おしらせ


2024/01/13

TAYLOR,TAYLOR-HOBSON COOKE PANCHROTAL ANASTIGMAT 2.8inch (71mm) f2.3

 

 
ストイックなレンズ構成が
マニアの共感を呼び、不安を煽る
テーラーホブソン社のシネマ用望遠レンズ

Taylor,Taylor-Hobson Cooke PANCHROTAL Anastigmat 2.8inch(71mm) f2.3

Panchrotal (パンクロータル)はTaylor & Taylor-Hobson(テーラーホブソン)社から1950年に発売されたシネマ用望遠レンズで、主にBELL & HOWELL社の16mm映画用カメラ(Cマウント系)に搭載する交換レンズとして市場供給されました。1950年に刊行されたAmerican cinematographer[1]という雑誌の新製品紹介に焦点距離の異なる4種類のレンズ(Super-Comat 0.7inch F2.5, Ivotal 2inch F1.4, Panchrotal 2.8inch F2.3, Panchrotal 4inch F2.3)と共に掲載されています。このうち2本のPanchrotalは同一構成のレンズで、深い被写界深度を実現したのが特徴なのだそうです。 レンズの作りは素晴らしく、手に取ったときのズシリと重い重量感に加え、鏡胴には鏡面仕上げの美しいクロームメッキが施されており、ただならぬ高級感を感じることができます。

マニアの視点から見たこのレンズの特徴は、何と言っても独特な設計構成でしょう[2]。下図のように各群が同一構成のまま同じ配列パターンを繰り返しており、水族館のクラゲにも似た奇怪な形態ですレンズ構成は3群6枚で、トリプレットからの発展型と各方面で紹介されていますが、パワー配置が真ん中の第2レンズ群(G2)は正、第3レンズ群(G3)が負となっており、屈折力が入れ替わっている点に注目すると、もはやトリプレットとの関連性は薄く、全く別物のレンズに見えます。テーラーホブソンと言えばトリプレットに所縁のあるメーカーですから、連想が一人歩きしているのかもしれません。被写界深度を稼ぐため球面収差の補正に加え、1群~3群の全てで軸上色収差を減らす徹底ぶりです。前群側に正の屈折力が集中しており、広い撮像面を持つ現代のデジカメで使用する場合には歪みが目立たないのか心配です。望遠レンズですから画角特性には目をつむり、その代わり被写界深度を深くすることに尽力したレンズと捉えることができます。しかし、改めてみると、やはりすごい設計構成ですよね。見るほどに不安になります。これで本当に、ちゃんと写るのでしょうか。

文献[2]からのトレーススケッチ。構成は3群6枚で、左が被写体側、右がカメラの側です
  

参考文献

[1] American cinematographer (Vol.31,1950, P329):新製品発売についてのアナウンスが掲載されています

[2] ARTHUR COX, "PHOTOGRAPHIC OPTICS", 9th Edt. p.211

 

絞り F2.3-F32, 絞り羽 12枚構成, 重量(実測) 238g (純正フィルター込みで260g)  フィルター径 40mm, 最短撮影距離 3 feet弱(約1m弱), イメージフォーマット 16mmシネマ準拠, Cマウント, 設計構成 3郡6枚(PANCHROTAL型)
 
入手の経緯
レンズは2017年9月にeBayにて英国の個人セラーから910ドル+送料で購入しました。商品の状態は美品(MINT CONDITION)とのことでしたが、残念ながら届いたレンズはピントリングがカチンコチンに硬く、ややホコリの混入が目立ちましたので、川崎の関東カメラに持ち込んでオーバーホールしていただきました。関東カメラは知る人ぞ知る、フィルムカメラやレンズの修理を専門とする業者で、レンズの組立工程時にコリメーターを使用しベストな位置で組むという技術力の高さを誇っています。
 
撮影テスト
開放から滲みは全く見られません。シャープネスとコントラストが高く、すっきりとクリアに写り、発色も鮮やかな高性能レンズです。背後のボケは概ね穏やかですが、口径食がみられる事と、距離によっては少しグルグルボケが出ることがありました。APS-C機で使用すると、やはり糸巻き状の歪みが目立ちます。加えて四隅には光量落ちがみられますが、はっきりとケラれるわけではありません。一回りセンサーサイズの小さいマイクロフォーサーズ機では写真の全面で均一な明るさが得られ、歪みや口径食は気にならないレベルとなります。切れ味と立体感に富んだ画作りからは、このレンズの原型と言われるトリプレットの特徴を感じとることができます。
 
F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard) 近接撮影時はケラレが大きくなります。マウント側の光路が狭いからでしょう

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard) スッキリ綺麗に写ります


F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard) 発色も鮮やかです

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, FS: Standard)











































































































F5.6 Fujifilm X-T20(WB:日光 FS.Standard)
F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

F2.3(開放) Fujifilm X-T20(WB:auto, FS:C.C.)

2024/01/08

Carl Zeiss Jena ERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9

ERNOSTAR特集 PART 2

シネマ用レンズとして供給された

焦点距離5cmのエルノスター

Carl Zeiss Jena ERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9

エルノスターを開発したエルネマン社でしたが、1926年にツァイス・イコン社の設立母体として他社と合併し消滅してしまいます。ただし、エルネマン社の一部のカメラやレンズは、合併後も短い期間だけCarl Zeiss Jena製品として生産されました。今回紹介するERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9もそうした製品の一つで、35mm映画用レンズとして同社がZeiss傘下で1930年頃まで生産したKino model E、およびCarl Zeiss Jena製品の35mm Kinamo N25というカメラに搭載され市場供給されています。注目すべきはこのレンズの設計で、エルノスターファミリーの遺伝子を受け継ぐ系統であることは確かなのですが、下図に示すとおり、これまで事例のなかった4群5枚構成なのです。よく観察しますと、この構成はよく知られている4群4枚の10cm F2と、4群6枚の10.5cm/8.5cm F1.8のちょうど間をとった関係になっており、開放F値が1.9である事が正にそれを暗示しています。この事実が計画的であったかどうかはわかりませんが、ベルテレは構成枚数を1枚づつ追加しながら開放F値を0.1刻みで明るくしたようです。同一構成のレンズとしては、戦後に登場したKOMURA 105mm F2.8, 135mm F2.3, 135mm f2.8などがあります。

 


入手の経緯

レンズは2023年の写真工学研究会グループ写真展で出展者としてご一緒したサンドさんからお借りしました。はじめからライカMマウントに改造されており、デジタルミラーレス機で使用できる状態になっていました。レンズはカビ、クモリ等ない良好な状態です。シリアル番号が94万番代ということで1930年に製造された個体のようです。中古市場で一体幾らで取引されているのかは個体数が少ないこともあり、わかりませんが、10万円~20万円で買えるようなものでは無いとだけは断言できます(さすがに100万円はしませんが)。 

Erneman Ernostar 5cm F1.9: 絞り F1.9-F22, 絞り羽 12枚, 4群5枚エルノスター1型変形, ノンコート, フィルターねじはないが34mm前後が緩くハマる  


撮影テスト

解像力といい、発色傾向といい、自分が求めるオールドレンズの感覚にスッと入り込むものがあり、すごく気に入りました。例えるならカラフルな折り紙を扱う創作表現の世界に一人和紙を用いて切り込んでゆくような感覚で、折り紙を現代レンズによる描写表現に例えています。

レンズは35mmシネマ用フォーマットが定格で、APS-Cセンサーを搭載したデジタルカメラで用いるのが相性のよい組み合わせです。ただし、イメージサークルには余裕があり、フルサイズセンサーはおろか、もう一回り大きな中判デジタルセンサーでも、どうにか使用できます。

ガラス面にコーティングの無いいわゆるノンコートレンズですので、コントラストは低めで、発色はあっさりと淡く、軟調傾向の強い描写ですが、開放でも滲みはなく、レトロな意味でおしゃれな写真が取れる類のレンズです。モノクロ撮影との相性もかなり良さそうです。今回はフルサイズ機での試写がメインでしたが、四隅まで良好に解像しており、ボケも素直で安定感があります。エルノスターの構成で気にしなければならない歪みや四隅でのピンボケ(像面湾曲)ですが、実写ではそれほど気になることはありませんでした。ちなみに、こういう個性丸出しのわかり易いレンズこそ、オールドレンズを始めたばかりの入門者に使ってもらいたいと、いつも思っています。正直、自分は欲しくなってしまいました。手頃な価格で買えるもんなら本当にオススメしたいです。

F1.9(開放)  Nikon Zf (WB:日光)

F1.9(開放)  Nikon Zf (WB:日光)















F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)





F5.6  Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 29mmx16mm[65:4からのクロップ], WB auto, FS CC)


F1.9(開放) Nikon Zf (WB:日光)















































続いて、中判イメージセンサー(44x33mm)を搭載したGFX100Sにてクロップ無しで撮影した結果です。絞ると四隅が少しケラれてしまい口径食も出ますが、開放ではケラれません。ただし、像面湾曲とぐるぐるボケ、糸巻き状の歪みが目立ち始めます。大きなボケ量は魅力ですが、安定した画質を求めるならば、おとなしくフルサイズセンサーまでにしておくのがよさそうです。

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F5.6  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)絞ると四隅がケラれます

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)