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2023/10/13

CANON 25mm F3.5 (Leica L mount)

もう、ただの妄想でしかありませんが、世に知られている多くのレンズ構成は、元を辿ればもっとプリミティブな原型から生まれた派生であり、既に球や平面といったシンプルな形態から遠く離れてしまっているのに対し、このレンズはまだその近くに留まっていて、根源的な性質から来る何か特別な力を色濃く残しているのではないかと期待してしまうのです。ただの片思いなのかもしれませんが、このレンズに対する私の最初の興味を本音でぶちまけるとそうなります。球や平面に近い形態を持つこのレンズには、一体どんな仕掛けが備わっているのでしょう。下の図を見てください。極めて特異な構成形態であることは誰の目にも明らかです。

Canon 25mm F3.5の構成図:キャノンミュージアム[1]に掲載されている構成図からのトレーススケッチ(見取り図)で、左が被写体側で右がカメラの側となっています

独特な構成形態を持つ唯一無二のレンズ

CANON 25mm F3.5 (Leica L mount) 

同じ屈折力のレンズを絞りを挟んで対称に配置する設計構成には、パワーを分散させ個々の屈折面の曲率を緩めることで収差の発生を抑える効果と、対称に配置した前後群のレンズで収差を相殺させる効果があります[2]。後者の効果は広角レンズの設計にたいへん有効で、前群で発生したコマ収差、歪曲収差、倍率色収差に対し、後群からの逆方向の収差をぶつけゼロにキャンセルさせる事ができるため、コンピュータ設計の無い時代には広角レンズの主要な設計法でした[2,3]。この種のアプローチで生み出された代表的なレンズがカール・ツァイス社のロベルト・リヒターの設計によるトポゴン(1933年に設計)で、極めて優れた画角特性を持つため100°もの広い画角をカバーすることができました[4]。当初のトポゴンは口径比がF6.3でしたが、戦後に普及した新種ガラスを用いて更に明るく、収差的にも優れたレンズが作れるようになり、1940年代後半にはコンタックス用TOPOGON 25mm F4が登場, 1953年には日本光学からも全く同一構成のNikon SW-Nikkor 2.5cm F4が登場しています。

今回ご紹介するレンズは1956年にCanonから発売された変形トポゴンタイプの広角レンズで、設計は1枚多い5群5枚構成となっています[1,5-7]。前玉(第1群=G1)に屈折力の非常に強い曲面レンズ、加えてG4に新種ガラスを配置し、F3.5の明るさを実現しています。また、最後群のG5には特殊光学ガラスで作られた平面レンズを配置し、像面湾曲を効果的に補正していま[5]。多くの場合、像面湾曲を補正するには非点収差の増大をある程度まで許容する必要があり、加えてトポゴンの様な対称構成のレンズでは口径比をF3.5まで明るくすると、波長ごとに非点収差の性質の違いが大きく目立つようになります[2]。この問題に対峙した設計者は研究を重ね、G5の平面レンズを適当な厚みにしてやることで、他の収差に影響を及ぼすことなく、像面湾曲のみをピンポイントで補正できる新たな性質を発見したのです。このレンズは更に周辺光量落ちの改善にも力を入れていたようで、W-Nikkor 25mm F4に比べ明らかに光量落ちが少ないとの報告があります[7]。Canon 25mm F3.5は確かにトポゴンを原型としていますが、単なるトポゴンの模倣品ではなく、強い独自性を打ち出しながらトポゴンの弱点を幾つも克服した素晴らしい製品であると言えます。1956年の発売当時で、この製品は焦点距離25mmの広角レンズ(35mm判)としては世界最高の明るさを達成しました[1]。しかも、鏡胴はとてもコンパクトで重量は142gしかありません。このレンズに比べると、後の1959年に登場するコンピュータ設計のフレクトゴン25mm F4は、なんとデカくて重いことでしょう。

レンズを設計したのはCanonのレンズ設計士の向井二郎氏で、同氏は有名なCanon 50mm F0.95(ドリームレンズ)や、今や恐ろしい値で取引されている35mm F1.5、みんな大好きな35mm F2や85mm F1.8など、いずれも特徴のあるレンズを手掛けた人物でもあります。Canonでの在籍期間は長くはなかったようですが、素晴らしい仕事をした設計士のようです。

  

参考文献・資料

[1] CANON CAMERA MUSEUM:CANON 25mm F3.5

[2] 「レンズ設計のすべて」辻貞彦著 電波新聞社

[3] A History of the Photographic Lens, Rudolf Kingslake (1989)

[4] TOPOGONの特許

[5] キャノンレポート31(特許庁公開資料)

[6] キャノン英文カタログ(特許庁公開資料)

[7] 「写真にこだわる:時代が変わればレンズの数え方も変わるキャノン25mm F3.5」 Hatena Blog (20234市川泰憲

[8] SNS上では同じTOPOGONタイプのW-Nikkorよりも写真周辺部のケラレが少ないことが報告されています。[5]ではこのレンズが周辺部の光量落ちに特に配慮された設計となっており、画面隅端でも中央比で40%の光量を保持していると解説されています。当時の焦点距離35mmの非レトロフォカス系広角レンズが50%の光量比だった事を考えると、かなり優秀な性能だったようです

重量(実測/カタログ値) 138g / 142g , フィルター径 40mm, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F3.5-F22, 焦点距離 25mm, 対応フォーマット 35mm, 構成 5群5枚の変形Topogonタイプ, Leica-Lスクリューマウント, コーティングはパープル, 対角線画角 82°


入手の経緯

レンズは2017年10月にeBay経由で日本のセラーから送料込みの総額390ドル(約45000円)で購入しました。レンズのコンディションはNEAR MINTとのことで、「カビ、傷、クモリはなく状態良好。外観も使用感は殆どない」との説明でした。純正の前玉キャップと後玉キャップが付属していましたが、ファインダーは無し。まぁ、デジタルカメラでの使用がメインなので十分でしょう。届いたレンズは十分に綺麗な状態でした。記事を執筆した2023年時点でのeBayの相場は400ドルから450ドルあたりで2017年当時と大差はありませんが、為替相場は当時と比べて大きく変化しています。国内のネットオークションでは50000円から60000円あたりですから、現在は海外よりも国内のほうが買いやすい状況となっています。

 

撮影テスト

開放でも中心部はシャープですが、写真周辺部では点光源が尾を引くコマフレア(サジタルコマ)が発生し、ハイライト部や輪郭部が滲んでいます。ただし、焦点距離が短いこともあり、写真を大きく拡大表示しなければ滲みが目立つことはあまりありません。少し絞ればスッキリとヌケの良いクリアな写りとなりコントラストも向上、シャープな良像域が四隅に向かって拡大します。ただし、光量の少ない室内などでは四隅の光量落ちが目立つことがあります。歪みは大変小さく、色収差は焦点距離の短さに助けられ目立ちません。総合的にみると欠点は少なく、1950年代の超広角レンズとしては、かなり優秀なレベルであろうと思います。

SONY A7R2での撮影結果

F8  SONY A7R2(WB:日光)

F8 SONY A7R2(WB:日光)

F5.6 SONY A7R2(WB:日光)

F8 SONY A7R2(WB:日光)

F5.6 SONY A7R2(WB:日光)



F8  SONY A7R2(WB:日光) 

F8 SONY A7R2(WB:日陰)

F8 SONY A7R2(WB:日陰)

F8 SONY A7R2(WB:日陰)

 

Fujifilm GFX100Sでの撮影

35mmフルサイズモード

F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)









F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)












F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)

F5.6 Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)

F3.5(開放) Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)

F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルサイズモード, WB:Auto)












































Fujifilm GFX100Sでの撮影

アスペクト比65:24のパノラマモード

中判デジタルセンサーを搭載した富士フィルムのGFXシリーズにはアスペクト比65:24の撮影フォーマットが用意されており、広角レンズとの組み合わせでパノラマ撮影が楽しめます。少し遊んでみました。最端部が若干ケラれるみたいです。

Fujifilm GFX100S(AWB: Aspect ratio 65:24)

Fujifilm GFX100S(AWB: Aspect ratio 65:24)

Fujifilm GFX100S(AWB: Aspect ratio 65:24)

Fujifilm GFX100S(AWB: Aspect ratio 65:24) 


フィルムでの写真作例

FILM:  Fujifilm フジカラー200カラーネガ

CAMERA: BESSA T

F8  Fujifilmカラーネガ

F11  Fujifilmカラーネガ

2021/04/16

Seiki-Kougaku(Canon) Camera Co. R-Serenar














1937年7月、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)にて日本軍駐屯兵の一人が夜間演習中に何者かの銃撃を受け死傷します。これが引き金となり日中両軍が衝突、銃撃の首謀者が解明されないまま、この動乱はやがて日中戦争へと拡大し、国内のカメラ産業に大きな影を落とします。

キャノン初の市販レンズ
精機光学 R-Serenar 5cm F1.5

盧溝橋事件の前年、精機光学(現キャノン)は日本光学(現ニコン)から交換レンズ(Nikkor 50mm F3.5)の供給を受け、国内市場にむけライカII型の国産コピーであるハンザキャノンを販売していました。創業当時の精機光学は小さな町工場に始まり、カメラの製造にあたってはシチズンの時計学校の出身者を集めスタートしました。同社はカメラのボディのみを生産する精密機械メーカーでしたので、光学設計の技術は持ち合わせていませんでした[1]。一方の日本光学は軍需品の生産を中心とする光学兵器メーカーでしたが、民生品への進出を計画していましたので、ハンザキャノンは両者の思惑が一致して誕生したカメラでした[2]。そのような最中、盧溝橋事件が勃発します。開戦ムードの中、軍からの日本光学に対する注文が殺到すると、次第に交換レンズの供給が滞りはじめ、精機光学は思うようにカメラを販売できなくなります。カメラの市場供給を続けるには同社がレンズの自社生産に乗り出さなくてはならず、精機光学代表の内田三郎氏は日本光学にレンズの製造技術の移転を要望、見返りとして同社は日本光学の下請けを担うことになるのです[1]。
レンズ製造技術の移転は1939年に実施され、日本光学の開発部からレンズ設計士の古川良三氏と光線追跡計算手2名が移籍、レンズ荒磨り機、レンズ研磨機、芯取り機などの機材の提供も行われました。そして、移籍後の古川氏が手がけ、精機光学から発売された市販レンズの第一号が今回取り上げるR-Serenar 5cm F1.5なのです[3]。Serenar(セレナ―)というレンズ名は精機光学の社内公募によって選ばれたもので、セレン=澄んだという意味が込められているとももに、月面にある海の名称に由来していました[2]。

このレンズは頭文字のRが示すようにレントゲン用カメラに使われ、徴兵検査の結核診断に用いられました。当時は戦時下でしたので大きな需要があり、R-Serenarは精機光学にかなりの利益をもたらしました[3]。レンズ設計の手本となったのはCarl ZeissのBiotar 4.25㎝ F2でしたが、Biotarと同じ6枚玉(4群6枚)のままF1.5まで明るくしたうえ、ガラス硝材もBiotarに使われたような高性能なものではなかったことから、設計には無理のあるレンズでした[1]。R-Serenarではガラスの屈折力の不足を大きな曲率で補わなければならず、屈折面からは補正しきれない大きな収差が発生しました。宮崎貞安氏による光学干渉測定の結果によると、球面収差の膨らみは現在の同じ仕様のレンズの4倍程度にも達したそうです[1]。言うまでもなく「収差レンズ」としてはたいへん面白いレンズなのだと思います。
左は今回、TORUNOからお借りした精機光学R-Serenar 5cm F1.5の改造品で直進ヘリコイドに搭載されライカスクリューマウントになっていました。右は文献[1]からトレーススケッチしたレンズの構成図(見取り図)です。設計構成は4群6枚のガウスタイプ。構成図は各面の曲率が大きく、ここから補正しきれない大きな収差が発生しました
 参考文献・資料
[1]「1930~40年代における日本の35ミリ精密カメラ開発」森 亮資 著, 技術と文明 18巻号(160)
[2] Canon Camera Museum 歴史館
[3] 「内田三郎回顧録」内田三郎 (1992)50頁

入手の経緯
オールドレンズ・レンタルサービスのTORUNOから改造品をお借りしました。この個体はマウント部のネジを利用して直進ヘリコイドに搭載されており、ライカスクリュー(L39)マウントのレンズとして使用できるようになていました。レンズの状態は大変良好でカビやクモリ、傷などはなく戦前の個体とは思えないクリーンでクリアなコンディションでした。
撮影テスト
球面収差が通常のレンズの4倍もあるため、被写体のハイライト部をモヤモヤとしたフレアが纏い、ソフトな描写傾向が強まります。少し暖色方向に振ってやると白がとてもいい味をだし、雰囲気の良く出るノスタルジックな描写を堪能できます。レンズには絞りがありませんので常時開放での撮影となります。そうは言ってもソフトな描写が持ち味なので、ずっと開放で撮っていたいレンズです。コマ収差が多く、中心に比べ、四隅の画質はかなり妖しくなります。通常の写真用レンズとは異なりレントゲン線(1pm - 10nm程度の電磁波)で使用するレンズのため、一般撮影に転用した場合の画質は、本来のものではありません。

SONY A7R2(WB:日陰)このくらいソフトだと、なんだかお洒落な写真が期待できそうです

SONY A7R2(WB:曇天)壁面の白が美しく、うねっています
SONY A7R2(WB:日陰)




SONY A7R2(WB:日陰)

SONY A7R2(WB:日陰)
SONY A7R2(WB:曇天)