おしらせ


2012/07/26

コンタックス・ゾナーの末裔達1: Zeiss Ikon, Carl Zeiss Sonnar 85mm F2(Contarex version) modified M42


収差を使って収差を封じる。そんな反則な!

ツァイス・イコン最後の怪物

コンタレックスの眼玉

Zeiss Ikon社のルードビッヒ・ベルテレ(Ludwig Jakob Bertele)[1900-1985]が戦前に発明したSonnar (ゾナー)は、コーティング技術が実用化されていかった時代に、空気境界面を徹底的に減らすことで内面反射光を抑さえ、高コントラストな画像を得ることを可能にした画期的なレンズであった。レンズは光学系に貼り合わせ面を多く持つのが特徴で、トリプレットを設計の原点に据え僅か3群の構成を貫きながら、大口径を実現している。数あるSonnarシリーズの中でも旧西ドイツのZeiss Ikon社が戦後に開発した85mm F2のモデルは戦前にBerteleが設計したオリジナルの流れを汲み、一眼レフカメラの時代にも生き残った特別な存在で、同シリーズの中で最大の口径を誇るKing of Sonnar(キング・オブ・ゾナー)といった位置づけである。このレンズは1958年に登場した旧西独Zeiss Ikon社の超高級一眼レフカメラContarex(コンタレックス)に搭載され、1958年から1973年までの15年間で7585本が生産されている。しかし、Contarexがあまりにも高価なカメラであったため実用性に乏しく、カメラもろともプロフェッショナルユーザーには広まらなかった。
今回取り上げるContarex用Sonnar 85mm F2は旧西ドイツで戦後に再建された新生Zeiss Ikon社が総力を挙げて開発した最高級の大口径中望遠レンズである。新種ガラスを用いて戦前のコンタックス版Sonnarを再設計し、解像力とヌケの良さを向上させている。高いコントラスト性能と鮮やかな発色、開放付近でのなだらかな階調描写、絞った時の高いシャープネス、安定感のある美しいボケなど、非の打ち所ない優れた描写力に対して「コンタレックス・ゾナーこそ史上最高のレンズ」と今も称賛の声は絶えない。製造から半世紀もの年月が経過しているというのに・・・。

ゾナーというレンズの名称が何を由来としているのか実のところハッキリとはしていない。ドイツ語のSONNE(太陽)を由来にしているという説とZeiss Ikon社の設立母体となったコンテッサ・ネッテル社で既に生産されていたSonnarの工場がSonthofen(ゾントホーフェン)市の郊外にあった事に由来にしているという2つの説が有力視されている(「プロ並みに撮る写真術II」日沖宗弘著勁草書房1993年








TripletからSonnarへと続く進化の経緯
SonnarはZeiss Ikon社のBerteleが改良を重ね、ほぼ1人で発明したレンズである。その原点となったのはCooke社のDannis Taylorが1894年に開発したTriplet(上図の最左列)である。Tripletは僅か3枚の構成でサイデルの5収差を全て補正できることから世に広まったが、光学系のバランスが凹1枚+凸2枚と悪く、強い凹レンズを用いても非点隔差による周辺画質の悪さ(広角部の解像力やグルグルボケ)を十分に改善できないため、画角を広げるには限界があった。しかし、新色消しレンズとは無縁であることが幸いし、中央部の解像力はテッサーよりも高く、画角の小さな長焦点レンズには依然として有用な設計であったため、後に様々な改良が試みられた。その一つがTripletの最前部(第一レンズ)を2枚に分割し大口径化を実現したErnostar 100mm F2(上図の左から2列目)である。このレンズは1922年に当時Erneman(エルネマン)社に在籍していたBerteleとKlughardt (クルーグハルト)が発明し、世界で最も明るいレンズということで話題となった。Ernostar(エルノスター)というレンズの名称には「エルネマンの星」という意味が込められている。このレンズもTriplet同様、周辺画質に大きな課題をかかえていたため、Berteleらは引き続きErnostarrの改良を重ね、様々な設計バリエーションを開発している。中でも1924年に開発したErnostar 100mm F1.8(上図の左から3列目)はイエナガラスを用いて第2レンズを3枚の接合レンズに置き換えた異様な姿をもつ進化形で、後にBerteleが発明するSonnar(上図・最右列)の直接の祖先と言われている。この種の3枚接合を持つレンズは芯出しの難しさから高い精度の製造技術が要求されるなど、当時としては難易度の高い設計であったが、空気境界面を減らしコントラスト性能を向上させながら、同時に広角部の画質(ペッツバール和)を改善することもできたため、効果は絶大であった。この後にBerteleは3枚接合部を前群のみならず後群にまで配置した過激なレンズ構成を考案し、Sonnarとして世に送り出している。Sonnarはまず1931年に後群を2枚接合にした50mm F2のモデルがContax用として発売され、翌1932年には後群を3枚接合にした大口径版の50mm F1.5、更に翌1933年には後群が2枚接合で画角を85mmに抑えたF2モデルの高描写版で、最大口径を誇る85mm F2のモデルが追加発売されている。85mm F2のモデルは戦時中の再設計で後群がF1.5のモデルと同じ3枚接合へと変更され、画角的にも口径比的にもSONNARシリーズの高描写版という位置づけで再リリースされている。コーティング技術がまだ実用化されておらず、レンズの設計に自由度が乏しかった時代に、このような巧みな貼り合わせを組み込んで設計に独自性が発揮されていることで、ベルテレは天才的な設計者と評されている。今回ブログで取り上げるContarex用ゾナーは、Berteleがイエナガラスを用いて戦時中に設計した85mm F2のモデルを戦後の1951年に新種ガラスを用いて再設計した改良レンズである(特許の開示は1952年1月)。なお、Erneman社は1926年にBerteleもろともZeiss Ikon社の設立母体として吸収合併されている。

重量(改造品の実測)465g, 最短撮影距離 約0.7m, フィルターはバヨネット方式(特殊規格), 絞り羽 9枚構成, 絞り値 F2-F22, 光学系の構成は3群7枚, カラーバリエーションはシルバーとブラックの2種がある。ebayでのレンズの相場(2012年)はおよそエクセレントコンディションの個体で1200ドルから1300ドル。MINTコンディション(美品)の個体では1500ドル以上で取引されている。

Contarex用Sonnar 85mm F2の設計。凹レンズを赤、凸レンズを黄緑で着色している。光学系は一見すると凸レンズが凹レンズよりも1個分多く、バランスが少し崩れているようにも見えるが、実は第2群の真ん中に挟まれている凸レンズは前後のガラスよりも屈折率の低いガラスなので、実質弱い凹レンズとなる。この点までも考慮すると、ゾナーは凹凸成分のパワーバランスが非常に良い設計である事が理解できる。光学系は3群7枚構成で、空気とガラスの境界が僅か6面しかなく、硝子同士の貼り合わせが4面もある異様な姿をしている。この光学設計に萌えるユーザーも多く、3群構成のゾナーは今も絶大な人気を誇る

撮影テスト
キャノンのレンズ設計者が書いた「レンズ設計のすべて」(辻定彦著、電波新聞社発行 2006年)には3群構成のゾナーについて詳細に記された一説がある。著者はゾナーの光学系について、同一仕様のダブルガウス型レンズに比べコントラスト性能では凌駕するが、解像力では一歩及ばないと述べている。
ゾナーの光学系には空気とガラスの境界が6面しかなく、これは高いコントラスト性能を誇るテッサーと同数である。コントラストを低下させる原因であるゴーストやハレーションは主に空気とガラスの境界面で多く発生するが、ゾナーにはこの境界面が少ないうえダブルガウス型レンズと比べてコマフレア(サジタルコマ)が出にくい特性を持つことから、コントラスト性能は非常に高く、発色は鮮やかである。テッサーとの格の違いを感じるのは開放絞りの付近(F2-F5.6)でみられるなだらかな階調描写であろう。光学系の構成図から明らかなように、ゾナーにはレンズ同士の貼り合わせ面が4面もあり、これらで発生する弱い内面反射光が光学系の隅々へと緩やかかつ均一に蓄積される。この独特の機構が絞りを開けた際には活発に機能し、豊富な中間階調を生み出すとともに階調の硬化を防止し、高コントラストでありながらも軟らかい表現を維持できるゾナーならではの特異な描写力を実現させている。一方、F5.6よりも深く絞り込むと内面反射光の減少により階調の硬化がすすみ、テッサー同様に鋭くシャープな描写へと変貌する。
解像力は同クラスのダブルガウス型レンズに一歩及ばない。これは、ゾナーに特有の補正の難しい球面収差(5次の球面収差)があるためである。この難易度の高い収差を攻略するために、Berteleは自らあみ出した独創的な収差補正法を実践している。それは、後群に大きく湾曲したストッパー面と呼ばれる貼り合わせ面(上図参照)を設け、ここから負の球面収差を故意に発生させて、先の5次の球面収差と相殺消去させるというものである。「毒をもって毒を制す」とまで評されたこの過激な補正法は、ろくにレンズ設計の教育を受けないままErnostarを開発してしまったBerteleだからこそ成し得た、型破りな設計技法だった。この補正法によりSonnarの画質は更に向上している。球面収差に球面収差をぶつけることで、ゾナーの描写力は高いところでバランスしてしまったのである。
なお、古いイエナガラスを用いて設計された戦前のゾナーは開放付近でハロやフレアが発生しやすく、色収差も目立っていたが、戦後に新種硝子を用いて再設計されたコンタレックス・ゾナーでは非点収差が大幅に改善し、球面収差もやや改善。ハロはほぼ完全に抑制され、ヌケがよくなり、解像力も向上している。コンタレックス・ゾナーは設計構成のバランスが良好で包括画角にも無理がないことから、大口径レンズによくあるグルグルボケや放射ボケとは全く無縁であり、周辺部まで安定した穏やかで美しいボケが得られている。ボケ味はダブルガウス型レンズのようなブワッと拡散する羽毛のようなボケではなく、どこかウェットで重量感のある綿のようなボケ方だ。発色はノーマルで癖などはない。
ゾナーは元々、近距離における収差変動が大きい設計のため、マクロ域の近接撮影は苦手なレンズのはずである。しかし、本レンズは最短撮影距離が0.8mと普通に寄れる設定になっている。これはどういうことなのかと開放絞りで近接撮影によるテストを多数試みたが、像が乱れたりハロがでたりということは一切なく、描写は常に安定していた。光学系の性能的に本来は50mm F1.5を狙えるレンズなので、新種ガラスを導入しながら設計仕様を85㎜ F2と控えめに抑えたContarex Sonnarは、画角的にも口径比的にもかなり余裕があるレンズなのであろう。こうした設計面での余裕が近接域での高い描写力につながっているだろうと思われるが、裏を返せば描写設計にこれくらいの余裕がなければZeissの最高級レンズとしては失格だったとも解釈できる。以下作例。

撮影機材
カメラ:Nikon D3 digital
レンズ:Carl Zeiss Sonnar 85mm F2(改M42 modified from Contarex mount)

F2  Nikon D3 digital AWB: ハロやフレアが全く出ない!。戦前のゾナー、ジュピター9 etc・・・。私の知っている他のゾナー型レンズ(85mm F2)には開放でここまでキッチリと写るレンズは無い。見事としかいいようがない 
F4 Nikon D3 digital, AWB: ギラギラとした晴天下での撮影にもかかわらず階調描写はとてもなだらかで黒潰れはない。コントラストは高く、発色は鮮やかで色のりは大変良い
F4 Nikon D3 digital AWB: 逆光でのショット。フードは装着していないもののハレーションやゴーストが出る気配は全く無い。逆光に強いレンズという印象を持った
F2 Nikon D3 digital AWB: 中間階調が豊富でシャドー部のねばりやハイライト部ののびが素晴らしい
F2.8 Nikon D3 digital AWB: こちらも背景の濃淡がなだらかに変化している 
 F2(開放) Nikon D3 digital こういうシーンを戦前設計のゾナーで撮影すると、ハイライト部からは必ずフレアがでるのだが、改良版のコンタレックス・ゾナーではそういうことが一切ない
F8 Nikon D3 digital AWB:  絞り込めば硬階調となり、近接撮影においてもメリハリのあるシャープな像が得られる

F8 Nikon D3 digital, AWB: こちらは最短撮影距離での作例。コンタレックス・ゾナーは非点収差がポートレート域で最小になるようチューニングされている。ならばボケ味が乱れるのは近接域以外には考えられないと待ち構えていたが、結果は前ボケ・後ボケともに良く整っており、像の乱れは全く見られなかった
少し前に取り上げたCarl Zeiss JenaのCardinarは本ブログでは初めてのゾナー型レンズ(3群構成)となりました。このレンズを手にして以来、ゾナーの描写力、特に階調描写の素晴らしさに魅了されてしまいました。これからもゾナー型レンズを紹介していこうと思いますので、とりあえずはロシアのJupiter-3/ 8/ 9を入手してあります。これ以外にも是非これはというゾナータイプ(3群構成)のレンズがありましたら、ご紹介いただければ幸いです。

2012/06/21

Makina Optical Co. AUTO MAKINON 50mm / F1.7
マキナ光学 マキノン


マキノンレンズ第2弾
マキナ光学のエース
Makinonと言えば1967年に創業し東京・品川区五反田に本社のあった中堅光学機器メーカーのマキナ光学(Makina Optical Co.)が生産したカメラやレンズのブランド名称である。同社は北米を中心に海外での販売に力を入れていたため、国内では影の薄い存在となっているが、eBayなど海外の中古市場には今もMakinonブランドの製品が数多く流通している。同社の製品の中で特に有名なのものは1981年6月に発売された世界初のストロボ内蔵式一眼レフカメラMakinon MKである。このカメラは昭和の写真工業史に名を残す一台として日本カメラ博物館(東京千代田区)にも展示されている。レンズの方もMakinonのブランド名で1974年頃から市場供給されており、8種類の単焦点レンズ(2.8/24, 2.8/28, 1.7/50, 2.8/135, 3.5/200 5.6/300, 8/500, 11/1000)と7種類のズームレンズ(3.5/24-50, 3.5/28-80, 3.5/28-105, 3.5/35-70, 3.5/35-105, 4.5/80-200, 45/75-150)が生産されていた。対応マウントはM42, OLYMPUS OM, CONTAX/YASICA, CANON FD, MINOLTA MD/SR, NIKON F, PENTAX K, KONICA AR, FUJICA X, ROLLEIとたいへん充実しており、同社は互換性と高いコストパフォーマンスで勝負するという明確な販売戦略を打ち出していたようだ。今回紹介するAuto Makinon 50mm F1.7は同ブランドの中でも例外的に入手難易度の非常に高い珍品レンズである。標準レンズが交換レンズとして認知されていなかった時代、サードパーティ製ということもあり殆ど売れなかったのである。設計構成については資料が公開されていないため不明だが、ガラス面への光の反射から推察する限りでは、4群6枚構成のダブルガウスタイプである。
1984年頃に撮影された戸越本社ビル(東京都品川区五反田)屋上の巨大ネオン看板。Makinonレンズを象徴する緑・赤・黄の3色線でデザインされている。この写真はマキナ光学元社員の市川様から提供していただいた

 マキナ光学

創業当時のマキナ光学はOEM製品の生産が中心で自社ブランドを持たなかったが、1974年にマキナ・トレーディング・カンパニーを設立し、橋詰社長、元ヤシカ技術者の花里設計顧問、ジミー中川海外営業部長らの体制で自社ブランドMakinonの輸出販売に力を入れるようになった。1983年には社員数400人、日本各地に9箇所の支社を持つほどにまで事業規模を拡大し、北米や欧州を中心に世界55ケ国で自社製品を販売していた。北米での販売には特に力を入れており、イリノイに拠点となる支社(Makina USA)を置き、独自の販売網とサービス体制を確立していたそうである。
MAKINONに関する貴重な資料本である"MAKINON LENS PHOTOGRAPHY" (Stephen Bayley著)にはレンズ工場の生産ラインの写真が収録されている。写真をよく見ると働いている労働者はパートタイムの主婦ばかりと、いかにも昭和の時代を象徴する工場風景である。日本の光学機器メーカーは低賃金のパートタイム労働者達に支えられ、1970年代から1980年代初頭にかけて黄金期を迎えていたのである。しかし、マキナの経営はその後長くは続かなかった。日米貿易摩擦を発端とする1985年の「プラザ合意」により円の為替相場は急騰し、1985年に1ドル240円あたりを推移していた為替レートは僅か1年で150円辺りまで上昇してしまった。外需に大きく依存していたマキナ光学は大打撃を受け、その後間もなく倒産に追い込まれている。
本ブログで過去にAuto Makinon 28mm F2.8を取り上げてみたところ、ブログの掲示板(こちら)にマキナ光学の元社員の方々が集まり、ミニ同窓会のような雰囲気となった。元社員の方の証言によると、米国ロサンゼルス郡南部Gardena市にあったマキナ光学のサービスセンターは会社倒産後もサービス事業を継続し、1990年中旬頃まで健気にも修理等の対応を続けていたそうである。

入手の経緯
本品は2012年5月にeBayを介して英国の中古カメラショップKNIGHT CAMERAから送料込みの総額58ドル(送料は38ドル)で落札購入した。Makinonブランドは広角レンズや望遠ズームレンズが海外の中古市場に多く流通しているが、今回手に入れた50mmの標準レンズは例外的に入手の非常に困難なレンズである。2010年9月頃にeBayでアラート登録をしてみたものの、その後出品される気配はなく、本品に出会えるまでに1年9ケ月もの歳月を要してしまった。しかも、出てきた個体は不人気のminolta MDマウント(フランジバック長43.5mm)である。予想どうりに入札したのは私だけで、開始価格のまま私の手に落ちてきた。いくら珍品でもマキノンのようなマイナーブランドには誰も注目しないのだろう。商品に対する解説は「中古品。光学系にカビはない。フォーカスリングはスムーズで絞りは正しく動く」と簡素ではあったが、届いた品は全く問題のない良品である。安く入手できたので、こりゃラッキー。
フィルター径 52mm, 絞り値 F1.7-F16, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.45m, 重量 205g。ガラス面にはマルチコーティングが施されている。本品はminolta MDマウント
撮影テスト
  • Camera: minolta X-700
  • Film: Kodak ProFoto XL100 カラーネガフィルム
  • Lens: Auto Makinon 50mm F1.7 + Pentaconレンズフード (50mmレンズ専用)
1975年頃のダブルガウス型レンズは画質的に成熟期を迎えており、口径比のやや控えめなF1.7クラスの製品であれば、テッサーやゾナーに勝るとも劣らない安定した描写力を備えている。私が過去に試したレンズは廉価製品から一流ブランドの品まで、どれも素晴らしく安定感のあるレンズであった。大衆向け廉価製品という位置づけにある本品も例外ではなく、高いシャープネスとコントラスト性能、癖の無いノーマルで鮮やかな発色など現代のレンズに近い描写力を備えている。
レンズの収差設計は開放から一段絞ったところで最高の画質が得られる過剰補正である。その証拠に開放絞りではピント部の像がややソフトになり、後ボケには近距離から中距離あたりで2線ボケ傾向がみられる(前ボケは綺麗)。また、ハイライト部の周囲には残存球面収差に由来する美しいフレアの滲みが纏わり付く。コントラストは低下気味で発色はやや淡くなる。開放から一段絞ると解像力は急激に向上し、フレアはすっかり消えてヌケの良い画質となる。近接でも周辺部までスッキリとシャープな描写で、コントラストは良好、発色も鮮やかである。アウトフォーカス部の像は開放から常時安定しており、グルグルボケや放射ボケなどが顕著化することはなかった。
開放絞りで近接撮影をした場合の画質(シャープネス)は実用レベルとは言い難く、ここらあたりにはまだ改良の余地を感じる。同クラスのパンカラーなら解像力が低下していても像の甘さを全く感じさせない絶妙な描写設計を実現しているが、まぁ、ツァイスと比較するなんてマキナには悪い気もする。せめてコントラストの低下だけでも食い止められていれば、さらに完成度の高いレンズだったのであろう。
F2.8 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100): 後ボケには高い安定感があり、周辺像が流れることは殆ど無い。ただし、距離によっては2線ボケ傾向になる事がある。前ボケは綺麗に拡散する
F2.8 銀塩撮影(Kodak Profoto100): 最近接撮影0.45mではこのくらいの距離となる。開放から一段絞ればコントラストが向上しヌケも良好、近接でも充分な画質が実現されている
F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto100):  「よわよわカメラウーマン日記」に似てますが、こちらはリアルなジャンプです(笑)
F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto100):  マルチコーティング時代のレンズらしく発色はニュートラルだ
F1.7 開放 銀塩撮影 (Kodak ProFoto XL100):  開放絞りではブワッとフレアが発生しハイライト部が綺麗に滲む

Makinonブランドの所有者には牧野さんや槇野さんが多いようで、以前、私が所持していた広角レンズのMakinon 28mm F2.8もヤフオクでの売却時には牧野さんの手に渡っていった。


マキナ光学の関係者の方へ
 マキナ光学元社員のtaniwaki様と市川様が本ブログの過去の掲示板にお知らせの書き込みを投稿されています。両者ともわざわざメールアドレスを公開されておりますので、ぜひご覧ください。こちらです。