おしらせ


2019/10/06

Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2 (exakta mount)






















2020年7月18日アップデート
フローティング機構に関する記述を削除しました
こちらに関連情報を掲載しています
女子力向上レンズ part 6
日差しの柔らかさを幻想的に捉える
天然系の滲みレンズ
Meyer-Optik DOMIRON 50m F2(exakta mount)
ほのかに滲む美しいピント部、ざわざわと騒がしい背後のボケ、軟調でなだらかなトーンなど、いかにもMeyerらしい味付けを持ち合わせたレンズが今回取り上げるDOMIRONです。中遠景でのこのような描写はオールド・マクロレンズならではのアグレッシブなセッティング(強い過剰補正)による反動(副作用)なわけですが、それを知らずに使う人々から見れば、ある種の確信犯的な描写設計にしかみえないわけで、一気に人気レンズとなってしまいました。ソフトフォーカス用レンズのような意図した滲みとは異なる天然系の滲みがDOMIRON最大の武器なわけですが、近接撮影時にはシャープでスッキリとしたヌケの良い描写となり本領を発揮、背後のボケ味も柔らかく大きな拡散に変わります。DOMIRONは近年の人気で資産価値を著しく上昇させたオールドレンズの代表格と言えます。
レンズは旧東ドイツのMeyer-Optik(マイヤー・オプテーク)1958年頃に開発し、1960年に開催されたLeipzig Spring Fairライプツィッヒ春の見本市)で発表しました[2]。一眼レフカメラのExakta VX(エキザクタVX)やExa(エクサ)に搭載する交換用レンズとして1961年にごく短期間だけ製造され、196212月から19634月までカメラを供給したJHAGEE(イハゲー)社のプライスリストに掲載されました[3]。しかし、この頃の標準レンズは口径比F2の時代からF1.8の時代に移行してゆく最中で、当時は廉価品扱いだったMeyerブランドでは、口径比F2のままツァイスなど他社と勝負することはできませんでした。Meyerは2年後の1965年春に明るさをF1.8とした後継製品のORESTON(オレストン)を登場させDOMIRONの製造を中止しています。DOMIRONは市場に供給された個体数が少なく希少価値の高いレンズとして、現在では10万円近い高値で取引されています。
レンズには2色のカラーバリエーションがあり、シルバーを基本色とするゼブラ柄のモデルとブラックカラーの単色モデルが流通しています。ブラックカラーのモデルがどのような理由で登場したのか明確な事はわかっていませんが、その後の東ドイツ製レンズはMeyerにしろZeissにしろブラックカラー一辺倒になってゆきますので、メーカーが消費者の嗜好に対応する過渡期の中でMeyer-Optikは素早い対応をみせたのでしょう。レンズの設計構成は上図に示すようなオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられた意欲作でした[2]。光学系は誰が設計したのでしょう。情報がありません。1960年代にPrakticar 50mm F2.4を設計したWolfgang GrögerWolfgang Heckingでしょうか?それとも Otto Wilhelm LohbergHubert Ulbrichあたりでしょうか。情報ありましたら、ご提供いただけると幸いです。
なお、海外のマニア[1]の間でこのレンズにフローティング機構が導入されているという検証報告が複数件流れ一時注目されましたが、当方の仲間内[5]で分解し内部構造を確認したところ、DOMIRONは単純な直進ヘリコイドであり、光学系も単一ユニットでした。フローティング機構は搭載されていませんこちらに検証結果(証拠)を示しました。
 
Meyer-Optik DOMIRON 2/50の構成図(トレーススケッチ[4])。4群6枚のオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられていました。

Meyer-Optikは現在のオールドレンズ・ブームを牽引するメーカーと言っても過言ではありません。かつて日本では「ダメイヤー」などと呼ばれ、シャープネス偏重主義のもとで迫害された時期もありましたが、オールドレンズに対するユーザーの価値観は大きく変わりました。ブランドに惑わされず写りでレンズを評価する人が増え、特にオールドレンズ女子の進出がこの分野で新しいブームを巻き起こしています。メイヤーのレンズ群の中でも特にドミロン、トリオプラン、プリモプランはここ6~7年で再評価がすすみ、現在では大変な人気ブランドとなっています。
 
参考文献
[1]  MFlenses: who made the first floating element design?
[2] 実用新案: "Photographic lens according to the Gaussian type", Utility model protection in GDR , No. 1,786,978 (Nov.7, 1958)
[3] Jhagee Photo equippment price list(Jhagee 1962)
[4] DOMIRON Ad. Macro and Standard Objectiv(マクロ標準レンズ); It is specified as "Hervorragend geeignet fur Makro-Aufnahmen feinster Struktur".
[5]謝辞:上野由日路さんからの検証情報のご提供に感謝いたします

 
  


マクロ撮影用ということでヘリコイドピッチは大きく設定されており、ヘリコイドを少し回すだけで光学系がビューンと飛び出します

 
レンズの相場価格
私がこのブログを書き始めた2009年頃には3万円代で買えたレンズですが、2012年頃からメイヤーブランドのレンズが人気になり、eBayでの国際相場はあっという間に8万円~10万円程度まで跳ね上がってしまいました。現在もレンズ相場は高値で安定しており下がる気配はありません。


Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2: 重量(カタログ値)310g, フィルター径 55mm, 絞り値 F2-F22, 最短撮影距離 34cm, 4群6枚ガウスタイプ, EXAKTAマウント, マニュアル絞り/半自動絞り切り替え式
 
撮影テスト
DOMIRONが本来の性能を発揮するのはマクロ撮影の時で、近くの被写体をとる場合にはスッキリとヌケのよいシャープな像が得られます。一方で、人物のポートレート撮影や遠景を撮る場合には、開放で微かに滲みを伴う柔らかい描写となります。マクロ域で最も好ましい補正が得られるよう、遠方時は強めの過剰補正をかけているためです。ボケ味にもこの設定による影響/効果がよく表れており、ポートレート撮影ではバブルボケ(点光源の輪郭部が明るく縁どられる現象)や二線ボケが生じ、背後はザワザワとうるさく歯ごたえのあるボケ味になることがあります。一方で近接時では柔らかく大きくボケるようになります。ぐるぐるボケや放射ボケは距離に寄らず、あまり目立ちません。開放ではやや口径食が目立ちますが、光学系が鏡胴の奥まった所にあるためかもしれません。オールドレンズならではの軟らかいトーンも、このレンズの持ち味です。
人物のポートレート撮影や風景撮影で、滲みを生かした柔らかい描写を利用するのが、このレンズの美味しい使い方なのだと思います。
   
スナップ写真
Camera: sony A7R2
Location: インドネシア
F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, awb)



F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日陰)



F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光) 日差しが弱まる朝夕には人物の肌が絶妙な柔らかさ、微かに輝いて見える美しい質感で描かれます
F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光)ドミロンの滲みは綺麗ですね。過剰補正すぎて滲む・・・タンバールみたいですね!?


F2(開放)SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode) 早朝の逆光は霞がかったような幻想的なシーンに!






F2(開放)Sony A7R2(WB:日光) これくらいの距離だとスッキリとしてヌケの良い描写です。日差しが強くなるとコントラストが上がり、よりシャープな像になりますが、このレンズならカリカリにはなりません。背後のボケはこの距離でも依然として硬く、2線ボケ傾向が見られます
F2(開放)sony A7R2(WB:日光)これくらい離れると滲みが顕著になってきます
F2(開放)SONY A7R2(WB:日光) これぐらい寄れば背後のボケは大人しくなりますが、激しいボケ癖からの回帰を微かに感じる、絵画のようなボケ味です

F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  背後の点光源は輪郭を残し、バブルボケのようになることもあります


F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  逆光ではシャワー状のハレーションもしっかりでます
ポートレート写真
Camera: sony A7R2
Location: TORUNO主宰のモデル撮影会
Model: 彩夏子さん

F2(開放) sony A7R2(WB:日光) 白っぽいものが柔らかく滲みます




F2(開放)sony A7R2(WB: 日光)中央より左側に左右反転像を用いている。やはりこういうシーンは線の細い描写のドミロンが大活躍します

  

再びスナップ撮影
Camera: Sony A7R2
Location: 川崎市日本民家園
 
F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2.8 sony A7R2(WB:日光) 

F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 


 
今回も写真家のうらりんさん(@kaori_urarin)にDOMIRONで撮ったお写真をご提供していただきました。力強いボケ味を活かしたダイナミックな写真ですね。ありがとうございます。うらりんさんのインスタグラムにも是非お立ち寄りください。こちらです。
  
Photographer: うらりん(@kaori_urarin)
Camera: SONY A7II
  
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II


Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
  

2019/09/20

Cinématographes Pathé Paris Projection lens (Front diameter=25mm)



パテ社のプロジェクションレンズ
Cinématographes Pathé Paris Projection lens 50mm

Pathé社(Pathé Frères社)はシャルル・パテを筆頭とするパテ4兄弟が1896年にフランスのパリで創業した映画製作・配給会社です[1]。後にレコード制作や映画用機材の製造にも乗り出し、第一次世界大戦の開戦直前までには世界最大規模の映画機材製造会社となっています[2-4]。同社のプロジェクションレンズはとてもアーティスティックなデザインなので、いつか使ってみたいと思っていましたが、2019年8月に川崎で開かれた「non-tessar 四枚玉の写真展」にこのレンズを使って撮ったある方の写真が出ているのをみて、いよいよその気持ちが強くなりました。写真展の帰り路にeBayを覗いてみると何本か出ています。直ぐに購入・・・、迷う余地などありません。レンズって出会いですよね。

レンズ構成は下の図で示すような3群4枚のPetzval(ペッツバール)と呼ばれるタイプです。この設計構成は1840年にジョセフ・ペッツバール博士により考案され、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて多数のレンズに採用されました。ペッツバールタイプと言えば像面湾曲が大きいことで集合写真や平坦物は苦手としていますが、立体感が強調されるためポートレート撮影には好んで用いられました。また、非点収差が大きくグルグルボケや放射ボケが派手に出るのも特徴です。しかし、中心部に限れば球面収差は少なく非常にシャープな像が得られるため、画角の狭いプロジェクションレンズや天文用にも、この種のレンズが多く採用されました。

今回手に入れたレンズは鏡胴にF=25mmの刻印があり、口径比(F値)は記されていません。実はF=25mmは焦点距離ではなく前玉径を表しており、19世紀のレンズにはこういう表記のものをよく見かけます。レンズの焦点距離はおおよそ50mmくらいで、露出計を用いた他のレンズとの比較から割り出した口径比はだいたいF2前後と、ちょっと信じられない明るさです。シリアル番号はなく製造された時期については推測でしかありませんが、同社が映画用機材の製造を積極的に手掛ける1900年代初頭から第一次世界大戦の勃発する1914年頃までにつくられた製品であろうと思われます。
 
典型的なPetzval typeの構成図。左が前玉側で右がカメラ側

参考文献
[1] Establissements Pathe Freres, Le LIVRE D'OR de la Cinematographie
[2] wikipedia: パテ(映画会社)
[3] wikipeida: シャルル・パテ(Charles Pathé)
[4] Who's Who of Victorian Cinema: Charles Pathe
 
入手の経緯
レンズは2019年8月にフランスの個人出品者がeBayに出していたものを265ユーロ+送料の即決価格で購入しました。オークションの記載は「35mmシネマ用のプロジェクションレンズ。鏡胴径は42mm」と簡素。掲載されていた写真が鮮明でコンディションがよくわかるレベルでしたので、やや博打でしたが思いきって入札、届いたレンズは状態のよい素晴らしいコンディションでした。

重量:145g(実測), 焦点距離:約50mm,  開放F値: F2前後, レンズ構成:3群4枚Petzval型, 鏡胴径42mm, 前玉径25mm

 
ライカMマウントへの改造
デジタルカメラに搭載して使用するため、今回は汎用性の高いライカMマウントへの改造に挑戦しました。鏡胴径は約42mmありますので、後玉側にM39-M42ステップアップリングを接着し、ライカL-M変換アダプターに接続させました。ところが、バックフォーカスを1mm弱切り詰めないと無限が出ません。いろいろ考え、ライカL-M変換アダプターのマウント面(天板部)を削り落とすことで1mmを稼ぎ、ギリギリで無限遠のフォーカスを拾うことができるようにしました。マウント時にロックはかかりませんが、問題なく使用できます。


撮影テスト
イメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーできますが、像面湾曲が大きく四隅がピンボケするなど画質的に無理があるので、APS-C機もしくはMFT(マイクロフォーサーズ)機で使用するのがおすすめです。ピント合わせにはコツがあり、はじめのうちは全くピント合わせができません。これはソフトフォーカスレンズ全般に言えることですが、ピントの合う位置(コントラスト最大の位置)と解像力が最大になる位置が大きくずれており、普通にピントを合わせてもピンぼけしてしまうのです。フォーカスピーキングは全く使い物になりませんので、設定を切り、拡大して自分の目でピントを合わせをおこないながら像が最も緻密に描かれる位置を探ります。コツを掴めば、中央は繊細な像を描いてくれるようになります。
描写はとてもソフトで、ピント部全体が大量のフレアに包まれます。ピント部の背後ではグルグルボケ、前方では放射ボケが目立ちます。立体感のあるレンズですので、ポートレート撮影には向いているとおもいます。
  
フィルターネジのないレンズなので、フードは被せ式を用いている。マミヤの中判カメラ用フードに少し加工を施し装着できるようにした

CAMERA: Fujifilm X-T20 / SONY A7R2(APS-C mode)

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル:彩夏子さん



Fujifilm X-T20(WB: 日光)放射ボケも使い方ひとつで、ダイナミックな写真になります
SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん
Fujifilm X-T20(WB: 日光)




 
オールドレンズ女子部にも所属しているMiyu Yoneさんにイングリッシュガーデンでレンズを使っていただき、お写真を提供していただきました。ありがとうございます。
 
Photographer: Miyu Yone
Camera: Olympus OM-D E-M1
カメラ内でWB、トーンカーブ、露出補正(‐1〜2)を変更し、ピクチャーモード(ビビット)で撮っています。下の写真をクリックするとWEBアルバムにジャンプできます。
 

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