おしらせ


2018/04/08

KMZ PO(RO)-series cinema movie lenses part 2:KMZ PO3-3M(RO3-3M) 50mm F2










1961年4月、ロシア(旧ソビエト連邦)の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンは宇宙船ボストーク1号に乗り人類初の有人宇宙飛行に成功、大気圏外の地球周回軌道から「地球は青かった」という名言を残します。地球を撮影することはありませんでした。ガガーリンはカメラを持っていなかったのです。

レニングラード生まれ、クラスノゴルスク育ちの
35mmシネマムービー用レンズ  PART 2
史上初めて地球の自撮りに成功したシネレンズ
クラスノゴルスク機械工場 PO3-3(RO3-3) 50mm F2
世界で初めて宇宙にカメラを持ち出したのは、史上4人目の宇宙飛行士となったロシアのゲルマン・チトフでした[1]。チトフが乗り込んだ宇宙船ボストーク2号は1961年8月にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、大気圏外の地球周回軌道に到達しました。チトフの任務は無重力状態が人体にどのような影響を及ぼすのかを調査することと、地球や宇宙空間の記録撮影でした。宇宙船に映画用カメラのKONVAS(コンバス)を持ち込んだチトフは、地球の姿をカメラで撮影した最初の人物となりました。
KONVASにマウントされていたレンズが何であったのかを示す記録はありませんが、チトフか船内活動で使用したKONVASの現物が2015年9月にロンドンのTINCTURE of Museumで開催された企画展Cosmonauts – Birth of the Space Age -に展示されました[2]。カメラには、何と日本でいま密かなブームをよんでいるシネマ用レンズのPO3-3Mが搭載されていたのです。

KMZ製の初期型PO3-3(1948-1950年製造):重量(実測) 148g, フィルター径 32mm, 絞り F2-F22, 絞り羽根 14枚構成, 設計構成4群6枚準対称ガウス型, 鏡胴は真鍮製で、薄いブルーのコーティングが入ったバージョンと、ノンコートバージョンの2種類が存在する。写真はコーティング付きモデル
PO3-3Mは35mmシネマフォーマット(APS-Cセンサー相当)に準拠した焦点距離50mmの映画用レンズです。もともとはレニングラードのKINOOPTIKAファクトリーが1945年に発売したのがはじまりで、当初のレンズの製造には第二次世界大戦の賠償としてドイツから接収したガラス硝材が使用されました[3,4,8]。その後、レニングラードの生産ラインはモスクワのKMZ(クラスノゴルスク機械工場)の393番プラントに移され、国産ガラスを用いた製造に切り替わります[5]。KMZでは、望遠レンズのPO2-2や準広角レンズのPO4-1などと共に、映画用カメラのKS-50BやAKS-1(アイモのロシア版コピー)、KONVAS(アリフレックス35のロシア版コピー)に搭載する交換レンズとして生産されました。製造年は不明ですが、後にLOMOの傘下に入るレニングラードのLENKINAPファクトリーでも極僅かに生産されています(写真・下)。

LENKINAP(LOMO)製PO3-3(製造年不明S/N: 2500):重量(実測)128g, 絞り指標なし, 絞り羽 10枚構成, 設計構成 4群6枚準対称ガウス型, フィルター径 32mm, 鏡胴は真鍮製, 本個体は銘板にPコーティングのマーク(P=prosvetlenijeの意)が入っているもののノンコートのようだ。LOMOが製造したPO3はこれ1本しか見たことがない

PO3-3M の魅力は、何と言ってもオールド・シネレンズならではの写りを手頃な値段で手に入れる事ができる所です。ピント部の優れた質感表現や、絞った時にみられる圧倒的な解像感は、シネプラナーやスピードパンクロなどマニア垂涎の品と肩を並べるレベルですが、購入価格はこれらの1/5から1/10程度で済みます。階調には厚みがあり、暗部から中間部にかけて階調が豊富にでるため、コッテリと色が出るうえ、濃淡の微妙な変化をダイナミックに捉えることができます。また、ガラスの経年劣化に原因があるのかコーティングに原因があるのか定かではありませんが、発色が温調(茶色っぽい色)に転ぶ傾向があります。これが高い色濃度と相まって、味わい深い描写表現を生み出しています。シャープで高性能とはいえ、オールドレンズとしての自覚を失うことはありません。フルサイズ機で用いると近接撮影時に強い立体感がでるのも、このレンズの大きな特徴です。
なお、PO3にはガラス面に赤茶色のアンバー系コーディングが蒸着されているモデルと、青紫色のコーディングが蒸着されているモデルがあり、どちらを選択するかにより色味が変わるようです。レンズを入手する際には、コーティングの違いについて留意する必用があります。私が今回入手したのはアンバー系コーディングのモデルですが、青紫系のコーティングの個体もあります。撮影環境により、黄色や青への発色のこけ方に差があります。

KMZ製PO3-3M: 写真1:左はKONVAS用(OCT-18マウント)の前期モデル、中央はAKS-1用でライカLマウントに改造されているモデル、右はKONVAS用(OCT-19マウント)の後期モデル。チトフが大気圏外での撮影に用いたレンズは右のモデルです

1948年の資料[5]に掲載されていたPO3-3(KMZ製初期型)の構成図(上図・左)と1971年の資料[6]に掲載されていたPO3-3Mの構成図(上図・右)のトレーススケッチ(見取り図):上方が被写体側で下方がカメラの側となっています。両者は前玉の形状や空気間隔の距離、各面の曲率が若干異なっており完全一致ではありません。どこかの時点で設計に改良が加えられているようです。初期型の方がスピードパンクロのシリーズIにより近い設計構成であることがわかります [7]



レンズの設計構成は4群6枚の準対称ガウスタイプです(上図・右)。シネレンズで撮影した影像は映画館の巨大なスクリーンに投影されるわけですから、解像度をおろそかにするわけにはいきません。一方でデリケートにチューニングしすぎると、レンズの特性でフレア量が多くなり、コントラストやシャープネスが落ちてしまいます。スペック重視のスチル撮影用レンズとは異なり、シネマ用レンズでは画質を最優先に据えた設計思想が貫かれており、口径比は無理のないF2に設定されました。フレアの発生をギリギリまで許容し、解像力を高める。この落しどころの巧妙さこそが、シネマ用レンズの優れた質感表現につながっているのでしょう。

各モデルとデジカメでの使用例
PO3-3Mにはロシア版アイモのAKS-1やKS50Bの交換レンズとして市場供給されたモデル(写真2)と、後継製品のAKS-4Mに搭載する交換レンズとして市場供給されたモデル(写真3)、ロシア版アリフレックスのKONVASに搭載する交換レンズとして市場供給されたモデル(写真4・写真5)の3種があります。イメージサークルは35mmシネマフォーマットに準拠しており、APS-Cセンサーを搭載したデジタルミラーレス機で使用するのが、最も相性のよい組み合わせです。ただし、イメージサークルには余裕があるので、写真の四隅がややケラれることを許容できるなら、フルサイズミラーレス機で使用することも可能です。なお、フードを外したほうがケラレは小さくなります。このケラレの発生源はフードのツバの部分ではなくフィルターネジ近くの土手ですので、フードの深さを変えても改善することはありません。

写真2 KMZ PO3-3M for AKS-1: 最短撮影距離(規格) 1m, フィルター径 32mm,  絞り羽 14枚構成, 絞り F2-F22, ロシア版アイモのAKS-1用として市場供給された個体で、ライカLマウントに改造されている 
写真3 KMZ PO3-3M for AKS-4M:最短撮影距離(規格) 1m, フィルター径 50mm(外側),  絞り羽 14枚構成, 絞り F2-F22, 

写真4 KMZ PO3-3M for KONVAS:重量 195g (フード込215g), 最短撮影距離(規格) 1m, フィルター径 45mm,  絞り羽 14枚構成, 絞り F2-F22, ロシア版アリフレックス35のKONVAS前期型用(OCT-18マウント)として市場供給された個体 

写真5 KMZ PO3-3M for KONVAS: 最短撮影距離(規格) 1m, フィルター径 45mm,  絞り羽 14枚構成,  絞り F2-F22,  ロシア版アリフレックス35のKONVAS後期用(OCT-18マウント)として市場供給された個体。ゲルマン・チトフが宇宙船ポストーク2号に持ち込んだモデルと同じである




3種類あるPO3-3Mの中で最も多く流通しているのは、AKS-1用のモデルです。これをインダスター61L/Dの鏡胴にぶち込んでライカLマウントに改造した個体が、中古市場には一定数出回っており、私が今回手に入れた一本もこのタイプです。ライカLマウントなら、アダプター経由でデジタル・ミラーレス機で使用できます。このモデルは最短撮影距離が1mと長めなので、ライカLMアダプターを用いてライカMマウントに変換し、ヘリコイド付きアダプターに載せるのがオススメの使い方です。最短撮影距離は0.4〜0.5mあたりまで短縮され、近接撮影にも対応できるようになります。なお、改造品の中にはジュピター8の鏡胴を利用したものもありますが、PO3のレンズヘッドとの間には微妙な相性問題があるようです(無限遠の指標位置までヘリコイドが回らない)。また、インダスター50の鏡胴を利用した改造品も出回っていますが、鏡胴とレンズヘッドとのつなぎ目に大きな隙間があり不格好です。

参考文献
[1]ゲルマン・チトフの関連記事(地球の写真もあります): Tony Reichhardt, The First Photographer in Space, Airspacemag.com (August 5, 2011)
[2]Cosmonauts – Birth of the Space Age – Science Museum, September 2015
[3] Luiz Paracampo, LOMO-100 Years of Glory book (2011)
[4] Belokon Andrey (Ukraine, Odessa)、AllPhotoLenses, Date of publication: 25.12.2011
[5] PO2-2, PO3-3, PO4-1に関するKMZ(ZENIT)の公式資料: КАТАЛОГ фотообъективов завода № 393 (The catalog of photographic lenses of the plant № 393) 1949年
[6] Catalog Objectiv 1970 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog,  The objectives: photographic, movie,projection,reproduction, for the magnifying apparatuses  Vol. 1, 1970
[7] Speed Panchro Ser.1 米国特許 US Pat.1,955,591
[8]Kinooptika LENKINAP製PO3-3(S/N:555)が2020年3月19日にeBayに出品されました

写真・左はジュピター8の鏡胴を利用して改造されているモデル。デザインはよく合うが、レンズヘッドとの間に相性問題があるので、おすすめはできません。写真・右はレンズヘッドのみの状態です。青紫色のコーティングが施されたモデルです

KONVAS用のモデルに対してはeBayに出回っている市販のマウントアダプター(OCT-18用)を使い、デジタル・ミラーレス機で使用する事が可能です。ただし、スピゴットマウントなので、ヘリコイドを近接側に回しすぎるとレンズユニットが鏡胴から抜けおちてしまいます。これを避けるため、私はRafカメラのアダプータを介して、レンズを直進ヘリコイド上で使うことにしています。直進ヘリコイドだけでも最短撮影距離は0.4mと短く実用十分で、更に寄りたい場合のみレンズ本体のヘリコイドを緊急的に使用します。なお、部品を少し変えることになりますが、これに近い部品構成でFujifilmのミラーレス機やマイクロフォーサイズ機に対応させることも可能ですので、いろいろ試行錯誤してみてください。
 
AKS版PO3の改造のヒント:改造は高度なものではないので、ヒントを写真で示しておきます。上の部品を用いてレンズヘッドにM42ネジに据え付け、そのまま適当な丈のM42ヘリコイドに搭載するだけです。
中古市場での相場
PO3-3はロシア国内で大量に生産されましたので、今でもオールドストックの美品が、海外のネットオークションで豊富に流通しています。状態の良いレンズを安く手に入れるには、ロシアやウクライナのセラーがeBayに出品している製品を狙うとよいでしょう。新品に近いコンディションのものが、ライカLマウントに改造された状態で、220~250ドルあたりで売られています。KONVAS用(OCT-18マウント)のモデルも、ほぼ同じ価格帯で取引されています。国内で入手する場合には、オールドレンズを専門に扱う中古店や、ヤフオクやメルカリなどのネットオークションを利用することになります。ただし、流通量は多くはありません。国内のショップ価格は中古品の実用コンディションのものが40000円~50000円、オークションでは35000円あたりからです。秋葉原の2nd Baseは常時、在庫の用意があるようです。

撮影テスト
開放ではピント部中央の狭い領域しか解像しません。これは、静止画ではなく動きのある動画を撮るという用途のためで、シネマ用レンズには、このような画質設計のものが多くみられます。開放からコントラストは良好で、ポートレート撮影として使う分には充分な画質です。一方で細部に目を向けると、ピント部表面を微かなフレアが覆っています。ただし、輪郭が滲む程ではなく、品のある質感表現を提供しています。絞ると良像域は中央から写真の四隅に向かって広がり、ピント部の広い領域で、密度感のある素晴らしい画質が得られます。PO3を含むシネレンズの人気は、微かな柔らかさと密度感を高いレベルで共存させた、優れた質感表現にあるのかもしれません。
発色には個性(癖)があり、私の手に入れたアンバーコーティングの個体では、温調(茶色っぽい色)に転ぶ傾向みられました。階調は中間部からシャドーにかけてが豊富に出ており、このため色濃度が高めに出ます。温調にコケる発色とも相まって、味わい深い描写表現を楽しむことができます。ボケは距離によってザワザワと硬めの像を結びますが、グルグルボケや2線ボケなどはなく、どのような場面でも使いやすいレンズだと思います。ポートレートでは開放、集合写真や引き画ではF2.8からF4あたりを基点とするのが、このレンズの上手な使い方でははないでしょうか。
なお、規格外ではありますが、レンズをフルサイズ・ミラーレス機で使用する事も可能です。その場合には四隅で画質が破綻気味になり、いわゆるケラレ(暗角)も出るため、近接域から3m辺りまでの撮影距離で、立体感に富んだ画作りができます。こうした副産物を巧みに利用し、PO3-3Mでポートレート撮影を行うプロのフォトグラファーがいます。

F2.8 sony A7R2(WB:Auto/APS-C mode)  中間階調が豊富に出ており解像感も良好、素晴らしい性能のレンズです。ほぼ中央部近くを切り出した拡大写真を下に提示します


上の写真のクロップ。もはやヤバい性能であること確定です。発色はご覧の通りで、オートホワイトバランスの補正をかけても明らかに温調側に転びます





F2(開放), sony A7R2(AWB/ APS-C mode) 開放で中心部から外れた場合の解像力はせいぜいこの程度ですが、質感表現は素晴らしい!。ポートレートで活躍できそうなレンズです


F2(開放)  sony A7R2(WB: 曇天/ FF mode)  続いてフルサイズフォーマットでのテストショット。絞りは開放。四隅はこの通りに少し暗くなり収差もともなうため、立体感の強調された画作りができます。フードは外したほうがよいです
f2.8 sony A7R2(AWB/ APS-C mode)  近接域でも画質は安定しています

F2.8  sony A7R2(FF mode)
F2(開放) Fujifilm X-T20(AWB):  こちらも開放。絶妙な柔らかさを維持しています
F2.8 Fujifilm X-T20(AWB): 続いてフジフィルムのミラーレス機でのテストショットです。背景の色味は温調でクラシカルな雰囲気が漂っています。一方でピント部は現代のレンズをみているような素晴らしい解像感です

F2(開放) Fujifilm X-T20(AWB):  開放でのショットも見てみましょう。ピント部は微かなフレアを纏っていますが、解像感が損なわれることはありません


F2(開放) Fujifilm X-T20(AWB):  開放で中心部の性能に注目してみました。ごく狭い領域ですが、充分な解像力があります

 

PO3初期型(1949年製)の撮影結果
CAMERA: SONY A7R2
F2.(開放) sony A7R2(APS-C mode, WB:曇天)
F2.(開放) sony A7R2(FF mode, WB:曇天)
F2.8 sony A7R2(FF mode, WB:曇天)
F2.8 sony A7R2(FF mode, WB:曇天)
F2.8 sony A7R2(FF mode, WB:曇天)

F2(開放) sony A7R2(APS-C mode, AWB)
F2.8 sony A7R2(FF mode, WB:曇天)

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