おしらせ
2017/07/24
Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9 M42 ( Rev.2 )
散り際の鮮やかさ、
シュタインハイル最後の輝き
Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9(Rev.2)
2014/12/11
Ernst Leitz Summar(Mikro-Summar) 8cm F4.5
ライツ初期のマクロ撮影専用レンズ
Ernst Leitz SUMMAR 8cm F4.5
ある筋から山崎光学写真レンズ研究所の山崎和夫さんがご愛用のレンズと聞き、俄然興味を持ったのがSummar (ズマール)F4.5である。Summarの歴史を遡ると、何とLEICAの登場よりも古く、1907年には既にLeitzのハンドカメラとともに同社の広告に掲載されていた[文献1]。1910年にはマクロ撮影用モデルの原点と考えられる顕微鏡用のSummar 24mm F4.5が製造されている。Summarと言えばLeica用に供給された一般撮影用レンズの50mm F2が有名だが、このモデルが登場したのは1933年とだいぶ後の事である。
今回取り上げるのはマクロ撮影専用モデルとして設計されたSummar 8cm F4.5である。焦点距離8cmのモデル以外には24mm, 35mm, 42mm, 64mm, 10cm, 12cm, 24cmが存在し、ライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリ包括できるイメージサークルを持っている。いずれもヘリコイドの無いレンズヘッドのみの製品として供給され、私が入手した製品個体はマウント側がM25ネジ(ネジピッチ0.75)になっていた。一般撮影用レンズとしてカメラで用いるにはマウントアダプターを使い直進ヘリコイドに搭載するのがよい。光学系については記録がないものの、光の反射面の数からは明らかに4群6枚の標準的なダブルガウス型であることが判る。ただし、Vade Macum[文献2]にはダブルガウス型モデル以外にDialyt(ダイアリート)型に変更された後期型モデルが存在したという情報もある。全モデルにシリアル番号の刻印がなく、製造期間やモデルチェンジの経緯など詳しい事はわかっていない。鏡胴が真鍮製でありガラスにコーティングが施されていない事から推測すると、私が入手したのは戦前に生産された製品個体であろうと思われる。文献3には焦点距離8cmのモデルが等倍から7倍の撮影倍率で最適化されていると記載されている。なお、鏡胴にMikro-Summarと刻印されている製品個体も存在するが、いずれにしてもレンズの収納ケースにはMikro-Summarと記されているので差異はないと思われる。謎の多いレンズだ。
- 文献1: Advertising by E.Leitz Wetzlar in Photographische Rundschau 1907, no. 13 (Click Here)
- 文献2:Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum
- 文献3: Aristophoto instructions(Leitz catalog)
★入手の経緯
このレンズは2013年10月にeBayを介して米国の古物商から落札購入した。出品者は写真機材が専門ではなく主にiPhoneの端末を売り、5回に1回程度の割合で写真機材を出品している人物だ。「ガラスはVery Nice」との触れ込みで、オークションの解説は「Ernst Leitzのマクロ撮影用レンズ。私はこれを用いて出品する商品の写真を大量に撮っていた。レンズに関する詳細はわからないが質問には何でも答える。キャノンAマウントレンズに変換できるアダプターをオマケでつけておく」とのこと。オークションの締め切り時刻は日本時間の明け方5時で、中国人ブローカー達もすっかり寝静まっている時刻である。ラッキーなことに配送先を米国のみに限定しているので、さっそく出品者に交渉し日本への配送について約束を得ておいた。配送額は12ドルとのことである。アンドロイドアプリの自動スナイプ入札ソフトで最大額を216ドルに設定し私も就寝・・・朝目覚めてビックリした。入札したのはたったの3名で落札額はたったの69ドル(+送料12ドル)である。eBayでの落札相場は350ドルから400ドル程度の商品なので、たいへんラッキーな買い物となった。2週間後に手元に届いた商品をみたところ、肝心の光学系はクリーニングマーク(拭き傷)すらない素晴らしい状態である。CマウントをL39/M39ネジに変換する純正アダプターも付属していた。
★カメラへの搭載
このレンズはフランジバックが比較的長く、ミラーレス機はもちろんのこと一眼レフカメラで使用した場合にも無限遠のフォーカスを拾うことができる。レンズはマウント側のネジがM25(ネジピッチ0.75mm)になているので、市販のアダプターを用いてM42ネジやM39ネジに変換すれば直進ヘリコイドに搭載することができる。
M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載するために用いたアダプター。左がM39-M42変換リングで、右がM25-M39アダプター(入手したレンズに付属)。いずれもeBayにて同等品を入手することができる |
★撮影テスト
マクロ域での画質は素晴らしく、デジタルセンサーの分解能にも負けない高い解像力を備えたレンズである。フレアは良く抑えられておりスッキリとヌケが良く、コントラストや発色も良好である。階調は軟らかく中間階調は豊富に出ており、絞っても硬くなることはない。しかし、何より驚いたのはピント部の画質である。最初の3枚の作例セットを見ていただけるとわかるように、開放から最少絞りまで画質の変化がほとんどみられず、ピント部は恐ろしいほど安定している。点光源によるボケ玉の明るさが均一であることからも、このレンズが近接域で理想に近い収差設計(球面収差完全補正)を実現している様子がうかがえる。ただし、中遠景を撮影する際は解像力が若干低下し後ボケの拡散がやや硬くなるとともにコントラストもやや落ちる。これは古いマクロ撮影専用レンズに共通する傾向でもあり、収差の補正基準点を近接域に設定しているためである。焦点距離8cmは無理のない画角のようで、グルグルボケや放射ボケは全く見られない。口径食は開放で近接撮影時(写真1枚目)に僅かにみられる程度で問題となるレベルではない。逆光には弱いが、軟らかい繊細な階調描写と近接域での高解像な描写力が魅力の優れたレンズである。
F4.5(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力はとても高く、現代のデジカメセンサーがもつ分解能にも負けていない。ボケ玉の明るさは均一で球面収差が良好に補正されている様子がわかる。開放からスッキリとヌケが良く、発色やコントラストは良好である |
F7.7, Sony A7(AWB): ピント部の画質は絞っても大して変化しない。それだけ開放での描写に余裕があるためであろう。強い日差しにもかかわらず階調は軟らかさを維持している。中間階調が豊富に出ており背景のトーンがたいへん美しい |
F15.4(最少絞り), Sony A7(AWB): 深く絞っても回折による解像力の低下はほとんど感じられない。画質に安定感のあるレンズだ |
F4.5(開放), Sony A7(AWB): 口径食はほとんどない。シャドー部が良く粘るレンズである。中遠距離になるにつれ後ボケが硬くなるのは古いマクロ撮影用レンズに共通している傾向だ |
F6.3, Sony A7(AWB): 少し前にElgeet Mini-Telの撮影で使った被写体である。このシーンでも試してみたかった。高解像なレンズなので凄い質感が出ている |
2012/04/02
Nikon New Micro Nikkor 55mm F3.5(Nikon F mount)
四隅までカリッと写る驚異の5枚玉:PART5(最終回)
小穴教授のDNAを受け継いだ
日本製Xenotar型レンズ
1954年春、Schneider(シュナイダー)社の新型レンズXenotar(クセノタール)は東京大学の小穴教授によって日本の光学機器メーカーのエンジニア達に紹介され、アサヒカメラ1954年7月号にはレンズを絶賛する同氏の記事が掲載された。これ以降、Xenotarは光学機器メーカーによって徹底研究され、メーカー各社から同型製品が数多くリリースされている。アサヒカメラの記事の中で小穴教授はXenotarの設計で口径比をF3.5にとどめるならば、新種ガラスを使うまでもなく、Xenotar F2.8を凌駕する更に優秀なレンズができることを世のレンズ設計者達に唱えている。小穴教授は日本光学工業株式会社(現Nikon)設計部エンジニアの東秀雄氏と脇本善司氏にF3.5の口径比を持つXenotar型レンズの開発を依頼していた。東氏は小穴教授と東大時代の同窓であり、脇本氏は小穴教授の研究室を出ているという親しい間柄である。
1954年3月初旬、依頼を受け開発に取り掛かっていた東・脇本両氏はF3.5で設計したXenotar型レンズの優れた描写力、特に開放からのずば抜けた性能にひどく熱中していた。その数か月後にはアサヒカメラに記事が掲載されるが、その頃にはレンズの試作品が完成、1956年10月には製品化に至っている。Nikonのマクロ撮影用レンズの原点Micro-Nikkor 5cm F3.5である。このレンズは同社のレンジファインダー機Nikon S用に開発されたものであるが、発売から5年後の1961年に脇本氏によって一眼レフカメラに適合させるための修正設計が施され、焦点距離を5mm伸ばしたMicro-Nikkor 55mm F3.5(Nikon Fマウント)として再リリースされている。
左はXenotarで右はMicro-Nikkor 3.5/55の光学系。個々のレンズエレメントの厚みに差はあるが基本設計は大変良く似ている
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1961 Micro-Nikkor 等倍撮影可能 手動絞り
1963 Micro Nikkor Auto 最大撮影倍率が0.5に変更、自動絞り導入
1970 Micro Nikkor Auto-P 金属ヘリコイドリング(後にゴム巻きへ)
1973 Micro Nikkor Auto-PC マルチコーティングの導入
1975 New Micro Nikkor ヘリコイドはゴム巻きのデザインへ
1977 Ai Micro Nikkor Aiに対応
ただし、光学系は脇本氏による再設計以降、一貫して同じものが使われ続けた。1980年にガウスタイプのAiS Micro-Nikkor 55mm F2.8が発売され生産中止となっている。
今回入手したモデルはMicro-Nikkorシリーズの5代目として1975年に登場したNew Micro Nikkor 55mm F3.5である。ガラス面にはマルチコーティングが施され、コントラスト性能をさらに向上させた製品である。描写設計はマクロ撮影に特化されており、近接撮影時に最高の画質が得られるようチューニングされている。Xenotar型レンズには収差変動が比較的小さいという優れた光学特性があるため、このような位置づけの商品が誕生するのはごく自然なことなのであろう。後に富岡光学も同型のマクロ撮影用レンズを開発している。
NEW MICRO-NIKKOR 55mm F3.5: フィルター径 52mm, 最短撮影距離24.1cm, 最大撮影倍率0.5倍, 絞り値 F3.5-F32, 構成 4群5枚クセノタール型, 重量(実測)242g, 基準倍率 0.1倍(被写体からフィルムまでの距離が66.55cm),Nikon Fマウント, ガラス面にはマルチコーティングが施されている
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このレンズは今でも流通量が多く、中古店やヤフオクでは在庫が絶えることはない。今回の品は2011年12月にヤフオクを通じて前橋のハローカメラから落札購入した。商品には12000円の即決価格が設定されており、私を含めて8人が入札、4904円+送料別途で私が競り落とした。商品の状態は「ピントは正常、レンズ内には少なめのゴミあり。外観は少なめの使用感あり。」とのことでUVフィルターとキャップが付属していた。このショップは清掃を施していない全ての中古レンズに対して、「ゴミあり」と記すのが慣例のようである。ホコリの無い中古品なんて皆無なので、程度の幅を考慮した上での記述のようだ。届いた品は極僅かにホコリの混入があるのみの上等品であった。同品の中古相場は非Ai版で5000-7000円、Ai版とAi改造版では8000-10000円程度とロシアのVega-12Bよりも安い。世界で最も安いXenotar型レンズなのではないだろうか。
★撮影テスト
高解像で硬諧調な描写設計はXenotarを模範とする本レンズにも受け継がれており、ピント部はF3.5の開放絞りから高いシャープネスを実現している。手元の資料によると解像力は0.1倍の基準倍率(撮影距離66.5cm)における近接撮影時でさえ100線/mm以上と非常に好成績だ。F3.5の口径比は一般撮影の用途にはやや物足りないが、マクロ域での撮影には充分な表現力を提供してくれる。ガラス面にはマルチコーティングが施されており、高コントラストで発色は鮮やか。写りは現代的である。ただし、弊害もあり、晴天時に屋外で使用する際には階調変化が硬くなりすぎてしまい、シャドー部に向かって階調がストンと落ちる傾向があるので、黒潰れを回避するためには絞りすぎに注意し、コントラストの暴走にブレーキをかけなければならない。このレンズを使いこなすにはカメラマンの腕が問われるところだ。
レンズの設計はマクロ撮影に特化されており、球面収差は無限遠方の撮影時に過剰補正となっている。レンズの事に詳しいマイヨジョンヌさんを介してNikonの技術者の方にうかがった情報によると、このレンズは撮影倍率が1/30となる辺りを境にして、遠方側の撮影時では過剰補正により後ボケが硬くなり、逆にそれよりも近接の撮影では補正アンダー(補正不足)により、なだらかで柔らかいボケが得られるとのことだ。また近接撮影では像面湾曲もアンダーとなり、グルグルボケなどに無縁な穏やかな後ボケになるとのことで、近接でのブツ撮りに適したレンズといえそうだ。
F3.5 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): 開放からスッキリとしてシャープ。コントラストは高い
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F5.6 銀塩写真(Kodak SG100): こちらも近接撮影。四隅まで均一性は高い |
F3.5 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): 近接での作例。収差変動により後ボケは大変柔らかくなる。思い切って開放で撮ってみたが、ピント部は依然として四隅までシャープ。優れたレンズだ
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F5.6 銀塩撮影(Kodak SG100): マルチコーティングのおかげで発色はかなり鮮やか。現代的な描写だ
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F3.5 銀塩写真(Fujicolor Superior200) 階調はこのとうりに、かなり硬めだ |
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200): 背後からパシャリとしてみたが、実はこちらを見ている・・・怖いよ~
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2011/08/26
Kamerabau-Anstalt-Vaduz Kilfitt-Makro-Kilar E(APO)
4cm F2.8 (M42) Rev.2 改訂版
マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。フィルター枠にある赤・青・黄色の3色の刻印●●●は本品が高級なアポクロマートレンズであることを印している。アポクロマートとは特殊な硝材で作られた3枚のレンズを組み合わせによって色収差を補正する仕組み
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Makro-kilar 40mmは後玉が大きく飛び出しているため、APS-Cセンサー機やミラーレス機の登場までまともに使えるカメラが無く、安値で取引されていたが、最近は相場も人気も急上昇し高値で安定している。私が手に入れた個体は2009年9月29日にeBayを介してドイツの中古レンズ専門業者から落札した。商品の解説は「エクセレントコンディションのマクロキラー。ガラスは少しの吹き傷がある程度で綺麗。絞りとフォーカスリングの動作はパーフェクト」。出品者紹介には二枚目の若いお兄ちゃんの写真が写っている。フィードバックスコア1900件中99.8%のポジティブ評価なので、この出品者を信頼することにした。いつものようにストップウォッチを片手に持ちながら締め切り数秒前に250ユーロを投じたところ、206ユーロ(2.7万円弱)にて落札できた。送料・手数料込みの総額は216ユーロ(2.82万円)である。なお本品のヤフオク相場は3万円前後、海外相場(eBay)は300-400㌦(2.7-3.6万円)。商品は落札から10日で手元に届いた。恐る恐る状態を精査すると、中玉端部のコーティング表面にヤケ(コーティングの経年劣化)がある。他にもレンズ内にチリがパラパラとあり、お約束どうり薄っすらとヘアライン状の吹き傷もある。年代物とはいえ説明不足は明らかで、本来ならば完全に返品となる状況だが、今回はこれが欲しかったので、返品は避けオーバーホールに出すことにした。ガラスの不具合が改善しますようにと近所の神社にお参りしたのが効いたのか、2週間後に修理業者から返ってきたレンズはかなり改善し、チリも除去され、実力を見るには十分なレベルとなっていた。
★撮影テスト
Makro-Kilar 40mmの撮影テストは今回で2回目となる。オールドレンズは発色に癖のあるものが多いが、本レンズは1950年代に造られた製品とは到底思えない実にニュートラルな発色特性を示す。テッサー型レンズらしく、コントラストの高さと階調変化の鋭さ、色彩の鮮やかさと色のりの良さが際立っている。黒潰れに強いデジカメの特性にも助けられ、シャドー部がカリカリに焦げ付くことはなく良好な階調表現が得られる。黒潰れが避けられないケースは真夏日の晴天下でF11以上深く絞る場合のみであった。本品も含めテッサータイプのレンズでは銀塩カメラよりもデジタルカメラの方が相性が良いのかもしれない。解像力はテッサータイプ相応であり、お世辞にも類似スペックのガウス型マクロ撮影用レンズと肩を並べる性能とは言い難い。開放絞りの場合、中遠方はスッキリと写るが近接ではやや像が甘く、ポワーンとした柔らかい描写を楽しむことができる。1~2段絞れば被写体の輪郭が締まり、近接撮影でもスッキリと写るようになる。絞りこんだときの解像力はF11まで向上し、回折効果による画質の低下はF16以上深く絞ったところでようやく表れる。最小絞りがF22まで用意されているのは、単なる飾りではないようだ。グルグルボケや四隅の流れなどはなくアウトフォーカス部の像は概ね安定している。球面収差の補正が過剰気味なのか中距離域で2線ボケに遭遇することがあったが、近接撮影では収差の増大に助けられ柔らかく綺麗なボケ味が得られている。前評判どうりに欠点の大変少ない優れた描写力を備えたレンズのようで、これなら人気があるのもうなずける。解像力よりも鋭い階調表現で勝負するレンズといえるのだろう。
F8 NEX-5 digital:近接撮影時のボケ味には不安材料は全く無い。`色のりもよいしボケも綺麗だ
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F5.6 NEX-5 digital: テッサータイプらしい安定した描写だ
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F5.6 NEX-5 digital, AWB: 真夏日の強い日差しであるが、シャドー部が黒つぶれせずに階調がよく残っている
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F11, -1.7EV EOS Kilss x3, AWB: 深く絞るときの像の鋭さは流石にマクロレンズ。ただし、絞りが深いと、少し階調表現が硬めになる
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上段F2.8/ 下段F8, EOS kiss x3, AWB: マクロレンズとはいえ開放絞りでは像がやや甘くなるので柔らかい描写表現が可能。1度で2度おいしい類のレンズだ
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F5.6 EOS kiss x3, AWB これくらい絞れば最短撮影距離でもスッキリと写る
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F11 NEX-5digital, AWB, BULB撮影モード: 調査で見つかった祭壇のような構造物(鍾乳石)。長い年月が経ち、床面と一体化している。手前に転がっているのは12世紀頃に造られたとみられる土器の破片。この場面では絞り値F8でも撮影したが、F11の方が像がシャープな結果となった。本レンズの場合、回折による解像力の低下はF16よりも深い絞り値で起るようだ
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F11 NEX-5 digital AWB, BULB撮影モード: 土器の破片群。一つの土器が砕け斜面を流れるように砕け散っている。この場面では2方向からLEDライトを照射し、バルブ撮影で写している。
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F5.6 NEX-5 digital AWB: カタツムリやキセル貝等の死骸の堆積。こちらも三脚を立てて撮影している。照度が低く階調表現が軟らかい場合、解像力の高低がはっきりと視認できるようになる。やはりこのレンズには解像力が高いという印象を持つことができない
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2011/08/03
ZOOMAR München Macro Zoomar 50-125mm F4 (M42)
Dr Frank Gerhard Back(バック博士)は1902年8月25日にオーストリアのウィーンに生まれ、ウィーン工科大学で工学修士(1925年)と理学博士(1931年)の学位を取得した。卒業後はウィーンで自営のコンサルティングエンジニアとして7年間働き、1938年9月から1年弱をフランスで過ごした後に米国へと移住している。ニューヨークではエンジニアとして数社を巡り渡り、1944年にResearch and Development Laboratoryという名の会社を設立している。その数年後にZOOMAR社を設立、同社の社長兼技術顧問に就いた。博士が現在のズームレンズの原形となる画期的なアイデアを考案したのは1946年のことである。
Back博士は単なる技術者ではなく、科学者としての精神を持ち合わせていた。彼は20世紀最高の科学者Dr. Albert Einstein(アルバート・アインシュタイン博士)と深い親交があり、アインシュタイン博士の相対性理論が予言する重力レンズ効果の決定的な証拠を1955年の皆既日蝕中の天体観測によって捉えようと試みたのである。Back博士は太陽の重力によって引き起こされる星の光の光学的歪を写真に収めるため、観測用の特別なZOOMARレンズを開発し、1年がかりの準備期間を経た後にフィリピン諸島へと旅立った。このあたりの詳細はBack博士の1955年の著書「HAS THE EARTH A RING AROUND IT?」に詳しく記されている。残念なことに観測の2か月前、バック博士がフィリピン滞在中にアインシュタイン博士は他界している。
Back博士は生涯を通じて光デバイス機器やズームレンズ技術に関する幾つかの重要な発明を行い、光学機器産業や写真産業の分野に大きな功績を残した。また天文、医療、産業、軍需など関連分野の発展にも寄与し、英国王立写真協会、映画テレビ技術者協会、米軍技術者協会などから名誉ある賞を受賞している。博士は1970年にZOOMAR社を退き、1983年7月にカリフォルニア州サンディエゴで死去している。
★入手の経緯
本レンズは2011年2月にドイツのクラシックカメラ専門業者Photo Arsenalのオンラインショップから購入した。商品の解説ページに記されていたランクはAB(near mint)で、軽度の使用感はあるが状態の良い完動品とのこと。商品はドイツからの空輸され、購入手続きを経てからたったの3日で私の手元に届いた。クレイジーな速さである。このレンズは生産本数が僅か1000本と稀少性が高いため、eBayでは1000ドルを超える値で売り出されていることも珍しくない。僅かなホコリの混入はあったが、ガラスに拭き傷やカビ等の問題はなく状態は良好、たいへんラッキーなショッピングであった。
本体にビルトインされているスライド式フード |
- 開放絞りにおける解像力は高くない。望遠側では甘くソフトな像になり、高倍率撮影を行うと被写体の輪郭部に薄らとハロが発生することがある。マクロ撮影を行う場合は絞って使うことが前提のようだ。
- フィルム撮影では問題視されることのなかった色収差(軸上色収差)が、デジタル撮影では顕著に表れる。被写体の輪郭部が色づいて見える事がある。
- ボケ味は悪くない。2線ボケやグルグルボケによって背景の像が乱れることはない。
- 発色は癖もなくノーマルだが、開放絞り付近で黄色に転び温調なカラートーンになることがある。
- 階調表現はなだらかで良好。真夏日の条件下でも暗部は良く粘り、黒潰れが回避される。
- 姉妹品のVoigtlander Zoomar 2.8/36-82mmは画像端部で像が流れるが、本レンズではこの点が改善されている。
★フィルム撮影
Canon EOS kiss + M42-EOSアダプター
F11 銀塩撮影 FujiColor Super Premium 400: 真夏日の高照度な条件下においても暗部がよく粘り、階調表現が焦げ付くことはなかった
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F8 銀塩撮影 Euro Print 400(イタリア製): このフィルムを用いた作例の多くでノイズが顕著に出てしまった。マクロ撮影では手ぶれ防止のために高感度フィルムを用いるケースが多くなるのでフィルム選びは重要
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F5.6, Focal Length 50mm(上段)/125mm(下段), Nikon D3(AWB, ISO800) :この通りにボケ味は悪くない。この作例では発色が黄色に転び、実際よりも温調カラートーンになっている。トマトなのに人参みたい
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MACRO ZOOMARを皮切りにマクロズームレンズが次々と登場したことで、ズームレンズの持つ利便性をマクロ撮影の分野でも享受できるようになった。焦点距離が固定されてしまう単焦点レンズを用いた撮影では、画角調整の必要が生じる際の対応を三脚の位置決めからやり直さなくてはならないが、ズームレンズではこの過程が省略されるため、微調整を速やかに終えることができる。このレンズはプロ向けに造られたのであろう。
2011/06/30
A.Schacht Ulm M-Travenar R 50mm F2.8(M42)
シャハト マクロ・トラベナー
ベルテレが設計した
テッサータイプのマクロレンズ
A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8
A.Schacht社は1948年に旧西ドイツのミュンヘンにて創業、1954年にはウルム市に移転して企業活動を継続した光学メーカーです。創業者のアルベルト・シャハト(Albert Schacht)は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikonなどでオペレータ・マネージャーとして在籍していた人物で、1939年からはSteinheilに移籍してテクニカル・ディレクターに就くなど、キャリアとしてはエンジニアではなく経営側の人物でした。同社のレンズ設計は全て外注で、シャハトがZeiss在籍時代から親交のあったルードビッヒ・ベルテレの手によるものです。ベルテレはERNOSTAR、SONNAR、BIOGONなどを開発した名設計者ですが、戦後はスイスのチューリッヒにあるWild Heerbrugg Companyに在籍しています。
A.Schacht社は1967年にそれまで同社にネジなどの部品を供給していたConstantin Rauch screw factoryに買収され、さらに同社の光学部門は間もなく光学メーカーのWill Wetzlar社に売却されています。なお、シャハト自身は1960年に引退していますが、A.Schachtブランドのレンズは1970年まで製造が続けられました。
今回ご紹介するM-Travenar 50mm F2.8は同社が1960年代に市場供給したマクロ撮影用レンズです。このレンズは等倍まで寄れる超高倍率が売りで、ヘリコイドを目一杯まで繰り出すと、なんと鏡胴は元の長さの倍にもなります。同社のレンズは全てベルテレが設計したわけですが、設計構成はベルテレとは縁の遠いテッサータイプです。ゾナーを作ったベルテレがテッサータイプを作ると、一体どんな味付けになるのでしょう。とても興味深いレンズである事に違いありません。
A.Schacht M-Travenar 2.8/50の構成図(カタログからのトレーススケッチ)。設計構成は3群4枚のテッサータイプで、前・後群に正の肉厚レンズの用いて屈折力を稼ぎF2.8を実現している |
テッサータイプのレンズ構成自体は1947-1948年にH. Zollner (ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって、球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた事で成熟の域に達しており、口径比F2.8でも無理のない画質が実現できるようになったのは戦後のZeiss数学部(レンズ設計部門)の最も大きな成功の一つと称えられています。A.Schacht社に新しいレンズ設計を提供するにあたり、ベルテレは新種ガラスのノウハウを導入していたに違いありません。
A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8( minolta MDマウン): 重量(実測)356g, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22(プリセット機構), 最大撮影倍率 1:1(等倍), 最短撮影距離 0.08m, レンズ構成 3群4枚(テッサー型), 絞り羽数 12枚, レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である |
★入手の経緯
A.Schachtのレンズはベルテレによる設計であることが広まり、近年値上がり傾向が続いています。eBayでのレンズの相場は250~300ドルあたりですが、安く手に入れるための私の狙い目はアメリカ人で、ビックリするほど安い即決価格で出品している事が度々あります。米国ではA.Schachtのレンズに対する認識や評価があまり進んでいないのかもしれませんね。国内ではショップ価格が35000円~45000円あたりのようです。今回の私の個体は海外の得意先から出品前の製品を購入しました。珍しいミノルタMDマウントでしたが、市場に数多く流通しているのはEXAKTAやM42、ライカLマウントです。
★撮影テスト
ポートレート域ではいかにもテッサータイプらしいシャープで線の太い像ですが、近接撮影時では微かに柔らかい雰囲気のある画になります。コントラストや発色は距離に寄らず良好です。滲みは距離に寄らずよく抑えられており、等倍の最短撮影距離でも充分な解像感が得られます。ここはゾナーを設計したベルテレの設計力の高さを感じます。さすがにテッサータイプなのでガウスやトリプレットのような高解像な画は吐きませんが、フィルムで使用するには、このくらいの解像力があれば十分なのでしょう。ボケはポートレート域で微かにグルっと回ります。テッサーには軽い焦点移動があり、開放でピントを合わせても絞り込んだ際にピントが狂ってしまう問題がありますが、さすがに高倍率のマクロ域で撮影する場合は、絞ってピント合わせをしますので、問題なし。
F5.6 sony NEX-5(AWB) |
F2.8(開放) SONY NEX-5(AWB) |
F8 SONY NEX-5(AWB) |
続いて我が家のコワモテアイドルであるサンタロボの魅力にトコトン迫ってみました。怖いですよ。
F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) まずは絞りを変えながらのテストショットです。開放でも滲みなどは出ず、スッキリとしたヌケのよい写りで、発色も良いみたい。十分にシャープな画質が撮れています |
F8 sony A7R2(WB:日陰) 十分に絞りましたが、中心部の解像力、改造感はあまり変わらない感じがします。開放からの画質の変化は小さく、安定感のある描写です。 |
F8 sony A7R2(WB:日陰) 絞り込んだまま、かなり寄ってみました。ここから先は絞り込んでとるのが基本ですので、開放でのショットは省略します。この距離でも十分な画質で近距離収差変動はよく抑えられている感じです。トナカイ君との相性もバッチリで仲良く撮れています。さらに近づいてみましょう |
F8 sony A7R2(WB:日陰)ここからはコワモテ君の単独ショットで本領発揮です。彼の魅力は接近時に引き立てられます。写真のほうは思ったほど滲まず、適度な柔らかさのまま解像感も十分に維持されており、想定以上の良い画質を維持しています。近距離収差変動はよく抑えられている感じで、これぐらいの柔らかさなら雰囲気重視の物撮りにおいて普段使ってもいい気がします |
F8 sony A7R2(WB:日陰)いよいよ最短撮影距離(等倍)まで来ました。コワモテ君の迫力もMAXです。微かな柔らかさを残しつつも十分な解像感が得られており、コントラストと発色は十分に良好なレベルです。等倍でも十分に使えるレンズのようで、雰囲気重視を想定しているなら物撮りで十分に使えるレンズだと思います |
続いてはポートレート撮影での写真です。モデルはいつもお世話になっている彩夏子さん。ボーイッシュにイメチェンした彩夏子さんを初めて撮らせていただきましたが、とても新鮮でした。
F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰) |
F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰) |
F5.6 sonyA7R2(WB:日陰) |
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