おしらせ

2025/11/15

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5 (Prominent)


あらら、プロミネント用アダプターに装着できないとは。想定外の出来事に、思わず心がときめくではないですか。

凹メニスカスの静かな主張:アダプターが使えないからオフロード走行でひた走る

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5

1950年代初頭はバックフォーカスを延長したレトロフォーカス型広角レンズが登場し始めた時期です。アンジェニュー・タイプR1やカールツァイス・フレクトゴンなどが先陣を切り、この分野のパイオニアになったことで知られていますが、フォクトレンダー社からも同種のレンズが市場供給されていたことは、しばしば見過ごされがちです。同社のレンジファインダー式カメラ「プロミネンⅠ型(1950年発売) 」 に搭載する広角レンズとして1954年に発売されたスコパロン35mm F3.5のことです[1]。

このレンズがあまり注目されないのも無理はありません。多くのレトロフォーカス型レンズが一眼レフカメラのミラー干渉を回避する目的で設計されたのに対し、スコパロンはフォクトレンダー社が自社のカメラに採用したビハインドシャッター方式に対応するための設計でした。後に一眼レフカメラ黄金時代が到来することを考えると、この特殊なカメラ機構への対応という変則的な事情が、スコパロンの技術史的な位置付けを曖昧にしてしまったのです[2]。

注目されない原因はもう一つあり、極めて特殊なフォーカス機構です。このレンズには光学系全体が鏡胴内部で前後に移動する、インナーフォーカスにも似た構造が備わっています。ただし、インナーフォーカスが光学系の一部のレンズ群のみを移動させるのに対し、スコパロンは全群繰り出し方式のため、マウント部に繰り出し量を制御するための機構が別途必要になりました。このような特殊性が、ノクトンやウルトロンなどに使われる一般的なプロミネン用アダプターの装着を不可能にしており、結果としてプロミネント本体で扱う以外の選択肢がありません。技術的な「時代の主流」から外れ、奇抜な独自路線を築いたフォクトレンダーらしいアプローチとも言えますが、現代のデジタルカメラとの相性は劣悪で、デジタルカメラでの作例が現在のインターネット上に皆無なのも、このマウント・フォーカス機構の特殊性に起因する事態と言えます。

とはいえ、手元に届いたのも何かの縁。マウント部にM42ネジを設置する加工を施し、直進ヘリコイドに搭載。下の写真のようにライカL39マウントレンズとしてミラーデジタルレスカメラで使用できるカスタム仕様にしました。

(a) M42リングを装着したところ。側面からイモネジで留めつつ、接着剤で補強をすれば耐久性的には十分かと思います (b) M42 to M39ヘリコイド(17-31mm)を装着したところ。白銀のスポーツカーにオフロード用タイヤをはめたような不思議な感覚です。これで結構な近接域まで寄れマクロレンズのようにも使えます


レンズ構成はレトロフォーカス型レンズの創成期によくある典型的なスタイルで、既存のレンズ構成をマスターレンズとし、前方に凹メニスカスレンズを据え付けた形態です[3]。本レンズの場合はマスターレンズがテッサータイプとなっています(下図)。一眼レフ用レンズとは異なり、バックフォーカスの延長量が一般的なレトロフォーカスレンズよりも短いため、凹メニスカスには度数の比較的の小さなものが採用されています。口径比もF3.5と無理がなく、黎明期のレトロフォーカスタイプにしては、案外とよく写るレンズなのかもしれません。

本レンズを設計したのはフォクトレンダー社でノクトンやウルトロン、カラースコパー、スコパゴンなどの設計を手がけたトロニエ博士(A.W.Tronnier)です[3,4]。1952年にレンズ構成の米国特許を公開しました[3]。 レンズは1954年から市場供給されています[1]。

左: A.W.Tronnier 45-46歳のイラスト(似顔絵),   右: Skoparon構成図(トレーススケッチ)




 

入手の経緯

このレンズをデジタルカメラで活かす事の出来るマウントアダプターがないため、中古市場での人気は今ひとつです。海外ではeBayなどのオークションサイトで110ユーロ/130ドル(20000円)前後からの値段で取引されてます。日本ではヤフオクやメルカリでの個人売買が15000〜20000円程度、ショップでは20000~25000円程度からです。私は202511月にメルカリにて状態の良い個体を見つけ購入に至りました。商品の説明には「外観・レンズともに非常に状態の良い美品」とあり、実際に届いた品も、わずかなホコリの混入を除けば申し分のないコンディションでした。プロミネント用アダプターに装着できないことが発覚したのは手元に届いた後です。どうしよう。自分が一番乗りになれるかもと予期せぬ事態にガッツポーズをしたものの、嬉しさ半分、困惑も半分です。


参考資料 

[1] Vogtlander Prominent カタログ "because the lens is so good" (1954)

[2] Rudolf Kingslake "a history of the photographic lens" / 「写真レンズの歴史」ルドルフ・キングスレーク クラシックカメラ選書11;  OPTICAL SYSTEM DESIGN By Rudolf Kingslake(1983) Academic Press Inc.

[3] 米国特許  US2746351A(1952年)

[4] Voigtländer "weil das Objectiv so gut ist", Voigtländer A.G., Kameras, Objectivem Zubehur; Voigtländer 1945-1986 UDO AFALTER(1988)

Voigtlander SKOPARON 35mm F3.5: 重量(実測) 230g, フィルター径 45mm, マウント規格 プロミネント外詰めマウント, 絞り羽 9枚構成, 絞り F3.5-F22, 最短撮影距離 2.3feet(約0.7m),設計構成 4群5枚レトロフォーカスタイプ, 発売年 1954年

 

撮影テスト

この時代のレトロフォーカス型広角レンズはコマ収差の対応方法が発見される前の製品ですので、開放では滲みを伴う軟調かつ柔らかい描写を期待することができます。ただし、今回取り上げるスコパロンは前玉に据えた凹メニスカスの度がそれほど強くないうえ、開放F値も3.5と無理のない設定になっていますので、画質的な破綻は無いのかもしれません。写真作例を見てみましょう。

F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光) abc


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)




F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F5.6 Nikon Zf(WB:日光)


F5.6 NikonZf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf (WB:日光)










とまぁ、見てのとおりに、予想といいますか期待は見事に外れ、かなりの優等生レンズでした。ライバルであるツァイスのBIOGONとライツのSUMMARONを迎え撃つだけのことはあります。開放でもピント部は隅まで高解像で端正、F2.8系の同種レンズよりも明らかに優れています。気づいたことと言えば開放で近接を取る際に、四隅の前ボケが少し流れるくらいです。滲みは僅かでスッキリと写り、歪みは良く補正されています。トーンは見てのとおりに開放で軟らかく軽やかです。少し絞れば死角は全くありません。最高級カメラのプロミネントに搭載されるレンズというだけのことはあります。

2025/10/26

35mm判オールドレンズ × 中判デジタルカメラ:新たな撮影スタイルの魅力


35mm判オールドレンズ × 中判デジタル機:

新たな撮影スタイルの魅力

近年、35mm判(フルサイズフォーマット)向けに設計されたオールドレンズを、マウントアダプターを介して中判デジタルカメラ(Fujifilm GFXシリーズやHasselblad Xシステムなど)で使用する撮影スタイルが、静かに注目を集めています。

かつては一部のマニア層だけが楽しんでいたこのスタイルですが、中判デジタル機の中古価格が近年求めやすくなってきたことで、ハイアマチュア層にも広がりつつあり、新たな表現領域を切り開く可能性にも注目が集まっています。

図1 35mm判と中判イメージフォーマットの比較。画像フォーマットの対角線長を赤矢印で表示している





 

画像フォーマットとアスペクト比の関係

写真用レンズには、設計時に定められた「撮影フォーマット(画像フォーマット)」という規格があります。これはイメージセンサーやフィルムなど撮像部の対角線長(または対角線画角)によって規定されています。例えば撮影フォーマットが35mm判(36mm × 24mmの長方形)の場合、対角線長は約43.3mmです(上図・赤矢印)。この場合、写真用レンズは、この対角線を直径とする外接円の内部に収まる像に対して、画質を一定水準に保つよう設計されています。

ここで重要なのは、レンズの使用にあたり「対角線長さえ守れば、撮影フォーマットの縦横比(アスペクト比)は自由に選べる」という点です。つまり、撮影フォーマットの形状は、映画のような横長でも、スクエア(正方形)でも構わないのです。

図2 中判イメージセンサー(灰色)、撮影フォーマット65:24および1:1、35mm判対角線の外接円(赤円)



 

 中判デジタルがもたらす表現の拡張

中判デジタルカメラは、35mm判より広い撮像部を持つため、撮影モードを変更することで、35mm判の対角線長にフィットするような、さまざまなフォーマットでの撮影が可能です(上図)。撮影フォーマットには、例えば以下のような選択肢があります:

  • スクエアフォーマット(1:1):静謐で均衡のある構図を提供:対角線長は約46.7mmで、35mm判の43.3mmよりもやや大きめですが、図2のように35mm判対角線の外接円(赤円)から大きくはみ出しているわけではありません。はみ出し量は左右両側とも約3.9%です。画質的に無理のない撮影結果が期待できます
  •  横長フォーマット(例:65:2416:9):映画的な広がりと遠近感を強調し、視線誘導を活かしたダイナミックな写真表現を強化。対角線長は  それぞれ、約46.9mm(65:24)と約50.5mm(16:9)で、35mm判よりもやや大きめ。ただし、撮影モード65:24であれば、35mm判対角線の外接円(赤円)から大きくはみ出しているわけではなく、無理のない撮影結果が期待できます
  • 縦長フォーマット(3:4): 最近のGFXで選択可能になった撮影フォーマットで、35mm判に近い対角線長のまま、マイクロフォーサーズと同じアスペクト比を実現できる撮影モードです。ライカ判3:2よりも4:3が好きな人におすすめします。対角線長は約41.2mmと、35mm判よりも少し小さめ
  • 35mm判の定格より一回り大きなフォーマット(3:24:3)レンズの収差特性を更に引き出し、フルサイズ機では得られない写真表現を可能にします

大は小を兼ねる!

本記事で取り上げた撮影スタイルは、中判デジタルカメラと35mm判レンズの融合によって生み出された比較的新しい手法です。35mm判オールドレンズの性能を最大限に引き出しながら、フルサイズ機では実現し得ない構図の柔軟性を享受できる点に、大きな魅力があります。