おしらせ


2017/07/09

Schneider-Kreuznach XENOGON (Robot Royal 36) 35mm F2.8



二兎追うものは一兎をも得ず
潔く四隅を捨て中央を活かしたクセノゴン
Schneider-Kreuznach XENOGON (Robot Royal 36) 35mm F2.8
画質のことについて誰も口にしないレンズが、このロボット版クセノゴン(Xenogon)である。レンズについて取り上げた記事は文献や国内外のウェブサイトでチラホラ目にするが、写真作例もなければ描写に対する解説もみあたらない。これはもう自分の目で確かめるしかないと使ってみたところ、その理由は概ね分かった。写真の中央は目を疑いたくなるほど高画質だが、ある画角を境に画質が急変し、周辺にむかって転がり落ちている。一枚の写真の中での画質的なギャップ(不均一性)が大きく、杓子定規で評価することができないのである。もう少しバランスをとるという選択もあったに違いないが、シュナイダー社の製品規格をクリアすることができなかったのであろう。四隅と中央をバランスさせた中庸なレンズを目指すことが唯一の正解ではない。四隅を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるということなのだ。
さて、今回取り上げるクセノゴンのはドイツのシュナイダー社(現Schneider Optics)が一眼レフカメラのロボット・ロイヤル36 (Robot Royal 36, 1955-1976年)に搭載する広角レンズとして1955年から1960年代前半まで供給した製品である。時代的にはコマ収差の補正に苦悩しながらも、これから発展期を迎えようとしていたレトロフォーカスタイプの第一世代に属している。クセノゴンには本品よりも前の1950年代初頭に作られたライカ版クセノゴン35mmf2.8もあるが、こちらの設計構成は本品とは異なるガウスタイプ(4群6枚)で、個体数もずいぶんと多い。
レンズの設計は公開されていないものの、光の反射面からは明らかに5群7枚構成であることがわかる。鏡胴は真鍮製クロームメッキ仕上げで造りがよく、大きさの割に重量があるので、手に取るとズシリとした感触が伝わってくるが、そうした武骨さを感じさせないカラフルな配色は、いかにもロボット用レンズらしい洒落たデザインで、手にする者を魅了してやまない。レンズの製造個体数は100本と極端に少ないため、コレクターズアイテムとなっている[参考文献:Großes Fabrikationsbuch,  Schneider-Kreuznach band I-II, Hartmut Thiele 2008]。
Schneider-Kreuznach Xenogon 35mm F2.8(Robot Royal 36): 重量(実測)292g,フィルター径 58mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽枚数 8枚, 最短撮影距離2.5ft(76cm), Robot Royal 36マウント(取り付け部はM30ネジ,フランジバックは31mm), 設計構成 5群7枚レトロフォーカス型

ソニーEマウントで使用するアダプター
クセノゴンはフルサイズセンサーをカバーできるレンズである。フランジバックは31mmなので、デジカメで用いるにはアダプターを介してLeicaまたはSONY Eマウントのフルサイズ機で使用するのがベストマッチであろう。Robot Royal 36のM30スクリューマウントをSONY Eマウントに変換するアダプターとしては日本の三晃精機が唯一の市販品を供給していたが、残念なことにここ最近になって受注を休止しており、アダプターを手に入れるルートがない。これには困る人も多いと思うので、本記事では市販で手に入る部品を使ったアダプターの自作方法を公開しておく。必要な部品は以下の通り。
  • Robot Lens(M30) to M42 step up ring adapter  16ドル(eBay)
  • High-Quality M42 Helicoid(12-17mm) 38ドル(eBay)
  • M42-sony E(NEX) mount Slim adapter(1mm厚)1.5ドル(eBay)
これらを組み合わせると最短13mm丈のヘリコイドアダプターになり、SONY Eマウント(フランジバック18mm)のカメラに装着するとRobot Royal 36マウントのフランジバック31mmにピタリとハマる。1mmも余裕がないのが不安点なので、使用したM42ヘリコイドはこのクラスでは少し値の張るものを採用してある。安物(25ドル位からある)を選ぶと精度が曖昧なため、無限遠のピントを拾えない可能性がでてくるためだ。ダブルヘリコイドを同時に繰り出す時の最短撮影距離は約20cmと短く、近接での草花の撮影にも難なく対応できる。





入手の経緯
今回のクセノゴンは知人からお借りしたと言ったらよいのか、実のところは使ってくれと一方的に手渡されたレンズだ。はじめアダプターをどうしたらよいのかと相談され、前述のようなヘリコイドアダプターのアイデアを提案したところ、気づいたらレンズが手元にあり、ブログで書いてもよいぞと・・・。まぁそんな調子で我が家に転がり込んできた迷える白兎ちゃんなのであるが、やはりマウントアダプターの問題からか市場では人気がなく、製造本数が100本と少ないにもかかわらずeBayには常時何本か出回っている。取引相場は700ドル~800ドル程度である。





撮影テスト
冒頭でも述べたが中心解像力が高く、非常にシャープでスッキリとヌケが良いなど一見すると非常に高性能なレンズだが、開放では写真の四隅においてモヤモヤとしたフレア(コマフレア)が多くみられ、解像力も低い。写真の中央と四隅の画質的なギャップが大きく、ある画角を境に画質の変化が急激に進むため、高画質な領域と収差の豊富な領域の境界部がハッキリと区別できるのが、このレンズの開放における描写の特徴である。ポートレートや近接撮影で使う限りは四隅の大部分がアウトフォーカス部に入ってしまうので、至ってシャープで高性能なレンズという印象を抱くが、風景などの引き画になると開放では収差が顕著に目立つようになる。一段絞れば良像域は四隅に向かって広がり、二段絞ればメインの被写体を四隅で捉えても、力不足を感じることは無い。色ノリがよく階調描写は適度にマイルドで、とても使いやすいレンズだ。

F2.8(開放), SONY A7RII(WB:晴天)   中心部は解像力があり、シャープネスも充分。このようなポートレート域では四隅の収差が目立たないので、至って高性能なレンズにみえる。ちなみに現場で撮影中の私を偶然にも知人がBausch & Lomb Super Baltar 75mm F2.3+sony A7で撮影していた(こちら)。

F4, SONY A7RII(WB:晴天)   上の男の子はこれを覗いていた。発色のいいレンズだ

F2.8(開放), sony A7RII(WB:曇り)  少し引いて中距離を撮ると途端に四隅での収差が目立ち始める。中心部は依然として解像力、シャープネスとも素晴らしい。中心を拡大クロップした写真を下に示そう
ひとつ前の写真の中心部を大きく拡大したもの。緻密でシャープ、高画質だ
F2.8(開放), sony A7(S.Shiojima) こういう撮り方が性能を余すところなく引き出せる一番オイシイ使い方になる

F8, sony A7Rii(WB:晴天) このように隅にメインの被写体を入れる時には、F5.6以上に絞って撮る必要がある


F8, SONY A7RII(WB:日陰) 逆光でもハレーションは出にくく、コントラストや発色はとてもいい
F5.6 SONY A7RII(WB:AWB)

F2.8(開放), SONY A7RII(WB:auto, iso6400) こういう被写体なら開放でもOKだ

四隅の開放描写を見ておく
1950年代に設計されたレトロフォーカス型レンズを評価するとき、私はいつもCarl Zeiss Jenaのフレクトゴン(Flektogon) 35mmを基準に考えている。クセノゴンはどうかと言えば、中心部は明らかにフレクトゴンよりも高解像でシャープであるが、四隅はフレクトゴンよりもフレアが激しく、解像力も低い。クセノゴンはポートレートや近接撮影など中央を使う写真には向いているレンズだが、風景などの引き画でメインの被写体を四隅に据える場合には、F5.6よりも深く絞って使う必要がある。粗さがしをするのは性に合わないが記事のタイトルがああなだけに、やはり、どれ程のものかを提示しておこう。
上段F5.6/ 下段F2.8(開放) SONY A7Rii(WB:晴天) 開放では四隅の画質がかなり厳しいことがわかる

2017/06/21

PETRI CAMERA Co. High-speed Petri part 4: Petri CC. Auto 55mm F1.4




ペトリカメラの高速標準レンズ part 4
ペトリの高性能フラッグシップレンズ
PETRI CAMERA Co., Petri C.C Auto 55mm F1.4 
55mm F1.8 / F2に続くペトリ標準レンズのもう一つの驚きが、1967年に登場したPETRI C.C Auto 55mm F1.4である。F1.4の明るさにも関わらず開放から目が覚めるようなスッキリとした描写でコントラストや発色も良く、デジカメで用いた場合にも色収差がほとんど目立たないなど、この時代に設計された同クラスの大口径レンズ群の中では一歩抜き出た優れた性能を実現していた[1,2]。レンズの構成は戦前のLeitz Xenon(クセノン)1.5/50 やLeitz Summarit(ズマリット)1.5/50、Contarex版Planar(プラナー)1.4/55やPancolar(パンコラー)1.4/55など名だたる最高級レンズに採用されたものと同一で、ガウスタイプの最後部(正エレメント)を2枚の正エレメントに分割し、5群7枚としている(下図)。この構成の最大の特徴は収差的にバランスを取りながらf1.4の口径比を実現でき、なおかつバックフォーカスの確保が容易なことである[6]。戦後の一眼レフカメラ用につくられた標準大口径レンズには、ほぼ例外なしにこの構成が採用された。
1970年代に入るとレンズ内で起こるハレーションを軽減させるため、後玉のコーティングがアンバー色のものからシアン色のものに変更され、シャープネスとコントラストの向上が図られた[3,5]。私が入手した今回の個体はアンバーコーティングが施されているので、コーティング変更前の前期型である。

Petri C.C Auto 55mm F1.4 構成図(文献[8]からのトレーススケッチ見取り図):最後群の正レンズを2枚に分割することで屈折力を稼ぎ各面の屈折力を緩め、コマ収差を中心に諸収差を補正しながらF1.4の明るさを実現している。後群ではなく前群側を分割するケースの方が収差的には有利だが、バックフォーカスが稼げる点は他に代えがたい大きな魅力である[6]。このレンズを設計したのは同社エンジニアの島田邦夫氏で[3-5]、島田氏はC.C Auto 55mm F1.8の通称「新型」を設計した人物でもある[4]




レンズは登場後に大手カメラ雑誌の性能試験で当時の最高レベルの成績をたたき出し[2]、1974年のカメラレンズ白書の評価記事でも優れた性能が絶賛された[7]。ただし、市場ではあまり売れなかったようで、廉価ブランドの最高級モデルという微妙な立ち位置をとる本品に対して、世間の反応は鈍かった。
標準レンズの良し悪しはカメラの売れ行きをも左右するカメラメーカーの生命線であったため、とくにペトリのような中小規模のカメラメーカーはその開発に知力を尽くし、全身全霊で取り組んでいた。このレンズや同社の55mm F1.8に優れた描写力が備わっているのは、こうした事情と無関係ではない。そして、ペトリがレンズ設計士の才能に恵まれたカメラメーカーであったことは紛れもない事実である。そのことを世間は語らずとも、レンズは今も世に語り続けているのだ。
 

参考文献・資料
[1] 例えば、この時代の代表的なレンズであるパンコラー(PANCOLAR) 55mm F1.4やプラナー(PLANAR) 55mm F1.4の描写傾向を知っている人ならば、Petri F1.4の並外れた性能がどれほど凄いものであるかを感覚として掴めるはずだ。
[2] カメラ毎日1967年12月号; カメラレンズ白書(1971年)
[3] ペトリ元社員へのインタビュー記事 2chペトリスレ 2013年5月発行/2015年6月改定
[4] ペトリ@wiki「ペトリ一眼レフ交換レンズの系譜 標準レンズ編」
[5]ペトリ@wiki「 PETRI CC Auto 55mm F1.4 」
[6] レンズ設計のすべて 辻定彦著 電波新聞社 2006年
[7] カメラレンズ白書(1974年)
[8] ペトリFA-1ブックレット
 
入手の経緯
2014年8月にヤフオクを介して北海道のカメラ屋から即決価格14400円+送料1030円にて落札購入した。オークションの記載は「カメラ専門店にて整備済の商品。鏡胴にはスレ傷がある。ガラスのコンディションは非常に良く、2~3mm程度の微かな薄い傷が1本あるのみ」とのこと。やや値が張るものの状態の良い個体はなかなか市場に出回らないので、整備済みであることを考えれば妥当であると判断し、この値段で入手することにした。届いた品は、まぁまぁ良いコンデイションであった。
Petri C.C Auto 55mm F1.4: 重量(実測) 324g , 最短撮影距離 0.6m, フィルター径 55mm, 絞り羽 6枚構成, 絞り値 F1.4-F16, フィルター径 55mm, 設計構成 5群7枚(変形ガウスタイプ), ペトリブリーチロックマウント, 後玉がやたらとデカいのが外観上の特徴。なお、レンズのガラス表面には同社が独自にコンビネーション・コーティング(C.C)と呼んでいるシングルコーティングが蒸着されている

撮影テスト
1960年代に設計されたF1.4クラスの大口径標準レンズの中で、ここまで安定感のある描写性能を実現した製品は、なかなか見当たらないだろう。この時代の同クラスのレンズは大方どれも収差の嵐に見舞われるのが当たり前で、開放ではピント部にさえモヤモヤとしたコマフレアが出るし、ボケの乱れっぷりも時に激しく容赦のないものとなる。このクラスのレンズをうまく使いこなすには、レンズの性質をよく理解し、収差との付き合い方や活かし方を自分なりに会得する必要があると日頃から思っていた。ところが、今回のレンズはそうした固定観念を打ち崩すものとなった。開放からスッキリと良く写り、オールドレンズの上級者でなくとも充分に使いこなすことのできる、扱いやすいレンズなのである。
開放での描写性能は手放しで絶賛できるレベルだ。フレア量は同クラスのレンズの中でも抜群に少なく、肌の質感表現などに絶妙な柔らかさを残しながらもコントラストやヌケの良さは高い水準を維持しており、発色も良い。解像力はお世辞にも高いものとは言えないが、カラーフィルム撮影で用いるには充分な水準をクリアしている。背後のボケに硬さはなく、大きく柔らかくボケるなどバランスが重視されており、同社の55mm F1.8/F2クラスのレンズでみられるような過激なセッティングとは異なる設計理念を感じる。レンズの個性が際立つポートレート域においても、グルグルボケや放射ボケなどが目立つことは無い。自分は普段あまり気にすることはないが、歪み(歪曲収差)についても、とても良く補正されている。弱点を強いて挙げるとすれば、逆光撮影時に見られる円弧状のフレアであろう。ここは、うまく活かす方法を会得する必要がある。
今回取り上げたペトリ C.C Auto 55mm F1.4は安定感のある穏やかな画質を得ることのできる、F1.4クラスとしてはとても扱いやすいレンズである。作例どうぞ。
F2.8, sony A7RII(WB:晴天→画質補正) よく写る!とはいっても、この写真は補正を入れている。補正前の元画像(JPEG撮って出し)も下に示す




F2.8, sony A7RII(WB:晴天) 色乗りはバツグンによいし、コントラストやシャープネスもこのクラスの明るいレンズにしては非常に優秀だ

F1.4(開放), sony A7(S.Shiojima): ピント部の解像力はせいぜいこのくらいだが、F1.4としてはまぁまぁの水準ではないだろうか


F1.4(開放),  sony A7(S.Shiojima): ピント部間際の前方でグルグルボケを観測できる。像面を曲げて背後のボケを綺麗に見せる設計のようだ




F4, sony A7Rii(WB:晴天) 発色傾向は同社のF1.8とは異なりクールトーンな印象をうける。ここから更に深く絞ると、ボケが少し硬くザワザワとしはじめる

F1.4(開放), sony A7RII(WB:晴天)続いて開放でのポートレート。素晴らしい。肌の質感表現には絶妙な柔らかさがあり、一方でコントラストやヌケの良さは十分なレベルを維持している。ボケもなかなか綺麗。このレンズは落としどころが見事だ!




F1.4(開放), sony A7RII(WB:晴天) 開放F1.4でここまで写るとは思っていなかったので、正直なところ非常に驚いた。ただし、逆光には弱く、開放からF2までの絞りでは、このような円弧状のハレーションが出る。これが鏡胴内の光の反射であることが明らかにされ、対策として1970年代の後期モデルからは後群のコーティングが見直されている。ちなみに、本レンズは改良前の前期モデルである