おしらせ


2009/11/06

eBayの中古レンズ業者からオールドレンズを仕入れる

eBay.comは1995年に米国カリフォルニア州で生まれた世界最大規模のネットオークションである。2007年6月時点において世界28ヵ国に拠点を持っている。日本へは1999年に進出したが、YAHOO!オークション(通称ヤフオク)が幅を利かせていたため、シェアを伸ばすことができず、2002年に早々と撤退している。一方、多くの経済大国ではeBayがネットオークション市場のトップシェアを獲得している。外国製のオールドレンズを国内市場よりも安く入手できるのが特徴であり流通量も多い。珍品を探し求めるならば中古店やヤフオクで探すよりも効率が良い。世の中にはアンティークカメラ専門のネットオークションも存在する。West Licht PHOTOGRAPHICAが良い例だ。品質が高く珍しい品が多数出品されるなどeBayよりも魅力的だが、オークションの開催期間が年数回に限定されているため、実際には流通量に勝るeBayが主な入手先になる。
 eBayは大変魅力的な市場であるが、欠陥品がなんの断りもなく売られていたり、品質の劣悪な品がさも良品であるかのような解説で売られていることがよくある。買い手は商品の品質をよく分析し、細心の注意を払いながら購入(入札)する必要がある。万が一、(1ヵ月経っても)商品が届かない、あるいは出品時の解説には無い重大な欠陥を持つ品が届いたら、ためらうことなく出品者に返金、返品を要請しよう。商品を買い手の手元へと確実に届けるのは出品者側の義務とされている。逆に言えば、きちんと返品商品を出品者の手元に届けるのは買い手側の義務なので、ゆうちょ銀行のEMSなど配送状態の照会ができる配送サービスを選ぶほうが無難である。出品者が返品や返金に応じない場合には、送金サービスのPayPalに「異議」や「クレーム」を申し立てれば、出品者はPayPalから対応を迫られ、買い手は一定の限度額まで保護される仕組みになっている。
 いろいろ偉そうなことを述べたが、そんな私でさえ過去に購入した28本のレンズのうち、実際に届いた商品に満足した割合は半数の14本のみである。残りの14本は重大な不具合を持っていた。このうち4本は返品、2本はジャンクとして売却、1本は欠陥を気付かずに所持、2本は未修理のまま使用中、5本は自費で修理した。最後の5本は入手の難しいレアなレンズであったため返品したくなかったのである。下の図は私のeBayにおける2007年から現在までのレンズの購入歴である。レンズの購入にどれだけリスクがあるのかを感覚的に知る一つの手がかりにしていただければ幸いだ。ヤフオクとは異なりeBayでは売り手による商品の評価がかなり甘いし、説明もしっかりしていない。日本では「お客様=神様」といった国民性が市場のモラルを支えているようだが、外国では出品者と購入者は対等なので事情が異なる。出品者は日本人よりも大らかな気持ちで商品を販売している。私たち日本人は特に気をつけなければならない。ボロボロでも完全(パーフェクト)に動く品(完動品)であれば、それだけでも中古品としてはGOODなアイテムとして取り扱われる。購入者には商品に対するシビアな目が要求されている。


赤・・・解説と異なる状態(返品含む) 青・・・解説どうり 黄色・・・微妙; 統計的には購入事例の約半数において、事前の説明にはなかったトラブルに遭遇している。そんな私には偉そうなことを言う資格はないのかもしれないが、これでもかなり気をつけているつもりなのだ

eBayでオールドレンズを購入する場合には、できるだけ"MINT(新同品)"を選ぶののが無難だ。"Excellent"の評価程度では、使用感たっぷりのB級品が届く可能性が大きい。"GOOD"の場合はオンボロ品、"Well used"に至っては、きちんと動くのが奇跡である。 私はレアなレンズを狙ることが多いので、しばしば博打に出てしまう(困った性格だ)。そんなわけで、短期間にいろいろな失敗を経験することができた。以下に商品の解説に目を通す際のポイントを列記しておく。
  • 商品の解説文が明確で、ガラスの状態、鏡胴の状態、ヘリコイドリングのスムーズさなど基本的な項目がきちんと述べている
  • 中玉に光を通し、レンズの状態について鮮明な写真を示している
  • 同じ業者の他の商品をチェックする。商品の欠陥や不具合を包み隠さずに示す姿勢が業者にあれば、その業者は健全だ。逆に写真で判断できる不具合箇所をきちんと文章で解説していない業者はパスしたほうが無難だ
  • 業者による独自の格付け(Mint, Excellent, Good, Well used など)があるならば、その業者の他の商品に対する格付けがどうなっているかを確かめておこう。いつも同じような評価を繰り返しているならば、その業者は真面目に商品を見ていない可能性がある
  • 写真が不鮮明な場合は間違いなくハズレだ。勇気を持ってパスしましょう
商品を返品し返金してもらう場合には、出品者の返品規定(リターンポリシー)に従う必要がある。落札者は入札前にこれに同意しているため、出品者に対してこの規定から外れるような要求はできない。多くの場合、返送費用は落札者側が負担することになっている。私の場合は返送に郵便局のEMSを利用し、約1000~2000円程度の返送費用を自己負担した。出品者は返送品が手元に戻ったことを確認し、代金の総額(落札代金+手数料+配送料)をPayPalを通じて落札者に返金する。この場合、出品者から落札者のクレジットカード会社にPayPalを通じて代金が返り、クレジットカードのその月の利用請求額から返金額分が差し引かれる方法で落札者の手元に戻る。
 商品を返送する際には相手国の税関で税金を二重取りされないように、包装箱に貼る宛名ラベルに、ハッキリと「これは売り手への返品である(返金済み)」などと明記しておく事をオススメする。例えば東欧のチェコでは、商品価値の19%分の税金を取るので(後で売り手から請求される)、思わぬところでコストがかかってしまう場合がある。
 最後に、ドイツ系レンズの出品数が豊富な中古カメラ&中古レンズ専門業者の有名どころを幾つか列記しておく。優良な業者かどうかは私にはわからないので、これらの業者を利用する際は自己責任でおねがいしたい。  

GOKEVINCAMERAS(米国)
品数が豊富でレア物を多く揃えている。商品の写真を大量かつ鮮明に、様々なアングルから示してくれる。不具合の箇所を包み隠さない主義がある。レンズの中玉に光を通し、ガラスの状態を鮮明に示してくれるので安心できる。ただし、解説文は少なめで、写真による購入者の判断に委ねる傾向が強いので、ヘリコイドリングの滑らかさや絞り羽根の開閉の的確さ、各部のガタつき、無限遠方が出るかなどについて購入前に質問したほうがよい。私も1度だけガタつきのあるレンズをこの業者から購入したことがある。

STILL22(ギリシャ) 
品数は少ないが状態のよいレアな品を厳選して出品するのでファンが多い。解説が包み隠さずに的確であることが特徴だ。レンズの中玉に光を通し、ガラスの状態を鮮明に示してくれるので安心できる。M42マウント用のレンズを多く出品するのがこの業者の特徴だ。スナイプ入札を仕掛ける追っかけスナイパーが数多くいるので、商品の落札難度が高い。
 
WWWCAMERAMATECOM(チェコ)
品数が豊富でレア物も揃えている。商品の写真を鮮明に示してくれる。大きなハズレの少ない業者のようだが、商品の解説はいつも同じで「クリーンな光学系、スムーズなヘリコイドの回転」に付加情報を加える程度だ。私が購入したレンズは写真どうりの美品であったが、ヘリコイドのローテーションはかちんこちんに固かったので、先の説明文は形骸化している模様だ。

他にもオススメの業者がありましたら、ぜひ教えてください。

2009/10/26

Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8

Steinheil Auto-D seriesにはM42マウント用の他に何とNikon-Fマウント用が存在する
 
ニコンマウントを採用したオールドレンズ界の異端児
 私がM42マウント用のレンズにこだわるのは、この規格がマウントアダプターを介してpentax, Canon, Sony(minolta), Contax, Olympus・・・など多くのカメラで使用できるからだ。ところでM42マウントと同じように多くの種類のカメラで使用することのできるマウント規格が存在する。ニコンFマウントだ。ドイツの老舗光学機器メーカー・シュタインハイル社は1961年に通称"Auto-D-Quinシリーズ"と呼ばれる製品を発売し、ニコンFマウントにも対応させた。
 シュタインハイルといえばドイツのミュンヘンを拠点とし、戦前はツァイスと肩を並べるほどの大規模メーカーであった。しかし、戦災の被害により2000人以上いた従業員は800人以下に減るなど事業規模が大幅に縮小してしまう。戦後はローデンストックと連携し、西ドイツのカールツァイスの再建に協力した。
 今回入手したのは、戦後のシュタインハイル社が製造したQuinシリーズの中の、広角レトロフォーカス型レンズAuto-D-Quinaronだ。このレンズの特徴は最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影が可能なことである。極めてよく似た特徴を備えたレンズに、旧東ドイツのツァイス・イエナが製造したフレクトゴン35/2.8があり、Auto-D-Quinaronはこのレンズを意識した対向商品だったと思われる。大きなゼブラ柄のストライプと、バズーカのような迫力のある鏡胴が格好良い。姉妹品として標準レンズのAuto-D-Quinon(55mm)、望遠で100mmと135mmのAuto-D-Quinarが存在し、さらにマクロ撮影に特化した別のラインナップ、Makro-Quinaron/Quinon/Quinarも存在する。Quinシリーズに対する同社の意気込みは相当なものだ。極めてレアなようだがMacro-S-QuinシリーズなんてのもeBayで売られていた。こちらの詳細は不明だ。なお、初期のモデルはシルバー・クローム鏡胴であったが、1965年のモデルチェンジで誕生したAuto-Dシリーズからはゼブラ柄デザインになった。

フィルター径49mm 重量220g 最短撮影距離20cm レンズ構成は5群7枚 Nikon Fマウントを象徴するカニ爪が出ている
ヘリコイドリングをまわし前玉をいっぱいまで出した状態(右)と収めた状態(左)。本品は最短撮影距離が僅か20cmでありマクロレンズのような接写撮影が可能である
 
銘板に刻まれたAuto-Dの頭文字"D"は絞り(Diaphragm)のことで、マルチコーティングを意味するわけではない。対応マウントはエグザクタ、M42(希少)、そしてニコンFマウント(極めて希少)である。レア物好きの私が入手したのは、もちろんNikon-Fマウント用だ。
  
入手の経緯
Auto-D-Quinシリーズは135mm/F3.5のTele-Quinarを除いて、どのモデルも希少性が高く、手に入れるのは難しい。中でもTele-Quinar 100mmの入手は絶望的であろう。本品は2009年10月5日に米国イリノイ州オレアノの中古カメラ業者がeBayに出品していたものだ。340㌦の即決価格で落札し、送料込みの総額375㌦(約3.4万円)で入手した。商品の解説には

 [1] 光学系の状態はVERY GOODで傷やカビはない
 [2] コーティングはパーフェクトに見える
 [3] 硝子はクリアーだが、気泡が1~2個ある
 [4] ピントリングと絞りリングはパーフェクトに作動する
 [5] 鏡胴には多少使用感がある。ペイントは100%大丈夫
 
とあった。流通量が少ないため、中古相場が幾らなのかハッキリとはわからない。ニコンFマウント用とM42マウント用はエグザクタマウント用よりも高額で取引されている。
 さて、10日後に商品が届き恐る恐る検査をした。すると前玉のコーティングにスポット状の剥離が2箇所見つかった。業者はこれを気泡と解説していたのである・・・。なんだか嫌な予感がした。他にはヘリコイドの回転が極めて硬く、レンズ内にはチリがパラパラと見られた。描写への影響はギリギリセーフだが清掃が必要であった。光学系の状態を「パーフェクト」ではなく「Very good」と表現していたことにもっと早く気づくべきだった(シクシク)。続けてニコンのカメラにつけて撮影してみたところ、嫌な予感が的中し重大な欠陥が判明した。絞り連動レバーがレンズに内臓されているスプリングの力だけでは下がらないのである。絞り羽根が閉じるのは開放からf3.5までで、これ以上絞りリングをまわしても羽根が出てこない。恐らく羽根がオイルで汚れており、これが抵抗になって羽根の開閉を困難にしているのだ。前玉の銘板内に誇らしげに記されたAuto-D表記が褪せて見えた。さらに無限遠点への合焦が困難であり、指標を無限遠点のマークにあわせても焦点が合うのはせいぜい10~20m先までであった。業者にこれらの問題点を伝え返品を要請したところ、修理代を払うので日本で修理してくれないかと提案してきた。しかし、オークションの解説写真に比べると、届いた実物はずいぶんと使用感があり品質に落差を感じていたので(そのことは業者には述べずに)返品することに。業者には週末に返送すると伝え、2-3日の間このレンズの描写力を堪能した。
 
試写テスト
本品に対する前評判を文献上やWEBサイト上で探し回ったが、描写に関する情報は極めて少なかった。姉妹品のAuto-D-Quinon(55mm)については、あちこちのWEBサイトで優れた描写力に対する高い評価を目にする。本レポートが有意義な情報源になれば幸いだ。なお、前述のように私が入手したAuto-D-Quinaronは欠陥品であるため、テスト撮影は絞り値がF2.8とF3.5の場合のみで行った。 

  • 鮮やかで癖の少ない素直な発色が特徴。どの色も忠実に再現されるが、色飽和を起こすことが度々あるとのユーザー報告を目にした。金属などのメタリック色の描写が素晴らしいとの定評がある。
  • 収差が充分に補正されており端部に至るまで均質な結像が得られている。結像が流れたり、グルグル回ることなどはない
  • 最短撮影距離が20cmと短くマクロ的な撮影を楽しめる
  • 接写撮影時に背景のボケが煩くなることがあり、球面収差の補正が不充分である。最短距離20cmは少し無理な設計であったのかもしれない。ツァイス・フレクトゴン35mm(ゼブラ)に対抗するための焦りだろうか?
  • 上と同じ理由により近接撮影時のシャープネスはさほど高くない。、柔らかい描写が本レンズの特徴といえる
  • フレアは同時代のフレクトゴン35よりも出にくいとのユーザー報告があるが真偽は不明
かなり優秀なレンズに思える。本製品はフレクトゴン35よりも遅れて発売された。中古市場の流通量の少なさから考えると、発売当時はあまり売れなかったと思われる。

F2.8 横浜・みなと未来 いい色が出ている。遠景撮影時のシャープネスは高くないが、遠景の場合には開放絞りでも実用的なレベルだ

F2.8 東戸塚西武:こちらも絞り開放で遠景を撮影した。シャープネスは充分
F3.5 横浜みなと未来:定評のあるメタリック色の描写は実物よりも渋めになる。重厚感がひきたつ

F2.8 色の再現性はこの時代のレンズにしては優秀。近接撮影時におけるボケは煩く、乱れ方は独特。下段の写真は上段の写真の中央に向かって接近し20cmの最短距離で撮影したもの。近景では結像がやや甘い。見てのとおり柔らかい描写だ

F2.8 横浜・関内:いろいろな距離で撮影したが非点収差はよく補正されておりグルグルボケは殆ど出ない


F2.8 周辺部まで均質で良好な結像が得られている。モノコートなので逆光に弱く、木のあたりにフレアが出ている

F2.8 難しい紫の発色だが実物よりも若干淡い程度で良く再現できている。このレンズは青系の色が極僅かに淡くなる傾向があるので、そのためであろう。
F3.5 コスモスのピンクはよく出ているが色が飽和気味だ
F3.5 次は黄色。こちらもしっかりした発色で再現性も高い

撮影環境
Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8(Nikon F) + Nikon D3 + Hakuba rubber hood
重くてデカイD3の迫力にも負けない存在感のあるデザインが魅力だ

もう少し時間に余裕があれば、フレクトゴン35とのガチンコ勝負など面白い企画が立てられたのだが、非常に残念だ。いい勝負をしたかもしれない。本品は米国の出品者の元に返品された。ところで、ちゃんと返金してくれるのだろうか。

2009/10/13

LEITZ WETZLAR SUMMICRON-R 50mm/F2 Type-I (1-cam)

ズミクロン (ライカRマウント) 50mm/F2 タイプI (初期型1-cam)
重量290g フィルター径43.5mm 最短撮影距離50cm

シャドーの描写に定評のあるライツの傑作 
 ズミクロンが届いた。手に取るとずしりと重く、しっかりとした造りだ。このレンズはかつて圧倒的なシャープネスと優れた描写で世界の標準レンズの頂点を極めたライツの傑作だ。前群を分離した空気レンズと呼ばれる設計を導入したり、ランタン系の新しいガラス素材を使い屈折率を向上させるなど、新技術を積極的に採用することにより、当時のレンズの基準性能を大幅に引き上げたことで知られている。シャドーの微妙な階調変化を丁寧に表現し、苦悩に悶絶する人間の姿や内なる二面性など、芸術的な写真作品を多く生み出してきた。今回はライカ初の一眼レフカメラLeicaflex用に設計しなおされたライカRマウント用のSummicron-R 50mm/F2を入手した。製造台帳によると、このレンズが最初にされたのは1962年のようである。ライツの場合、Summicronという名は開放絞りがF2のレンズに対してつけられており、35mmや90mmの製品も存在している。フィルター枠の部分がおちょぼ口のようにすぼんだ前期型(Type-I)、中でも初期の1-camタイプの描写を好む愛好家が多いという。Type-Iには製造時期により、初期の1-camから3-cam, そして最後期のR-camまである。これらにはコーティングの色の濃さに若干の差異があるようだ。この差が描写にどれほど効くのかは明らかではない。オールドレンズ界には初期型が好まれるという変な法則がある。MC FLEKTOGON 35mm/F2.4に対してもそうであったが、いったいどうしてなのだろうか。真相は分からないが、製造時期の長い製品の場合には初期型のほうが活躍する機会が多かったのは確かである。さらに、リリースされたばかりの頃の強いインパクトの記憶が人々の心に刻まれ、特別な存在になってしまうのかもしれない。「初期型には開発者の魂が宿る」という魅力的な説もあるが根拠はない。

左:フード無し状態 中央:フードを装着時 右:フードを反転収納時
入手の経緯
 2009年7月にeBayにて韓国の個人業者が出品していたものを落札した。商品の解説は「カビ、傷、クモリなし」とあるのみ。写真を見る限りは美品レベルに見えたので、いつものようにカウントダウンしながら入札締め切りギリギリ前に325㌦を投入し、312㌦で落札した。本品のeBay相場は300㌦前後のようだ。
 落札から2週間が経ち、なかなか届かないなぁと思っていたら、eBayの落札品リストにある発送完了マークが点灯した。おぃおぃ今頃発送かよ・・・。そして、それから更に1週間が経ち、やっと商品が届いた。ガラス面は綺麗でクモリ・カビ・傷は見当たらない。鏡胴の傷も極僅かのいい品だ。純正フードと落とし込み式フィルターは付いていたが、被せ式のフロントキャップとリアキャップが無い。まぁこれは代用品で何とかしましょう。ところでこの韓国の出品者はいつまで経っても私に落札者評価をくれない。いったい何か恨みでもあるのだろうか・・・。

純正外のパーツを使う
ズミクロンのフィルター径は43.5mmと特殊である。これはフード、保護フィルター、レンズキャンプなど純正品以外のパーツを使わせないためである。ユーザーには不便でしかない。八仙堂のステップアップリング43.5→49mmなどを用いてフィルター径を変更しておけば、汎用アクセサリーが使用できる。いろいろ似合うフードを探してみたが、私のお勧めはPETRIの被せ式レンズフード(内径51mm)だ。金属製なのでレンズの重厚感を損ねることはない。純正フードを着けたときよりもレンズ全体がコンパクトになる。
八仙堂の43.5→49mmステップアップリングを用いて、PETRIの被せ式フードとkenkoの保護フィルターを取り付けた。PETRIフードはなかなか良く似合っている
ペトリのフードはヤフオクでの中古品が1000円程度で手に入る。八仙堂のステップアップリングも500円と安価だ。純正のUV保護フィルターは古い品なので、光の透過率が高い現代のフィルターが使用できるのはありがたい。

LeicaR - EOS Mount Adapter
ライカRマウントはフランジバックの規格が47mmと長いため、M42マウントのレンズと同様にマウントアダプターを介して多くのカメラにつけることができる。交換マウントを用いれば、なんとNikonでも補正レンズなしで使用できるという[注1]。今回はEOSにつけるにあたり、eBayにて中国製の安価なアダプターを入手した。中国製アダプターの場合、メーカーによっては製造精度がいまいちなので、購入前に情報を集め、よく検討する必要がある。私が最初に購入したのは青いパッケージが特徴の真鍮製電子マウントアダプターで、40㌦代で購入した。このアダプターは素材が頑丈で磨耗の心配が無く、レンズを取り付けたときのガタツキも全く無かったが、カメラへの装着がきつく、スムーズにはいかなかった。きちんと無限遠のピントが出ているのかどうかも怪しい品であった。次にCOWY07という名の出品者から送料込みの僅か16㌦にて購入したアダプターは赤/白のデザインにLeica /R for EOSと書かれているパッケージが特徴であった。こちらは電子チップのないノーマル仕様。装着がスムーズでオーバーインフ気味の設計であった。頑丈な真鍮製なのでオススメな品だ。
  • [注1]・・・Type-IにNikon用交換マウントを付ける場合には、マウント上に突き出したカムを切除する改造が必要。Type-II以降のモデルの場合にはビスを外してそのまま付け替えができるようだ(絞りのクリック感を生み出す金属小球を失わないように!)。

試写テスト
本品は大変有名なレンズなので、雑誌やWEBサイトでこれまで幾多と無く取り上げられ、描写について絶賛する評価を多く見る。ズミクロンの信者は多い。前評判は以下の通り。

●シャドー(暗部)の階調が潰れにくく、明暗の変化がなだらか。丁寧な階調表現が可能

●開放絞りから実用的なシャープネスを示し、1~2段絞るあたりでシャープネスは最大になる

●くすんだような渋く色濃い、地味な発色に定評がある。時々黄色による癖がある

●コントラストは高くない(高すぎない)

●線が細く緻密で繊細に写る

●開放付近では収差の影響が強く、ボケ味については好みが分かれる。ボケの乱れ方が煩いという悪評もあれば、昼間でも玉ボケがコロコロとハッキリ出るのがたまらなく良いという愛好者もいる。私は後者の立場だ。なお2線ボケもよく出る

●開放絞り付近では口径食がきつい

F2 木更津 日枝神社・右の狛犬 奥の柱に二線ボケが出ている。そして噂どうり玉ボケがコロコロとハッキリ表れている。かなり気に入った。暗部の黒潰れもおきていない

F2 木更津 日枝神社・左の狛犬  絞りは開放なのに大変シャープだ。実物の岩肌の質感がよく再現できている
F2 マザー牧場 開放絞りによるイルミネーションの玉ボケ。周辺部は口径食がきつめだ
F5.6 柿の色の再現性は良好だ。発色が黄色によってしまう癖が出ており、昼間なのに日光が夕方っぽくなってしまった
F2.8 この花は再現が難しい色だ。実際には深い赤紫色をしているが淡いピンクのような色になってしまった。これでも色が濃く出るように露出をアンダー目にしているのだが上手く出ない

F2.8 この花の色はたんぽぽのような明るい軽やかな黄色だが、ズミクロンで撮影すると渋くて濃い独特の黄色になってしまった

F5.6 赤はしっかり濃く出る。上の写真は露出が-2/3 EVの結果で下は-2EVとだいぶアンダーにふった結果
F5.6 最短撮影距離で撮るとこんな感じになる
F2.8 かなりアンダーにしないと、コスモスの色は白っぽくなってしまう。-2EVでようやくちゃんと色が出た。しかし、またもや黄色い発色の発作が出ている

★暗部の粘りについて
 ズミクロンの描写には「暗部での黒潰れが起こりにくく、粘りのあるなだらな階調表現が可能である」という定説がある。つまり描写力のないレンズで撮った際には真っ黒く潰れてしまうような深い色でも、ズミクロンで撮れば潰れずに写るというわけだ。この性質には注意しなければならない落とし穴がある。一般にシングルコーティング仕様の古いレンズで撮影した画像は、コントラストが低く暗部の輝度が浮き気味になり、締まりがない。ズミクロンの粘りは本物なのか、それともただ単に暗部が浮いているだけの幻なのか、その判断は難しい。先の定説に高く評価するだけの意味があるとすれば、深い色の黒潰れが避けられているだけでは不十分である。同時に本来あるべき黒の部分がきちんと黒く描写され、暗部の締まりが保たれていることを検証する必要がある。そこで、ズミクロンの階調表現について、もう少しテストを続けてみた。(近日中に追加)

 ズミクロンRにはボケ方や発色に独特の癖があり、万人受けするレンズではないという前評判を今回のテストで確認することができた。文字道理に受けとめれば、このレンズは「癖玉」ということになる。しかし、ズミクロンは世界の標準レンズを語るうえで無くてはならない銘玉とされ崇拝されている。発売当時は圧倒的なシャープネスで世界中のカメラマンを驚かせた。現在も独特のくすんだような渋い発色はこのレンズならではの描写といわれている。これらの点を「独特」という名の線で結ぶと、ズミクロンの個性的な描写がこのレンズの癖によって生み出されているという大胆な観点に至る。私がズミクロンに触れてみたかったのは、このレンズの個性的な発色に何か秘密があるのではないかと感じたからだ。使い方によっては毒も良薬になる。そんな根拠のない仮説を今でも胸にしまい、このレンズをどう使いこなせばホームランが打てるのか模索している。ようするに癖玉と銘玉は紙一重ということを示す手がかりを得たいのだが、私のような新参者にはまだまだ真価を見せてはくれない。どうやら、もう少し時間をかけて付き合う必要がありそうだ。

撮影環境 Leitz SUMMICRON-R 50/2 + EOS Kiss x3 + LeicaR-EOS mount adaptar


2009/10/09

Kilfitt-Makro-Kilar Model-E(APO) 40mm/F2.8 (M42)

マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。鋭くシャープな解像感、濃厚でクッキリとした発色、軽くて小さな美しいボディが魅力。熱狂的なファンがいる

マクロレンズの始祖玉
「マクロの殺し屋」ではございません

最新の改訂版はこちら

倍率の大きい特殊なレンズを用いて花や虫など小さな被写体を大きく拡大する撮影方法をマクロ撮影という。いわば顕微鏡をカメラ用のレンズで実現するようなものだ。今回とりあげるのはマクロ撮影用レンズ(マクロレンズ)の始祖として名高いキルフィット社のマクロキラー40mm。このレンズは1955年に発表され、世界初の一眼レフカメラ用マクロレンズとして話題を呼んだ製品だ。製作者はドイツHöntrop出身のHeinz Kilfittで、彼の名はRobotという名の個性的なデザインのスパイ用カメラをデザインしたことでも知られている。Heinz Kilfittは1941年にドイツ・ミュンヘンの小さい工場を買収し、光学・精密機器の生産を始めた。1947年に欧州の小国リヒテンシュタインで会社を創設すると、レンズの生産やカメラの生産を行うようになった。その後、会社はミュンヘンに移転するが1966年に米国のズーマー社に身売りし、キルフィット自身は一線から身を引いている。マクロキラーには幾つかのバリエーションが存在し、初期のリヒテンシュタイン製、これとはデザインが若干異なるドイツ・ミュンヘン製、米国ズーマー社製のマクロズーマター銘がある。今回入手したマクロキラー40mmはリヒテンシュタインで製造されたもので、前玉枠の銘板には当初の社名「Kamerabau-Anstalt-Vaduz」のロゴが入っている。
焦点距離/開放絞り値:40mm/F2.8, 最短撮影距離:10cm, プリセット絞り(絞り値:2.8-22), プリセット後は無段階での絞り設定となる。マウント部に絞り連動ピンはついていないので、ピン押しタイプのマウントアダプターを用いる必要性はない。フィルター径:29.5mm, 重量(実測値):144g, 本品はリヒテンシュタイン製でM42マウント用(純正)の仕様。
マクロキラーには2つのラインナップが存在する。撮影倍率が1/2でシングルヘリコイド仕様のモデルEと、等倍でダブルヘリコイド仕様のモデルDである。撮影倍率が大きい程、より小さな物がより大きく撮影できることになる [注1]。モデルEとモデルDの差異はヘリコイドの繰り出し長のみであり光学系は同一、シャープな写りに定評のあるテッサー型の設計である。モデルDにはエクステンションチューブ(接写リング)が1つ余分に内臓されていると考えればよいのだろう。対応マウントはM42以外にエキザクタ、アルパ、コンタレックス、レクタフレックスがある。これらの対応マウントをM42用に変更できる交換改造マウントが存在し、これを用いた改造品が中古市場に多く流通している。
回転ヘリコイドを最大まで繰り出したところ。本品はType-Eなのでシングルヘリコイド仕様だが、Type-Dの場合はヘリコイドが2段構造(ダブルヘリコイド)であり鏡胴はさらに延びる。レンズ先端の銘板上にある赤・青・黄色の3色の刻印は本品が高級なアポクロマートレンズであることを印している。アポクロマートとは特殊な材質で作られた3枚のレンズを組み合わせ色収差を補正する仕組み。色滲みが出にくいと言われている
初期のモデルは開放絞り値がF3.5であったが、1958年に設計が見直され、プリセット仕様で開放絞りが明るいF2.8へとモデルチェンジした。前玉の狭い銘板内に刻まれた極小のレンズ名がいかにもマクロレンズらしい雰囲気を出している。本レンズには黒と銀のカラーバリエーションが存在する。美しいデザインで知られるスパイカメラ"ROBOT"の開発者が手掛けただけのことはあり、現代のお洒落なコンパクトデジカメに付いていたとしても何ら違和感が無い。とても50年前のものとは思えない実にモダンなデザインだ。なお、マクロキラーには中望遠の90mmの製品も存在し、こちらは40mmのものよりもだいぶお値段が高い。
  • [注1]・・・撮影倍率とは最短撮影距離で撮影する際に、画像センサーに写る被写体の像の大きさが実際の被写体の何倍の大きさになるのかを表している。例えば撮影倍率が等倍のモデルDならば、画像センサーの横幅と同じ35mmの長さの虫がセンサーの幅にギリギリいっぱいに写る。つまり写真の横幅いっぱいに写るという意味だ(迫力満点だ!)。これに対し倍率1/2のモデルEは少し控えめでセンサーや写真に写る像の大きさは、これらの幅の半分程度となる。
入手の経緯
本品は2009年9月29日にeBayにてドイツの中古レンズ専門業者から落札した。商品の解説は「エクセレントコンディションのマクロキラー。ガラスは少しの吹き傷がある程度で綺麗。絞りとフォーカスリングの動作はパーフェクト」。出品者紹介には二枚目の若いお兄ちゃんの写真が写っている。フィードバックスコア1900件中99.8%のポジティブ評価なので、この出品者を信頼することにした。いつものようにストップウォッチを片手に持ちながら締め切り数秒前に250ユーロを投じたところ、206ユーロ(2.7万円弱)にて落札できた。送料・手数料込みの総額は216ユーロ(2.82万円)である。なお本品のヤフオク相場は3万円前後、海外相場(eBay)は300-400㌦(2.7-3.6万円)。その後、落札から10日が過ぎて商品が届いた。恐る恐る商品を精査すると、中玉端部のコーティング表面に極僅かにヤケがでている。他にもレンズ内にチリがパラパラあり、お約束どうり薄っすらとヘアライン状の吹き傷もある。お世辞にも綺麗とは言えないが、実写に大きな影響はない。返品せず本ブログでのレポート後にオーバーホールに出すことにした。ガラスの不具合が改善しますようにと神社にお参りしておいた。

エクステンションチューブ
撮影倍率が足りないときのために、ドイツのシャハト社製のエクステンションチューブ(接写リング)を購入した。このチューブはM42マウント用レンズに装着できるものだ。エクステンションチューブといっても、単なるスペーサー(要するに筒)であり構造はシンプル。補正レンズなどは一枚も入っていないので、マクロ・テレコンバータとは異なりレンズの光学性能を大きく損ねることはない。エクステンションチューブは地味なデザインのものが多いが、このチューブに限っては大変かっこいいゼブラ柄なので直ぐに目に留まった。eBayでの即決落札価格は15㌦とお手ごろだ。このチューブをポケットから取り出し、レンズとカメラマウント部の間にサッと取り付けると撮影倍率が上がる。被写体を大きく撮りたい時には重宝する。撮影倍率1/2のType-EマクロキラーでもType-D(等倍)を超える撮影倍率を実現できる。
Schacht社製エクステンションチューブ。ゼブラ柄がクラシックレンズによく似合う。3本構成となっており7通りの組み合わせが可能。様々な長さにできる
チューブ1+2を装着すると21.9mmになる。絞り値因子は2.1倍と暗めになる
エクステンションチューブを全て装着した時の様子。なんだか凄い
撮影テスト
エクステンションチューブをポケットに入れ早速ぶらりと試写してみた。本レンズに対する前評判は以下の通り。
  • 開放絞りでは焦点面の結像が若干甘い
  • 絞るとテッサー型らしい鋭いシャープな描写となる
  • 近接撮影時のボケはマクロレンズらしく豪快だが2線ボケがでることがたまにある

    これらに加え、私が試写してみた印象としては、
  • 発色はこってりと濃厚で、しっかりと出る。青が色濃い
  • 色の再現性が高く、難しい中間色であっても実物に近い自然な発色が得られる

    癖の少ない素晴しい描写のようだ。以下、手持ち撮影なので、多少のボケ/ブレは我慢してくださいまし。
F5.6: 被写体本来の色に近い発色だ。これはいいレンズかも・・・胸が高まる
F8: こちらも実物に近い発色である。スバラシイ!

F8 発色は若干こってり目の派手気味だが、再現性は高く好印象だ
F11 赤もたいへん鮮やかに出る
F11 最近接距離まで寄ると、このとうり複眼までバッチリ見える
F11: テッサー型の構造を持つだけありシャープな描写だ 
F4 台風一過の青空。それにしても青が濃すぎないかコレ

写真(上)はレンズ単体による最短距離での撮影結果。絞り値はF8である。写真(下)はSchachtのエクステンションチューブを3本全て用いたときの最短距離での撮影結果(F値は変倍されている)。手持ち撮影なのでピント合わせは絶望的だが、ご覧の通りの高倍率だ。倍率1.5ぐらいは出ているだろうか。この草の実の紫色は難しい中間色だが、実物の色をかなりよく再現しておりスバラシイ。同じ被写体を同時代のツァイスやライカで撮影しても、こううまくは再現できない。例えば描写に定評のあるLeicaのズミクロンR 50/2で撮影した結果が下の写真。淡い赤紫色になってしまう。
Leica Summicron-R 50/2で同じ草の実を撮影した結果。実物よりも淡くなり赤紫色っぽくなってしまう。同じものをZeiss Flektogon 35/2.8で撮ると、もっと白っぽい発色になる
 
 
マクロ撮影専用設計ってそんなに凄いのか?(工事中)
エクステンションチューブを用いれば普通のノーマルレンズでも容易に撮影倍率を上げることができ、マクロ撮影が可能になる。わざわざ高価なマクロ撮影専用レンズを手に入れる必要などないと思う人も多い。しかし、光学系が近接撮影用に設計されているマクロレンズでは、収差の補正が近接撮影時に最大の効果を生むよう最適化されている。つまり、ノーマルレンズにチューブを付けた場合よりも色滲みが少なく、シャープネスが高く、ボケもきれいになるように設計されているというわけ。ただし、ここで問題となるのは、その差が目に見えてわかるほどハッキリとしているか否かであろう。ノーマルレンズに対するマクロレンズのアドバンテージがどれ程なのか実写テストしてみたい。

比較対照を検討中です。マクロチューブをつけるノーマルレンズとして何を採用すればよいのか、いいアイデアがありましたら、ご提案ご教示ください。
撮影環境: Kilfitt-Makro-Kilar (APO) Type-E 40mm/F2.8 (M42-mount) + EOS Kiss x3



マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。とても50年前の製品とは思えない美しい鏡胴のデザイン、軽くコンパクトなボディ、高いシャープネスと優れた色再現性など、魅力たっぷりのレンズだ。熱狂的なファンが多いのもよくわかる。こうなったらレンズの状態が良くなりますようにと、もう一度お参りしておこう。

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2009/09/07

CZJ FLEKTOGON (M42) 35mm 1st(silver), 2nd(zebla) and 3rd(MC black)

このブログエントリーは2016年11月に刷新されました。
こちらをどうぞ。



親子三代フレクトゴン祭
フレクトゴン35の進化の足取りを辿る

 爺さんの髪は白銀、父さんは白髪混じり、僕は真っ黒フサフサ。何の話かと言えば、カールツァイス・イエナの人気玉、35mmのフレクトゴンである。フレクトゴン35mmは東独VEBツァイス社のHarry Zöllner(ハリー・ツェルナー)とRudolf Sorisshi(ルドルフ・ソリッシ)がContax用Biometar 2.8/35を一眼レフカメラに適合させるという方針で1940年代後半に設計し1952年に登場したドイツ初のレトロフォーカス型広角レンズである。Zöllnerは1948年にBiometarを設計した人物でもある。レンズ名はラテン語の「曲がる、傾く」を意味するFlectoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせたものを由来としている。鏡胴の素材に銀色のアルミ合金を採用した初期モデル、ゼブラ柄の2代目(一部に革巻き鏡胴)、黒鏡胴で新しく再設計された3代目が存在する。
初期型flektogon 35mm/F2.8 (本稿では1st-silverと略記する)
後継のゼブラ柄flektogon 35mm/f2.8 (2nd-zebraと略記) 1979年まで製造
後期型flektogon 35mm/f2.4 (3rd-blackと略記)  F2.8の先代モデルとは
設計が異なる。1975-1980に製造された

ドイツのレンズはデザインを見るだけで大よその製造時期がわかる。1950年代は初期型フレクトゴンのように、鏡胴にアルミ合金を用いたレンズが多い。この種の素材は高い硬度と軽さ・サビへの耐性から航空機や家屋の窓枠に用いられた。切削性に富み加工が容易であるため、流れるような形状の鏡胴を備えた優れたデザインのレンズが多く登場している。1950年代後半からはゼブラ柄が大流行し、レンズメーカー各社からシマシマ模様のヘリコイドリングを持つお洒落なデザインの製品が発売される。この頃にはカラーフィルムが登場し、フルカラー用にチューニングを施した製品へのモデルチェンジが相次いだ。1960年代後半には流行も去り、3代目フレクトゴンのように黒鏡胴の落ち着いたモダンなデザインが多くなる。各社からガラス面にマルチコーティング(MC)処理を施したモデルのレンズが発売される。MCを施したレンズは光の透過率が高く、レンズ内における内面反射が少ない。このため逆光においてもフレアが発生しにくく、コントラストの高い撮影画像が得られるという。はたして、どの程度の効果なのか、今回のレポートではそのあたりにも注目し、フレクトゴンの進化の足取りを辿ってみる。

後玉のサイズは3rd-black(右側)が一番大きい。左側1st-silver(M42-mount); 絞り値F2.8-F16, 重量(実測)188g, フィルタ径49mm,最短撮影距離36cm:   中央2nd-zebra(M42-mount); 絞り値F2.8-F22, 重量(実測)230g, フィルター径49mm,最短撮影距離18cm:  右側3rd-black(M42-mount); 絞り値F2.4-F22, 重量(実測)236g,フィルター径49mm, 最短撮影距離20cm

撮影環境: flektogon 1st-3rd +EOS Kiss x3 (400D) + HAKUBA Rubber hood
入手の経緯
初期型フレクトゴン(1st-silver)は2008年の夏にeBayの中古カメラ業者フォト・ホビーから即決価格で購入した。もともと150ドルで売りに出されていたものが23%offとなっていたので、113ドル(25%offの約10200円)で売ってくれと出品者に交渉したところ即落札できた。届いた品は極めて状態がよく、箱つきの新古品であった。たぶん市場に出回る前は未使用だったのだろう。初期型フレクトゴンの鏡胴は耐食性に劣るため経年劣化してしまったものが多く、中古市場で状態のいいものを見つけるのはかなり難しい。状態の良いものは希少性が高いため、後継のゼブラタイプよりも高額で取引されている。相場はレンズの状態に大きく左右されるが、海外のオークションでは70㌦から150㌦位、国内相場は1~2万円位である。
ゼブラ柄の2代目フレクトゴン(2nd-zebra)は2008年8月にeBayにて71㌦(約8.5千円)でイギリスの業者から落札した。出品時の解説には、ガラス・外観・機械動作ともにエクセレントとあるだけ。新品同様(MINT)との記述なら安心だが、この程度の製品評価の場合、eBayでは危険な賭けになる。予想どうり入札価格は高騰しなかった。幸いなことに届いた実物は新品同様のレベルであった。海外での相場は100㌦~150㌦位、国内では1.5~2万円程度なので、たいへんラッキーな買い物であった!。
最後に黒鏡胴のフレクトゴン(3rd-black)だが、入手にはいろいろ紆余曲折があり苦労した。はじめ2009年3月にeBayにてチェコの業者が"as new"という触れ込みで出品していたものを235㌦で競り落とした。ところが届いた品は鏡胴に傷が目立つボロ。後玉周辺には何らかの加工が加えられており、中玉のはめ込みがわずかにズレていた。さらに絞りが作動しない不良品であった。ボロボロであることはクレーム時に述べず、「絞りが動かない欠陥品なので返品してくれ」と出品者に連絡し、郵便局のEMSにて1900円を払って送り返した。ところがEMSのラベルに返品と書かなかったため後で"GIFT"として処理され、出品者がチェコの税関のルールに従って58㌦の税金を支払うことになったのである。当然、出品者が嘘をついているケースも想定したので、証明となる資料を提示してもらったところ、確かに58㌦の請求とある。出品者は私のミスで損害が生じたと主張し、私が税金を支払うはめになった。このようにeBayでの購入には様々なリスクが伴うので、注意が必要だ。しばらくeBayが嫌いになったので、その間、ヤフオクで2.9万円で出品されていた箱つきの美品を見つけ、締め切り15秒前に3.2万円の額を投じ、2.95万円で落札した。商品は鏡胴に若干の擦れがあるもののレンズ系は綺麗で、まぁまぁのレベルであった。ちなみに、この製品の海外での相場は200~220㌦、国内では3万円位だろう。

★まずは絞り優先モードで普通に撮影
3本のレンズをEOS Kiss x3につけて撮影した。ISO感度は100で絞りはF4に固定。すると妙なことに、1st-silverだけがシャッター速度が遅くなってしまった。他の2本は同じシャッター速度である。何度ためしても、どのようなシーンでも、この傾向はかわらない。


上の3種の写真に対する入力レベル。縦軸は輝度の分布関数。横軸は輝度(0が暗部で255が明部)となっている。1st-silverだけがシャッター速度が遅いため分布の山が右にシフトしている。他の2本はよく似た輝度分布になっている。

どういうわけなのか、1st-silverだけが明るめに写ってしまうので、撮影時には露出補正を他よりも強めにかける必要がある。下の写真は3本のレンズに対し、絞り値とシャッター速度を統一して撮影した結果だ。1st-silverのみ露出補正をマイナス側に強めにかけ、2nd-zebraおよび3rd-blackと同じシャッター速度にしている。厳密ではないが、3枚の写真はほぼ同じ明るさになっている。1st-silverの写真にはハッキリとフレアが確認できる。逆光下での撮影でもないのに、バラの葉や遠方の木々の暗部が白っぽく写り、コントラストの低下がみられる。1st-silverの画像は他の2本に比べ花の色にも力強さがない。2nd-zebraと3rd-blackの描写はここでも良く似ている。

 ISO100、絞り値はF5.6に固定し撮影した。左から1st, 2nd, 3rdの撮影結果である。露出補正は1st-silverが-4/3EV, 2ndと3rdに対しては-2/3EVである。

2nd-zebraと3rd-blackの描写に差異はないのだろうか?次の撮影サンプルの発色を見ていただきたい。3枚のうち1st-silverの画像だけは他の2本よりも明るめに写る傾向があるので、露出補正をマイナス側に強めにかけている。下段は上段の写真の一部分を拡大したものである。

ISO100、絞り値F8の条件での撮影結果。左側の1st-silverの画像にはフレアが発生し、城壁の屋上付近がモヤモヤとしている。露出補正は1st-silverが-5/3EV, 2ndと3rdに対しては-2/3EVである。もちろん無補正画像である。愛媛・松山総合公園
上段の写真の一部を拡大表示したもの。左が1st-silver,中央が2nd-zebra,右が3rd-blackによる撮影結果


この写真サンプルで強調したいのはカラーバランスである。城壁に注目すると、2nd-zebraと1st-silverは赤が3rd-blackよりも強めに出ることがわかる。これに対し3rd-blackは渋く落ち着いた発色を示している。どちらの発色が優れているというものではなく、これらの差異は画作りに対する性質の違いである。2nd-zebraは温かみのあるウォームトーン調の表現となり、3rd-blackは落ち着きのある洗練されたクールトーン調の表現になるのだろう。同様の傾向は、蛍光灯のみを光源とする撮影結果でも確かめられる。後で示すマンションのタイルの撮影結果がそれである。


実写によるマクロ撮影力の比較
私が初めて手に入れたのはゼブラタイプの2nd FLEKTOGONである。はじめての撮影で草花や虫を撮った時に、その近接撮影能力の高さに度肝を抜かれた事を今でも鮮明に憶えている。35mmという使いやすい焦点距離でマクロ機能を備えたレンズが他に見当たらなかったため、オールラウンドに使えるレンズとして大活躍した。きっと、フレクトゴンの高い人気の秘密はそうしたところにあるのだろう。一般にマクロレンズは近接撮影時に鏡胴が大きく伸長する。そこでヘリコイドリングを回し、前玉をいっぱいまで繰り出した時の3つのレンズの様子を比べてみた。2nd-zebraは1.5倍を超える長さまで鏡胴が伸びる。前に向かって伸びてゆく姿には男らしさを感じる。父ちゃんスゴい。

1st-silver flektogon: 鏡胴の伸長は2nd,3rdに比べると小さい。最短撮影距離は36cmと控え目

2nd-zebra flektogon: 鏡胴の伸長は3本の中で最も長かった。最短撮影距離は18cm。ただし、最短撮影時の絞り値はF2.8からではなくF4からとなる


3rd-black flektogon M42-mount: 2ndに比べ若干控え目だが鏡胴の伸長は長い。最短撮影距離は20cm。2nd-zebraは接写撮影時の最小絞りがF2.8からF4にシフトしてしまったが、こちらの3rd-blackは接写撮影時にもF2.4の開放絞り値をキープしている


各フレクトゴンの最短撮影距離は1st-Silverが36cmで最も長く、2nd-Zebraが18cmと最も短い、次いで3rd-Blackは20cmとなり、2nd-Zebraよりも控え目。これらの差異を実写で比較すると以下の写真のようになる。

2nd flektogonの卓越したクローズアップ力の高さが撮影画像からもハッキリわかる
2ndと3rdの近接撮影能力の高さはマクロレンズ並みであり、草花や虫を大きくアップに撮影できる。ツァイス・イエナは2nd-Zebraから3rd-Blackにモデルチェンジする際に、マクロ撮影時の最短撮影距離を僅かに長くし、開放絞り値が明るくなるようセッティングを変えている。

逆光耐性と階調表現
3rd-blackはレンズのガラス表面にマルチコーティング(MC)が施されている。これにより光の透過率が向上し内面反射が減るためフレアが起こりにくく、おかげで少々の逆光でもコントラストの低下が起こりにくいとされている。階調表現の優れた高画質を維持できるわけだ。シングルコーティング仕様の1st-silverや2nd-zebraと比較しながら、3rd-blackに施されたMCのアドバンテージをテストした。次の写真は3本のレンズを用いて強い逆光下で撮影したものだ。


上段は1st-silver,中段は2nd-zebra, 下段は3rd-black(MC)の撮影結果。赤い枠の部分を拡大した画像を右側に示した。ISOは100, 絞り値F8, シャッター速度は1/20に固定した。三脚をたて、適切な深さのフードを装着している。上段の1st-silverには強いフレアが発生している。神奈川県平塚市

1st-silverの画像にはフレア(暗部にはっきり見える白いモヤのようなもの)が発生し暗部に締りがない。下の拡大写真(上の写真の赤枠)も参考にしいただくと、その様子が更によくわかるだろう。コントラストの低下が一番顕著なのは明らかに1st-silverである。2nd-zebraは1st-silverほどではないものの、わずかにフレアが見える。一番優秀なのはマルチコーティングをまとった3rd-blackである。フレアは3本のなかで最も少なく、緑の葉の鮮やかさが最も際立っている。次に、これらの結果に対するレベル曲線(輝度分布)を示した。

上段は1st-silver, 中段は2nd-zebra, 下段は3rd-blackの結果である。右は3本のレンズのレベル曲線(輝度分布)。上段は1st-silver, 中段は2nd-zebra, 下段は3rd-blackである

輝度分布には暗部の立ち上がり位置、ピークの位置に各レンズの差異がはっきりと表れている。暗部の粘りは3rd-blackが一番優秀で、分布の立ち上がる位置は左側の最も深い場所にある。次いで2nd-zebra, 1st-silverの順である。3rd-blackと2nd-zebraは分布の形状が類似しており、階調表現がよく似ていることがわかる。ハイライト部の階調表現については輝度分布から優劣を判別することが困難であった。
次は露出をわざとアンダー気味に補正し、暗部の黒つぶれに対する耐性を観察してみた。

上段は1st-silver,中段は2nd-zebra, 下段は3rd-black(MC)の撮影結果。ISOは100, 絞り値F8, シャッター速度は1/125に固定した。三脚をたて、適切な深さのフードを装着している 

この場合、輝度分布で比較しても3本のレンズの差異が良く分からなかったので、画像サンプルで比較する。1st-silverの画像では左端にあるはずの植物の葉が黒つぶれし全く見えない。2nd-zebraでは僅かに見え、3rd-blackはハッキリとみえている。暗部の階調表現は後継モデルほど良好であり、黒つぶれしにくいようだ。

階調表現と逆光耐性については予想どうり3rd-blackが一番優秀で、次いで2nd-zebra、1st-silverの順であった。フレクトゴンが時代とともに正常進化と遂げていった足取りがよくわかった。興味深いのは2nd-zebraの逆光耐性が1st-silverよりも大幅に向上している点だ。両者はどちらもモノコート仕様であるので、コーティング以外の何かが2nd-zebraの逆光耐性の向上に寄与しているようだ。3rd-blackほどではないものの、2nd-zebraは予想以上に優秀なレンズであった。このあたりは、一体どういうカラクリなのだろうか。

★シャープネスと周辺画像の乱れ
次に各レンズのシャープネスを比較してみた。下に示す写真サンプルはカメラから約2m離れたマンションのタイルである。撮影時のISO感度は100に固定し、三脚を立て、正面から撮影した。ピントは中央部Aの付近であわせている。カメラのレンズは平面的にピントが合うよう設計されているので、中央部Aでピントが合えば端部Bでも合っている。


上の写真の端部Bの部分の画像を拡大したものが下に示す写真である。周辺部の画像は収差による影響を受けやすいので、比較の対象として一番分かりやすい結果を与えてくれる。3本のレンズをすべての絞り値でテストているが、1st-silverと2nd-zebraの開放絞りはF2.8なので、F2.4のカラムが空欄になっている。また最小絞り値についても1st-silverはF16までなので、F22のところだけ空欄になっている。


写真画像をクリックするとさらに拡大した画像が表示される。上の画像でも確認できるが、1st-silverと2nd-zebraは3rd-blackよりも若干赤が強くでるようだ

肉眼による評価ではあるが、3rd-blackの開放絞りF2.4におけるシャープネスは1st-silverのF4と同程度、2nd-zebraのF2.8よりも若干シャープなレベルである。3rd-blackのF2.8の画像は1st-silverのF4よりもシャープ、F5.6よりもソフト、2nd-zebraのF4よりも若干ソフトなレベルである。シャープネスだけで優劣をつけるならば、3rd-blackが一番優れており、続いて2nd-zebra,1st-silverという順番になる。やはりここでもフレクトゴンの正常進化の足取りが確認できる。どのレンズも深く絞り込めば充分にシャープになり、肉眼で優劣を決めるのが難しくなる。

次に中央部Aの部分を拡大した写真を示す。下の写真を見ていただきたい。


中央部はどのレンズも開放からシャープである。私は目が良い方ではないので、ハッキリとした差異を認めることができない。肉眼で優劣をつけるのは困難である。


MC FLEKTOGON 撮影サンプル
3rd-black(MC Flektogon 35mm/F2.4) + EOS Kiss x3(400d) + HAKUBA Rubber hood 

MCフレクトゴンの前評判は以下の通り
  • コントラストとシャープネスが高い
  • 発色は渋め
  • 素直で自然なボケ
  • 立体感のある描写
まぁ人気があるのもうなずける。「立体感」という意味に私はどうもピンとこない。線が太めでシャープネスが高く、ピントのあった被写体の輪郭が強調されるという意味だろうか?あるいは階調表現が緩やかに変化し奥行きを強調するという意味なのだろうか?どなたかご存知の方がおりましたら、ご教示くださいませ。以下、晩夏の伊勢原・大山(丹沢山系)にて試写してみた結果だ。

F4  やはりMC Flektogonはただ者ではない。このような明暗の差が大きい場合でも、破綻のない安定した描写が得られる。暗部には締りがありハイライトも丁寧な階調表現だ   神奈川県 丹沢・雨降山大山寺

F4 神奈川県 丹沢・大山 茶湯寺
F8 神奈川県 丹沢・大山 茶湯寺
F8 神奈川県 丹沢・大山ケーブルカー
F4  発色もグー!パンツ丸出し・・・。 こちらは北海道・美瑛

私がいちばん好きなのは2nd-zebraである。鏡胴のデザイン性が高く、画質がまぁまぁ良いからである。3rd-blackの描写性能も魅力的だが、もう少しデザインに個性が欲しい。オレンジ色のフードでもあれば充分個性的になるだろう。だれか売り出せばきっと買い手は多いのではなかろうか。