おしらせ


2017/09/25

LZOS TAIR-41M 50mm F2 (Kiev-16U mount)




ロシアの16mmシネマムービー用レンズ part 1
独特な設計構成から繰り出される
四角の破綻と緩やかな光量落ちが
中央の被写体をドラマチックに演出する
リトカリノ光学ガラス工場(LZOS) TAIR-41M 50mm F2

レンズの設計構成は描写の性格を決める重要なファクターなので、構成が特殊なレンズに出会うと俄然興味が沸いてきます。ロシアのリトカリノ光学ガラス工場(LZOS)がソビエト時代の1960年代中期から1980年代中期にかけてシネマムービーカメラのKiev-16U用交換レンズとして供給したタイール41M(TAIR-41M)は、まさにそういう類のレンズです。このレンズには1960年代から1981年まで生産されたゼブラ柄の前期モデルと、1982年から少なくとも1984年まで生産されていた黒鏡胴の後期モデルの2種が存在します[1]。設計の基本構成は第二次世界大戦中にロシアの光学設計士David Volosov教授と彼の共同研究者であるGOI(State Optical Institute)のエンジニアたちの手でトリプレットからの派生として開発されました[3,4]。軍からの要望で暗い場所でも使用できる高速望遠レンズを開発することが目的でしたが、終戦後はシネマ用望遠レンズの基本構成としても積極的に採用されています。既存のレンズのどの構成にも似ていないロシア発祥の設計形態の一つといえますが、こんなヘンテコな設計でも実によく写ります。不思議だなぁ。
TAIR-41M 50mm F2の構成図(左が前方で右がカメラ側):文献[2]からのトレーススケッチ(見取り図)。構成は3群4枚(タイ―ル型)で、絞りは2群目と3群目の間に入る。何かに似ていると思っていたが、わかった。土偶だ。同種の構成を持つタイールシリーズのレンズとしては、他にもTAIR-11 135mm F2.8、OKC2-75-1 75mm F2.8, , OKS1-200-1 200mm F2.8,  TAIR-3S 300mm F4.5, OKS1-300-1 300mm F3.5がある。レンズ名の由来はわし座の一等星のアル・タイル(Al-tair)。ロシアのレンズは光学系の種類ごとに星の名称(Sirius, Orion, (Sirius, Orion, Helios, Jupiterなど)をあてる習慣があり、このレンズの名称も伝統的な命名法から来ている[3]
タイ―ル41Mは広角レンズのMIR-11M 2/12と標準レンズのVEGA-7-1 2/20とともに3本セットで市場に流通していることが多く、3本をKIEV-16Uのターレット式マウントに同時に搭載することができました。マウント形状は特殊なM32スクリューネジ(ネジピッチ0.5mm)ですが、マウントアダプター(ロシア製と中国製)の市販品がeBayで流通しており、ミラーレス機で使用可能です。イメージサークルはビルトイン・フードの装着時にマイクロフォーサーズをギリギリでカバーできる広さがあり、フードを外すとAPS-Cをギリギリでカバーできます。レンズ本体の相場はeBayで50ドルからと焦点距離50mmのシネマ用レンズとしては破格の値段なので、これで写りが面白ければ言うことなし。
 
入手の経緯
レンズはeBayに比較的数多く出ており、送料込みで50ドル程度からと、50mmのシネマ用レンズとしては求めやすい価格です。アダプターは中国製とロシア製の市販品(マイクロフォーサーズ用、Nikon 1用、EOS-M用)がeBayに30~45ドル辺りの値段で出ていました。
ゼブラ柄の前期モデルは2017年8月にウクライナのレンズセラーから 即決価格45ドル(フリーシッピング)で落札購入しました。オークションの記載は「レンズはとても良いコンディションで清掃およびテストをおこなった。ガラスは綺麗でカビはない。絞りリングはスムーズに回り、フォーカスリングもスムーズかつ正確だ」とのこと。届いたレンズはガラスに油が付着しており、汚れがひどく、絞りリングも緩んでいたので、自分でオーバーホールする事になりました。あ~面倒くさい。
続いて黒鏡胴の後期モデルは2017年9月にウクライナの個人セラーから50ドル(送料込み) の即決価格で購入した。オークションの記載は「ガラスはクリーンでカビはない。フォーカスリングと絞りリングはスムーズで、全ての制御機構が健全です。外観の状態は写真で見てください」とのこと。届いたレンズは前玉にごく薄い吹き傷がパラパラみられましたが、実用品としては悪くないコンディションでした。

参考文献
[1] 古いものは1967年製のシリアル番号を持つ個体、新しいものは1984年製の個体を確認している。また、1981年製のゼブラ柄モデルと1982年製の黒鏡胴モデルを確認したので、この間にモデルチェンジがあったのでしょう
[2] Catalog Objectiv 1970 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog,  The objectives: photographic, movie,projection,reproduction, for the magnifying apparatuses  Vol. 1, 1970
[3] REDUSER.NET: Ilya O."Tair-11 lens diagram/scheme and appearance"(2016 Nov.)
[4] TAIRの光学系特許:USSR Pat. 78122 Nov.(1944)

LZOS Tair-41M 50mm F2( 前期モデル): 絞り羽根 13枚構成, フィルター径 フードの先端 35.5mm/34mm(フードの根元), 最短撮影距離 0.7m, 絞り F2-F22, 16mmシネマムービーカメラ用Kiev-16Uマウント(M32x0.5スクリュー, フランジバック31mm), 設計構成 3群4枚(Tair type)


LZOS Tair-41M 50mm F2(後期モデル): 絞り羽根 13枚構成, フィルター径 35.5mm(フード先端・中継)/ 34mm(フード根元), 最短撮影距離 0.7m, 絞り F2-F22, 16mmシネマムービーカメラ用Kiev-16Uマウント(M32x0.5スクリュー, フランジバック31mm), 設計構成 3群4枚(Tair type)




SONY Eマウントへの改造例
タイ―ル41M(後期型)に元々ついていたヘリコイドでは最短撮影距離が長いので、撤去し高伸長なフォーカッシングヘリコイドに乗せ換えミラーレス機で使用することにしました。はじめにSONY Eマウント化の改造例を提示しましょう。

まず鏡胴の後群側を手で押さえ絞り冠のある前群側を回すと、上の写真のように鏡胴が真っ二つに分離できます。前側の溝にはM42-M39ステップアップリングがピッタリと収まりますので(下の写真・中央)、このままエポキシ接着剤を用いてステップアップリングをガッチリと固めます。この時、ネジの頭が少し出るので、ここに適当な操出量のM42フォーカッシング・ヘリコイドを装着します。私はeBayで手に入れたM42-M39ヘリコイド(繰り出し範囲が変則的な22.5-48.5mmのタイプ)を用いました。最後にフォーカッシングヘリコイドのカメラ側にM39-M42ステップアップリングとM42-Sony Eスリムアダプターを装着し、Sony Eマウントに変換して完成です

[改造に用いた部品]
タイ―ル41M後期モデル
エポキシ接着剤 ホームセンターで金属用を購入
M39-M42ステップアップリング x2個 アマゾンで175円(送料無料)
M39-M42フォーカッシングヘリコイド 最短が22.5mmのタイプ eBayで3000円程度
M42-NEX(sony E)スリムアダプター アマゾンで540円(送料無料)



改造後の様子。ヘリコイドが高伸長タイプ(22.5mm-48.5mm)なので、最短側の撮影距離は改造前の0.7mから0.25mまで短くなった






SONY Eマウントで使用する場合にはイメージサークルの関係からビルトインフードを外すことが多くなります。上記の改造を行うと絞りの開閉はフードをつまんで回すことになりますが、フードの撤去により絞り開閉ができなくってしまいます。これでは困るので、ビルトインフードが付いていたフィルターネジに34mm-37mmのステップアップリングを装着します。ステップアップリングの更に先にネジ径37mmの標準レンズ用フードを装着すれば、絞りリングの取り回しは更によくなります。

マイクロフォーサイズマウントとフジXマウントへの改造例
マイクロフォーサーズマウントへの変換とフジXマウントへの変換例はよく似ているので、いっぺんに解説します。

[改造に用いた部品]
タイ―ル41M後期モデル
エポキシ接着剤 金属用をホームセンターで購入
(1)M42フォーカッシングヘリコイド (最短17mmのタイプ) eBayで2500円程度
(2)39mm-52mmステップアップリング
(3)M39-M42ステップアップリング
(4)マクロリバースリング(フィルター側のネジ径が52mmのもの)、フジXマウント用またはマイクロフォーサーズ(PEN)用のいずれか

(1)-(4)の4つの部品を組み合わせ、下の写真・右のようなヘリコイドを制作します。M42フォーカシングヘリコイド(1)のメスネジ(レンズマウント側)を39-42mmステップアップリング(2)とM39-M52ステップアップリング(3)を用いて52mmフィルターのメスネジに変換します。つづいてリバースリング(4)を用いて、その先をカメラマウントに変換します。これで完成ですが、最後にフォーカッシングヘリコイドのM42マウントネジの頭にエポキシ接着剤を塗布しておきます。
この改造の工夫点はリバースリングを利用しているところと、M42フォーカッシングヘリコイドが逆さ付けになっているところです。奇抜なアイデア(工夫点)だと思っています。正攻法でゆくと17mmのヘリコイドではフランジ調整が困難ですが、リバースアダプターを使うことで、この問題を簡単に解決しています。







続いて、下の写真・左のようにTAIR-41Mの鏡胴の後群側を手で押さえ前群側を回すと、後群と前群に真っ二つに分離できます。前群側(写真・中央)の溝にはM42フォーカッシングヘリコイドのオスネジ側(エポキシ接着剤を塗布した部分)がピタリとハマりますので、エポキシ接着でガッチリと固めて同化させます。無限遠のフォーカスが拾えることを確認し完成です。固める際には絞り指標が上にくるように注意しましょう。
後期型は前期型(ゼブラ柄)と絞りの機構が少し異なり、ビルトインフードのフィルター枠を回して絞りの開閉をおこないます。しかし、フジのミラーレス機で使用する場合にはケラレ予防のため、ビルトインフードを外すことがあります。絞りの開閉を助けるためフードを外す場合には34-37mmステップアップリングを装着することをお勧めします。この上から汎用品のフード(ネジ径37mm)を装着すれば、取り回しは更によくなります。














影テスト
開放ではややフレアが生じ適度に柔らかい描写となりますが、シネマ用レンズらしく中心部は高解像で密度感に富み、デジカメの広い撮影フォーマットでは像面湾曲が目立つためか立体感にも富んでいます。一段絞るとフレアが完全に消失しスッキリとヌケが良くなるとともに、たいへんシャープな描写へと変わります。コントラストは高く、発色にも鮮やかさあります。ただし、逆光にはきわめて弱く、ハレーションの影響によりコントラストが落ち発色も濁りますので、適切な深いフードを装着することをおすすめします。被写体の背後では距離によっては弱いグルグルボケが発生します。写真の四隅で玉ボケが細長く潰れてゆく効果(強い口径食)と相まって、なかなか妖しいボケ味を醸し出しています。反対に前方では放射ボケが目立つこともあり、四隅で強いフレアを纏います。歪曲収差は巻き状でした。ピント部中央の高い描写性能はまさにシネマ用。使いでのあるレンズだと思います。
 



TAIR-41M(後期型)x SONY A7R2: APS-C mode  アスペクト比 16:9
ビルトインフードを装着するとAPS-C機ではトイカメラのような光量落ちを楽しむことができます。光量の落ち方がとてもなだらかなので、敢えてフードを装着しますと中央を際立たせる素晴らしい効果が得られます。フードを外しますと光量落ちはかなり緩和されますが、深く絞り込む際には四隅がケラれます。
TAIR-41M後期型@F5.6(without Built-in Hood フード外し) sony A7R2(APS-C mode, AWB)  発色は鮮やかでコントラストも良好




TAIR-41M後期型@F5.6(without Built-in Hood フード外し) sony A7R2(APS-C mode, WB:晴天)  マクロでもよく写る

TAIR-41M後期型@F2(開放 without Built-in Hood フード外し) sony A7R2(APS-C crop mode, AWB)  はっきりとしたグルグルボケにはならない背後では像の流れがみられる。
TAIR-41M後期型@F2(開放, Built-in Hood installed フード装着) sony A7R2(APS-C crop mode, Aspect ratio 16:9, WB:晴天) 被写体の前方では放射ボケが発生する事もあります。強いフレアを纏っていますので、うまく利用することで素敵な描写になります

TAIR-41M後期型@F2(開放, installed Built-in Hood フード装着) sony A7R2(APS-C crop mode, Aspect ratio 16:9, WB:晴天) 優れた描写力だ。ポートレート域では適当な距離で背後にグルグルボケが出る。ビルトインフードを装着してみたが、APS-Cフォーマットでは、いい塩梅で周辺光量落ちがみられた。光量落ちが好きならばフードはこのままでよし。避けたければ外せばよい

TAIR-41M後期型@F5.6(without Built-in Hood フード外し) sony A7R2(APS-C crop mode, AWB) 







TAIR-41M後期型@F2(開放, Built-in Hood installed フード装着) sony A7R2(APS-C crop mode, Aspect ratio 16:9, WB:晴天)




TAIR-41M後期型@F2(開放, Built-in Hood installed フード装着sony A7R2(APS-C crop mode, Aspect ratio 16:9, WB:晴天)


フィルター径が34mなので、レンズの先端にステップアップリング 34-37mm(セパレート式フードの場合は中継部に35.5-37mm)などを取り付けると、絞りの開閉が容易になるうえサードパーティのフードやキャップ等を付けやすい

TAIR-41M  x  Olympus PEN
16mmムービーシネマフォーマットのレンズですので、ミラーレスカメラで用いる場合にはAPS-C機よりもマイクロフォーサーズ機で用いる方が安定した画質を得ることができます。ビルトインフードは付けっぱなしでもケラレが問題になることはありません。タイ―ル41Mの前期モデルを所有している写真家のemaさん(Oo.ema.oO)に撮影したばかりの写真を提供していただきました。
TAIR-41M前期型@Olympus PEN E-P5(Oo.ema.oO)、ビルトインフード装着



TAIR-41M前期型@Olympus PEN E-P5(Oo.ema.oO)、ビルトインフード装着
TAIR-41M前期型@Olympus PEN E-P5(Oo.ema.oO)、ビルトインフード装着
TAIR-41M前期型@Olympus PEN E-P5(Oo.ema.oO)、ビルトインフード装着

2017/08/16

AIRES Camera Tokyo, CORAL lenses(AIRES 35-V mount) part 0:Prologue


アイレスカメラが1958年に発売した最高級機Aires 35-V。旧西ドイツのフォクトレンダー社がかつて生産したプロミネントを彷彿とさせる、レンズ交換の可能なビハインドシャッター機である。シャッターにはこのクラスにしては大型のセイコー社製0番シャッターが搭載され、交換レンズ群には広角で4枚構成のW Coral 35mm F3.2, 6枚構成のH Coral 45mm F1.9とH Coral 45mm F1.8, 7枚構成のS Coral 45mm F1.5, 望遠で5枚構成のTele Coral 100mm F3.5が供給されている[1]
 

アイレスカメラの高速標準レンズ 
part 0 (プロローグ) 
かつて、東京にはアイレス(正式名:アイレス写真機製作所)という名の小さなカメラメーカーが存在した[2]。1950年から1960年の僅か10年間で自社ブランドのレンズはもとより、中判二眼レフカメラ、35mmレンジファインダー機、一眼レフカメラなど一貫生産で何でも作ったメーカーだ。AIRES(アイレス)という名はスペイン語の「風」または「空気(エア)」という意味からとったとされている。10年の歳月を風のように猛スピードで駆け抜け、ユーザーの要求を全てみたした一台の名機Aires 35-V(写真)を送り出したものの、採算が取れずに命取りとなって倒産したのだ。このカメラにはコーラル(Coral)という美しい名(珊瑚の意味)の交換レンズ群が供給された。中でも高速標準レンズにはフォクトレンダー社の銘玉ノクトン(Nokton)を手本に設計されたSコーラル45mmF1.5や、シュナイダー社のクセノン(Xenon)を手本に設計されたHコーラル45mm F1.9/1.8など、魅力溢れるラインナップが揃っていた。本ブログでは数回にわたりAires 35-Vの高速標準レンズを取り上げる。

参考文献
[1] Camera New Product Report, Aires 35-V, 1958
[2]「アイレスのすべて」~アイレスカメラの歴史~ 萩谷剛 クラシックカメラ専科No.22(朝日ソノラマ)

なお、アイレス35-Vの交換レンズを各種ミラーレス機で使用するためのマウントアダプターが存在する。米国のある個人工房がeBayにソニー用とフジ用の改造品を若干数出しているのだ。この工房はペトリやミランダ、アーガスC44/C3、フトゥーラ、ペンティナ、プラクティナFXなどの交換レンズをミラーレス機で使用できるようにするニッチな改造アダプターを作っており、他にもFastax用やUV Topcor用、Norita66用、M37-M42変換リングなど面白い商品を出している(品質には要注意)。値段はAires 35V--SONY Eアダプターが90ドル(送料別)であった。毎回、若干数のみが出品され、供給量は安定していない。オークションブースに出品がない期間もあるので、そういう時には気長に待つ必要がある。