おしらせ


2010/07/03

シュナイダーとイスコ 第5弾:Isco-Göttingen WESTRON 35mm/F2.8(M42) ウエストロン

ISCO Westron 35/.2.8(左手前)とCZJ Flektogon 35/2.8(右奥)

Carl Zeiss Jenaをライバル視した
WESTシリーズの広角レンズ
 1960年代初頭は東独のCarl Zeiss Jena(CZJ)社がスター軍団(FLEKTOGON / PANCOLOR / SONNAR)を揃え、技術力とブランド力において世界最高の光学機器メーカーとして君臨していた。ライバルとなるシュナイダーグループ傘下のISCO社は大胆にも東独スター軍団に良く似た名称で、安くて良く写る対抗商品(Auto WESTシリーズ)を発売し、王者Zeiss Jenaに挑んだのである。WESTシリーズの構成とスター軍団の製品の対応関係は下記のようになっている。

広角レンズ 
ISCO: WESTROGON 24mm, WESTRON 35mm
CZJ:   FLEKTOGON 20/25/35mm

標準レンズ
ISCO:   WESTROCOLOR 50mm/F1.9
CZJ:      PANCOLOR 50mm/F1.8

望遠レンズ 
ISCO:   WESTANAR 135mm/F4
CZJ:     SONNAR 135mm/F4

 WESTシリーズを世に送り出すことはISCOにとって大きな賭けであったに違いない。西独製であることを明示したWESTの名で西ドイツ国民のハートをガッチリ掴むか、さもなくば模倣品を造るダサいメーカーとしてブランド力を失墜させる事になるからだ。


Westron 35/2.8(左)と姉妹品のWestrocolor 50/1.9(右)。両者のデザインは良く似ている。AUTO WESTシリーズのレンズはどれも鏡胴が太く、フィルター径は54mmとこのクラスにしてはかなり大きめだ

 今回取り上げるのはISCOが1960年代初頭に発売したWESTシリーズの広角レンズ、WESTRON 35mm/F2.8である。同じ焦点距離を持つCZJ社のFLEKTOGON 35mmをライバルに見据えた製品だ。マニュアル・フォーカス・フォーラムという海外のマニア専門の掲示板への書き込みによると、当時のWESTRONの製造コストはFLEKTOGON 35mmの1/4程度だったという。この製造コストでFLEKTOGONの性能にどこまで迫るのか、描写の差異にも興味が湧く。

フィルター径:54mm, 最短撮影距離:0.33m, 絞り値:F2.8-F16, 焦点距離35mm, 重量(実測):252g,絞り羽根の枚数:12枚。M42とEXAKTAの2種のマウントに対応している

★入手の経緯
 本品は2009年10月にeBayにてチェコの業者が即決価格179㌦で出品していたものであり、値切り交渉により150㌦(13500円)で手に入れた。送料32㌦込みの総額は16000円程度であった。この出品者はレアなアイテムを大量に取り扱っている写真用レンズを専門とする業者だ。eBayでの成績は667件の取引でポジティブ評価が100%と優秀である。どの商品に対しても「クリーンな光学系、スムーズな(フォーカスリングの)ローテーション」が紹介文句である。商品に対する大きくハッキリとした写真を提示してくれるので、光学系の状態と外観については安心できる。商品は落札10日後に届いていたが、旅行中であったため商品を開封したのはそれから2週間後となった。開けてみるとフォーカスリングの回転がカッチンコッチンに硬く片手では回らない。返品規定にあった期限をとっくに過ぎていたので、やむを得ず所持することになった。これも何かの縁であろうと自分を慰め、ドイツカメラ専門店でオーバーホールしてもらった。
 本品の海外(eBay)での中古相場は200㌦程度(過去3件の事例)で、何と今となってはフレクトゴン35とほぼ同じ価格である。国内では流通量が少なく相場はよくわからないが、銀座のL社では過去に22000円で売られていたのを憶えている。中古市場での流通量から言えば、本品はややレアなレンズと言える。ブランド力の低い製品のため発売当時は全く売れなかったのだろう。それが希少価値を高める原因になり、製造から半世紀が経った今、ライバルと肩を並べるほどの価格で取引されているのである。

★撮影テスト
 WESTRONの持ち味は柔らかい結像と開放絞りでのしっとり感、滑らかで美しいボケ味であり、前回のブログエントリーで扱ったWESTROCOLORの傾向に良く似ている。球面収差をきっちり補正するのではなく、適度に残すことでフワッと柔らかい結像を狙っている。開放絞りではフレアやハロが発生しやすく、暗部がやや浮き気味になり、被写体表面の小さな凹凸にメリハリがなくなる。ただし、拡大表示でもしない限り解像力の低下は気になるレベルではないし、ピントの芯もしっかり出ている。良い方向に評価すれば、軟調でしっとり感のある描写を楽しむことのできる個性豊かなレンズである。一段絞ればコントラストは向上し、カリッと硬質で鋭い描写に変化する。アウトフォーカス部の結像はどのような撮影距離においても穏やかで安定している。2線ボケやグルグルボケなどのボケ癖は出ない。優れたボケ味で勝負するレンズと言えるだろう。

F2.8 DIGITAL(EOS kiss x3): 絞り開放ではコントラストが低下し、タマネギ表面の凹凸の解像がやや甘くなる。しかし、気になる程甘いわけではなく、拡大表示でもしない限りはこれで充分だ
 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 2段も絞ればバリッと硬質化し、細部まで解像感のある描写だ
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 背景の建物の柱がフワッと柔らかくボケている
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): ボケ味は柔らかいうえに滑らかなので、大変綺麗である。ボケ癖はなく、アウトフォーカス部はどのような距離においても穏やかで素直だ
 
F2.8 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 屋根の瓦のしっとり感を開放絞りで上手に引き出してみた。コントラストの高いレンズでは瓦がコンクリートのように乾いた質感になってしまうことがよくある
F5.6 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): フードを装着していても晴天下ではフレアが豪快に出る 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 最短撮影距離だと、このくらいの倍率になる


フレクトゴン35との描写の比較
「お前は誰だ! ・・・お前こそ誰だ!!」
WESTRONとFLEKTOGONのピント面におけるシャープネスとボケ味を近距離と中距離における撮影結果で比較した。
 下の作例は開放絞りF2.8と、そこから1段絞ったF4における中距離撮影の結果である。バスの正面の丸いライトの辺りにピントを合わせている。レンズの個性が最も良く出る開放絞り(F2.8)において、両者の描写は全く異質であることがわかる。WESTRONはしっとり柔らかいのに対し、FLEKTOGONは絞り開放からバリッとシャープで、バスの表面の凹凸をキッチリ解像している。コントラストはFLEKTOGONの方が高く、暗部が落ち着いて階調表現に締まりがある。
F2.8  銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 左側かWESTRONで右側がFLEKTOGONによる撮影結果
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 両レンズともシャープネスとコントラストが向上している

 1段絞ったF4ではWESTRONの画像のコントラストが急激に高くなっている。中央部ピント面における両レンズの解像力は僅差だ。画像端部(例えばバスの屋根の付近)の結像はFLEKTOGONの方が、まだだいぶシャープである。WESTRONによる結果には像面湾曲収差が出ているのかもしれない。
 次にボケが大きくなる近接撮影において、絞り開放(F2.8)にける両レンズのボケ味とピント面のシャープネスを比較した。下の写真の①でピント面のシャープネスを比較し、②の部分でボケ味を比較している。

DIGITAL(EOS kiss x3): 開放絞り(F2.8)にて近距離を撮影した。図の①と②の箇所について、両レンズの描写を比較した結果が以下の画像だ

DIGITAL(EOS kiss x3): ①の拡大図。開放絞りでWESTRONの結果にはフレアが発生し、暗部が明るく浮き上がっている。フレクトゴンの方がコントラストが高く、締まりのある結果が得られていることがわかる


DIGITAL(EOS kiss x3): ②の拡大図。両レンズとも素直で自然なボケ味である。背景の木に注目すると、WESTRONの方がボケ味が柔らかく滑らかであることがわかる。シャープなレンズほどボケ味が硬いというセオリーどうりの結果なので、驚くことではない

以上、WESTRONとFLEKTOGONのボケ味と解像力について描写を比較した。両レンズは性質が違いすぎるため、優劣をつける事はできないが、アウトフォーカス部の美しさとしっとり感を優先するならばWESTRON、シャープでハイコントラストな描写を優先するならばFLEKTOGONを選びたい。


★撮影機材
Pentax MZ-3 / EOS Kiss x3 + ISCO WESTRON 35mm/F2.8 + Steinheil Metal hood(filter size:54mm)



 ISCOを含むシュナイダー・グループのレンズを取り上げ、今回が5本目となった。5本のレンズに共通する性質は柔らかいボケ味であり、どのレンズもアウトフォーカス部の結像がフワッと大きく滲んで見えた。この性質をベースにシュナイダー・クロイツナッハのXenonとCurtagonはコントラストを向上させピント面の解像力を高めたチューニングになっている。一方、ISCOの2本のレンズはボケ味の滑らかさに力を入れているようだ。どのレンズも個性的で優れた描写力を備えている。

2010/06/17

シュナイダーとイスコ 第4弾: Isco-Göttingen WESTROCOLOR 50/1.9 (M42) ウエストロカラー


庶民の味方ISCOのレンズは
安くて良く写るドイツ版タクマーでございます 

 シュナイダー・クロイツナッハ社は傘下にIsco-Göttingen(イスコ・ゲッチンゲン)という名の子会社を持つ。ISCOという社名はシュナイダーの創設者の名を含むIoseph Schneider CO.の頭文字から来ており、親会社とどういう関係にあったのか興味が絶えない。創業は第2次世界大戦前の1936年であり、ナチスドイツ政府によってシュナイダー社から分社化され、ドイツ・ゲッチンゲン市を拠点にスタートした。大戦中は航空撮影用レンズの製造を手がけおり、政府によってクロイツナッハ市の親会社から移動を命じられてやって来たA.W.トロニエの設計・指揮のもと45000個の航空写真用レンズ(ウルトロンタイプとクセナータイプ)を製造したと言われている。
ISCOとSchneiderの双方から開放F値や焦点距離のダブる同一仕様の製品が数多く発売されており、Schneiderが高級レンズ、ISCOが廉価製品を製造するという役割分担の企業イメージが一般的な認識として定着している。たしかにISCOのレンズはどれも安い(ISCORAMAだけは別格)。しかし、設計が全く異なるものばかりであり、廉価版というよりは関連の無い別のブランド製品を作っていたというのが実態に思える。
 今回取り上げる1本はISCOが1960年代前半に製造したWESTROCOLOR 50mm/F1.9という名のガウス型高速標準レンズだ。レンズの名称から本品は明らかにカール・ツァイス・イエナの高速標準レンズであるPANCOLOR 50mmを意識した製品である。ちなみに、同じ時期に発売された姉妹品(ゼブラ柄のAUTO WESTシリーズ)には超広角のWESTROGON 24mm/F4、広角のWESTRON 35mm/F2.8、望遠のTELE-WESTANAR 135mm/F3.5などがあり、これらも当時のツァイス・イエナが製造していたFLEKTOGONやSONNARのレンズ名の一部を真似た名である事がわかる。要するにISCO WESTシリーズは東独スター軍団に対する対抗商品なのである。なお、対応マウントはM42とEXAKTAの2種が用意されている。親会社のシュナイダーから類似製品(Xenon 50mm/F1.9)が出ており、本品との性質の差異に興味が湧く。

フィルター径:54mm, 絞り値;F1.9-F22 /焦点距離:50mm, 最短撮影距離:0.5m, 重量(実測):226g, 光学系の構成は4群6枚のガウス型, 絞り羽根の枚数:12
 
★入手の経緯
 本品は2010年3月1日にeBayを介してギリシャの有名・優良業者still22から購入した。商品の状態はエクセレントであり、「レンズのエレメントはすべてクリアー。絞りリングとフォーカスリングはともにスムーズで精確に動作する。鏡胴には使用感がある」とのこと。このレンズはISCOの中でも珍しいタイプであり中古市場にはあまり出回っていない。過去に出品された時には200㌦付近まで値が上がった。150㌦を投入し入札したところ何と88㌦(約8000円)で呆気なく落札してしまった。送料込みでも10000円程度だ。一体、どうしたのだろうか。有名なstill22の品なので商品の品質に大きな外れはない。届いた商品はやや羽根にオイルがまわっていたが、羽根の開閉はスムーズで支障はなく、他の部分は解説のとうりであった。

★撮影テスト
 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストは低下気味になるものの、しっとりとした描写が楽しめる。シュナイダーの製品に良く似てボケ味が柔らかく色ノリがよい。中でも青や緑が鮮やかでとても綺麗である。絞り羽根の枚数が12枚もあり、開口部はどのような絞り値でも真円に近い形になるので綺麗なボケとなる。グルグルボケや2線ボケは出ず、どのような距離においても穏やかで素直なボケ味であることが本品の特徴だ。1~2段絞ればコントラストば向上し、結像はスッキリとシャープになる。以下作例。

F1.9 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストも僅かに低下気味だがしっとりとしたいい雰囲気が出ている。発色はとても鮮やで安価なレンズとは思えないいい描写だ。レンズ専門のメーカーというだけのことはある
F4 2段絞ればカリッとシャープになりコントラストも向上する
F4 ボケ味がフワッと柔らかいところはシュナイダーのクセノンに良く似ているが、グルグルと流れることはなく素直で穏やかなところがクセノンとは異なる。質の高いボケ味と言える
F5.6 ややフレアが出てしまったが、絞ってしまえばコントラストは高く、階調表現もなだらかで良く写るレンズだ

F5.6 良い味出してる椅子を発見!と、ここでコントラストの高いシビアな撮影条件を試してみた。やや白飛び気味となった

★上位のモデルにあたるSchneider-Kreutznach Xenon 50/1.8との描写の比較
 WestrocolorとXenonはともに焦点距離が50mmで開放絞りがF1.9、光学系は4群6枚のガウス型レンズだ。同じシュナイダーグループから同一仕様のレンズを2本も出す必要が何故あったのか?両レンズを揃えたので、これを機に差異を調べてみた。

Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)。Xenonの方が一回り小さい

XenonとWestrocolorを比べると後玉のサイズはWestrocolorの方が若干大きく、Xenonの方がやや画角が広い。世にある多くのレンズは表示よりも焦点距離が僅かに長く製造されているのに対し、Xenonの焦点距離は厳密に50mmなのだと思われる。このあたりはライカと関係の深いシュナイダーならではの仕様といえる。厳密な焦点距離を持つライカのレンズに基準を合わせているということであろう。このようにXenonとWestrocolorは設計が異なるため、上位版/廉価版という関係の製品ではなく、全く別の製品のようである。
撮影結果の比較からはXenonのほうが開放絞りでコントラストやシャープネスが高くカリカリとした描写になることがわかる。対するWestrocolorは開放絞りでの描写がやや甘く、コントラストも低めのしっとりした描写だ。一段絞ればXenonとの差はなくなり、スッキリとシャープでコントラストも向上する。ボケ味は両レンズとも柔らかいが、Xenonの方がクセが強くザワザワと煩くなったりグルグル流れることがあった。

左はXenonで右はWESTROCOLOR。双方とも開放絞りF1.9で撮影した。Xenonは開放絞りでもコントラストの低下は少ない。対するWestrocolorは少し白っぽくなっている。ヌイグルミの右側の樹木を比較すると、左側のXenonはザワザワと煩いのに対し、右側のWestrocolorは穏やかだ。三脚をたてて撮影したので気付いたのだがXenonの方が少し画角が広い

ピント面の拡大写真。双方とも開放絞りF1.9での撮影結果だ。Xenonの方が解像感があるのに対しWestrocolorは結像がやや甘い
Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)のボケ味の比較。双方ともF1.9にて撮影した。Xenonは背景の結像がグルグルと流れている様子がわかる。Westrocolorの方が周辺部まで均質で素直なボケ味のようだ

 シャープで高コントラストなXenon、ボケ味の優れたWestrocolorという描写面での差異がよくわかった。

★撮影機材
EOS Kiss x3 + WESTROCOLOR + Steinheil metal hood (54mm特殊径)


 フィルター径が54mmと特殊なのには困った。このレンズは高級ブランドというわけではないし、純正フィルターやフードがあるわけでもない。何か理由でもあるのだろうか?偶然に手元にあったシュタインハイルのMACROシリーズの純正フードが54mm径に対応する品なので代用してみたところ・・・あんれまぁ、ピッタリお似合いですこと。