌1951年には一眼レフカメラのZenit(ゼニット)用のモデルが、やはりKMZから登場します。初期のモデルはどれもシルバーカラーのアルミ鏡胴でした。レンジファインダー機向けに造られたゾルキー用とキエフ用は最短撮影距離が1.15mでしたが、一眼レフカメラのゼニット用では光学系が同一のまま0.8mまで短縮されました。KMZは1950~1957年にジュピター9を複数回モデルチェンジしていますが、1958年にレンズの生産をLZOS(ルトカリノ光学ガラス工場)とウクライナのARSENAL(アーセナル)工場に引き継ぎ、映画用カメラなど新モデルを投入する場合を除いて、基本的にはジュピター9を造らなくなっています。
LZOSからは1958-1988年にZorkiマウントとKievマウントの2種のモデルが生産され、その後、対応マウントのラインナップはM39マウント(1960年代)、シネマ用AKS-4Mマウント(1960年代~1980年代)、1970年代からはM42マウントにまで拡張されています。1980年代半ばからガラス表面にマルチコーティングを施したモデルが従来の単層Pコーティング(Pはprosvetlenijeの意)を施したモデルに混じって造られるようになり、その割合が少しづす増えていきました。一方、Arsenalからは1958-1963年にKievマウントのモデルが生産され、その後は1970年代にKiev-10/15マウントのモデルなどが生産されました。なお、1963年からは各社ともジュピター9のカラーバリエーションにブラックを追加し、その後、1968年にシルバーカラー(写真・下)は製造中止となりました。

Jupiter-9 85mm F2+sony A7R2 with Recoilハイグリップカスタムケース


今回紹介するのは35mm映画用カメラのAKS-4M(AKC-4M)に搭載する交換レンズとしてKMZから供給されたシネマ用のモデルです。レンズの構成は上図に示す通りで、スチル用からの転用ではなくシネマ用として設計されています。スチル用に比べ個々の構成面の曲率が緩く、はじめから収差を補正しやすい構造となっています。イメージサークルは広く作られており、フルサイズセンサーを余裕でカバーしています。

入手の経緯
レンズは2018年4月にeBayを介してロシアのオールドレンズを専門に扱うセラーから265ドル+送料の即決価格にて購入しました。商品はAKS-4Mマウントの状態で売られており、「新品・オールドストック」との触れ込みで「未使用状態のレンズで、カビ、キズ、クモリ、バルサム剥離、陥没等はなく、コーティングもOKだ。絞りの開閉は問題なく、絞りリングとヘリコイドリングはスムーズに回転する」とのこと。届いた品は前玉に僅かに拭き傷がある程度で、前玉に傷の多いジュピターにしては良好なコンディションでした。M52-M42ヘリコイドチューブ25-55mmに搭載し、ソニーEマウントに改造して使用することにしました。改造のための部品代を含めるとレンズには総額315ドル程度とスチル用モデルの1.5倍程度の予算がかかりました。
ブラックカラーモデル:重量[実測]282g(ヘリコイド等改造部位を除く正味の重量), 絞り羽 15枚構成, フィルタ径 49mm,  映画用カメラのAKS-4用, 設計構成 3群7枚(ゾナータイプ)
シルバーカラーのモデル:重量[実測] 281g, 他の仕様もラックモデルと全く同一


撮影テスト
ゾナータイプのレンズは解像力ではなく階調描写力で勝負するレンズです。Jupiter-9も開放から線の太い力強い描写を特徴としており、なだらかなトーンと安定感のあるボケが優雅な雰囲気を作り出してくれます。細部まで写りすぎない描写はポートレート撮影に大きなアドバンテージをもたらしてくれるはずです。コントラストは良好で発色の良いレンズですが、絞っても階調が硬くなることはありません。
今回取り上げるシネマ用のモデルと通常の良くあるスチル用モデル(ノンコート)の違いを試写し比較したところ、シアン成分の階調特性に差が見られました。日光で撮影するとスチル用モデルではここが不安定になりやすく、温調気味に色転びします。また、光量がやや少ない条件では青みが強くなる傾向がありました。発色に関してはシネマ用モデルのほうが安定しておりノーマルです。プロ用モデルの方が描写が安定しているのは理にかなっていますが、オールドレンズとしての面白みは、これとは別問題です。両モデルの解像力とボケ味は同等でしたので、どちらを選ぶかは好みの問題となります。スチル用のほうが発色が転びやすい分だけ意外性に富んだ面白い写真が得られるのかもしれません。
さて、シネ用の長玉はスチル用の同等レンズよりもハレーションが出やすく、軟らかい描写傾向のレンズが多くあり、ジュピター9も例外ではありません。レンズによっては後玉の後方にハレーションカッターを設置しているシネレンズがありますが、スチル用の同等品にこれはなく、ハレーションも出にくい性質になっています。この傾向は多くのシネレンズに普遍的にみられる性質のようですが、どうしてなのか不明です。

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)
F2(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2(開放) sony A7R2(WB:日陰) シネマ用レンズなんだなと、感じさせる質感表現です



 
2018年夏の鎌倉、海へ・・・。


sony A7R2(WB:日光)


sony A7R2(WB:日光)


sony A7R2(WB:日光)







sony A7R2(WB:日光)

sony A7R2(WB:日光)

sony A7R2(WB:日光)
sony A7R2(WB:日光)


F2(開放) sony A7R2(WB:曇天)









2015/08/10

Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 ( P6 /M42/Exakta)




こんなに凄いレンズが目の前に現れ自分めがけて突進してきたとしたら、避けずに正面から受け止めてしまいそうだ

駆け足プチレポート 4 
Zeiss Jenaのデラックス・ゾナー! 
Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 (Pentacon 6/M42/Exakta)
胴回りの長さはちょうどメガホンと同じくらいであろうか。旧東ドイツのVEB Carl Zeiss社が生産したプロフェッショナル向け望遠レンズのSonnar (ゾナー)180mm F2.8である。重量はレンズだけでも1.37kgありカメラに搭載し手持ちで撮影していると3分で腕が痛くなるが、本来の母機であるペンタコン・シックスに搭載した場合の画角とボケ量は35mm版換算で100mm F1.5相当という無敵のハイスペックを誇る。このレンズに心酔している愛好者は多く、シャープでヌケの良いピント部と安定感のある大きなボケを実現した非の打ち所のない写りが特徴である。先代は1936年に登場した有名なコンタックス用ゾナー 18cm F2.8(通称オリンピア・ゾナー)で、ナチス・ドイツがベルリンオリンピック開催にむけドイツの威信を諸外国に示すため造らせたレンズとして知られている[文献1]。世界最高の光学技術を駆使し、コストやポータビリティを度外視して生み出されたオリンピア・ゾナーは圧倒的な描写性能で当時の人々の常識を覆えし、驚きと感動を与えた歴史的名玉として今も広く認知されている。
Sonnar 180mm F2.8の構成図。VEB Carl Zeiss Jena社のレンズカタログJENA-S 2,8/180mm に掲載されていた構成図のトレーススケッチである[文献2]。レンズ構成はエルノスターから派生した3群5枚のテレゾナー型である。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがあるためである。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げることは困難になる。テレ・ゾナーは望遠系に適した設計なのである。ならば、後群を正エレメントにしたことでテレフォト性が消滅してしまうのではと心配される方もいるかもしれない。実は前群が強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体として十分なテレフォト性が得られるのである[文献3]
レンズ構成はZeissのL. Bertele(ルードビッヒ・ベルテレ)がエルノスターの発展形態として導き1929年に発表した3群5枚のゾナー[文献4]、およびこれをベルテレ自身が望遠仕様に再設計したオリンピア・ゾナー(1936年発売)を祖としている。戦後に旧東ドイツのVEB Carl Zeiss JenaのEberhard Dietzschがオリンピア・ゾナーの後継製品として35mm判カメラと中判カメラの双方に対応できるよう再設計したものである[文献1,4]。Eberhard DietzschはFlektogon 20mm F4や20mm F2.8の設計者でもある。少なくとも3種類のマウント(Exakta、M42、Pentacon Six)に対応していた。レンズは1956年から1990年初頭まで34年もの間生産され、大きく分けると4つのモデルが市場に出回っている。初代は1956年に登場し1963年まで製造されたアルミ鏡胴モデルで、ローレット部にレザーの装飾が施されているのが特徴である。続く2代目は1961年から1963年まで生産され鏡胴がブラック・アルマイト仕様に変更されたモデルで、プラスティック製フォーカスリングの周りにアーモンド形状の突起がデザインされているのが特徴である。このモデルはどういう由来か「スター・ウォーズ・エディション」と呼ばれている[文献5]。3代目は今回のブログで取り上げているゼブラ柄のモデルで、1963年に登場し1967年まで製造された。最後の4代目は1967年から1990年初頭まで製造された黒鏡胴のモデルである。このモデルには製造時期に応じて2つのバージョンが存在し、1978年を境にこれより前がシングルコーティング仕様の前期バージョン、これより後の製品は名板にMCのロゴのあるマルチコーティング仕様の後期バージョンとなっている。巨漢と引き換えに得た明るい開放描写なのだから、見かけ倒しであるはずはない。なんだか驚異的に写りそうな予感のするレンズである。
TripletからErnostarを経由し、Sonnarに発展する系譜。Sonnarは後群のレンズ枚数に応じ3種に大別される。下段・左から望遠レンズに特化した後群1枚構成のタイプ (Tele-Sonnar型とも呼ばれる)で、標準画角から中望遠まで対応できる後群2枚構成のタイプ、おなじく標準画角から中望遠まで対応でき球面収差の補正効果を向上させた後群3枚構成のタイプである。テレ・ゾナーは後群を1枚に省略し張り合わせを消滅させているので、後群2枚型とは、ちょうどテッサーに対するトリプレットのような関係に相当する。つまり球面収差のコントロールが容易なので中心解像力は2枚型よりも更に高い










Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8: 重量(実測) 1.37kg, フィルター径 86mm, 絞り値 F2.8-F32, 最短撮影距離 1.7m, 絞り羽 6枚, 構成 3群5枚, シングルコーティング, 対応マウント Pentacon six(本品)/ Exakta / M42 (ExaktaとM42はZeissの純正アダプターをP6マウントレンズに被せ対応),  鏡胴に三脚用の回転式台座が付属。本品は西側諸国への輸出用に造られた製品個体のためフィルター枠の名板にはCarl zeiss jenaの代わりにaus jenaの商標が用いられており、レン名も"S"となっている

入手の経緯
数年前に地元横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプター専門店のmuk select[脚注]でショッピングをした際、店主から「これ、使ってみる?」と誘われお借りしたのが今回のレンズである。ここまで巨大なレンズともなると自分では絶対に購入しないので良い機会をいただいた。ただ、よく写りすぎるレンズのためかBlog記事にするにはイマイチ論点が掴めず時間だけが過ぎてしまった。かなり使い込まれた製品個体であったがガラスの状態は悪くはない。eBayでの中古相場は250ドルから300ドル程度であろう。

文献1 Marco Cavina's Page;"ZEISS TIPO SONNAR ED IL GENIALE FILO CONDUTTORE CHE COLLEGA TUTTE LE VERSIONI DEL CAPOLAVORO DI LUDWIG BERTELE"
文献2 Lens Catalog "JENA-S 2,8/180mm", VEB Carl Zeiss Jena, 1961
文献3 「レンズ設計のすべて」 辻定彦著
文献4 L. Bertele, Patent DE530843 (1931)
文献5   Photography Obsession
 
撮影テスト
ゾナーシリーズは一般に中心解像力が控えめでシャープネスやコントラストなど階調性能で勝負するレンズが多いが、このレンズに関してはゾナーのわりに解像力は良好なレベルである。もちろんコントラストはたいへん良く、発色は鮮やかで力強い。カラーバランスは概ねノーマルで、開放で遠景を撮る際に希に黄色に転ぶ癖がみられたくらいである。この癖は同時代のツァイス・イエナ製レンズに多く見られるものである。ピント部は開放からきっちりと写り線が太く、ハロやコマなどのフレアは全く見られずにスッキリとヌケの良い描写である。ただし、遠景を撮影すると解像力がやや落ちるとともに前ボケがモヤモヤとフレアにつつまれる傾向がみられた。これは恐らくレンズが遠景用ではなく中距離で最高の画質が実現されるように最適化されており、遠方時は球面収差がオーバーコレクションに転ぶためであろう。少し絞るだけで解像力は急激に回復し、遠方でも緻密な描写が得られる。ボケは乱れることなく四隅まで安定しておりグルグルボケや放射ボケはみられない。前後のボケはポートレート域でも近接域でも滑らかで美しいが、遠方撮影時は背後のボケ味が少し硬くなり反対に前ボケはフレアに包まれモヤモヤすることがある。さすがにプロフェッショナル用レンズというだけのことはあり写りはまさしく一級品、たいした弱点が見当たらない。クラシック・ゾナーの系統の中ではContarex用Sonnar 85mm F2と並び、画質的にもっとも高水準なレンズではないだろうか。

撮影機材
Nikon D3(AWB), 純正フード使用, P6-Nikon Fマウントアダプター
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 開放にも関わらずいきなりの高描写。ノックアウトされそうになった。解像力もゾナー系統にしては悪くないレベルだ



F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 「忍び足・・・」 コントラストは高く、スッキリとヌケの良い写りで発色も鮮やか





F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 基本的には線が太くシャープな描写だ
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): ボケは四隅まで安定しており、グルグルボケや放射ボケはみられない。このレンズ構成の場合、2線ボケが出るとしたら遠方撮影時と言われているが(参考:「レンズ設計のすべて」辻定彦著)、通常の撮影で2線ボケが目立つことはまずない

F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 景色を開放で狙うのは定石ではないが、ここはあえてレンズの大きなボケ量とピント部のキレを信じて開放にしてみたところ、これは凄いと驚いた。この距離からでもピント部前方がよくボケており、超大口径レンズの底力を感じる1枚である。収差の補正基準点が無限遠方ではなく中距離のポートレート域に設定されているようで、遠方撮影時には、かえって解像力が落ちているようだ。また、遠方撮影時は球面収差が過剰補正のようで、開放で遠方を撮影すると前ボケにモヤモヤとしたフレア(ハロ)が発生する。その際、発色はやや黄色に転ぶが、コントラストは依然として良い。絞れば解像力は急激に改善しハロも収まる

F11, Nikon D3(AWB): ご覧のとおりに絞ると発色はノーマルである。このくらいの距離だと解像力・コントラストはともに良好でシャープな描写である。さすがにプロ用のレンズというだけのことはある
 
脚注
muk(エム・ユー・ケー) カメラサービス
http://blog.monouri.net
横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプターや撮影機材を専門とするお店です。横浜にお立ち寄りの際は、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。私の自宅からは車で10分のところにあります。

2014/10/28

A.Schacht(シャハト) Ulm Travenar(トラベナー) 90mm F2.8 R (M42)

トラベナーと言えば典型的にはシャハト社のテッサー型レンズに多く用いられるブランド名です。レンズの解説本で3群4枚構成という記述をみつけテッサータイプだと思い込んでしまった私は、eBayでレンズを目撃するたびに『中望遠のテッサー型レンズって、どんな写りなんだろう』などと興味を募らせていました。あるとき入手し実写してみたところ、テッサーらしくない優雅な写りに衝撃をうけてしまいます。ボケ味は美しく滑らかで、しかも四隅まで整然としていて、まるで絵画のようです。コントラストが良好なうえ階調はなだらかで中間階調が良く出ています。発色、ヌケともに申し分なく、私の知っているテッサー型レンズに対するイメージは良い意味で吹き飛んでしまいました。テッサー型にも凄いレンズがあるんですよなどと方々で言いふらしていたら、ネットで同社のカタログを見つけてしまいます。構成は3群4枚のテレ・ゾナー型でした・・・。凍った。
滑らかなボケ味と美しい発色が魅力の
人気中望遠レンズ
A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物がミュンヘンにて創業したレンズ専門メーカーである。彼は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikon, Schteinhailなどに在籍し、テクニカルディレクターとしてキャリアを積んだ後、1948年に独立してA.Schacht社を創業、同社は1950年代から1960年代にかけてスチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産している。なかでも主力商品はスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたり、ライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと同社は同業者からも高く評価されていた。A.Schacht社は1967年にConstantin Rauch screw factory に買収され、その後間もなくWill Wetzlar社に売却され消滅、レンズの生産は1970年まで続いていた。
今回紹介する一本はA.Schacht社の中でも大人気の中望遠レンズTravenar 90mm F2.8である。レンズの発売は1962年で対応マウントにはM42, Exakta, Leica L39に加え、Practina II, Minolta MDなどがある。レンズの構成は下図に示すような3群4枚のテレゾナータイプで、ZeissのLudwig Bertele(ベルテレ博士)が設計し、1932年にエルノスター型からの派生として設計したCONTAX SONNAR 135mm F4の流れを汲んでいる[参考1]。ただし、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性[注1]を向上させた省略形態とみることもできる。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)[参考2]にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであるそうだ。なお、Travenar 90mm F2.8はゾナーの開発者L.Berteleが設計したという噂をよく目にし、証拠となる文献も提示されている[参考3]。Schachtは戦前のZeiss在籍時代からBerteleと親交があり、レンズ設計の協力を得られたのも、その頃からの縁のようだ。

注1:バックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っている。通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現するが、テレ・ゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せる
参考1: Marco Cavina's Page:
参考2: 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)
参考3: Hartmut Thiele. Entwicklung und Beschreibung der Photoobjektive und ihre Erfinder,  Carl Zeiss Jena, 2. Auflage mit erweiterten Tabellen, Privatdruck Munchen 2007
Travenar 90mm F2.8の構成図。A.Schacht社のパンフレットからのトレーススケッチである。レンズ構成はエルノスターから派生した3群4枚のテレゾナー型である。正エレメント過多のためペッツバール和が大きく画角を広げるには無理があることから、中望遠系や望遠系に適した設計とされている。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがある。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げるには無理がでる。後群を正エレメントにするのは別にかまわないが、これではテレフォト性が消滅してしまうのではないだろうか。実は前群の3枚が全体として強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体としてテレフォト性を満たすことができるのである[文献2]

入手の経緯
2012年5月にeBayを介しチェコのカメラメイトから入手した。レンズは当初、即決価格250ドルで送料無料(フリーシッピング)の条件で出品されており、値下げ交渉を受け付けていたので230ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態については「コンディション(A)で、使用感は少なく完全動作」とのこと。カメラメイトはeBayに出店しているショップの中では比較的優良な業者なので、コンディション(A)ならば博打的な要素は高くはない。Travenar 90mmはSchachtのレンズの中でもここ最近になって中古相場が大きく上昇したレンズである。eBayでの相場は2014年11月時点でついに450ドルを超えてしまった。同社のレンズの中ではM-Travenar(マクロ・トラベナー) 50mm F2.8がこれまで最も高価なレンズであったが、現在はこのレンズが一番高価になっている。優れた描写力に加え、ベルテレが設計したという情報がそうさせたのであろう。

重量(実測)205g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である



撮影テスト
銀塩撮影 PENTAX MX + Fujicolor S400カラーネガ
デジタル撮影 Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
このレンズの特徴は何といっても穏やかなボケ味とシャハトらしい美しい発色である。解像感はマクロ域でやや甘くなるものの中距離以上では充分となり、開放でもハロやコマのないスッキリとヌケの良い写りである。コントラストは良好で色ノリも十分である。緑の発色が美しいのはシャハト製レンズの多くのモデルに共通する性質である。基本的にシャープな描写であるが絞っても階調の硬化は限定的で、なだらかな階調性を維持している。ボケは四隅まで整っており、滑らかなボケ味はまるで絵画のようである。穏やかな性質を備えた優れたレンズと言えるだろう。
F2.8(開放) Nikon D3 digital, AWB: このレンズのボケ味はどんな距離でも滑らかで美しい。忍び寄る夏の気配を写真に収めた

F2.8(開放)Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放でも解像感は充分のシャープな描写だし、階調描写も軟らかい。おまけにボケがたいへん美しい。実によく写るレンズだ
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor 業務用S400カラーネガ): 最短撮影距離(1m)ではややソフトな写りである。本来は中望遠から望遠域で力を発揮するレンズなのであろう





F2.8(開放) 銀塩撮影(Fujifilm業務用S400カラーネガ):シャハト製レンズは発色が独特で、不思議な魅力がある