おしらせ


2014/10/07

【続】Carl Zeiss Jena Biotessar 10cm F2.9, 描写テスト PART2 (デジタル撮影編)


BiotessarはTessarの改良モデルとして1929年に登場した3群6枚の中・大判カメラ用大口径レンズである。Tessarよりも構成枚数が2枚多く、レンズの貼り合わせも2面多くなっている。設計の自由度を増やすことで高度な収差補正を可能にしたレンズである

Carl Zeiss Jena BIOTESSAR 10cm F2.9
Lens Test by DIGITAL CAMERA
前回のブログエントリーではBiotessarの撮影テストに中判カメラ(ネガ120フィルム)を用いたので、今回はデジタルカメラ(フルサイズ機)による撮影テストの結果を報告する。使用したカメラはSony A7とNikon D3である。描写の差異について要点から先に述べると、フルサイズ機で用いるほうが中判カメラで用いるよりも階調描写が軟調に転びやすく、屋外でコントラストが低下するケース(曇り空や逆光など)に出くわすと発色が濁る傾向がみられた。こうした傾向の原因がカメラの構造的な差にあるとすれば、考えられるのはミラーボックスやヘリコイドチューブの内部で生じる「迷い光」であろう。この問題を改善するにはヘリコイドチューブを内径が一回り大きなタイプに交換したり、ヘリコイドチューブの代わりに蛇腹を用いることが有効である。また、前玉のフィルター枠に適当なサイズのステップダウンリングを装着し、イメージサークルを必要最低限の大きさにトリミングすることにも一定の効果がある。
Biotessarの描写の特徴を一言で表すならば「芯のある柔らかい描写」であろう。開放ではフレアが顕著に発生し、ハイライト部の周囲がモヤモヤと薄いベールにつつまれる。解像力は高く細部まで線の細い繊細な描写表現が可能である。ただし、階調描写がコンディションに左右されやすいため、曇り日等におけるコントラストの低下には十分に注意したほうがよい。一方、天気が良い日はコントラストが安定し発色も良いので、絞りを開けコマフレアを活かしたドリーミーな描写表現を楽しむことができる。
今回はレンズをパーティ会場に持ち込み使用してみたが、これが大当たりで、予想以上にいい良い写真が撮れることがわかった。このレンズは発色が地味なので色鮮やかな表現には向かないものの、品のある落ち着いた描写表現を持ち味としており、結婚式の披露宴やパーティ会場ではとても雰囲気のある写真が撮れる。ここでも絞りを全開にすれば、コマフレアがテーブルセットや人の肌、ドレスを美しく描き出してくれるであろう。以下作例。
F2.9(開放), Sony A7(AWB): 晴天時の撮影ではコントラストが高く発色も良好なので、絞りを開けフレア(コマ)を生かしたドリーミーな描写表現を狙うとおもしろい。開放でもピント部にはしっかりと解像力がある





F2.9(開放), Sony A7(AWB):フレアが背後のハイライト部(建物)を美しく覆っている。ポイントをつかめば素晴らしい写真表現が可能なレンズである
F4.5, Nikon D3(AWB):1段絞ればコマフレアはおさまるものの、依然として軟調である。中判カメラでレンズを使用した際にはもう少しコントラストが高くシャープな写りであった。ヘリコイドの側面やミラーボックス内で「迷い光」が生じ、ある程度のハレーションを引き起こしているためであろう
F4.5, Nikon D3(AWB): 軟調レンズはこうした被写体に強く、シャドー部が潰れずに階調が残ってくれる

F2.9(開放), sony A7(AWB)+ICTT(トリミング・ツール): 今度はパーティ会場での室内撮影である。発色は地味だが品のある写りが好印象だ。落ち着いた雰囲気を出したいときにはBiotessarはとてもいいレンズだと思う

F2.9(開放), sony A7(AWB)+ICTT: 肌が若干白っぽく綺麗に写り、とても好印象だ。コマフレアのおかげであろうか。若干ピントを外すくらいがちょうどよい
F4.5, sony A7(AWB)+ICTT: 解像力がほしいときには一段絞れば十分である。白の発色にパンチ力がある



F4.5, sony A7(AWB)+ICTT:女性陣に配慮し、ピントは男性側で拾う
F2.9(開放), Nikon D3(AWB): 再びD3。シャドー部への落ち際に思わずニコンぽさが出てしまった(笑)
F2.9(開放), Nikon D3(AWB): 発色が濁ってしまったケース。奥の立木の緑や衣服の色が不自然にくすんでいる。屋外ではコンディションに気をつけたほうが良い
F4.5, Nikon D3(AWB)+ICTT: 今度はイメージサークルをトリミングしている。多少の画質改善効果はあったのではないだろうか

2014/09/12

Spiral-733 ( 放射温度計MINOLTA IR630用レンズ ) converted M42

放射温度計とは物体から出ている熱放射(赤外光や可視光)の強度を測定し、そこから物体の温度を求める非接触型の温度計です。温度を求める原理には物理学のシュテファン=ボルツマンの法則とプランクの法則を利用しています
ミラーレス機があれば
何だって写真用レンズになる
Minolta放射温度計IR-630用レンズ Spiral-733 2.8/85
研究棟のごみ置き場で壊れた放射温度計のMINOLTA IR-630を拾いました。見るとレンズがついています。一応は大学のプロフェッサーの身分ですから、ゴミあさりなんて品格のない行為はいけません。キョロキョロとまわりを見回しサッと回収。ゴキブリ並みの行動力で獲物を確保しダッシュで立ち去りました。部屋に戻りこの子に電池を入れ自分の体温を測定してみると、何と733℃と表示されます。本体が完全にイカれているか、私がイカれた赤外発光体であるかのどちらかです。このまま墓場送りにするのはもったいないので、レンズのみを救出することにしました。分解すると綺麗なレンズではありませんか。構成はトリプレットで、イメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーしています。焦点距離は85mm前後で、絞りはついていませんが、口径比はF2.8あたりです。フランジバックは一眼レフでも十分に使える長さになっており、ヘリコイドもついています。M42マウントに変換し写真用レンズとして第二の人生を歩ませることにしました。この手のレンズを改造し流用することについてはミラーレス機が登場したおかげで、ずいぶんと度胸がつきました。
ヘリコイドを近接側いっぱいまで回し軽く力をいれると、カチッという音がして光学ユニットがヘリコイドから外れます。マウント部は3本のビスでネジ止めされており、これを外せばヘリコイドがマウントごと本体から外れます






放射温度計の本体からレンズをとりはずしたところ。本体は故障しているのでこのまま廃棄しました

レンズを外すには上の写真のようにマウント部のビス3本をマイクロドライバーで外します。すると、マウント部がヘリコイドごと本体から取り外せます。続いてM42マウントへの変換ですが、M42リバースリングとステップアップリングを用意します。リバースリングはeBayで9ドル(送料込み)、ステップアップリングはヤフオクにて500円程度で手に入ります。今回は43.5mm-49mmのステップアップリングを用いて解説していますが、据え付けがきついので、ひとつ上のサイズ(43.5mm-52mm)の方がよいでしょう。また、リバースリングもこれにあわせ、M42-52mmとなります。
 
M42リバースリング(左)とステップアップリング(右)。どちらも市販品として手に入れることができます


ンズのマウント部に鏡胴側からステップアップリングを逆さに被せ、反対側(カメラ側)からM42リバースリングをはめ、ネジで合体させます。マウント部に対し2枚のリングで包み込むように固定するのです。あとは光学ユニットを取り付け、下方からフランジ調整用のM42マクロチューブ(2.7cm丈)を取り付ければ完成となります
の写真のようにステップアップリングをレンズのマウントに対して鏡胴側から逆さに被せ、その反対側(カメラの側)からリバースリングを据え付け固定します。マウント部を包み込むように2枚のリングを前後からはめるのです。こうして無改造のままマウント部をM42ネジに変換することができました。あとはフランジバックの調整ですが、M42レンズとして使用する場合には27mm丈のM42マクロチューブを継ぎ足せばピタリと無限遠のフォーカスを拾うことができます。簡単な改造ですがこれで完成です。無名のレンズなのでSpiral-733と命名することにしました。
焦点距離(推定) 85mm, 口径比(推定) F2.8, フィルター径 40.5mm, 構成 3群3枚トリプレット(推定), MINOLTA IR-630専用レンズ, ガラス表面にはコーティングが施されています

ヘリコイドを近接側に繰り出すと、中からレンズ名とスペックが表れるようにしました.

撮影テスト
camera SONY A7
Spiral-733の写りに何を期待したらよいのでしょうか。愚問かもしれませんが、勿論それはシュールな世界を描き出す破綻した描写特性です。このレンズは写真撮影用ではないので、その期待に応える可能性は大いにあると考えられます。
イメージサークルはかなり大きく設計されており、中判カメラの6x6フォーマットにもケラれることなく対応できます。ただし、画質的な破綻が大きいので、おすすめはできません。今回はフルサイズセンサーを搭載したSONY A7で使用することにしました。しかし、それでも四隅における画質的な破綻は大きなものです。
Spiral-733はトリプレット型レンズですので写真中央部の解像力は高く、ハロやコマの少ないスッキリとヌケの良い写りとなります。コーティングの性能がよいためかゴーストやハレーションは出ず、階調こそ軟調ですが発色が濁ることはありません。像面が四隅に向かって近接寄りに大きく曲がっており、画面中央でピントを拾いながら画面いっぱいに被写体を捉えると、四隅ではピンボケを起こします。この手の像面湾曲レンズの特徴は後ボケが柔らかく綺麗に拡散することとフォーカス部の近くで放射ボケがみられることです。また、近接側ではグルグルボケもみられます。被写界深度が浅く見えるのも大きな特徴で、これは言わば写真の四隅に向かってティルトシフト(アオリ効果)が効いているのと同じことです。以下作例。
Sony A7(AWB)やりました!激しい像面湾曲と放射ボケが発生し、なんだか凄い写りです




Sony A7(AWB): 基本的に日の丸構図になります。周辺部の像の流れを活かせば迫力のある演出効果が得られます

Sony A7(AWB): ピントは中央にとっています。像面が大きく曲がっているため、中央から外れると直ぐにピンボケを起こします

Sony A7(AWB): さすがにトリプレット。ピント部中央には高い解像力があります









Sony A7(AWB): 後ボケは柔らかくとろけるように拡散しています

Sony A7(AWB): このレンズの手にかかれば、玉ボケも放射状に流れてゆきます














Sony A7(AWB): 収差設計の基準点が近接域なのかと思っていたら、遠方でもご覧のとおり高解像です



 
酔いそうになるような激しい作例たちでしたが、最後までご覧いただきありがとうございました。レンズは写真仲間の「ぽんちゃん」にプレゼントしました。ぽんちゃんによる写真もこちらに掲示しましたので、ご覧ください。カメラはオリンパスPen(デジタル)です。