おしらせ


2023/10/29

Meopta OPENAR 40mm F1.8 ( c mount )



ある日、私はこのレンズを手に口が開きっぱなしでした。手に入れたのは遡ること6年も前の事です。インターネット上に投稿されていたこのレンズによる写真を見て漠然と惹かれるものがあり、eBayでポチったまではよかったのですが、そのまま忘れ去っていたのです。そしてある日、防湿庫を整理していたら、奥の方ですまなそうに「僕のこと覚えていますか?」などと言い「にゅ~っ」と顔を出して来たのがこの子で、「あっ!」と口が開きっぱなしになったのでした。

チェコからやって来たシネマ用レンズ

MEOPTA OPENAR 40mm F1.8 (c mount)

OPENAR(オプナー)はMEOPTA(メオプタ)社の16mmムービーカメラAdmira 16 A1 electricに搭載する交換レンズとして1963年にカメラと共に登場しました。カメラはプロ向けに開発された製品ではなく、マチュアがホームムービーを撮影するためだとカタログに紹介されており、電動で動くのが売りだったようです。ネットには女性モデルがピストルグリップを片手で握りニッコリ笑って撮影している当時の広告写真が見つかりますが、これは間違いなく痩せ我慢。本体重量が2.1kgもあるので、かなり怪力なモデルを採用しているようです。カメラは旧ソビエト連邦に数多く輸出され、シンプルな操作性と信頼性で人気だったようです。交換レンズは今回ご紹介するOPENAR 40mm F1.8が豪華な5群7枚構成のガウスタイプで、イメージサークルはマイクロフォーサーズセンサーを完全にカバーでき、APS-Cセンサーでは四隅に光量落ちが出るもののケラれることはありません。焦点距離40mmはCマウント系レンズには珍しく、APS-Cで用いると標準レンズ、マイクロフォーサーズではポートレート用レンズの画角となります。一粒で二度美味しい、人気が出そうなモデルですね。これ以外には7群8枚の広角レトロフォーカスタイプLargor 12.5mm f1.8、4群6枚の標準レンズOpenar 20mm f1.8、3群5枚の望遠レンズOpenar 80mm f2.8があります。LargorとOpenar 20mmはマイクロフォーサーズ機で用いると大きくケラれてしまうので、Nikon 1など更に小さなセンサーを採用したカメラが適しています。望遠のOpenar 80mmはAPS-C機で用いると四隅に光量落ちがみられるものの、イメージセンサーをギリギリでカバーできるようです。

 

メオプタ社についてのおさらい

メオプタ社は1933年に旧チェコスロバキアの小都市Prerovにて地元工業学校教授Alois Mazurka博士の主導のもと設立されたOptikotechna(オプティコテクナ)社を前身とする光学機器メーカーです[2]。博士は就労先の工業学校に光学専攻を設立し若手を育成、それがオプティコテクナ社の設立に繋がりました。設立後は引き延ばし機、暗室具、暗室用コンデンサー、プロジェクター装置などの生産を手がけ、1937年には郊外に新工場を建設、事業規模を拡大してゆきます。1939年に6x6cm判の二眼レフカメラFlexette(フレクサット)を開発することでカメラ産業への進出も果たしています。ところが、間もなくチェコスロバキアはドイツ帝国による支配をうけることになります。第二次世界大戦が始まり、同社はドイツ軍の要求に応じ軍需品(望遠鏡、距離計、潜望鏡、双眼鏡、ライフル)を製造するようになります。そしてドイツは敗戦、大戦終結の翌年1946年にオプティコテクナ社はチョコスロバキア共産党政権の下で国営化され、現在のMEOPTA(メオプタ)へと改称されます。メオプタの由来はME(機械:mechanical) + OPTA(光学機器:Opical device)です。戦後間もなくメオプタ社は引き延ばし機の分野で世界最大規模のメーカーに成長し、また中東欧における唯一のシネマプロジェクター製造メーカーとなっています。しかし、戦後の東西冷戦体制が同社を再び軍需産業メーカーへと変えてしまいます。1971年にはワルシャワ条約機構軍への軍需品生産が売上高の75%を占めるまで増大、同社は正真正銘の兵器開発メーカーになります。国営企業が武器を生産し戦争や破壊行為に荷担する事への避難の声が国内外から高まっていきました。こうした企業体質を変えようとする動きは冷戦構造の崩壊と1989年のビロード革命による共産党政権の崩壊で大きく前進します。1988年にメオプタ社はライフルの減産を発表し、1990年に生産を0%とすることで兵器産業からの脱却を宣言しています。ただし、この数値にはライフル照準器や戦車の照準器などが武器としてカウントされておらず、同社は今現在も軍需光学製品を生産しており、軍需産業からの完全な脱却には至っていません。メオプタ社は1992年に民営化を果たし、今もチェコを代表する東欧最大級の光学機器メーカーとして企業活動を継続させています。

 

★参考 

[1] Adomira 16 A1 electric 公式マニュアル

[2] MEOPTA公式ホームページ

MEOPTA OPENAR 40mmF2.5: 絞り F1.8-F22, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.8m, フィルター径 35mm, 重量(実測) ,  Cマウント, 5群7枚ガウス発展タイプ


入手の経緯

eBayを経由しウクライナなど東欧のセラーから入手するのが一般的なルートです。私は2017年11月に状態の良さそうな個体をウクライナのセラーから総額114ドルで購入しました。商品はエクセレントコンディションとの触れ込みでカビ、クモリのないクリアなガラスとのことでした。届いた品はガラスこそ良好な状態でしたが、ピントリングがカチンコチンに固まっていました。自分で分解しグリスを入れ替えることに。Cマウントレンズはヘリコイドの構造がシンプルな製品が多くメンテナンスは慣れた人にはごく簡単です。現在の取引価格は最低150ドルからで、市場での流通量は今でも豊富です。ただし、相場価格は私が入手した頃よりも明らかに高くなっています

 

撮影テスト

ChatGPTは柔らかい描写のレンズと言っていましたが、彼は実際に試写していませんし、言っていることも間違いです。7枚玉の威力なのでしょうか、かなり高性能で、開放から滲みは無く、高解像でシャープな像が得られます。レンズは16mmシネマフォーマットが定格ですが、イージサークルには余裕があり、APS-Cセンサーでも写真の四隅に少し光量落ちが出る程度でケラれる事はありません。マイクロフォーサーズ機では四隅まで均一な光量が得られます。このクラスのシネレンズを規格外の大きなセンサーで使うと四隅の画質に無理が出るのが常ですが、このレンズは画質的に余裕があり、良像域がとても広く、APS-Cセンサーの四隅まで像面は平坦です。ボケは流石にグルグルしますが、避けたいならばマイクロフォーサーズ機で用いれば全く目立たないレベルになります。

F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰) APS-C機でのケラれ具合はこんなもんです


F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰)



F2 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)




F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)

2023/10/21

Wollensak Raptar 3inch (76. 2mm) f2.5 cine telephoto



ウォーレンサック社

シネマ用 高速望遠レンズ

Wollensak Raptar 3inch (76.2mm) f2.5 cine telephoto

今の私はエルノスター型レンズの予想外の性能にどはまりしている最中です。高価なガラス硝材を使いコスト度外視で作れば、僅か4枚の構成でも凄い性能に到達できる事をエルノスターは教えてくれています。そこで今回取り上げたいのが、米国WOLLENSAK社が1950年代初頭に生産したラプター 3inch F2.5 (RAPTAR 3 inch F2.5 Cine Telephoto LENS)という望遠レンズです。ラプターという名はWOLLENSAK社の最高級ブランドで、名称の由来はRAPID(=高速な)だそうです。このレンズにはFASTAX-RAPTARという軍用・研究所向けに供給された裏バージョンが存在し、これを映画用に転用したのが今回のモデルです。鏡胴のつくりは素晴らしく、ただならぬオーラにつつまれており、このままデジカメにつけて撮ることに一瞬ためらいを感じてしまうほどです。レンズの構成図は見当たりませんが、オーバーホール時に確認したところ確かに4群4枚のエルノスター初期型でした。これまでの経験からも分かるように、エルノスタータイプのレンズはコントラストとシャープネスで押し通す性格のものが多く、写真の四隅まで安定感があり、ボケ味も素直で美しいのが特徴です。本家エルノスターを取り上げる前に少し寄り道しておきたい面白そうなレンズです。このレンズのF2.5という中途半端な口径比はエルノスター構成の設計限界なのでしょう。そういえば、同じエルノスター型レンズにPrakticar F2.4という製品がありました。
WOLLENSAK RAPTAR 3inch F2.5 CINE TELEPHOTO:フィルター径 40mm, 最短撮影距離 3 feet弱(約0.9m), 重量(実測) 270g/フード込み300g , 絞り F2.2-F22, 設計構成 4群4枚 エルノスター型,  c マウント, シリアル番号から本品は1953年に製造された個体であることがわかります

市場価格
2022年夏頃、eBayにて本品とCine Velostigmat 1inch F1.5がセットで出品されていたものを、競買の末にお買い得価格で入手しました。本命がCine Velostigmatでしたので、今回のレンズは意図せず入手してしまったわけです。届いた個体はオーバーホールが必要でしたが、ピントリングをグリス交換し、ガラスの清掃もしたところ、カビ・クモリのないなかなか良いコンディションとなりました。ちょうどCマウント系の望遠レンズが欲しいというオールドレンズ女子部の知人がいましたので、この記事を書いたらお譲りすることとなっていますレンズは主に米国内で流通しており、eBay経由で米国のセラーから入手するのが一般的な購入ルートです。取引価格はコンディションにもよりますが、200ドルから250ドルあたり(現在の為替で30000~40000円あたり)です。米国からの購入の場合、送料が高いうえガッツリと税金を取られるので注意が必要です。また、同社の3inch望遠シネレンズには外観がよく似たF2.8やF4のモデルがあるので、購入時の勘違いにも注意してください。
 
撮影テスト
さっそく試写してみたところ、やはり滲みのないスッキリと写る高性能なレンズでした。ピント部は解像感がたいへん高く、開放でも像の甘さは全くありません。コントラストも高く、シャドー部には締まりがあり、そのぶん発色は鮮やかです。色味に癖はありません。ボケは素直で距離に依らず安定しており、グルグルボケや放射ボケとは無縁です。イメージサークルには余裕があり、本来は16mmのシネマフォーマットが定格ですが、APS-Cセンサーでもケラれることなく使えます。
4枚構成のエルノスター初期型はやはり戦後に大化けしたようです。コーティング技術やガラス硝材の進捗が、この種のレンズ構成の潜在能力を大きく引き出してくれたように思います。
F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅,F.S.: ST)

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅, F.S.:ST)シャドー部の締りは良好です

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.: ST) ボケは距離に依らず四隅まで安定感しており、綺麗なボケ味が得られます

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.: ST) 最短撮影距離ではこのくらい

F4 Fujifilm X-T20(WB:⛅, F.S.:ST)

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST)

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST) 発色は濃厚かつ鮮やか

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST)

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST) 逆光では写真全体が均一に軟調化し、いい雰囲気に写ります