おしらせ


2013/10/01

Feature Article on Deckel mount lenses デッケルレンズ特集



銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
デッケル(DKL)マウントは1903年に創業したドイツ・ミュンヘンの機械メーカーFriedrich Deckel(フリードリッヒ・デッケル)社がメーカーの枠を越えて交換レンズの互換性を共有することを目的に考案したマウント規格である。1958年にKodak(ドイツ・コダック)社が新型カメラのRetina(レチナ)IIISに採用し[注1]、翌1959年にはVoigtländer(フォクトレンダー)社がBessamatic(ベッサマティック)を発売することでデッケル機市場に参入、レチナ・デッケル機とフォクトレンダー・デッケル機を合わせると何と通産100万台を超えるカメラが製造された(「フォクトレンダー」オフィスへリア発刊参照)。交換レンズ群の供給メーカーもVoigtländerに加え、Schneider, Rodenstock, Steinheil, Ennaが加わり、M42やEXAKTAに次ぐ第3のユニバーサルマウントとして大きな賑わいを見せた。また、Zeissが実質的に参入しなかったことも、このマウント規格のジャンルが独特な発展を見せる大きな要因となっており、Voigtländer社は自社のカメラを売るために交換レンズの開発に大きな力を注いでいる[注2]。デッケルマウントのレンズはフランジ長が比較的長いため、マウントアダプターを用いることでミラーレス機はもちろんのことNikon Fマウントのカメラや多くのメーカーの一眼レフカメラに装着することができる。本特集では数回にわたりDKLレンズならではの製品モデルを追いかけてみたい。紹介するレンズはSkoparex 3.4/35, Skopagon 2/40, Color-Skopar X 2.8/50, Septon 2/50, Tele-Arton 4/85の5本である。

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[注1] デッケルマウントには1956-1958年にBraun(ブラウン)社がSuper Colorette(スーパー・カラレッテ)というレンジファインダーカメラに採用した旧規格のデッケルマウント(Vitessa-T互換)と、1958年にマイナーチェンジが施され広く採用された新規格のデッケルマウントが存在する。新旧の規格に互換性はない。いわゆるデッケルマウントと呼ばれるのは後者を指す場合が多い。

[注2] Zeiss(西ドイツ)は少数のDKLレンズをごく短期間だけ製造した。Distagon, PlanarTessar, Sonnarなどの稀少レンズが存在する。情報を提供してくださいましたMr Calvin, Mr Hayataに感謝いたします。

2013/09/20

Meyer-Optik Gorlitz PRIMOTAR 80mm F3.5(M42/EXAKTA/P6)









ポートレート用テッサー型レンズ PART2:
フーゴ・マイヤーのバズーカ砲
Meyer PRIMOTAR 80mm F3.5
テッサータイプの中望遠レンズをもう一本紹介しよう。旧東ドイツのHugo Meyer(フーゴ・マイヤー)社が1954-1960年代中頃まで生産したPrimotar(プリモタール) 80mm F3.5である。このレンズは前エントリーで取り上げたTessar 2.8/80同様、中判カメラ(6x6フォーマット)にも流用できる一回り大きな光学系を採用しているのが特徴である。発売当初はM42とExaktaの2種のマウント規格に対応していたが、後に発売される中判カメラのKW Praktisix(P6マウント,1956年発売)にも対応した。したがって、厳密には中判用から流用したわけではなく、中判カメラにも対応できる35mm判レンズとして開発されたことになる。わざわざ大きな光学系を採用したのは、やはり階調硬化の抑止を目的としていたからではないだろうか。どっしりとした太い銀鏡胴には現代のレンズに無い強いインパクトを感じる。
重量(実測) 365g, 絞り羽 14枚, フィルター径 55mm, 焦点距離 80mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F3.5-F22, 対応マウント M42 / EXAKTA / P6(本品はEXAKTAマウント), 光学系は3群4枚のテッサー型。レンズ名はラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoを由来としている。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。



Primotarブランドの前身は戦前にMeyerがlhagee社のキネ・エキザクタに標準搭載する交換レンズとしてOEM供給していたlhagee Anastigmat EXAKTAR 5cmF3.5およびEXAKTAR 5.4cmF3.5である。5.4cm F3.5のモデルがシリアル番号80万番台(1937年前後)あたりでPrimotar 5.4cmF3.5に改称されている。また、この頃にはキネEXAKTA用のPrimotar 8.5cmがF2.8の口径比で発売されている。Primotarシリーズは戦後にバリエーションを増やし、50mm F2.7, 50mmF3.5, 85mmF3.5, 135mmF3.5, 180mmF3.5など焦点距離や口径比の異なる多数のモデルが登場、1960年代には50mm F2.8も登場している。また戦前にRobot用に供給された3cmF3.5の存在も確認できる。Meyerの台帳を見ていないので全バリエーションを拾ってはいないが、おそらく他にもまだあるはずである。焦点距離が僅かに異なる85mm F3.5はVEB WEFO社の中判カメラMeister Korelle用に1950年から1952年まで短期間だけ製造され、この期間にEXAKTA用(35mm判)に換装されたモデルも登場している。その後、1954年頃から後継製品の80mmF3.5に置き換わっている。Primotar 80mmF3.5は1964年のPraktisix IIのカタログにも掲載されており、少なくとも60年代中頃までは確実に供給されていた。
PRIMOTAR F3.5の設計のトレーススケッチ。左が前側で右が後側。構成は3群4枚のTessarタイプ
入手の経緯
このレンズは2012年6月にeBayを介して米国の写真機材専門業者から184ドル+送料39ドルで落札購入した。商品は初期価格55ドルでスタートしたが誰かが質問掲示板に「70ドルで売ってくれないか」と個別に交渉を持ち掛け断られていた。その後、7人が入札し締切3分前には105ドルまで競り上がったが、最後は私が自動入札ソフトを用いてスナイプ入札をおこない184ドルで競り落とした。オークションの解説は「EXC+++コンディションのレンズ。ガラスはクリーンでクリア、絞り羽はクリーンでスムーズに動く。絞りリングもヘリコイドリングもスムーズで精確に動く」とのこと。届いた品は撮影に影響のないレベルでホコリの混入があったが、ガラスに傷やクリーニングマークはなく鏡胴も綺麗な状態を維持していた。ややレアなレンズである。

撮影テスト
本レンズはF3.5の控え目な口径比のためか、前エントリーで取り上げたTessar 80mm F2.8よりもシャープでボケ癖の少ない素直な写りである。コントラストはTessar 80mmよりも高く、開放でもハロやコマは殆んど出ずにスッキリとヌケがよい。解像力はどう転んでもTessarタイプで、至って普通のレベル。同じクラスのTripletタイプやXenotarタイプのような高い解像力は期待できないものの、四隅まで均一な画角特性を維持している。発色はほぼノーマルで色のりは良好だ。開放から欠点の少ない高描写なレンズである。
F4, EOS 6D(AWB): スッキリとヌケの良い写りだ。発色は良い
F8, EOS6D(AWB): 深く絞っても階調が硬くなりすぎることはない。カラーバランスはノーマルである
F3.5(開放), EOS 6D(AWB): テッサータイプらしく階調が圧縮されることのない高コントラストな画質で、シャドー側にもハイライト側にも階調が広く分布しきっている(画像は無補正)。ただし、中間階調もそこそこ出ておりトーンはなだらかに推移している。やはり中判撮影用にも対応できる大きな光学系のおかげであろう
前エントリーで取り上げたTessar80mm F2.8と本エントリーのPrimotar 80mmF3.5は中判カメラのPraktisix用(初代P6マウントカメラ)に供給された標準レンズとしてカタログに並記されたライバル製品である。上位モデルのTessarに対しPrimotarは廉価製品という位置づけであった。しかし、廉価品とは言えPrimotarは開放から破綻が無く、Tessarよりも明らかに高描写なレンズである。半段暗い口径比F3.5のお陰なのであろう。同じ構成のレンズによる比較の場合、F2.8で設計されたレンズをF3.5まで絞って使うよりも、はじめからF3.5で設計されたレンズを開放で使う方が設計に余裕があり一般には高描写である。このことはXenotar F2.8とその廉価品にあたるXenotar F3.5の画質の比較においても同様に当てはまり、開放F値がF3.5のレンズの方が写りには安定感があることが広く認知されている。Tessarタイプのオールドレンズを手に入れる場合、画質に安定を求める人はF3.5がベターチョイスになるだろう。反対にスリリングな写りを楽しみたい人はF2.8のレンズを選ぶ方がよい。