おしらせ


2019/11/19

LOMO/LENKINAP OKC1-16-1(OKS1-16-1) 16mm F3


技術の黎明期や発展期には足りない部分を力づくで成立させてしまうような、規格外の製品が登場する事があります。多くの場合、そういう類の製品は採算性が悪く市場経済には受け入れられませんので、メーカーに開発できる技術力があっても試作止まりで日の目を見ることがありません。あるとすれば製造コストを度外視できる国・・・そう共産圏の製品です。

LOMOの映画用レンズ part 5 
フロント径134mm、リアM29のクレイジーガイ!
サイズも写りも規格外のモンスターレンズ
LOMO/LENKINAP OKC(OKS)1-16-1  16mm F3
前玉に直径134mmの巨大なレンズユニットを据え付けたモンスター級シネレンズOKC1-16-1は、1960年代初頭にソビエト連邦(現ロシア)レングラードのLENKINAP工場(LOMOの前身団体の一つ)で開発されました。当時の西側諸国には焦点距離が18mmよりも短いシネレンズがありませんでしたので、これは画期的なことでした。焦点距離を更に短縮させる場合、当時の光学技術ではレンズが大型化してしまい、アリフレックスのターレット式マウントに同乗させると他のレンズの視界を遮ってしまいます。有名なSpeed Panchro(スピードパンクロ)18mm F1.7でさえ既にかなりの大型レンズでしたが、パンクロシリーズに焦点距離16mmのモデルはありませんでした。おそらくこのあたりが限界だったのでしょう。今回取り上げるOKC1-16-1もデカくて重いうえ、コストパフォーマンスは劣悪ですが、写りは驚くほど秀逸なうえ、何よりも焦点距離を16mmまで短縮させ未踏の領域に到達した先駆的なシネレンズでした。
レンズの設計は下図に示すような豪華な6群9枚構成で、前群に配置した屈折力の大きな2つの凹レンズで入射光束をいったん発散光束にかえバックフォーカスを延長させるとともに、正の屈折力を持つ後群で集光させながら収差の補正を同時に行うレトロフォーカス型レンズの典型です。マスターレンズが何であるのか、後群側をよく見ても複雑でよくわかりませんので、コンピュータで設計されていたのかもしれません。レニングラードには光学設計で有名なITMO大学があり、1958年からリレー式コンピュータのLIMTO-1を運用しています[1]。同大学とLOMOとは協力関係にありましたので、あり得ない話ではありません。
  
OKC1-16-1 16mm F3(T3.5)の構成図(文献[2]からのトレーススケッチ):左が被写体側で右がカメラ側。初期のレトロフォーカス型レンズは前玉の大きな凹レンズと前・後群間の広い空気間隔を利用してバックフォーカスを稼ぐ仕組みでしたので光学系は巨大でした
 
レンズが発売された1960年当時、レトロフォーカス型レンズの設計技術は急激な進歩の中にいました。西側諸国でもAngenieuxがすぐ後の1960年代前半に軽量でコンパクトなType R62 14.5mm F3.5を発売しています。デカいことがこのレンズの最大の弱点であったのは確かで、レンズを映画用カメラのKONVASにマウントする場合はカメラに3つのレンズを同時にマウントすることができず他の2つは取り外さなくてはなりませんでした。ただし、描写性能はOKC1-16-1の方が格段に現代的で先を行っていました。OKC1-16-11962年に少量が製造されたのみで、直ぐにコンパクトで軽量な後継製品のOKC2-16-1へとモデルチェンジしています。OKC2-16-1は前玉径が75mmで重量は350gと携帯性が大幅に向上し、KONVASのターレット式マウントにも問題なく搭載できました。
描写性能を維持したまま小型化することは可能だったのでしょうか?。小さく設計することと引き換えに失われたものが何かあるとするならば、それは何だったのでしょうか?。まだまだわからない事だらけです。
 

重量(実測)1.51kg, イメージサークル: スーパー35シネマフォーマット(APS-C相当), 対応マウント: KONVAS OCT-18(OST-18)とKONVAS KINOR-35(M29 thread)の2種, 設計構成: 6群9枚レトロフォーカス型, マウント: M29ネジマウント,  絞り: F3(T3.5)-F16, 解像力(GOI規格): 中心60LPM, 周辺25LPM, 絞り羽: 9枚構成, コーティング:単層Pコーティング
入手の経緯
ここまで広角のシネレンズともなると、常用ではなく室内など狭い空間でのシーンや、パースペクティブを強調したいシーンに限定して使われたに違いありません。市場に流通している個体数が極僅かなのは、このような事情を反映しており、探すとなるとなかなか見つけるのは難しい希少レンズです。
レンズは2018年8月にロシアのシネマフォトグラファーがeBayに出品していたものを450ドル(送料込み)の即決価格で購入しました。オークション記載は「レンズのコンディションは5段階評価の5。ガラスにカビ、クモリ、キズ、バルサム剥離などはない。鏡胴は腐食やびびなど見られずとても良い状態。各部のリングはスムーズに回り、全ては適正に動く。絞り羽もドライかつスムーズに開閉する」とのこと。提示写真には若干のコバ落ちがみられたものの全体的な状態は大変良さそう。レンズには純正のフロントキャップとM29リアキャップが付いていました。落札から2週間、手元には記載どうり状態の良いレンズが届きました。
届いたレンズを手に取り、ここまでデカいとは思っていませんでしたので、驚きと共に開いた口がふさがりませんでした。初期のレトロフォーカス型レンズはどれも大きくインパクトのある前玉が特徴ですが、インパクトでこのレンズの右に出る製品はないと思います。
 
参考文献
[1] Outstanding Scientific Achievements of the ITMO Scientists, ITMO University
[2] GOI lens catalog 1970
 
撮影テスト
レトロフォーカス型レンズの長所は像面が平らなことと四隅でも光量落ちが少ないことで、これらはレンジファインダー機用に設計された旧来からの広角レンズに対する大きなアドバンテージです。一方で初期のレトロフォーカス型レンズはコマ収差の補正と樽状の歪みを抑えることが課題でした。優秀なレトロフォーカス型レンズはこれらが十分に補正されています。
本レンズは開放でもコマ収差は全くみられず、ピント部はシャープで歪みも極僅か。解像力(GOI規格のカタログ値)は中心60線、周辺25線とかなり高く、シネマ用の標準レンズと比べてもなんら遜色のないレベルです[2]。この時代の製品としては描写性能の高い非常に優秀なレンズです。レトロフォーカス型レンズらしく光量落ちは少ないうえ、四隅の色滲み(倍率色収差)は全く目立たず、像面も平らなので、四隅にメインの被写体を置いても画質的に不安になることはありません。逆光ではゴーストが出ますがハレーションにはなりにくく、ド逆光でも少し絞れば耐えられます。階調は軟らかくトーンの変化はなだらかで、深く絞ってもカリカリになることはありません。風景の中の濃淡をダイナミックに捉えるレンズだと思います。

レンズのイメージサークルはスーパー35シネマフォーマットですので、APS-C機で用いるのが最も相性のよい組み合わせです。今回はSONY A7R2に搭載しAPS-Cモードに設定変更して使用しました。
F5.6  sony A7R2(APS-C mode, WB:日光) さっそくド逆光で太陽を入れましたが、フツーに撮れます
F5.6  sony A7R2(APS-C mode, WB:日光) 
F8 sony A7R2(APS-C mode, WB:日光)


F8 sony A7R2(APS-C mode, WB:日光)

F3(開放)sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰)

F4  sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰)

F4  sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰)

2019/10/06

Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2 (exakta mount)






















2020年7月18日アップデート
フローティング機構に関する記述を削除しました
こちらに関連情報を掲載しています
女子力向上レンズ part 6
日差しの柔らかさを幻想的に捉える
天然系の滲みレンズ
Meyer-Optik DOMIRON 50m F2(exakta mount)
ほのかに滲む美しいピント部、ざわざわと騒がしい背後のボケ、軟調でなだらかなトーンなど、いかにもMeyerらしい味付けを持ち合わせたレンズが今回取り上げるDOMIRONです。中遠景でのこのような描写はオールド・マクロレンズならではのアグレッシブなセッティング(強い過剰補正)による反動(副作用)なわけですが、それを知らずに使う人々から見れば、ある種の確信犯的な描写設計にしかみえないわけで、一気に人気レンズとなってしまいました。ソフトフォーカス用レンズのような意図した滲みとは異なる天然系の滲みがDOMIRON最大の武器なわけですが、近接撮影時にはシャープでスッキリとしたヌケの良い描写となり本領を発揮、背後のボケ味も柔らかく大きな拡散に変わります。DOMIRONは近年の人気で資産価値を著しく上昇させたオールドレンズの代表格と言えます。
レンズは旧東ドイツのMeyer-Optik(マイヤー・オプテーク)1958年頃に開発し、1960年に開催されたLeipzig Spring Fairライプツィッヒ春の見本市)で発表しました[2]。一眼レフカメラのExakta VX(エキザクタVX)やExa(エクサ)に搭載する交換用レンズとして1961年にごく短期間だけ製造され、196212月から19634月までカメラを供給したJHAGEE(イハゲー)社のプライスリストに掲載されました[3]。しかし、この頃の標準レンズは口径比F2の時代からF1.8の時代に移行してゆく最中で、当時は廉価品扱いだったMeyerブランドでは、口径比F2のままツァイスなど他社と勝負することはできませんでした。Meyerは2年後の1965年春に明るさをF1.8とした後継製品のORESTON(オレストン)を登場させDOMIRONの製造を中止しています。DOMIRONは市場に供給された個体数が少なく希少価値の高いレンズとして、現在では10万円近い高値で取引されています。
レンズには2色のカラーバリエーションがあり、シルバーを基本色とするゼブラ柄のモデルとブラックカラーの単色モデルが流通しています。ブラックカラーのモデルがどのような理由で登場したのか明確な事はわかっていませんが、その後の東ドイツ製レンズはMeyerにしろZeissにしろブラックカラー一辺倒になってゆきますので、メーカーが消費者の嗜好に対応する過渡期の中でMeyer-Optikは素早い対応をみせたのでしょう。レンズの設計構成は上図に示すようなオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられた意欲作でした[2]。光学系は誰が設計したのでしょう。情報がありません。1960年代にPrakticar 50mm F2.4を設計したWolfgang GrögerWolfgang Heckingでしょうか?それとも Otto Wilhelm LohbergHubert Ulbrichあたりでしょうか。情報ありましたら、ご提供いただけると幸いです。
なお、海外のマニア[1]の間でこのレンズにフローティング機構が導入されているという検証報告が複数件流れ一時注目されましたが、当方の仲間内[5]で分解し内部構造を確認したところ、DOMIRONは単純な直進ヘリコイドであり、光学系も単一ユニットでした。フローティング機構は搭載されていませんこちらに検証結果(証拠)を示しました。
 
Meyer-Optik DOMIRON 2/50の構成図(トレーススケッチ[4])。4群6枚のオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられていました。

Meyer-Optikは現在のオールドレンズ・ブームを牽引するメーカーと言っても過言ではありません。かつて日本では「ダメイヤー」などと呼ばれ、シャープネス偏重主義のもとで迫害された時期もありましたが、オールドレンズに対するユーザーの価値観は大きく変わりました。ブランドに惑わされず写りでレンズを評価する人が増え、特にオールドレンズ女子の進出がこの分野で新しいブームを巻き起こしています。メイヤーのレンズ群の中でも特にドミロン、トリオプラン、プリモプランはここ6~7年で再評価がすすみ、現在では大変な人気ブランドとなっています。
 
参考文献
[1]  MFlenses: who made the first floating element design?
[2] 実用新案: "Photographic lens according to the Gaussian type", Utility model protection in GDR , No. 1,786,978 (Nov.7, 1958)
[3] Jhagee Photo equippment price list(Jhagee 1962)
[4] DOMIRON Ad. Macro and Standard Objectiv(マクロ標準レンズ); It is specified as "Hervorragend geeignet fur Makro-Aufnahmen feinster Struktur".
[5]謝辞:上野由日路さんからの検証情報のご提供に感謝いたします

 
  


マクロ撮影用ということでヘリコイドピッチは大きく設定されており、ヘリコイドを少し回すだけで光学系がビューンと飛び出します

 
レンズの相場価格
私がこのブログを書き始めた2009年頃には3万円代で買えたレンズですが、2012年頃からメイヤーブランドのレンズが人気になり、eBayでの国際相場はあっという間に8万円~10万円程度まで跳ね上がってしまいました。現在もレンズ相場は高値で安定しており下がる気配はありません。


Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2: 重量(カタログ値)310g, フィルター径 55mm, 絞り値 F2-F22, 最短撮影距離 34cm, 4群6枚ガウスタイプ, EXAKTAマウント, マニュアル絞り/半自動絞り切り替え式
 
撮影テスト
DOMIRONが本来の性能を発揮するのはマクロ撮影の時で、近くの被写体をとる場合にはスッキリとヌケのよいシャープな像が得られます。一方で、人物のポートレート撮影や遠景を撮る場合には、開放で微かに滲みを伴う柔らかい描写となります。マクロ域で最も好ましい補正が得られるよう、遠方時は強めの過剰補正をかけているためです。ボケ味にもこの設定による影響/効果がよく表れており、ポートレート撮影ではバブルボケ(点光源の輪郭部が明るく縁どられる現象)や二線ボケが生じ、背後はザワザワとうるさく歯ごたえのあるボケ味になることがあります。一方で近接時では柔らかく大きくボケるようになります。ぐるぐるボケや放射ボケは距離に寄らず、あまり目立ちません。開放ではやや口径食が目立ちますが、光学系が鏡胴の奥まった所にあるためかもしれません。オールドレンズならではの軟らかいトーンも、このレンズの持ち味です。
人物のポートレート撮影や風景撮影で、滲みを生かした柔らかい描写を利用するのが、このレンズの美味しい使い方なのだと思います。
   
スナップ写真
Camera: sony A7R2
Location: インドネシア
F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, awb)



F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日陰)



F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光) 日差しが弱まる朝夕には人物の肌が絶妙な柔らかさ、微かに輝いて見える美しい質感で描かれます
F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光)ドミロンの滲みは綺麗ですね。過剰補正すぎて滲む・・・タンバールみたいですね!?


F2(開放)SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode) 早朝の逆光は霞がかったような幻想的なシーンに!






F2(開放)Sony A7R2(WB:日光) これくらいの距離だとスッキリとしてヌケの良い描写です。日差しが強くなるとコントラストが上がり、よりシャープな像になりますが、このレンズならカリカリにはなりません。背後のボケはこの距離でも依然として硬く、2線ボケ傾向が見られます
F2(開放)sony A7R2(WB:日光)これくらい離れると滲みが顕著になってきます
F2(開放)SONY A7R2(WB:日光) これぐらい寄れば背後のボケは大人しくなりますが、激しいボケ癖からの回帰を微かに感じる、絵画のようなボケ味です

F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  背後の点光源は輪郭を残し、バブルボケのようになることもあります


F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  逆光ではシャワー状のハレーションもしっかりでます
ポートレート写真
Camera: sony A7R2
Location: TORUNO主宰のモデル撮影会
Model: 彩夏子さん

F2(開放) sony A7R2(WB:日光) 白っぽいものが柔らかく滲みます




F2(開放)sony A7R2(WB: 日光)中央より左側に左右反転像を用いている。やはりこういうシーンは線の細い描写のドミロンが大活躍します

  

再びスナップ撮影
Camera: Sony A7R2
Location: 川崎市日本民家園
 
F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2.8 sony A7R2(WB:日光) 

F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 


 
今回も写真家のうらりんさん(@kaori_urarin)にDOMIRONで撮ったお写真をご提供していただきました。力強いボケ味を活かしたダイナミックな写真ですね。ありがとうございます。うらりんさんのインスタグラムにも是非お立ち寄りください。こちらです。
  
Photographer: うらりん(@kaori_urarin)
Camera: SONY A7II
  
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II


Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II