おしらせ


2016/02/07

Dallmeyer 1inch F0.99(C mount)*

シネマ用レンズに口径比の明るいものが多いのは、カメラのシャッタースピードがフレームレート(コマ数)と回転式シャッターの開角度で決まってしまい、露出コントロールをレンズの絞りに頼らざるを得ないためである。シネマ用レンズのDallmeyer f0.99は1929年当時に高速レンズの頂点を極めた最も明るいレンズである。





表の顔は史上最も明るいマッチョ・レンズ
裏の顔は激烈な豹変系レンズ
Dallmeyer 1inch F0.99 (C mount)
英国ダルマイヤー社が16mmシネマカメラのBolex Filmo用として供給したDallmeyer 1inch F0.99は、私がこれまで入手したレンズの中で最も明るく、なおかつ絞りの開閉による画質の変化が最も著しい製品である。米国映画技術者協会(Society of Motion Picture Engineers)が1930年に刊行した雑誌[文献1]には「史上最も明るいレンズ」とする掲載文があり、1929年の暮れには既に登場していたことが記されている。それまで最も明るいレンズは1925年に登場したエルノスター(Ernostar) F1であるから、わざわざF0.99という中途半端な口径比が選ばれたのはエルノスターの記録を僅かでも破るためであったに違いない。しかし、このレンズがイタズラに明るさだけを追求して作られた製品でないことは、F2.8まで絞った時の画質を見れば明らかで、フォーカス部のキレとヌケの良さ、中心解像力の高さは1920年代に設計されたレンズとは思えない素晴らしいレベルに達しているのである。
レンズの構成は下図に示すようなペッツバール型で、前群に肉厚でマッチョな正レンズを据えることで強大なパワーを引き出し、極めて明るい口径比を実現している。F0.99という未踏の明るさと優れた描写力をわずか4枚のレンズで実現しているのは大変な驚きである。同社の明るいシネマ用レンズと言えば、本ブログでは過去にSpeed Anastigmat F1.5を取り上げているが、このレンズの場合は絞ってもモヤモヤとしたフレアが多く残存し、収差との上手な付き合い方を心得た上級者向けのレンズとして紹介した。今回取り上げるレンズとは異なる描写傾向である。ただし、くれぐれも誤解のないようにしてもらいたい。Dallmeyer F0.99の性格が素直なのは、あくまでも絞った時の話である。絞りを開ければ収差が急激に溢れ出し、激烈な変化の末、もう一つの別人格へと完全に変化してしまうのである。F0.99での荒れ狂う開放描写に対しては、もう開き直って見事と評価するしかない。この種の豹変系レンズではお馴染みの「一粒で二度おいしい」なんて生易しい表現が遥か彼方にかすんでみえる。
Dallmeyer 1inch 0.99の構成図(見取り図)。[文献2]に掲載されていたものをトレーススケッチした。構成は3群4枚のペッツバール型である。逆三角形風のマッチョな光学系である
入手の経緯
レンズは2015年12月にeBayを介し米国のシネレンズ・コレクターから落札した。このコレクターはNASAに供給されたスイター75mm F2.5など珍しいレンズを次々と出品しており、少し前からマークしていた人物である。950ドルの最大入札額を設定し自動入札ソフトでスナイプ入札を試みたところ、911ドルで自分のものとなった。送料に55ドルかかったので出費額は966ドル(約12万円)である。届いたレンズはヘリコイドリングの回転こそ重かったが、ガラスの状態は非常に良好であった。このレンズは中古市場での流通量が極めて少ないコレクターズアイテムとなっており相場価格は定かではないが、同じDallmeyer社のSpeed Anastigmat F1.5が9~10万円程度で取引されていることを考えると、この辺りの値段で落札できたのはラッキーだったものと思われる。真鍮鏡胴の側面にみられるペイントロスはまるで黒漆の工芸品のようである。eBayには即決価格2500ドル(約30万円)で1本出ているが、この値段では流石に売れていないようである。

Dallmeyer 1inch F0.99: 最短撮影距離 2 feet(約0.6m), 絞り値 F0.99-F11, 構成3群4枚, ペッツバール型, 前玉回転式フォーカス機構, 対応マウント C-mount



参考文献
  • 文献1  Journal of the Society of Motion Picture Engineers(1930) p567に1929年12月の撮影テストの報告が掲載
  • 文献2  "Lenses", The Commercial Photographer(1930) P263 構成図が掲載されている

撮影テスト
このレンズの包括イメージサークルはCマウント系レンズとしては比較的広く、APS-Cセンサーでも四隅が僅かにケラれる程度である。オリンパスPENなどのM4/3センサーならば十分にカバーできる。ただし、レンズ本来の定格イメージフォーマットはこれよりも遥かに小さい16mmシネマフィルムなので、普段は写らない広い領域(画角)をカバーしてしまう(下図)。その分だけ写真の四隅は厳しい画質になることを覚悟したほうがよい。

マイクロフォーサーズフォーマットでの撮影
このレンズの描写傾向を簡単に言い表すならば、「絞れば素晴らしく、開ければ凄まじい」に尽きる。開放ではグルグルボケが凄まじく、コマ収差に由来する激しいフレアの影響でコントラストも低下気味となる。画質的に良好なのは写真中央の狭い範囲に限られる、中心部はそこそこ解像力があり、球面収差は良好に補正されている。開放F0.99からF1.4、F2と絞るにつれ良像域は四隅に向かって広がり、F2まで絞ればフレアはかなり消えスッキリと写るようになる。F2.8まで絞ればヌケはよく、グルグルボケはほぼ収まり、解像力とコントラストは素晴らしいレベルに達する。

Photo 1, F2.8, Olymnpus Pen E-PL6(AWB): ヌケの良さ、解像力、コントラストの高さはとても素晴らしい
Photo 2, F2.8, Olympus Pen E-PL6(AWB): 中心部の解像力は素晴らしい。PENで用いる場合には、本来写らない広い領域まで写るため、周辺画質がやや妖しくなるのは仕方のないこと。それでは開放描写にいってみよう!





Photo 3, F0.99(開放) Olympus Pen E-PL6(AWB): 絞りを全開にしてレンズの主張を解き放つ。フレアが多く発生しコントラストも低下気味になる。グルグルボケがかなり目立つ
Photo 4, F0.99(開放) Olympus Pen E-PL6(AWB): 凄まじい魔力が溢れだしコントロール不能に陥る



Photo 5. F0.99(開放)Olympus Pen E-PL6(AWB): 収差の力を借りれば、こんなこともできる・・・凄い

Photo 6, F1.4, Olympus Pen E-PL6(AWB): こうなったら収差を積極的に利用するまでのこと。はやいところ開き直るのが肝心だ





Photo 7, F2, Olympus Pen E-PL6(AWB):  少し手加減してもらうためF2まで絞る。中心部のヌケはだいぶ良くなったが、背後のグルグルボケはまだ顕著にみられる

Photo 8, F1.4, Olympus Pen E-PL6(AWB):  酔いそうだ・・・



マイクロフォーサーズ機(アスペクト比3:4)での撮影
一般にレンズは本来の定格イメージフォーマットで用いるときに最も力を発揮できるよう設計されており、マイクロフォーサーズの規格はこのレンズには広すぎる。幸いにもオリンパスPENにはイメージフォーマットのサイズを変更できる機能(アスペクト比のカスタム設定機能)があるので、これを使わない手はない。最も小さいイメージフォーマットはアスペクト比を3:4に設定する場合であり、下図のようにレンズの定格である16mmシネマフォーマットに近いサイズとなる。このアスペクト比で撮影すれば収差は穏やかで扱いやすく、グルグルボケもだいぶ収まる。
レンズの定格イメージフォーマット(16mmシネマフォーマット)とカメラのイメージフォーマット(M4/3機でアスペクト比を3:4に設定)の比較。若干広い範囲までをカバーしてしまうが、レンズ本来の画質に近い撮影結果が得られる。
Photo 9, F2.8, Olympus Pen E-PL6(Aspect ratio 3:4, AWB): 逆光では軟調に大きく転びライトトーンな描写となる


Photo 10, F2, Olympus Pen E-PL6(Aspect ratio 3:4, AWB): こういう動きのある被写体にはグルグルボケが有効だ

Photo 11, F2.8, Olympus Pen E-PL6(Aspect ratio 3:4, AWB): F2.8ではほぼグルグルボケが収まる
Photo 12, F2.8, Olympus Pen E-PL6(Aspect ratio 3:4, AWB):

最後に、レンズをお譲りした知人が撮影した1枚。カメラはFujifilmのX-T1である。APS-Cセンサーでは四隅がややケラれることがわかる。

Photo 13, F0.99(開放), Fujifilm X-T1:(APS-C): カメラ仲間達と鎌倉の由比ガ浜にて 右側に写っているのは私

Mamiya Sekor F.C. 4.8cm F1.9 salvaged from broken camera Mamiya 35*



オールドレンズ・サルベージ計画 PART 2 
独特の構成形態を採用した明るい6枚玉
Mamiya Sekor 4.8cm F1.9
ジャンクカメラからレンズを救出しデジカメ用として第2の人生を歩ませるサルベージ計画の第2弾はマミヤ光機製作所(現マミヤ・デジタル・イメージング株式会社のセコール(Sekor) 4.8cm F1.9である。このレンズは同社が1958年に発売した35mmレンジファインダー機のMamiya 35Sに搭載されているもので、下の図に示すような独特な構成形態を採用している。F1.9程度の口径比といえばガウスタイプが定石であるが、このようなコストのかかる設計をわざわざ採用したのには、なにか特別な狙いがあったのであろう。鏡胴をコンパクトにするためであろうか。しかし、現物を見る限りレンズがコンパクトにつくられているとは到底思えない。軸上光線の高い位置に色消しレンズを配置すると、色収差の補正に有効なのであろうか。


Mamiya Sekor 4.8cm F1.9の光学系。Mamiya fanclub資料からのトレーススケッチ。構成は4群6枚である。一瞬だけプラズマート(オルソメタール)型にも見えなくはない構成であるが、よくみると空気層の形状が異なる。クラークのダブルガウス型レンズ(1888年設計)の前後玉を張り合わせにした固有形態と言えるのではないだろうか
35mmレンジファインダー機のMamiya 35S。とても造りのよい頑丈そうなカメラである
カメラからレンズを取り外す
結論から言うと、かなり手間のかかる改造になるので、2度とやりたくない。レンズを取り出す過程の一部を示しておく。
まず、左の写真のようにマイクロドライバーを用いてレンズのマウント部にある4本のビスを外す。すると、右の写真のように四角いマウントがカメラの本体から外れる。このマウントは真鍮製の分厚い頑丈なつくりなので、ここからレンズを取り外すには一苦労する(ここが最大の難関)。ネジで外れるようなつくりではなく、マウント部の一部を切断するしかレンズを取り外す方法は見当たらなかった。 



どうにか四角いマウント部を撤去したら、その上からステップアップリングを利用してレンズに新たなマウント部をつくる。下の写真のようにハンディルーターでステップアップリングのネジ山を削ればレンズにピッタリと装着できるだろう。


今回はSONY Eマウントへの装着を想定し、バックフォーカスの調整用にもう一枚ステップアップリングをはめた(下の写真)。この上にネジピッチの異なるM39-M42ステップアップリングを強引に装着しエポキシ接着剤で固定、最後にM42-Eマウント・スリムアダプターを装着して完成である。実際にはスリムアダプターとステップアップリングの間に1mm厚のプラ板を挟んでフランジを微調整している。手間のかかる改造であった。
 
フィルター径 40.5mm, 絞り F1.9-F16,  絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.9m, レンズシャッター セイコーシャMXL(シャッタースピード 機械制御 B・1~1/500秒), レンズ構成 4群6枚特殊型, 1958年8月発売
撮影テスト
開放ではピント部がフレアにつつまれ柔らかい描写傾向を示すが、ピントにはしっかりとした芯がある。解像力は良好で、線の細い繊細な描写傾向となる。ポートレート撮影にはよさそうなレンズだ。背後のボケはザワザワと硬く、反対に前ボケはフレアにつつまれ柔らかい。絞ればスッキリとヌケの良い描写でコントラストも向上するが、深く絞り込んでも階調は硬くならず、なだらかなトーンを維持している。絞りを開けると逆光に弱くハレーションが出やすい。絞ればある程度は耐える。
F8, sony A7(AWB): 絞るとシャープ


F1.9(開放), sony A7(AWB): 絞りを開けるとピント部は薄いフレアに覆われ、線の細い柔らかい描写となる。背後のボケは硬くザワザワとしている。1段絞ればフレアは消えシャープな像となりボケも素直である



F2.8, sony A7(AWB):逆光では盛大なハレーションが出る