おしらせ


2023/10/17

Taylor-Hobson Leicester "CINAR ANASTIGMAT" 1inch f1.5 (c-mount)

テーラー・ホブソン社のキノ・プラズマート型レンズ

Taylor-Hobson Leicester "CINAR ANASTIGMAT" 1inch (25mm) F1.5 (C mount)

やや珍しい英国製シネレンズを入手しましたので、軽くレポートしたいと思います。英国のテーラーホブソン社(以後TTH社と略称)が戦前の1932年頃に英国エンサイン社の16mm映画用カメラAUTO-KINECAM Sixteen TYPE Bに搭載する交換レンズとして市場供給したCinar Anastigmat 1inch(25mm) F1.5です。メーカー名の横に記されているLeicester(レスター)はご存知のようにイングランドの歴史ある都市で、同社はここを拠点に創設されました。

レンズ構成は下図のような4群4枚で、1924年にHugo-Meyer社のパウル・ルドルフが発表したキノ・プラズマート簡易型(4枚モデル)とよく似た設計形態です[DE Pat.401630 (1924) ]。この設計は米国Wollensak社のCine-Velostigmat 1inch F1.5/F1.9Kidak Anastigmat 1inch F1.9など16mm映画用レンズに多く採用されており、明るさと中心解像力の高さが映画撮影の用途に向いていたようです。ただし、キノ・プラズマートの前後群が絞りを挟んで対称であるのに対し、今回ご紹介するCINARは絞りに面するレンズが前側は平凹レンズ、後側は凹メニスカスで対称性が崩れており、描写傾向にも若干の差異が期待できます(下図)。さっそく試写してみたところ、やはり少し違うようで、キノ・プラズマートよりも滲みは少な目でコントラストは良好です。非対称な構成なので、コマ収差の補正でもしているのでしょうか。

設計構成の見取り図:左が被写体側、右がカメラの側
TTH Leicester CINAR Anastigmat 1inch F1.5: 最短撮影距離 1feet(約0.3m), フィルター径 23mm, 絞り F1.5-F16, 絞り羽 12枚構成, 重量 140g, 4群4枚キノプラズマート簡易型, C-mount

  

撮影テスト

キノ・プラズマー型レンズの描写の特徴はピント部の背後に生じる盛大なグルグルボケと前方のに生じる放射ボケ、コマ収差由来の強い滲み、良好な中心解像力、中心部の画質と四隅の画質の大きなギャップで、コントラストは低く発色はあっさりと軟調傾向なところです。本レンズも概ねそのような性質を受け継いでいますが、滲みはキノプラより軽めで、そのぶんコントラストは良好です。イメージサークルには余裕があり、マイクロフォーサーズ機では写真の四隅まで均一な明るさが得られ、明るい標準レンズとして使用できますし、APS-C機では隅端部が僅かにケラれる程度で、明るい準広角レンズとして使用できます。開放では良像域が写真中心部の狭い領域に限られますので、被写体を真ん中に置くポートレート撮影ではよいのですが、中遠景など平坦なものを撮る場合には大きな非点収差の影響で四隅の結像が甘くなります。この場合は絞って撮るほうがよいと思います。まぁ、絞っても効果は限定的ですが。

さてさて、どうやらモノクロがいいみたいですので、まずはニシカワヒカルさんの写真をどうぞ。


Photo ニシカワヒカル

Olympus OM-D(モノクロ)

F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)

F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)


F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)

F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)

F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)

F2, OM-D(Aspect ratio 16:9)




続いて、カラー写真です。

Panasonic LUMIX GH1

F1.5(開放)  WB: 日陰

F1.5(開放)  WB: 日陰

F1.5(開放)  AWB

F1.5(開放)  AWB

F1.5(開放)  AWB

F1.5(開放)  AWB

F1.5(開放)  AWB
滲みはF2で収まります。F2.8まで絞ったサンプルもご覧ください。

 
F2.8, WB:日陰

F2.8, WB:日陰

F2.8, WB:日陰

2023/10/16

Carl Zeiss Sonnar 85mm F2.8



時を超え密かにゾナーへと転生した覆面レスラー

Carl Zeiss SONNAR 85mm F2.8

レンズ設計の変遷はエルノスターからゾナーが誕生した過程のように、「レンズ構成の複雑化=高性能化」という観点で杓子定規的に語られる傾向が多いのですが、生物同様に本来はそんな単調なものではなく、もっと複雑な過程を経由しながら現在に至っています。ガラス硝材の進歩により屈折面を多く持つレンズ構成が後に先祖返りする、いわゆる「退行的進化」を遂げるケースが、まさにそのような事例の典型でしょう。この退行的進化とは、「退化」に適応的な意義が認められる場合に限って使われる系統学の用語です。今回は退行的進化を経て1970年頃にゾナーへと転生したエルノスタータイプの中望遠レンズ、Contaflex 126用SONNAR 85mm F2.8(1968年登場)とRollei SL 35用SONNAR 85mm F2.8(1970年登場)を取り上げ紹介します。両者はどちらも4群4枚の同一構成で製造時期が被っていますので、設計も完全に同一であろうと思われます。半世紀もの時を越えゾナーとして蘇ったエルノスターに、一体どれほどの性能が期待できるのでしょうか。

 

ゾナー:ご先祖様だかなんだか知らないが、今さら出てきて、お前みたいな老いぼれに何が出来るというのだ。

エルノスター:うるさいぞ小僧。一眼レフ業界から追い出されそうなくせに、偉そうに語るでない。いいから黙って見ていろ。

  

ローライQBMマウント用ゾナーの構成図(Zeiss公式カタログ The Finest Optic by Zeissからのトレーススケッチ)で4群4枚のエルノスタータイプです。コンタフレックス126用ゾナーの構成図は入手できませんでしたが、同一構成ですのでQBMゾナーと同一設計であると思われます



中古市場での相場
QBM SONNARのeBayでの相場は200-250ユーロ(30000-40000円)、CONTAFLEX 126 SONNARは250-300ユーロあたりです。ドイツのセラーが比較的安価な値段で出しており、送料もリーズナブルなのでオススメです。ただし、今は日本の中古市場の方が安く手に入るケースが多く、この記事を執筆している時点でも、国内のネットオークションにはContaflex 126 SONNARとQBM SONNARの状態の良さそうな中古品が20000円前後で出ていました。海外と国内で、このような相場価格の逆転現象が起きているのは、為替が変化し最近円が急に安くなったためであろうと思われます。これだけ価格差があると、いずれ海外に流出してしまうでしょうね。
 
Carl Zeiss Sonnar 85mm F2.8, (Contaflex 126マウント),  製造国 旧西ドイツ, 絞り羽 5枚, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 1m, フィルターネジ 専用バヨネット, 構成 4群4枚エルノスター型(基本形)。Contaflex 126アダプターは高価なので、自分でマウント部をM42ネジに変換するためのアダプターを自作しました。デッケルマウントのアダプターの構造を利用して、マウント部にある絞り連動ピンを動かせる仕組みになっています。これにM42-M39ヘリコイド(12-19mm)を組み合わせることで、レンズをライカL39マウントレンズとして使用することができるようになります
Carl Zeiss Sonnar 85mm F2.8 (Rollei QBM), 重量(カタログ値) 198g,  原産国 旧西ドイツ/ シンガポール,  絞り羽 6枚, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 1m, フィルターネジ 49mm, 構成 4群4枚エルノスター型(基本形), 製造期間 1970-1981, 1974年よりHFTコーティング,  Voigtländer Color-Dynarexの名称で出ていた同一設計バージョンがある
撮影テスト
Sonnar(QBM)とSonnar(Contaflex 126)は設計構成が同一ですので、描写傾向はよく似ています。開放からスッキリとしていてヌケが良く、フレアは全く見られません。コントラストは良好でピント部は解像感に富んだシャープな像となり、線の太い力強い描写が得られます。発色は濃厚かつ鮮やかで、開放でもシャドーの締まりは良好です。背後のボケは端正なうえに柔らかく、グルグルボケや放射ボケは全く検出できません。美ボケレンズと言ってよいでしょう。現代レンズのような安定感ですが、これ本当に4枚玉なのだろうかと目を疑いたくなるような、とても高性能なレンズです。

Sonnar 2.8/85(Contaflex 126 mount)
+
SONY A7
 
F4 sony A7(AWB, iso:2500) トーン描写はなだらだ 

F2.8(開放)  sony A7(WB:曇天)

F4 sony A7(WB:電球)

F4 sony A7(WB:晴天) 

F2.8(開放) sony A7(WB:晴天)  
F2.8(開放) sony A7(WB:晴天)

F5.6 sony A7(WB:晴天)


SONNAR 85mm F2.8 (QBM mount)
+
SONY A7
続いてQBM SONNARですが、Contaflex 126用SONNARと描写傾向はそっくりです。こちらも欠点の見当たらない素晴らしい性能で、この安定感ならプロが仕事で使っていてもおかしくないレンズだと思います。
 
F5.6 sony A7(WB:晴天) 
F2.8(開放) sony A7(AWB)
F5.6, sony A7(WB:晴天)
F2.8(開放) sony A7(WB:晴天)
F2.8(開放) sony A7(AWB)
 
エルノスターの構成にここまで高いポテンシャルが備わっていた事には、正直言って驚きました。戦前のエルノスターがF2ではなくF2.8で作られていたら、評価はもっと高かったのかもしれませんね。次回は元祖エルノスターを取り上げたいと思います。いやぁ、これは楽しみです。
F4 sony A7(AWB)

F5.6  sony A7(AWB)

F4 sony A7(AWB)