おしらせ


2010/05/15

シュナイダーとイスコ 第1弾: Schneider-Kreuznach Curtagon 35mm f2.8 (M42) クルタゴン

ゴールドカラーの鏡胴と柔らかいボケ味が魅力
名門シュナイダーの高性能な広角レンズ
 
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シュナイダー・クロイツナッハ(現シュナイダー・オプティック)はJoseph Schneider が1913年にドイツのバートクロイツナッハ市にて創業した光学機器メーカーだ。ブランド力は高く、ライカやツアイスと並ぶ超一流企業である。ライカやツァイスが長い間ハイアマ向けの製品を主軸に置いてきたのに対し、シュナイダーは中・大判レンズ、シネマ用レンズ、産業用、航空写真用レンズなど高品位なプロ向けの製品を得意としてきた。NASAのスペースシャトル・アトランティスの船外活動用のモニターレンズも同社が供給しており、ハッブル宇宙望遠鏡を修理する船外活動でも活躍した。
シュナイダーはかつて35mm版カメラにも多くのレンズを供給していた。コダックレチナシリーズのデッケルマウント用レンズやライカL/M/R、M42、EXAKTA、ALPA、ローライの各シリーズなど対応マウントは多岐にわたっていた。現在は大判レンズと、KodakやLG電子のデジタルカメラ向け商品に小型レンズをOEM供給しているのみである。LG電子が発売している最近の携帯電話にはSchneider-Kreuznachと銘記された超小型レンズが搭載されており、オールドレンズファンにはたまらない魅力だ。
現在、 同社の傘下にはレンズメーカーのイスコ(ドイツ・ゲッティンゲン)、プラクティカ(イギリス・ロンドン)、ドイツ統一時に苦境に陥っていたペンタコン(ドイツ・ドレスデン)などがあり、グループ全体の従業員数は世界全体で650人(うちドイツ国内は345人)とのことだ。
今回入手したのはシュナイダー・クロイツナッハが1966年から67年頃に製造した広角レンズのCURTAGON(クルタゴン)35mm/F2.8である。シュナイダーの広角レンズといえば、何と言ってもライカのレンジファインダーカメラ用に供給された対称型の光学系を持つANGULON(アンギュロン)が有名である。対する本品は一眼レフカメラ用に製造されているのでバックフォーカスを稼ぐ関係からレトロフォーカス型の光学系である。同じ35mm/F2.8の他社製品よりも一回り以上コンパクトに造られているのが特徴であるが重量は他社製品と同程度なので、手にするとズシリと重く詰まっているなという印象をうける。ブランド名の由来はラテン語のCURTO(短くする)とギリシャ語系接尾語のGON(角)であり、いかにも広角レンズっぽい名だ。CURTAGONには本品の他に28mm/F4の製品と35mm/F4のシフトレンズPA-CURTAGONが存在する。マウント部付近が合皮で装飾されているなどデザインに高級感がある。カラーバリエーションはブラックと真鍮ゴールドの2種が用意されている他、EDIXA向けに製造されたゼブラ柄のEDIXA-CURTAGONもある。ブラックやゼブラのクルタゴンはeBayでもよく見かけるが、ゴールドの個体は大変珍しい。ソニーα330のブラウン系ボディつければ、さぞかし似合うだろう。
CURTAGONブランドは1980年代前半まで生産が続いていた。最後の製品はこれまたコンパクトな鏡胴を持つC-CURTAGONという名であり、28mmと35mmの2種の焦点距離が用意されていた。M42マウントのシュナイダー製品については、シュナイダーのホームページのこちらから当時の製品カタログを参照できる。カタログのCurtagonは5群5枚構成だが、今回紹介するCurtagonは6群6枚の設計となっている。
焦点距離35mm, 絞り値:F2.8-F22, 最短撮影距離: 30cm, フィルター径:49mm,  光学系の構成枚数は6群6枚, 光学系のUV吸収率:80%。ガラス表面のコーティング色は無色透明。EOS 5Dで使用する場合にはミラーへの干渉が起こるようだ。PENTAXのMZ-3ではミラーへの干渉はなかった。シュナイダーのシリアル番号票によると、本品は1966年から67年頃に製造されたことになっている

★入手の経緯
本品は2010年3月にeBayを介してポーランドの大手中古カメラ業者が160㌦の即決価格を設けて出品していた。この業者はレアな商品を含む多数の在庫を扱うが、品質管理にはかなり問題がある。商品に対する説明文は数行程度と簡素であり、いつも"Glass Condition Mint- .Cosmetic see picture"が決まり文句だ。eBayをよくご存知の方は大体察しがつくだろうが、商品解説の下の段に赤い文字で税関の情報をグダグダと記す業者だ。全商品に即決価格を設け、値切り交渉を受け付けてくれる販売形態はうれしいが、過去にクモリ玉のフレクトゴン初期玉や、ガラス内の清掃が必要なスコパレックスをMINT-との商品解説で買わされた。他にもヘリコイドにガタのあるトラベナーを買わされたり、商品解説どうりにフードやキャップが付いてこない事もあった。今までの取引成績は2勝5敗(5敗中3回は返品)と酷いが、私は返品覚悟で懲りずに取引を続けている。ハズレ商品を引いてしまった場合には即返品せずに、数日の間レンズの試し撮りを楽しませてもらうというわけだ。返品の場合、ポーランドまでの返送料は落札者が支払うという取引規定になっているので2000円程の損害は発生するが、レンズのレンタル代だと思えば安いものだ。
本品は出品時に値切り交渉を受け付けていたので、業者に対して日本までの送料40㌦分の値引きを提案したところOKの返事をもらった。送料込みの総額は160㌦(約14500円)である。商品の解説は光学系の状態がMINT-(新品に近い状態)とあり、それ以外に不具合等の解説は無かった。ところが届いた品はヘリコイドリングにややガタのある難あり品。返品しようかどうか迷ったが、今回の品は限定カラーのレアなレンズなので、どうしても手に入れたい気持ちが強かった。実用的には何ら問題が無い品なので、将来の定期メンテ時に緩みを修理してもらうことに決め、クレームは出さずに引き取った。


★テスト撮影
本レンズの特徴は柔らかいボケ味、クールトーン調の発色、透明感のある抜けの良い描写だろう。独特な清涼感のある青の発色(シュナイダー・ブルー)がこのレンズの個性となている。どんな条件下でも描写力が安定している素晴らしいレンズだ。ピント面のシャープネスはずば抜けて高いというわけではないが、この柔らかさにしてこれだけ解像力があれば充分高性能なレンズといえる。フードをつけ、しっかりハレ切り対策をしておけば、コントラストは適度に高く良好な撮影結果が得られる。ただし、逆光撮影時では暗部の階調表現に粘りがなく、ストンと黒潰れしてしまうことがしばしばある。また、緑の階調変化が不連続で、照度の高い場所で白とびのような粘りの無さが目立つ。シャドー部がやや青みがかることがあるようだ。
F2.8(EOS kiss x3) 色は鮮やかにしっかりと出てくれる。背景のボケ味がフワッと柔らかい
F4(銀塩Kodak GOLD100) 中遠景のボケ味は溶けるようで美しく、どこか印象派の絵画のように見えるところが面白い。コントラストは良好。結像は良く整っており端部でも流れるようなことはない。緑の発色はシュナイダーらしく、清涼感が溢れ出ている。衣服の発色が青に転んでいる

F2.8(銀塩Fujicolor S400) シャドー部が青みがるのはこのレンズを含めシュナイダー系レンズによくある発色傾向だ。緑の階調変化が不連続なのも同様
F2.8(EOS kiss x3) 開放絞りで近接撮影という厳しい条件でも、このように実用的なシャープネスを保っている
F4(銀塩:GOLD100) こちらは一段絞った撮影結果で、人物の手先あたりにピントを合わせている。ピント面の中央部は鋭くシャープだ

F5.6(銀塩Fuji Super PREMIUM400) こちらは逆光でコントラストの高い更にシビアな撮影条件だ。ややフレアが発生しているが許容範囲である。セオリーどうりにマイナス補正で撮影した。暗部がストンと黒潰れし諧調変化がなだらかではない。逆光時の諧調表現にはもう一粘り欲しいところだ
F4(銀塩Fuji Super PREMIUM400) 緑の階調変化が不連続で、日光が当たる部分が病的な黄緑色に変色する
上下段ともF4(EOS kiss x3) アウトフォーカス部にわざとガサガサした被写体を入れてみたがボケ味が柔らかいので目障りな結果にはならない
F5.6(EOS kiss x3) 最短撮影距離ではこれくらいの倍率になる

F5.6(EOS kiss x3) 鮮やかな発色と柔らかいボケ味、ヌケの良さを堪能した。

クルタゴンは癖がなく安定した描写力と柔らかいボケ味、適度に高いコントラストを持つ優れたレンズである。とても気に入った。

★撮影機材
銀塩:PENTAX MZ-3 +Schneider CURTAGON 35/2.8 + ハクバ ラバーフード + Kodak GOLD 100/Fujifilm Super Premium 400
デジタル: EOS Kiss x3 +Schneider CURTAGON 35/2.8 + PENTACON METAL HOOD(50mm用)



この時代の交換レンズのカラーはカメラ本体の配色に合わるのが常識で、例えばエディクサやエキザクタ用のレンズにはブラック基調のデザインやゼブラ、コダック・レチナならばシルバー基調が好まれた。本品のようなゴールド・カラーの交換レンズは革新的であったに違いない。しかし、中古市場における流通品の少なさから察するに、あまり売れなかったようである。最近のデジタル一眼レフカメラはカラーバリエーションが豊富になり、カジュアルで型破りなデザインのものが増えてきた。シュナイダー・クルタゴンのゴールドカラー版は、これからますます活躍する機会が増えそうで頼もしい。

2010/04/22

KMZ INDUSTAR 50 (M39/M42) & INDUSTAR 50-2 (M42)


ソビエト連邦の白い鷲と黒い鷲
KMZ Industar 50 and 50-2 50mm F3.5  Rev.2
インダスター50(50-2)は1950年代後半から90年代初頭にかけて、ロシアが旧ソビエト連邦時代にモスクワ近郊のKMZ(クラスノゴルスク機械工場)で製造した50mm/F3.5のパンケーキ型標準レンズである。通称「鷲(わし)の目」とも呼ばれるシャープでキビキビとした描写で有名なカールツァイスのテッサーを手本に造られた(下図)。レンズを設計したのはKMZのM.D. Maltsevという人物で、彼は有名なJupiterシリーズを設計したことでも知られている。開放からフレアのないスッキリとした描写で、赤や黄など暖色系の発色が良いと評判である。
インダスター50には初期型ZENIT(M39マウント)用の交換レンズとして1960年代に製造されたアルミ鏡胴のモデル(前期シルバーモデル)と、70年代初頭からM42マウントカメラ用に製造されたモデル(後期ブラックモデル)が存在する。両モデルの設計面や描写面での差異は明らかにされてはいないが、コーティング色が異なるため、描写面で僅かな差があると考えられる。インダスター50シリーズはパンケーキ型と呼ばれる薄型レンズのパイオニア的な存在で、価格も安いことから、今でもたいへん人気のある製品だ。
INDUSTAR 50-2の構成図。A. F. Yakovlev Catalog The objectives: photographic, movie, projection, reproduction, for the magnifying apparatuses, Vol. 1, 1970からのトレーススケッチ。設計構成は3群4枚のテッサー型である
前期シルバーモデルと後期ブラックモデルは鏡胴の形状が若干異なり、シルバーモデルの方が手間のかかった凝った造りになっている。下の写真を見てほしい。シルバーモデルの方はヘリコイドリング上の絞り値が記された場所が傾斜になっており、カメラマンが上から覗きこんで視認しやすいよう工夫されている。ところが、後期のブラックモデルでは生産性の向上が優先されたのか、この部分が平らになり、絞り値の確認が不便になってしまった。各指標もシルバーモデルでは刻印だったものがブラックモデルでは単なるペイントに変更されている。
INDUSTAR 50(左)/50-2(右), 重量:65g / 67g, 最短撮影距離: 両者とも65cm, 絞り値: F3.5-F16, 光学系は3群4枚のテッサータイプ, フィルター径:33mm/ 35.5mm(一部33mmあり), シルバーモデルはZenit M39マウント用でブラックモデルはM42マウント用である






M42-M39アダプターリングを装着するところ。このリングはeBayやヤフオクで入手できる
前期シルバーモデルは初期型Zenitの採用したM39スクリューマウントに対応する製品のため、現代のカメラで使用するにはM42-M39ステップアップリングを使用しM42マウントに変換する必要がある(上の写真参照)。変換用のステップアップリングはeBayやヤフオクなどで購入できる
 
海外相場
本品はeBayでロシアやウクライナの業者が大量に売りさばいている。ヤフオクでも常時取引されている。価格はシルバーモデルもブラックモデルも送料込みで30㌦前後である。前玉に傷の入った個体が多いので、商品解説にMINTやNEWと記されているものを選び、フロントキャップやケースが付いているものを購入するのがよい。ただし、シルバーモデルで状態のよい個体はなかなか見つからない。モスコーフォト(こちら)がブラックモデルの新品を28ドル(送料別)で販売している。

撮影テスト
値段は安くコンパクトなレンズだが、設計はテッサータイプなので侮れない。開放からスッキリとヌケがよく透明感のある写りで、ピント部の像も四隅まで端正、スナップ撮影にとてもよいレンズだ。背後のボケは近接域で僅かにグルグルすることがあるが、概ね安定している。順光ではとてもシャープに写るものの、前玉が飛び出ているためか、逆光になるとコントラストが急激に落ち発色も淡くなる。フードの装着は必須であろう。解像力はテッサータイプ相応で可もなく不可もなくといったところだ。こんなにチープでコンパクトなレンズなのに、シッカリと写るのは素晴らしい。ただし、絞りリングを回すと一緒にピントリングが回ってしまう構造的な難点を抱えている。
Black moder @ F3.5(開放) Sony A7(WB:晴天) 開放からとてもシャープに写るレンズだ
Black moder @  F3.5(開放) Sony A7(WB:Auto) 開放でもフレアは全く見られず、ボケにも安定感がある。よく写るレンズだ


Black moder @  F5.6 Sony A7(WB:曇天) 



Black moder @ F5.6 Sony A7(WB; 日陰)

Silver model  @F3.5(開放) Sony A7(WB:日陰)

Black model @Sony A7(WB:晴天)

Silver model @F5.6 Sony A7(WB:曇天)

Black moder F5.6 Sony A7(WB:晴天)

Black moder @  Sony A7(WB:晴天)










両モデルのコーティングの比較
前群ユニットと後群ユニットを鏡胴から取り外し、前期シルバーモデルと後期ブラックモデルの差異を比較観察してみた。はじめに各レンズユニットの厚みをノギスで測り比較したが、両者に差は見出せなかった。次に各ユニットのガラス面に蒸着されているコーティングを観察してみた。両レンズともガラス面に施されているのは単層コーティングである。
前列が後群ユニットで後列が前群ユニット。鏡胴から取り外すだけなら光学系をばらす必要はない

前群ユニットの比較。上がシルバーモデル、下がブラックモデルのもの
まずはじめに前群ユニットに施されたコーティングに光を当てるとシルバーモデルのコーティングは第1エレメントがマゼンダ色、第2エレメントはアンバー色に輝いている。対するブラックモデルでは両エレメントともマゼンダ色に輝いている。インダスター50シリーズが前期シルバーモデルから後期ブラックモデルに移行した際の最大の改良点は、ガラス面のコーティングであったことがわかる。コーティングのみならず、硝子硝材にも変更があったものと考えられる。続いて後群ユニットのコーティングを比較してみたが、シルバーモデルのコーティングは薄いアンバー色、もしくはノンコートであるのに対しブラックモデルにはマゼンダ色のコーティングが施されていることがわかった。コーティングの差異はレンズの描写傾向、とくに色味に多少なりとも差異をもたらすと考えられる。

描写の比較
晴天時に屋外にて両レンズを同一条件で使用し、撮影結果を比較してみた。両レンズの描写には顕著な差が表れ、ブラックモデルの方がコントラストが高く、暗部に締りがあることが分かった。改良されたコーティングの効果であろう。発色はシルバーモデルの方が赤みが強くなる傾向がある。
F3.5 シルバーモデル(左)/ ブラックモデル(右): 金属の柱の暗部に注目するとブラックタイプのほうが僅かにコントラストが高くメリハリがある
F4 シルバーモデル(上)/ ブラックモデル(下): シルバーモデルの方が赤みが強くなる傾向がある。コーティング色の違いによる差なのであろうか?なお、両タイプとも下段の写真のように距離によってはグルグルボケが出やすくなる