おしらせ

2025/06/27

Setagaya Koki MAMIYA-SEKOR F.C. 58mm F1.7 and YASHINON 5.8cm F1.7


こういう隠れ名玉を取り上げ紹介するのは、まさにブログ冥利に尽きるというものです。ミドルレンジのレンズとしては史上初めてF1.7の明るさに到達したこの製品には、技術的に未成熟な時代のレンズにしかもちえない一瞬の輝きがあり、いまも一部の熱狂的なファンを魅了し続けるのです。

1960年登場、時代を先取りした世田谷光機の大口径標準レンズ

Setagaya-koki MAMIYA-SEKOR F.C. 58mm F1.7 (EXAKTA mount)

開放F値1.7の標準レンズが数多く登場したのはカラー写真の普及する1970年前後からです。光学メーカーはこの時期に市場での優位性をかけ、少しでも明るいレンズを製品化することにしのぎを削っていました。しかし、驚いたことにそんな時代が到来する10年も昔に、既にF1.7で登場した製品がありました。世田谷光機がマミヤの一眼レフカメラに搭載するレンズとしてOEM供給したSEKOR F.C. 58mm F1.7です。この時代の10年の開きには大きな意味があり、1960年に登場したSEKOR F.C.はモノクロ写真に最適化された古い設計理念のもとで作られています。率直に言えば、やや軟調気味でソフトな描写ながらも、解像力に偏重した線の細い繊細な描写を期待することができるのです。

このレンズは焦点距離が58mmと、一般的な標準レンズより少し長めです。当時は技術的な制約により十分なバックフォーカスを確保することが難しく、焦点距離50mmでは後玉が一眼レフカメラのミラーと干渉してしまうため、この仕様が採用されたとされています。58mmは標準レンズと言い張れるギリギリの落としどころでした。ただし、焦点距離を長めに設定したことで、レンズの口径も副次的に大きくなり、本レンズでは50mm換算でF1.47相当の明るさを実現、ハイエンドクラスのレンズに匹敵する大きなボケ量が得られる設計となっています。思わず得をした気分になりますが、ここは技術の未成熟が生みだした予期せぬ贈り物として受け止めておきましょう。

レンズが発売された1960年は日本の光学メーカーがコンピューターによる自動設計技術を導入する少し前の時代ですから、このレンズは手計算により生み出された最後の世代の製品ということになります。また、日本では酸化トリウムなどを含む高性能なガラス硝材がまだ使えなかった時代でもあります。焦点距離はギリギリ、口径比もギリギリですが、こうした制約と古い描写理念のもと、あえて背伸びするよう設計されたこのレンズには、不思議と目を奪われてしまう魅力があります。

 

Mamiya PRISMAT NP(1961年発売)とSEKOR F.C. 58mm F1.7

 

レンズはまず1960年1月に輸出専用の一眼レフカメラMAMIYA PRISMAT CLPに搭載する交換レンズとして登場し、続いて国内向けに発売されたMAMIYA PRISMAT NP(1961年発売)やその輸出モデルのSears TOWER 37シリーズ(1961年発売)、PRISMAT WP(1962年発売)に供給されました。その後は設計変更が施され、ガラス硝材に高屈折・低分散の酸化トリウムを混ぜた放射能レンズ採用の後期型が登場、MAMIYA PRISMAT CP(1964年発売)用の交換レンズとして供給されました。後期型の方が高性能であることは言うまでもありません。このモデルのラインナップとしては、ここまでてす。

レンズの設計構成は下図のような4群6枚のオーソドックスなダブルガウスタイプで、開放F値1.7を実現するために、分厚い正レンズを用いて屈折力を稼いでいます。このクラスのレンズであれば張り合わせ面を外し空気層を入れる構成が多いと思いますが、このレンズにはそれがありません。

 

設計構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプです。左が被写体側で右がカメラの側となります


アダプター選びにご注意を

レンズのマウントはEXAKTAですが、鏡胴からは絞り制御をカメラからレンズに伝えるアームが飛び出しています。このためMAMIYA-PRISMAT以外のカメラに装着することはできません。ただし、マウントアダプターには装着可能で、デジタルミラーレス機で使用することはできます。私はrayqual製EXA-LMアダプターを用いてカメラのマウントをいったんライカMに変換し、ミラーレス機にブリッジ接続しました。ライカMにしてしまえば他のアダプター経由で各社ミラーレス機にて使用することができます。ちなみに、よくある中国製のEXAKTA-LMアダプター(こちらのノンブランド品)はアームがアダプターの側面に干渉してしまいます。そのままでは装着できませんので、どうしてもコレに付けたいのであればアダプターの側面を少し削る必要があります。

 

MAMIYA-SEKOR 58mm F1.7(Prismat WP用): 絞り F1.7-F22,  フィルター径 52mm, 重量(実測) 320g, 最短撮影距離 0.5m,  絞り羽 9枚, EXAKTAマウント

 

 

 

レンズの中古相場

国内ネットオークションや中古店ではカメラとセットで販売されていることが多く、取引額はジャンク品が5000円程度、動作品が1万円から2万円程度(コンディション依存)です。レンズ単体でも少し流通しており、国内ネットオークションでは未整備品で5000円程度、状態の良い個体で1万円~1.3万円程度です。絞りリングのクリックストップが効かない故障が多くみられますが、内部でストッパーの棒芯が折れており、見たところ修理は難しそうな部品です。もし、このような個体に当たってしまった場合は、分解して絞り制御用のバネを外し、クリックストップの無い状態で使うしかありません。

 

撮影テスト

予想どうり美しい描写のレンズです。開放では微かなフレアが被写体の表面を覆い、オールドレンズならではの柔らかい質感表現です。ただし、ピント部の像は四隅まで緻密に解像されており、線の細い繊細な描写なっています。開放でフレアが出るぶんコントラストは控えめでトーンは緩くなだらかなため、味のある描写を楽しむことができます。ボケはやや硬めで、輪郭を残したザワザワとしたボケ味です。過剰補正気味の設定にして解像力を優先させている事がボケ味から間接的に確認できます。後のカラー時代のレンズではコントラストを重視していますので、通常ここまで過剰補正にはしません。近距離では背後にグルグルボケが出ます。絞りはよく効き、絞り込むとキリっとしたメリハリのあるトーンとすっきりとした描写に変わります。今回はデジタル・フルサイズ機のNikon ZFと、中判デジタル機のFujifilm GFX100Sで写真を撮りました。

 

 

 Fujifilm GFX100S 

このレンズは富士フィルムの中判デジタル機GFXシリーズで使用することも可能です。44x33mmの中判センサーでは四隅にはっきりとした光量落ちが見られますがケラレにはならない程度です。定格より一回り大きなイメージフォーマットですので、四隅で像の流れが出るのは仕方のないことですが、普通に使えるレベルです。

 

F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto) exp
F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto)








F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto) 

F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto) 

F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto)

F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto)


F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto)

F1.7(開放) Fujifilm GFX100S (セピア, WB Auto)





















  

Nikon Zf

 

F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日陰)

F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日陰)
F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日陰)
F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)
F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)
F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)

F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)

F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)

F1.7(開放) Nikon ZF(WB 日光)












































 

 

このレンズを好むのは、マニア層の中でも決まってかなりの水準の人達に限られています。どうかこのまま広く知られることなく、隠れ名玉であり続けてほしいと願っています。


2025/06/15

Imaging of lens configurations with an X-ray CT system


X線CT装置で

レンズの構成を解明する

X線CTとはX線が物体を透過しやすい性質を利用し、内部構造を画像化することのできる撮影技術です。一般には人体内部の撮影に用いられる医療機器として認知されていますが、用途はもっと広範囲に及び、産業用に特化した装置もあります[1]。非破壊で内部構造を可視化できるため、よく知られている用途としては、貴重な仏像の内部を撮影し「像内納入品」を調べたり、ピラミットから出てきたミイラの撮影に用いた事例があります[2]。X線は物質の密度や組成によって透過度が異なります。密度が高くまた原子番号が大きいほど、X線は透過しにくくなります。この特性を利用して、X線CT法では異なる物質で構成された物体の内部構造を可視化することができます。ガラスと金属でできた写真用レンズはX線CT装置を活かすことのできるよい事例です。今回はガラスの部分を可視化してみることにしました。使用したレンズは長らく構成が不明だったアリフレックス版プリモプラン3cm F1.9です。

プリモプランと言えば、スチル用に供給された4群5枚(いわゆるプリモプラン型)が最も一般的な構成ですが、Cマウント用に供給された4群4枚のエルノスター型もあります。自分の知っているプリモプランはどれも収差が強く、グルグルボケがきつめに出るなどハッキリとした特徴がみられます。これに対し、今回取り上げるアリフレックス用プリモプランは収差による画質の乱れが殆ど見られず素直で高性能、業務用(映画用)の用途に耐えうる高い性能基準を満たしており、どこか毛色の異なる印象をうけます。おそらくガウスタイプかエルノスタータイプあたりではないだろうかと考えられますが、結果は後ほど。

 
レンズ構成が知りたければ、分解して直接確かめればよいではないかという意見もあり、ごもっともです。しかし、今回取り上げるような古い業務用レンズの場合には事情がやや異なり、鏡胴にレンズを収める組立工程において、レンズエレメントを光軸の周りで回転させ、ベストな描写性能が出る位置にレンズエレメントが固定されています。レンズの不用意な分解は性能を低下させてしまうリスクがあるので、できれば分解は避けたいところです。X線CT装置を用いる事には意味があります。それでは撮影結果を何枚かお見せします。
 





はい。プリモプラン型(4群5枚)です。どうもお騒がせしました🙇。レンズ構成が判明しスッキリしましたので、今回の記事はここで終わりです。撮影結果から構成図を起こすと、下のようになります。
  


参考資料

[1] ZEISS:  X線CT装置の内部構造と機能解説 

[2] 「X線CTスキャン装置を用いた仏像調査」文化財のトビラ084, 文化庁

 

謝辞

tailさんらのご協力に感謝いたします。