おしらせ


2021/11/15

PETRI C.C Auto 35mm F2.8(前期型)





 

元祖レトロフォーカスの国産コピー

PETRI C.C Auto 35mm F2.8(前期型) ペトリカメラ

世界初のスチルカメラ用レトロフォーカスレンズであるAngenieux TYPE R1を1950年に発売し、広角レンズのパイオニアメーカーとなったフランスのP.Angenieux(アンジェニュー)。後の1960年代には国産メーカー各社がこのType R1を手本とした広角レンズを発売し、パイオニアが切り拓いた道に追従しています。コニカのヘキサノンAR 2.8/35(前期型)や旭光学(ペンタックス)のスーパータクマー 2.3/35、オート・ミランダ2.8/35はタイプR1の国産コピーとして知られ、タイプR1の性質を受け継ぎながらも1960年代の改良されたコーティングにより、一段と鮮やかな発色を実現しています。スーパータクマーについては少し前に本ブログで紹介しましたので、こちらをご覧ください。開放でフレアの多い滲み系でありながらも発色の良い面白いレンズです。ヘキサノンについてはヨッピーさんのレビューがありますので、こちらが参考になります。コントラストやシャープネスの高い高性能なレンズのようです。

さて、今回の記事ではこれまでノーマークだった新たなコピー・アンジェニューを紹介したいと思います。東京のペトリカメラが1965年に同社の一眼レフカメラに搭載する交換レンズとして発売したPETRI C.C Auto 2.8/35(前期型)です。おそらくコピー・アンジェニューの中では今最も手頃な価格で入手できる製品であろうかとおもいます。オリジナルのType R1は今や8~10万円もする高嶺の花となりつつあるわけですが、このレンズならば状態の良い個体が今はまだ5000円程度から入手できます。さっそくレンズ構成を見てみましょう。

下図の左側がPETRI、右がAngenieux Type R1で確かに同一構成であることが判ります。テッサータイプのマスターレンズを起点に、前群側に凹レンズと凸レンズを1枚づつ加えた5群6枚で、コマ収差の補正に課題を残す古典的なレトロフォーカスタイプです。フレアっぽい描写傾向とシャープで解像感に富む中央部、黎明期の古いコーティングから生み出される軟らかいトーン、鈍く淡白な発色などアンジェニューの性質の何が受け継がれ何が刷新されているのか、今回の記事ではこの辺りを論点としながら、レンズの描写を楽しんでみたいとおもいます。

左がPetri C.C Auto 35mm F2.8(前期型)、右がAngenieux Paris Type R1 35mm F2.5。構成図はPetri @wiki[1]に掲載されているものからの見取り図(トレーススケッチ)です。初期のレトロフォーカス型レンズには画質的に改良の余地が多く残されており、特にコマ収差の補正が大きな課題でした[2,3]。開放ではコマフレアがコントラストを低下させ、発色も淡白になりがちだったわけですが、これに対する解決法が発見されたのは1962年になってからのことです[4]

  

PETRI C.C 35mm F2.8には一眼レフカメラのPETRI V6(1965年発売)と共に登場した前期型と、PETRI FTE(1974年発売)と共に登場した後期型があり、タイプR1と同一構成であるのは前期型です。後期型には名板にEE(Electric Eye)対応であることを記した赤字のマークがありますので、一目で判別できます。

前期型には何種類かのバージョンが確認できますが、最もよく目にするのはピントリングがブラックのモデル(バージョン1ブラック)です。また、数はこれより少ないのですが同じ鏡胴でピントリングがシルバーのモデル(バージョン1シルバー)も存在します。さらに流通量は極僅かで市場で目にする機会は少ないのですが、内部構造がペトリっぽくないモデル(バージョン2)もあります。レンズの色はオールブラックで鏡胴は少し太く、もしかしたら他社製のOEM製品なのかもしれません。ただし、設計構成はバージョン1と同じでタイプR1です。

Petri Automatic 35mm F2.8 初期型(バージョン1シルバー): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 232g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 764XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type)
Petri C.C Auto 35mm F2.8 前期型(バージョン1ブラック): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 201g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 809XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type), 1965年3月発売

Petri C.C Auto 35mm F2.8 前期型 (バージョン2): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 228g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 805XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type)

 

バージョン1の鏡胴には絞りの制御をオートやマニュアルに切り替えるスイッチが付いています。これをマニュアル側に切り替えると絞りが僅かに出た状態となり、これでF2.8となります。個体によってはオートの側にすると絞りが全開になり有効口径が少し拡大、もう少し明るいレンズとなります。私はこれをペトリのブーストスイッチと勝手に呼んでいます。標準レンズのC.C Auto 55mm F2の特定のモデルにも同じ機構がありますが、このレンズは55mm F1.8と完全同一の光学系ですので、ブーストスイッチを入れるとF1.8に化ける仕組みでした。今回の広角レンズも全く同一の機構になっているのは驚きですが、同じ構造であるならばブーストスイッチを入れた時はF2.5前後となり、なんとType R1と同等の開放F値です。これができるのは初期型の特定のロットで、内部に縦方向の絞り制御バネが入っている特定のモデルです。全てがこうなるわけではありません。シリアル番号809XXXの2本にはブーストスイッチがありましたが、783XXXと764XXXにはなく、スイッチをM側にしてもF2.8より明るくはることはありませんでした。


参考文献・資料

[1] Petri@ wiki 資料集

[2] レンズ設計のすべて 辻貞彦著

[3] カメラマンのための写真レンズの科学 吉田正太郎

[3] ニッコール千夜一夜物語 第十二夜 NIKKOR-H Auto 28mm F3.5

 

入手の経緯

中古市場での流通量はやや少なめです。安い印象のあるPETRIの交換レンズとは言え、コンディションがまともな個体には5000円~7000円程度の値がつきます。私は2021年11月に6本入手しました。1本目はジャンク(動作確認済みの完全動作品)との触れ込みでメルカリに出ていた個体(バージョン1ブラック)を1800円で博打買い。ガラスはカビ、クモリ、キズなどなく大変綺麗でしたが残念なことに内部で絞り冠の回転を制御レバーに伝える金具が折れており、代替部品がないと修理は不可能な状態でした。2本目はヤフオクに出ていたバージョン1シルバーを即決価格5800円+送料で購入、外観は新品のように綺麗でしたがガラスに少々カビがあり、清掃して綺麗にしました。3本目はヤフオクに出ていた箱付きのバージョン1ブラックで、保証書付き、フード・キャップ付きを3600円+送料にて購入。外観は新品級の美観ですが、オークションの記載によるとレンズ内に汚れがあるとのことでした。届いたレンズには後群側にカビがあり、清掃して綺麗にしました。と、ここでやめるつもりでしたが、気負ったのか更に3本入手してしまいました(笑)。ヤフオクにカメラ本体(FT EE)とセットで3本まとめ売りで出ており、即決価格4380円でした。そのうちの1本はバージョン1ブラックですがガラスのコンディションがあまりに酷かったので、鏡胴のみ生かす目的で、先に入手した1本目の光学系を組み込みました。5本目はバージョン2ですが、この個体には後玉に軽いクモリあがりました。今回の記事の撮影テストには使用していません。6本目はバージョン1ブラックで後玉に1本傷がありましたが、こちらは実用としては問題ないレベルでした。

さて、残る問題はアダプターですが、秋葉原の2nd BaseにPETRI-Leica M特製アダプター(下の写真)が売られているのを知っていましたので、これを入手し、問題なく使えるようになりました。お値段は1万円弱です。

2nd Baseで手に入れたPETRI-LM特製アダプター。距離計には連動していませんが、これがあれば各種ミラーレス機でPETRIのレンズ群が使えるようになります

 

撮影テスト

開放ではピント部を薄い均一なフレア(コマ収差由来のフレア)が覆い、発色も淡泊になりがちです。どこか現実感のない不思議な空気感が漂うところはアンジェニューType R1を彷彿とさせる描写です。Type R1が持ち味としていた逆光撮影時の鈍く味のある発色はこのレンズにもみられ、アンジェニューを使っていたときに感じた独特の感覚がよみがえります。ただし、フレアはアンジェニューよりも少なく、コントラストはより良い印象で、コーティング性能の進歩にもよるのでしょうか、逆光でも発色が濁ることはありません。ピント部中央は解像感に富んでおり、キレのある質感表現が可能です。近接時はややボケが乱れます。逆光時にゴーストやハレーションが出やすい点はアンジェニューとよく似ています。 

バージョン1ブラック @ F2.8 (ブーストスイッチON) SONY A7R2(WB:⛅)
バージョン1ブラック @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:⛅) どうですか。逆光でハレーションが出やすく、たちまち淡泊な描写になります。アンジェニューっぽいとおもいませんか?



バージョン1ブラック @ F5.6 SNY A7R2(WB:⛅)

バージョン1ブラック @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:⛅)


バージョン1シルバー @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光) 逆光ではゴーストやハレーションが出ます


バージョン1シルバー @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)

バージョン1シルバー @F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)
バージョン1ブラック @ F2.8(ブーストスイッチON) SONY A7R2(WB:⛅
バージョン1シルバー @F2.8(開放)SONY A7R2(WB:日光)

2021/11/12

Schneider Kreuznach SL-ANGULON 35mm F2.8 (Rollei QBM)

 

QBMレンズの広角ツートップ  後編

Schkeider Kreutznach SL-ANGULON 35mm F2.8 

シュナイダー社はこの種のレトロフォーカス型広角レンズに対して通常CURTAGON(クルタゴン)のブランド名をつけるのですが、本レンズに対しては戦前から使用してきた伝統的な名称を襲名させました。理由はわかりませんがLeica用に同社が供給した広角レンズの名称にもSuper-Angulonが使用されており、EDIXAなど大衆機に供給したレンズとの差別化をはかっているという解釈が考えられます。ただし、ALPA用にはCURTAGONでレンズを供給していましたし、Rollei SL用にはシフトレンズのPC-CURTAGON 4/35もあり、こうした事実がこの解釈を支持しません(出だしから自爆でスミマセン)。そうなると、残るはRollei SL用に少し前の1970年から供給されていたCarl Zeiss DISTAGON 35mmとのレンズ名の被りに配慮したという解釈です。バックフォーカスを長くとる意味からきたDISTA(離れた/遠くの)+GON(角)に対し、焦点距離を短くとる意味からきたCURTO(短くする)+GON(角)では、まるで反対の事を言っているようで調子が狂います。妄想は尽きないので、このくらいにして本題に入りましょう。
SL-ANGULON(SLアンギュロン)はシュナイダー社が一眼レフカメラのRollei SL35/SL2000シリーズ用に1972年から1976年までの期間で市場供給したレトロフォーカスタイプの広角レンズです。設計は下図・右に示すような6群7枚構成で、CURTAGONをベースとする正常進化版です。初期のCURTAGONは5枚構成でしたが(下図・左、ALPA用に供給された改良版では1枚増えた6枚構成になり(下図・中央)、今回紹介する製品では更に1枚増えた7枚構成に到達、改良の度に設計がどんどん豪華になっています。また、前群の空気間隔が減り、光学系全体がコンパクトになっている様子もわかります。構成枚数が画質性能の決定要因にはなりませんが、設計自由度の多さに加え、時代的にはコンピュータ設計のアドバンテージを余すところなく発揮できましたし、シュナイダーの製造技術の高さを踏まえれば、本レンズが高性能であることは間違いないでしょう。やはり、QBMマウントで先行発売されていたZeiss-OberkochenのDISTAGON 2.8/35を強く意識した改良なのかもしれません。5枚玉のCURTAGONですら既にだいぶ高性能でしたので、今回取り上げる7枚玉の後継レンズはその遙か上を行く、ひたすら高性能なレンズに仕上がっているものとおもいます。オールドレンズとしては、ここがどうしても弱点になるわけですが。
 
 ★入手の経緯
eBayでの取引価格は200ユーロ(26000円)から250ユーロ(33000円)あたりでしょう。私が入手したのは2021年8月にフランクフルトのレンズセラーがドイツ版eBayに200ユーロで出品していた個体です。オークションの記載は「わずかにホコリの混入があるがカビ、クモリ等のない状態の良い中古品。ピントリング、絞りリングの動作は適正で、問題個所はない」とのこと。値切り交渉を受け付けていたので180ユーロでどうかと申し出たところ了解が得られ、送料込みの総額191ユーロで私のものとなりました。
Schneider-Kreuznach Rollei SL-ANGULON 35mm F2.8: フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽, 重量(カタログ値) 206g, 製造期間 1972-1976年, 設計構成 7群6枚レトロフォーカス型, 最短撮影距離 0.3m


 
撮影テスト
前回の記事で紹介したQBMマウントのDISTAGONと比較される事の多いレンズですが、このレンズもDISTAGONに勝るとも劣らない、あるいはそれ以上にも思える高性能なレンズで、コンピュータ設計のアドバンテージを余すところなく発揮して作られたカラーフィルム時代の申し子とでもいいますか、現代レンズの直接の祖先みたいな性格のレンズです。開放からスッキリとヌケが良く、コントラストや発色は良好、解像力よりも解像感(シャープネス)に注力した線太な描写を特徴としています。かつてレトロフォーカス型レンズが課題としていたコマ収差に由来するフレアや滲みは、全くと言っていいほど見られません。ただし、歪みがやや目につく時があり、フロント部の2枚の凹凸レンズで補正していますが、効果は充分ではないように思えます。ボケは距離によらず安定していて、像は四隅まで整っています。光学系がコンパクトで前玉が鏡胴の少し奥まったところに引っ込んでいるためでしょうが、逆光にはかなり強いです。フードによるハレ切りが無くても、ゴーストやハレーションはほとんど出ませんでした。周辺光量が豊富な点やグルグルボケが出にくい点などはレトロフォーカスタイプならではの性質です。
 
 
F8 sony A7R2(WB:日光)逆光も平気です。ゴーストはほとんど出ません
F5.6 sony A'R2(WB:日光)このとおり歪みはやや残っています

F4 sony A7R2(WB:日光) とてもシャープで解像感の高いレンズです
F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 開放でも全く滲まず!



F5.6 sony A7R2(wb:日光)
f4  SONY A7R2(WB:日光)
F2.8(開放) sony A7R2