おしらせ


2010/08/07

A.Schacht Ulm Edixa-S-TRAVELON-A 50mm/F1.8 (M42)


忽然と現れ僅か22年間で姿を消した
謎のメーカーA.Schacht社の標準レンズ

Travelonの説明書
光学系が記されている
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物が旧西ドイツのミュンヘンに設立した中堅光学機器メーカーだ。同社ついては情報が極めて乏しく、あまり多くのことは伝わっていない。
Schachtは元々、イエナ市のCarlZeissに経営管理者(Betriebsleiter)として在籍していた。1909年、ドイツ経済が不況になりCarl Zeiss財団が傘下のカメラ製造部門Carl Zeiss Palmosbau(カール・ツァイス・パルモスバウ)社を放出すると、パルモスバウは幾つかの中小光学機器メーカーと合併してIca AG社となった。同氏もパルモスバウとともにIca社へと移籍するが、Ica社は1926年にZeiss Ikon社の設立母体となることで再びCarlZeiss財団に吸収され、Schachtも同年から運用マネージャーとしてZeiss Ikonに従事している。同氏はその後、1939年にレンズメーカーのSteinheil社へと移籍し、テクニカル・ディレクターとして1946年まで在籍した。
Schacht自身に経営者として独立する機会が訪れたのは1948年で、ミュンヘンにA.Schacht社を設立しカメラ用レンズの生産を開始した。初期の製品はプリセット絞りで重量感のある真鍮製クロムメッキ仕上げのレンズであり、後にアルミ合金が採用され軽量化がはかられた。会社は1954年代にドナウ地方のウルム市に移転している。1960年代に製造されたゼブラ柄の製品からは絞り機構が自動/手動の切り替え式になっている。対応マウントにはEXAKTA, M42に加え、何とLeica L対応の正式認定を受けている。また、シュナイダー社から生産の委託を受注するなど、技術的に高い評価を得ていたようである。焦点距離は35mmから200mmまで多数のバリエーションが用意されるようになった。中古市場に流通している同社のレンズはこの頃に製造された個体が多く、経営的にはこの頃が最も拡張した時期であったと思われる。レンズの製造は1970年まで続いていたが、1967年に会社はConstantin Rauch screw factory に買収され、その後間もなく、Will Wetzlar社に売却されて姿を消してしまった。
今回入手したのはA.Schacht社が1961年に製造したEdixa-S-Travelon-A(トラベロン)という名のガウス型高速標準レンズである。A.Schacht社が製造したレンズの中では開放絞り値がF1.8と最も明るい製品となる。同社のブランドには他にもテッサー型のTravenarとマクロレンズのM-Travenar, ベローズ用レンズのTravegar, レトロフォーカス型レンズのTravegonなどがある。中でもTravelonは市場に流通する個体数が少なく、M-Travenarと並び同社の製品の中では入手が困難なブランドの一つである。鏡胴の側面には絞り機構の切り替えスイッチがついており、スイッチの動作に連動してマウント面近くの丸枠内の表示がA(オート)とM(マニュアル)に切り替わる。また、絞り冠に連動して被写界深度のゲージ表示が変化するなど、シュナイダーの製品(Edixa-XenonやEdixa-Xenar)を連想させる凝った仕掛けを持っている。


鏡胴側面には絞り機構のMANUAL/AUTO切り替えスイッチがついており、スイッチの動作に連動してマウント面近くの丸枠内の表示がAとMに切り替わる。また、絞り冠に連動して被写界深度のゲージ表示が変化する
重量(実測): 190g, 絞り値: F1.8-F22, 絞り羽根数: 6枚, フィルター径:49mm, 最短撮影距離: 0.5m, レンズ構成: 4群6枚ガウス型,M42-mount, マウント側面にはレリーズ穴が付いている。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である

★入手の経緯
本品は2010年2月14日にポーランドの中古カメラ業者が即決価格120㌦で出品していた。ガラスはmint-コンディションで完全動作品とのこと。95㌦に値切り交渉したところOKが出た。送料が40㌦と高めだったので総額は135㌦となった。ところが届いた品は絞り羽根の開閉に難点のある不良品であり、絞りスイッチをマニュアル側にすると指標よりも一段深く絞られてしまうという欠陥を持っていた。スイッチをオートにすれば絞りは正しく開放状態になってくれるので実用面で問題なかった。ややレアなレンズのため返品後の再入手には時間がかかりそう。直ぐに使ってみたかったので今回は返品せずに引き取ることにした。

★撮影テスト
本レンズの特徴は透明感のあるヌケの良い描写とソフトな結像、素直なボケ味であろう。開放絞りでやや収差を残す無難な設計を採用しており、近接撮影時にはピント面がやや解像力不足になる。また屋外で撮影する時には被写体の周りに薄らとハロ(光の滲み)が発生することがある。2段絞ればどの距離でもスッキリとシャープな結像に変わりハロも消える。逆光に弱く簡単にフレアが発生するという噂を耳にしていたが、今回入手した個体はモノコートレンズ相応の逆光耐性であり、このレンズが特別に弱いという印象は受けなかった。古いレンズなのでコーティングやガラスの状態による個体差があるのかもしれない。日差しの強い日に屋外で使用してみたところ、しっかりハレ切り対策を行っていたためか、コントラストは適度に高く、良好な撮影結果が得られた。アウトフォーカス部の結像は目立った癖もなく概ね良好で、ボケ味は柔らかめだ。距離によっては周辺部の像が僅かに流れることがあるが、こちらも大して気になる程ではない。発色は青に転びクールトーン気味になる傾向がある。大きな欠点のない安定感のあるレンズといえるだろう。以下には銀塩とデジタルカメラによる作例を示す。

銀塩撮影による作例
KODAK GOLD 100 + PENTAX MZ-3 +PENTACON Metal Hood 49mm径

F5.6 銀塩撮影(KODAK GOLD 100): 溶けるような柔らかいボケ味を楽しむことができる。発色はクールトーンであり、青みを帯びる黄色が薄まる傾向がある
上下段ともF5.6  銀塩撮影(KODAK GOLD 100): 快晴の天気だったので深いフードを用いてしっかりとハレ切りをおこなった。強い日差しにもかかわらずコントラストは適度に高く良好な結果が得られた
F16  銀塩撮影(KODAK GOLD 100): こんどは逆光撮影にトライしてみた。内面反射を抑えるために深く絞って撮影した。ゴーストは出たがフレアはそれなりに抑えることができたので暗部は落ち着きを保っている

デジタルカメラでの作例
Sony NEX-5 + HAKUBA RUBBER HOOD + アダプター( M42→EOS and  EOS→NEX E)


F1.8 NEX-5 Digital,AWB:手前の輪にピントを合わせている。開放絞りで近接撮影を行う場合、ピント面の結像はだいぶ甘くなる。ボケ味は柔らかく、素直で扱いやすい
f2.8 NEX-5 Digital,AWB:上の写真の石像の顔の付近を3通りの絞り値で撮影したものが下の写真だ
NEX-5 Digital,AWB:石像の顔の部分の拡大画像。上段から絞り値F1.8, F2.8, F4で撮影した結果となる。絞り解放(F1.8)は結像が甘く、コントラストもやや低下気味だ。石像表面の凹凸部分が白っぽく締まりがない。輪郭部には薄いハロがまとわりついている。絞り込むにつれシャープになりコントラストも向上している。1段絞ったF2.8でもハロは完全には消えていない
F2.4 NEX-5 Digital,AWB: こちらも綺麗なボケ味だ。フィルム撮影では全く気になることはなかったが、デジタルカメラでは被写体の輪郭部に色収差が出ている。古いレンズに最新の受光センサーという組み合わせなので仕方あるまい
F11NEX-5 Digital,AWB: 遠景の撮影結果。これくらい絞っておけば周辺部までシャープだ
F2.8 NEX-5 Digital,AWB: 最短撮影距離(0.5m)ではこれくらいの倍率になる
F3.5 NEX-5 Digital,AWB: この程度の2次光源ならば深く絞り込まなくてもフレアの心配はいらない
F3.5 NEX-5 Digital,AWB:
F3.5 NEX-5 Digital,AWB: 新型デジカメNEX-5にSchneider jsogonを装着しスナップ撮影に行って参ります

1年間使用したEOS kiss x3を売却しSONYの新型ミラーレス一眼NEX-5を入手した。EOSには電子接点が機能しないレンズを使用する場合に露出が大きく暴れるという癖がある。絞り込むほど撮影結果が明るくなってしまうため、露出をマイナス側に補正しなければならなかった。新たに入手したNEX-5にはそのような癖はなく、とても快適だ。ルンルン♪

2010/07/12

Asahi Opt. Fish-eye-TAKUMAR 17mm/F4(M42)


一般撮影に魚眼レンズが使えることを広く認知させた銘玉

魚眼レンズとは180度以上の極めて広い視野角を持つレンズであり、全周(円周)魚眼と対角線魚眼の2種に大別される。このうち全周魚眼とは画面対角線よりもイメージサークル径が小さいレンズのことをいう。上下左右すべての方向で180度以上の画角が得られ、写真に写る画像は円形となる。天体撮影や気象観測、監視カメラ、高山でのパノラマ撮影などで用いられることが多い。これに対し対角線魚眼は画面対角線よりもイメージサークル径が大きいレンズであり、写真に写るのは通常の四角い画像となる。一般撮影にはこちらのタイプの方が向いている。
Fish-eye(魚眼)という言葉が初めて使われたのは米国の物理学者R.W.ウッドによる1911年の著書Physical Optics(物理光学)の一節である。まずウッドは湖面おける光線の屈折について、我々が高校物理で学ぶ屈折の法則を論じている。次にピンホールカメラを水中に設置して造ったFish-eyeカメラと称する実験装置を用いて、魚の視点で水中から眺める水上の景色が180度の視野角をカバーできることを実証、これがFish-eyeという言葉の起源となった。よくある誤解だが、魚眼レンズは魚の目に似せて造ったわけではない。
工業製品として造られた最初の魚眼レンズは英国の光学機器メーカーR & J Beck Ltdが1924年に製造した全周魚眼タイプのHill Sky Lens、写真撮影用としてはニコンが1938年に気象観測のために開発した180度の視野角を持つ全周魚眼レンズが世界初である。ニコンは1962年に一眼レフカメラに搭載できる世界初の全周魚眼レンズFisheye Nikkor 8mm/F8を発売した。この製品はフォーカスリングがついておらず、深い被写界深度を生かしたパンフォーカスでの撮影を前提とする焦点固定式レンズであった。後玉がカメラ側に大きく飛び出しているのでミラーアップの状態で撮影を行うという制約があり、バルブモードで天球撮影を行うなどの特殊用途を想定して造られた。これに対し旭光学(現PENTAX)は一般撮影での用途を想定した対角線魚眼レンズの開発を推し進めた。1962年に同社から発売されたFish-eye-Takumar 17mm/F11はミラーアップなしで撮影できる世界初の対角線魚眼レンズである。このレンズも焦点固定式であったが、同社は5年後にフォーカス機構を持ち開放絞り値を大幅に明るくした後継品を発売した。
今回取り上げるFish-eye-Takumar(フィシュアイ・タクマー)17mm/F4(旭光学、1967年発売)はフォーカスリングを持つ初の魚眼レンズである。一般撮影での用途を想定した製品であり、本品が発売された直後から魚眼レンズによる写真作品が数多く現れるようになった。本品は写真撮影の分野に新しい可能性を切り開いた歴史的な銘玉なのである。
鏡胴は薄くコンパクトでパンケーキレンズ風に造られている。フィルター枠の部分を回転させると内蔵カラーフィルターがリボルバー式に入れ替わるユニークな構造を持っている。180度の対角線画角を持つため、足のつま先から頭上方向まで一枚の写真に一気に写すことができ、何とも気持ちがよい。
TAKUMARブランドは安いというイメージが一般的な認識として定着しているが、本品は珍しいレンズなのでeBayでの中古相場は500㌦もする。国内中古相場は5万円前後であろう。ちなみに後継のSMC(マルチコーティング)版のレンズは本品よりも更に100-200㌦程高値だ。
重量:228g, 画角180度,  最短撮影距離:0.2m, レンズ構成:8群8枚, 絞り羽:5枚, 絞り値:F4-F22, 3種の切替式のフィルター(L39UV/Y48/O56)を内蔵する。本品はフィルムの現像でお世話になっている自宅近くのカメラ店の店員さんにお借りしたレンズだ

TAKUMARというブランド名は旭光学の初代社長・梶原熊雄氏の弟でレンズの開発にあたった梶原琢磨氏の名から来ており、「切磋琢磨」にも通じる所から名付けられた。梶原琢磨氏は技術者であり写真家でもあったが、後に油絵画家に転向している。

★撮影テスト
魚眼レンズは光屈折を利用して人間の目の能力を超えた180°以上の視野角に渡る像を平面状の感光体に射影する。屈折の法則により視野角が深いほど像が圧縮されるため、外周に向かうほど撮影像が樽状に歪む(歪曲収差)。通常の写真撮影用レンズ、特に広角レンズでは歪曲収差が補正され歪みが目立たないようになっているが、魚眼レンズはこの歪曲収差を残している点が特徴である。外周では像が小さく縮み中央部では大きく広がることから、歪みを効果的に取り入れたユニークな作品を造り出すことができる。
Fish-eye-Takumarはガラス面のコーティングが単層であるうえにフードをつけてハレ切りをおこなうことができない。そのため逆光にはめっぽう弱く、視野角内に太陽光源の侵入を許すとゴーストやフレアが盛大に発生する。屋外で本品を使用する際には充分に気を付けなければならない。最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影にはなかなか強い。犬や猫などの顔をアップで撮影する最近流行の構図にも取り組めそうだ。
 

F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): たまに使用するとスカッと開放感のようなものを感じてしまうレンズだ。画像端部では像の歪みが大きく、建物がバナナのように曲がってしまうのが面白い。右下の女の子のあたりにゴーストが盛大に発生している。レンズにはフードがつけられないので太陽光源には注意を払いたい

F4 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): 被写界深度の極めて深いレンズとはいえ、近接撮影ではこのとおりにしっかりボケてくれる、ボケ味は悪くない。最短撮影距離まではもう少し寄れるが、これ以上寄ると前玉を爪で引っかかれそうなのでやめておいた
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): なぜかこのレンズを用いると縦の構図が多くなってしまう。このレンズのオーナーの方も同じような事を言っていた

★内蔵されているオレンジフィルターを使って遊ぶ
本来はモノクロ撮影でコントラストを向上させるために用いられるカラーフィルターだが、せっかく内蔵されているので、あえてカラー撮影で使ってみても面白い。レトロな雰囲気を演出したり、ちょっと非現実的な作風にしてみたりと、使い方によってはなかなか良い効果を生む。
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): こちらは太陽光を積極的に導入した作例だ。左下にゴーストが発生しているが、オレンジフィルターを用いた作例ではあまり目立たなくなっている
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): こちらはオレンジフィルタを用いて撮影し、後でカラーバランスを調整して仕上げた。金属の光沢感がとてもいい雰囲気になった

★撮影機材
PENTAX MZ-3 + 旭光学 Fish-eye-Takumar 17mm/F4 + FujiColor ネガ(Reala ACE 100)