おしらせ


2021/07/13

LOMO OKC6-75-1 (OKS6-75-1) 75mm F2 for KONVAS OCT-18 mount

シネレンズ最後の秘境
LOMOの映画用レンズ part 11

アグレッシブな設計で最高の性能を目指した
ロモのポートレート用レンズ

LOMO OKC6-75-1(OKS6-75-1) 75mm F2(OCT-18 mount)

焦点距離75mmの映画用レンズは本来の撮影フォーマットがAPS-C相当ですので、中望遠レンズというよりは望遠レンズのカテゴリーに入ります。一方で35mmライカ判(フルサイズセンサー相当)でもダークコーナー(ケラレ)の出ない個体が多く、ポートレート撮影にも適した画角で使えるため、昔からたいへん人気がありました。このクラスのシネレンズは焦点距離35mmや50mmのモデルに比べ、元々の値段(製造コスト)が高かったことや、望遠レンズのために市場供給された個体数が少なかったことなどから、コレクターズアイテムとなっています。フランスのKinoptik(キノプテック) や英国のCooke(クック)など、受注専門の高級メーカーのレンズにはオークションで50~75万円もの値がつき、Carl Zeissのシネプラナー85mmでさえ30万円あたりの値段で取引されています。一般庶民には既に手の届かない高嶺の花ですが、LOMOの製品ならば今はまだ手の届く価格帯にあります。ただし、お買い得だからと言っても、性能ではいっさい妥協したくないでしょうし、シネレンズならではの描写力を心行くまで楽しみたい。ならば、このレンズを選べば間違いないでしょう。LOMOの高性能レンズOKC6-75-1です。 
レンズの設計構成を下に示しました。コストのかかる分厚いガラスを多用しながらも貼り合わせ面を全て外し、設計自由度を最大数まで高めた6群6枚のガウスタイプで、攻めの姿勢をグイグイと感じるアグレッシブな構成が魅力です。ガラスの厚みで屈折力を稼げば、そのぶんガラス境界面の曲率を緩める事ができるので、収差を生みにくい構造になります。また、このレンズは空気層を利用して輪帯部の球面収差を減らす構造にもなっています。そのぶん空気境界面が多くなり光の乱反射が問題になりますが、マルチコーテイングを導入することでこの影響を食い止めています。お買い得などころか、西側諸国の製品を凌駕してしまうかもしれない大きなポテンシャルを感じるレンズです。


 
焦点距離75mmのシネレンズと言えば、1940年代中半に開発されたPO2-2がロシアでは始祖的な存在です。その後はレニングラードのLENKINAP工場でPO2-2をベースとする改良モデルのPO60(1950年代中半~)や、OKC1-75-1(1960年代~)が開発されています。これらはいずれも2つの貼り合わせ面を持つ4群6枚構成のレンズですので、PO2-2からの直接の流れを汲んだ製品と言って間違いありません。レンズエレメントの形状や各部の寸法も似通っています(上図・左と中央)。PO2-2の光学系は焦点距離50mmのPO3-3と酷似しており、1.5倍のスケール変換を施しただけのようです。このため、包括イメージサークルにはかなりの余裕があります。一方で今回取り上げるOKC6-75-1はLOMOの時代(1965年~)に開発された新設計のレンズで、それまでのモデルとは大きく異なる6群6枚構成です。ガラス面に使われているコーティングにはエレメントごとに、マゼンダに輝く種類のものとグリーンに輝くものが複合的にみられます。今回手に入れた3本の個体のうちの2本はマゼンダのコーティング色が濃く、光を通すと光学系全体が赤っぽく輝いて見え、残りの1本はマゼンダ色が薄いぶんだけ、光を通すと光学系全体がグリーンに輝いて見えました。ちなみに開放でのT値はどの個体もT2.3ですのでコーティング性能に差はなさそうです。光学系はこのモデルのために計算された専用設計のようで、同一構成のレンズがGOIのカタログ群やLOMOの資料等に見当たりません。1971年のGOIのカタログにもまだ掲載されていませんので、それ以降に登場したモデルのようです。レンズは旧ソビエト連邦が崩壊した1990年代前半まで製造されていました。
 
中古市場での相場
国内でのレンズの流通はまずないと思ってください。レンズはeBayを介してロシアやウクライナのセラーから購入することができ、取引相場は600ドルあたりからです。レンズは90年代前半まで製造されていましたので、まだ比較的綺麗な個体が流通しています。フィルターネジがメスネジではなくオスネジになっており、汎用フードはつきません。はじめからフードの付いた個体を選ぶことをおすすめします。
LOMO OKC6-75-1  75mm F2: 絞り羽根 8枚構成または11枚構成, 最短撮影距離 1m, 絞り F2(T2.3) - F16, 重量(実測/フード込み)340g, OCT-18マウントとOCT-19マウントのモデルが存在, マルチコーティング


 
 
アダプター
本レンズは映画用カメラのKONVAS(カンバス)に搭載する交換レンズとして、市場供給されました。マウント部はカンバスの前期型に採用されたOCT-18マウントで、アリフレックス・スタンダードマウントにも似ています。デジカメでこのマウント規格のレンズを使用するには、mukカメラサービスが3Dプリンタで製造し販売ているこちらのアダプターがよさそうです。私はこのアダプターの存在を知りませんでしたので、ポーランドのセラーがeBayにて8000~9000円で販売しているOCT18-Leica Mアダプターや、ロシアのRAFCAMERAがeBayで販売しているOCT-18→M58x0.75Mアダプターを使用し、カメラにマウントしました。後者の作り方や使い方については本ブログのOKC4-28-1の記事で取り上げています。
RAFCAMERAのOCT18→M58x0.75MとM46-M42ヘリコイド(17-31mm)を組み合わせて作った特製OCT18-Sony Eアダプターです





撮影テスト

開放から滲み一つでないスッキリとした描写で、解像力の高い高性能なレンズです。ただし、ピント部を大きく拡大してみると微かにフレアが覆っており、被写体を美しく描き出してくれます。トーンはとてもなだらかで特にシャドー部を丁寧に描写しており、開放での絶妙な柔らかさと相まって、素晴らしい質感表現が得られます。晴天でも乾いたようなカリカリ描写にはならず、繊細でダイナミックな階調変化を堪能できます。ボケは距離によらず安定しており、背後のボケは硬くならず綺麗に拡散しています。
 
F2(開放) sony A7R2(WB:⛅)モデルは彩夏子さん
 
このレンズに限った話ではありませんが、フィルム時代のレンズをデジタルカメラで使用する場合には、被写体の輪郭部などが微かに色づいて見える軸上色収差が目立ちます。高性能とはいえ、このレンズも開放での撮影結果を等倍まで拡大すると白っぽい被写体の周囲が色づいて見え、コントラストの低下の一因となっています。ただし、一段絞れば色収差は完全に消滅し、シャープネスの向上とともに高い解像感が得られるようになります。まぁ、私は些細なことは気にしないので開放でつかいますけれど。
適度な柔らかさを持ち合わせながらも大きな欠点はなく、質感表現に長けた、とても優れたレンズだと思います。
 
F2(開放)  sony A7R2(セピア)モデルは彩夏子(左)と清水ゆかりさん(右)
F2(開放) SONY A7R2(セピア)

イメージサークルの大きな焦点距離75mm以上の望遠用シネレンズには一般にハレーションの出やすいモデルが多く、同じクラスの焦点距離35mmや50mmのモデルに比べ、しばしばシャープネスやコントラストが低下気味になります。こうした現象が起こる原因は、おそらく光学系の流用、すなわち焦点距離の異なる複数のモデルに対し、共通の光学系を使用しているためであろうと考えられます。PO2-2とPO3-3がまさにそうですし、例えばKinoptikのシネレンズの場合は、焦点距離の異なる数多くのモデルに光学系の流用がみられ、望遠モデルのイメージサークルに至っては中判フィルムまで包括してしまいます。無駄に広いイメージサークルが迷い光の供給源となってしまうのです。これを回避するため、望遠シネレンズには後玉側に四角い窓のようなハレーションカッターを入れる事がしばしばあり、イメージサークルをトリミングしています。
本レンズの場合、イメージサークルは75mmのシネレンズにしては小さく、フルサイズセンサーこそギリギリでカバーしているものの、四隅の画角端にやや光量落ちがみられる程まで絞られています。光学系は75mmの焦点距離にあわせた専用設計になっているようです。ハレーションは出にくく、コントラストは良好で、発色も濃厚かつ鮮やかです。
F2()Sony A7R2(WB:⛅)


F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)

F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
 
F2(開放) Sony A7R2(WB:日陰)

F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)














F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)


































































































F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)
F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)



 















LOMO特集は、いよいよ大詰めです。次回はエース級レンズのOKC1-50-6が登場します。



2021/06/20

LOMO OKC1-56-1 56mm F3 and OKC4-75-1 75mm F2.8 (70mm film lenses)


LOMOの映画用レンズ part 10

ワイドスクリーン用の70mmフィルムに対応した

LOMOのシネレンズ

LOMO OKC1-56-1(OKS1-56-1) 3/56 and OKC4-75-1(OKS4-75-1) 2.8/75

かつて商業映画は35mmフィルムでの撮影が標準規格でしたが、1960年代に入るとワイドスクリーンへのニーズが高まり、70mmフィルム(52.5x23mm)と呼ばれる大きく横長なフィルムによる撮影規格が普及しました。70mmフィルムを用いた史上初の上映映画は1955年に米国で上映されたフレッドジンネマン監督によるミュージカル映画の「オクラホマ!」で、更に「ウエストサイドストーリー」(1961年)、「クレオパトラ」(1963年)、「サウンドオブミュージック」(1965年)、「2001年宇宙の旅」(1968年)などの名作が続きます。ロシア(旧ソビエト連邦)では1961年にユリア・ソーンツェア監督によるドラマ映画の「戦場(Chronicle of Flaming Years)」が公開され、これが70mmフィルムによる最初の上映作品となりました。この映画は同年にカンヌ映画祭で最優秀監督賞を受賞しています。

今回紹介するOKC1-56-1 56mm F3とOKC4-75-1 75mm F2.8はロシアのLOMOが旧ソビエト連邦時代の1960年代中頃に70mmフィルム用に開発した映画用レンズで、1966年の映画機材のカタログ[2]に掲載されています。1963年のGOIのレンズカタログ[1]には未掲載ですので、この間に発売されたようです。設計構成は両レンズとも下図のようなガウスタイプの発展型(4群7枚構成)で、後玉を2枚の貼り合わせにすることで被写体の輪郭部が色付いて見える色収差を効果的に補正するとともに、無理のない口径比F3/ F2.8で画角端でも30線/mmを超える良好な解像力を維持しています。

これらは通称RUSSIAと呼ばれたスタジオ向け映画用カメラの1СШС(1エス・シャー・エス)や70CΚ(70エス・カー)、ハイスピード用の70KCK (70カー・エス・カー)、小型ハンドシネカメラの1KCШP (1カー・エス・シャー・エル)などに搭載する交換レンズとして市場供給されました。これらカメラには他にもKino RUSSAR-10 3.5/28, OKC4-40-1 3/40, OKC2-100-1 2.8/100, OKC1-125-1 2.8/125, OKC2-150-1 2.8/150, OKC1-200-1 2.8/200, OKC1-300-1 3.5/300など70mmフィルム用の多数の交換レンズ群が用意されています。

OKC1-56-1(左)とOKC4-75-1(右)の構成図:GOIレンズカタログからのトレーススケッチです。設計構成は両レンズとも4群7枚の変形ガウス型

 

70mmフィルムのフレームサイズは52.5x23mmで、35mmフィルム(ライカ判)に対し面積比1.57倍の大きさを持ちます(下図)。中判デジタルセンサー(面積比1.69倍)を搭載したGFXシリーズとの相性がよさそうです。

撮影フォーマットの比較

参考文献

[1] レンズは1970年のGOIのレンズカタログに既に登場しています。1963年のカタログには未だ登場していません。

[2] 70mm CINEMATOGRAPHY CAMERAS AND EQUIPMENT, MOSCOW (1966-1967年頃の書籍)

[3] wikipedia: 70mm film, wikipedia : List of 70mm films

 
OKC1-56-1(OKS1-56-1) 56mm F3: 解像力 中心65LPM,画角端 32LPM,  重量(カタログ値) 101g, 透過率0.76, マウントネジ径 33mm, 絞り羽枚  7枚構成, 絞り F3(T3.3)-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)   

OKC4-75-1(OKS4-75-1) 75mm F2.8(T3.2):解像力 中心55LPM, 画角端 40LPM, 重量(カタログ値)120g, 透過率0.76, マウントネジ径 36mm, 絞り羽枚構成 16, 絞り F2.8-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)






 

レンズの入手方法とマウント改造

両レンズとも国内での流通はまず無いと思ってください。映画用のプロフェッショナル向けのレンズです。私自身は2020年秋にeBay経由でロシアのセラーから入手しました。相場はOKC1-56-1が40000円~50000円、OKC4-75-1が40000円程度で、数は多くないですがeBayには常時出品されている様子です。両レンズともレンズヘッドの状態ですので、写真用のカメラで使用するにはアダプター経由で直進ヘリコイドに搭載します。アダプターはロシアのRafCameraがeBayにて特製品を販売していますが、なかなか高額なので、近いネジ径のステップダウンリングを据え付ければ安上りでしょう。私はeBayで購入したM36-M39変換リングをOKC4-75-1に、M33-M42変換リングをOKC1-56-1にそれぞれ用いて、レンズを直進ヘリコイドに搭載しました。OKC1-56-1はM42-M39ヘリコイド(17-31mm)に搭載してカメラ側をライカLマウント(もちろん距離計には非連動)に変換、OKC4-75-1はM42-M42ヘリコイド(21.5-49mm)に搭載してカメラ側をM42マウントに変換して用いました。



撮影テスト

両レンズともイメージサークルはGFXシリーズに搭載されている中版デジタルセンサーを余裕でカバーでき、暗角は全く出ません。画質的に驚いたのは開放で白い被写体の輪郭部が色付いて見えるパープルフリンジ(軸上色収差)が全く出ない点です。両レンズとも素晴らしい性能のレンズです。

今回はメンズポートレートですが、念願がかない以前から撮りたかったヒューさん(Hugh Seboriさん)を撮影させていただくチャンスに巡り会えました。Fujifilmのフィルムシミュレーションのエテルナ・ブリーチバイパスを使い、ヒューさんを映画用フィルムの「銀残し」の世界にお連れしました。男前ですわぁ

OKC1-56-1 56mm F3 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離43mm 口径比F2.3と同等の写真が撮れます。開放からシャープネスが高くコントラストも充分、スッキリとした透明感のある画作りができます。中央はGFX100Sの1億画素を活かせる高解像な画を出してくれます。広い中判センサーを用いた場合でも写真の周辺部まで滲みのない充分な解像感が保たれています。ボケには安定感があり、グルグルボケや放射ボケが目立つことはありません。輪郭が強調される硬めのボケ味で質感のみを潰した描写のため、背景が絵画のように画かれます。スナップ向きのたいへん高性能なレンズです。

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 ) 被写体のモデルさんを拡大しても、かなりの解像感です

F3(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )
F4 Fujifilm GFX100S(Film Simulation: Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg. Shadow Tone -2, COlor:-2, WB:⛅)

F3(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg., Shadow tone:-2, Color:-2 )




 

OKC4-75-1  75mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離58mm 口径比F2.15と同等の写真が撮れます。開放ではOKC1-56-1よりも若干柔らかい描写ですが、中心解像力は驚くほどあります。コントラストは良好で色濃度も充分です。ボケには安定感があり、背後のボケはとても綺麗。トーンはとてもなだらかで、やや柔らかい開放描写と相まってポートレート向きの美しい質感表現が可能なレンズです。

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )


F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)