おしらせ


2023/03/16

Schneider Kreutznach XENOTAR 60mm F2.8

プラナーやアンジェニューがそうであるように、このクセノタールにも昔から絶対的な信頼を置くプロカメラマンや熱狂的なファンがいます。今回はやや変則的な焦点距離60mmの試作モデルを手に入れましたので、ファンの皆様には大変申し訳なく思いますが、美味しい役をいただこうと思います。このレンズはGFXなど中判デジタルセンサーを搭載したカメラとの相性が良さそうです。

やっぱり凄い。シュナイダーの旗艦レンズ

Schneider Kreutznach XENOTAR 60mm F2.8

前群にガウス、後群にトポゴンの構成を配し、奇跡的にも両レンズの長所を引き出すことに成功した優良混血児をXenotar / Biometar型レンズと呼びます。この型のレンズ構成は戦前からCarl Zeissによる特許が存在していましたが、製品化され広く知られるようになったのは戦後になってからです。他のレンズ構成では得がたい優れた性能を示したことから一気に流行りだし、東西ドイツをはじめ各国の光学機器メーカーがこぞって同型製品を開発しました。この種のレンズに備わった優れた画角特性(周辺画質)と解像力の高さは当時のダブルガウス型レンズの性能を凌ぎ、テッサーも遠く及ばないと称賛された程です。ピント部の優れた質感表現に加え、広角から望遠まであらゆる画角設計に対応できる万能性、マクロ撮影への優れた適性、一眼レフカメラにも適合するなど多くの長所が見出され、テッサー、ゾナー、ガウスなど優れた先輩達がしのぎを削る中で大きな存在感を誇示したのです。

このレンズに対しては「設計はBIOMETARと一緒でしょ?」という言い分もありますが、実際の所は硝材の構成まで含め、全く同じということはありません。両レンズの設計は構成配置こそ同じですが、下図のようにXENOTARは前玉と後ろ玉の曲率がきつく、正エレメントの厚みもBIOMETARより薄めで、全体に丸みがあり、背丈も低く、ダルマさんみたいな形状です。気のせいもあるかと思いますが母親のトポゴンに近い形態で、BIOMETARとは異なる別物であるような印象をうけます。設計の基礎となったガウスタイプとトポゴンタイプの交配(折衷)において、トポゴンの形質を強く受け継いでいるのでしょうか?

トポゴンに備わった画角特性の優位性とガウスタイプの持つ優れた描写性能の美味しいところを鷲掴みし、写真の四隅まで力強い描写性能を実現したのが、このレンズの特徴です。

BIOMETAR(左)とXENOTAR(右)の構成図:上が被写体側で下がカメラの側

XenotarはドイツのSchneider社が中・大判カメラ用レンズとして1951年から35年以上もの長期に渡り生産していた主力製品で、ドイツ語ではクセノタール、英語ではクセノターと読みます。レンズ名の由来は原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosと言われています。Rolleiflex用に加え、Linhof-Technika用やSpeed Graphic用にSynchro-Compur/Pronter SVSシャッターモデルなどを生産、少なくとも9種類(75mm F3.5、80mm F2.8、80mmF2、100mm F2.8、100mm F4、105mm F2.8、135mm F3.5、150mm F2.8、210mm F2.8)が市場供給されました。今回ご紹介する60mm F2.8はシュナイダー社の台帳[1]に掲載があり、同社が1953年1月に4本のみ試作したうちの1本です。試作品はこの焦点距離以外にも、50mmF2.8が4本(1951年)40mmF2.8が5本(1952年)、85mm F2.8が3本(1955年)、105mm F3が4本(1957年)存在するようです。また、台帳には無い95mm F4の実物をeBayで確認したことがあり、台帳も完全ではないようです。レンズを設計したのは戦後のSchneider社で設計主任の座についたギュンター・クレムト(Günther Klemt)です。Xenotar F2.8とF3.5の特許をそれぞれ1952年と1954年に西ドイツで出願し、翌年には米国でも出願しています[2]。クレムトは他にも同社でSuper Angulonを設計(1957年)、また公式な資料は見つかりませんがKodak Retina用に開発された戦後型のXenonシリーズ(Xenon/Curtar Xenon/Longer Xenon)も彼が手がけたと言われていますが本当かな???[3]。

 
参考文献
[1] Großes Fabrikationsbuch, Schneider-Kreuznach band I-II, Hartmut Thiele 2008
[2] US Pat.2683398 / US Pat.2831395)
[3] A Lens Collector's Vade Mecum参照
Schneider XENOTAR 60mm F2.8: レンズは後からコンパーシャッターに搭載しました。購入時は未使用の状態で、前後群のレンズユニットがアーカイブ用に用意された特殊な鏡胴に収められていました。後玉のもの凄い湾曲が目を引きます


入手の経緯

レンズは2016年にドイツ版eBayにて個人の出品者から落札しました。「良好なコンディション」との触れ込みで、絞りの無い特殊な鏡胴に前群と後群が据え付けられた状態で売られていました。前・後群が16mm間隔であることや、取り付け部のネジ径がコンパー00番と同一の22.5mmでしたので、別途用意したシャッターユニットに据え付けた上でM42 to M39直進ヘリコイド(17-31mm)に搭載し、ライカL(L39)マウントレンズとして使用することにしました。レンズは試作品ですので、市場での決まった相場はありません。ちなみに、量産モデルの80mm F2.8はeBayにて現在10万円前後の値段で取引されています。

撮影テスト

ピント部の緻密な質感表現といい、なだらかなトーン描写といい、改めて評価の高いレンズであることを再確認しました。スッキリとしていてヌケが良く、被写体がそこに居るかのような臨場感や空気感の伝わってくる描写です。ボケはやや硬めでゴワゴワとしており、僅かに四隅が流れることがあります。今回の個体は逆光で円を描くような物凄いゴーストが出ました。避けたい場合にはフードを付ける必要があります。撮影にはレンズの性能を最大限に引き出すため、中判デジタルセンサー(44X33mm)を搭載したGFX100Sを用いました。全て開放絞りでの撮影結果です。

MODEL: Hughさん親子

CAMERA:FUJIFILM GFX100S

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: NN) トーンはオールドレンズのまま、ピント部の質感表現の緻密さは現代レンズにも引けを取らないと言ったところでしょうか


F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: NN) もはやヤバい性能であること確定です
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: NN) 背後のボケは硬め

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: NN)
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: NN)

2023/03/15

MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8

 

6枚構成で色収差を抑えた

高性能な望遠レンズ

MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8

135mm F2.8の望遠レンズは設計構成の選択肢が多く、少ない構成枚数ですとトリプレット型(3枚)かエルノスター型(4枚)で製品化できます。高級レンズの部類になるとテレゾナー型(5枚)やクセノタール分離テレ型(5枚)などがあるのですが、今回のレンズは更に構成枚数の多い豪華な6枚玉で、文献[1]によるとクセノタール分離テレ型から派生したG2負正接合タイプと紹介されています(下図)。何のためにこんな豪華な構成にしたのでしょう。その答えが文献[1]にありました。望遠レンズでしばしば問題となる軸上色収差を効果的に抑えるためなのだそうです。このレンズならではのポイントを抑えつつ、どんな写りなのかをみてみましょう。

レンズは1965年に同社一眼レフカメラのSRシリーズ(SR-T101やNew SR-1など)に搭載する交換レンズとして発売されました。初期のモデルは今回ご紹介する個体のような金属鏡胴でしたが、翌66年から同社のレンズではゴムローレットのデザインが増えてゆき、1970年代の同社のカタログではこの135mm F2.8もゴムローレットのデザインとなっています[2,3]。

MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8の設計構成(左が被写体側):5群6枚のクセノタール分離テレ型からの派生で、第2群(G2)に貼り合わせユニットを持つのが特徴です.上の図は文献[2]からのトレーススケッチ(見取り図)

焦点距離の長い(望遠比の小さい)レンズでは、球面収差の短波長成分が急激にオーバーコレクション(過剰補正)になる問題がありますが、通常の5枚玉までは色収差(軸上色収差)の増大を許容してまでこれを抑えようとします。一方、今回ご紹介するレンズは貼り合わせ色消しユニットで短波長成分の増大を抑えることができ、色収差を増大させることなく、収差設計が可能なのだそうです。レンズの設計枚数が増えると画質補正の補正自由度も増え、妥協のないレンズ設計ができるという一つの典型例です。ちなみに一段明るい同社上位モデルの135mm F2にも同じ構成が採用されています。

歪みの補正についてはクセノタール分離テレ型が得意とするところで、前後群の間隔を大きくとりながら、後群に配置した収斂性(しゅうれんせい)のある空気レンズを利用して、糸巻き状の歪みを効果的に補正しています[1]。シャープネスとコントラストが良好で歪みの少ない高性能なレンズのようです。優等生の困ったちゃんの予感が脳裏をかすめるのですが、どうしましょ。

参考文献

[1] レンズ設計のすべて 辻定彦著 第11章 P134-P137

[2] 「MINOLTA一眼レフ用交換レンズとアクセサリー」 ミノルタカメラ株式会社 1974年7月

[3] 1976年2月 MINOLTA ROKKOR LENSES カタログ

レンズには振り出し式のフードがついています。これが、かなり便利
 

入手の経緯

ヤフオク!でレンズやカメラの詰合せセットを購入した際に付いてきたのが、今回ご紹介するレンズです。ブログでは高性能で現代的なオールドレンズ(ある意味で立ち位置の中途半端なレンズ)を取り上げる機会は極力少なくしていますが、手に入れた個体の状態がかなり良かった事と望遠レンズをご紹介する機会が最近とても少なかったので、例外的に紹介することにしました。レンズは国内のネットオークションで2000円から3000円程度の安値で取引されています。もともとの小売価格を考えると、ちょっと可哀想な扱いです。

MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8: 最短撮影距離1.5m, フィルター径 55mm, 重量(実測)525g, 絞り羽根 6枚構成, 絞り F2.8-F22, minolta SRマウント, フード内蔵, 設計構成5群6枚(XENOTAR分離テレ型からの派生)


 

撮影テスト

解像力は平凡ですが、やはり歪みが少ないうえ色収差(軸上色収差)は良好に補正されており、開放からスッキリとヌケが良く、コントラストで押すタイプの線の太い描写のレンズです。発色は良好で、逆光でも濁りは少なめです。オールドレンズとしての性格は薄いのですが、万人受けする現代的な描写なので、入門向けにはいいかもしれません。

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)



F5.6 SONY A7R2(WB:日光)


F5.6 SONY A7R2(WB:日光)




F2.8(開放) 開放からスッキリとヌケが良く、コントラストも良好。線の太めな現代的な味付けです

F5.6 SONY A7R2(WB:日光)