おしらせ


2024/06/01

YASHICA COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8

何しろ昭和の名機ヤシカ・エレクトロシリーズを語る上では外せない、広角モデルのELECTRO 35 CCに搭載されていたレンズです。広角でありながらF1.8の明るさ実現した貴重な存在でしたし、独特の青の発色は「ヤシカブルー」などと呼ばれました。いつかデジタルカメラでも使ってみたいと思っていたところ、その機会は前触れもなく訪れました。写真を撮り始めると予想外の展開が・・・。いつも被写体の背後に「何か」が写るのです。そこにいたのは「氷の妖精」の異名を持つクリオネでした!

クリオネが現れる大口径広角オールドレンズ

YASHICA COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8

古い35mmレンジファインダー機にF2を超える明るさの広角レンズがついていることは極めて稀です。一眼レフカメラではどうかというとバックフォーカスを長く取るという制約があり、F2よりも明るい広角レンズを作ることは容易ではありません。1950年代のキャノンのライカマウントレンズやニコンSマウントレンズにこのクラスの明るいレンズが少しありましたが[0]、後に一眼レフカメラ全盛時代を迎えると、この明るさのレンズは著しく数を減らします[1]。そういうガラパゴス的な事情からか、キャノンやニコンの35mm F1.8は現在とても高価な値段で取引されています。

ある日、中古カメラ店のジャンクコーナーに束になって転がっていたヤシカエレクトロ35に出会い、思わず二度見してしまいました。明るい広角レンズCOLOR-YASHINON DX 35mm F1.8のついたELECTRO 35 CCです。一見するとごく普通のありふれたレンズが付いているようにも見えますので、誰の目にもとまらなかったわけです。カメラは故障品でしたが、レンズがまだ使えそうでしたので引き取って再利用することにしました。

ヤシカエレクトロ35シリーズといえば1965年に発売され、1980年まで全世界でシリーズ累計800万台を販売した大ヒットカメラです[4]。今回手に入れたカメラは同シリーズの中で唯一、広角レンズが付いているELECTRO 35 CCというモデルで、1970年に「ろうそく1本の明かりで撮れる!」とのキャッチコピーで登場しました。ちなみにスタンリー・キューブリック監督が明るいカール・ツァイスのレンズを手に入れ、ろうそくの炎だけで撮影した映画「バリー・リンドン」を連想させますが、映画は1975年でしたのでパクリではありません。

さて、救出したカメラの固定レンズをミラーレス機に付けるために、どう改造するかが問題でした。バックフォーカスが短く改造難度の極めて高いレンズでしたので、ヘリコイドごと取り出しライカMマウントに改造する案は物理的に不可能であることがわかりました。それどころか鏡胴が太いためSONY Eマウントに改造する事すらも実質無理(←信じ難いことですが、やってみるとわかります)。残された選択肢はヘリコイドを捨て外部ヘリコイドに載せミラーレス機のマウントにするか(ただし使えるカメラが限定されてしまう)、ミラーレス機用ヘリコイド付きアダプターでの使用を想定し、ヘリコイドレスのままライカMマウントにするか(汎用性重視)の二択です。シャッターをスタックさせるため一旦は鏡胴を分解し、シャッターユニットの内部に辿り着かなければなりません。改造には手間のかかるレンズですが、どうにかフルサイズミラーレス機で使用できるようになりました。このブログでは過去にYASHICA HALF 14用のYASHINON-DX 32mm F1.4を扱いましたが、この時も改造難度が高く散々な目に合いました。YASHINONはとにかくバックフォーカスの短い点が共通しており、容赦がありません。

YASHICA ELECTRO 35 CC。1973年には改良モデルのELECTRO 35 CCNが登場しますが、カメラのデザインはほぼ同じで、搭載されているレンズも同一です




絞り羽は脅威の2枚構成、特異仕様です。えっ?絞り羽って2枚で行けるの?。上の写真は1段絞った際の開口部の形状で、「クリオネ」のように見えますが、これが原因で写真の中の点光源が特異な形状となります。ネットにはこれを「クリオネボケ」とか「エンジェルボケ」などと呼ぶ人がいます。どうしてこんな非対称な絞りを採用したのか理解が追いつきません

COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8のレンズ構成は4群6枚のオーソドックスなダブルガウスです[2]。前玉や後玉の曲率が大きく、ガラスが前後に大きく飛び出しています。レンズの設計と供給を担当したメーカーがどこなのかは、確かなエビデンスとなる文献や資料がなく不明です。ただし、この時代のヤシカには藤陵嚴達氏率いるヤシカ光学研究室があり、レンズを自社設計することができました。藤陵氏の回顧録にも「ヤシノン交換レンズ群、エレクトロ35用レンズ等を設計」とありますので、レンズを設計したのはヤシカ(藤陵氏もしくは藤陵監修)である可能性が濃厚です[4]。藤陵氏と言えば八洲光学工業からズノー光学(旧帝国光学工業)を経て1961年にヤシカに移籍しており、かの有名なZUNOW 50mm F1.1後期型(1953年発売)の設計に関わった人物でもあります[3]。レンズの製造は1968年から同社の子会社となった富岡光学で対応できました。レンズの設計はヤシカ、製造は富岡光学であったというのが大方の共通見解です[3-5]。情報をお持ちの方はお知らせいただけますと幸いです。

参考・脚注

[0] Canon 35mm F1.8 / F1.5(L mount), Nikon W-Nikkor 3.5cm F1.8(S mount)

[1] Minolta-HH 35mm F1.8 (MD), Tomioka Auto TOMINON 35mm F1.9(M42),  ENNA Super Lithagon 35mm F1.9 (M42, Exakta etc)

[2] YASHICA Electro 35 CCN Instruction manual

[3] 光学設計者 藤陵嚴達~ズノー、ヤシカ、リコー~, 脱力測定(2021年)

[4]  藤陵嚴達「六十年の回想」

[5] 写真工業1966年6月号 「新型カメラの技術資料」

 

撮影テスト

開放では僅かにフレアが発生し適度に柔らかい描写ですが、コントラストは良好で発色も鮮やかです。中心部は解像力があり、線の細い緻密な像を描きます。ただし、四隅にゆくほど像は甘くなります。一段絞ればフレアは消失し、スッキリとしたヌケの良い描写で、四隅までシャープな像が得られるようになります。ボケは概ね安定しており、グルグルボケは近接撮影時に少し出る程度です。発色傾向については、フィルム写真の時代から青に定評があり、くすんだような独特な青の表現を指して「ヤシカブルー」などと呼ばれることがありました。また、絞り開口部の形状が歪で、1段以上絞ると点光源がクリオネの形に見えることがあります。ネット上では「クリオネボケ」「エンジェルボケ」などと呼ばれることがあります。

F4 Nikon Zf(B&W mode)

F1.8(開放) Nikon Zf(B&W mode)
F1.8(開放) Nikon Zf(B&W mode)
F4 Nikon Zf(WB: 日光A)

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光A)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)

続いてボケを生かした写真を何枚かどうぞ。レンズの絞り羽はたったの2枚で、このため1~2段絞ったあたりで絞りの開口部が歪な形状となります。どうしてこんな非対称な形状を選んだのか理解が追いつきません。シャッター開口部の非対称な形状に起因する不均一な光の取り込みを絞りの形状で補正したかったのでしょうか?
 
F2.8, Nikon Zf(WB: 日光)
F4, Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)


F2.8, Nikon Zf(WB:日光)

F1.8(開放),Nikon Zf(WB:日光)

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)


スナップ写真の表現に遊び心を添える事ができるのは、この種のファンタジック系レンズの醍醐味ですね。


2024/05/09

備忘録:Kuribayashi PETRI 50mm F2(PETRI PENTA V2用)はORIKKORと同じプレミアムな7枚玉

独自のスピゴット式ペトリマウントを採用し1961年に登場した一眼レフカメラのPETRI Penta V2には、それ以前のKuribayashi ORIKKOR 50mm F2(M42マウント)からの流れを汲むと考えられるKuribayashi C.C PETRI 50mm F2(上写真・左)と、新設計で焦点距離を55mmとしたKuribayashi C.C PETRI 55mm F2(上写真・右)の2種の標準レンズが供給されました。栗林写真工業社の公式カタログ[1-3]では、これらはいずれもオーソドックスな6枚玉(4群6枚)であると記されており、構成図までついています。一方でインターネット上には前者のPETRI 50mm F2がORIKKORと同一構成の7枚玉(下図)ではないかという噂も出ており、現物を手に入れ確かめる必要がありました。今回、構成を確認する機会がありましたので見てみると、何とORIKKORと同一構成の7枚玉(下図)で噂は本当でした。私の手にした個体が特殊なのでしょうか?それともPETRI 50mm F2は全て7枚玉なのでしょうか。ちなみにペトリマウントの50mm F2には銘板に「ORIKKOR」の名が入った個体「Kuribayashi C.C PETRI ORIKKOR 50mm F2」も存在します。カタログでの表記を擁護すれば、これが6枚玉で、ORIKKORの名がない個体が7枚玉という可能性も考えられます。

真相に迫るには、もう少し事例を集める必要がありそうです。

Kuribayashi Orikkor 50mm F2(Petri Penta)の構成図

ペトリレンズはどれも良く写るレンズばかりですが、その割にジャンク品のような不当な扱いをうけ、安値で売り叩かれています。中古カメラ屋のガレージセールではカメラ本体に付いた状態で打ち捨てられるように転がっており、その姿を見るたびに昭和生まれの私としては胸の痛い思いになります。これは市場に供給された数が多すぎた事に加え、独自のマウント規格を採用していた事が大きな原因です。しかし、ここ最近は良い兆しも見え始め、7枚玉のORIKKOR(M42マウント)は独特な構成が再評価され1万円程度の値で取引されるようになりました。オールドレンズ界での「市民権」を得たようです。ペトリマウントのアダプターも全く無いわけではないようで、秋葉原のオールドレンズ専門店2nd BASEにはペトリマウントをライカMに変換する特製アダプターが売られています。焦点距離50mmの栗林製ペトリレンズを見かけましたら、ぜひ拾い上げてやってください。もし7枚玉でしたら(6枚玉でも)、下方の掲示板でお知らせいただけると幸いです。ちなみに私が入手した個体は中古カメラ店のジャンクコーナーで800円でした。カビ、くもりなしです。

7枚玉のKuribayashi C.C PETRI 50mm F2(左)と6枚玉のKuribayashi Petri C.C 55mm F2(右)。どちらもPetri Penta V2用としてカメラとセットで販売されたレンズです

最後に7枚玉であることの確認方法ですが、上の写真のように絞りを閉じた状態で電球やLEDライトなどの光を後ろ玉の側から当てます。4個の明るい反射に挟まれ2個の暗い反射が見られれば、間違いなく7枚玉(4群7枚)のプレミアムなモデルです。

 

参考資料

OrphanCameras.com / Butkus.us

[1]Petri Penta V Instruction manual

[2]Petri Penta V2 Instruction manual

[3]Petri Flex V Instruction manual

 

撮影テスト
Camera: GFX 100S
Lens: PETRI 50mm F2(1枚目), PETRI 55mm F2(2枚目)
 
軽く試写結果も提示しておきます。どちらの栗林製レンズもイメージサークルにはかなりの余裕があり、中判イメージセンサーを搭載したFujifilmのGFXシリーズでケラれることなく使用できます。両レンズともコントラストは良好で、開放からシャープに写る高性能なレンズです。ボケがザワザワと固めなのは同社の標準レンズ全般に共通する性質です。
Kuribayashi 50mm F2 @ F2(開放) , Fujifilm GFX100S(F.S: St, WB:Auto)

Kuribayashi 55mm F2 @ F2(開放) , Fujifilm GFX100S(F.S: St, WB:Auto)