おしらせ


2010/12/04

HELIOS-44(M39), 44-2(M42), 44M(M42), 44M-6(M42) 44M-7(M42) 58mm/F2 and Carl Zeiss Jena BIOTAR 58mm/F2(M42)



 
カールツァイスとロシアの模倣レンズ群団1
安価で高性能なロシアン・ビオターの魅惑

ロシア(旧ソビエト連邦)は同国占領下の旧東ドイツから多くの光学技術を手に入れ、自国のカメラ産業を発展させてきた。中でも東独カールツァイス・イエナ社の技術はロシアのカメラ産業に多大な影響を与えた。戦後のロシアではゾナー、ビオゴン、ビオターなどのツァイスのレンズをもとにしたコピー品や、フレクトゴンやテッサーの模倣品がロシア製レンズとして生みだされた。今回取り上げるHELIOS-44シリーズもそうした類のレンズで、ロシアが1958年から生産を続けている焦点距離58mm、開放絞り値F2の大口径単焦点レンズのブランドだ。光学系は4群6枚のガウス型でツァイス・イエナが戦前に設計したBIOTAR 58mm/F2[Manual Focus forumのこちらを参照]をベースに開発(コピー)したのが始まりとされている。同シリーズは初期玉のKMZ製HELIOS-44にはじまり、VALDAI(ジュピター光学)やミンスク機械工場(MMZ)などとも共同生産をおこないながらモデルチェンジを繰り返し、数多くのモデルを世に送り出してきた。何と現在も生産の続く息の長いブランドとなっている。
【参考】HELIOS-44シリーズとBIOTAR 58/2の系譜図。ZENITのホームページ(→こちら)をベースにSPIRALが中古市場に出回っている製品から拾い集めた情報を付加してつくった。44Dと44-7のモデルは情報不足なので入れていない。間違いがあるかもしれないのでご注意を!
本シリーズの初期玉となるHELIOS-44はKMZ社が1950年代初頭にロシア初の一眼レフカメラとなるZENIT-Cを開発する過程の中で生みだした。ZENIT-Cはライカのコピー品として知られるバルナック型カメラのゾルキー1にミラーボックスとペンタプリズムを搭載し一眼レフ化したという珍しいカメラだ。その名残りのためか、このカメラにはライカL39マウントと同形状でフランジバックが長いZenit-M39というマウント規格が採用されている。KMZはZENIT-Cに搭載する大口径レンズを用意するために、ツァイス・イエナ社のBIOTAR 58mm/F2の光学設計をコピーしたBTK(BioTar Krasnogorsk)レンズを試作し、1951-1952年頃に当時まだ試作中であったZenit-Cのプロトタイプモデルに搭載した。このレンズは後にデザイン等が変更され、KMZ製HELIOS-44として1958年から製品化されることになった。HELIOS-44がリリースされた時期はちょうどツァイスのBIOTARがモデルチェンジをおこない最後の製品がリリースされた時期と重なるため、HELIOS-44はBIOTARの最後のモデルを元に設計されたレンズであると誤解されることが多い。しかし、ベースとなったレンズは戦前の1927年に設計されたBIOTAR(58mm版)の初期モデルであることをKMZ自身が認めている。なお、レンズ名の由来はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosである。

光学系のスケッチ。左が戦前のBIOTARで右がHELIOS-44。かなりオリジナルに近いコピーと言える。BTKレンズは更に良く似ていたのかもしれない。ちなみにZENITのホームページを見ると、HELIOS-44がBIOTARをベースに開発したとはあるが、完全なコピーとまでは記されていない

HELIOS-44には数多くの後継モデルが存在する。いずれも焦点距離は58mm、開放絞り値はF2となる。以下に特徴をまとめてみた。製造期間については中古市場に出回っている製品のシリアル番号から独自調査で割り出しているので、完全とは言えない。一部の情報はZENITのWEBページ(こちら)に掲載されている公式データを引用している。

●HELIOS-44 58mm/F2 
KMZが開発したシリーズ初代のモデル。1958年から生産が始まった。対応マウントはSTARTとZENIT-M39の2種となる。アルミ製のシルバー鏡胴とゼブラ柄の黒鏡胴の2種のタイプが存在する。ガラス面に施された反射防止膜は単層コーティングであり、青紫に強く輝く。絞り機構はプリセットとなる。いつまで造られていたかは不明だが、ゼブラ柄のモデルに#80***のシリアル番号が見つかるので、1980年までは製造されていたことになる。
HELIOS-44: フィルター径49mm, 最短撮影距離 0.5m, 絞り値 F2-F16, 絞り羽根 13枚構成, 光学系は4群6枚ガウス型, 重量 230g, ガラス面に蒸着されている反射防止膜は単層コーティング。解像度(画像中央部/周辺部)[Line/mm]: 35/14, 光透過係数: 0.81, 対応マウントはM39とSTART, 絞り機構はプリセット 
●HELIOS-44-2 58mm/F2
KMZ, VALDAI, MMZの3社で生産した。製造時期は不明だが、シリアル番号を元に中古市場にて73年から90年まで製造された個体を確認済みだ。鏡胴は黒鏡胴とゼブラ柄(稀少)の2種がある。前モデルに比べ画像中央部/周辺部の解像度が35/14→38/20 LINE/mmと大幅に向上し、シャープな結像が得られるようになった。また、コントラストの高低を決める光透過係数も0.81→0.82と僅かに向上している。本モデルからは対応マウントがM42に変更になった。初期のモデルにはKMZとValdaiの生産した個体が多いが、80年代に生産された製品の中にはMMZ製の個体も見つかる。
HELIOS-44M-2: 重量 約250g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.7m, 絞り羽根 8枚構成、 光学系は4群6枚ガウス型,プリセット絞り, ガラス面に蒸着されている反射防止膜は単層コーティング, M42マウント




●HELIOS-44M 58mm/F2 58mm/F2
KMZ, MMZ, Valdaiの3社で生産した。44Mの"M"は自動絞りを意味している。中古市場にて1977年から1984年の間に生産された製品個体を確認することができる。ZENIT(KMZ)のホームページには本モデルの生産体制が確立されたのが1972年と記録されているので、その頃からの個体製品も見つかるものと思われる。前モデルからの変更は絞り機構が自動/手動の切り替え式になっている点だ。また、本モデルのみ最短撮影距離が0.55mとなり、歴代のHELIOSよりも僅かに長くなっている。鏡胴側面のマウント部近くに切り替えスイッチが付いている。対応マウントはM42のみ。

HELIOS-44M: フィルター径52mm, 最短撮影距離 0.55m, 絞り値 F2-F16, 絞り羽根 8枚構成, 光学系は4群6枚ガウス型, ガラス面に蒸着されている反射防止膜は単層コーティング。絞り機構は自動/手動切り替えが他で対応マウントはM42となる。 解像度と光透過係数は非公開となっている

●MC HELIOS-44-3 58mm/F2
中古市場には1985年から1994年の間に生産された製品個体を確認することができる。HELIOS44シリーズの中では最も早くマルチコーティング化されたモデルで、MMZが単独で生産した。絞り機構はフルマニュアル(手動)となる。ZENITのホームページには写真による製品紹介があるのみで、公式データの掲載ははない。対応マウントはM42のみ。
●MC HELIOS-44-3M 58mm/F2
MMZが生産した極めてレアな個体で、シリアル番号から1990年代に製造された個体のようである。絞り機構はフルマニュアル(手動)となる。ガラス面にはマルチコーティングの反射防止膜が施されている。詳細は不明だ。対応マウントはM42のみ。
HELIOS 44-3M: 最短撮影距離は約1m, 絞り値: F2-F16, 絞り羽根は8枚, マウント規格はM42
●HELIOS-44M-4 58mm/F2およびMC HELIOS-44M-4 58mm/F2,  MC HELIOS-44K-4(PENTAX) 58mm/F2
KMZとValdaiが81年頃から90年頃まで生産した。市場の製品個体を見る限り、1982~1983年頃の初期のロットは主にKMZが生産し、84年から90年まではValdaiへ生産を引き継いるようだ。1990年の最後期の個体ではガラス面にマルチコーティングが施されたMC 44M(K)-4が生産された。MC 44M-4は外観も描写性能(解像度と光透過率のベンチマーク)も後継のMC 44M-5と同一のようだ(中身は同じなのではなかろうか?)。なお、本モデルから絞り機構が自動絞りになっている。M42とPENTAX-Kの2種のマウント規格に対応している。
●MC HELIOS-44M-5,6,7 58mm/F2
1990年頃から生産され、初期のロットでは単層コーティングの製品も僅かに生産されたが、大半がマルチコーティング仕様の製品となる。完成した個体の品質(解像度と光透過率)により44M-5から44M-7まで3つのモデルに選別されている。このモデルに対しKMZが初期ロットの製造に関わっていない事から推測すると、本モデルは44M-4と同一の個体をマルチコーティング化しただけの製品なのではないだろうか?対応マウントはM42のみ。

HELIOS-44M-6: フィルター径52mm, 最短撮影距離 0.5m, 絞り値 F2-F16, 絞り羽根 6枚構成, 光学系は4群6枚ガウス型, 重量 270g, 解像度(画像中央部/周辺部)[Line/mm]: 41/20(44M-5 ), 45/25(44M-6), 50/30(44M-7), 光透過係数: 0.85(44M-5), 0.90(44M-6), 0.90(44M-7), 絞り機構は自動絞りで対応マウントはM42。ガラス面に蒸着されている反射防止膜はマルチコーティング(MC)
HELIOS-44M-7: フィルター径52mm, 最短撮影距離 0.5m, 絞り値 F2-F16, 絞り羽根 6枚構成, 光学系は4群6枚ガウス型, 重量 270g, 絞り機構は自動絞りで対応マウントはM42。ガラス面に蒸着されている反射防止膜はマルチコーティング(MC)
他にも個体数は少ないが44D(ZENIT Dマウント)や44-7(Zenit-7マウント)が存在する。HELIOS-44M-xの"M"は自動絞りを意味しているようだ。ただし、MC Helios 44-3Mの"M"だけは意味が不明で、この個体は手動絞りの製品となる。
HELIOS-44シリーズの性能を把握するため、今回は初期玉のHELIOS-44と現行後継品であるMC HELIOS 44M-6、これらの中間期に造られたHELIOS-44Mを入手することにした。MC 44-3Mも入手しているが、こちらのレンズは別の機会に取り上げることにする。

★入手の経緯
Helios-44シリーズはeBayなどの海外の中古市場に大量に出品されており、送料込みでも50~60㌦程度の手頃な価格で入手できる。商品の状態に"NEW"や"MINT"と記されているものの中から良いものをじっくり選ぶのがよい。
今回入手したHelios-44は2010年9月にブルガリアの中古カメラ業者がeBayに出品していたものだ。商品の解説は「外観は経年相応の使用感があるもののVERY GOODな状態。光学系はクリアでクリーン。カビ、クモリ、かき傷はない。拡大鏡でみるとコーティングに極小さな点状剥離がり、チリもみられるが、撮影結果に影響はない。ブルーのコーティングを纏った素晴らしいレンズだ」と悪い部分がしっかり解説されていた。こういう正直な業者との取引はトラブルが少なく安全だ。一件の入札があり2㌦の価格を付けていたので、締め切り時刻の30秒前に最大価格を55㌦に設定し入札したところ、競売価格が2㌦→21㌦→41㌦を跳ね上がり安定。他にもスナイパーがこの商品を狙っていたようだが結局このまま競り勝つことができた。送料込みの総額は55㌦(4800円)である。eBayでの相場は50㌦程度であろう。
続くHelios-44Mは2010年8月にギリシャの優良業者stil22から落札購入した。商品の状態はMINT(ほぼ新品のような状態)で、「光学系はクリーンで、ガラスエレメントは全てクリア。駆動部の動作もパーフェクトで、フォーカスリングと絞り制御はスムーズで精確に動作する」などと丁寧で詳しい解説があった。流通量の極めて多い安価なレンズなだけに、あまり競り合うこともなく、38㌦で簡単に落札購入できた。送料込みでも60㌦(5100円)。届いた商品は全く問題の無い綺麗な個体であった。
Helios 44M-6は2010年8月にロシアの中古カメラ専門業者から即決価格48㌦で購入した。商品の状態はMINTとあり、送料込みの総額は60㌦(5100円)であった。この業者は取扱量が豊富で値段も安いが、MINTと表示した商品であっても、届いてみると明らかにカビがあったりチリが目立ったり、そうかと思うと本当に新品の様なレンズをよこす事もある。商品の解説にオリーブ色のフレームを用いており、冒頭でMINT ITEMやEXCELLENT ITEMなどと商品のグレードを記すのが特徴だ。ロシアンルーレット的な側面を持ち、過去に何度も返品をした。届いた品はヘリコイドリングの回転が重かったが光学系や外観は綺麗。今回はこの程度で済んだので上々だ。
入手した3本のHELIOS。左後は本家CZJ BIOTAR 58/2の最後継モデル("Biotar-3")
撮影テスト
HELIOS-44シリーズは各モデルで僅かに描写が異なるものの、絞り開放からピント部はシャープで中心解像力が良好、スッキリとしたヌケが良い像が得られるのは全モデルに共通する特徴である。また、距離によって被写体の背後にグルグルボケが発生する。発色は黄色みがやや強く温調気味で、中でも初期モデルはたいへん温調な発色でオールドレンズらしさを醸し出した写真となる。以下では個々のレンズの性格の違いについて更に詳しく調べてみる。
Helios 44シリーズの大きな魅力はBiotarに近い味のある描写を極めて手ごろな価格で入手できることにある。しかも予想以上に良く写り、BIOTARに勝るとも劣らないシャープな撮影結果が得られるのだ。これからオールドレンズで撮影を始めようという方には入門用にピッタリの一本となるだろう。
 
★☆★作例★☆★
HELIOS-44M-7
F2(開放), sony A7(AWB)
F2(開放), sony A7(AWB)
F2(開放) sony A7(AWB)
F2.8 sony A7(AWB)
 
HELIOS 44-2
F2(開放), sony A7(WB:日陰)
F4, sony A7(WB:日蔭)
F4, sony A7(AWB)

F4, sony A7(WB: 日陰)

HELIOS-44
F2.8 digital(NEX-5)  グルグルボケも使い方次第では面白い効果となる
F4 digital(NEX-5) これくらい絞った辺りが最もおいしい画質だ。実物の色よりも温調な結果に仕上がっている




 

HELIOS 44M

F2.8 digital(NEX-5) 開放から半段絞っただけでピント面は大変シャープだ。ボケ味も目障りな結像にはならない。ツァイスの設計を継承しているだけのことはあり、見事な描写力といえる


HELIOS-44M-6

F4 digital(NEX-5)  近接撮影でF4まで絞りを開けるという厳しい条件だがピント面の解像度はとても高い

各モデルの比較
(1)シャープネスの比較
まずはじめは各レンズのシャープネスに注目する。レンズを三脚に固定したSony NEX-5にマウントし、カメラから約1m離れたマンションの壁面を撮影したのが下の写真だ。ISO感度は200とし、長時間露光時に発動するノイズリダクション機能をOFFに設定している。参考として、Helios 44と同時期に生産されていたCarl Zeiss BIOTAR 58mm/F4の最後継モデル(前回のブログ記事のBIOTAR-3)を比較の対象に加えている。


 上の写真の中央部にある赤い領域(合焦部付近)を拡大表示し、4本のレンズの画質を比較したものが、下の28枚の画像となる。
写真をクリックすると拡大表示できる
各レンズの結果とも開放絞りからF8.0までは絞りこむほどシャープになるが、F11以上ではレンズ内で光の回折現象が起こり、結像がソフトになることがわかる。細かい凹凸に目を向けると、開放絞りでは44Mと44M-6が同レベルで最もシャープな結果となり、次いでBIOTAR。HELIOS-44もBIOTARとほぼ同レベルであった。開放から1段づつ絞りこんでゆくと、どのレンズもF4.0あたりまでシャープネスが急激に上がり、その後はF8.0まで緩やかに上がってゆくように見える。F16ではHelios-44と44M-6の画像に回折によるフレアが発生し、白っぽく変色している様子がわかる。ただし、F16における4本のレンズのシャープネスに大きな優劣はなく、影響は限定的なようだ。
F11以上に深く絞りこんだ際にHELIOS 44と44M-6において発生する回折現象によるフレア。画像中央部に白っぽい円形の靄がでている44MとBIOTARでは発生していない。写真はF16での撮影結果
この結果は大変興味深い内容を2点含んでいる。一つは44Mのシャープネスが最後継品の44M-6と肩を並べる程優れているという点で、もうひとつは戦前の古いBIOTARをベースに開発したHelios-44のシャープネスが同時期に生産されていた最新型のBIOTARに勝るとも劣らないレベルに達している点だ。HELIOS-44は設計ベースとなる戦前のBIOTARから大幅に改良されたレンズだったようだ。ただし、このブログをご覧になる方には言うまでもない事だが、レンズの描写力とはシャープネスに象徴されるようなベンチマーク的な優劣だけで決まるものではない。
はじめは44Mの高性能な結果に違和感を感じたので、同じテストを連日おこない計3回実施した。しかし、この結果が大きく変わることはなく、次第に確信が持てるようになった。実はHELIOS-44MはZENITのホームページ内にある性能表に公式なデータの記載がない謎のモデルなのだ。何か理由があるのかもしれない。たいへん興味深いモデルだ。
 
(2)グルグルボケの比較
カールツァイス・イエナのBIOTARは撮影結果に見事なグルグルボケを発生させるレンズとして知られている。BIOTARのクローンコピーであるHELIOS-44シリーズにもその性質がしっかりと継承されている。下の写真では3本のHELIOS-44とBIOTARの撮影結果に生じるグルグルボケの強さを比較している。各レンズのグルグルボケの強さに大きな差はなく、どれも力強く回転していることがわかる。最後継(現行)のHELIOS-44M-6においても、グルグル収差は補正されていない。メルテ博士によるBIOTARの設計から83年。BIOTARの末裔であるHELIOS-44M-6は、今もグルグルボケを世に伝える「生きたオールドレンズ」といってよい。
F2 銀塩(UXi-100) グルグルボケの比較。どれも良く回っており、グルグルボケの強さに大きな差は無いようである。背景の緑の発色に各レンズの個性が良く出ている。BIOTARとHELIOS44は黄色が強く温調気味だ。HELIOS-44は最も黄色が強い。44Mと44M6はニュートラルな発色だが、僅かに44M6の方が黄みが強い。最もニュートラルな発色なのは44Mとなる
(3)ボケ味と発色
HELIOS-44シリーズの発色はBIOTARと同様に温調で、オールドレンズらしい暖かみのある雰囲気が得られるのが特徴だ。ただし、デジタル一眼カメラによる撮影ではカメラのカラーバランス補正が自動で働くため、レンズが持っている個性(オールドレンズパワー)はだいぶ落ちてしまう。雰囲気を残したいならば、デジタル一眼カメラではなく銀塩カメラによるフィルム撮影をおすすめしたい。
下の写真ではF2(開放絞り)とF4において、Helios 44, 44M, 44M-6の3本のレンズのボケ味と発色を比べている。ボケ味はどのレンズもBIOTARに良く似ており、なだらかで適度な硬さを持つ。2線ボケは検出できない。開放絞りではグルグルボケが強く生じるが、F4まで絞れば消失し、画像端部まで均質で良好なボケ味となる。



銀塩(UXi-100)での撮影結果Helios-44(上段), Helios-44M(中段), Helios-44M-6(下段)であり左がF2が右F4となる。Helios 44が最も黄色が強く、次いで44M-6、44Mとなる。Helios 44と44M6は絞りを開けると発色が黄色に転ぶようだ
発色については、どのレンズも黄色が強いのが特徴だ。最も黄色が強いレンズはHELIOS-44であり、次に44M-6、44Mの順になる。Helios-44では開放絞り付近で黄色が更に強まる傾向がある。秋の紅葉の撮影にはとても良い効果を生む。参考までに、HELIOS-44をデジタルカメラにマウントし撮影した結果を下に示す。デジタルカメラのカラーバランス補正が自動で働くため、実際の色に近いニュートラルな結果が得られている。どうもデジカメはオールドレンズパワーを削いでしまうようだ。いかんのぉ~!
Digital(sony NEX-5)左F2/ 右F4  digital(NEX-5) 開放ではグルグルボケが出ている。コントラストは低下気味で暗部が浮いている。F4まで絞れば画質は改善する。ピント面(椅子の部分)はシャープであり、絞り開放でも実用的なレベルだ。
今度はBIOTARの最後継モデル(前ブログエントリーのBIOTAR-3)を比較の対象に加えてみた。下の写真も銀塩カメラにて撮影した結果である。少し絞りを閉じているのでどのレンズも黄色みは弱まりニュートラルな色に近いが、それでも発色の差異を肉眼でとらえることができる。 

F8 銀塩(UXi100) HELIOS-44シリーズとBIOTARを用いた発色テスト
倒木の表面の色に注目すると、黄みが強い順からHELIOS-44、BIOTAR、44M-6、44Mとなっていることがわかる。先ほどのベンチの作例と同様の結果となった。
HELIOS-44の発色は撮影条件に対し不安定で、屋外にて逆光撮影を行う際や晴天時に遠景を撮影する際には青みが強くなることがある。恐らく初期のモデルは光の反射防止膜の性能が不十分のため紫外光の内面反射が蓄積しやすく、青被りが発生しやすいのであろう。44Mと44M-6に青被りが発生することはなかった。

F8 digital(NEX-5) こちらはデジタルカメラでの発色の比較だ。HELIOS-44は屋外で遠景を撮影する際や逆光撮影の際に青被りが発生し、青みが強くなる事がある。44Mと44M-6はニュートラルな色だ
以上、発色については、初期モデルのHELIOS-44が最も個性的でオールドレンズらしく、反対に44Mが最もニュートラルな結果であることがわかった。 

2010/11/10

Carl Zeiss Jena BIOTAR 58mm/F2 3-SISTERS
(M42) カールツァイス・イエナ ビオター 3姉妹


戦後に製造された3代にわたるBIOTAR。いずれも焦点距離は58mmで開放絞り値はF2となる


戦後に造られた最初のモデルで、1948年に登場し1950年代初頭まで生産された。本ブログではBIOTAR-1と呼ぶことにする


1950年代初頭に登場した戦後の2代目となる後継モデルで、1959年まで製造された。こちらはBIOTAR-2とする

1950年代後半に登場した最後の後継モデルで、1960年代初頭まで製造されていた。BIOTAR-3とする
温調な発色と迫力あるボケ味が魅力の
オールドツァイス

 BIOTAR 58mm/F2はCarl Zeiss Jenaが戦前の1930年代から1959年まで製造していた単焦点高速レンズだ。戦後に3度のモデルチェンジがおこなわれ、戦前のものまで含めると4世代にわたるモデルが存在する。温調のあたたかい発色と魔力に満ち溢れた物凄いボケ味により、製造から半世紀以上が経過した今もクラシックカメラファンを魅了し続ける個性豊かなレンズとして知られている。光学系の構成は4群6枚のダブルガウス型で、ZEISSの技術者のウィーリー・ウオルター・メルテ博士(1889--1948)によって1927年に設計された。メルテはBIOTARの他にもTELE-TESSAR(1913)、BIOTESSAR(1925)、ORTHOMETER(1926)、SPHARONGONなど数多くの設計を手掛けている。今回は戦後に製造された3本のBIOTARに注目し、進化の足取りを辿ることにした。
 58mmの焦点距離を持つBIOTARが初めて登場したのは戦前の1936年代だ。最初のモデルは重量感のある真鍮製クロームメッキ仕上げの鏡胴で、ボディカラーはシルバー、対応マウントはEXAKTA、絞り機構はフルマニュアル(手動絞り)、絞り羽根は8枚、最小絞り値はF16という構成であった

Biotar 58mm F2の初期型
当時のレンズにはガラス面に光の反射防止膜(コーティング)が無く、逆光撮影時はフレアが豪快に発生していたようである。ただし、第二次世界大戦中に製造された製品にはガラス面に反射防止膜が施された製品が極少数だけあるらしい(その最初期の個体にはTコーティングを表す「T」のマークではなく赤いドットマークの「」が記されていた)。焦点距離は異なるが、他にもROBOT用(40mm/F2)やコンタックスレンジファインダー用(4.25cm/F2)のBIOTARが存在し、コンタックス用にはシルバーとブラックの2種のカラーバリエーションが用意されていた。58mmのモデルにブラックカラーのバリエーションが存在していたかどうかは不明だ。
 戦後間もなくモデルチェンジが行われ、後継品としてガラス面に光の反射防止膜が蒸着され、17枚もの絞り羽根を持つ豪華なモデル(BIOTAR-1と略記)が登場した。BIOTAR-1には鏡胴の素材に真鍮を採用したブラックカラーのタイプと、真鍮またはアルミ合金を採用したシルバーカラーのボディタイプが用意された。このモデルは歴代のBIOTARの中で最も軽量(アルミ合金製のタイプ)かつコンパクトであるのが特徴だ。最短撮影距離は0.9mとやや長めだが、最小絞りがF22までとれるよう設計変更されている。また、このモデルからは対応マウントにM42が追加され、Leica-L用(58mm/F2)の存在も確認できる。レンズのフィルター枠に目を向けると、赤く誇らしげにTのスタンプマークが記されていることに気付く。TとはTransparentzの略で、光を80%透過させることを目的にZEISSが1935年に開発した光の反射防止膜(Tコーティング)だ。ただし、1940年までの間は主に軍事目的の製品のみに使われ、このコーティングが写真用レンズに使われ始めたのはそれ以後の製品からとなる。

上段 BIOTAR-1のTスタンプと、青く輝くTコーティング
下段 BIOTAR-1の持つ17枚の絞り羽根
 1950年代前期に再びモデルチェンジが行われ、後継品となる戦後2代目のBIOTAR(BIOTAR-2と略記)が登場した。鏡胴の素材は前モデルと同じアルミ合金であり、2色あったカラーバリエーションはシルバーのみに一本化されている。デザインは同時期に発売された広角レンズのフレクトゴン35mm/F2.8と同じで、マウント部近くがすぼんだ美しいフォルムに変わった。また、BIOTAR-2からは絞り機構がプリセットに変更され、絞り羽根の構成は10枚と少なくなっている。なお、数は少ないが12枚や17枚構成の個体も存在するらしい。最小絞り値はF22からF16までと変更され、最短撮影距離は0.5mに短縮されている。1952年から1955年頃までのある時点から製造されたBIOTAR-2のフィルター枠には一級選別品であることを表す"1Q"のスタンプマークが記されるようになった。ただし、このマークはこれ以降のBIOTARのほとんどすべての個体に記されているので、たいした優位性はない。1955年~1958年頃に製造されたシリアル番号400万番あたりの個体からはTマークのスタンプが無くなり、1Qマークのみが記されるようになっている。これ以降のモデル(BIOTAR-3)についても同様である。


上段 BIOTAR-2の1Qスタンプ(B IOTARのロゴの左)とTスタンプ
下段 BIOTAR-2の美しいデザイン
 1950年代後期に最後のモデルチェンジが行われ、戦後3代目のBIOTAR(BIOTAR-3)が登場した。鏡胴の材質はアルミ合金で、同時期に発売された標準レンズのテッサー50mm/F2.8と同一の直線的なデザインに変わっている。前モデルからの変更は絞り機構が半自動型になった点と最短撮影距離が0.6mとやや長めに変更されている点だ。BIOTAR-3の輸出向けのロットではフィルター枠の内側にあるメーカー名やブランド名の刻印が"C.Z.Jena B"などと省略表記されている。こうした略記は東西のドイツに分断されたツァイスの両陣営が裁判で社名やブランド名の商標権を争っていたためで、東独から西側諸国への輸出製品に対して社名やブランド名の使用が規制されていた事による。

BIOTAR-1: 重量(実測)140g, 絞り値 F2-F22, 最短撮影距離 0.9m, 絞り羽根 17枚構成, フィルター径 40.5mm, 光学系は4群6枚。真鍮鏡胴のブラックカラーとアルミ鏡胴のシルバーカラーの2つのタイプが存在する
BIOTAR-2: 重量(実測)202g, 絞り値 F2-F16, 最短撮影距離 0.5m, 絞り羽根 10枚構成(数は少ないが12,17枚構成の個体も存在する), フィルター径 49mm, 光学系は4群6枚。鏡胴の素材はアルミ合金。他の2本よりも後玉が大きく突き出している

BIOTAR-3: 重量(実測)214g, 絞り値 F2-F16, 最短撮影距離 0.6m, 絞り羽根 10枚構成, フィルター径 49mm, 光学系は4群6枚。鏡胴の素材はアルミ合金。

★入手の経緯
 Biotar-1: 2010年9月にスロバキアの業者から202㌦、送料込みの218㌦(2万円弱)で落札購入した。商品の状態はEXCELLENT+で「前玉には2~3個の薄い小さな拭き傷があるが、イメージクオリティには影響がない」とのこと。コレクター向けの商品といった触れ込みなので状態はよさそうであった。本品は今回取り上げる3本のBIOTARの中で最もレアな製品なので、多少値が張る事は入札前から覚悟していた。自動入札ソフトを使い230㌦の最大入札額で締切8秒前にスナイプ入札をかけたところ、202㌦で落札することができた。eBayでの中古相場は200㌦くらいであろう。届いた品のガラスをよく見ると拭き傷は殆どなかったものの、前玉のガラス表面に経年劣化によるコーティングの焼け付きがプツプツと肌荒れ状に見られた。また、ガラス内には製造時由来の気泡がポツポツと確認できた。Biotarのガラスに気泡がパラパラとあるのはごく普通のことで、ガラス硝材の性質によるものらしい。これまで気泡のない個体に出会ったことは一度もない。撮影に影響の出るような大きな問題はなく、年代物にしては優れた品であった。
 Bioar-2:2010年9月にeBayを介してギリシャのオールドレンズ専門業者still22から落札購入した。商品の状態はMINT(ほぼ新品)で「ガラスには少し気泡がある。これは普通でありイメージクオリティに影響はない。光学系のガラスエレメントは全てクリア。駆動部の動作もパーフェクトで、フォーカスリングと絞り制御はスムーズで精確」との記述であった。こちらの商品のガラスにも気泡が多いのがあたりまえで、まったく気にすることはなかった。むしろ明記してくれたおかげで競買相手が減ったわけだから有り難い。この業者から過去に購入したMINT品は本当に新品みたいな状態だったので、全く不安要素はなかった。オークションは締め切り1日まえから132㌦の値を付けていたが、1分前になっても入札最高額に変化はなく132㌦のままであった。締め切り30秒前に205㌦で入札し、5秒前にだめ押しの215㌦で再入札したところ、何とたったの155㌦で落札してしまった。送料込みでもたったの178㌦(約15000円)である。本品のeBayでの中古相場は150~200㌦くらいで、状態のよい品になると200~250㌦程度であろう。今回は実にラッキーな買い物であった。届いた商品は確かにすばらしい状態の美品であったが、フォーカスリングは硬めであった。
 Biotar-3:2010年8月にeBayを介してBiotar-2の入手先であるギリシャのstill22から138㌦+送料22㌦の合計160㌦(約14000円)で落札購入した。商品の解説は「10枚の絞り羽根、パーフェクトなボケ!」という触れ込みで「1Qマークの入った一級選別品。鏡胴はエクセレント++で若干使用感がある。光学系は全エレメントがクリア。ガラスには少し気泡があるが、このレンズの場合にはそれが普通の状態だ。駆動系はパーフェクトで、絞り羽根は的確に動き、絞りリングは軽快で的確に動作する。フォーカスリングはやや重いが精確に動く」とのこと。商品の競売価格はオークション締め切り10秒前の時点で116㌦をつけていた。155㌦を投入しスナイプ入札を行ったところ、138㌦で競り落とすことができた。届いた品に大きな問題はなく、実用品としては良い品であった。
 
★撮影テスト
 歴代のBIOTARを描写力の観点から比較してよう。3本のBIOTAR全てに共通するの描写面での前評判は、
#1 距離によっては背景にグルグルボケが強く発生する
#2 近接撮影では背景のボケ味がやや騒がしくなることがある
#3 発色はやや赤みと黄色みを帯び、温調な仕上がりになる
などである。上記の性質も踏まえながら、以下では個々のレンズの性格の違いについて更に詳しく調べてみる。

(1)シャープネスと周辺画質の比較
 まずは画像中央部のシャープネスと周辺部の乱れに注目する。レンズをSony NEX-5につけ、三脚を用いてカメラから約2m離れたマンションの壁面を撮影したのが下の写真だ。
中央の領域Aと周辺部の領域Bを用いて画質の評価をおこなう。撮影時のISO感度は200に固定し、長時間露光時にカメラが自動で行うノイズ除去機能をOFFにしている。カメラの光軸が壁面に垂直になるように十分に注意し、ピント合わせは時間をかけて慎重におこなっている。絞り値を変えながら撮影し、各絞り毎に3本のレンズのシャッター速度が一定になるよう露出補正により微調整している

写真の中央にあるAの領域と周辺部のBの領域を拡大表示し、3本のレンズの画質を比較する。
領域Aでの画質の比較
写真をクリックすると拡大表示できる
 上の画像は中央の領域Aを絞り値ごとに並べた結果だ。開放絞りのF2付近と深く絞り込んだF16付近で3本のレンズのシャープネスに大きな差が生じていることがわかる。細かい凹凸に目を向けると開放絞りでのシャープネスはBiotar-3が最も高く、次いでBiotar-2、Biotar-1の順となる。肉眼による主観的な評価とはなるが、Biotar-3のF2はBiotar-2のF2.8相当、Biotar-2のF2はBiotar-1のF2よりもシャープでありF2.8よりもソフトな結果となった。F4まで絞れば3本のレンズの差は肉眼で判別ができないほど僅かになる。3本のレンズともF5.6で最もシャープになり、壁面上の細かな凹凸までも解像できるようになる。F8までは非常にシャープだが、これ以上深く絞ると一転し、回折効果でシャープネスは落ちてゆく。F11で僅かにソフトになりF16まで絞ると結像はだいぶソフトになる。F16で最もソフトなのはBiotar-1である。
 テストの結果から画像中央部のシャープネスはモデルチェンジを重ねるごとに向上していることがわかった。次に周辺部Bにおける画質の優劣を調べてみよう。

領域Bでの画質の比較
写真をクリックすると拡大表示できる
  上の写真は周辺部の領域Bにおける撮影結果だ。3本のレンズとも画像中央部に比べ結像がボケ気味になり、像面湾曲収差の影響を確認できる。開放絞りでのシャープネスはBiotar-3が最も高く、次いでBiotar-2、Biotar-1の順となる。Biotar-3のF2の画像はBiotar-2のF2.8よりもシャープでF4よりもソフトであることがわかる。一方、Biotar-2とBiotar-1のシャープネスに大きな差はない。F8まで絞れば3本のレンズの画質は僅差となる。各レンズともF11までは絞り込むほどシャープになるが、F16では一転し、回折効果でシャープネスは落ちてしまう。Biotar-1とBiotar-2は開放絞りからF2.8までの間で点像が彗星のように尾をひくコマ収差が発生している。Biotar-3ではコマ収差がしっかり補正されており点像の乱れは殆どない。
 このテスト結果では、Biotar-2からBiotar-3へのモデルチェンジによって画像周辺部の画質(像面湾曲収差とコマ収差の補正)が大幅に改善していることがわかった。
 
(2)グルグルボケ
 Biotarは非点収差が大きく、後ボケに大きな特徴を持っている。開放絞りで撮影すると、距離によっては像が円周状に回る、いわゆるグルグルボケ(非点収差)が強く発生する。これは、BIOTARを設計した当時のツァイスが、非点収差の抑制を後回しにし、像面の平坦化と均質化を急いだためである。下の写真では3本のBiotarによるグルグルボケの強さを比較している。3本とも物凄い勢いで回っており、ここまで激しくなってしまうと、もうこれは見事としか言いようがない。各レンズのグルグルボケの強さに差はないように見える。被写体の背中あたりから得体の知れない魔物(ムンクの「叫び」)がニョキッと現れそうな勢いだ。Biotar-1には絞り羽根が17枚もあり、本来ならば美しく整った自然なボケ味が得られるところだが、ここまでグルグルボケが強くては、それが生かされることはあまりなさそうだ。

F2 銀塩(SuperPremium 400) 3本のBIOTARによるグルグルボケの比較。
BIOTARのグルグルボケは絞りを全開にした際に後ボケで発生する
 今の写真用レンズは高級品から廉価品まで「草食系レンズ」とでも表現したらいいのか、収差のよく補正された素直でお行儀がよい製品が出揃っている。こういう物凄い妖力を持つレンズは今後ますます貴重になってゆくに違いない。
  
(3)発色
 Biotarの撮影結果はやや暖色系が強く、あたたかみのある温調な仕上がりになると評判だ。下の写真ではBIOTARの正統な後継となる現行製品のMC HELIOS 44M-6 58mm/F2を基準にBIOTAR-3の発色を相対的に比べている。HELIOSのほうが見た目に近いニュートラルな結果が得られているのに対し、BIOTAR-3では鉄錆が赤みを帯び、たいへんいい味を出している。同様の傾向はBIOTAR-1やBIOTAR-2にも共通してみられ、BIOTAR3姉妹が個性豊かな味わい深いレンズであることを実感できる。また、こうした傾向は1960年代中頃よりも前のアルミ玉やゼブラ柄のレンズに多く見られ、モノコート時代の古いツァイスに共通した性質のようである。
F2 digital(Sony NEX-5) BIOTAR-3による撮影結果。HELIOS 44M-6の
撮影結果とともにスプリングの根元のあたりを拡大した写真を下に示す

上段はBIOTAR-3(F2)、下段はMC HELIOS 44M-6(F2)で双方ともデジタル一眼(sony NEX-5)で撮影した。後継の現行品であるMC Helios 44M-6に比べ、BIOTARの方が鉄錆が赤っぽく温調気味になるようだ。HELIOSのほうが見た目に近いニュートラルな結果が得られている(ただし、HELIOSもやや黄色みを帯びるレンズとして知られている)
次に3本のBIOTARの発色を比較してみた。下の写真はデジタル一眼(SONY NEX-5)につけて撮影した結果だ。3本のレンズの差は僅かであるが、強いて言えばBIOTAR-1の黄色みが極僅かに強いことがわかる。

F4 digital(sony NEX-5) 注意深く観察すると1番上のBIOTA-1
が極わずかに黄色みが強いことがわかる。なお、これくらいの
近接撮影では3本とも背景のボケ味がやや騒がしくなるようだ
本品をデジタルカメラで使用する場合には画像処理エンジンがカラーバランスの癖を検出し、ニュートラスな方向に自動補正をかけるため、本来の味わい深い発色が弱まってしまう。3本のレンズの僅かな差を検出するにはフィルムで撮影した結果を用いた方がよさそうだ。下の写真は銀塩カメラによる3本のレンズの撮影結果を比較したものだ。

F2  銀塩(Uxi-100)による3本のBIOTARの発色の比較
BIOTARの撮影結果は黄色の発色が強いという前評判を掴んでいた。確かに3本のレンズの結果とも全体に黄色っぽい仕上がりとなっている。床面コンクリート部や背景の芝生の色に注目すると、Biotar-1の結果が最も黄色味が強く、次いでBIOTAR-2, BIOTAR-3の順であることがわかる。後継品の方がニュートラルな発色に近いようだ。
 次は植物の緑で発色の差を比較してみよう。下の写真の赤枠の部分を拡大表示したものが、さらにその下の写真となる。
F4 銀塩(Super Premium400) 写真中の赤枠を
拡大表示したものが下の写真となる

F4 (Fujicolor SuperPremium400) 
3本のBiotarによる発色の比較
 上の拡大写真の暗部から明部に向かうあたりを比較すると、やはりBiotar-1の結果が最も黄色味が強く、次いでBIOTAR-2, BIOTAR-3の順であることがわかる。最もニュートラルな結果が得られのはBIOTAR-3である。
BIOTARの撮影結果は3本とも赤や黄色が強く温調な仕上がりであり、古いモデルほど黄色みが強くあらわることがわかった。この傾向はデジタルカメラによる撮影よりも、フィルム撮影の方が良く現れている。ニュートラルな発色を極めてしまった現代のレンズとは異なり、味わい深い発色が得られる個性豊かなレンズであることを確認できた。
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(4)BIOTARの進化
 BIOTARの画質はモデルチェンジを重ねるたびに少しずつ改善していった。Biotar-1からBiotar-2へのモデルチェンジでは画像中央部のシャープネスが向上し、黄色みを帯びた発色がニュートラルになった。Biotar-2からBiotar-3へのモデルチェンジでは中央部のシャープネスが更に向上し、周辺部も大幅に向上した。像面湾曲収差やコマ収差の補正が良くなり、画像周辺部のボケや像の流れが少なくなった。実写においても後継モデルになるほどピント面がシャープで解像感に富み、ピントの山が掴みやすかった。グルグルボケは3本の全てのモデルで確認でき、BIOTAR-3においても全く衰えることなく健在であった。歴代のBIOTARに備わった力強い個性として、今後ますます注目されてゆくことであろう。BIOTARには75mmの焦点距離をもつ姉妹品もあり、こちらのレンズにも強いグルグルボケが発生すると言われている。メルテ博士はグルグルが大好きなのであろうか?
なお、焦点距離58mmのBIOTARの設計は1960年代から生産の続くロシア(旧ソビエト連邦)のHELIOSブランドに受け継がれている。後継となるヘリオス44シリーズはモデルチェンジを繰り返し、何と現在も生産が続いている。HELIOSブランドの初期玉であるHELIOS-44(写真中央)は戦前のBIOTARのデットコピーであるため、今回取り上げた直系の3姉妹に対する傍系の親戚という間柄になる。HELIOSシリーズについては近いうちに本ブログで取り上げてみたい。
左から古いレンズの順にBIOTAR-1(後),BIOTAR-2(前),BIOTAR-3,
HELIOS 44, Helios 44M(前), MC Helios 44-3M(後), MC Helios 44M-6(現行品)
●○●○ 作例: Biotar-1 ○●○●

F2.8 銀塩(Super Premium400) 距離によっては滑らかさを欠いたやや煩いボケになる

F8 銀塩(Kodak Super 400) 逆光にめっぽう弱いとはいえ深く絞れば何とか使える

●○●○ 作例: Biotar-2 ○●○●

F8 digital(NEX-5) 温かみのある味わい深い発色だ
F4 digital(NEX-5) 最短撮影距離では、このくらいの撮影倍率になる


F8 digital(NEX-5)  絞ればしっかりきっちりシャープになるしコントラストも悪くない

●○● 作例: Biotar-3 ●○●

F4 digital(Sony NEX-5) フードを用いて余分な光をきちんとカットすれば、この
とうりにコントラストは悪くない。ピント面はすっきりシャープでピントの山はたい
へん掴みやすいので、必死にがんばれば動きのあるシーンにも対応できそうだ

F8 digital(Sony NEX-5) ピント面はたいへん解像感があり、
近接撮影でも結像に甘さを感じることはない

F4 銀塩(SuperPremium400)

★撮影機材
デジタルカメラ:Sony NEX-5 /銀塩カメラ:Pentax MZ-3
フード: PENTACON hood 49mm径(BIOTAR 2 and 3) /マミヤ二眼レフ用被せ式フード 42mm内径(BIOTAR 1)


 味わい深い温調な発色と豪快なグルグルボケを特徴とするBIOTARは、これからもカメラマン達を喜ばせ悩ませ続けるオールドレンズ界のアイドルと言えよう。3本のBIOTARの中から好きなものを1本を選ぶという選択は実に難しい。小柄で個性的な長女のBIOTAR-1、美しい次女のBIOTAR-2、2人の姉を見て育った秀才な三女のBIOTAR-3。ここまで我慢強く読んでくださった皆さんは、どの一本を選びますか?