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2024/03/10

LOOMP (LOMO) OKC1-75-1 (OKS1-75-1) MACRO 75mm F2

























LOMOのヘビー級マクロ・シネレンズ
LOOMP(LOMO) OKC1-75-1 (OKS1-75-1) 75mm F2  OCT-19 mount
ロシア製シネレンズにマクロ撮影用モデルがあることは、流通品を何度か目撃していましたので、認識はしていました。私が目撃した製品個体はPO2-2M、OKC1-75-1、OKC6-75-1の3製品で、いずれも焦点距離が75mmの35mm映画用レンズです。これらは撮影フォーマットがAPS-Cに近く、中望遠レンズというよりは望遠レンズのカテゴリーに入りますので、本来なら不人気のジャンルです。しかし、ライカ判(フルサイズセンサー相当)でもダークコーナーの出ない製品であることからポートレート撮影に流用できるため人気があります。さらにレンズがマクロ撮影仕様ともなれば流通量は少ないため、高額で取引される傾向があります。ただし、今回のレンズはデカさと重さでコレクターには嫌煙されているのでしょう。10万円前後の比較的買いやすい価格帯で流通しています。京都のブログ読者の方から1本お借りする機会が得られましたので、軽くレポートすることにしました。
お借りしたのはLOMOの前身団体である LOOMP(レニングラード光学器械工業企業体連合)が1964年代に製造したシネマ用マクロレンズのOKC1-75-1です。このレンズはそれ以前から存在していたKMZ PO2-2M やLENKINAP PO60の後継モデルにあたる製品です。レンズのヘリコイドは巨大で、金属製のため重量は何と865gもあります。ヘリコイドを完全に繰り出した時の全長は最も短い時の2倍にもなり、撮影倍率(最大値)は1.4倍に達します。センサーサイズと同じ幅の被写体を最短撮影距離で撮影すると、写真の幅の1.4倍の大きさで写ることになります。

OKC1-75-1(MACRO) 75mm F2: 重量(実測) 865g, 最大撮影倍率 x1.4, フィルター径 52mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, F2-F16, 絞り羽 16枚構成, 最短撮影距離 30cm前後, 定格撮影フォーマット Super 35mm(APS-C相当), マウント規格 OCT-19, Pコーティング(単層), 最大撮影倍率 約1.4倍
 
焦点距離75mmのシネレンズと言えば、1940年代中半に開発されたPO2-2がロシアでは始祖的な存在です。その後はレニングラードのLOOMPやLENKINAP工場でPO2-2をベースとする改良モデルのPO60(1950年代中半~)やOKC1-75-1(1960年代~)が開発されます。これらはいずれも2つの貼り合わせ面を持つ4群6枚構成のレンズで(下図)、レンズエレメントの形状や各部の寸法が似通っていますので、PO2-2からの直接の流れを汲んだ製品と言って間違いありません。
PO2-2とOKC1-75-1の構成図でGOIレンズカタログからのトレーススケッチです
 
今回のレンズはマクロ撮影用の特殊仕様ですが、ヘリコイドの繰り出し量が大きいだけで、光学系は通常撮影用のOKC1-75-1と同一であるというのが自然な解釈です。根拠はありませんが、GOIのレンズカタログにはマクロ版のOKCシリーズは掲載されていませんし、今回のレンズ個体の銘板にマクロモデルであることを主張するような表記は見当たりません。文献がないので、あとは撮影で判断するしかありません。マクロ撮影用に再設計された光学系であれば収差変動を考慮し補正の基準点が近接側にあるため、遠方撮影時には開放で少しフレアが出たり、背後のボケがゴワゴワと硬めのボケ味になる事が予想されます。
さて、届いたレンズを手に取り、デカさと重さ、金属とガラスの塊のような鏡胴に思わず笑ってしまいました。しかし、驚くのはまだはやく、ヘリコイドを回すと更に一回りも二回りも巨大化するのです。シュタインハイルのマクロレンズも見事な存在感でしたが、ここまでは重くはなかったです。
 
作成したOCT-19 to LEICA Mアダプター
レンズはOCT-18の後継にあたるOCT-19というマウント規格です。この種のレンズをデジタルカメラで使用するためのアダプターは存在するにはしますが、M42やライカなど汎用性の高いマウント規格に変換するアダプター製品が見当たりません。今回は様々な部品を組み合わせることで、ライカMマウントに変換するためのアダプターを自作しました。部品の組み合わせを下の写真に示します。当初予定していたM42アダプターの制作は途中で断念しました。マウント側の間口が後玉の直ぐ後ろに来てしまい、光の反射が画質に悪影響を及ぼすと判断したためです。
 
自作OCT-19マウント・アダプターの部品構成。これで微かにオーバーインフとなります
 

入手の経緯
レンズは京都のブログ読者からお借りた個体で、このレンズを使うためのOCT-19アダプターを自作で作っほしいというご相談とともに送られてきました。私はプロではないので、この手の依頼は原則受けないのですが、このデカいレンズには興味がありましたので、お引き受けすることとしました。eBayでアダプター製品を見回しますと、OCT-19マウントのアダプターは200ドルから300ドルと高値で取引されています。ただし、汎用性の高いM42やライカマウントに変換するようなアダプター製品はまだ存在しないようです。レンズの方はもともとeBayで700ドルで売られていたものを値切り交渉により525ドルで手に入れたとのことです。ガラスの状態は傷、カビ、クモリ等なくたいへん良好でした。私も値切り交渉は時々しますが、そこまで安くしてもらった経験はまだありません。せいぜい10~15%引きくらいまでです。
 
撮影テスト
高性能なレンズです。開放から滲みはほぼ見られず、ピント部には十分な解像感があります。開放での画質はやや軟調気味で発色もやや淡くなるものの、1段絞ればコントラストは向上し、更にシャープな像が得られます。ただし、絞っても階調は硬くはなりませんので、ここはオールドレンズならではの長所かとおもいます。背後のボケはポートレート域でも比較的柔らかく、綺麗に拡散しています。こうした描写の特徴からは、やはりこのレンズはマクロ用に設計されたものではなく、普通のOKC1-75-1からの転用であると感じさせられます。
定格イメージフォーマットは35mm映画用フォーマット(APS-C相当)ですので、規格外のフルサイズ機で用いると、通常は画角内に写らない広い領域が写ります。しかし、グルグルボケや放射ボケは全く見られませんし、ピント部も像は四隅まで安定しています。歪みは樽型ですがフルサイズ機でも目立たないレベルでした。良像域が広く、画質的にかなり余裕のある設計のようです。
続いて近接撮影ですが、開放では色収差による滲みが出ているものの2段も絞れば滲みは完全に消え、十分な解像感とスッキリとしたクリアな像が得られます。絞る事が基本のマクロ撮影ですので、開放での滲みは大した弱点にはならないでしょう。
 
F4 Nikon Zf (WB:日光)  蛇の影が現れました!


F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto) 今日もこの子がモデルです
F5.6 Nikon Zf(WB:日光Auto) 近接域の写真も一枚どうぞ。開放では少し色収差の滲みがでましたが、少し絞ると滲みは完全に消えます
F2(開放) Nikon Zf(WB:日光Auto) 背後のボケは綺麗です。このくらいの距離でボケ味が硬くならないところから推し量ると、おそらく光学系はマクロ仕様ではなく、普通のOKC1-75-1からの転用であると思われます。四隅で口径食が出ていますが、規格外のフルサイズ機で用いている事に加え、前玉がかなり奥まったところにあることが影響しているのでしょう


F2(開放) Nikon Zf(WB:日光Auto) 開放でも全く滲みません。ピントを正確にあわせ赤枠をクロップしますと・・・
Cropped from one previous photo: 中央はこのとおりシャープで、性能はしっかり出ています。もう少し拡大し、100%クロップしますと・・・
Cropped from one previous photo(100% crop) キリッとした像を維持しています

F4 Nikon Zf (WB:日光Auto) 四隅まで像は安定しており、歪みも僅かです。こういう写真は30年後に見ると面白い!こんなのあったあったと楽しめそうです。しかし、この写真だけ見ると、今の日本の物価は30年前と大差が無いことを実感します

2024/02/12

Corfield LUMAX 45mm F1.9


カメラをプロだけでなくアマチュアにも広く使ってもらい、自身のビジネスを成功に導きたい。そう考えたケネス・コーフィールドは大衆向けカメラのPeriflexを開発し、交換レンズとともに世に送り出します。今回ご紹介するレンズは英国コーフィールド社が1957年ごろに市場供給したLUMAX 45mm F1.9という交換レンズです。

大衆向けカメラの普及に尽力した

英国コーフィールド社の高速標準レンズ

Corfield LUMAX 45mm F1.9 Leica L(L39) mount

コーフィールド社(K.G.Corfield Ltd)はケネス・コーフィールドという人物が1948年に妻ベティ、弟のジョンらと共に創業した家族経営の光学メーカーです。同社は現像用引き伸ばし機、暗室製品、カメラの製造を手掛け、エキザクタなどヨーロッパ製品の輸入代理店を兼ねていた事でも知られています。会社は当初、英国中部の都市ウォルバーハンプトンを拠点としていましたが、工場が老朽化したため、1958年に北アイルランドのバルモニーに移転し、1971年まで存続していました同社についてはBev Parkerの詳しいホームページやJohn E. Lewisが執筆した書籍があり、2016年までご存命だったケネス・コフィールドの監修をうけていますので、確かな情報が得られます[1-3]。

創業者のケネスは英国のSecondary schoolを卒業後、鉄の鋳造技術者として事業を成功させた祖父の影響でエンジニアを志望、ウォルバーハンプトンの工科大学で機械工学を専攻しながら、16歳半ばで見習いエンジニアとしてFischer Bearings社に入社します。その間、自宅では趣味の写真が高じて、印画紙や薬品の使用量を節約できる画期的な引き伸ばし機のアイデアを考案します。このアイデアが後の会社設立のきっかけとなりました。「ルミメーター」と名付けられたこの引き伸ばし機は1948年に彼の弟ジョンの助力を得てプロトタイプの12台が完成、会社設立後の翌1949年には量産品に注文が殺到し、5000台もの数が出荷されます。ルミメーターの成功で会社経営軌道に乗り、その後は手持ち式のスプリットイメージ精密距離計や光学式露出計などを商品化、1958年には潜望鏡の仕組みを応用したユニークなフォーカシング機構を持つ大衆向けカメラのPeriflex 1を発売しカメラ産業にも参入します。

Periflexの製品コンセプトは、ライカの所有者がセカンドボディとして購入するカメラだったそうで、このカメラにはライカスクリューマウントが採用されました。Periflex 1の発売は1953年のカメラ雑誌に発売前の予告記事として告知されますが、この広告戦略には効果があり、カメラが店頭に並ぶと注文が殺到、生産が追いつかないほどのヒット商品になります。1957年には後継製品のPeriflex 3、翌1958年には普及モデルのPeriflex 2が発売されます。供給体制を何とか維持するため、普及モデル(Periflex 2)の市場投入は上位モデル(Periflex 3)の1年後に見送られたそうです[1]。

ケネス・コーフィールド卿の似顔絵スケッチ(生成系AIによるイラスト)。同氏は写真をもっと普遍的なものにし、英国がドイツやアメリカのような写真立国と呼ばれるようになることを望んでいたそうです。カメラをプロだけでなくアマチュアに広くも使ってもらい、自身のビジネスを発展させたいと考えていました。Periflexを大衆向けカメラとして開発したのは、そういう思惑からだったのでしょう

今回紹介するLUMAX 45mm F1.9は同社が1957年に発売したPeriflex 3というカメラに搭載する交換レンズの一つとしてカメラと共に登場しました。このカメラには他にもLUMAX 45mm  F2.8, Retro-LUMAX 35mm F3.5, Lumar-X 50mm F3.5, Lumax 100mm F4.5などが供給されています。レンズの設計は下図に示すような4群6枚のオーソドックスなガウスタイプで、レンズエレメントの幾つかには高性能なランタンガラスが使用されていました[3]。ちなみに同社のレンズに導入されたランタンガラスはドイツのEnna Werk社から供給をうけていたそうです[1]


文献[3]に掲載されていたスケッチからの再トレース(見取り図)

 

Corfield社自体に当社レンズの設計技術や製造技術はなく、Periflex 1に搭載する交換レンズは英国ウォールソールにあるBritish Optical Lens Co(英国光学レンズ社)から供給を受けました。今回ご紹介するLUMAX 45mm F1.9も同じ供給元であったのか確かな情報はなく、レンズをどのメーカーが製造したのかは不明です。

ところがこのレンズ、発売後に英国Wray社から同社保有の特許権(Charles Wynneが設計)を侵害していると指摘され、大問題となってしまいます[3]。WrayはCorfileldに何らかのロイヤリティを支払うか、レンズの市場供給を停止するよう選択を迫りますが、両社は有効的な話し合いを行い、最終的には製造したレンズ1本につきCorfield社が数シリングのロイヤリティをWray社に支払うことで和解します。これを機にレンズの鏡胴にはWrayの特許番号が刻印されることとなります。

 

参考文献

[1] Bev Parker, The Corfield Story

[1] John E. Lewis, it's by CORFIELD: it must be good...: the periflex story

[3] John E. Lewis, Corfield Cameras: A History & Collector's Guide

 

入手の経緯

レンズは2020年にeBay経由で英国の個人出品者から送料込みの総額350ドルで購入しました。このレンズのeBayでの相場は400ドル位からだと思います。商品の解説は「ガラスに少し拭き傷があるが問題はない.クリアな写真が撮れている」とのこと。安めの価格設定だったのは良かったのですが、ピントリングと絞りリングが両方ともカチンコチンに硬く、手をいれる必要がありました。拭き傷は少なく、実写への影響は問題ないと判断したため、文句は言わずに自分でオーバーホールすることにしました。構造は単純で分解そのものは何でもありませんでしたが、ヘリコイドを分解する際に後玉の周りにある秘密の極小ねじを外さなければならない事がわかりました。よく観察すれば見つけられるとおもいますが、これを外さないとヘリコイドを分離することができません。

Corfield LUMAX 45mm F1.9:  重量(実測)164g, 絞り羽 12枚構成, 絞り F1.9-F16, Periflex L39 mount(Leica L39互換) 









 

撮影テスト

レンズには幾つかのエレメントに高価なランタンガラスが用いられており、レトロな鏡胴のデザインからは想像のできない高性能な製品となっています。シャープネスとコントラストは高く、開放から滲みは全く見られません。解像力は平凡ですがスッキリとクリアに写るレンズです。背後のボケには少し流れがみられるものの、グルグルボケと呼べるほど顕著な流れには至りません。若干ですが糸巻き状の歪みが出ており、人物を撮るポートレート撮影には向いていそうです。45mmの焦点距離はやや欲張り過ぎたのか、写真の四隅にやや光量落ちが目立ちます。勿論これが好きな人には大歓迎でしょう。

Corfield LUMAX + Nikon Zf
  
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:曇り空) 
F1.9(開放)Nikon Zf (WB:曇り空)
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:曇り空)




F1.9(開放)Nikon Zf(WB:日
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:日陰) 


F5.6 Nikon Zf(WB:日光) 


F? Nikon Zf(WB:日光) 


F5.6  Nikon Zf(WB:日陰) 


F4  Nikon Zf(WB:日光) 


F2.8  Nikon Zf(WB:日光) 


F1.9(開放)  Nikon Zf(WB:日陰) 


F1.9(開放)  Nikon Zf(WB:日陰) 
















1960年代に入ると安価で高品質な日本製カメラがイギリスのカメラ店に並ぶようになり、これに対抗してドイツの大手メーカーも価格を引き下げるようになりました。海外メーカーとの競争の激化で苦境に立たされたコーフィールド社は、アイルランドのビール会社ギネスから資本注入を受け企業活動を存続させます。しかし、会社の経営が50年代のような拡張期の状態の戻ることはありませんでした。K. G.コーフィールド社は1971年7月に閉鎖されてしまいます。

2024/02/03

しろがねの鏡胴映えるシネクセノン

Schneider-Kreuznach cine-Xenon 25mm F1.4 (c mount)

シネ・クセノンと言えば16mm映画用カメラに供給されたシネレンズで、ARRIFLEXマウントのモデルとCマウントモデルの2種があります。本ブログでは過去のこちらの記事でゼブラ柄の後期モデルを紹介しました。今回はBOLEXに搭載する交換レンズとして1960年に登場したCマウント版のシネ・クセノンの前期モデル(アルミ鏡胴)を紹介します。後期モデルは青紫色のコーティングでしたが、今回の前期モデルはマゼンダ色のコーティングですので、コントラストや色味に若干の差が出ることが期待できそうです。

焦点距離25mm(Cマウント)のシネマ用Xenonが登場したのは1920年代と古く、1927年に製造された真鍮鏡胴の個体が確認できます。ちなみに初期のモデルは口径比がF2(2.5cm F2)でしたので、トロニエ設計の4群6枚構成だったものと思われます。1930年代後半になると再設計され口径比がF1.5まで明るくなった真鍮鏡胴のモデル(シルバーカラーとブラックカラーがある)が登場しています。このモデルは戦後の1950年代にも生産が続きますが、1950年代半ばなると鏡胴の素材がアルミに変更され軽量化が図られるとともに、Dマウントでも市場供給されようになります。1960年代に入ると口径比がF1.4の新設計モデルが登場し、ごく初期の僅かな期間だけアルミ鏡胴で作られましたが、すぐにゼブラ柄にデザインが切り替わります。今回紹介するモデルはこの時代のものです。市場に流通している個体のシリアル番号から判断する限り、F1.4のモデルは遅く見積もっても1969年まで生産されていました。

重量 155g, 絞り F1.4-F22, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 約0.45m, フィルター径 31.5mm, マゼンダ系コーティング









Cine Xenon 25mm F1.4: 構成は4群7枚のズミタール型で、前玉が色消しの張り合わせ(たぶん旧色消し)になっています。絞りに接する両側のガラス面の曲率差(曲がり具合の差)でコマ収差を補正しています。上の構成図は文献[2]からのトレーススケッチです

参考文献

[1] Australian Photography Nov. 1967, P28-P32 

[2] SCHNEIDER Movie Lenses for 16mm cinema cameras: シュナイダー公式カタログ


撮影テスト

描写傾向はArriflex版モデルやゼブラ柄の後期モデルと似ており、良好な解像力を維持しつつ、開放では細部に微かな滲みを伴う線の細い繊細な画作りができます。コーティングが少し違うためか、後期モデルよりコントラストが抑え気味で、味のある描写が堪能できるのがこのモデルの大きな特徴と言えます。一段絞れば滲みは消えコントラストも上がり、シャープでキリッとした画作りになります。背後のボケは硬めで過剰補正気味なところはいかにも解像力を重視したレンズの特徴ですが、開放での微かな滲みもこれが原因のように思えます。

もともとは16mmフォーマットが定格ですから、マイクロフォーサーズ機では写真の四隅にダークコーナー(いわゆるケラレ)が出ています。カメラの設定を変え、アスペクト比をシネマ用ワイドスクリーンと同じ16:9にしたり、真四角の1:1にするとケラレは目立たなくなるでしょう。

 Cine Xenon 25mm F1.4 + Panasonic GH-1

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB:☁) ピント部中央はご覧の通りで開放でも高解像です














F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB:☁) 背後のボケが硬くざわついています













F2.8 Panasonic GH-1(WB:日陰)

F2.8 Panasonic GH-1(WB:日陰)



F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB:日陰)

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB:日陰)






















2023/06/20

Ernst Leitz Wetzlar SUMMAR 5cm F2



ライカF2級レンズの始祖

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2


現代のレンズでは得難い独特な描写表現は、オールドレンズの真骨頂です。であればこそ、これからオールドレンズの世界に足を踏み入れようとするエントリーユーザにはそうした描写表現が際立つレンズを勧めたい。ライツの標準レンズで言えば、ズマールこそがその代表格といえる製品です。

オールドレンズの伝道者

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような開放描写など、表現はあくまで「緩め」です。しかし、オールドレンズが工業製品としての市民権を得た今なら、ズマールはその価値を昇華させてくれる最高に優れた製品と言えます。解像力は高く、線の細い緻密な描写表現が可能なうえ、画像中央から四隅にかけての良像域がとても広いなど、上級者から見てもハッとする要素を備えています。お世辞抜きでライツ製品の格の違いを実感させてくれる一面を持ち合わせてもいるのです。

一方、「ズマールではハードルが高すぎる」「エントリー層にはもう少し大人し目のズミクロンやズミタールのほうがとっつきやすいのでは」といった正反対の意見もあります。実に興味深い事です。物事は多面的に見ることで本質に至るわけですから、どちらも正論なのかもしれません。手にするユーザの気質を考慮する必要がありそうです。ズマールはオールドレンズのエントリーユーザを容赦なく振り回し、「どうだ、わかったか。これがオールドレンズだ!」と力強く諭してくれる頼もしい存在です。これを素晴らしいと喜び評価する人もいれば、私には手に負えないとこのレンズの元を去ってゆく人もいる、というのが実情でしょう。

ズマールの登場と背景

ズマールを開発したのはライツのレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)で、レンズは1933年発売のLeica DIII(ライカIII型)に搭載する交換レンズとしてカメラと共に世に出ました。この前年の1932年にライバルのツァイスがコンタックスと共にゾナー 50mm F1.5と50mm F2を発売していますが、これを迎え撃つライツにはヘクトール50mm F2.5しかなく、ライツは劣勢に立たされていました。ズマールはライツが巻き返しを図るべく市場投入した、まさに社運をかけた製品だったわけです。レンズは1933年から1940年までの8年間で12万7950本弱というかなりの数が製造されました[1]。その後は後継製品のズミタール50mm F2にバトンを渡し、生産終了となっています。

レンズ構成は下図に示すようなオーソドックスな準対称ガウスタイプ(4群6枚)で、前玉にやわらかい軟質ガラスが用いられています。このため残存する製品個体には前玉に無数の傷やクモリのあるものが多く見られます。わざわざ耐久性を度外視してまで実現したかったものは一体何だったのか。一刻も早くゾナーに追いつき、ゾナーとタイマンを張るためだったのでしょうか。いずれにしても、ズマールが当時のガウスタイプで実現しうる精一杯の描写性能を垣間見ることのできる重要なレンズであることに、疑いの余地はありません。

SUMMAR 5CM f2の構成図(文献[1]からのトレーススケッチ)設計構成は4群6枚の準対称ガウス型です

 
ズマール vs ゾナー
1930年代に繰り広げられたライツとツァイスのシェア争いは、表向きレンズの明るさと商業的な優位性をかけた争いとして紹介されることが多いわけですが、一部のマニアはこの争いに少し異なる見解を与えており、ガウスタイプとゾナータイプの描写特性の本質的な違いに対する世間の嗜好を問う争いであったと捉えています。微かなフレアをまといながらも解像力の高さ、線の細い描写で勝負する繊細な性格のガウスタイプに対し、シャープネスとコントラスト、ヌケの良さと発色の鮮やかさで押す力強い性格のゾナータイプ。両者はお互いに他者にない長所と短所を持ち合わせた対極的な存在でした。ゾナーの方がより現代的なレンズに近い描写傾向であることは言うまでもありません。当時の世論はゾナータイプを支持したかのように思えます。

参考文献
[1]"SUMMAR 50mm, f/2 1933-1940", LEICA COLLECTOR'S GUIDE

[2]「ライカのレンズ」写真工業出版社 2000年7月

[3] 郷愁のアンティークカメラ III・レンズ編 アサヒカメラ増刊号 朝日新聞社 1993年


中古市場での相場

12万本を超える製造本数ですので流通量は今でも多く、中古市場での相場は他のレンズに比べると安定しています。国内のネットオークションでの相場は状態により最低4~5万円から上は7~8万円前後と幅があり、海外での相場も似たような動向です。中古店では下が5~6万円で上は10~15万円程度とやはり幅があります。下の価格帯では前玉が傷だらけでクモリ入りの個体です。あるいは、ガラスが研磨されている場合もあります。傷のない個体は極めて少ないのですが、探せば見つかります。ただし、それでもクモリのある場合が大半といいますか、ほぼ全部です(笑)。湿気に加えてコーティング層による表面保護がないことが、クモリの主要因であるアルカリ劣化を促進させてしまうのかもしれません、研磨されている個体はオリジナルの性能とは少し異なり、焦点距離が僅かに変化しているとともに、諸収差の補正パラメータに若干の変化があります。補正パラメータに配慮した修理が行われていればよいのですが、そうでない業者の手にかかる場合には、解像力の低下や収差の増大がみられる事態が容易に想像できます。私は約3年間もの時間をかけ充分に実用的と思えるレンズを探しました。その間、100本以上の個体を見て回りましたが、結論として傷が少なくクモリがなく、磨かれた痕跡のない個体を探し当てるのは困難と判断しました。そこで、描写への影響が最小限に留められるレベルで傷とクモリを容認することとし、在庫を多く抱える前橋の中古カメラ店から6万5千円で状態の最も良さそうな個体を入手しました。拭き傷は少なく、クモリも前玉にごく薄いものが見られましたが、このコンディションが3年間かけて得られた精一杯の結果です。

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2:  重量(実測) 177g, 絞り F2-F12.5, 最短撮影距離 1m, フィルター径 内径34mm 外径36mm(被せ式), 設計構成 4群6枚ガウスタイプ 

 

撮影テスト

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような描写など、表現はあくまで「緩め」です。開放ではコマ収差に由来するフレアがピント部に見られ、拡大像が滲んで見えますが、持ち前の高い解像力と相まって。線の細い緻密な描写表現が可能です。また、画像中央から四隅にかけての良像域が広く、四隅に被写体をおいても十分に緻密な像が得られます。背後のボケは安定しており、グルグルボケが顕著化することはありません。繊細な結像描写と淡く軟調な階調描写を持ち味とするズマールは、オールドレンズの価値を昇華させてくれる、たいへん優れた製品であると言えます。

今回は定格のフルサイズ機SONY A7R2と、規格よりも一回り画大きな中判センサーを持つFUJIFILM GFX100Sでの作例をお見せします。

F4 SONY A7R2(WB:日陰)


F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)
F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)



Fujifilm GFX100Sでの写真作例

Summarのイメージサークルには余裕があり、中判デジタルカメラのGFXシリーズで使用する場合にも暗角(ケラレ)は発生しません。GFXで使用する場合の換算焦点距離は38.5mmで換算F値はF1.54です。Fujifilmのデジタルカメラに搭載されているフィルムシミュレーションのノスタルジックネガやクラシッククロームが、このレンズの性格とよくマッチすると思います。

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS: クラシッククローム)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)

F2(開放)  Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)