おしらせ

2024/10/30



ハッピーハロウィーン!魔力系レンズの力が極大化するお化けの季節となりました。こわ〜い写真を撮りましょう。フジノンとフジGFXの純正コンビを持ってハロウィーンの夜にお出かけしてきました。おやつくれなきゃいたずらするぞ!

ハロウィーンの夜に魔力系レンズの力を解き放つ

富士フィルムの軟焦点レンズ

Fujifilm EBC FUJINON.SF 85mm F4(M42 mount) Rev.2

1930年にドイツのローデンストック社からひどく変わった不思議なレンズが登場します。それはIMAGON(イマゴン)という名のレンズで、まるでレンコンの断面のような多数の穴を持つ複雑な絞り「イマゴンディスク」を内蔵していました。このレンズの吐く写真も独特で、残存収差を故意に残し、写実的な画作りから大きくかけ離れた、甘くロマンチックな柔らかさと、毛糸のようなフワッとしたぼかし効果、写真というよりは絵画に近い描写を特調としていました。しかも、中心部の像は緻密で繊細です。たちまち世の肖像写真家達を魅了し、虜にしてしまいます。イマゴンは後に「ソフトフォーカス(軟焦点)レンズ」という新しいジャンルを切り拓くパイオニア的な存在となります。富士フィルムはこの伝説的なレンズを研究し、1970年代当時の最新のレンズにイマゴンディスクを内蔵させたEBC FUJINON.SF 85mm F4を開発、1970年から1979年まで市場供給しています。レンズの設計構成はIMAGONが単玉1群2枚で収差のオンパレードであるのに対し、FUJINON.SFは4群4枚のアナスティグマートです。球面収差を意図的に残存させながらも他の収差を確実の補正することができ、イマゴンディスクの作用を最大限に活せるよう最適化されています。同社のFUJINON SF 250mm F5.6とともに、IMGONのアイデアを継承し発展させた世界で唯一の製品と言えます。

EBC Fujinon SF 4/85の構成図(トレーススケッチ)左が被写体側で右がカメラ側。構成は4群4枚で、第2レンズが正で第3レンズと第4レンズの感覚がもう少し長いならばエルノスター型に近い設計となります


 

フジノンSFのソフトネスコントローラー

ソフトフォーカスレンズの目指す軟調描写とは、いわゆるピンボケとは異なり、被写体の1点から出た光がイメージセンサーやフィルム面で像を結ぶ時に、その点像が周囲にハロと呼ばれる滲みを纏いながらも、中心には鋭く強い明るさの核(結像核)を持ちます。この核があるおかげでピントの合っている部分はしっかりと解像され、周囲のハロと相まって、ぼんやりとした柔らかく幻想的な味付けの中に緻密な像を宿した、繊細な描写表現が得られるのです。今回取り上げているEBC FUJINON.SFには更に「ソフトネスコントローラー」という特殊な機能があり、結像核とハロのバランスを微調節することができます。大小様な大きさの穴があいたイマゴンディスクを絞りの直ぐ後ろに配置し、絞りの開閉によってディスクの効果(ハロの出方と発生量)をコントロールすることができるのです。このレンズはFUJI PHOTO FILM CO.(FUJIFILM CO./富士フィルム株式会社)のフジカSTシリーズに搭載する交換レンズとして1970年頃から1979年まで市場供給されました。EBCElectron Beam Coating)コーティングが登場するのは1972年ですので、このごく初期には単層コーティングのモデルがあったものと思われます。レンズの設計は上図のような4群4枚のエルノスターI型に近い構成で、高度な収差補正も可能な設計自由度の高いレンズです。ソフトフォーカスレンズには構成がもっとシンプルなものも多数あり、収差の幾つかを補正せずに放置することで軟らかい描写を実現していますが、本レンズではイマゴンディスクの効果に関係のある球面収差のみを残存させ、残りの収差を抑える最適化が図られています。通常のソフトフォーカスレンズよりも緻密で繊細な描写表現が可能となっていると考えられます。

FUJIFILM EBC FUJINON.SF 85mm F4: 焦点距離 85mm, 絞り F4-F16, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, M42マウント, 重量(実測)285g, 対応イメージフォーマット 35mmフルサイズ, マウント部に絞り連動ピンがついているので、マウントアダプター経由でデジカメに搭載して用いる場合には、ピン押し天板のついたアダプターを用いなければ絞りの開閉ができない



参考文献・資料

[1] 「写真レンズの基礎と発展」小倉敏布著 クラッシックカメラ選書2 朝日ソノラマ
[2]  The History of FUJINON -the heritage of XF Lenses- / FUJIFILM

[3]  A History of the Imagon lens by Dr. Alfons Schultz (archived)

 

F4(開放) Fujifilm GFX 100S(WB:AUTO,  F.S.:EB)


F4(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.s.: CC)




















F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: CC)















F8 Nikon Zf(WB:Auto)











F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: EB)

F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: EB)

F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: EB)


F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: CC)
F8 Nikon Zf(WB:auto)
F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: EB)
F4(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:auto, F.S.: EB)


 
放送事故スレスレの怖い写真をあつめましたが、やはり度を超えたものは除けて(祓って)あります。

フルサイズ機による過去のブログエントリーもありますので、こちらから御覧ください。



2024/10/27

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

絵画主義者が発案した写真レンズの新境地、魔鏡イマゴン

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

1930年にドイツの光学メーカー・ローデンストック社からひどく変わった不思議なレンズが登場します。それはIMAGON(より正確にはTiefenbildner-IMAGON)という名のレンズで、まるでレンコンの断面のような多数の穴を持つ複雑な絞り「イマゴンディスク」を内蔵していました。このレンズの吐く写真も独特で、残存収差を故意に残し、写実的な画作りから大きくかけ離れた甘くロマンチックな柔らかさと、毛糸のようなフワッとしたぼかし効果、写真というよりは絵画に近い描写を特調としていました。しかも、中心部の像は緻密で繊細です。たちまち世の肖像写真家達を魅了し、虜にしてしまいます。イマゴンは後に「ソフトフォーカス(軟焦点)レンズ」という新しいジャンルを切り拓くパイオニア的な存在となります。ただし、イマゴンを一括りにソフトフォーカスレンズの一種としてしまうことには反発もあります。レンズが生まれた経緯を知れば、そのことを容易に理解できるでしょう[1,2]。

レンズは写真家で絵画主義者のハインリッヒ・キューン(1866-1944)が発案し、後に光学メーカーのシュテーブル社(Optisches Werk Dr. Staeble & Co)を創業するフランツ・シュテーブル博士(1876-1950)による設計で1920年代に生み出されました。ハインリッヒ・キューンは光学的な作用により絵画と写真を補完させる実験的な試みを繰り返していました。彼が写真術を単なる記録以上のものに作り変えようとしたのは明白で、メニスカス単レンズの前方に網のような障害物を設置するというアイデアに到達していたようです。ただし、絵画のような特殊効果を得るまでには至らず、シュテーブル博士に自身のアイデアを相談、その後、二人は共同でイマゴンディスクのアイデアに到達します。彼らの着眼点は球面収差の精密なコントロールにありました[2]。

ハインリッヒ・キューン(1866-1944) 
(生成系AIによる似顔絵スケッチ)
 

写真レンズの絞りには球面収差を抑えハロの原因とボヤけた像を取り除く効果と、緻密でシャープな像(結像核)を生み出す2つの働きがあります。ハロと結像核のバランスは絞りの開閉である程度コントロールできます。しかし、このコントロールはある意味雑で、間を取るとどちらも中庸な結果となってしまいます。絵画と写真の境界を目指す二人は力強い結像核にボヤけた像を重ねる事が重要と考え、絞りの代わりとなり、これらを適度なバランスで合成することのできるレンコン状のディスクを開発します。当初のレンズは発案者の名前を取りAnachromat Kühn(アナクロマート・キューン)という名称で1920年代に発売されましたが、後の1928年にTiefenbildner-Imagonへと改称されます。"Tiefenbildner"(ティーフェンビルドナー)という聞き慣れない用語はドイツ語で芸術的な意味での「被写界深度の創造者、変調者、画家」と訳すのが最も適切なのだそうです[6]。"Imagon"はラテン語のIMAGOあるいは英語のIMAGEです。シュテーブル社の幾つかの発明特許は1930年にミュンヘンのローデンシュトック社に買い上げられており、IMAGONの発明もその中の一つでした[1,2]。レンズは1930年にローデンシュトック社の製品となり、写真館などで肖像写真に広く用いられるようになります。以後もレンズはプロフェッショナルフォトグラファーから長期に渡り愛用・支持され、大きな設計変更も無く1990年年代まで生産され続けられました[3,4]。

Imagonの構成図:Rodenstockのカタログ掲載図からトレーススケッチした
 

参考文献・資料

[1] A History of the Imagon lens by Dr. Alfons Schultz (archived)

[2] History, Characteristics and Opration of Imagon lenses,Pentaconsix.com

[3] Rodenstock 公式パンフレット 1986年4月

[4] Rodenstock Lenses for Large Format 1995

[5] Wolfgang Baier: Quellendarstellungen zur Geschichte der Fotografie. 2. Auflage, Schirmer/Mosel, München 1980, ISBN 3-921375-60-6, S. 536

[6] wikipedia: Imagon


入手の経緯

長期間製造されたこともあり、中古市場には比較的まとまった数の個体が流通しています。国内のネットオークションでは20cm H5.8が3~4万円程度で取引されており、古典レンズにしては手の出しやすい価格です。ただし、35mm判から中判6x6フォーマットまでに準拠した120mm F4.5は希少性が高く、800~1000ユーロ程度といい値段します。ちなみにライカマウントの90mm F4.5もあり知人に見せてもらったことがありますが、これはプロトタイプなので値段は不明です。購入時は交換用のイマゴンディスクが3枚全て揃っているかどうかが重要です。

 

Rodensock Tiefenbildner Jmagon(Imagon) 20cm F5.8: フィルター径 55mm, 設計構成 1群2枚, イマゴンディスク3枚付属 H=5.5-7.7, H=7.7-9.5, H=9.5-11.5, 撮影フォーマット 6x9(中判) - 9x12

 

撮影テスト

単玉だからと軽視すると、このレンズのグラマーな描写に度肝を抜かれることになります。もうメチャクチャいいです。ピント部は繊細で中央はかなり緻密な像になりますが、輪郭部がキラキラと光輝き、ドラマチックな写真が撮れます。イマゴンディスクはH=5.8-7.7が最も収差量が多く、続いてH=7.7-9.5, H9.5-11.5と続きますが、私にはハロの出方が少し控えめのH=7.7-9.5が最も使いやすく、このディスクを常用していました。


Kodak GOLD 200 (6x9 medium format)

Kodak Gold 200(6x9 format) filter:H7.7(開放) イマゴンの凄さは、もう充分にわかりました!KODAKは少し黄色っぽい感じに写ります




Kodak GOLD 200(6x9 format), filter: H7.7(開放)
 

 

Fujifilm Pro160NS(6x7 medium format)

Fujifilm Pro 160NS(6x7 format), filter: H7.7(開放) 富士フィルムのカラーネガではフィルムの特性からか、少し緑色っぽい発色です