おしらせ


2014/11/21

【続】Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3 撮影テストPart 2(大判撮影編)

 
Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3
Lens Test by LARGE FORMAT CAMERA
前エントリー(こちら)ではDoppel-Protar 128mm F6.3の撮影テストに中判カメラ(ネガ120フィルム)とデジタルカメラ(フルサイズ機)を用いたが、今回はいよいよ大判カメラによる撮影テストである。レンズは推奨イメージフォーマットが4x5インチの大判シートフィルム相当となっており、この規格で用いると35mm判換算でF1.76/35mm程度の明るい広角レンズとなる。メーカーの推奨する規格に準拠することで、レンズの潜在力を最大限に引き出すことができる。
 
撮影テスト(続編)
撮影機材
CAMERA: 大判カメラ
FILM: Fujicolor 160N(4x5判カラーネガ)
露出計:Sekonic Studio Delux L-398
Film Scan: EPSON GT-9700F
 
このレンズを中判カメラや35mm判カメラで使用した際はコントラストが低く、あっさりとした発色傾向であったが、大判カメラになるとコントラストが幾らか向上し発色にもレンズ本来の力強さがみられるようになる。また、開放で線の細い写りとなるのも大判撮影におけるこのレンズの特徴で、背後にフレアを伴いつつピント部は高解像で四隅までの画質の均一性も高い。柔らかさの中に芯のある繊細な写りが堪能できる。
逆光に対する弱さは相変わらずである。曇天時には発色が淡くなり、空が入るとハレーションも簡単に出る。これは主にガラス同士あるいはガラスと空気の境界部における迷い光(内面反射光)の発生が原因である。ただし、ゴーストが出たり不均一な塊(フレア塊)になることは少なく、薄いベールで1枚覆ったような均一で美しいハレーションである。発色は濁らずにクリアな状態を維持しているので、写真効果として積極的に活用することができる。
ボケは基本的に安定している。被写体までの距離によっては四隅で僅かに像が流れることがあるが、グルグルボケまで発展することはない。前ボケは柔らかく綺麗に拡散しており、反対に後ボケは像がフレアにつつまれソフトな印象が維持されている。コントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くならない。

絞り: F6.3(開放), Lens:Doppel-Protar 128mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F:中判撮影の時にも感じたことだが、やはりハレーションが綺麗なのはこのレンズの大きな特徴である。前ボケは柔らかく綺麗に拡散している。反対に後ボケはやや硬いが、フレアにつつまれているのでソフトな印象を損ねることはない。解像力は開放から充分である。気になるほどでもないがアウトフォーカス部の周辺域で像が僅かに流れている
絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 6.3/128, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F, 上下を少しトリミングしている: 軟調系レンズなので、こういうシーンには強く、トーン描写が丁寧で暗部も潰れない。四隅の減光は装着しているフードが少し深すぎたせいかもしれない。この場所は有名な撮影スポットであるが、誰が撮っても同じような写真にしかならない難易度の高い場所でもある。決死の覚悟で人をいれることにした。中央にいるのは私だ

絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 124mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F: 広角レンズならではのパースペクティブ(遠近感)もよく出ており、迫力がある。突然真っ白いドレスを着た女性が横切ったので、コレはチャンスと思い急いでシャッターを切った

2014/10/28

A.Schacht(シャハト) Ulm Travenar(トラベナー) 90mm F2.8 R (M42)

トラベナーと言えば典型的にはシャハト社のテッサー型レンズに多く用いられるブランド名です。レンズの解説本で3群4枚構成という記述をみつけテッサータイプだと思い込んでしまった私は、eBayでレンズを目撃するたびに『中望遠のテッサー型レンズって、どんな写りなんだろう』などと興味を募らせていました。あるとき入手し実写してみたところ、テッサーらしくない優雅な写りに衝撃をうけてしまいます。ボケ味は美しく滑らかで、しかも四隅まで整然としていて、まるで絵画のようです。コントラストが良好なうえ階調はなだらかで中間階調が良く出ています。発色、ヌケともに申し分なく、私の知っているテッサー型レンズに対するイメージは良い意味で吹き飛んでしまいました。テッサー型にも凄いレンズがあるんですよなどと方々で言いふらしていたら、ネットで同社のカタログを見つけてしまいます。構成は3群4枚のテレ・ゾナー型でした・・・。凍った。
滑らかなボケ味と美しい発色が魅力の
人気中望遠レンズ
A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物がミュンヘンにて創業したレンズ専門メーカーである。彼は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikon, Schteinhailなどに在籍し、テクニカルディレクターとしてキャリアを積んだ後、1948年に独立してA.Schacht社を創業、同社は1950年代から1960年代にかけてスチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産している。なかでも主力商品はスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたり、ライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと同社は同業者からも高く評価されていた。A.Schacht社は1967年にConstantin Rauch screw factory に買収され、その後間もなくWill Wetzlar社に売却され消滅、レンズの生産は1970年まで続いていた。
今回紹介する一本はA.Schacht社の中でも大人気の中望遠レンズTravenar 90mm F2.8である。レンズの発売は1962年で対応マウントにはM42, Exakta, Leica L39に加え、Practina II, Minolta MDなどがある。レンズの構成は下図に示すような3群4枚のテレゾナータイプで、ZeissのLudwig Bertele(ベルテレ博士)が設計し、1932年にエルノスター型からの派生として設計したCONTAX SONNAR 135mm F4の流れを汲んでいる[参考1]。ただし、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性[注1]を向上させた省略形態とみることもできる。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)[参考2]にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであるそうだ。なお、Travenar 90mm F2.8はゾナーの開発者L.Berteleが設計したという噂をよく目にし、証拠となる文献も提示されている[参考3]。Schachtは戦前のZeiss在籍時代からBerteleと親交があり、レンズ設計の協力を得られたのも、その頃からの縁のようだ。

注1:バックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っている。通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現するが、テレ・ゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せる
参考1: Marco Cavina's Page:
参考2: 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)
参考3: Hartmut Thiele. Entwicklung und Beschreibung der Photoobjektive und ihre Erfinder,  Carl Zeiss Jena, 2. Auflage mit erweiterten Tabellen, Privatdruck Munchen 2007
Travenar 90mm F2.8の構成図。A.Schacht社のパンフレットからのトレーススケッチである。レンズ構成はエルノスターから派生した3群4枚のテレゾナー型である。正エレメント過多のためペッツバール和が大きく画角を広げるには無理があることから、中望遠系や望遠系に適した設計とされている。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがある。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げるには無理がでる。後群を正エレメントにするのは別にかまわないが、これではテレフォト性が消滅してしまうのではないだろうか。実は前群の3枚が全体として強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体としてテレフォト性を満たすことができるのである[文献2]

入手の経緯
2012年5月にeBayを介しチェコのカメラメイトから入手した。レンズは当初、即決価格250ドルで送料無料(フリーシッピング)の条件で出品されており、値下げ交渉を受け付けていたので230ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態については「コンディション(A)で、使用感は少なく完全動作」とのこと。カメラメイトはeBayに出店しているショップの中では比較的優良な業者なので、コンディション(A)ならば博打的な要素は高くはない。Travenar 90mmはSchachtのレンズの中でもここ最近になって中古相場が大きく上昇したレンズである。eBayでの相場は2014年11月時点でついに450ドルを超えてしまった。同社のレンズの中ではM-Travenar(マクロ・トラベナー) 50mm F2.8がこれまで最も高価なレンズであったが、現在はこのレンズが一番高価になっている。優れた描写力に加え、ベルテレが設計したという情報がそうさせたのであろう。

重量(実測)205g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である



撮影テスト
銀塩撮影 PENTAX MX + Fujicolor S400カラーネガ
デジタル撮影 Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
このレンズの特徴は何といっても穏やかなボケ味とシャハトらしい美しい発色である。解像感はマクロ域でやや甘くなるものの中距離以上では充分となり、開放でもハロやコマのないスッキリとヌケの良い写りである。コントラストは良好で色ノリも十分である。緑の発色が美しいのはシャハト製レンズの多くのモデルに共通する性質である。基本的にシャープな描写であるが絞っても階調の硬化は限定的で、なだらかな階調性を維持している。ボケは四隅まで整っており、滑らかなボケ味はまるで絵画のようである。穏やかな性質を備えた優れたレンズと言えるだろう。
F2.8(開放) Nikon D3 digital, AWB: このレンズのボケ味はどんな距離でも滑らかで美しい。忍び寄る夏の気配を写真に収めた

F2.8(開放)Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放でも解像感は充分のシャープな描写だし、階調描写も軟らかい。おまけにボケがたいへん美しい。実によく写るレンズだ
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor 業務用S400カラーネガ): 最短撮影距離(1m)ではややソフトな写りである。本来は中望遠から望遠域で力を発揮するレンズなのであろう





F2.8(開放) 銀塩撮影(Fujifilm業務用S400カラーネガ):シャハト製レンズは発色が独特で、不思議な魅力がある