おしらせ


2023/06/20

Ernst Leitz Wetzlar SUMMAR 5cm F2



ライカF2級レンズの始祖

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2


現代のレンズでは得難い独特な描写表現は、オールドレンズの真骨頂です。であればこそ、これからオールドレンズの世界に足を踏み入れようとするエントリーユーザにはそうした描写表現が際立つレンズを勧めたい。ライツの標準レンズで言えば、ズマールこそがその代表格といえる製品です。

オールドレンズの伝道者

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような開放描写など、表現はあくまで「緩め」です。しかし、オールドレンズが工業製品としての市民権を得た今なら、ズマールはその価値を昇華させてくれる最高に優れた製品と言えます。解像力は高く、線の細い緻密な描写表現が可能なうえ、画像中央から四隅にかけての良像域がとても広いなど、上級者から見てもハッとする要素を備えています。お世辞抜きでライツ製品の格の違いを実感させてくれる一面を持ち合わせてもいるのです。

一方、「ズマールではハードルが高すぎる」「エントリー層にはもう少し大人し目のズミクロンやズミタールのほうがとっつきやすいのでは」といった正反対の意見もあります。実に興味深い事です。物事は多面的に見ることで本質に至るわけですから、どちらも正論なのかもしれません。手にするユーザの気質を考慮する必要がありそうです。ズマールはオールドレンズのエントリーユーザを容赦なく振り回し、「どうだ、わかったか。これがオールドレンズだ!」と力強く諭してくれる頼もしい存在です。これを素晴らしいと喜び評価する人もいれば、私には手に負えないとこのレンズの元を去ってゆく人もいる、というのが実情でしょう。

ズマールの登場と背景

ズマールを開発したのはライツのレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)で、レンズは1933年発売のLeica DIII(ライカIII型)に搭載する交換レンズとしてカメラと共に世に出ました。この前年の1932年にライバルのツァイスがコンタックスと共にゾナー 50mm F1.5と50mm F2を発売していますが、これを迎え撃つライツにはヘクトール50mm F2.5しかなく、ライツは劣勢に立たされていました。ズマールはライツが巻き返しを図るべく市場投入した、まさに社運をかけた製品だったわけです。レンズは1933年から1940年までの8年間で12万7950本弱というかなりの数が製造されました[1]。その後は後継製品のズミタール50mm F2にバトンを渡し、生産終了となっています。

レンズ構成は下図に示すようなオーソドックスな準対称ガウスタイプ(4群6枚)で、前玉にやわらかい軟質ガラスが用いられています。このため残存する製品個体には前玉に無数の傷やクモリのあるものが多く見られます。わざわざ耐久性を度外視してまで実現したかったものは一体何だったのか。一刻も早くゾナーに追いつき、ゾナーとタイマンを張るためだったのでしょうか。いずれにしても、ズマールが当時のガウスタイプで実現しうる精一杯の描写性能を垣間見ることのできる重要なレンズであることに、疑いの余地はありません。

SUMMAR 5CM f2の構成図(文献[1]からのトレーススケッチ)設計構成は4群6枚の準対称ガウス型です

 
ズマール vs ゾナー
1930年代に繰り広げられたライツとツァイスのシェア争いは、表向きレンズの明るさと商業的な優位性をかけた争いとして紹介されることが多いわけですが、一部のマニアはこの争いに少し異なる見解を与えており、ガウスタイプとゾナータイプの描写特性の本質的な違いに対する世間の嗜好を問う争いであったと捉えています。微かなフレアをまといながらも解像力の高さ、線の細い描写で勝負する繊細な性格のガウスタイプに対し、シャープネスとコントラスト、ヌケの良さと発色の鮮やかさで押す力強い性格のゾナータイプ。両者はお互いに他者にない長所と短所を持ち合わせた対極的な存在でした。ゾナーの方がより現代的なレンズに近い描写傾向であることは言うまでもありません。当時の世論はゾナータイプを支持したかのように思えます。

参考文献
[1]"SUMMAR 50mm, f/2 1933-1940", LEICA COLLECTOR'S GUIDE

[2]「ライカのレンズ」写真工業出版社 2000年7月

[3] 郷愁のアンティークカメラ III・レンズ編 アサヒカメラ増刊号 朝日新聞社 1993年


中古市場での相場

12万本を超える製造本数ですので流通量は今でも多く、中古市場での相場は他のレンズに比べると安定しています。国内のネットオークションでの相場は状態により最低4~5万円から上は7~8万円前後と幅があり、海外での相場も似たような動向です。中古店では下が5~6万円で上は10~15万円程度とやはり幅があります。下の価格帯では前玉が傷だらけでクモリ入りの個体です。あるいは、ガラスが研磨されている場合もあります。傷のない個体は極めて少ないのですが、探せば見つかります。ただし、それでもクモリのある場合が大半といいますか、ほぼ全部です(笑)。湿気に加えてコーティング層による表面保護がないことが、クモリの主要因であるアルカリ劣化を促進させてしまうのかもしれません、研磨されている個体はオリジナルの性能とは少し異なり、焦点距離が僅かに変化しているとともに、諸収差の補正パラメータに若干の変化があります。補正パラメータに配慮した修理が行われていればよいのですが、そうでない業者の手にかかる場合には、解像力の低下や収差の増大がみられる事態が容易に想像できます。私は約3年間もの時間をかけ充分に実用的と思えるレンズを探しました。その間、100本以上の個体を見て回りましたが、結論として傷が少なくクモリがなく、磨かれた痕跡のない個体を探し当てるのは困難と判断しました。そこで、描写への影響が最小限に留められるレベルで傷とクモリを容認することとし、在庫を多く抱える前橋の中古カメラ店から6万5千円で状態の最も良さそうな個体を入手しました。拭き傷は少なく、クモリも前玉にごく薄いものが見られましたが、このコンディションが3年間かけて得られた精一杯の結果です。

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2:  重量(実測) 177g, 絞り F2-F12.5, 最短撮影距離 1m, フィルター径 内径34mm 外径36mm(被せ式), 設計構成 4群6枚ガウスタイプ 

 

撮影テスト

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような描写など、表現はあくまで「緩め」です。開放ではコマ収差に由来するフレアがピント部に見られ、拡大像が滲んで見えますが、持ち前の高い解像力と相まって。線の細い緻密な描写表現が可能です。また、画像中央から四隅にかけての良像域が広く、四隅に被写体をおいても十分に緻密な像が得られます。背後のボケは安定しており、グルグルボケが顕著化することはありません。繊細な結像描写と淡く軟調な階調描写を持ち味とするズマールは、オールドレンズの価値を昇華させてくれる、たいへん優れた製品であると言えます。

今回は定格のフルサイズ機SONY A7R2と、規格よりも一回り画大きな中判センサーを持つFUJIFILM GFX100Sでの作例をお見せします。

F4 SONY A7R2(WB:日陰)


F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)
F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)



Fujifilm GFX100Sでの写真作例

Summarのイメージサークルには余裕があり、中判デジタルカメラのGFXシリーズで使用する場合にも暗角(ケラレ)は発生しません。GFXで使用する場合の換算焦点距離は38.5mmで換算F値はF1.54です。Fujifilmのデジタルカメラに搭載されているフィルムシミュレーションのノスタルジックネガやクラシッククロームが、このレンズの性格とよくマッチすると思います。

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS: クラシッククローム)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)

F2(開放)  Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)











ZUNOW OPT. Japan ZUNOW-ELMO Cine 38mm F1.1 modified to Leica M

ズノーって「頭脳」が由来なのかしらん?

ZUNOW OPT. ZUNOW-ELMO Cine 38mm F1.1 (D mount)

オールドレンズフェス2023の写真展に参加されている方から、こんなレンズを手に入れちゃったんだけどライカマウントに改造できませんかと持ち込まれたのが、今回ご紹介するZUNOW OPT.(ズノー光学)の8mm映画用レンズZUNOW-elmo Cine 38mm F1.1です。ズノー光学と言えばかつて存在した日本の光学メーカーで、1930年に設立された帝国光学研究所を前身としています。1954年に帝国光学工業、1956年にはズノー光学工業に社名変更しており、1961年に倒産しヤシカに買収され消滅しました[1]。同社のレンズはコレクターズアイテムとなっており、ライカ判レンズには現在100万円もの値がつきます。私のブログで取り上げるような製品ジャンルではありませんが、手にしたのも何かのご縁ですので、記録を残しておくこととしました。どなたかのお役にたてれば幸いです。

さて、今回ご紹介するZunow-elmo Cine 38mm F1.1はズノー光学がエルモの8mmシネマムービーカメラ 8-AA(1956年発売)に搭載する望遠レンズとして供給したものです。レンズを設計したのは1955年に日本光学から移籍してきた国友健司という設計士で、国友氏は他にもズノー50mmF1.1の後期改良型やミランダカメラの初期モデルに供給されたZUNOW 5cm F1.9などの設計を手かげた人物でもあります[1]。レンズはイメージサークルが狭く、Pentax Q以外のデジタルカメラではケラレが出てしまいます。そんなわけもあって、ネット上には写真作例が僅かしかありませんが、マウント改造すればレンズの光路を妨害する部分がなくなり、APS-C機でも使用できるようです[2]。ただし、内部の機構をしらべてみたところ、本体のヘリコイドを捨てなければライカマウントへの改造は構造的に無理でした。依頼者と相談し、今回はヘリコイドレス仕様にてライカMマウントに改造することとしました。

参考文献・資料

[1] 「ズノーカメラ誕生」 萩谷剛(朝日ソノラマ)

[2] 少年★レンズ WEBサイト


重量 164g, 絞り値 F1.1-F22, 絞り羽 10枚構成, 最短撮影距離 3feet(0.91m), Dマウント


中古相場

通常この手のDマウントレンズはPentax Qでのみケラれる事なく使用できます。使えるカメラが限られているため、国内の中古市場では現在2~3万円程度からと、ズノー光学のレンズとしては買いやすい値段で取引されています。

 

撮影テスト

さっそく使ってみたのですが、まず驚いたのはコントラストの高さです。シャドー部は落ち着いており、黒の締まりが良く、色が鮮やかにキリッと出ます。本当にこれがF1.1のレンズの開放描写なのかと目を疑うほどです。ボケは安定しており、グルグルボケが顕著に出たり背後の像が大きく乱れるようなことはありません。開放でも滲みは少なく、スッキリとしたヌケの良い描写です。今回はAPS-C機のFUJIFILM X-T20とマイクロフォーサーズ機のPanasonic GH-1で撮影しましたので、作例を続けてどうぞ!。


APS-C機(FUFIJILM X-T20)での試写

コントラストはとてもいいので、カメラのフィルムシミュレーションをクラシッククロームに選択して、少し軟調気味の味付けにしています。さすがにAPS-C機では規格外にも程があるのか、像面湾曲が大きく、四隅が大きくピンボケしてしまいます。四隅のケラレは開放ではそれほど目立ちませんが、絞るとトンネル状にはっきりと出ています。レンズについているフードを外せば、このケラレは収まるのかもしれません。しまった!依頼者にレンズを返してしまいました・・・。依頼者の方によると、フードを外せばF5.6でもケラレは出ないとのことです。むむむ。

F1.1(開放) Fujifilm X-T20(WB: クモリ, FS: C.C.) APS-C機では結構凄い像面湾曲です
F1.1(開放)  Fujifilm X-T20(WB: クモリ, FS: C.C.) APS-C機でギリギリケラれるかケラれない程度です。ちなみに、先端部のフードを外すとケラレはなくなることが後で判明しました。ピント部中央はシャープで滲みはほぼ出ていません

F1.1(開放)  Fujifilm X-T20(WB: クモリ, FS: C.C.) 前ボケにハロがでます。しかしコントラストの高いレンズですね。色もしっかり出ます

F1.1(開放)  Fujifilm X-T20(WB: クモリ, FS: C.C.) 球面収差は開放で急激にアンダーになる感じにみえます。珍しく、少しグルグルが出ました。
F4 Fujifilm X-T20(AWB:,FS.C.C) 絞ると四隅のケラれがハッキリしてきます
F1.1(開放) Fujifilm X-t20(WB:クモリ, Aspect Ratio 16:9, F.S: Standard)
マイクロフォーサーズ機での作例
いて、パナソニックGH-1での写真作例です。イメージフォーマットはAPS-C機より一回り小さいので、四隅の画質はより安定傾向にあります。ケラレや光量落ちは全く見られませんが、開放で平面や遠景を撮る場合には依然として像面湾曲が目立ち、四隅で像がピンボケしますので、気になる場合には絞り込んで被写界深度の深さで目立たなくする必要があります。ただし、ポートレートや近接撮影で使う場合には全く気になりません。カメラの設定を変え、アスペクト比を1:1に変更するというのも一案です。
 
F1.1(開放) Panasonic GH-1(WB:⛅, FS:スタンダード) 像面湾曲がまだ大きく、四隅がピンボケします。コントラストは良好です!
F4 Panasonic GH-1(WB:日陰, FS: スタンダード)四隅の画質の乱れと相まって、まるでジオラマみたいな屋上風景ですね
F4 Panasonic GH-1(WB:日陰、FS: スタンダード)
F5.6 Panasonic GH-1(WB:日陰, FS: スタンダード)秘密基地かな・・・ここは。

Panasonic GH-1(WB:auto, FS: スタンダード)

Panasonic GH-1(WB:auto, FS: スタンダード)