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2018/11/18

Kino precision(Kiron Corporation in USA) Kiron 105mm F2.8 MACRO 1:1 MC


「うーっ。うーっ・・・」。ある夜、私は唸っていました。妻に腹でも痛いのかと尋ねられたが、そうではありません。このレンズの凄まじい描写力にショックをうけていたのです。「カシャ」「あり得ない」。「カシャ」「反則だ!」。シャッター音とともに呟くわたし。「カシャ」「信じられん」。「うーっ。うーっ・・・」。ブツブツと独り言を吐いていると、私の異変に気づいて娘が起きてきました。しばらく部屋の戸口で何も言わずに私の事をじーっと観察していましたが、いつの間にかまた寝に入ってゆきました。

海外で絶賛された国産マイナーレンズ PART 3(最終回)
伝説の望遠マクロレンズ
KINO PRECISION(KIRON CORPORATION) KIRON 105mm F2.8 MACRO 1:1 MC
ソーシャルメディアネットワークのMFlensesでかつて実施された公開ファン投票の望遠マクロ部門において、ニコンの名玉AI Micro-Nikkor 105mm F2.8を抑え堂々のベストレンズに輝いたのが、キノ精密工業のマクロレンズKIRON(キロン) 105mm F2.8です。海外の写真誌FOTO[1](1985年)でも、このレンズがMicro-Nikkor 105mm やTokina 90mm F2.5を凌ぐ抜群の性能であると紹介され絶賛されました。私もかつてMicro-Nikkor 105mmを手にしたことがありますが、これは本当に高性能なレンズです。そして、比較テストにこの最強の刺客が送り込まれたのは、KIRONに途方もない実力が備わっていたからに他なりません。KIRON 105mmはこうして、マクロレンズ界の伝説となったのです。
キノ精密工業(KINO PRECISION/現・メレスグリオ株式会社)は埼玉県比企郡ときがわ町に拠点を置く光学メーカーです。創業は1954年で、設立当初は8mmムービーカメラ用レンズ(米国ではKINOTELのブランド名)をOEM供給していました。1965年に同社は35mm判スチールカメラ用レンズの分野に進出し、Ponder and Best(後のVivitar)にレンズをOEM供給を開始しました。1970年代にキノ精密工業が供給したVIVITARシリーズ1は控えめな価格設定とクオリティの高さで消費者からの大きな反響を獲得、キノはビビターブランドを世に広める立役者となります。当時のキノ精密工業のクオリティの高さは日本のOEMレンズメーカーの中で飛び抜けており、他社よりも品質の高い製品を市場に供給することが同社アイデンティティであったことは間違いないと思います。ところがビビターブランドの同じ製品カテゴリーに日本の他のメーカーが参入したため、キノ精密工業に対する評価とビビターブランドに対する評価が一意ではなくなってしまいます。同社は1980年にカリフォルニアのカーソンに米国子会社のKiron Corporationを設立、他社へのOEM供給を続けながらも自社ブランドのKIRONでレンズの供給を開始します。
KIRONブランドは品質の高さと性能の良さで、直ぐにサードパーティ市場での頭角を現してゆきます。特に評判が良かったレンズは28mm F2、105mm F2.8 MACRO、28-210mm F4-F5.6,  28-210mm F3.8-F5.6 varifocal zoom, 28-85mm F2.8-3.8 varifocal zoomの5製品で、解像力の高さとシャープネス、クオリティの高さにより、海外では各方面の雑誌レビューで絶賛されています[3]。Kironブランドの5つの広告のうち4つが米国で広告賞を受賞したこともKIRONの認知度を高める切っ掛けとなりました。1980年代当時のKIRONブランドの販売価格はメーカー純正レンズよりも僅かに安い程度でしたが、販売店や消費者から廉価品扱いされることがありませんでした。Kiron立ち上げから僅か12か月、同ブランドの売上高は米国内で当時64あったレンズブランドの4位をマークしています[8]。
Kironブランドのレンズはすべて日本国内で製造され、品質絶対主義を貫いていました。しかし、1985年のプラザ合意で為替相場が急激な円高に転じると、国外に生産拠点を移したカメラメーカーの純正レンズと同等の価格設定ではレンズが製造できなくなります。また、1980年代後半はオートフォーカスへの移行が進むなどマーケットは流動的になり、1988年に同社は35mm版カメラ用のレンズの生産から撤退、以後は工業用レンズに注力することになります。
1989年にキノ精密工業は光学部品専業メーカーMelles Griot社(米国)の日本法人であるメレスグリオ・ジャパンと合併し、Kino-Melles Griot社となります。1995年に会社はMelles Griot Ltdへと改称、2007年にはメレスグリオ株式会社の一部となっています。さらに、2016年に今度は京セラが同社の全株式を取得し[4]、メレスグリオを完全子会社化します。同社は現在も産業用光学機器の専業メーカー(従業員54/20167月時点)として埼玉県ときがわ町に存続しています。
Kiron corporation(Kino Precision) KIRON 105mm F2.8 MACRO MCの構成図:左が前方(被写体側)で右がカメラ側。構成は6群6枚の固有形態。レンズはコンピュータで設計されており、フローティング機構が導入されています。フローティングとは光学系内部のいくつかのレンズ群をそれぞれ異なる繰出し量でフォーカシングさせ、マウロ撮影時の性能劣化を抑えたり、総繰り出し量を小さくする機構です



今回で本特集の最終回ですが、紹介するレンズは望遠マクロの名品Kiron 105mm F2.8 MACRO MCです。このレンズは繰り出し量が驚くほど少なく、撮影倍率を1:1(等倍)まで持って行っても、鏡胴の全長は元の長さの1.5~1.8倍程度にしかなりません。例えば前の記事で扱った同じ等倍マクロレンズのELICAR 90mmでは元の長さの3倍にもなりました。KIRONの方が焦点距離は長いわけですから、これは驚異的なことです。ヘリコイドが伸びバックフォーカスが長くなると、その分だけ実行F値は暗くなりますが、Kironはマクロ撮影時にも高速シャッターを切ることができるのです。こういう見えないところに工夫があるのも、このレンズの素晴らしい長所だとおもいます。一体どういうカラクリなのかとよく観察してみると、ヘリコイドを近接側に回す際に前群は普通に繰り出されていますが、後玉は全く動いていません。つまり、光学系はフローティング機構になっているのです。フローティングとは光学系内部のいくつかのレンズ群をそれぞれ異なる繰出し量でフォーカシングさせ、マクロ撮影時の性能劣化を抑えたり、総繰り出し量を小さくする機構です。光学系はコンピュータで設計されました。
私が入手した個体はCanon FDマウントですが、他にもMinolta MD/SR, Pentax K, Nikon F, Contax/Yashica, Olympus OM, Konica ARになど国産一眼レフカメラの主要マウント規格に対応していました。ブランド名もVivitar, Lester A Dine, Rikohなど複数の名称でOEM販売されています。光沢感のある美しい鏡胴で、手に取るとクオリティの高さが伝わってきます。前玉のフィルター枠のあたりに内蔵ビルトインフードを隠し持っており、必要に応じて繰り出すことができる凝った仕掛けになっています。設計は6群6枚の固有形態で、前群側にKino-plasmatや凹Ultronを連想させる凹メニスカスが用いられているのが目を引きます。レンズ単体での最大撮影倍率は等倍1:1なので35mm判フィルムと同じ大きさのサイズの被写体を画面いっぱいの大きさで撮ることができます。純正テレコンバータのKIRON MC7 x2を用いれば最大撮影倍率を更に上げることができるとカタログに記載されています[2]。
 
Kino Precision KIRON 105mm F2.8 MACRO 1:1 MC: 重量(カタログ仕様) 650g(マウント仕様により若干前後する), フィルター径 52mm, 絞り指標 F2.8-F32, ビルトインフード内蔵,  撮影画角 23.3度,  最大撮影倍率 1:1(等倍), 最短撮影距離 0.347m, 鏡胴長 102.5mm, 最大鏡胴径 72mm, 構成 6群6枚(フローティング機構),  対応マウント(カタログ掲載)Nikon F, Pentax K, Minlta SR/MD, Olympus OM, Kinoca AR, Yashica/Contax; ただし、本品はカタログ掲載のないCanon FDマウントです。他にもM42があるはずなので、これがすべてで無いことは明らかでしょう
入手の経緯
国内と海外の中古相場には天と地ほどの開きがあり、国内外での評価の差を反映しています。国内では7000円~15000円、eBayでの取引額の相場は40000~50000円です。レンズのクオリティを考えると海外での評価のほうがマトモですが、今探すならもちろん国内です。海外のブローカーに買い漁られ国内マーケットからは蒸発しかけています。
本品はヤフオク経由で2014年1月に山形のコレクターから15000円で落札購入しました。オークションの記述は「レンズの外観は綺麗。ピントリングにほんの少しのスレ。光沢のある鏡胴は綺麗。レンズ面にキズ、汚れ、カビなく良好。内部にほんのわずかなホコリの混入はあると思われるが描写に影響は無いレベル。NEXと組み合わせ使用していた」とのこと。充分なコンディションの製品個体が届きました。
 
参考文献・資料
[1] FOTO (March 1985) 16-20pages: 100mm近辺のマクロレンズの特集でNikkor 105mm F2.8とTokina 90mm F2.5に比べKiron 105mm F2.8の方が性能が上回ると紹介された
[2] Kiron 105mmm F2.8 Macro Lens Instruction(4pages)
[3] Wikipedia: Kiron lenses
[4] Kyocera ニュースリリース(2016年8月1日)
[5] Modern Photography, Kiron 28-85mm Varifocal Macro Zoom Review, March 1981
[6]Keppler, Herbert, Super Stretch Zooms, Do you Lose Picture Quality?, Modern Photography (June 1986), pp. 34-35,74
[7] Shutterfinger, A Look Back At Lenses, 11 April 2009
[8] Camera-wiki: Kino Precison Industries

撮影テスト
解像力・シャープネスともに素晴らしく、開放から滲むことないスッキリとしたヌケの良い描写性能を維持しています。マルチコーティングのためコントラストは良好で、鮮やかな発色が目を引きます。この種のマクロレンズは近接で最高のパフォーマンスが得られるよう収差(球面収差)を意図的に過剰補正にした製品が多く、その反動のためポートレート域では背後のボケがザワザワと硬くなるのが常ですが、本品はフローティング機構のおかげで拡散は適度に柔らかく自然なボケ味が得られます。通常のレンズはF16 、F22と深く絞り込むと回折によりハレーションが発生し、シャープネスが落ちることが多いのですが、本品はそのようなことが全くありません。おかげで、最短撮影距離でも気兼ねなく深く絞り込むことができます。ヘリコイドのトルク感や繰り出す際のヘリコイドピッチがマクロ撮影に最適化されており、取り回の良さは素晴らしいと思います。日本で評価されることはありませんでしたが、世界では大きく評価されたマクロレンズ界の名品です。
F8  sony A7R2(WB:日光)  逆光にも強いレンズで、ハレーションやゴーストは殆ど出ません


F8 sony A7R2(wb:日光)











F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)開放からシャープネス、コントラストは良好で滲みも全く見られません。驚異的な性能のレンズです



F5.6  sony A7R2(WB:日陰) 2段絞っても画質は安定しており、開放との差は被写界深度が変化したくらいです

F8 sony A7R2(WB:日陰) マクロレンズなので絞って使うのが基本です。マクロレンズは絞った時の回折をどう抑えるかが課題ですが、このレンズにはそうした問題が全く見られません。とても高性能なレンズだとおもいます





F8 (等倍 1:1) sony A7R2(WB:日陰)  上の被写体を最大倍率(等倍)で撮影したもの。ピントは中央より下側にとっています。シャープネス、解像力は最大倍率でも十分に高いレベルをキープしています
F8 sony A7R2(WB:日光) 木の根に赤い小さな蜘蛛がとまっていました。最大倍率で蜘蛛を狙ったのが次の写真です





F16 (等倍)  sony A7R2(WB:日光) 深く絞り込んでもコントラストは落ちません







2018/10/26

KOMINE ELICAR / ROKUNAR V-HQ 90mm F2.5






 
海外で絶賛された国産マイナーレンズ PART 2
知る人ぞ知る高性能マクロ望遠レンズ
KOMINE  ELICAR / ROKUNAR V-HQ MACRO MC 90mm F2.5
ELICAR(エリカ―)は日本のタパック・インターナショナルという会社が設計し、コミネがOEM生産した海外向けの輸出レンズブランドです。日本国内での販売実績は殆どなく欧州や北米のマーケットが中心でしたが、広角、望遠、マクロ、望遠マクロなど数多くのラインナップが供給されていました。私が確認しただけでも広角側から23mm F3.5、28mm F2.8、35mm F2.8、V-HQ 55mm F2.8 MACRO、V-HQ 90mm F2.5 MACRO、V-HQ 90mm F2.5 Medical Macro、135mm F2.8、200mm F3.5、80-200mm F4.5-F5.5 ZOOM MACRO、V-HQ 300-600mm F4.1-F5.7、 600-1200mm F10-F20などがあります。中でも中望遠マクロレンズのV-HQ 90mm F2.5 MACROは英国やドイツのカメラ雑誌が特集号を組み、描写性能、特に解像力の高さを絶賛したため、ヨーロッパを中心に海外市場で一定の評価を得るようになりました。
このマクロレンズは繰り出し量が多く、ヘリコイドを最長まで繰り出すと、鏡胴は元の長さの3倍にもなり、最大で等倍までの高倍率撮影に対応できます。私が入手したのはNikon Fマウントで市場供給された個体ですが、他にもミノルタMDやキャノンFD/EF、ペンタックスPKなどの国産カメラの主要マウント規格に加え、M42、QBM、T2などの個体もあり、実に多くのマウント規格に対応しています。ブランド名もELICAR V-HQ以外に米国ではROKUNAR V-HQの名で販売されました。レンズ銘の後ろにV-HQの表記があることがElicarシリーズの共通則です。ブラックカラーとホワイトカラーの2色の鏡胴があり、マニアの間では「黒エリカ―、白エリカ―」などと呼ばれています。レンズ構成は公開されていませんが、光を通し反射面の数を見ると、前群側に4面分の明るい反射、後群側に4面分の明るい反射と1面の暗い反射が確認できます。おそらく4群5枚のリバース・クセノタール型であろうかと思われます。

 
重量 555g,  絞り羽 8枚構成, フィルター径 62mm, 絞り指標 F2.5-F32, 最短撮影距離 35cm, 入手した個体はNikon Fマウント

 
入手にあたっての基礎知識
国内よりも海外での流通量が多いため、レンズを探すならeBayを当たるほうがよいでしょう。欧州市場での相場は250~300ユーロあたりです。ただし、米国での認知度の方が欧州ほど高くないため、米国のセラーの方が安く出品する傾向があります。流通量は米国よりも欧州市場の方が多いと思います。

撮影テスト
解像力を重視したレンズで、開放では若干のフレアがピント部を覆いますが、細部までしっかりと解像してくれる高性能なレンズです。収差の補正基準は無限遠方ではなく近接側のようで、開放でのシャープネスやコントラストは近接撮影時の方が良好です。ポートレート域では収差の補正が過剰に効いてしまうので、少しフレアの目立つ柔らかい開放描写となり、背後は二線ボケ気味の硬いボケ味になります。あまり語られることは少ないのですが、長焦点のオールドマクロレンズには、実はバブルボケレンズとして流用できる裏技があります。もちろん、このレンズのテリトリーである近接撮影では柔らかいボケに変わります。
フレアは絞り込むごとに消失、F8でシャープネスと解像力は高い次元で両立します。絞りに対する焦点移動はあまり気にならないレベルでした。歪みは殆どありません。
マクロ域での性能が大変素晴らしいレンズだと思います。

エリカ―で1000円札のミクロの世界を探検する




日本の貨幣には偽造を防ぐ観点から、極めて細かなパターンが施されています。今回はこのレンズの最大倍率(等倍)で撮影した画像を見ながら、緻密なデザインが施された1000円札の世界を探検してみましょう。財務省のサイト(こちら)を見ると、お札の写真をブログ等に掲載する場合についての記述があります。これが印刷されると「通貨及証券模造取締法」に抵触する可能性がでてきますが、写真をブログにアップすること自体に制限はありません。画像に「見本」などの文字を入れたり、貨幣全体を写さないなどの配慮が推奨されています。
 
F8,  SONY A7R2(AWB ISO200固定) 等倍:  レンズの最大撮影倍率(等倍)では、このくらいになります。中央をクロップし切り出したのが、下の写真です

F8,  SONY 7R2(AWB  ISO200固定) 等倍からさらにクロップ: 一つまえの等倍の写真の中央部を更に拡大した写真。インクの滲みや小さな文字など、肉眼ではわからない細部まで、しっかりと解像されています

F8, SONY A7R2(AWB ISO1600) 等倍: 再び等倍での画像。ピントは目の部分です。拡大クロップしたのが下の写真です


F8, SONY A7R2(AWB ISO1600) 等倍からさらにクロップ: 瞳は同心円状に描かれていました!

F8, SONY A7R2(AWB ISO200固定) 等倍:このあたりの区域は千円札の中で一番華やかです。中央を拡大クロップしてみてみましょう


F8, SONY A7R2(AWB ISO200) 等倍からさなりクロップ拡大: 「千円」の文字が網目になっており、隙間からはカラフルな顔料が見えています。日本の貨幣の細部の質感には脱帽です



F8, SONY A7R2(AWB  ISO200固定) 等倍:こんどは、野口英世の髪の毛のあたりをみてみましょう。拡大クロップしたのが下の写真

F8, SONY A7R2(AWB ISO200固定) 等倍からさらにクロップ: 日本の貨幣はこのように、いたるところに細かな文字が入っています。肉眼での確認は困難なレベルです











F8, SONY A7R2(AWB  ISO200固定) 等倍:「1000」の文字に注目してみましょう
F8, SONY A7R2(AWB   ISO200固定) 等倍からさらにクロップ: 文字の内側には細かな格子状のパターンが刻まれていました

F8, SONY A7R2(AWB   ISO200固定) 等倍からさらにクロップ: 細かな貝の幾何学パターンですが、インクが滲むことなく見事に描かれています






米国の貨幣にも登場していただけると、日本の貨幣の細かな造りがいかにクレイジーなレベルであるかが相対的にわかり大いに盛り上がるのですが、米国の貨幣の探検は次回以降のお楽しみとしましょう。ここでは軽くレンズの開放描写とF8まで絞った描写を比較します。

開放F2.5とF8での画質比較
開放F2.5とF8まで絞り込んだ2つの画像を比較したのが下の写真です。ぱっと見違いはわかりませんが、細部を拡大してみると開放での写真(上段)の方には表面に薄いフレアが乗っています。ただし、解像度は依然著して高いレベルを維持しており、画面全体でみる限りコントラストも悪くありません。開放から絞り込むごとにフレアが消え、シャープネスが向上します。F8まで絞り込んだ写真画像が下段です。
実は撮影距離を変え、このレンズの専門外であるポートレート域で同じテストをしてみると、開放描写は明らかにソフトな傾向が見て取れます。おそらく収差の補正基準をマクロ域に設けているからで、ポートレート域の撮影時は収差の補正が過剰気味に効いてしまうのでしょう。潔く近接での性能を重視したレンズなのだとおもいます。

上段・F2.5(開放)、下段F8  sony A7R2(WB auto, ISO 200固定)


2018/08/29

Zoomar München Macro-Kilar 90mm F2.8



不思議なボケが楽しめる
バットマンデザインのアメリカンマクロ
ZOOMAR/Kilfitt Makro-Kilar 90mm F2.8
バットマンの映画にはバットモービルやバットウィング、バットスーツ、バットラング(ブーメラン)など様々なスーパーアイテムが登場しますが、仮にバットマンがカメラを手にするとしたら、こんなレンズを使うに違いありません。米国ズーマー社(ZOOMAR)が1970年代に生産したマクロ・キラー(Makto-Kilar) 90mm F2.8です。このレンズはもともと1956年にミュンヘンのKilfitt(キルフィット)社から発売されたものですが、同社は1968年に当時すでに関係の深かった米国ズーマー社の傘下に入り、これ以降は1971年までズーマー社の社名でレンズを市場供給しています。ちなみに、写真用語として定着したズームレンズの「ズーム」はズーマー社の社名から来た派生語です。光学系はマクロ撮影用にチューニングされており、近接撮影時に最高のパフォーマンスを発揮できるよう、収差変動を考慮した過剰気味の補正になっています。レンズの構成はテッサータイプで、もともとはハッセルブラッドなど中判6x6フォーマットのカメラ用で使用できるよう設計されたものです。同社が様々な種類の純正アダプターを供給しており、中判カメラに加え、M42やExakta、Alpa等の35mmフォーマットのスチルカメラ、アリフレックス35等のシネマ用カメラなどに搭載され、幅広く使用されていました。

Makro-Kilar 90mm F2.8の構成図(ALPAレンズカタログからのトレーススケッチ)。左が被写体側で右がカメラの側である。レンズ構成は3群4枚のテッサータイプ

重量(実測) 520g, 最短撮影距離 0.14m, 絞り羽 16枚, 絞り F2.8-F32, 2段ヘリコイド仕様, アリフレックス・スタンダードマウント






左は無限遠撮影時。中央はヘリコイドが一回転し2段目のヘリコイドに移行するところで撮影距離は0.3m。右は2段目のヘリコイドをいっぱいまで繰り出したところで撮影距離は0.14m


入手の経緯
レンズは比較的豊富に流通しており、市場での相場は5万円~9万円あたりです。Kilfitt社銘のモデルにはシルバー鏡胴とブラック鏡胴の2種があり、Zoomar銘のモデルにはブラック鏡胴のモデルがありますが中身は全く同じです。今回のレンズは知人からお借りしました。
 
撮影テスト
開放ではフレアが発生しピント部はソフトですが、絞り込むほどスッキリとヌケがよくなり、F5.6以上に絞ると極めてシャープな像が得られます。絞りのよく効くレンズで、マクロ域で最適な画質が得られるよう、はじめから過剰補正の収差設計になっているのです。解像力は控えめで線の太い描写であるところはテッサータイプの性格をよくあらわしています。ボケは独特で、背後のボケに波紋のような光の集積部があらわれ、前ボケにもちょうどこれを反転させたような光の集積部ができます。はじめてみるタイプのボケです。絞りを開く過程で球面収差曲線が振動するためですが、手の込んだセッティングがこんなにも変わったボケを生み出しているのでしょう。絞った時の焦点移動がほとんどありません。

F2.8(開放), sony A7(AWB): 開放での独特な波紋状のボケはこのレンズの魅力の一つになっている。F5.6まで絞るとこちらのように普通のボケになる


F2.8(開放) sony A7(AWB): 絞り値を変化させ、ボケ具合を見ていきましょう。

F2.8(開放), sony A7(AWB):  背後のボケは光の集積が二重の輪を成しており、前ボケはその光の強度を反転させたようなボケ方となっている
F2.8(開放), sony A7(AWB): ピントをキッチリ合わせ、絞りに対するボケの変化をみてみよう。ピント部は少しソフトですが、

F4, sony A7(AWB): 1段絞ると少しシャープになる。ボケの二重輪は消滅しノーマルな玉ボケになる



F8, sony A7(AWB):: 深く絞るとピント部はかなりシャープ。絞るほどシャープになるレンズだ

ひとつ前の画像のピント部を拡大したもの。恐ろしくシャープだ

2017/08/15

Novoflex Noflexar 35mm F3.5



ノボフレックス(正式名ノボフレックス精密技術株式会社)といえばオートベローズを考案したドイツのアクセサリーメーカーであるが、マクロ撮影用ベローズの供給に乗じて自社ブランドのレンズも供給していたことがある。今回はユニークな繰り出し機構を持つ同社のマクロ撮影用レンズを一本紹介する。


エクステンションチューブを内蔵した
ノボフレックス社の広角マクロレンズ
NOVOFLEX NOFLEXAR 35mm F3.5(EXAKTA)
同社は写真家で写真機材店のオーナーでもあるカール・ミュラー(Karl Muller)という人物が1948年にドイツのバイエルン州メミンゲンに設立した写真用アクセサリーのメーカーだ[1]。会社立ち上げ時は主にライカやコンタックスに取り付けられるマクロ撮影用ミラーボックスを製造していたが、1951年からはこれ以降の主力製品となるマクロ撮影用ベローズの生産に乗り出している。また、1962年からは製品のラインナップを広げ、ハッセルブラッド用のプリズムビューファインダーやベローズと組み合わせて用いるマクロ撮影用レンズなど、ガラス光学製品も供給するようになっている。同社はメミンゲンを拠点に今もカメラ用アクセサリーの供給を続けており、プロ用高級ベローズに加え、フラッシュマウントなどのスタジオ撮影用機材やミラーレスカメラ用のマウントアダプターに力を入れている[1]。
ノボフレックスの写真用レンズについては他社からOEM供給を受けて発売した製品が幾つかあり、1960年代に一眼レフカメラ用のマクロ撮影レンズNOFLEXAR 35mm F3.5や、レンズヘッドのみの製品でマクロベローズに搭載して用いるNOFLEXAR 105mm F4/F3.5135mm F4.5、MACRO NOFLEXAR 60mm F4などを市場に供給していた。これ以外にも迅速にピント調整のできるスーパーラピッドフォーカシングレンズシステムを搭載した超望遠レンズのNOFLEXARシリーズ(1982年発売)や、シュナイダーのクセナーからOEM供給をうけたアルパ用の望遠レンズNOVOFLEX XENAR 135mm、日本のタムロンから協力を得て出した望遠用ズームレンズ(1986年発売)などがある。
今回紹介するのは、同社が1962年に一眼レフカメラ用(M42/EXAKTA/Nikon Fマウント)として発売したマクロ撮影用レンズのノフレクサー(NOFLEXAR) 35mm F3.5である。このレンズには振り出し式に伸びるエクステンションチューブが内蔵されており、鏡胴前方のフィルター枠の辺りを手で前方に引っ張ると「カチッ」と音を立てながら光学系が前方に出てゆく仕組みになっている。繰り出し量は全部で4段階あり、マクロ撮影の性能が強化される。いっぱいまで繰り出した状態での最大撮影倍率は0.5である。レンズの設計構成は明らかになっていないが、ガラスに光を遠し反斜面の数を数えると、4群4枚(前後群とも2群2枚)のレトロフォーカス型であることがわかる。
このレンズはUV光の透過率が極めて高いことが知られており、UV撮影に好んで使用する愛用者が多い[2]。MFレンズの世界的なマニアでUV撮影の専門家でもあるDr Schmit KlausはこのレンズのUV透過光特性がシュテーブル(Staeble)社のLinegon 3.5/35にとてもよく似ており、供給元はシュテーブル(Linegonと同一)ではないかと推測している[3,4]。
ノボフレックス ノフレクサー:フィルター径49mm, 重量(実測)190g, プリセット絞り, 最大撮影倍率0.5, 絞り F3.5-F16, 絞り羽 9枚, EXAKTA/M42/Nikon Fマウント対応(本品はEXAKTAマウント), 設計構成 4群4枚レトロフォーカス型





参考文献
[1] NOVOFLEX公式ホームページ
[2] Dr Klaus Schmit, A Study of 50 wide + normal Lenses for UV Photography
[3] Dr Klaus Schmit: Photography of the invisible world
[4] 本レンズがシュテーブルから供給されたと断定的に解説するWEBページが最近目立ち始めているが証拠はない。これらのWEBページはみなWEBページ[3]を根拠にしているが、[3]で与えられているのは推測のみで根拠を示しているわけではない。

入手の経緯
レンズは2015年2月にeBayを介してチェコのカメラメイト(leica-post)から27000円+送料で購入した。オークションの解説は「(A)エクセレントコンディション。使用感は少な目で完全に動作する」とのこと。相場はM42マウントの商品が30000~35000円前後、Exaktaマウントの商品は25000~30000円程度であろう。状態の良いレンズが届いた。ノフレクサーはeBayに常時何本か出ているので入手難易度は高くはない。EXAKTAマウントとM42マウントが大半で、ごくまれにNikon Fマウントの個体も出回ることがある。まぁまぁ売れたレンズなのであろう。

撮影テスト
エクステンションチューブを繰り出さない状態での最短撮影距離は0.3~0.35mであるが、解像力はこのくらいの距離が最良である。ここからエクステンションチューブを前方に繰り出し最短撮影距離を短くしてゆくと、開放では解像力が顕著に落ちる。ただし、フレアは全く出ずピント部は依然として開放からシャープなので、大きく拡大しない限り解像力不足を感じることはない。また、絞り込むほど解像力が上がり、拡大像においても細部を緻密に表現できるようになる。エクステンションチューブを目いっぱいまで操出し最大撮影倍率に至っても画質は驚くほど安定しており、開放時と絞り込んだ時のフレア量に大差はない。この時代のマクロレンズとしては、たいへん優秀な近接撮影力であると思う。発色はノーマルで特定の色にコケる癖はなく、どのような条件でもシャープでスッキリとしたヌケのよい描写だ。グルグルボケや放射ボケは全くでない。ピント部の画質の均一性は高く、開放でも四隅まで良好な水準をキープしている。絞った時のフォーカスシフトが少なく、絞り開放でピントを合わせたのち絞り込んでも、ピントの山の頂上付近にいる。これだけの性能を備えたレンズなのだから、高い技術力を持つ光学メーカーが供給した製品であるに違いない。
F8, sony A7Rii(WB:晴天)

F5.6, sony A7Rii(WB:日陰, iso 2000): 近接域でもフレアが目立つことはなく、四隅までシャープな像が得られる




F11, sony A7Rii(WB: 日陰): エクステンションチューブ4段を全て繰り出した最短撮影距離付近でのショット。さすがに絞ってもこのくらいの解像力だが、シャープネスは依然としてよい
F5.6, sony A7(AWB)
F5.6, sony A7(AWB)

F5.6, sony A7(AWB) 

F8, sony A7(AWB):これも最短撮影距離。とてもシャープだ









F3.5(開放), sony A7Rii(AWB) 開放でポートレート域の写真も1枚出しておく。フレアは少なくシャープネス、コントラストは充分









F5.6, sony A7(AWB) このレンズはエクステンションリングを出さないまま最短側で撮影するあたりが、画質的に最良だとおもう。中央をクロップしたのが下の写真


ひとつ前の写真のピント部を拡大したもの。解像力はかなり高い







F5.6, sony A7Rii(AWB, ISO6400): ISO感度を6400まで上げているので解像力はない。手持ちによる薄暗い中でのマクロ撮影だが、質感表現はよく出ている。悪条件でもここまで写るのはレンズのみならずカメラのおかげでもある


上段:F3.5(開放)/下段:F8, sony A7Rii(AWB): このレンズの最短撮影距離(4段操出し x0.5倍)における画質の比較。開放でもフレアは少なく、このスケールでは絞り込んだ画との画質的な優劣はわからない。大したレンズだ。ただし、次に示す中央を拡大した写真(下の写真)を見ると、解像力には明らかな差が出ている
前の写真の中央部拡大:上段:F3.5(開放)/下段:F8, sony A7Rii(AWB): 差とは言ってもこの程度で、開放でもフレア感は全くない。解像力(細部の分解能)に差があり、絞り込んだ方は文字表面の質感まで緻密に拾っている