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2013/11/04

Voigtländer COLOR-SKOPAR X 50mm F2.8(DKL)




銘玉の宝庫Deckelマウントのレンズ達
PART1: COLOR-SKOPAR X
フォクトレンダー・デッケル機のエントリーレンズ
「なぜならレンズがとても良いから」。1756年に創業した世界最古のカメラメーカーVoigtländer(フォクトレンダー)社がカメラの宣伝に用いたキャッチコピーには自社の高性能なカメラについてではなく、レンズの素晴らしい性能を称える文句が使われた。Color-Skopar(カラー・スコパー)は同社が戦後に生産した多くのカメラに標準搭載され、写りが良いことで世間から高い評価を得ていたテッサータイプの標準レンズである。レンズを設計したのはNoktonやUltronなどの銘玉を設計した人物として知られるA.W.Tronnier(トロニエ博士)で1949年と1954年にそれぞれF3.5とF2.8のモデルを世に送り出している(文献2)。トロニエ博士は戦前のSchneider社に在籍していた頃に同じTessar型レンズのXenarを開発した経験があり、Color-SkoparにはXenarの開発で培ったノウハウが生かされている。一般にColor-SkoparはXenarよりも更に硬階調でシャープ、高発色なレンズと評されることが多く、鋭い階調性能と高いコントラストを持ち味とするTessar型レンズの長所が最大限に引き出されていると考えてよい。技巧性に富むVoigtländer社のマニアックなカメラに相応しい尖がった性格のレンズである。
重量(実測) 138g, 最短撮影距離 1m, 絞り羽 5枚, 3群4枚テッサー型, フィルター径 40.5mm, 製造年:1959-1967年(DKLマウント),製造本数 20万本弱(DKLレンズのみカウント), EOS5D/6D系に搭載する場合もミラー干渉は起こらない。このレンズはビハインドシャッター方式のカメラに搭載するレンズであり絞りリングは標準装備されていない。マウント側についている黄色マークは、このレンズがウルトラマチックで使用する際にカメラ本体に開放F値を伝える細工がしてあることを意味している。このマークがついている製品ロットは後期型の比較的新しい個体である






Skoparブランドが初めて世に登場したのは1926年である。最初のモデルはTessar型ではなく前後群をひっくり返した珍しい構成の反転Tessar型(あるいはアンチプラネット型とも言う)で口径比はF4.5であった。この種の構成を持つレンズにはSteinheil社のCulminar 85mmF2.8がある。Tessarタイプのレンズに比べやや軟調で発色もあっさりとしており、シャープネスでは一歩及ばなかった。直ぐに設計が見直され、翌1927年にTessarタイプへと構成が変更されている。その後、1930年代後半に口径比がF3.5まで明るくなり、初代Vito(1939-1949)などの35mm判小型カメラに搭載されるようになっている。1949年にはTronnier博士の再設計によりカラー撮影にも対応したColor-Skopar F3.5に置き換えられ、モデルチェンジを間近に控えたVitoの最終ロットに搭載された。1953年にはF2.8の更に明るいモデルもProminent用として登場し、F3.5のモデルとともに後継カメラのVito Bなどに標準搭載されている。なお、Color-SkoparはVoigtländer社が最も多く製造したブランドであり、デッケルマウント用は1959年から1967年までに20万本弱もの数が生産されていた。現在でも中古市場に数多くの製品個体が流通しており相場は安値で安定している。ちなみに同社で2番目に多く製造されたデッケルレンズはSkoparexで製造本数は6万本強、3番目はSepton(ゼプトン)で製造本数は5万2千本弱である。
Color-Skopar F2.8の構成図(左が前で右がカメラ側)。Vitessa T用として文献1のP112に引用掲載されていたものをトレーススケッチした。構成は3群4枚のTessar型で、第1レンズに厚みがあるのが特徴である
デッケル機は絞りの開閉をカメラの側でコントロールする仕組みになっている。デッケルレンズは絞りリングが省略されており、マウント部の近くに絞り羽根を制御するためのブラケットが突き出ているのみである(上の写真)。このブラケットを矢印の方向にスライドさせることで絞りを開閉させることができる。デッケルレンズ用のマウントアダプターにはブラケットをスライドさせるための制御ピンがついており、アダプターに内蔵された絞りリングとブラケットが制御ピンを介して連動できるようになっている
デッケルレンズ用のマウントアダプター。絞りリング(赤矢印)を回すと制御ピン(青矢印)が連動して動き、レンズのブラケットを引っ掛けながらスライドさせることができる
デッケル-M42マウントアダプターをレンズに装着したところ。装着時はアダプター側の固定ピン(赤矢印)をレンズのマウント部にある窪みにはめロックする。解除するには手前のレバーを青矢印の方向に押せばよい
コードXの謎を追う
レンズの銘板に誇らしげに刻まれたXのアルファベット。このコードは何を意味しているのだろうか。Color-Skopar Xに興味を持つきっかけは、そうした些細なところからであった。ちなみにSkoparというレンズ名はギリシャ語で「見る、観察する」を意味するSkopeoを由来としている。末尾に「X」のつく固有名詞と言えば、トヨタ自動車の「マークX」や「MAC OS X」などがあり、これらは通産10作目の製品ということを意味している。他にも「ミスターX」や「惑星X」「Xデー」「プロジェクトX(NHKのTV番組)」などがあり、これらには未知であるという意味が込められている。おそらく方程式の変数Xあたりが由来なのであろう。しかし、COLOR-SKOPARの場合は、これらのどれにも該当しない。レンズの場合にはこの種のアルファベットがガラス面に蒸着されたコーティングを意味する場合もあり、Zeiss製レンズのT(Transparent)コーティングやMeyer製レンズ等のVVergütung)コーティングなどがその典型である。また、Kodak社のレンジファインダー機Retina IICの交換レンズ(コンバージョンレンズ)にはCのイニシャルが記されている。レンズに関して言えば直ぐに思い当たるのはこんなところであるが、「X」なんてのは今まで聞いたことがない。イニシャルだと仮定してもXで始まる単語なんてそう多くはない。しばらくこのコードの謎に考えを巡らせ知人を巻き込みながら盛り上がっていたのだが、浅草のハヤタさんが答えを持っていた。このレンズはSyncro Compur X(シンクロコンパーX)というシャッターに搭載するためのレンズなのである。Compur Xシャッターはフラッシュにシンクロできる機構を内蔵しており、シャッターが降りるとX接点を介して信号が放たれフラッシュが発光する仕組を持っていた。ただし、レンズ自体にはこの機構に応じるための細工が何一つ無いとのことで、わざわざ銘板にXを明記した意図についてはハヤタさんも首を傾げていた。
最後にここからは全くの想像だが、Spiral説を述べてみたい。レンズが造られた当時のVoigtländer社にはProminentマウント(1954年~)、Vitessa-T(旧デッケル)マウント(1956年~)、Bessamatic/Ultramatic(新デッケル)マウント(1959年~)の3種のマウント規格が存在し、混乱が避けられない状況であった。そこで、Prominent用に供給された交換レンズがSkoparon, Ultron, Nokton, Color-Skopar, Dynaron, Super-Dynaronなど末尾が"ON"でほぼ統一されていたのに乗じ、1956年に登場するBitessa-Tの交換レンズでは末尾を"T"で統一することにして混乱を避けた。Skoparet, Dynaret, Super-Dynaletなどである。ただし、Color-Skoparだけは戦前から供給されていたブランド名なのでルールから外れてしまったのである。Prominent用レンズと間違えVitessa-T用レンズを持ち出すという混乱はやはり起こった。そこで、新しいデッケルマウントの規格であるBessamatic/Ultramatic用レンズ(1959年~)では末尾を"X"で統一するルールが徹底された。Skoparex, Dynarex, Super-Dynarexなどである。ところがColor-Skoparの末尾にXを付けると、今度はSkoparexとの識別ミスが起こるため、仕方なくColor-Skopar Xとしたのである。ちなみにSepton、Skopagon、Color-LantharはBessamatic/Ultramatic用レンズから新たに導入された名称なので、この手の混乱を避けることができた。もし、次の新しいマウント規格が出ていたら、Septon Xとでもするつもりだったのであろうか。

参考資料
  • 文献1:「ぼくらのクラシックカメラ探検隊:フォクトレンダー 第2版」Office Heliar 1996年初版、2000年3月改定版発行
  • 文献2:Color-Skoparの米国特許:US-Patent 2.573.511
レンジファインダー機に対応するため設けられた距離計連動用のカム。手元のレンズの中ではColor-Skopar XとTele-artonにこの機構を確認することができる。このカムは初期のデッケルレンズに多く見られるが、やがてデッケルマウントのレンジファインダー機がなくなり不要になたっため消滅している
入手の経緯
本品は2012年夏にeBay(UK版)を介してイギリスのコレクターから70ドル+配送料15ドルの合計85ドルで落札し入手した。このセラーはコレクションの整理と言いながら他にもいろいろなレンズを出品していた。コレクターであれば検査の精度については下手な業者よりもマトモなケースが多い。レンズはEX+++コンディションとのことである。1週間後に届いたレンズは写りに影響の無いレベルのホコリの混入があったが、ガラス自体は傷の無い綺麗な状態を維持しており問題なしの品であった。eBayでの相場は60~80ドル程度と求めやすい価格である。中古市場に多く出回っているレンズなので、じっくり待って状態の良い品を購入するとよいであろう。

撮影テスト
四隅まで破綻無くクッキリと鮮やかに写す。Color-Skoparの描き出す画にはTessarタイプのレンズならではの特徴がよくあらわれている。軟らかいトーンによるドラマチックな演出効果を期待することはできないが、代わりに鋭くシャープな階調描写で被写体を力強く鮮やかに表現できるのが、このレンズの本領である。収差はよく補正されており開放でもハロやコマに由来するフレアは殆んどみられないことから、スッキリとヌケのよい写りで、ややコッテリ感のある高彩度な発色である。コントラストは高く、特にハイライト域の階調が豊富で、白がクリアに写るところがとても印象的に感じる。一方、シャドーの階調は硬めで、ネガフィルムを用いた撮影では暗部にむかってグラデーションがストンと急激に落ちる傾向が顕著にみられた。こういうのをカリカリの描写と呼ぶらしい。ただし、デジタルカメラで使う場合にはトーンが幾らか持ち直し丁寧に表現されているようで、フィルム撮影の時よりも暗部が持ち上がり、なだらかな階調変化をとりもどしている。解像力自体は平凡で、鋭い階調描写による見た目の解像感は高いもののディテールの再現性は高くない。この様子はピクセル等倍まで拡大表示するとベタッとした絵になっていることからもよくわかる。優れた設計者の手で生み出されているとはいえTessarタイプはどう転んでもTessarタイプ。鳶が鷹を生むようなことはない。ただし、ピント部の画質の均一性は高く、四隅で解像力不足を感じることは無かった。ボケは概ね安定しているが距離によっては像が四隅で少し流れる傾向がみられる。口径比F2.8のテッサー型レンズとしてはこの程度の像の流れは普通のレベルであろう。ボケ味は若干硬めで僅かに2線ボケが出ることもある。TessarタイプのレンズにとってF2.8は安定した描写力を維持できる設計限界ギリギリのラインであるが、Color-Skoparの描写力は開放から概ね安定しており、どの撮影条件においても大きく転ぶことがない。値段が安い割に優れた描写力を持つレンズではないだろうか。

F4, 銀塩(ネガFjicolor S400):  クッキリと鮮やかで高彩度な発色である。階調描写は硬く鋭い。ヌケのよいクリアな描写である
F2.8 銀塩(ネガFujicolor S400): 開放でもハイライト部からハロやコマが出ずコントラストは高い。このレンズは濁りのない発色のためか白がとても綺麗に写る。やはりダブルガウス型レンズのようなフワフワとした軟らかいトーンを期待することはできないが、被写体を力強く鮮やかに表現することができるのは、この種の硬く鋭い描写を持ち味とするレンズならではの性質である
F2.8(開放), EOS 6D(AWB): 今度はデジタル撮影。ピーカンの晴天下だが、シャドー部が潰れず階調には適度な軟らかさが残っている。距離によっては四隅でアウトフォーカス部の像が僅かに流れるがグルグルボケには至らない。ピント部は四隅まで高画質である。ボケはやや硬めで、奥の手すりには2線ボケの傾向が出ている。F2.8の口径比を持つテッサータイプのレンズとしては、かなり優秀な描写力だ

2013/09/20

Meyer-Optik Gorlitz PRIMOTAR 80mm F3.5(M42/EXAKTA/P6)









ポートレート用テッサー型レンズ PART2:
フーゴ・マイヤーのバズーカ砲
Meyer PRIMOTAR 80mm F3.5
テッサータイプの中望遠レンズをもう一本紹介しよう。旧東ドイツのHugo Meyer(フーゴ・マイヤー)社が1954-1960年代中頃まで生産したPrimotar(プリモタール) 80mm F3.5である。このレンズは前エントリーで取り上げたTessar 2.8/80同様、中判カメラ(6x6フォーマット)にも流用できる一回り大きな光学系を採用しているのが特徴である。発売当初はM42とExaktaの2種のマウント規格に対応していたが、後に発売される中判カメラのKW Praktisix(P6マウント,1956年発売)にも対応した。したがって、厳密には中判用から流用したわけではなく、中判カメラにも対応できる35mm判レンズとして開発されたことになる。わざわざ大きな光学系を採用したのは、やはり階調硬化の抑止を目的としていたからではないだろうか。どっしりとした太い銀鏡胴には現代のレンズに無い強いインパクトを感じる。
重量(実測) 365g, 絞り羽 14枚, フィルター径 55mm, 焦点距離 80mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F3.5-F22, 対応マウント M42 / EXAKTA / P6(本品はEXAKTAマウント), 光学系は3群4枚のテッサー型。レンズ名はラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoを由来としている。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。



Primotarブランドの前身は戦前にMeyerがlhagee社のキネ・エキザクタに標準搭載する交換レンズとしてOEM供給していたlhagee Anastigmat EXAKTAR 5cmF3.5およびEXAKTAR 5.4cmF3.5である。5.4cm F3.5のモデルがシリアル番号80万番台(1937年前後)あたりでPrimotar 5.4cmF3.5に改称されている。また、この頃にはキネEXAKTA用のPrimotar 8.5cmがF2.8の口径比で発売されている。Primotarシリーズは戦後にバリエーションを増やし、50mm F2.7, 50mmF3.5, 85mmF3.5, 135mmF3.5, 180mmF3.5など焦点距離や口径比の異なる多数のモデルが登場、1960年代には50mm F2.8も登場している。また戦前にRobot用に供給された3cmF3.5の存在も確認できる。Meyerの台帳を見ていないので全バリエーションを拾ってはいないが、おそらく他にもまだあるはずである。焦点距離が僅かに異なる85mm F3.5はVEB WEFO社の中判カメラMeister Korelle用に1950年から1952年まで短期間だけ製造され、この期間にEXAKTA用(35mm判)に換装されたモデルも登場している。その後、1954年頃から後継製品の80mmF3.5に置き換わっている。Primotar 80mmF3.5は1964年のPraktisix IIのカタログにも掲載されており、少なくとも60年代中頃までは確実に供給されていた。
PRIMOTAR F3.5の設計のトレーススケッチ。左が前側で右が後側。構成は3群4枚のTessarタイプ
入手の経緯
このレンズは2012年6月にeBayを介して米国の写真機材専門業者から184ドル+送料39ドルで落札購入した。商品は初期価格55ドルでスタートしたが誰かが質問掲示板に「70ドルで売ってくれないか」と個別に交渉を持ち掛け断られていた。その後、7人が入札し締切3分前には105ドルまで競り上がったが、最後は私が自動入札ソフトを用いてスナイプ入札をおこない184ドルで競り落とした。オークションの解説は「EXC+++コンディションのレンズ。ガラスはクリーンでクリア、絞り羽はクリーンでスムーズに動く。絞りリングもヘリコイドリングもスムーズで精確に動く」とのこと。届いた品は撮影に影響のないレベルでホコリの混入があったが、ガラスに傷やクリーニングマークはなく鏡胴も綺麗な状態を維持していた。ややレアなレンズである。

撮影テスト
本レンズはF3.5の控え目な口径比のためか、前エントリーで取り上げたTessar 80mm F2.8よりもシャープでボケ癖の少ない素直な写りである。コントラストはTessar 80mmよりも高く、開放でもハロやコマは殆んど出ずにスッキリとヌケがよい。解像力はどう転んでもTessarタイプで、至って普通のレベル。同じクラスのTripletタイプやXenotarタイプのような高い解像力は期待できないものの、四隅まで均一な画角特性を維持している。発色はほぼノーマルで色のりは良好だ。開放から欠点の少ない高描写なレンズである。
F4, EOS 6D(AWB): スッキリとヌケの良い写りだ。発色は良い
F8, EOS6D(AWB): 深く絞っても階調が硬くなりすぎることはない。カラーバランスはノーマルである
F3.5(開放), EOS 6D(AWB): テッサータイプらしく階調が圧縮されることのない高コントラストな画質で、シャドー側にもハイライト側にも階調が広く分布しきっている(画像は無補正)。ただし、中間階調もそこそこ出ておりトーンはなだらかに推移している。やはり中判撮影用にも対応できる大きな光学系のおかげであろう
前エントリーで取り上げたTessar80mm F2.8と本エントリーのPrimotar 80mmF3.5は中判カメラのPraktisix用(初代P6マウントカメラ)に供給された標準レンズとしてカタログに並記されたライバル製品である。上位モデルのTessarに対しPrimotarは廉価製品という位置づけであった。しかし、廉価品とは言えPrimotarは開放から破綻が無く、Tessarよりも明らかに高描写なレンズである。半段暗い口径比F3.5のお陰なのであろう。同じ構成のレンズによる比較の場合、F2.8で設計されたレンズをF3.5まで絞って使うよりも、はじめからF3.5で設計されたレンズを開放で使う方が設計に余裕があり一般には高描写である。このことはXenotar F2.8とその廉価品にあたるXenotar F3.5の画質の比較においても同様に当てはまり、開放F値がF3.5のレンズの方が写りには安定感があることが広く認知されている。Tessarタイプのオールドレンズを手に入れる場合、画質に安定を求める人はF3.5がベターチョイスになるだろう。反対にスリリングな写りを楽しみたい人はF2.8のレンズを選ぶ方がよい。

2013/09/14

Carl Zeiss Jena Tessar 80mm F2.8(M42/EXAKTA)


中判撮影用に設計された一回り大きな光学系を採用することでコントラストを控え目に抑え、なだらかなトーン描写を実現した焦点距離80mmのTessar(テッサー)。シャープネスは落ちるものの中間部の階調が豊富に出るため、モノクロ撮影の時代のニーズに応える軟らかい描写表現を実現している。私にとっては相性の良いお気に入りの一本だ。レンズが登場したのは1951年で、コーティング技術や新種ガラスの普及により写真用レンズのシャープネスが著しく向上した時期である。鋭く硬階調な描写表現を得意とするテッサーであれば、これらの技術革新によってシャープネスを更に極め、異次元の階調性能を手にすることも可能だったはずだ。しかし、今回取り上げるテッサーには、こうした技術革新の潮流を敬遠するかのような描写理念を感じる。この時代のテッサーはなだらかな階調描写を求め、シャープネス偏重主義からの脱却をはかろうとしていたのではないだろうか。

ポートレート用テッサー型レンズ PART1:
なだらかなトーンと妖しいボケ味が魅力
Carl Zeiss Jena Tessar 80mm F2.8

1950年代は35mm判で中望遠画角となる焦点距離80mmのTessar(テッサー)型レンズが各社から供給されていた。このジャンルの製品には不可解な共通則があり、明らかに35mm判用(M42やEXAKTAマウント)として供給されていたにも関わらず、光学系には何故か一回り大きな中判撮影用レンズ(6x6フォーマット)からの流用が目立っている。今回紹介するTessar 80mm F2.8も元は中判カメラのEXAKTA66用に設計された製品のマウント部をメーカーが改変し、EXAKTA用やM42用レンズとして発売したモデルである。初期のモデルはEXAKTA66用のレンズがマウントごとすっぽりと鏡胴内に収納されており、取り外すとEXAKTA66に装着し使用することがでた。35mmフォーマットのカメラで使用することを前提にレンズの開発をするならば、その規格に合った大きさの光学系を用いるほうが高解像で高コントラストな描写性能を実現できるので一般には有利である。中判レンズの流用については生産ラインを同一にし製造コストを圧縮したかったという解釈も考えられる。しかし、わざわざ大きな光学系(硝子)と大きな鏡胴を導入したのでは原材料にかかる費用がかさみコスト的なメリットは相殺してしまう。明らかに非合理的だ。何がそれを許しどういう意図が働いたのであろうか。中判用レンズの流用については他にもSchneider Xenar 80mm F2.8, Meyer Primotar 80mm F3.5および85mm F3.5, Industar-24M 80mm F2.8, Kilfit Macro Kilar 90mm F2.8など多数の事例があり本レンズに限ったことではない。これだけ多くの事例が存在するのだから、何か特別な意味があったと考えるほうが自然である。時代はモノクロ撮影全盛期。なだらかで美しいモノクロのトーン描写を実現するために一回り大きな光学系を採用することで内面反射を故意に誘発し、コントラストを低下させ、階調硬化を抑止したかったのではないだろうか。このレンズは7年間で35000本近く売れたヒット商品である。
重量(実測)310g, 絞り値 F2.8-F22, 絞り機構 プリセット, 絞り羽 16枚, 最短撮影距離 0.9m, フィルター径 49mm, シングルコーティング。光学系は3群4枚のテッサータイプ。対応マウントにはM42とEXAKTAがある









Tessarと言えば諸収差がバランスよく補正され、ハロやコマが殆んど出ず、高いコントラストと鮮やかな発色、階調描写が鋭く硬調なことが本来の特徴である。シャープな描写力を宣伝文句とし、1902年の発売以来「あなたのカメラの鷲(わし)の目」というキャッチコピーで売られていたのは有名な話だ。他にも画角特性(四隅の画質)が良いことや収差変動が少ないことなどテッサータイプのレンズは数多くの長所を持つ。また、解像力よりも階調性能を優先した設計については線が太く力強い描写を特徴にもつグループの一員と言える。新しいモデルほど階調が硬く鋭い描写で、コントラストが高く発色も鮮やかなためカラー撮影に好まれ、反対にモノクロ撮影の場合は古いモデルが好まれる傾向がある。メーカーが描写の硬質化を憂慮し階調性能にブレーキをかけたとする本ブログの主張には、これといった根拠があるわけではない。ただし、これも不可解な事例であるが、1970年代初頭から一斉に登場したZeiss Jenaの黒鏡胴シリーズ(Flektogon / Pancolar / Biometar / Sonnar)が軒並みMC化されてゆく中、TessarのみMCのロゴが記されずマルチコーティング化が見送られていた事実をどう説明すればよいのだろうか。MC化したほうが高コントラストで鋭く硬い階調描写になることは誰の目にも明らかである。

Tessar F2.8の設計。左側が前、右側がカメラ側である。構成は3群4枚で、1902年にCarl ZeissのPaul RudolphとErnst Wanderslebにより発明された。トリプレットの後群を2枚のはり合わせに置き換えた発展レンズであるが、特許書類には独創性を力説するためトリプレットの発展形ではなくプロターとウナーのハイブリットレンズであると解説されている。前群ユニットにはガラス間に設けられた空気の隙間(空気レンズ)の作用により単体で球面収差とコマ収差を補正する能力があり、ガラス硝材の選択により軸上色収差とペッツバール和も補正可能である。後群のダブレットは新色消しユニットになっており、この部分で非点収差と色収差を補正することができるが、球面収差については単体で補正できないので前群の空気レンズの発散作用を利用することで包括的に補正している。トリプレットに比べ非点収差の補正力が高く、四隅の解像力の向上とグルグルボケの抑止を実現している。Tessarは全ての収差がバランスよく高いレベルで補正でき、F2.8という明るさでハロやコマが殆んどでないことから、高いコントラストを実現することができる優れた光学系である。Tessarはその後、同社のW.Merte(メルテ)博士による1931年の設計でF2.8まで明るくなり、更に1947年から1948年にかけて同社のH. Zollner博士が新種硝材を導入した再設計により球面収差とコマ収差の補正効果が大幅に向上している
今回取り上げる1本は旧東ドイツのZeiss Jenaが1951年から1958年まで生産したTessar 80mm F2.8である。ExaktaマウントとM42マウントの2種のモデルが市場供給されていた。レンズの設計は1947から1948年にかけてであり、1946年にフォクトレンダー社から移籍してきたHarry Zollner(ハリー・ツェルナー)博士(1912-2008)の手によるとされている[Jena Review 1984/2参照]。Zollner博士は戦後のZeissを代表する設計者の一人であり、後にBiometar, Flektogon 35mm(前期型), Pancolar F1.8を設計した人物として知られている。レンズの口径サイズは50mmの標準レンズに換算しF1.75相当とかなり大きく、数あるTessarタイプのレンズの中でもひときわ大きなボケ量が得られる表現力豊かなレンズである。Tessarの中望遠モデルは1950年代に販売された本品のみであり、やがて高性能なBiometarが台頭し、さらにダブルガウス型レンズの性能が成熟した事により、中望遠レンズのジャンルから追い出されてしまったようである。

入手の経緯
本品は2012年5月にeBayを介してチェコのカメラメイトから即決価格にて落札購入した。商品は初め350ドルで売り出されていたが、値引き交渉を受け付けていたので送料込みの285ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態はショップの格付けで(A)と評価されており、「エクセレントコンディションの完全動作品。ヘリコイドリングと絞りリングの回転がやや重い。硝子の状態は良好」とのことであった。カメラメイトの場合、商品によっては2割引きを提案すると拒否されることがあるが、今日のセラーはご機嫌だったようである。80mmのテッサーは50mmのものに比べると中古市場の流通量が少ないため高値で取引される傾向がある。eBayでの中古相場は250-350ドル位であろう。届いた品はやはりヘリコイドリングと絞りリングの回転がカッチンコッチンに重かったが、「オールドレンズメンテナンス教室」を受講しメンテ技術を習得。自分でグリスアップし状態を改善させることができた。

撮影テスト
本レンズの特徴は何と言っても軟らかい階調描写による心地よいトーンと妖しい後ボケである。コントラストはTessarにしては低めで、その分だけ中間部の階調が豊富に出る。開放でもコマやハロは少なく、スッキリとヌケが良い写りである。解像力は可もなく不可もなく平凡で、線が太く力強い描写である。ピント部は四隅まで安定しており画質の均一性が高い。発色が温調寄り(アンバー色に)に転ぶのはこの時代のZeiss Jena製品に共通する性質で、ガラスの経年劣化に由来するオールドレンズ的な効果のひとつである。この特徴はリバーサルフィルムで撮影するとかなりはっきりとみられる。一方、デジタルカメラで使用する場合にはカメラによるカラーバランス補正が自動で働くのでノーマルに近い発色となる。ネガフィルムを用いた撮影では大変味わい深い発色が得られる。ボケ量の大きな準大口径レンズなので、ポートレート撮影にも対応できる充分な表現力を備えている。このレンズの写りはとても好きだ。

銀塩撮影:
  ネガ:Agfa Vista 100 / Fujicolor S200
  ポジ: Rollei Digibase CR200PRO-135
デジタル撮影:
  EOS 6D


F5.6 銀塩撮影(Fujicolor C200ネガフィルム): タイトルは「おさななじみ」。オールドレンズフォトコンテストに出品した作品のひとつだ。影の中に小便小僧が一人混じっている。レンズの持ち味であるなだらかで繊細な階調とフィルムの性質がうまく協調している

F2.8(開放)銀塩撮影(Fujicolor C200ネガフィルム): うーん。このレンズとは何だか相性のよい予感である

F2.8(開放)銀塩撮影(AGFA vista 100 ネガフィルム): 味のある美しい発色だ。焦点距離が80mmもあれば開放絞り値がF2.8であっても立派な準大口径レンズなので、ポートレート撮影に十分対応できる大きなボケ量が引き出せる
F2.8(開放) 銀塩撮影(AGFA vista 100ネガフィルム): 主題を引き立たせる妖しいボケ味。オールドレンズならではの素晴らしい性質だ
F5.6(開放)銀塩撮影(AGFA vista 100ネガフィルム): テッサーは撮影距離による収差変動が小さく、近接撮影においても充分な性能を発揮する

F5.6, EOS 6D デジタル(AWB): 続いてデジタルカメラによる撮影結果。一転してスッキリはっきりとした普通の写りになる。これはこれでよい
F4, EOS 6D デジタル(AWB) 周辺部まで解像力は十分。メインの被写体を四隅においてもなんら心配はない



F4(カラーポジフィルム Rollei Digibase CR200PRO-135) リバーサルフィルムを用いる場合、発色が黄色に転ぶ性質がよくあらわれる。デジタルカメラやネガフィルムによる撮影結果が、いかにカラーバランス補正の影響をうけているのかがよくわかる。ポジではシャドーの階調が厳しくなり黒潰れ気味だが、階調変化はとてもなだらかで美しい

2011/09/29

PZO/WZFO JANPOL COLOR 80mm F5.6(M42, Enlarging Lens)


カラーフィルターで遊べる
ポーランド生まれの引き伸ばし用レンズ
 今回の一本はポーランドのWarsaw Photo-Optical Plantが1963年に設計し、同国のPZO(WZFO)社が生産したテッサー型の引き延ばし用レンズのJANPOL COLOR(ジャンポール・カラー) 80mm F5.6である。引き伸ばし用レンズとはフィルムの像を拡大して印画紙に焼き付ける行程の中で、引き伸ばし機の先端に装着して用いられるレンズである。焼き付けの際にカラーバランスの補正が必要になると、かつてはレンズの先端にカラーフィルターをあてて調整していた。ところが、暗室内でそれを行うのは大変困難な作業。そこで、本品のように鏡胴内に3色のカラーフィルターを内蔵させ左右のノブを回すだけで手軽にカラー補正を行える便利な機構が登場したのだ。なお、現在の引き伸ばし機にはダイクロイックフィルターを用いた高度な補正機構が普及している。
 初期のモデルは同国のWZFO社がJantar Color(ジャンタール・カラー)という名で生産していたが、1964年にPZO社がWZFO社を吸収合併し名称をJanpol COLORへと変更した。ただし、その後も一部個体にはWZFOの企業名が記されている。これはどういう事なのかと調べていたところ、WZFO製のJanpolにはポーランド語で記されたマニュアルが付属している事に気付いた。恐らくポーランド国内向けの製品には、2社の合併後も引き続きWZFOの企業名が使われたのだろうと思われる。本品には焦点距離の異なる姉妹品JANPOL COLOR 55mm F5.6も存在している。レンズにはヘリコイド機構がついていないので、一眼カメラで使用するにはM42マウントのヘリコイドユニットを別途用意する必要がある。


PZO(Polskie Zakłady Optyczne)社
 同社は1921年に4人 の実業家によってポーランドのワルシャワに設立された光学機器メーカーである。初期の会社名はFabryka Aparatów Optycznychであり、現在のPZOへと改称されたのは1931年からとなる。戦前の主力製品は顕微鏡、双眼鏡、ルーペ、引き伸ばしレンズ、航空撮影用カメラ(軍需向け)などであった。1939年に第二次世界大戦が勃発しポーランドがナチスドイツに併合されると、同社はカールツァイス・イエナによる経営支配をうけた。その間、PZO社の多くの工員はナチス政権への抵抗としてサボタージュ行為を繰り返し生産ラインを破壊、アウシュビッツの死の収容所へと送られた。1944年9月にポーランドはドイツによる支配から開放されるが、工場は終戦前にドイツ軍によって徹底的に破壊され、終戦後しばらくの間は再建の目処が立たなかった。1951年にポーランドの重工業省が発表した工場の再建計画と西側諸国への新製品の輸出拡充計画により同社の生産力は回復し、顕微鏡、双眼鏡、ルーペ、偏光ガラス、インターフェイス、測量用光学機器、レーザー計測装置、光電子機器など手広く生産するようになった。同社は共産主義政権下における産業界の再編によってカメラメーカーのWZFO社と1964年頃に合併、その後は二眼レフカメラやトイカメラの生産にも乗り出している。1989年、PZO社の軍事機器部門に対する国家予算の削減は経営の弱体化を招き、同社は二眼レフカメラSTART 66Sの生産を最後に写真産業から完全撤退している。1997年にドイツのB&Mオプティック社へ2大工場の一つ(Zaczernie工場)を売却して経営の合理化を推し進め、現在は顕微鏡、ルーペ、フィルター、望遠鏡のみに生産を集約させている。

WZFO(Warszawskie Zaklady Foto-optyczne)社
同社は戦後の1951年にポーランドのワルシャワに設立されたカメラメーカーである。戦後初のポーランド製カメラ(二眼レフカメラ)のSTARTシリーズ(1953~1970年代初期)や、中判カメラのDRUH(1956年~)、ポーランド初の35mm版カメラのFENIX(1958年~)、トイカメラ(6cm×6cmフォーマット)のAmi(ALFA)シリーズ(1962年~)などの生産を手掛けた。1964年にPZOと合併するが、その後もPZO傘下でSTARTの後継製品START66シリーズ(1967~1985年)やAmiシリーズの後継製品を世に送り出している。

重量(実測値) 305g, 焦点距離 80mm, 開放絞り値 F5.6-F16, 私が入手したポーランド語の特許書類によると、光学系の構成は鋭い階調表現を特徴とするテッサー型(3群4枚)とのこと。フィルター枠にはネジ切りが無く、装着できるフードは被せ式のタイプのみとなる
BORGのOASYS 7842ヘリコイド(左)を装着すると右のような姿になる。BORGのヘリコイドにはフランジバック微調整用の板が付いており、これを使って無限遠のフォーカスをピッタリと拾う事ができるように調整可能だ
入手の経緯
本品は2011年6月にeBayを介してロシアの大手中古カメラ業者から即決価格35㌦+送料で落札購入した。商品の状態はエクセレントコンディションで、純正のプラスティックケースが付属するとのこと。同じ業者が同時に3本のJANPOLを同一価格で出品していたので、その中で最も状態の良さそうな個体を選んだ。届いた個体にはホコリの混入がみられたが、カビやクモリ等の大きな問題はなく、解説どうりのエクセレントコンディションであった。eBayでの海外相場は30ドル~50ドル程度と大変安く、BORGのヘリコイドユニットの方が高価だ。

JANPOLは鏡銅内に黄、青、赤の3色のカラーフィルターを内臓している。左右に着いている銀色のノブを回すことにより各フィルターをスライドインさせ、色の調整や調合を無段階で行えるというユニークな機能を持つ。上の写真は青、黄、赤のフィルターを50%スライドインさせた状態と、赤75%+黄75%で混色を行った状態(右下)を示している
撮影テスト
本品に限らず引き延ばし用レンズは業務用のプロ仕様ということもあり、一般的には控えめな口径比で無理のない設計を採用している。色収差が小さく解像力が高いなど良く写るものが多い。光学系を設計する際の収差の補正基準点は無限遠でなく近接点なので近距離撮影では高い描写力を示す。アウトフォーカス部の像はザワザワと煩く綺麗なボケ味とは言えないが、2線ボケやグルグルボケなど大きな破綻はみられない。発色については流石にカラーフィルム時代のレンズらしく、癖の無い自然な仕上がりとなる。ただし、逆光にはめっぽう弱く、屋外での使用時はコントラストの低下が顕著なのでフードの装着は必修となる。このレンズにはフィルター用のネジ切りが無いので被せ式フードで合うものを探すしかない。私は黒のボール紙を巻いて、ゴムでパッチンと留める即席フードを用いることにした。内蔵カラーフィルターを上手く利用すれば、雰囲気のある面白い作例を生み出せるであろう。



F5.6, Nikon D3 digital(AWB,/Picture Mode= Standard); イエローフィルターの使用例。上段はColor Balance Neutral(ニュートラル)で下段はYellow filterをスライドインさせた場合の撮影結果だ。イエローフィルターを用いると、ノスタルジックな雰囲気になる
F5.6, Nikon D3 digital(AWB,/Picture Mode= Standard); こんどはブルーフィルターを用いた作例。上段はColor Balance Neutral(ニュートラル)で、下段はBlue filterをスライドインさせた場合の撮影結果だ。青の光はフレアを生みやすい性質があるので、光源の光はポワーンと綺麗に滲んでいる。ブルーフィルターでは不気味な夜の光景を演出できた
F5.6 Nikon D3(AWB,ISO800) フィルターを使わない場合は、普通に良く写るシャープなテッサー型レンズである
F5.6 Nikon D3(AWB, ISO1600) このレンズは安いのに良く写る。ずっと開放絞り値で撮り続けていたが、近接撮影でも像はシャープだ上の作例は料亭厨房の天井付近に糸で吊るされ干されていたヒラメの骨煎餅。暗闇から何かが触手を出しているようにも見え、何ともグロテスクな光景だ
F5.6 Nikon D3(AWB) ISO4000(フォトショップで自動コントラスト補正をかけている)  こういった作例の場合、暗電流ノイズは全く気にならず、むしろ好都合だ
撮影機材
Nikon D3 digital +ゴムパッチンの手製ボール紙フード
じつはレッドフィルターを用いてピンク映画風の作例を狙っていたのだが、被写体にするつもりでいた妻に逃げられてしまった。そこで仕方なく私がモデルになってみたものの、何度試してみても見苦しい作例しか撮れない。被写体選びは重要である事を痛感し、レッドの作例は気持ち悪いので割愛した。JANPOLのみならず、この種の引き延ばしレンズはどれも値段が安いわりによく写るので、そのうちまた流行るかもしれない。

2011/08/26

Kamerabau-Anstalt-Vaduz Kilfitt-Makro-Kilar E(APO)
4cm F2.8 (M42) Rev.2 改訂版

マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。フィルター枠にある赤・青・黄色の3色の刻印は本品が高級なアポクロマートレンズであることを印している。アポクロマートとは特殊な硝材で作られた3枚のレンズを組み合わせによって色収差を補正する仕組み
鋭い描写と色のりの良いクッキリとした発色、軽く小さなボディが魅力。熱狂的なファンがいる

カメラとレンズの設計者で知られるHeintz Kilfitt[ハインツ・キルフィット] (1898–1973)は1898年にドイツのHöntropという町に時計メーカーの息子として誕生した。若いころの彼は時計の修理工であったが、写真機やレンズにも興味を持ち、後にカメラ産業に乗り出していった。彼の最初の成功は1933年で学生の頃に設計した超小型カメラである。このカメラはスプリングモーターによる自動巻上げの機能を内蔵し、24x24mmの小型フレームフォーマットを持つというもので、後の1934年に発売されるRobot Iというカメラのプロトタイプとなった。彼が考案したRobot Iの優れた機構やコンパクトな設計には当時のLeitzも衝撃を受けたといわれている。彼は1941年にドイツ・ミュンヘンの小さい工場を買収し光学・精密機器の生産を開始、1947年には欧州の小国リヒテンシュタインでKamerabau-Anstalt-Vaduz(KAV)という会社を創設すると、レンズやカメラの生産を本格化させるようになった。KAV社は後発の光学機器メーカーであったが、1955年に世界初のマクロレンズMakro-Kilar 3.5/40を開発、1959年には米国Zoomar社と協力し、世界初のスチルカメラ用ズームレンズとなるフォクトレンダー社Zoomar 36-82mmをOEM生産するなど前衛的な製品を世に送り出し一躍有名企業へと成長した。その後、会社はドイツのミュンヘンへと移転され、社名もKAVからKilfittへと変更されている。Heintz Kilfittは1968年に70歳で引退を決意し、会社を米国のZOOMAR社へと売却、その5年後に死去している。
今回、再び紹介するのはKAV社がKilfitt-Makro-Kilar 40mm F3.5/の改良モデルとして1958年にリヒテンシュタインにて製造した同ブランド2代目のKilfitt-Makro-Kilar 40mm F2.8である。F3.5の初期モデル同様、リヒテンシュタインで製造されており、フィルター枠には当時の社名であるKamerabau-Anstalt-Vaduzのロゴが刻まれている。F2.8の2代目は後に会社がドイツ・ミュンヘンに移転した頃を境にデザインが変わり、さらにKilfitt社がZoomar社へ買収された後は、Zoomar社製マクロズーマター銘に変わるなどマイナーチェンジにを繰り返し、複数のモデルが存在している。ただし、レンズの製造は一貫してミュンヘンのkilfitt工場が担い、zoomar社傘下においても生産ラインは1971年まで続いた。
2代目Kilfitt-Makro-Kilar 2.8/40には最大撮影倍率が0.5倍となるシングルヘリコイド仕様のモデルEと、等倍でダブルヘリコイド仕様のモデルDの2種が存在する。モデルEとモデルDの差異はヘリコイドの繰り出し長のみであり光学系は同一(3群4枚のテッサータイプ)である。フィルター枠に刻まれた極小のロゴがいかにもマクロ撮影用レンズらしい雰囲気を醸し出し、まるでミクロの世界にカメラマンを誘っているかのようにみえる。カラーバリエーションには黒と銀の2タイプが存在し、流線型の美しい鏡胴には、とても50年前のものとは思えないモダンなデザインセンスを感じる。対応マウントはM42以外に少なくともエキザクタ、アルパ、コンタレックス、レクタフレックスがある。これらのマウントをM42用に変更できる交換改造マウントが存在し、これを用いた改造品が中古市場に多く流通している。なお、マクロキラーには中望遠の90mmの製品も存在し、こちらは40mmのレンズよりもお値段がだいぶ高い。
最大撮影倍率 x0.5(model E), x1.0(model D), フィルター径 29.5mm, 重量(実測値) 144g, 焦点距離40mm , 開放絞り値 F2.8, 最短撮影距離 10cm, プリセット絞り(絞り値:2.8-22), プリセット後は無段階での絞り設定となる。マウント部に絞り連動ピンはついていないので、ピン押しタイプのマウントアダプターを用いる必要性はない。カラーバリエーションは銀と黒, 本品はリヒテンシュタイン製で純正M42マウント用。左の写真は回転ヘリコイドを最大まで繰り出したところ。本品はType-Eなのでシングルヘリコイド仕様だが、Type-Dの場合はヘリコイドが2段構造(ダブルヘリコイド)であり鏡胴はさらに延びる。左の写真のように後玉がせり出しているので、銀塩カメラやフルサイズセンサー機で使用する場合の多くでは、遠方撮影時にミラー干渉を起こすので要注意。ミラーの動作がパラレルリンク方式のα900やミラーの小さいPENTAX SVなどでは、ひょっとしたらセーフかもしれない
★入手の経緯
Makro-kilar 40mmは後玉が大きく飛び出しているため、APS-Cセンサー機やミラーレス機の登場までまともに使えるカメラが無く、安値で取引されていたが、最近は相場も人気も急上昇し高値で安定している。私が手に入れた個体は2009年9月29日にeBayを介してドイツの中古レンズ専門業者から落札した。商品の解説は「エクセレントコンディションのマクロキラー。ガラスは少しの吹き傷がある程度で綺麗。絞りとフォーカスリングの動作はパーフェクト」。出品者紹介には二枚目の若いお兄ちゃんの写真が写っている。フィードバックスコア1900件中99.8%のポジティブ評価なので、この出品者を信頼することにした。いつものようにストップウォッチを片手に持ちながら締め切り数秒前に250ユーロを投じたところ、206ユーロ(2.7万円弱)にて落札できた。送料・手数料込みの総額は216ユーロ(2.82万円)である。なお本品のヤフオク相場は3万円前後、海外相場(eBay)は300-400㌦(2.7-3.6万円)。商品は落札から10日で手元に届いた。恐る恐る状態を精査すると、中玉端部のコーティング表面にヤケ(コーティングの経年劣化)がある。他にもレンズ内にチリがパラパラとあり、お約束どうり薄っすらとヘアライン状の吹き傷もある。年代物とはいえ説明不足は明らかで、本来ならば完全に返品となる状況だが、今回はこれが欲しかったので、返品は避けオーバーホールに出すことにした。ガラスの不具合が改善しますようにと近所の神社にお参りしたのが効いたのか、2週間後に修理業者から返ってきたレンズはかなり改善し、チリも除去され、実力を見るには十分なレベルとなっていた。

★撮影テスト
Makro-Kilar 40mmの撮影テストは今回で2回目となる。オールドレンズは発色に癖のあるものが多いが、本レンズは1950年代に造られた製品とは到底思えない実にニュートラルな発色特性を示す。テッサー型レンズらしく、コントラストの高さと階調変化の鋭さ、色彩の鮮やかさと色のりの良さが際立っている。黒潰れに強いデジカメの特性にも助けられ、シャドー部がカリカリに焦げ付くことはなく良好な階調表現が得られる。黒潰れが避けられないケースは真夏日の晴天下でF11以上深く絞る場合のみであった。本品も含めテッサータイプのレンズでは銀塩カメラよりもデジタルカメラの方が相性が良いのかもしれない。解像力はテッサータイプ相応であり、お世辞にも類似スペックのガウス型マクロ撮影用レンズと肩を並べる性能とは言い難い。開放絞りの場合、中遠方はスッキリと写るが近接ではやや像が甘く、ポワーンとした柔らかい描写を楽しむことができる。1~2段絞れば被写体の輪郭が締まり、近接撮影でもスッキリと写るようになる。絞りこんだときの解像力はF11まで向上し、回折効果による画質の低下はF16以上深く絞ったところでようやく表れる。最小絞りがF22まで用意されているのは、単なる飾りではないようだ。グルグルボケや四隅の流れなどはなくアウトフォーカス部の像は概ね安定している。球面収差の補正が過剰気味なのか中距離域で2線ボケに遭遇することがあったが、近接撮影では収差の増大に助けられ柔らかく綺麗なボケ味が得られている。前評判どうりに欠点の大変少ない優れた描写力を備えたレンズのようで、これなら人気があるのもうなずける。解像力よりも鋭い階調表現で勝負するレンズといえるのだろう。
F8 NEX-5 digital:近接撮影時のボケ味には不安材料は全く無い。`色のりもよいしボケも綺麗だ
F5.6  NEX-5 digital: テッサータイプらしい安定した描写だ
F5.6 NEX-5 digital, AWB: 真夏日の強い日差しであるが、シャドー部が黒つぶれせずに階調がよく残っている

F11, -1.7EV EOS Kilss x3, AWB:  深く絞るときの像の鋭さは流石にマクロレンズ。ただし、絞りが深いと、少し階調表現が硬めになる

上段F2.8/ 下段F8, EOS kiss x3, AWB: マクロレンズとはいえ開放絞りでは像がやや甘くなるので柔らかい描写表現が可能。1度で2度おいしい類のレンズだ

F5.6  EOS kiss x3, AWB これくらい絞れば最短撮影距離でもスッキリと写る
★2011年8月に洞窟遺跡の調査に同行しspiralが撮影係を担当した。以下は、その中からの作例。洞窟内は背景が暗闇に支配されているため「ボケ味」が表現しにくい。多くの場合、深く絞りこんで撮影することになる。
F11 NEX-5digital, AWB, BULB撮影モード: 調査で見つかった祭壇のような構造物(鍾乳石)。長い年月が経ち、床面と一体化している。手前に転がっているのは12世紀頃に造られたとみられる土器の破片。この場面では絞り値F8でも撮影したが、F11の方が像がシャープな結果となった。本レンズの場合、回折による解像力の低下はF16よりも深い絞り値で起るようだ

F11 NEX-5 digital AWB, BULB撮影モード: 土器の破片群。一つの土器が砕け斜面を流れるように砕け散っている。この場面では2方向からLEDライトを照射し、バルブ撮影で写している。


F5.6 NEX-5 digital AWB: カタツムリやキセル貝等の死骸の堆積。こちらも三脚を立てて撮影している。照度が低く階調表現が軟らかい場合、解像力の高低がはっきりと視認できるようになる。やはりこのレンズには解像力が高いという印象を持つことができない
★撮影機材
KAV Kilfitt-Makro-Kilar E 2.8/40(M42) + Sony NEX-5 / EOS kiss x3


KilfittがMecaflex用に生産したTele-Kilar 4/105という名の美しい望遠レンズがある。デザインセンスの良いkilfitt社ならではの製品であり、私にとって喉から手が出るほど欲しい憧れの一本である。このレンズを手に取るチャンスにいつか巡り合うことはあるのだろうか・・・。