おしらせ


2011/01/13

PORST TELE 135mm/F1.8 MC AUTO E (M42)


1977年登場、日本製レンズの優れた性能を印象付けた
超大口径望遠レンズ

  PORSTはドイツ・バイエルン州で創業した通信販売チェーン大手のPhoto PORST社がPorst Flexという名の一眼レフカメラに装着するレンズとして販売した製品ブランドだ。同社は製品の自社開発や生産を行うことはなく、他の製造メーカーからOEM調達した製品をチェーン店にて通信販売する形態をとっていた。PORSTブランドにはCOSINAやSIGMAなど日本のレンズメーカーがOEM供給した製品が多い。一部の製品には富岡光学が供給していたとの噂もある。
今回入手したPORST 135mm/F1.8は1977-1982年代に東京都練馬区にあった三竹光学が製造しOEM供給した日本製の高速中望遠レンズである。開放絞り値がF1.8と明るく、極めて大きなボケ味を楽しむことができる。製品が発売された当時は標準レンズでさえ、F1.8よりも明るいものはまだ珍しい時代であった。135mmの中望遠レンズをF1.8で実現した本品の登場は多くのカメラマンの度肝を抜いたに違いない。
鏡胴は金属製でズシリと重く、フィルター径は何と82mmもある。ガラス面に施された光の反射防止膜はマルチコーティング(Plura-Coat)である。対応マウントはM42に加えPENTAX-Kが用意されていた。中身の同じ姉妹ブランドにはSpiratone, Computar, Kenlock, Formula 5, Eyemik, Apollo, Accura, Varo, Vivitar, Weltblickなどもある。何種類もの覆面を被り、世界中にOEM供給されていた八方美人だ。構成は安定感のある穏やかなボケ味を特徴としているゾナー型(4群5枚)である。
絞り表示:F1.8-F16、最短撮影距離1.7m、フィルター径82mm
光の反射防止膜はマルチコーティング 重量は787g
鏡胴にはオート/マニュアルの切換えスイッチがある。後玉径が大きいため、マウ
ントネジの凸部がたいへん薄く造られている。絞り制御ピンが凸ネジの頂上のギ
リギリの幅から何とか突き出している格好だ。こういう精巧な造りを見ると、思わ
ずドキッとしてしまう(←先端恐怖症という意味ではございません)
★入手の経緯
 本品は2010年10月にドイツ版eBayを介して、ドイツの中古カメラ専門業者から179ユーロの即決価格で落札購入した。オークションの記述に日本までの配送方法の指定がなかったので、45ユーロもするDHLを避け、出品者にはドイツポスト(17ユーロ)での配送をリクエストした。支払総額は送料込でたったの196ユーロ(約2.2万円)であった。本品のeBay相場は300ユーロ程度、国内でも4万円はする高級品だ。この業者のオークションの説明は簡素で、「グッド」だの「TOP」だのと独自の評価が付けられていた。本品には「TOP」との評価があり、写真を見る限り状態は良さそうだったので迷わず購入に踏み切った。届いた品は前玉の表面に軽度のクリーニングマークがパラパラあったが、実用品としては問題のないレベル。特価で購入したのだから良い買い物であった。

★撮影テスト
大口径なレンズになると、一般的には開放絞りでの結像が球面収差の増大でフワフワ、階調表現も軟化しポワーンと眠たく解像感のない結果になってしまうのがよくあるパターンだ。しかし、そこは望遠レンズ。無理の無い設計が可能であり、F1.8の標準レンズと比較しても、より高いイメージクオリティが期待できる。実際に使ってみると、開放絞りでもピントの芯はしっかり出るし、案外スッキリと写る。拡大表示に耐えるほどの解像力は無いが、ピント合わせを丁寧におこなえば開放絞りでも何とか実用的なシャープネスを得ることができる。距離によって僅かにグルグルボケが出ることはあるものの、1段絞れば素直なボケ味となる。晴天下で撮影すると開放絞り付近ではハイライト部に何やら薄らとハロが纏わりつくので、不都合ならば2段以上(F4よりも深く)絞ったほうがよい。コントラストは向上し球面収差も大人しくなるので、シャープネスは拡大表示にも耐えうる高いレベルになるだろう。ボケ味は思っていた以上に滑らかで、2線ボケが気になることはない。色ののり具合はとてもよく、濃厚とまではいかないが、緑や衣服の色をビビットに再現できる。デジタルカメラ(Sony NEX-5)と銀塩カメラ(PRO800Z/Uxi-200)の双方で撮影テストを行ったところ、デジタルカメラの方が色の再現力が高く、暗い場所を撮影する際にも安定していた。これに対し、フィルム撮影は暗い場所でカラーバランスが不安定化し、緑がかってしまうことがあった。階調表現については光量の多い条件下や、露出補正をプラス調整する必要がある際に大きな差があらわれた。フィルム撮影の結果は暗部から明部に至るまで階調が広く分散しているのに対し、デジタルカメラでは階調表現がシャドー域に向かって引っ張られる傾向があった。
一般にデジタル撮影はフィルム撮影に比べ、シャドー部の階調表現に強く、黒つ潰れが起こりにくい。反対にハイライト部の階調表現が苦手で、白トビが起こりやすい。デジタルカメラの露出調整にはこのあたりの優劣を意識した高度なアルゴリズムが組まれているのかもしれない。
F1.8 銀塩(Super Uxi-200) ボケ味はたいへん滑らかだ

F1.8 銀塩(Super Uxi-200) ガサガサした被写体をアウトフォーカス部に置き収差によるボケ味の乱れ具合を調べてみた。僅かにグルグルボケが出るているが乱れは少ない。衣服や背景の緑など色がよく乗っている
 
F8 銀塩(Super Uxi-200) 暗所におけるスローシャッターでの撮影結果。黄色っぽいのは光源の色による影響。ここまで絞ると大変シャープだ。背景の周囲暗部が少し青っぽいのは、光量不足による低照度相反則不軌の影響で、露出補正を更にマイナス側にかけた別ショットでは、カラーバランスが更に激しく乱れてしまった。この木像は閻魔大王の従者で、三途の川を渡る亡者から罪の軽重によって衣服を剥ぎ取ったという地獄の役人、奪衣婆(だつえば)だ
F1.8 銀塩(Pro800z) フィルムをフジカラーのPRO800Zに変えてみた。PRO800Zはシャドーがストンと落ちることを特徴とするフィルムであり、階調変化のエッジがきいた解像感の高い描写が得られる。上の撮影結果も硬調で、シャドー部の黒潰れが顕著だ
F2.8 digital(NEX-5; AWB) こちらはデジタル撮影の結果。銀塩撮影とくらべなんか画造りが違うことに気付くであろう。この差異について、以下でもう少し詳しく踏み込んでみる

F1.8 左:digital(NEX-5; AWB)/右: 銀塩(Uxi Super 200)
被写体に白の要素が多いので、通常は露出補正をややプラス側に調整しなければならないところだ。しかし、ここはあえてカメラ任せにオートで撮影してみた。すると、フィルム撮影よりもデジタル撮影の方が輝度分布が暗部に引っ張られ、まるでデジカメが白トビを回避したがっているかのように過剰反応を示した

F2.8 上段 digital(NEX-5; AWB) /下段 銀塩(Uxi Super 200):こちらは屋外での撮影結果の比較だ。Uxi super-200のフィルム特性なのかやや黄色みが強い。光量の多い条件になると、デジタルカメラによる撮影結果のほうが階調表現がシャドー側に引っ張られている
 
F1.8 上段 digital(NEX-5; AWB) /下段 銀塩(Pro800z):発色についてはデジタル撮影の方がカラーバランスが安定しており、色再現性が高い。上段のデジタル撮影の結果内にある一番右のガチャガチャ箱の白いプラスティック部に注目して欲しい。下段の銀塩撮影の結果では、これが緑色に変色している

F1.8 左 digital(NEX-5; AWB) /右 銀塩(Fujicolor Pro800z):今度は屋外。夕方の日陰(光量の少ない条件下)での撮影結果だ。やはり銀塩撮影の結果の方が緑がかった発色となり、カラーバランスが安定しない

F1.8 digital (NEX-5; AWB) APS-Cフォーマットのデジカメで使用する場合、最短撮影距離ではこれくらいの撮影倍率になる
F2.8 NEX-5 digital(AWB)
今回の撮影テストではF1.8の開放絞りでの撮影を意識してみた。ピント面は思った以上にシャープでボケも素直、実用的な画質である。

★撮影機材
銀塩 : PENTAX MZ-3 + PORST Tele 135/1.8 MC + FujiColor Pro800Z / Uxi super 200 +自作フード(ボール紙+ゴムでパッチン)

digital : sony NEX-5 + PORST Tele 135/1.8 MC  + 自作フード

2010/12/27

Will Wetzlar, Vastar 50mm/F2.8(M42)



 最も小さいM42マウントレンズ!?

私はコンパクトで精巧に造られた工業製品に目が無い。一度手にすると、つい長い時間が経ってしまう。そして、eBayを覗いていたある日、Vastar(バスター)と言う名の極小レンズに出会ってしまったのだ。それはもう豆粒のようにかわいく、アルミ製の美しいレンズであった。カメラにマウントできるのかさえ疑わしい小さな小さな姿。これはもう放ってはおけない・・・欲すぃ~。アラフォーにもなろうというオッサンに少女のようなトキメキが宿る。「何だか胸がドキドキする」とパソコンの前で柄でもない言葉を吐いてみた。返ってきたのは「またカメラ?」という妻の冷ややかな反応。グフフフ。腹の内はそれほど純粋ではない。そのとき、「これ、ほしぃ~」と娘の応援。待っていました。パパのトキメキがわかるのは愛娘の胡ちゃんだけだものね♪。ほれぇ、ここにある「自動入札ボタン」を、ちょっとだけ押してみようか。すると妻が「似たようなレンズ持ってんでしょうがぁ。ほれ~」。と銀色のレンズを目敏く差し出してきた。そっ、それは、SPIRAL愛蔵のCassaronではないかぁ!レンズを格納している防湿庫の中身を把握している恐ろしい妻。私のドス黒いトキメキが一気にけし飛んでいった。仕方なくCassaronを売却し、Vastarを購入するという交換条件を呑むことになった。トホホ。
あまりに小さいのでマウント面がむき出しになる
今回入手したVastar 50mm/F2.8はドイツ中西部にあり、Leica発祥の地として知られるWetzlarに拠点を置く中堅光学機器メーカーのWilhelm Will KG社が極僅かに製造したトリプレット型単焦点レンズだ。対応マウントはM42のみである。レンズの製造時期について確かな情報はないが、鏡胴に用いられているアルミ素材の需要やフィルター枠に記されたVコーティングのスタンプマークなどから、1950年前後から50年代中頃に生産された製品ではないかと思われる。同社は顕微鏡用対物レンズ、双眼鏡、拡大鏡、プロジェクター用レンズなどの生産で実績がある。カメラ用レンズについては本品以外にもADOX社のGolfという中判カメラ用にADOXARという名の焦点距離75mmのレンズを供給した。また、超小型カメラのMINOXブランドにレンズやビューファインダーを供給していた。Will社の生産したM42マウントレンズは私の知る限り本品のみのようである。同社は現在もHELMUT HUND GmbH社の傘下で顕微鏡用レンズの生産などを中心に企業活動を続けているようだ。
焦点距離50mm, 絞り値 F2.8-F22, 最短撮影距離 3ft(約0.92m),
絞り羽根は10枚構成, 重量(実測)70g, フィルター径は28mm, M42マウント
 
★入手の経緯
2010年11月にドイツ版eBayにてアンティークカメラ専門の業者から落札購入した。オークションの記述は「非常に美しい状態。内部のチリは少なく作品に影響はない」とある。はっきりとした商品の写真を提示していた。本品は流通量の極めて少ない珍品であり、競買は9人のバイヤーによる16件の入札で争われたが、最後は入札締め切り10秒前に私のセットした自動入札ソフトが作動し、63ユーロで仕留めた。送料込みの総額は75ユーロ(約9500円)である。届いた品は、後玉のガラス端部に明らかなコーティングの剥離があった。これを出品者はチリと表現していたのだ。カメラ専門の業者でも、こういう初歩的な検査ミスをする。APS-Cサイズのセンサーを搭載した一眼カメラで使用する分には問題無いが、ちと微妙な買い物になってしまった。

極小レンズ達。左がINDUSTAR 50-2 50/3.5、右がCASSARON 40/3.5
中央がVASTAR 50/2.8で3本の中では最も細身でコンパクトだ
★撮影テスト
本品の光学系は古典的な3群3枚構成のトリプレット型ということで、画質的にある程度厳しいことは覚悟していた。使用してみたところ、開放絞り付近ではピント面の結像がポワーンとソフトで解像力不足。ピントの芯が掴みにくく苦労した。アウトフォーカス部の結像は乱れ気味で、近接撮影の際には輪郭部が2線ボケになりザワザワと滑らかさを欠いたボケ味となる。周辺の結像はやや流れる傾向にある。絞れば画質は改善する。基本的には絞って使うレンズであろう。
digital(NEX-5)/AWB: 近接撮影の作例。ピント面はかなりソフト
である。背景の植物でボケ味は滑らかさを欠いた目障りな結像
を示している。F5.6まで絞ればボケ味は素直になるが、ピント面
はまだ解像力不足だ

digital(NEX-5)/AWB: 花びらに注目。開放絞りではハイライトが
球面収差の影響で汚く滲んでしまう。F8まで絞ればさすがに
ピント面には、それなりの解像感が出る

F5.6, digital(NEX-5)/AWB: 2段も絞ってもグルグルボケ(回転ボケ)は
出るようだ。周辺部に奥行きがある場合の結像はご覧のようにかなり
厳しい
F5.6, digital(NEX-5) /AWB: こういう背景ならば2段絞る程度で問題なし

F8, digital(NEX-5)/AWB:やはりこれぐらい絞ればスッキリ写る。
実用的なシャープネスといえる

F11, digital(NEX-5)/AWB: 遠景の撮影では問題なし(端部は怪しいが・・・)。
ボケ味については2段絞れば改善するが、ピント面の解像力には依然として物足りなさが残る。実用的な画質を得るには遠景で2~3段、近景で3~4段は絞る必要がある。同じトリプレット型レンズでもシュタインハイル社のCASSARONならば、もう少しはまともに写るんだけれどなぁ。まぁ、小さいんだから文句ばかり言っても仕方ないが。
★撮影機材
SONY NEX-5 + VASTAR 50/2.8 + お手製フード(ボール紙丸めて輪ゴムでパッチン)

トリプレットとは収差の補正に最低限必要な3枚のレンズ構成から成る極めてシンプルなレンズ形態である。小さいレンズを造るには好都合な設計だが、画質的には厳しく、より高度な収差のコントロールが可能な3群4枚のテッサー型レンズにコンパクトレンズ業界の主役の座を奪われてしまた。


本品よりも更に小さいと思われる一眼レフ用レンズをご存知の方がいましたら、ぜひ教えてください。

2010年はこのエントリーで最後の投稿となります。研究者生活の空いた時間にストレス発散を兼ねて片手間に書いているブログです。乱文の連発でしたが、辛抱強くご愛読いただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお過ごしください。
SPIRAL