おしらせ


2019/04/23

Kodak Anastigmat 25mm(1inch) F1.9 改LM










試写記録:APS-Cセンサーをカバーできる
コダックの16mmシネマ用レンズ
KODAK ANASTIGMAT 25mm(1inch) F1.9
知り合いからの依頼でレンズをライカMマウントに改造することになりました。テストを兼ねて試写記録を残しておきます。
レンズは1936年から1945年にかけて生産されたMagazine Cine-Kodakという16mm映画用カメラの交換レンズとして市場供給されました。イメージサークルはこのクラスのレンズにしては広く、前玉側についているドーム状のフードを付けた状態でマイクロフォーサーズセンサーをカバーし、フードを外せばAPS-Cセンサーを余裕でカバーしています。ライカMに改造しておけば各社のミラーレス機で使用できますし、ヘリコイド付アダプターとの組み合わせで寄れるレンズにもなります。メリットしかありません。

  
Kodak Anastigmatの構成図。アサヒカメラ1993年12月増刊「郷愁のアンティークカメラIII・レンズ編」P147に掲載されていた構成図のトレーススケッチで左が被写体側で右がカメラの側。構成は4群4枚のダイアリート型です。Goetz社のCelor/Dogmarなどにこの構成が採用されました
レンズの光学系は上の図に示すような4群4枚の対称型で、ダイアリートと呼ばれる種類の設計構成です。レンズの対称性と空気レンズの助けを借り、僅か4枚のエレメントでザイデルの5収差を合理的に補正できるのが特徴です。20世紀前半にヨーロッパや米国で、この構成を採用したレンズが数多く登場しました。

KODAK ANASTIGMAT 1inch (25mm) F1.9:ライカMに改造,  最短撮影距離(規格) 2 feet(約61cm), 絞り値 F1.9-F16
レンズのマウントはKodak Type Mという独自規格のため、アダプターの市販品がありません。現代のデジタル一眼カメラで使用するにはマウント部の改造が必要です。一般の人には敷居が高いので中古市場での取引価格は20005000円程度と安価です。

撮影テスト
今回はAPS-Cフォーマットで撮影を行いました。開放から中心部はシャープで解像力も良好ですが、定格より遥かに広いイメージフォーマットのためピント部四隅の画質は破綻気味で、背後にはグルグルボケ、前方には放射ボケが顕著に発生します。階調は軟らかく発色はやや温調にコケるので、味わい深い写真になります。同じダイアリート型レンズでも、ひとつ前のブログエントリーで取り上げたWollensak社のCine Velostigmatの方が滲みが多く柔らかい描写でした。こちらのレンズの方がヌケは良いのですが、暴れん坊です。
  
F1.9(開放)  Sony A7R2(APS-C mode, WB:曇天)  激しい開放描写です
F1.9(開放)  Sony A7R2(APS-C mode WB:曇天)  振り回されます
F1.9(開放)  Sony A7R2(APS-C mode WB:曇天) 

2019/04/20

Ernst Leitz Wetzlar, Hektor Rapid 2.5cm F1.4 and 2.7cm F1.4 (C mount)









ボレックスに供給されたライツのシネレンズ
高速ヘクトール
Ernst Leitz Wetzlar HEKTOR RAPID 2.5cm F1.4 and 2.7cm  F1.4
ライツ発祥のレンズ構成と言われ真っ先に思い浮かぶのは、同社のレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)[1886-1949]がトリプレットからの発展形態として開発したヘクトールシリーズです。今回はベレークが1930年から1931年にかけて設計したヘクトール・ラピッド(Hektor Rapid )を取り上げたいともいます。このレンズは16mmシネマムービーカメラのBolex 16H用として1934年頃から供給されました[文献1-2]。レンズが開発された当時はツァイス・イコン社のルードビッヒ・ベルテレがコンタックス用ゾナー(Sonnar)をF1.5の明るさで設計し、世界に衝撃を与えた時代です。一方で、これとほぼ同時期にベレークがF1.4の明るさのレンズを設計していたことは賞賛に値します。Hektor RapidもSonnarも、クックのトリプレット(Triplet)を起点に明るさと包括画角の拡大を追求する過程のなかで誕生したレンズですが、興味深いこのとに両者のアプローチや最終的な設計形態は全く異なるものでした。開放F値が明るく生産本数が少ない上、ライツのブランドということもあり、現在でもたいへん人気のあるレンズです。

初期のHektor Rapidはノンコート仕様のレンズで、焦点距離は2.5cmと表記されていました。1937年になると表記が実焦点距離に改められ2.7cmになっています。2.5cmと2.7cmのレンズを入手し撮り比べまで行ってみましたが、両者の画角や写りに差はなく、完全に同一品であると判断できます。1938年からはガラス面にコーティングが施されるようになり、シャープネスやコントラストが更に向上しています。レンズの生産は第二次世界大戦中も続いていましたが、戦時下のドイツでは厳しい生産統制が敷かれていましたから、このレンズは主にプロパガンダ映画の撮影用に供給されていたのでしょう。大戦後はボレックスの製造を手掛ていたスイスのバイヤール社がカメラに搭載するレンズを自国製のケルン・スイター(Kern-Paillard Switar)25mm f1.4に変更したため、Hektor Rapidは役割を終え、生産中止となっています。なお、レンズ名のRapidは「高速(=明るい)」の意味で、Hektorは愛犬家でもある設計者ベレークが飼っていた2匹の犬の片方の名前から来ています。もともとの意味はギリシア神話に出てくる英雄の名でした[2]。


Triplet(1893)からHektor Rapid(1934)に至る設計構成の改良の足取り。左が被写体側で右がカメラの側。Hektor Rapidの光学系は1930年から1931年にかけてMAX BEREKによって設計され、1931年にドイツ特許、1932年に米国特許が出願されています[2]







レンズの設計は上図の下段・左に示すような4群7枚構成で[3]、COOKEのTriplet(上段・左)を起点に改良が進められました。明るさを求める改良を経る中で、Hektor Rapid の前群側は最終的にガウスタイプの設計に合流していることがわかります。
なお、Hektor Rapidには1.2cm F1.5のDマウントの製品も存在します。また、ヘクトールタイプ(上段・右の3群4枚構成)を採用したレンズとして、球面収差を意図的に過剰補正にしたソフトフォーカスタイプのタンバール(Thambar)という兄弟レンズもあり、こちらはとても高価なうえ、現在でも復刻版が出るほど人気があります。

参考文献 
[1] Leitz Photo Objektive(1933) Ernst Leitz, Wetzlar カタログ
[2] US Pat.1,899,934 MAX BEREK(1933 Mar.7/1932年米国特許出願/ 1931年ドイツ特許出願)
[3] "Hektor Rapid 2,7cm F1.4" PP.Ghisetti e M.Cavina

入手の経緯
焦点距離2.5cmのモデルも2.7cmのモデルも同一設計のレンズ(同一品)ですから、迷う必要はありません。選択のポイントはコーティングの有る無しだけです。自然な発色と軟らかいトーンを求めるならば初期のノンコート版、鮮やかな発色とコントラストの高い描写を求めるならばコーティング付きがよいとおもいます。中古市場での流通量は少なく中古相場は安定していません。感覚的には6万円~8万円程度が相場かなと思っていますが、国内のショップでは10万円を超える売値で出ていることもあります。私自身は2019年1月に国内のネットオークションにて3万円台後半で落札し手に入れました。焦点距離2.5cmの希少モデルだったので、よく見かける焦点距離2.7cmのモデルとの違いに興味が沸いたのでした。結果的には同一品でしたが・・・。
Cマウントレンズの多くは2009年に世界初のミラーレス機が発売されるまで、用途の無い死蔵レンズとして、メンテナンスされることもなく半世紀もの間眠っていました。このため中古品にはヘリコイドグリスの固着した個体が多く出回っています。Cマウントレンズの中古品を手に入れる場合には、グリス交換を前提としたほうがよいとおもいます。
Hektor Rapid 2.5cm F1.4:  F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径 約31.5mm,Cマウント,重量(実測)132.6g(フードなし), S/N: 3851XX(1937年製)ノンコート









Hektor Rapid 2.7cm F1.4:   F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径  約31.5mm, Cマウント, 重量(実測) 136.5g(フード込), S/N: 5503XX(1940年製)コーティング付
撮影テスト
写りにはかなりの特徴があり、本来は16mmシネマフォーマットの映画用カメラに適合するよう設計されているものを、これよりも遥かに広いマイクロフォーサーズフォーマットのカメラで使用しているためです。写真の四隅で画質が乱れるのは当然のことで、良い意味で「普通」のレンズではありません。開放ではマイクロフォーサーズセンサーをギリギリでカバーできるイメージサークルがあり、F4まで絞るとハッキリとケラれるようになります。純正フードを装着するとケラれが大きくなりますので、気になる場合は外した方がよいでしょう。
戦前のCマウントレンズにしては発色がかなり良好で、この種のレンズを使い慣れている人には目から鱗かもしれません。近接撮影では適度に滲み、ソフトな描写傾向が強まりますが、反対にポートレートから遠景ではもう少しシャープに写ります。少し絞るだけでコントラストは急激に向上し、スッキリとヌケの良い描写になります。遠景を開放で撮ると前ボケが四隅に向かってグワーッと放射状に流れ、とても面白い画になります。

★ Rapid Hektor 2.5cm F1.4(ノンコート版・フード無し) + Pen E-P3★
F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)




F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)

F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)
★ Rapid Hektor 2.7cm F1.4(コーティング付・フード有) + Pen E-PL6★

F1.4(開放); Hekor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Olympus E-PL6(AWB) グワーッツと流れます


F2; Hektor Rapid 2.7cm F1.4(フード付) + Pen E-P3 (AWB) 純正フードを付けた状態では、四隅のケラれが強くなります









F1.4(開放); Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3(AWB)近接撮影ではソフトな描写傾向が強まります





F4,  Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3:  絞るとコントラストは高く、かなりシャープに写りますが、F4から周辺がケラれてしまいます。避けたいならば純正フードは外したほうがよいでしょう