おしらせ


2012/12/03

M42-Nikon F mount adapter


Nikonの一眼レフカメラでM42マウントレンズを使用するためのマウントアダプター。補正レンズの無いタイプ(左から3枚目まで)と補正レンズの付いているタイプ(いちばん右の1枚)に大別される
マウントアダプターはどこまで薄く造れるのであろうか?M42-Nikon Fアダプターにみる極薄設計の限界
  マウントアダプターを用いてNikonの一眼レフカメラにM42レンズを搭載する場合、フランジバック長の規格の関係で無限遠のフォーカスを拾うことはできない。しかし、アダプターが極薄く設計されていれば、中望遠レンズで4~6m先の被写体に対してフォーカスを拾うことができ、ポートレート撮影ならばギリギリ何とかこなせる。M42-Nikon Fアダプターは極薄設計が求められるストイックな製品分野なのである。いったい、どこまで薄く造れるのであろうか?
  現在、eBayなどの市場に出回っているM42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しタイプ)は一部のEU製品を除き、その大半が中国製とロシア製で占められている。一般にこの種の製品にはブランド名がなく、設計仕様も公開されていない。中国製アダプターの場合、eBayでの販売価格は日本への送料を含めても1.88ドル前後(約150円)からと鼻血が出る程安い。典型的な製品を以下に写真で示す。

マウント部がフラットなタイプの中国製アダプター。流通価格は送料込みで2ドル弱からと最も安い(流血アダプター)。素材はアルミ合金で厚みは0.9mm(実測)程度である。シルバー色のタイプも存在するが、こちらはもう少し値がはる

外枠がコの字型に折れ曲がったタイプの中国製アダプター。流通価格は送料込みで3ドル強くらいからとなっている。アダプターの厚みは0.65mm(実測)と中国製の中ではかなり薄い製品だ。シルバー色の真鍮製タイプも存在するが、こちらの厚みは1mm程度と少し厚めに設計されていた

補正レンズが入っている中国製アダプター。香港製として売られていることもある。eBayでは8ドル程度(送料込み)からみつかる。装着するとレンズの焦点距離が1.4倍換算になってしまうが無限遠のフォーカスを拾うことができる。ただし、余計なレンズが一枚加わる分だけレンズ本体の性能を損ねることになる

  値段が極めて安いので、幾つか異なる製品を購入し使い勝手を比較してみることにした。すると、面白いことにアダプター毎にフォーカスを拾うことのできる撮影距離の範囲が異なるのである。もちろん、この種のアダプターで無限遠までのフォーカスを拾うことは物理的に不可能である。あるアダプターに75mmの中望遠レンズを搭載し用いてみたところ、ピントは最長で4.7mまで拾うことができた(距離はレーザー距離計で計測)。ところが同じレンズを別のアダプターで用いた場合には3.5m程度先までがやっとであった。こうした差異が生まれる原因はアダプターの厚みが製品毎に異なるためだ。今回入手したアダプターは全部で5種類だが、ノギスで各アダプターの厚みを計測してみたところ、0.5mm~1mmと製品ごとにバラバラであることがわかった。最も薄く設計されていたのはEU製の0.5mmタイプでeBayでの価格は32ドルと、この種の製品にしては高値で売られていた。中国製のアダプターの中にも比較的薄く設計されているものがあり、私が入手した中で最も薄く設計されている製品は0.65mm厚であった。薄ければ薄い程フォーカスをより遠くまで拾えるので実用性は高い。しかし、その反面で耐久性が落ちる。そこで、いくつかのアダプター製品では外枠がコの字型に折れ曲がった構造を持つなど工夫がみられる。マウント接触面の歪みを抑え耐久性を向上させるとともに、カメラ側のマウント座金に対して包み込むようにフィットするのでガタも出にくいというわけだ。

こちらのアダプターは厚さが0.9mmある。Nikonの一眼レフカメラにマウントし焦点距離75mmの中望遠レンズで撮影してみたところ、フォーカスを拾うことのできる最長距離は3.8mであった
こちらのアダプターは中国製だが厚さが0.65mmと入手したものの中では比較的薄く設計されていた。Nikonの一眼レフカメラにマウントし焦点距離75mmの中望遠レンズで撮影してみたところ、フォーカスを拾うことのできた最長距離は4.3mであった


おこれは経験則だが、薄型のアダプターを手に入れたいならば真鍮製よりもアルミ製を選ぶ方が安全だ。今回注目したM42-Nikon Fアダプターの場合、今のところ私が調べた範囲での最薄製品は0.5mm厚のアルミ製アダプターであった。この程度の厚みがスペーサーを持つアダプターにおける設計限界なのかもしれない。0.7mm厚で造られているEXAKTA--EOSアダプターや0.6mm厚のROLLEI QBM--EOSアダプターなどは耐久性的に限界に近いということになる。Leica-RとNikon Fはフランジバック長の差が0.5mmなので、一見するとアダプターを造れるのではと思い込んでしまうが、Leica-RマウントのバヨネットはNikon Fマウントの口径に収まらないのでアダプターの設計は物理的に不可能となる。仮に造れたとしても0.5mm厚の軽金属でLeica-Rマウントの重量級レンズ達を支えるだけの耐久性が得られるのかどうかは疑問だ。そのかわりにLeica-Rレンズのマウント自体を取り外しNikon Fマウントに変換することは可能で、そのための交換マウントが市販されている。

2012/11/27

Leitz Hektor 2.5/85 and Hektor 2.5/120(M42 mount lens modified from Projection lens)


上段はM42ヘリコイドユニットを介してカメラに搭載したHektor 8.5cm F2.5。下段は特製ヘリコイドアダプターを介して搭載したHektor 12cm F2.5

ライツのスライドプロジェクター用レンズ2
HEKTOR 2.5/85 and HEKTOR 2.5/120
Leitz(ライツ)社のレンズと言えば目玉が飛び出るくらいに高価なものが多いが、スライドプロジェクター用レンズに限っては絞り機構やヘリコイドが省かれているためなのか例外的に安く、50~85ドル程度からと手軽に手に入れることができる。ある時にeBayを介して英国の中古カメラ業者からLeitzのプロジェクター用レンズをM42マウントに変換することのできる一品モノの特製ヘリコイドアダプターを手に入れ、一般撮影に転用するという遊び方の存在を知ってしまった。この種の転用は海外のマニア層の間で一昔前から行われているようで、インターネットで検索するとかなりの数の写真作例が出てくる。Leitz以外にもDallmeyerやTaylor-Hobson, Angenieux, Schneiderなど有名メーカーがレンズを供給しており、どれも写真用レンズに比べると手頃な値段である。
今回取り上げるレンズはLeitz社が1954年にスライドプロジェクター用として発売したHektor(ヘクトール) F2.5である。Hektorといえば1930年代に同社の設計士Max Berek(ベレク)[1886-1949]がトリプレットをベースに開発したレンズが元になっている。幾つかの設計バリエーション(3群4枚/3群5枚/3群6枚など)が存在するが、3群構成であることがHektor銘を冠するレンズの共通則となっている。本レンズの場合は設計構成が3群4枚であり、第2群が貼り合わせレンズに置き換わっていることがトリプレットからの改良点である(下図参照)。貼り合わせ面を用いて球面収差を強力に補正することで更なる大口径化を実現している。Hektor F2.5は同社のスライドプロジェクター(PradoシリーズやPradovitシリーズ)に標準搭載され1963年まで市場供給されていた。ところで、Hektorというレンズ名であるが、ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来で、設計者Berekの愛犬ヘクトールの名でもある。

 Hektor 125mm F2.5(一般撮影用)の光学系トレース。今回取り上げている2本のHektorと同一の3群4枚構成であり、3枚玉のトリプレット(3群3枚)を起点に第2群(図の中央部)を2枚の貼り合せレンズ(ダブレット)に置き換えたのが特徴である。この貼り合せ面(ストッパー面)から負の球面収差を故意に発生させて元の球面収差と相殺消去させるというテクニックが実装され、口径比はF2.5まで明るくなっている。本レンズの弱点は凹凸レンズのパワーバランスの悪さ(凹レンズのパワー不足)からくる大きな像面湾曲(ペッツバール和)であるが、長焦点であれば問題ない。軸上色収差が大きく色にじみの出るレンズとして知られている
 本レンズが開発された1950年代初頭はプロジェクター・ランプの性能が今のようには良くなかった。スクリーンへの投影像に十分な明るさを確保するためには部屋の明りを消し、暗幕カーテンで窓を覆う必要があった。搭載するレンズはできる限り大口径にするほうが光源の明かりを有効活用できるため有利だが、画質的には厳しい条件になるため、明るさと画質の間にはトレードオフの関係があった。広角レンズを用いてスクリーンとプロジェクターの間の距離を詰めることでも投影像を明るくはできるが、Hektorのようなトリプレットの性格を持つレンズでは周辺画質が厳しいため、ある程度は長焦点にしておくことが望ましかった。ただし、口径比を一定にしたまま長焦点化(つまり大口径化)しすぎると、球面収差が膨らんで今度は解像力が維持できない。レンズに要求される解像力はマイクロ・フィルム(新聞や図書などを35mmフィルムに縮小転写したもの)の投射において文字が判読できる程度以上だったはずである。こうした事情の元でLeitzが選んだ妥協点は焦点距離の異なる3種のレンズを用意することであった。投影像が明るくピント部中央の解像力は高いが周辺画質が厳しい焦点距離8.5cmのモデル。これとは対照的に投影像は暗めで解像力はやや控えめなものの、ピント部の均一性が高く四隅まで画質が安定している12cmの長焦点モデル。そして、両者の中間的な位置付けで、よく言えばバランス、悪く言えば妥協を図った焦点距離10cmのモデルである。焦点距離10cmのレンズ一本で勝負するには画質的にも明るさ的にも厳しかったため、わざわざ3種類のモデルが同時供給されたのであろう。しかし、後にプロジェクター・ランプの性能(輝度)が向上し、レンズの方も1960年に高性能なColorplan F2.5が開発されたことで技術的な問題は解消されてしまう。Hektorは一線を退き、Leitzのプロジェクター用レンズは90mmの焦点距離を持つColorplanに一本化されている。
ところで、1954年のLeitzのカタログにはHektor3兄弟に加えElmaron 10cm F2.8が掲載されている。こいつの役割はなんだったのであろうか・・・。

左はHektor 12cm F2.5で右はHektor 8.5cm F2.5。これら以外にもHektor 10cm F2.5が製品として供給されていた
入手の経緯
今回入手した2本のHektorはブログの読者の方からお借りしたものだ。少し前のColorplanの記事に興味を持たれたSさんがHektorを所持しているので使ってみてくれとレンズを提供してくださった。偶然にもご近所様だったのでレンズの方は手渡しでお借りすることができた。2本のHektorのうち焦点距離12cmのモデルはColorplanの時に用いた特製ヘリコイドユニットに搭載可能であったが、焦点距離8.5cmの方は鏡胴径が小さかったため、市販のM42ーM42ヘリコイドユニットに搭載し使用することにした。2本のレンズともeBayでは50~75ドル程度で入手できる。ちなみに後継品のColorplanは80~100ドル前後で取引されている。

M42ヘリコイドユニットへの搭載
本品のようなプロジェクター用レンズはヘリコイド(光学ユニットの繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには別途用意したヘリコイドユニットに搭載する改造が必要となる。一番簡単な改造方法は、市販品のM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。Hektor 8.5cmは鏡胴の口径がM42マウントのネジ径よりも若干小さいので、セロハンテープを巻いて厚みを与えるだけでヘリコイドユニットにすっぽりと填めることができる。


Heltor 8.5cmの鏡胴(後玉側)にセロハンテープを鏡胴に巻いているところ。鏡胴に厚みを与えることでM42ヘリコイドユニットにピッタリとフィットさせるようにした

今回使用したM42-M42ヘリコイドユニット(25-55mm)。3ヶ月前までeBayにて78ドル(送料込み)で売られていたが、このところ急に相場が下がり今では49ドル(送料込み)で入手できるようになった。ヘリコイドの深さにはやや空間マージンがあるので、M42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しのタイプ)を追加すればNikonの一眼レフカメラにも装着可能だ。もちろん無限遠のフォーカスを拾うことができる
一方、Hektor 12cmの方は鏡胴径が46mm弱と更に厚くM42ヘリコイドユニットには収まらないものの、Colorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドユニットに装着可能であることがわかった。市販のヘリコイドユニットを用いるのであれば、どうにかして鏡胴に厚みを与えM52-M42に装着するか、あるいはM46-M42ヘリコイドユニットにギリギリ収まるのかもしれない。
Hektor 12cm F2.5は前回のColorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドアダプターに装着し使用可能となった。こちらのレンズは鏡胴径が46mm弱とやや太いため、市販のM42ーM42ヘリコイドには装着できない
撮影テスト
Hektor F2.5はスライドプロジェクター用に設計されたレンズであり、3~7m程度の撮影距離で最高の画質が得られるようチューニングされている。これはポートレート撮影に適した距離であるが、遠方では解像力が落ちるので風景撮影には向かない。発色はこのレンズ特有の大きな軸上色収差のためか赤みがかる傾向があり、また屋外での逆光撮影にはたいへん弱くフレアが発生すると発色が途端に淡くなる。逆光撮影に対する弱さは、おそらくガラス面に敷設されたコーティングが太陽光を基準にしたものではなく、プロジェクターランプから出る光を基準に設計されているためなのであろう。ランプの光源から出る光の周波数成分に対して反射防止効果が最も高くなるようコーティングの厚みが調整されており、太陽光に対しては、かえって効果が落ちるのである。
Hektorは3枚玉のトリプレットから派生したレンズである。戦後の再設計で性能が向上したとは言え、良くも悪くもトリプレットの性質を受け継いでおり、撮影結果にはオールドレンズの性格がハッキリと表れる。ピント部中央の解像力はとても高いが、画角を広げると非点収差が急激に増し周辺像が妖しくなる(Hektor 2.5/85)。また、大口径化しすぎると球面収差の膨らみが急激に増すため画面全体が柔らかい描写となる(Hektor 2.5/120)。同じ構成でありながらやや異なる性質を持つ3本のHektor F2.5(8.5cm/10cm/12cm)を使い分けてみるというのも楽しそうな遊び方だ。
Hektor 8.5cm F2.5: スッキリとヌケがよく、ピント部中央は高解像だが非点収差が強いため四隅に行くほど解像力が顕著に落ちる。撮影距離によってはアウトフォーカス部でグルグルボケが目立つ。シリーズの中では比較的画角が広く設計されている事に加え、スクリーンへの投影を意識し像面湾曲の補正を徹底した結果、非点収差の補正力不足に陥ったのであろう。周辺画質の妖しさを生かした写真作例を狙いにゆきたいレンズだ。

Hektor 12cm F2.5: 画角が狭い長焦点レンズなので四隅まで画質が安定しておりグルグルボケも目立たない。ピント部中央の解像力は8.5cmのモデルの方が高い印象だが、ピント部の均質性ではこちらのレンズの方が上をゆくようだ。ただし、ハイライト部からは美しいハロがモヤモヤと出るなど結像がソフトになる。シリーズの中では最も大口径なモデルなので、その分だけ球面収差の膨らみが大きいためであろう。女性の肌を綺麗に撮るにはちょうど良い。

以下作例。いつものように修正・無加工で、カメラから出したJpeg形式のダイレクト画像だ。
Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: 逆光にさえ気をつければとてもよく写るレンズだ。周辺像が妖しい





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 12cm F2.5のHektorは8.5cmF2.5のモデルよりも大口径の分だけ球面収差が大きいようで、モヤモヤとしたハロがまとわりつき像はソフトになる。ボケは綺麗だ





Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: ご覧のとおりピント部中央の解像力はかなり高い





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: この場面ではグルグルボケを狙ったのだが誤算であった。12cmのHektorの方はボケに安定感がある。像はやはりソフトで女性の肌を撮るにはちょうどよさそう



Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: こちらのHektorはボケがしっかり回っている





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 逆光にはめっぽう弱く屋外での撮影時にはフレアが出やすい。露出アンダーでごまかしているが、やはり全体的に白っぽくなってしまう。色にじみがやや目立つ

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影ではやはり絞りの必要性を感じる。作例は最短撮影距離でのショットだ。本レンズに使用した特製ヘリコイドは繰り出し機構にストッパーがないため、接写時に繰り出しすぎるとヘリコイドからレンズユニットがポロンと脱落する危険性がある